パナマ文書(1)



タックス・ヘイヴン(tax haven)すなわち租税回避地のことです。租税回避地としては中南米の島々、諸国はあまりにも有名ですが、アメリカにもあります。ワイオミング、ネバダ、デラウェアの三州です。特にデラウェア州は、2016年の4月の集計では人口89万7934人に対し企業数94万5326社も存在し、「世界最悪のタックス・ヘイヴン」と言われています。デラウェア州ウイルミントン市北オレンジ通り1209番地にある2階立てのビルに31万社が存在し、ペーパーカンパニーの代表者には弁護士が多く、設立の実質所有者の情報は不要で州も把握できず、非常に秘匿性が高い。2007年、当時上院議員であったバラク・オバマが提出したオフショアの悪用を規制する法案は、今日にいたるまで採択されていない。「アメリカ経済の支配層では、自己の富の多くをオフショアに隠すことは、もはや例外ではなく恒常化した」とニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストで、ノーベル賞を受賞したポール・クルーグマンは書いている。

アメリカ以外のタックス・ヘイヴンの代表的な場所は、ご存知のイギリス領ケイマン諸島、バージン諸島といったカリブ海の島国があげられる。パナマ文書とは、パナマ共和国の首都パナマにある法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した計約1150万件に及ぶ膨大な内部文書のことです。このパナマ文書にはオフショア金融センターを利用する21万4000社の企業とその内容が匿名で2015年にドイツの新聞社「南ドイツ新聞」にもたらされ、その後南ドイツ新聞は、その情報をワシントンDCにある国際調査報道ジャーナリスト連合(International Consortium of Investigative Journalists: ICIJ)に送った。世界80ヶ国・107社の報道機関に所属する約400名のジャーナリストがこの文書の分析に加わった。私が調べたところでは、日本の新聞社がこの国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)に加盟しているのは朝日新聞社の一社だけ。戦前、戦中、戦後の日本を貶めることが目的の朝日新聞が何故選ばれたのか理由はわかりません。日本の新聞記者は、英文で作成された書類を読み、書き、話すのがいくら一流大学出ても苦手なのでしょう。
この国際調査報道ジャーナリスト連語(ICIJ)は、営利団体ではなく寄付金で運営されています。大口の寄付金を寄せているのが億万長者のジョージ・ソロス氏です。ソロス氏には二つの顔があります。国境を越えて資金を動かし、外国為替レートの歪みに目をつけて多額の資金を注ぎ込み、莫大な利益を上げる抜け目ない投資家。もう一つの顔は、こうして稼いだ資金を投じ、独裁国家の民主化に協力する活動家です。旧ソ連のウクライナの民主化運動に資金を投じていたとされています。

パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の膨大な機密文書を誰が、なんのために南ドイツ新聞にもたらされたか、現在でもまったく不明です。モサック・フォンセカという法律事務所を設立したユルゲン・モサックがドイツ生まれであることが分かっているだけ。膨大な機密文書が南ドイツ新聞社に送られたが、南ドイツ新聞社はこれらの書類を(ICIJ)に送り、世界中のジャーナリストの目にふれさせた。同時に南ドイツ新聞の二人の記者、バスティアン・オーバーマイヤー、フレデリック・オーバーマイヤーは、この機密書類を「PANAMA PAPERS」日本名「パナマ文書」として本を出版した。日本文翻訳者:姫田多佳子訳、(株)KADOKAWAが2016年8月27日に出版した。

この本の出版で世界中の政治、経済、スポーツ界などに如何に影響を及ぼしたかを詳細に語っている。それらの情報については多くの読者が知っているでしょう。例えば、アイスランドの現職の首相が退陣に追い込まれたこと、イギリスのブレア首相は自分の父親のオフショア・ファンドから利益を得ていたことを認めた。以来、ロンドンでは首相の退陣を要求するデモがいくつも起きたこと等、皆さんよくご存知でしょう。私が、「すでに多くの人が知っている」というのは多くの国々は民主主義が機能している、すなわち出版、報道の自由が機能しているということです。だから国民は、「パナマ文書」報道に苛立ち大騒ぎになるのです。ところが世界の二大独裁国家、ロシアとシナは、出版、報道の自由がないから、国民は全く知らず、国内ではパナマ文書騒ぎは起こらず、平然としたものです。そこで次回のパナマ文書(2)ではプーチンがロシア国民に隠れて何をしてきたかを書いてみるつもりです。

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鳩山のバカ、アホ、ノータリン(7)



鳩山由紀夫が手を貸した「重慶爆撃」が南京大虐殺の二の舞。
有史以来、これほど売国発言をくりかえした政治家がいただろうか。尖閣諸島の魚釣島を中国領土と言い放ち、南京大虐殺を日本兵の犯罪行為だったと謝罪した鳩山由紀夫元総理(69)。凝りもせず、中国へ“土下座“を繰り返している。
鳩山元総理は2016年11月10日、中国重慶市で開かれた「中国国際友好都市大会」の開幕式に出席してこう挨拶した。
「日本が中国を侵略した際に行った“重慶爆撃”で、重慶市の繁華街の大部分が破壊され、多くの罪のない一般人の命を奪った。ここに深くお詫び申し上げる」
重慶爆撃とは、旧日本軍が1938年2月から44年12月までの6年10カ月で200回以上行ったといわれる空爆を指す。“鳩山発言”を聞いた外務省関係者が説明する。
「実は、爆撃で亡くなった中国人の遺族ら188人が2006年3月、日本政府に対し、謝罪と総額18億8000万円の賠償を求めて東京地裁で訴訟を起こしたのです。鳩山さんは元総理としての発言が、いかに国益を損なうかを理解していないのでしょう。」

東京地裁は15年2月25日、空爆による被害をみとめたものの、”当時も、個人の国家への賠償請求権を認めていない“として原告の主張を退けた。敗訴した中国人訴訟団は、判決を不服として控訴している。全国紙の中国特派員によれば、
「“南京大虐殺の記録”がユネスコの世界記憶遺産に登録されましたが、習近平政権は”重慶爆撃“の登録も目論んでいます。15年に開かれた抗日、反ファシズム勝利70周年記念式典では、重慶爆撃を取り上げた公開前の”反日映画“への特別賞を授与したほどの力の入れようです」

不完全な統計
重慶爆撃では何人が死亡したというのか。中国人訴訟団は、裁判で”全期間を通じた中国側の死者1万1000人“と主張。一方、中国の公的機関が85年に編纂した『重慶抗戦記事』では1万1889人と数に開きがある。
「中国人訴訟団は日本政府を訴える一方、“空爆加担企業”として三菱重工に謝罪と賠償を求める『要請書』を突きつけました。そこでは不完全な統計としつつも、“10万人以上”と記している。実に、裁判で主張した数の約10倍に膨れ上がっているのです」(先の外務省関係者)
南京大虐殺の死傷者は、東京裁判の判決文でも10万、20万以上に分かれて客観性を欠いていた。日本政府は一貫して”人数の特定は困難“としているが、中国は「南京大虐殺記念館」に”犠牲者数30万人“の看板を堂々と掲げ続けているのはご存知の通りだ。中国事情に詳しい、ルポライターの麻生晴一郎氏は、
中国人訴訟団が要請書に記した“10万人以上”は根拠もなく、信憑性に欠ける。当時の重慶市が、空爆で亡くなった人たちの遺体を数えたわけでもないし、戸籍制度も充分とは言えなかったはずです。今後、中国は南京大虐殺と同じように死者の数を増加させて発表するかもしれません」
つまり、重慶爆撃は、“南京大虐殺”の二の舞になる恐れあり。それに手を貸した鳩山元総理に求めると、
「国益を損なうどころか、日本のためになると考えています。過ちを犯したら、事実を受け止めて謝るのが人間として当然です」
この調子では、死ぬまで中国への”土下座”をやめそうにもない。

この全文章は、2016年12月29日発行の週刊新潮、47頁、48頁の全文を転載したものです。

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ガキ大統領トランプ(その1)



       このブログの転載、拡散よろしくおねがいします。
平成29年1月28日、「ガキ大統領トランプを徹底利用せよ。」というブログを書きました。これから時々トランプ大統領についてシリーズでブログを書いてみようと思っています。そこで、今回は「ガキ大統領トランプ(その1)」として書きました。私のブログでシリーズものを書いたのが一つあります。「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」シリーズで(その6)まで書きました。ちかじか(その7)を書きます。ガキ大統領トランプのシリーズが何回まで続くかわかりませんが、数が多くなるほど世界が騒がしくなるのは明白なような気がします。
私は個人的にはトランプ大統領は大嫌いです。彼ほど傲慢で生意気な男はいない。傲慢、生意気だけでトランプに反発する人はいくらでもいる。彼が公約で掲げた失敗作を列挙してみると、
1.人種差別の公言
アメリカは今でも白人国家です。国民の50パーセント以上が白人です。しかし10数年後には、白人は50パーセント以下になり異民族大国家になるのです。そのため最近のアメリカ大統領になる人は、人種差別主義者でもかまいませんが(大概の人が人種差別主義を持っていますから)、その人種差別主義を公言しては絶対にいけません。公言すればアメリカ国内が騒然とし、分裂主義が生じるからです。皆さん、そう思いませんか。それにもかかわらず、人種差別主義を公言し、その上女性蔑視発言です。これが娘のイバンカのファッションビジネスに影響し、高級デパートのノードストロームがイバンカのファッションブランドの店内販売を中止した。ノードストローム社は、トランプの人気選挙地には支店がない。トランプの脅しにはびくともしない。人種差別主義の公言と女性蔑視発言は、アメリカ国内にはトランプ政権へ非常に強く反発する人々がこれからも沢山存在することになる。それが証拠に政権誕生一か月すぎてもアメリカ各地の反トランプデモは後を絶ちません。

2.メキシコとの国境に壁を建設する、それもメキシコ側の費用で。
私は前にテキサスやカリフォルニアはメキシコの領土だったと書きました。戦争で負けたためにアメリカ領になっただけ。メキシコが自分の費用で壁など築くわけがない。お金の問題より心意気の問題です。トランプはそれでは、NAFTAの再交渉だと言えば、イルデフォンソ・グアハルド経済相は、NAFTAの見直し交渉がゆき詰まれば脱退も検討すると警告し、ペニャ・ニエト大統領は「壁の建設費用は負担しない」と断言しています。メキシコの通商と安全保障と移民問題は長く両国の問題になるでしょう。

3.アメリカのTPP離脱
戦後一貫して押し通されてきたのができるだけ多国間で自由貿易することです。その枠組を作る為に国際間の貿易交渉が行われ、国際協定が結ばれてきました。GAT、WTO,等です。そして今度はTPPです。どれもこれも加盟国には、長所も短所もありました。総じて多国間自由貿易が成功したと認める長所があったのです。いまだに世界中には経済的に悲惨な国々がありますが、総じてみれば世界的に経済水準があがっているのです。その証明の一例はアジアの低開発国の観光客が日本にやってくる数が増えたことです。アメリカは国際貿易のため自国製の製品が割高になり、それを海外で作らせ、自分たちは金融工学とか言って金融産業で儲けようとし、アメリカ国内の物作りを放棄しようとしたことです。いまさら今度はアメリカファーストと言って二国間協議しようと言うのだ。自分勝手も甚だしい。

日本の保守の人たちは、TPP加盟賛成、反対にわかれます。TPPの中身はいろいろありますからどの点を取り上げるかで賛成、反対に別れるのではないでしょうか。私は日本の農業産業を見て,例え他の産業にTPPはダメでも、日本農業はTPPに入れるべしと、私はTPPに賛成なのです。日本は物づくりの国です。日本農業はその物づくりの原点なのです。いいですか、皆さん、日本にはなくて世界で作られているものがあります。その今まで日本で作られていないものを日本が作り出すと、日本製が世界一になってしまうのです。その原点は日本農業なのです。ビール、ウイスキー、ワインなど、これらの製品は、我々の祖先は口にしたことはありません。ところ作り出すと日本製品は世界での高級品になってしまうのです。14,5年前アメリカ製の安いリンゴが日本に入ってくるといってリンゴの産地は戦々恐々となった。スーパーで確か一個50円ぐらいで売りだされていた。赤いりんごで見てくれも、味もたいしたことがなく、結局売れなくて、アメリカ製りんごを見なくなってしまった。

私が40代後半、いまから34、5年前、三重県の鈴鹿サーキットの近くに松坂牛の牧場を持つ有名な牛肉レストラン、「和田金」に私は白人外人3人と一緒に入った。一緒に食したのが、松坂牛の牛サシ、(牛肉の刺身)です。その味の美味しかったこと、未だに忘れられません。三人の外国人も味にも驚いたが、その柔らかさにも驚いていた。まるでマグロの刺身を食べるような感覚だった。牛は我々日本人の先祖の食べ物ではなかった。食肉と作りだすと刺身まで作ってしまうのだ。当時、刺身は世界的な料理じゃなかった、しかし今は違う世界中で食べられています。いまオーストラリアの牧場で「和牛」ブランドの牛が飼われています。牛サシを作るブランドの牛が海外で飼育される可能性はあるかもしれません。このように私言わせれば、日本農業は世界の一大産業の発展性を持っていると思っています。その邪魔な存在が農協の親分のような存在、JTです。彼らは日本農業を守ることしか眼中にない。攻撃は最大の防御という言葉さえ知らないようだ。JTを潰さなければだめです。

つい最近安倍、トランプ会談で安倍総理はトランプにTPPに良く説明し、その要点は理解してくれていると国会で答弁していたが、すかさず「日本維新の会」は、安倍氏に向かってTPP交渉時の加盟国は12ヶ国だったがアメリカが抜けて11ヶ国になった、だから先にアメリカ抜きで11ヶ国のTPPをまとめあげましょうと提案していた。私も、最初はアメリカ抜きでTPPをまとめあげるのは大賛成です。しかし安倍総理は、そんなことは絶対できないでしょう。せっかく日米会談がうまくいってトランプと仲良くできたのに、トランプの機嫌を損ねることができないからです。日本のアメリカへの奴隷根性で日米同盟が成り立っているのは、日本の防衛をアメリカの軍事力に頼りすぎているからです。日本は核装備兵器を備え、自分で自分の国は守れる能力を備えれば、対等の日米同盟関係が成立するのです。

4.オバマケア(医療保険制度改革)撤廃
私はオバマ政権のただ一つの善政は、医療保険制度を確定したことだと思っています。ヘルスケア関連の支出は家計の非常に大きな部分を占める。健康保険を失えば、他の商品やサービスへの出費に重要な影響をあたえます。オバマケア撤廃でいっきに無保険者が2000万人増えると言われています。だからイエレンFRB議長は、オバマケア廃止は、アメリカ経済に悪影響を及ぼすと主張しています。オバマケア撤廃後、どんな保険制度なるかも決定していません。トランプ大統領は、人種差別主義者だから黒人のオバマ政権のしたことなど徹底して破壊したいくらいなのだ。医療保険制度改革など、改革前のオバマケアの方がマシなどと言われるのではないかと私は想像しています。オバマの方がマシということになりトランプの顔が潰れるのでないかと心配しています。

5。環境問題
この問題についてトランプ政権の結論は出ていませんが、選挙戦では物騒な事を言っています。国際的な温暖化対策であるパリ協定から離脱すると言っているのだ。トランプ主張しているのは、気候変動は作り話だというのだ。これは、私がトランプを強引で生意気なやつだとののしる原因の一つなのだ。これまでの気候変動が作り話というなら、それにそうとうする科学的根拠を提出するのが常識です。そんなこともせず、気候変動に懐疑的な人物、スコット・ブルイット氏を米環境保護局(EPA)長官に指名しているのだ。彼はいままでに(EPA)を10回以上提訴している。同時に彼はエネルギー業界からの献金も多い。そのうえトランプは、EPAの廃止、ないしは職員大幅削減を選挙戦で主張。気象変動の研究者の間では。「トランプ大統領が既存の気象観測データーを破壊するのでは」という見方さえ出ているのだ。現在アメリカでは代替エネルギーは過去の話になり、石炭と石油の話でもちきりだ。トランプ政権では、オバマ政権が凍結した国有地における石炭の新規採掘も許可される見通しです。炭鉱地域での選挙戦は、トランプは圧倒的に強かった。これでもしアメリカが国際的な温暖化対策のパリ協定の離脱を発表するなら、アメリカは国際的な地球安全対策の破壊者といわざるを得ません。

6.中東和平問題の複雑化
2002年ブッシュ大統領がパレスチナとイスラエルの二つの国家として平和的に共存する道を目指すと演説。それ以来米政権は二国家共存案を政策としてきた。また米政権はその実現の努力してきたのだ。ところが最近のトランプとイスラエルのネタニヤフ首相との会談でで、トランプはイスラエルとパレスチナとの二国家共存案にこだわらないとの考えを表明した。また大統領選挙中、トランプ氏が繰り返し主張したイスラエル米大使館のエルサレム移転方針に関して急がない姿勢を見せています。この二人の会談に娘のイバンカの夫、ジャレド・クシュナー氏が同席しています。義理の息子はユダヤ教、イバンカはユダヤ教に改宗なのです。普通、大統領は家族のことより国家優先、ところがトランプは家族のことを国家より優先するみたいです。だから私はガキ大統領と呼ぶ原因の一つです。中近東諸国は、トランプ、ネタニヤフ両名だけの見解に同意するはずがないでしょう。中東問題は今まで以上に紛糾しそうで心配しています。

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日米の歴史と文化を語る。(5)



武士の登場
日本の歴史において武士の登場と聞けば、世の中の争乱が武士を登場させるきっかけになったのではないかと誰もが想像するのではないでしょうか。ところが全くの正反対で、その武士の登場のきっかけを作った人が桓武天皇です。桓武天皇は西暦781年に即位しました。即位後の794年に都を京都に移したのです。その794年から1868年に東京に移るまで、その間半年ぐらい今の神戸市近くに移りすんだことがありましたが、およそ一千年間京都は天皇家の住む都でした。そしてその794年から武士に天皇家の政治権力を奪われ、政治の中心が京都から鎌倉に移るまでのおよそ400年間を平安時代と呼んでいます。この平安時代の末期に女性作家、紫式部が現代では世界的に有名な長編小説「源氏物語」を発表したのです。当時の宮廷生活をあますところなく伝え、登場人物数百人、全54巻の世界最古の最長編小説です。おもしろいことに、当時この「源氏物語」を読んだ女性が大変おもしろいと感想を述べている史料はあるのですが、男性が面白いと述べている史料は全然ないのです。
当時男性が使う文字は漢文、女性が使う文字はひらがなと使い分けされていたから、男性が詠むのに苦痛を感じたり、あるいは読めなかったかもしれないというのが理由だと言われています。
その平安時代の最初の天皇、桓武天皇は、都を京都にうつす二年前の792年に東北とか九州といった辺境地に駐在する軍隊を除いて事実上日本の軍隊を廃止してしまったのです。東北地方に駐在する日本軍の最高司令官が有名な征夷大将軍、坂上田村麻呂でした。征夷とは蝦夷(えぞ)、即ちアイヌ民族を征伐することです。アイヌ民族を征伐する軍隊は残しておいたのです。実際のところアイヌ民族が住む東北地方を除いて軍隊を動員するような騒乱がなかったのです。そこで東北とか九州といった辺境地には軍隊を存続させそれ以外の兵士をそれぞれの出身地に帰してしまったのです。
そのかわりに国の大小に応じて人数を決め、裕福な地主には武芸の才能のあるものを徴発させ兵士として武芸の練習をさせ、地方の警備にあたらせたのです。これを「健児(こんでい)」と呼んでいます。極端な言い方ですが、アメリカの開拓時代の保安官のようなものです。この「健児(こんでい)」の制度が武芸を専業とする者を歴史に登場させ、これが後に武士に発展していったのです。その結果地方に武士が割拠するようになり、もめごと、特に土地争いなどが武力で解決する時勢になり、そして武士のボスは武士を集めてその勢力範囲を広げていったのです。その結果桓武天皇が792年に事実上日本の軍隊を廃止してしまってからちょうど400年後の1192年に源頼朝によって日本最初の武家政治が。現在の鎌倉市に成立したのです。これを鎌倉幕府と呼び、1333年に鎌倉幕府が滅びるまでのおよそ150年間を鎌倉時代と呼んでいます。天皇家を中心とする貴族政治から武士のボスを中心とする武家政治に変わったのですが、そこには日本の歴史の大きな特徴があります。外国の歴史では、ある政治体制か他の政治体制に移る場合、守ろうとする側と奪おうする側とで一大決戦が行われるのが普通です。
ところが日本では、最初の武家政治が誕生した時、小競り合い程度はありましたが戦争は起こらなかったのです。なぜかと言えば先に述べましたように平安時代の桓武天皇の時に軍隊を廃止してしまったからです。アイヌ民族を征伐する軍隊も最盛時には10万人にものぼる兵士の数を誇りましたが、アイヌ平定が終わるとその軍隊もなくしてしまっていたのです。時の政府が自前の軍隊を持っていないがために、戦もできずに政治権力をあっさり奪われるような歴史を持つ国が他にあるのでしょうか。さらにこの平安時代には、世界史的にも貴重な事例が起こっているのです。
石井良助著「日本法制史概説」(創文社、1960年)によると嵯峨天皇即位後の810年から後白河天皇の時代の1156年の保元の乱による源為義(みなもとのためよし)などに対する処刑が行われるまでの26代の天皇、346年間実際上死刑が執行されることはなかったと言うのです。当時の世界では予想もつかない全くめずらしい出来事と言っていいのではないでしょうか。平安時代400年間は、文字通り平和の時代であったことはこれだけでも推測できます。さらに紫式部のような女性が54巻にも上る長編小説が書けたのも平和な世の中ではなければ絶対に書けないことです。世界の主要国の中で日本は、その中でも一番古くてしかもとにかく平和の時代が長かったのは、何が原因だと思いますか。それは日本が昔から現在にいたるまで多神教だからです。大東亜戦争後になって初めて世界の情勢は、一神教だけではダメで他の宗教の存在を絶対に許さなければいけない傾向に完全になりました。その傾向に胸を張ってえばれる日本だけです。反日日本人よ、これに対して文句が言えるなら、言ってみろと言うのです。話がちょっと脱線しましたので、戻します。

政治権力が武家政治の鎌倉幕府に移ってから29年後の1221年、朝廷は後鳥羽上皇が中心となって鎌倉幕府打倒の反旗を翻すのです。上皇とは天皇が譲位後につけられる名前です。この時後鳥羽上皇は天皇の権力を握っていました。この後鳥羽上皇の反旗を「承久の乱」と言いますが、その時大活躍したのが鎌倉幕府創立者の源頼朝の妻、北条政子です。
日本の歴史を知らないアメリアカ人などは、大昔の日本女性などは、ほとんど男の奴隷みたいに思っているでしょうが、とんでもない間違いです。1980年代、イギリスの女性首相、サッチャーは「鉄の女」と呼ばれましたが、今からおよそ800年前の日本には、「鉄の女」と呼ばれても、もっともだと言われるべき女性がいたのです。それが北条政子です。政子の活躍がすばらしいのは夫の死後です。彼女の活躍の詳細については私のえんだんじのブログ、「鉄の女」北条政子、2016年6月11日と「鉄の女」北条政子(2)2016年7月1日を参照してください。

「承久の乱」において鎌倉幕府があっさり勝ってしまいましたが、朝廷側にも勝つチャンスはあったのです。朝廷に弓を引くことになると言って動揺した鎌倉武士は。政子の名演説で一致団結して京都に向けて進軍したのですが、翌日東海道に出陣した、泰時は鎌倉に戻ってきて父、義時に「もしも上皇自身が陣頭指揮をとったらどうしよう」と聞いているのですその義時は「上皇自身出陣されたらしかたがない、武器を捨てて。降伏するのだ、それ以外の時は、千人が一人になっても戦え」と答えているのです。このエピソードは、公家側の書いた史料にあるので、こうであってほしいという公家側の願望を示すもので事実ではあるまいと判断する歴史家は多いのです。しかしこう書けるほど朝廷の権威が高かったことは事実だと思います。ただ事実として言えることは、実在した歴代の天皇の中で誰一人として戦場で武士たちの陣頭指揮を執って戦った天皇はいないのです。また天皇家には、自前の軍隊、すなわち天皇家直属の武士をもったこともないのも事実です。天皇家は権威だけで現在まで生き延びてきたのです。この歴史的事実と日本国民が極端に権威というものに弱い事とは無関係ではないと思うのです。

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ガキ大統領トランプを徹底利用せよ。



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私は外資系会社五社働いて実働40年。振り出しは、メイルボーイと言われて、「この書類はA社へ持っていけ、この書類はB社へ、C社から書類を貰ってこいなどと命令を受けて使い走りの下っ端の仕事をしなから這い上がってきた実働40年です。年齢は今年79歳になります。従って私はこれまでに随分沢山のアメリカ大統領を見てきた。私の経験から言って今度のトランプ大統領ほど生意気で傲慢な人間は、初めて経験です。ニクソン元大統領の時、ウォーターゲイト事件で弾劾され、その時ニクソンは現職大統領の地位を失った。これを見た私は、さすがにアメリカは民主主義先進国だと感銘を受け礼賛した。ところがクリントン元大統領の時何が起きたか。現職大統領のクリントンは、ホワイトハウスの室内で懇ろになった若い女性(ホワイトハウス研修生)に自分のペニスをなめさせ歓喜の声を上げていたことがあったのだ。クリントン弾劾の声があがったが弾劾にはならなかった。一番大きな原因は、その時アメリカ経済が好調だったからだ。彼は日本を経済的にいじめ、シナにすりよったのだ。クリントンは大統領を辞職もせず、妻のヒラリー・クリントンは離婚しようともしなかった。この時私は、ブログを書いていれば、ヒラリーの離婚しない理由は、自分はいずれ女性大統領として出馬するつもりなのだと書いていたでしょう。事実その通りになってしまった。クリントン夫妻は、お金に関しては疑惑の多い夫妻だった。
そしてオバマ大統領という無能な大統領だ。アメリカの力を世界的に弱めるのが目的みたいだった。そのオバマへの反感などがトランプ大統領の誕生を呼んだ一因でしょう。
そしてトランプ大統領誕生です。彼は人間性が良くない、生意気で傲慢だ。彼はいまだに納税証明書を提出ていません。納税証明書を提出せず大統領になったのはトランプだけです。彼に対する非難が色々あり、皆さんもわめいていますが、私が特に非難したい点は、人種差別宣言です。私にも人種差別された苦い経験があるからです。

今から50年前、私が28,9歳のころです。私は人種差別された。そのころの白人は、人種差別しない人も沢山いたけれどもする人もいた。私が人種差別するというのは、徹底していじめにあうような感じをいいます。それが毎日のように続くのをいいます。
私が入社したオーストラリアの会社で人種差別を受けながら、何故5年間も勤め上げることができたかと言えば、特に人種差別の激しいルースという男が私の直属の上司でなかったこと。二つ目は、私は大学出ておらず、手に職がない。仕事を学んだ経験を得なければ、いまのままではどこでも使い物にならない。もう二度と臨時工の仕事などやりたくなかったからです。このルースという男は体がでかくて、しゃべり方がトランプに似ていたのだ。私がオフィスの中で大ゲンカする相手として選んだのは、私と同じ部で一緒に机を並べて働いている社長の息子、レスリーだ。彼は本国のオーストラリアで高卒後銀行に努め、二、三年後貿易の仕事を学ぶために東京事務所に派遣された。彼はこの時21,2歳、私は、28,9歳。彼は日本語など全然話せない。担当者に電話するのに、交換台の女性とも電話できない。それを私が電話して、担当者に私が彼を紹介するのだ。私に言わせれば、私は彼の小遣いでない、彼は最初のうち私の言うことをきいていたが、そのうち私に命令するようになった。ガキの彼なんかに命令されてたまるかと私のプライドにがまんできなかった。作戦を立てた。できるだけ大勢のスタッフが事務所にいるとき大声を上げて喧嘩する。当時私は英語で喧嘩できるほどの力がなかった。そこで私の言い分を英作文にして、口からすらすら出るように暗記した。彼の発する英語はけっして聞き取ろうとしないこと、彼の怒りの英語をいちいち聞き取ろうとしたら、変に静かな間ができることを心配して、私は一切の彼の発言を聞こうとせず、怒りの大声の英語をどなり続けた。またその文章を一生懸命暗記した。その間にだれかが説得に入らず、私の英作文を発言してしまったら、「なんだと、この野郎!」日本語でどなりつけてやろうと決心していた。
予想通り彼は怒って英語で反撃してきた。そして予想通り二、三人の白人が仲裁に入ってきた。私は東京支社長室に通された。支社長は、ユダヤ人のアラムだった。アラムが何故けんかしたと聞くから、「彼が貿易の仕事などまだ何も知らない。それがどうして彼は、私にこうしろ、ああしろと命令が出すことできるのだ。支社長はずっと私より年上でビジネス経験も豊富だ。そこえまだ年若い私が社長のせがれだと派遣されてきて、私が「ああだ」、「こうだ」と命令しはじめたら、素直に支社長は私の命令きけますか?支社長は私の問に答えられず、答えられなくて当然だ。「自分の席に戻れ」と言われたので戻った。
この時私は首になると決めていたし、新しい就職口を探していた。

翌日、朝会社に着いた時、私は直ぐ支社長室に呼ばれた。「お前は今日で首だ。何故首になったかわかるだろう。」というから。「わかります」といったら「机のなかの自分のもの整理してもう帰れ。」といった。
私は首になることは覚悟していたが、少なくとも一か月間くらいは首にならに猶予期間があると思っていた。突然けんかして翌日首とは予想していなかった。帰りの電車の中で私は激しい後悔の念に襲われた。社長室で「今日でお前は首だ。なぜ首か分かるだろう。」と言われた時、「私は分かります。」と答えただけだった。なぜあの時「私はこれで今日から幸せになりますね。」と皮肉の一つもいえなかったのかしきりに歯ぎしりした。「今日から幸せになれる」ぐらいの英語なら自分でも簡単にいえるものをと思って地団太を踏んだ。
新就職口探しが始まった。これまで私が勤めた外資系会社は二つであった。最初はアメリカ人が日本で起こした会社。二つ目がオーストラリアに本社を持つ東京支社だった。二つとも外資系としては小さな会社だった。しかし今度の三つ目の外資系は、アメリカの会社でニューヨーク株式市場に上場している一流の会社だった。面接のため東京支店のオフィスに入った時には、びっくりしてしまった。広い、しかも綺麗な事務所、受付の床はジュウタンが敷き積まれていた。一般社員の机も全部スティール性で両側に引き出しがある大きな机、その机と隣の人の机の間は、二人並んで歩けるほどのスペース、先ず私はオフィスの余裕のあるスペースにビックリ仰天した。給料もよかった、一ドル360円の固定相場。全盛期のアメリカは、さすがに経済力が違った。給料が良い上に、当時の日本企業は土曜日ほとんど働いていたのにこの会社は、完全な週五日制。必ず取らなければならない年間休暇もある。その頃私は、面接試験を英語で受ける程度の英語を話せていた。面接が終わった時点で、それでは最後に、前の会社でのあなたの働き具合いの評判を聞いてから面接結果を連絡します。その瞬間私は頭の中で「しまったぁ!喧嘩なんかするんじゃなかった。せっかくのすばらしい就職口を逃ししてしまったと。」悔いてもくやみきれなかった。なにもプライドに燃えて喧嘩せず、だまって退職すればよかったのだ。数日後、面接通知の結果を知らせてきた。こわごわ開けて見ると「合格」と出ているではないか。感激に震えた。翌日会社へ行って面接者に面会したら、「前の会社に、君の仕事ぶりを聞いてみたら大変褒めていたよ。」とっさに「佐藤さんですか」と私の日本人上司の名前を上げた、佐藤氏なら私のことを間違いなく褒めてくれてくれるだろうと自信があったのだ。
「違うよ、外人のボームと言う人だよ。」というので私はびっくりした。ボームは経理や人事の責任者だった。私は別にボームと特に親しくしてたわけでない。自分の仕事とは直接関係ないから社内で会えば挨拶ぐらいだけだった。そのボームが私のことを褒めてくれたと言うことは、社内の人種差別の雰囲気に義憤を感じていたのでしょう。私は外人社長に首を切られ、同じ社の外人スタッフに救われたのです。
これ以後も私と白人との戦いは続くのですが、興味があれば私の自伝的小説、「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」(文芸社)を読んで見てください。

上記でも話したが、トランプ大統領の失態は、彼の人種差別政策です。それにプラス女性蔑視発言です。アメリカの歴史上、人種差別政策が国是であったことは確かです。大東亜戦争後にアメリカは民主主義国家を完全に成立させ白人以外の異民族も平等に権利を与えられ人種差別国家ではなくなった事情があります。アメリカは現在、人口の三分の一は、異民族です。これほど多くの異民族を抱えているのだからアメリカの国家元首は、人種差別的発言は慎むべきだったのです。人種差別的発言は異民族の強烈な反発心や敵愾心を生むのだ。トランプ大統領の就任式後に続くデモは。すべて異民族の敵愾心と女性蔑視発言による女性たちからの敵意です。私がメキシコへの同情心を引き起こすのは、アメリカとメキシコの国境に壁を立て、その費用はメキシコが負担しろというトランプ大統領の政策です。米国・メキシコ戦争は、1848年二月グアダルベ・イルダゴ条約が成立した。これによってアメリカは、カリフォルニアとニューメキシコ(現在のネバダ州、ユタ州、アリゾナ州を含む)を獲得し、リオグランデ川をテキサスの南境界線とすることを承認させた。それが今度は違法メキシコ人がアメリカに押し寄せるから自分の費用で国境に壁を建設しろとは、メキシコ人が内心怒り狂っている姿を想像できるでしょう。

それに比べると日本の総理も天皇陛下も韓国、シナに遠慮して靖国神社に参拝しないのだ。一体何に遠慮しているのでしょうか?まったく理解できまあせん。日本は国家的決断をつきつけようとはしません。トランプ大統領は安保条約にケチをつけている。ケチをつけられないように自国で核兵器を持ち、シナに対してシナからの攻撃を受けて充分対処できるほどの軍事力を持つことです。そうしないと日米同盟は真に対等の同盟関係になりません。最近になってトランプ大統領を日本の自動車メーカーを非難した。1980年代の復活を狙っているのか。当時アメリカのビッグスリーと言われたクライスら―のリー・アイアコッカは、日本の自動車メーカーをバカにしていた。アイアコッカの狙った車が次々とうれ、クライスラーは超繁忙になった。アイアコッカは「アメリカ産業界の英雄」とされレーガン大統領から大統領候補になってくれと言われほどだ。そのアイアコッカは、1992年社員や株主から反発をくいクラスラ―社を退社。今では其のクライスラー、イギリスの自動車メーカーFCA USLLIの子会社です。
昨年12月日本フォード車は、日本での車の生産を中止した。日本フォードが戦前の1925年に日本に進出していた古いアメリカの自動車メーカーだ。それがもう日本では車を作らないというのだ。その理由は、外車でもドイツ系は売れるがフォードではからきし日本国内では売れないのだ。こういうとトランプ大統領は、日本の不公平さを主張するでしょう。ひょっとするとフォ-ドもクライスラーの二の舞を踏むのではないか。

トランプ大統領よ、私たち日本人は、貿易で食べていくために、中学生から全員英語を学ばされてされているのだ。あなたは今70歳だ。現在70歳以上のアメリカ人白人は、戦前からの影響で人種差別をしがちだ。あなたは「しがち」どころではない。堂々人種差別しているのだ。また70歳以上のアメリカ白人は、日本のことについてほとんど何も知らない。日本の江戸時代だけでアメリカの建国の歴史より古いのを知らないのだ。トランプ大統領よ、日本語を勉強してください。もっとインタナショナルになってください。

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日米の歴史と文化を語る(4)



引用開始
アイヌ民族とアメリカインディアン
アメリカという国は、インディアンから土地を奪い、彼らを 僻地に押し込め、黒人を奴隷にしてできあがった国だけに、多少うしろめたい気持ちがあるのでしょう。アメリカは他国の少数民族や原住民族の人権には敏感なところがあります。
数年前アメリカの週刊誌、タイムにオーストラリアの原住民族アボリジンの記事が出ていて、その中でアメリカ人はアメリカインディアンと条約を結んだが、オーストラリア人はアボリジンと何一つ条約を結ばなかったとオーストラリア人を批判していました。
確かにアメリカ人は、インディアンと条約を結びました。結んだ条約の数は400から600と言われています。ところが条約違反が出るのはいつも白人側からであった。その理由はたいがい次の三つが原因でした。
(1)入植者が増えてもっと土地が必要になった時。
(2)インディアンを押し込めた居留地が思ったほど不毛の土地でなく、農地、鉱山その他の確保に欲しくなってインディアンが邪魔になった時。 特に居留地から金や石油がでたらたちまち条約はほごになってしまった。
(3)決められた居留地に大陸横断鉄道が通過することになった時。
だからタイムの記者がアメリカ人は インディアンと条約を結んだなどと自慢げに語ることはできないのです。 多分学校ではインディアンと結んだ条約がその後どうなったのか教えなかったのでしょう。
これも数年前のタイムの記事ですが、アイヌの人々がいかに日本人に差別されてきたか、そしていまなお差別されているかくわしく取り上げ、その中で日本人の観光客が、アイヌ記念博物館に訪れたとき、博物館内を説明するアイヌ人が靴をはき日本語を話すのを聞いてびっくりしていたと書いてありました。
いまどきの日本人は、日本にいるアイヌの人が靴をはき、日本語を話すのはあたりまえと思っています。それを驚くというのは日本人ではないと断言できるくらいです。タイムのアイヌ差別記事は、言外にアメリカ人がインディアンにしたようなことを日本人もアイヌの人にしているではないかという意味が含まれていました。
日本人とアイヌ人、アメリカ人とインディアンは、決して同列に扱えません。一番大きな理由は、日本人とアイヌ人との接触の古さです。日本民族とアイヌ民族は、いつ、どこで最初に接触したのか古すぎて誰も正確なことはわかりません。
古くは4世紀前半ごろ在位したとみられる景行天皇の息子がアイヌ討伐に遠征したという伝承があります。この頃日本はまだ文字があまり普及していなかったと考えられています。 実在のはっきりした天皇でアイヌ征伐に遠征軍を派遣したのは斉明天皇です。西暦658年の時です。いまからおよそ1350年前のことです。
この頃の日本は文字が充分に普及していました。なぜここで文字のことを振れるかというとアイヌは、アメリカインディアンと同じ文字を持たない民族だからです。
日本民族とアイヌ民族の最大の戦争が8世紀末から9世紀初めにかけて行われました。第一回目の日本軍が788年に現在の岩手県を根城にしているアイヌ民族を征伐するために派遣された。 アイヌ軍の総大将ともいうべきアテルイにゲリラ戦に持ち込まれ大敗を喫してすごすごと京都に引き返しています。
第二回目は794年に十万という大遠征軍が派遣されました。この時有名な坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)は副将軍として参加しています。 今度は負け戦ではなかったもののアイヌ軍を降伏させることができなかった。日本政府はすぐに三回目の派遣準備にとりかかり、797年に坂上田村麻呂を征夷大将軍に抜擢しました。
801年彼は天皇により節刀を授与され派遣されました。節刀とは、古代、天皇が出征する将軍に全権を委任するしるしとした刀のことです。 802年ついにアイヌ軍を降伏させることができたのです。彼はアイヌ軍の総大将アテルイを捕虜にして京都に凱旋した。
日本民族とアイヌ民族は、お互い文字を持たない時代から日本列島で接触していたと考えられているのに、なぜこの時代で両民族の大差ができてしまったのか。 その原因は一言で言えば、文明の発達の差です。日本は先の三回の遠征軍で見せたように10万の大軍を派遣できる経済的余力もあれば、その大軍を動かす政治力も組織力もあった。
これは完成された国家があってはじめてできることです。ところがアイヌは、まだ部族どうしばらばらで国家といえる体制ではなかったと言われています。それではなぜ同じ日本列島に存在する両民族に文明度の発達に差が出たのでしょうか。
日本民族は昔から新しい文明に対する進取の気性に富むのに対し、アイヌ民族は、自分たちの生き方にこだわるあまり文明に背を向けたと考えられます。 日本民族は漢字が中国から輸入されると、その漢字を使いこなし、ひらがな、カタカナを作り出していきました。6,7,8世紀は中国の隋、唐の国家の時代です。その当時両国の文化は、日本より圧倒的に高かった。そのため日本政府は莫大な費用をかけて遣隋使と遣唐使を派遣しました。
役人、留学生、僧侶たちが両国の文化、文明を学ぶために派遣されていきました。遣唐使など十数回、総勢500人は派遣されたと言われます。当時の造船技術では、いくら近いとはいえ命がけの面がありました。当時の日本人の気概が伝わってきます。
これに反しアイヌ民族は、彼らと同じように文字を使用しなかった日本民族が文字を使い出し、日本の文明がどんどん発達していくのを横目に身ながらほとんど日本からなにも学ばなかったのではないでしょうか。 それでも先の三回の戦いで善戦できたのも、その時まだ文明にそれほど大きな差がなかったからだと想像できます。
しかしそれ以後は、文明の差どんどん大きくなっていったと思われます。明治の時代になって日本政府は、明治2年(1869)蝦夷地を北海道という名前に変え、本格的に北海道開発にのりだしたのですが、この時代になってもアイヌ民族は、文字を使用していません。
5世紀には日本政府は完全に文字を使いこなしていたと考えられていますから、19世紀に蝦夷地が北海道という名前になるまでおよそ1400年間、アイヌ民族は、文明発達の基礎になる文字の使用ということを日本民族から学びとろうとしなかったのです。 これは全く理解できない不思議な現象で、日本列島という小さな島だけにアイヌ民族の怠慢と言っていいのではないでしょうか。
アイヌ民族は、同じ日本列島に住み、彼らより文明水準の高い日本からほとんど何も学ぶことなく、民族全体で文明の発達に背を向けて1400年間も暮らし続けてきたのではないでしょうか。 そのためアイヌ民族は、結果として自ら滅びる道を選び自然淘汰に近い形で民族の末路を迎えてしまったといえます
この狭い日本列島で大昔にらみあった二つの民族は、一方は貪欲なまでに新しい文明を吸収し、片方は文明の発達をほとんど無視してきたということが、現在の日本人とアイヌ人の差になっていると言えます。
明治の初めに日本政府が北海道開発に乗り出した時、政府は生存するアイヌの人たちを日本人にするための同化策をとりました。 同化策の中には開墾するアイヌ人には住居や農具を支給するから、死者が出た時には家を焼き払って転居しないこと、これからうまれる女の子には入れ墨をしないこと、男子は耳輪をしないこと、日本語を学ぶのはむろん文字も学ぶこと、アイヌの人口の多いい所ではアイヌ人専用の小学校が作られたことなど色々あります。
現在は少数民族の人権が強調される時代ですから、時流に乗り遅れるなとばかりに、この同化策そのものを批判する日本人が多いいのです。 確かに同化策の細部には批判されてもしかたのない面もあります。 例えば開墾地を支給する場合日本人に与える土地の方が広いということなどです。
しかし同化策そのものを私は明治政府を批判する気にはなりません。まず考えなければならないのは、その頃の日本経済です。明治時代全体で言えることは日本の貧しさです。特に明治の初めは、近代国家が出来たばかり明治時代のなかでも特に貧しいと言っていいでしょう。
ましてや未開地の北海道のことです。特に内地からやってきた日本人開拓民など極貧状態のようなものです。 そういうところで少数民族をほったらかしにしておくと多数民族の餌食になってしまうのです。これは北海道だけの話でなく世界共通のことです。だからアイヌ人を保護するために政府の力が必要なのです。
アイヌ人を保護するための政策といったら二つしかありません。一つはアメリカインディアンのように居留地を設けそこに押し込めてしまうことです。二つ目が同化策です。同化政策そのものを人権無視と主張する人は、明治の初めごろ北海道の状況を考えてアイヌ民族を保護するにはどんな現実的な政策があったか提言してもらいたいものです。
現在のような人権意識が過剰とも言える現在の価値観で、人権意識がほとんどなかった明治時代を批判し、裁くことは、現在の価値観で大東亜戦争を裁いているのと全く同じ現象です。日本の左翼の知識人にはこういうバカが多すぎます。
現存するアイヌの人たちには酷な言い方であることを充分承知のうえで、私は言いたいのです。アイヌ民族の祖先の人たちは、すぐれた文明を吸収する努力を完全に怠ってきた。これではアイヌ民族みずから自滅の道をたどる原因を作ったと言えるのではないでしょうか。
アイヌ民族が日本民族と同じようにすぐれた文明をどんよくなまでに吸収していたら、それこそ日本列島の支配権をめぐって熾烈な戦いが続いたでしょうし、ひょっとしたら日本列島は南北二つの国にわかれる可能性すらあったのではないでしょうか。
アイヌ民族は自ら身を滅ぼす原因を作ってしまったと考えられるのに対しアメリカインディアンやオーストラリアのアボリジンは、他の大陸からやってきた白人によって強制的に民族絶滅の危機にさらされ、オーストラリアのタスマニア島のタスマニア人は、皆殺しにあい絶滅されてしまっています。
アメリカ人やオーストラリア人に、アイヌ民族について日本を批判する資格など全然ないのです。
引用終了

上記の文章は、今から8年前の2009年3月1日付けの「えんだんじのブログ」に載せた「アイヌ民族とアメリカインディアン」の全文の引用です。えんだんじのブログの左側コラムに年月がずらりと並んでいますが、その中の2009年3月をクリックしてください。そうすると2009年3月1日に「アイヌ民族とアメリカインディアン」が出てきます。ついでにcomments 11をお読みください。ついで2009年3月10日のブログには「アイヌ末裔ふたりのコメント(1)」が出てきます。そのcomments 4 もお読みください。2009年3月18日には「アイヌの末裔二人のコメント(2)」が出てきます。そのcomments 5 もお読みください。

私が「えんだんじのブログ」を書き始めたのはアイヌのブログを書いた前年の2008年10月です。従って当時私のブログの一般読者は非常に少ないはずです。にもかかわらずそれなりのコメントの応答があるのは、私はその時からミクシーの会員だからです。当時ミクシーは、当時日本最大のSNSで、とくに若い会員(20代、30代、40代前半)が非常に多かった。そのためオフ会と称してミクシーの仲間同士が集まる会合がよくありました。私もオフ会をもうけ、私の呼びかけでも4.5人は集まるだろうと予想していました。ところが応募してきたのが14,5人でした。これでは名札が必要だと思い、自分で名札を買って名前を書き込んだのを覚えています。場所は横浜駅西口のルミネのレストラン街にあるレストランに東京、横浜方面から14,5名集合してくれました。会合を開いたのはこの一回だけですが、懐かしい想い出です。集まった14,5名、今ではほとんど全員が、ミクシーを抜けフエイスブックの会員となっています。私は今でもミクシーの会員ですが、フエイスブックに乗っ取られた感じで、今ではミクシーは、過疎地のような感じでさびしい思いをしています。

なぜ私が8年も前のブログをここにもちだしたかというと、「つくる会」の季刊誌、「史」の「つくる会」創立20周年記念号(1月号)の24頁に工芸家、砂澤陣氏が「日本を確実に蝕んでいる、アイヌ政策とアイヌ史」を書いております。また砂澤氏は「北海道が危ない!」という本を育鵬社から出版されています。私の8年も前のブログですが「アイヌ末裔二人のコメント(1)、(2)」と、そのcommentsも参照できますので参考になるかと思い記載させていただきました。

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タップダンス



先週のクリスマスイブ、BSテレビで「人生音楽劇場」という番組で前半の1時間は、ドリスデイの特集があった。ドリスデイの映画場面を見せ、おしゃべりと五十嵐はるみや今陽子などベテラン女性歌手にドリスデイのヒット曲を歌わせる番組であった。私にとってドリスデイとは実に、本当に懐かしい名前だ。今ではどのくらいの年代までの人が、ドリスデイの名前を知っているのだろうか?アメリカ全盛期の代表する名女優、名歌手だ。決して美人女優でもなければ、セクシー女優でもない。実に明るい、さわやかな、健康的なイメージのする女優であり歌手だ。私に言わせればアメリカ全盛期好感度ナンバーワンの女優だ。ヒット曲も随分出している。彼女の話す英語が私には、聞き取りやすいせいもあって私の大好きな女優だった。テレビ番組の映画の場面で彼女がタップダンスを踊るシーンがあった。その時、私は突然思い出した。「俺もタップダンスを習った時があったのだ。」
私が26歳のとき交際していた女性に子供ができた。あわてて結婚した、「できちゃった婚」だった。まとまったお金をつくるため、結婚後5年間自分の両親でさえも、つきあいをやめて、それこそもう徹底して社会との付き合いをたち、守銭奴を押し通し、三人家族で徹底して孤立して過ごした。ちょっと話題からそれるが、往々にして若い貧乏人は、お金を作ろうとして働きまくるが、徹底して社会的付き合いを断ち、徹底した孤立した守銭奴の生活を年数を限っておくれば、かなりのお金をつくることもできるのだ。このやりかたの長所は、勉強できる時間が作れるということです。働きまくっては、勉強する時間はできません。エリートでない普通のサラリーマンは、働きながら勉強しないと目が出ません。

私は5年間の徹底した孤立した守銭奴生活から、喪が明けたように社会的なつきあいを開始した。私の長女が小学校三、四その年のころ、私まだ30代のころ、長女をタップダンスに習わせるという、いわば長女をだしにして自分もタップダンスを習い始めたのだ。その頃有楽町、日劇の近くに「中川三郎、タップダンス教室」があった。毎週日曜日、娘を連れて行き、一緒に練習した。そのうちその教室が目蒲線だか池上線だかの大岡山に引っ越した。それでも私は娘を連れて通い続けた。しかし娘はあきがきてやめてしまったが、私はあきらめず通いつづけた。タップダンスの基本ステップが8種類か10種類があった。基本ステップを完全に覚え込んだところで音楽をながしその音楽とともに先生の振り付けで踊りはじめた。その音楽がその頃流行っていたビリー・ヴォーン楽団の「波路はるかに」だった。非常にスローな曲だが初心者が覚えるには最適な速さなのだ。けいこに行くたびにこの曲がながれて練習していくうちに、先生のふりつけの手本を見ることなしに踊れるようになっていった。そのうちに少し早い曲も先生のふりつけを見て踊れるようになった。だんだん進歩していくのは自分でもわかり、楽しいのだが、そのうちに自分には限界があり、自分にはタップダンスが上手になるには限界があることがわかった。要するに音楽的センスがないことがわかったのだ。
ある曲がかけられ、先生がその曲にあわせ、振りつける、その振り付けを見て自分のタップを合わせることができるのが、自分のタップで自分で振り付けして踊ってみろと言われるともうどうしようもなくなるのだ。
タッタカ、タッタカ、タッタカ、タッ、タッ、タッーと素早いタップを踏まれても、私はまだ30代で若いせいか先生の言う通りにタップを踏むことができます。しかし自分でやれと言われ、やってみると果たして自分の素早いタップがその音楽にあっているかどうかわからなくなってしまうのだ。
素早いタップを踏み続けても、その時の両手の動きはどうするのだ、頭の動きはどうするのだ、要するにタップダンスは体全体で踊る感じなのだ。
社交ダンスは、ワルツの曲ならワルツのステップを最後まで踏んでいればいいのだが、タップにはワルツ、ブルース、ルンバ用など決められたステップはない。8種類か10種類のタップのステップを使って自分で合わせて自分の踊りを見せる感じで、音楽的センスがいるということがわかった。タップの先生は、長くやっていればそのうち自分でできるようになりますよと言ってくれた、先生は自分のクラスに通ってくれれば、それが収入になるが、自分にセンスがないものいつまでやってもだめだと思い、またいくらタップダンスがうまく踊れても、それで食ってはいけない。そのため最初から趣味で終わらせるつもりだったから辞めてしまった。それが良かったかどうか、わからないが、一応学んだことがあると言える状態で辞めてしまった。それでも習い始めの頃は、楽しかったことは覚えています。

皆様、今年もブログのご愛読ありがとうございました。来年もよろしくお願いたします。来年も良いお年をお迎えください。

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日本の借金は膨大で、いつか借金で首が回らなくなる?



「つくる会」には会員同士がメイル交換できるメイリングシステムがあります。教科書問題を始め、歴史、政治、経済、文化などほとんど何でも会員同士、メイルでディベイトができます。時々多くの会員を巻き込む大論争があります。今月に入って大論争がありました。話題は、日本国の借金問題です。日本の借金は1000兆円をこえました。いつまで、またいくらまで借金が増やせるのか?そんな心配はいらない、まだまだ借金は増やせるのだ。この二手に分かれて大論争がありました。経済にうとい私など両方の意見を読むと、両方のいいぶんにもなるほどと思わせる部分があり、自分では自分の結論が出せません。そこですぐに思い出したのが読もうと思って買っておいた本です。最近自分の年のせいか、読書力のスピード、読解力の落ち込みが激しい。昔、通勤電車は私の読書時間だったのに、いまじゃ電車に坐って読むとすぐに眠くなってしまう状態です。つい2、3ヶ月前に買った本なのにまだ読みだしていない。このブログを書くためにあわてて読み始めました。その本のタイトルは、「財務省と大新聞が隠す本当は世界一の日本経済」(上念司著、講談社+アルファ新書、2016年9月20日、880円税別)。文字通りごく最近の本です。
私が新聞広告でこの本のタイトルを見た時、これは面白そうだと思い、本屋にゆき店頭に出ていたので手にしました。本の帯の表には「財務省のホームページに載る700兆円の政府資産は、一体、誰の者なのか!?」と書いてあるのです。本の帯の裏にはこう印刷してあるのです。
引用開始
「日本国は、そのGDPの二倍以上となる1000兆円の借金を抱えているーーこれは広く国民が周知するところだ。しかし、その同じ日本国が約700兆円もの資産を抱えていることを知る国民は少ない。これがいかに巨額であるか、それはGDPが日本の約四倍にもなるアメリカ政府資産が150兆円しかないことからも一目瞭然であろう。こうしたことを指摘すると「そんなこといっても、資産は道路や空港であって、換金することなどだきないではないか」という人が必ずいる。しかし違うのだ。事実は「現金・預金」「有価証券」、特殊法人への「貸付金」「出資金」などすぐに国民のために使える資産が300兆円以上もある。」
引用終了
この本のタイトル、その帯の裏表の文章を読むとなんだかうれしい気分なり、本の値段も安いということで買って、いずれ讀もうと机の本箱に置いておいたのだ。

著者は、この本に33の質問を出させ、それに答える形式で本を書いています。本書の23頁に質問2として以下の質問が載せられています。
質問2「日本の政府は膨大な借金を抱えているといわれますが、これは完済しないといけないのですか?」
解答2「いいえ、実は返す必要はありません。」
以下くわしい説明文が書かれています。初めの部分だけ引用します。
引用開始
「永久に借金を繰り返せる人とは
政府債務の問題を論理や道徳の問題で語ろうとする、間違った考えの人が多すぎて本当には困ります。彼らは政府の借金はゼロになることが論理的に正しい状態で、一円でも政府が借り入れをしていたら不健全だと考えるようです。
しかし、政府の借金は必ずしも「完済」する必要はありません。まして、借金をゼロにしなくてもいいのです。その理由は、政府の寿命が一般人とはまったく違う、というところにあります。
通常、多くの人が政府債務の問題と、個人の債務問題を混同しています。確かに個人で借金した場合には、返済期限まで完済するのが常識です。借金を踏み倒すことは論理的にゆるされない、泥棒のような行為と言われても仕方ありません。しかし、政府の場合は個人の借金とは決定的に違うところがあります。それは、個人はいつか死にますが、政府は死なないという点です。こんな例え話で考えてみましょう。」
引用終了
以下例え話が続きさらに説明が加わり、債務完済問題について合計7頁を使って解答し、その後次の問に答えていく方法をとっています。この本を読んで気づくことは、政治や歴史問題は、左翼が新聞、テレビをわが物顔をし、外務省もその意向を裏から支えるような感じ(日中歴史認識等)だが国の借金問題は財務省が主役になって新聞、テレビ、評論家等を騙し、日本は大借金まみれで苦しい、苦しいと金不足を演出し、国民は右翼も左翼も関係なく財務省に惑わされているのだ。なにしろ日本の借金額は、克明に知らされるが、現在日本の国家資産がどのくらいあるか、新聞やテレビで知らされることは皆無だ。財務省は外務省より質が悪いかもしれない。ぜひ皆さんのこの本、「財務省と大新聞が隠す、本当は世界一の日本経済」を読んでいただきたいと思います。本の値段は880円と安いし、文庫本より多少大きいサイズの本だが、その分文庫本より印刷されている字が大きく、内容も読みやすい。一読の価値ある本です。


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鈴木宗男よ、前科者のくせに偉そうな口をきくな。



(えんだんじのブログ)で2016年11月5日に「安倍総理、プーチンにのめりこまないでください。」を発表した。その発表後に第二次橋本内閣(1997年)で北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官に任命された鈴木宗男氏(昭和23年生まれ、元自民党議員、以後宗男と称す)が週刊誌や月刊誌で「北方領土返還で二島返還だって大成功だよ。」などとの賜っているのを読んだ。今月15日にはプーチンが山口県長門市にやってくる。北方領土返還の話し合いは長い、それだけに歴史がある。宗男はこの北方領土返還等の話し合い食い物にして実刑判決を受け一年ほど刑務所暮らしをしてきた元政治家だ。その実態を簡単にのべて、二度とこういうことが起こらないことを願って書いてみました。
鈴木宗男事件
1.ムネオハウス事件
1999年、国後島のロシア人と日本人との友好の家(通称ムネオハウス)の工事に関する入札を意図的に地元建設業者5人と宗男の秘書と共謀して随意契約にさせた事件。この事件は2002年に共産党議員の国会質問によって世間に知れ渡った。
2.国後島ディーゼル発電施設事件
2000年3月に行われた国後島におけるディーゼル発電機事業の入札で宗男の意向によって三井物産に落札するように便宜をはかった。この事件の悪質なのは、事前の1998年にコンサルタント会社と東京電力がそれぞれ「新規設置は不要で、既存ディーゼル発電を改修すべきとの報告が外務省に提出されたが、宗男は強引に外務省へねじ込み、新設を決定させた。この件で外務官僚二人も有罪が確定された。
3.やまりん事件
1998年製材会社やまりんは、国有林無断伐採事件をおこした。そのため林野庁から国有林の公売などの入札参加資格7か月間停止。やまりんは当時内閣官房副長官の宗男を頼った。宗男は便宜をはかった。
4.島田建設事件
1997年から1998年、北海道開発局発注工事であった網走港の防波堤工事や紋別港の浚渫工事、島田建設が当時北海道開発長官だった宗男に受注の便宜を頼んだ見返りに600万円をわたした。
5.イスラエル学会事件
イスラエル関連の学会をめぐる外務省関連の事件。ロシア外交を展開していた宗男は、イスラエル学会がロシアと非常につながりが深かったため日本の対ロシア外交の一環として学会を重要視した。そのためイスラエル関連の学会をめぐって、外務省の決済を得て、外務省関連の国際機関の「支援委員会」から支出が行われていた。
6.政治資金規正法違反事件
宗男の資金管理団体「21世紀政策委員会」に虚偽報告があった。宗男の東京南青山の自宅建設費用約1億五千万のうち約3600万円を「21世紀政策研究会」の政治資金から流用。また政治資金の1億円の寄付収入を裏金にした。
7.モザンビーク共和国洪水災害国際緊急援助隊派遣介入事件。
宗男の発言で派遣が一週間遅れ、その間にモザンビークの被災者七人が亡くなった事件。宗男は偽証罪で有罪。

これらの事件のうち3.やまりん事件、4.島田建設事件、6.政治資金規正法違反、7.モザンビーク事件の4件が受託収賄、斡旋収賄、政治資金規正法違反、議院証言法違反で有罪。2004年11月宗男に懲役2年の実刑と追徴金1,000万円の判決がくだされた。
2009年、宗男の上告が棄却され、議員資格を失い、ちょうど一年間収監された。刑期満了から5年間公民権停止。上記3,4,6,7事件以外の件では宗男の秘書、外務官僚、業者が実刑判決を受けています、上記事件1から7まで無罪者が出ていません。
これらの事件中あるいは事件後に出た野党議員等のコメント、
辻本清美:鈴木議員は疑惑の総合商社
鳩山由紀夫:公共企業で私服を肥す鈴木宗男のような政治家が日本にいること自体が実にはずかしい。
小沢一郎:国民の税金を使う行使に乗じて色々な不正、不公平な問題を生じさせた鈴木議員
の政治家としての責任。
福島瑞穂:北方四島支援事業を食い物にしてきた鈴木議員は政官業の癒着そのもの。

国後島緊急避難所兼宿泊施設が「ムネオハウス」と呼ばれたことにちなみ宗男がからんだ建造物等について鈴木宗男の名称等をつけて通称でよばれるようになった。その例:
1.色丹島のプレハブ診療所、 「鈴木宗男診療所」
2.色丹島の四輪駆動車、 「ムネオ号」
3.色丹島の住民用自航式はしけ、 「ムネオ丸」
4.タンザニアの中学校講堂、 「スズキホール」
5.国後島のディーゼル発電施設、 「ムネ電」

北方四島には、戦後半世紀以上日本国民は、誰ひとりとして住んでいません。宗男はロシア島民のためにだけの便宜をはかるために国の税金を使っていたのだ。これも日本人文化の悪いくせ、こちらが誠意を尽くせば見返り(4島返還)に良い影響があるに違いないと勝手に思い込み行動に移すのだ。これらの施設に要したお金すべてムダ金に終わった。今回の安倍総理とプーチン会談でも色々の経済発展、協力の話し合いが行われているが、日本側に無駄使いの一銭も出ないように祈るばかりです。
その宗男が月刊誌「文芸春秋12月号」に「二島返還だって大成功だよ」のタイトルのもとに8頁にわたって書いている。たかが前科者が書いたこんな文章、よく文芸春秋が載せたものだ。宗男の記事には参考になるものは何もない。二島(歯舞、色丹)の面積は、四島全体の7%に過ぎないのだ。私は、国民の一人として宗男にはっきり言ってやる。「宗男よ、前科者のくせに偉そうな口をきくな。」

今月15日にプーチンが山口県長門市にやってきます。私は安倍総理に無理してプーチンとは合意を取り決めないでいただきたいと思っています。その理由は:
1.ロシアという国、またプーチンと言う人間をまったく信用できない。
2.安倍総理はプーチンと15回も会談しているが、プーチンが北方領土を返すとはっきり言ったことがない。
3.最近のペルーの会談では北方領土での共同経済活動が話し合われ、実現すれば現地でのビジネスはロシア法が適用されるとプーチンは語った。
4.国後・択捉に最近ロシアは地対艦ミサイルを配備した(産経新聞11月23日)。日本の真剣な交渉態度に平手打ちをくわせたようなもの。
5.シナに経済援助したら、日本の強敵を作ってしまった。ロシアに経済援助したらまた日本の強敵を作ることになる。

ここで日本が必要なことは、政治評論家、西村慎吾氏の主張するように「臥薪嘗胆」の手段をとる事です。
1.日本は経済大国を続けるべきこと。
2.日本は必ず核兵器保有国になること。
日本はこの二つを持つ強国にならなければ、領土返還のような重要な問題は、「ならず者国家」、ロシアもシナも核兵器もない日本をまともに相手にしようともしません。日本の誠意など必要ありません。必要なのは核兵器です。ソ連崩壊時、日本は黙って、ボケーッとしながらただ眺めていただけ、北方四島を買い取ろうという提案さえしなかった。現在のロシアは、プーチンの独裁主義国家、プーチンこけたらロシア国内は混乱するでしょう。今は日本は「臥薪嘗胆」すべき時なのです。勇気をもって一日も早く核兵器所有国家になりましょう。




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私のトランプ嫌悪感



このまま大統領選挙戦が終わると、トランプ氏が勝ってしまうと思い、2016年10月7日、(えんだんじのブログ)に「アメリカ国民よ、トランプ氏に投票しないで下さい。」を発表しました。この私でさえこのままでは、トランプは勝つかもしれないと思っていたのに、外務省は、ヒラリー勝利を予想するより、勝利を信じ切っていたと言うくらいだからお粗末このうえない。私のブログの呼びかけなど犬の遠吠えよりもはるかに劣るため、選挙情勢にはなんら変わりはないと思っていたが、思わず反射的にブログで呼びかけてしまった。一体私は、何に反射したのかというとトランプの人種差別宣言です。私はトランプに怒りを感じたのです。私の経歴は、私が血気盛んな20代から白人系外資系会社5社を渡り歩いて40年、ずっと白人たちと仕事して定年を迎えた。私の20代は、私の子供時代から続くアメリカの全盛期でした。その頃1ドル360円の固定相場が何十年と続いていた。その血気盛んな20代の頃に私は自分の仕事で人種差別、人種偏見を感じとっていたのです。そのころの私は英語も不十分、売り込める仕事の技術は何もなし、人種差別、人種偏見の怒りにまかせて仕事を辞めることもできず、もし仕事辞めたらまた臨時工に逆戻りだ。もう臨時工としては二度と働かないと決めたのではないかと自分で自分を叱咤激励していたのだ。「今に見ていろ」とじっと我慢をして働かざるを得なかった。私は小学校一年から横須賀に住んでいたが、確か私が小学校一年か二年生ごろ、アメリカ水兵がジープに乗って子供たちに10円札をばら撒いていた。沢山のこども達が、その米水兵のジープのまわりで10円札を拾おうとして群がっていた。私はその少年たちの一人だった。後年あの時私は10円札を拾えなくて良かったと思った。もし拾えて母親に渡していたら、大変後悔しただろうと思った。こういう経験をしているから、選挙戦で堂々と人種差別をするトランプに嫌悪感を抱いていたのです。

人種差別、人種偏見に耐えながらじっと我慢して働いていた私が27,8歳のころ、ついに我慢しきれずボスと大ゲンカした。私はまわりのスタッフにはっきり聞こえるように大声を出してどなったのだ。ボスももともと地声が大きいからひときわ大声でどなりかえしてきた。回りの人たちはびっくりして仲裁にはいった。私は、「これで、俺は首だな」と悟った。もともと首は覚悟しての喧嘩だった。翌日朝出勤した時すぐに、東京支社長室によばれ、トランプが語った言葉を言われた。

アメリカNBCテレビのリアリティ番組に「アプレンティス」(apprentice, 弟子とか徒弟の意)という番組があった。ホスト役がトランプだった。実業家として成功を夢見る若者たちから応募者を募り、審査で選ばれた16人がトランプの会社で様々な課題に挑み、最後に残った一人をトランプが採用するという番組だった。そのテレビの画面上でよく放ったトランプの言葉が「お前は首だ」と言う言葉だった。この「アプレンティス」という番組大変視聴率が高く超人気番組になった。それだけにトランプが放つ「お前は首だ」という言葉も人気用語になってしまった。この「アプレンティス」の成功が白人たちへのトランプの著名度や親近感を高めさせたことは間違いない。大統領選選挙結果を放映するNHKの夜の7時のニュースでもトランプが吐いた有名な言葉として「お前は首だ」を確か二夜連続してトランプが同じセリフを吐いたテレビ場面を放映した。

私が首になった時、トランプが言った「お前は首だ」と同じような言葉、「お前は今日で首だ」と言われた。私は少し虚を突かれた。首になるのは判っていたが、せめてあとひと月で首とか、今月いっぱいで首とか多少首まで余裕があると勝手に思い込んでいたのだ。私は、「わかりました」と言って支社長室をひきさがった。午前中に大声でスタッフ全員に聞こえるように、「自分は今日で首と言われましたのでやめます。いろいろお世話になりました。」と挨拶して帰った。ちょっと時間たって帰りの電車の中で、物凄く自分に腹がたってきた。なぜ一言も気の聞いたせりふも言い返せずに支社長室を去ったのか。「お前は今日で首だ」と言われたとき、渙発を入れず「サンキュー、あすから、これで俺は幸せになれる」の言葉ぐらいなら自分でも自由に英語で言えるのに、と思ったら急に自分に腹立ってきた。こんどはいきなりに首なったらこのセリフを言ってやろうと決めていたが、二度と首にあうようなことはなかった。首になった直後の話も面白いので、興味があったら私の自伝的小説、「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」(文芸社)を読んでみてください。

それではなぜ人種差別を堂々と宣言するだけではなく女性蔑視発言を繰り返し、その他トランプに対する良くない情報が流されてもトランプは、なぜ大統領に選ばれたのか?
驚くなかれ、最新のニュース、産経新聞11月16日の吉崎達彦氏(双日総合研究所チーフエコノミスト)によると民主党支持者の投票棄権が多かったからなのです。投票の詳細を見てみると、クリントンの総得票数:6104万票、トランプの総得票数:6037万票、得票数ではトランプが若干少ないが選挙人ではトランプが勝って大統領になった。ところが前回の6012年の選挙では挑戦者のロムニー共和党候補は総得票数:6093万票、現職のオバマ大統領の総得票数:6591万票。この四者の総得票数を比較すると驚くべきことがわかる。トランプ:6037万票、ロムニー:6093万票。テレビ番組「アプレンティス」の超人気で名前を上げ、人種差別や女性蔑視などで刺激的発言をして大騒ぎさせながら遊説したトランプとロムニーでは得票数はほとんど変わらない、いや正確に言えばロムニーの方が少し多いいのだ。6012年のオバマ大統領の総得票数6591万票、今回のクリントンは6104万票、およそ約500万票の差があります。すなわち民主党支持者500万人が棄権したためクリントンは敗れたことになる。クリントンは飽きられ、どうしても大統領にしたいという熱気がかけていたと言わざるを得ません。

選挙戦の結果を見ると、アメリカが分断されているのがよくわかります。トランプが正式に大統領と決まっても、トランプは、「not my President」と大声を張り上げてのデモ行進が選挙結果後4日経った後でものあちこちの大都市で行われています。一方異民族にたいするアメリカ白人のいやがらせが目立ってきていると報じられています。私は大統領選後もアメリカが分断状態になっているのを見るのは初めての経験です。分断状態にしたのはトランプのせいです。
トランプが選挙戦で一番言ってはならないことは、私は人種差別だと思っています。特にイスラム教徒のアメリカ入国「完全禁止」です。聞くところによるとアメリカ憲法では、宗教によって入国を禁止することは憲法違反というではないですか。
ヒトラーは選挙で選ばれ独裁者になった。トランプは独裁者になる恐れがあるかもしれない。それに対しニューズウイーク誌(2016・11・15)では、「議会や財界、軍、司法、その他すべてが強制収容所を建てることに賛成しない限り、アメリカが21世紀の第三帝国になることはない。」と書いているが、果たしてそうだろうか。そのようにならないことを願うばかりです。
人種差別でいけないことは、その民族の誇りを傷つけることです。それだけに差別された方は根に持つ。こういうことは苦労人ならわかるはずだが、トランプは何も苦労していない、親父の不動産業を受け継ぎ、舌先三寸で世間を上手にわたって来ただけ。私が心配して恐れているのは、大統領職四年間に暗殺されずにすむだろうかということです。また外国に住む民間アメリカ人が、トランプ発言の影響で理由もなく殺されることがないだろうかと心配しています。私は親米主義者だからトランプが暗殺されて快哉を叫ぶことは絶対にないが、同情は一切いたしません。  

ところで私もトランプ新大統領が日本に及ぼす影響、例えばTPP、安全保障などブログに書きたいのですが、それよりここで名著を紹介します。「金の切れ目で日本から本当に米軍がいなくなる」(講談社アルファー新書)、対談本で語り手、飯柴智亮、1973生まれ、元アメリカ陸軍大尉、聞き手小峯隆生、筑波大学非常勤講師。大統領選挙中にトランプが「日本は在日米軍駐留経費を出せ。出さないならば、撤退だ。」と発言した。この発言から生まれた本です。本の出版が2016年9月20日で最新の本です。自由社ブックレットと同じような形式の本で800円です。読みやすいので読んでみてください。ほとんど私と同じ考え方です。

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