Archive for 書評・著書紹介

日本の借金は膨大で、いつか借金で首が回らなくなる?



「つくる会」には会員同士がメイル交換できるメイリングシステムがあります。教科書問題を始め、歴史、政治、経済、文化などほとんど何でも会員同士、メイルでディベイトができます。時々多くの会員を巻き込む大論争があります。今月に入って大論争がありました。話題は、日本国の借金問題です。日本の借金は1000兆円をこえました。いつまで、またいくらまで借金が増やせるのか?そんな心配はいらない、まだまだ借金は増やせるのだ。この二手に分かれて大論争がありました。経済にうとい私など両方の意見を読むと、両方のいいぶんにもなるほどと思わせる部分があり、自分では自分の結論が出せません。そこですぐに思い出したのが読もうと思って買っておいた本です。最近自分の年のせいか、読書力のスピード、読解力の落ち込みが激しい。昔、通勤電車は私の読書時間だったのに、いまじゃ電車に坐って読むとすぐに眠くなってしまう状態です。つい2、3ヶ月前に買った本なのにまだ読みだしていない。このブログを書くためにあわてて読み始めました。その本のタイトルは、「財務省と大新聞が隠す本当は世界一の日本経済」(上念司著、講談社+アルファ新書、2016年9月20日、880円税別)。文字通りごく最近の本です。
私が新聞広告でこの本のタイトルを見た時、これは面白そうだと思い、本屋にゆき店頭に出ていたので手にしました。本の帯の表には「財務省のホームページに載る700兆円の政府資産は、一体、誰の者なのか!?」と書いてあるのです。本の帯の裏にはこう印刷してあるのです。
引用開始
「日本国は、そのGDPの二倍以上となる1000兆円の借金を抱えているーーこれは広く国民が周知するところだ。しかし、その同じ日本国が約700兆円もの資産を抱えていることを知る国民は少ない。これがいかに巨額であるか、それはGDPが日本の約四倍にもなるアメリカ政府資産が150兆円しかないことからも一目瞭然であろう。こうしたことを指摘すると「そんなこといっても、資産は道路や空港であって、換金することなどだきないではないか」という人が必ずいる。しかし違うのだ。事実は「現金・預金」「有価証券」、特殊法人への「貸付金」「出資金」などすぐに国民のために使える資産が300兆円以上もある。」
引用終了
この本のタイトル、その帯の裏表の文章を読むとなんだかうれしい気分なり、本の値段も安いということで買って、いずれ讀もうと机の本箱に置いておいたのだ。

著者は、この本に33の質問を出させ、それに答える形式で本を書いています。本書の23頁に質問2として以下の質問が載せられています。
質問2「日本の政府は膨大な借金を抱えているといわれますが、これは完済しないといけないのですか?」
解答2「いいえ、実は返す必要はありません。」
以下くわしい説明文が書かれています。初めの部分だけ引用します。
引用開始
「永久に借金を繰り返せる人とは
政府債務の問題を論理や道徳の問題で語ろうとする、間違った考えの人が多すぎて本当には困ります。彼らは政府の借金はゼロになることが論理的に正しい状態で、一円でも政府が借り入れをしていたら不健全だと考えるようです。
しかし、政府の借金は必ずしも「完済」する必要はありません。まして、借金をゼロにしなくてもいいのです。その理由は、政府の寿命が一般人とはまったく違う、というところにあります。
通常、多くの人が政府債務の問題と、個人の債務問題を混同しています。確かに個人で借金した場合には、返済期限まで完済するのが常識です。借金を踏み倒すことは論理的にゆるされない、泥棒のような行為と言われても仕方ありません。しかし、政府の場合は個人の借金とは決定的に違うところがあります。それは、個人はいつか死にますが、政府は死なないという点です。こんな例え話で考えてみましょう。」
引用終了
以下例え話が続きさらに説明が加わり、債務完済問題について合計7頁を使って解答し、その後次の問に答えていく方法をとっています。この本を読んで気づくことは、政治や歴史問題は、左翼が新聞、テレビをわが物顔をし、外務省もその意向を裏から支えるような感じ(日中歴史認識等)だが国の借金問題は財務省が主役になって新聞、テレビ、評論家等を騙し、日本は大借金まみれで苦しい、苦しいと金不足を演出し、国民は右翼も左翼も関係なく財務省に惑わされているのだ。なにしろ日本の借金額は、克明に知らされるが、現在日本の国家資産がどのくらいあるか、新聞やテレビで知らされることは皆無だ。財務省は外務省より質が悪いかもしれない。ぜひ皆さんのこの本、「財務省と大新聞が隠す、本当は世界一の日本経済」を読んでいただきたいと思います。本の値段は880円と安いし、文庫本より多少大きいサイズの本だが、その分文庫本より印刷されている字が大きく、内容も読みやすい。一読の価値ある本です。


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書評「日米戦争を起こしたのは誰か」(勉誠出版)



2011年にアメリカで出版された本が、日本で非常に話題になっていながら日本語翻訳もされず話題になったままの洋書がある。フーバーアメリカ元大統領(大東亜戦争のアメリカの責任者、ルーズベルト大統領の前の大統領)が書いた著書「Freedom Betrayed」(裏切られた自由)です。これは歴史研究の本でフーバーは、この本を書くために20数年間資料を集めて書いているのですが、現在「フーバー研究所」がありますがこの集めた資料が発展していまの研究所になっています。従って彼の書いた「Freedom Betrayed」はまさに学術書と言っていい。フーバーは900頁を超えるこの大著を昭和39(1964)年に書き上げ、出版社に提出した。ところが提出後すぐに彼は死んでしまった。それから47年後の平成23(2011)年に出版された。なぜ出版までにほぼ半世紀もかかってしまったのか。この本の内容が大東亜戦争とソ連発展に対する徹底したルーズベルト批判だからです。アメリカで出版されてからもう5年も経つのにいまだに日本の出版社や日本の作家に翻訳権を与えてくれない。私は、この翻訳権についてはアメリカ政府が完全に関与していると思っています。私は「大東亜戦争は、アメリカが悪い」(勉誠出版)を書いていますが、まるでアメリカ人のフーバー大統領も「大東亜戦争はアメリカが悪い」を書いているようなものです。この本が日本語に翻訳されたら、戦後直後アメリカ軍が日本国民に強いたWar Guilt Information Programは、アメリカ政府の底意地の悪さを証明するものになるでしょう。

この「日米戦争を起こしたのは誰か」の出版の企画したのが外交評論家の加瀬英明氏です。また加瀬氏は私の所属する「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を専門に出版する自由社の社長です。国際政治や歴史に詳しい三人の論客、茂木弘道氏、稲村公望氏、藤井厳喜氏がこの原書を読み、この本のエッセンスを語ってくれているすばらしい本です。本書の最重要である第二章「過ったアメリカの政策」の中で彼ら三人がルーズベルトの犯した19の過ちや誤りを列挙し説明しています。ここではその項目だけあげておきましょう。
第一の過ち   1933年の国祭経済会議の失敗
第二の過ち   ソ連承認
第三の過ち   ミュンヘン融和の成功と失敗
第四の過ち   英仏の「ポーランドとルーマニア」への独立保証
第五の過ち   アメリカの宣戦布告なき戦争
第六の誤ち   警戒心を持った忍耐政策を取らなかった事
第七の誤ち   ソ連共産主義を助けた事
第八の誤り   1941年7月の日本への経済制裁
第九の誤ち   1941年9月近衛和平提案を拒絶した事
第十の誤ち   日本との三ヶ月の冷却期間を拒絶した事
第十一の誤ち  無条件降伏の要求
第十二の誤ち  1943年10月のバルト三国とポーランド東部のソ連への譲渡
第十三の誤ち  1943年12月、七つの国家にソ連の傀儡政権の押し付けを認めてしまった事
第十四の誤り  ヤルタの秘密協定
第十五の過ち  1945年五月~七月の日本の和平提案を拒否した事
第十六の誤ち  トルーマンのポツダムでの決断
第十七の誤ち  原爆投下
第十八の過ち  毛沢東に中国を与えた事
第十九の誤ち  戦後世界に共産主義の種を撒いてしまった事

この19項目を見ると、私の本、「大東亜戦争は、アメリカが悪い」よりもフーバーの本が
共産主義についてより詳しく語っているほうが多いということがわかります。
戦後70年間未だに自虐史観が教え込まれ、大東亜戦争という言葉さえ自由に日本国民が使わない、なお且つこのフーバー大統領の回顧録の翻訳権が日本に与えられていない現在、この本「日米戦争を起こしたのは誰か」(ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず)(勉誠出版)は、日本国民必読中の必読本である。









 

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書評(4)「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」



愛知県の読者からの感想文です。
引用開始
「先日『えんだんじ』誌をよみました。先生の御体験のすさまじさにはびっくりしどうしで、はらはらしながら読ませていただきました。
単に一個人の人生のつづりでは決してなく、時代を最前衛で走り続けられた様子や、人生の本音に生きられたご様子が実に豊かに興味深く記述されていることに驚きました。
小生も還暦をすでに迎えております。さまざまな体験もしておりますが、先生の人生のすべてを貫き、エナジェティックなバイタリティーには驚くばかりであります。
私どもの世代よりほんの少し上だけで、これだけ劇的な人生、情念あふれる人生が現実にあるなど思いもよりませんでした。小説より奇なる人生があり得たなど信じがたき思いであります。
武器こそ手にされないが維新時の丈夫の生き方そのままの生き方なのだなあと感じいりながら読ませていただきました。まさに刮目すごいの一言であります。大衝撃であります。
私も学生運動の一端をにない、友の自決を機に教師を辞し、以来様々に行動して参りましたが、先生の豊かな人生と比せば、万分の一にも届かぬ人生だと恥じ入る次第であります。
久しぶりの高揚感に浸っておる次第であります。ありがとうございました。
先生の今後ご活躍を期待しておりますとともによろしくご指導のほどお願いいたします。
引用終了

皆様、これが今年、最後のブログです。早いもので今年の10月にブログを書いて以来7年目が終わり、翌11月から8年目に入りました。えんだんじのブログを書きだした年は、一週間おきに毎週土曜日書いておりましたが、翌年から二週間おきの土曜日に書いております。書いたブログ記事総合計230、すべてえんだんじのブログに納められています。来年から古いブログ記事でも、出来の良い作品はくりかして発表しようと思っています。
私がブログを書いて10年目に入るのはあと2年、10年目が終わるにはあと3年です。このため「えんだんじのブログ」はあと3年つづけます。その後どうするか、まだ時間があるのでこれから考えます。それでは皆様、今年も「えんだんじのブログ」のご愛読ありがとうございました。また来年の御愛読を期待しております。良いお年をお迎えください。

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書評(3)「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」



鎌倉市在住の藤田茂光氏は、現在85歳。藤田電気管理事務所を経営されていましたし、また東京電気管理技術者協会副会長を務めておられました。著作には「頭念を拂う:本当の自己をつかむため」(2011年 暮らしの手帳社)があります。「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の英文翻訳と資金援助してくれた鎌倉在住の渡辺昌明氏と藤田氏とは鎌倉の浄明寺で行われる座禅仲間でした。藤田氏は渡辺氏が英文翻訳と資金援助を私にしてくれていたことは、十分知っていて陰ながら私たち二人を支援してくださいました。
「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」が出版されましたので、藤田氏に贈呈したところ、彼から次のような書評が送られてきました。彼の了解を得ましたので、全文を引用させていただきます。
引用開始
「ご本を頂戴してから、一日も早く読んで感想を申し上げ、御礼をしなければと思い、日頃からの積読、並読をストップして一気に読み上げました。読後感は、とても侘しい、悲しい、切ない。それでいて、胸のつっかえがとれて清々しい感じでした。侘しい、悲しいは愛する人との出会いそして別れであり、人間存在の悲しみであります。出会いそして別れ、結婚してお子さんが三人までおられるのに、別れなければならなくなった苦しみ。私にはとても、とても想像も出来ないことであります。
特に島さおりさんとの別れは、私も胸が一杯になりました。人生とは悲しいものですね。ご冥福をお祈りいたして止みません。
胸のつっかえとは、外人上司、社長との喧嘩、格好いいですね。胸がすかっとします。しかし、これは誰にでもできるものではありません。これが出来る人は、第一に、論理整然としていること、常日頃から熱い日本人としての血が滾っていること、そして肝ができていること。これが出来ていないと、絶対にできません。鈴木さんは、そういう人間であると、私はそう理解し、お付き合いをいただいております。

昨日、八月十六日、座禅のあと友達皆に御本のこと、渡辺昌明さんのこと等をお話しいたしました。そして『大東亜戦争は、アメリカが悪い』の御著書を世界中の人に読んで貰うために出版費用を稼がねばならないので協力してくださいと請願されておられます。どうぞそのために、禅友渡辺昌明様のご供養のためにもご協力してくださいと頼みました。
私も出来る限り協力を続けて参りますので、鈴木さんにはくれぐれもお体に気をつけて頑張って生きて下さい。人は「蓋棺事定」であります。
同封のお金は、出版費三千万円分の一に過ぎませんが、どうぞ笑納くださいませ。亦、出版の協力に就いては、別紙の通りのお願い文を作成して、友達に配布致しましたことを申し添えておきます。どうもありがとうございました。不備
平成二十七年八月十七日 藤田茂光
引用終了
藤田さんの手紙のなかに「蓋棺事定」(がいかんじてい)という言葉がありますが、私も最初わからなかったので説明しておきます。これは禅用語で「人にはいろいろあり、いろいろと生きて参りましたが、結局は棺に入れられ蓋に釘を打たれて初めて賢否が定まる」という意味だそうです。

藤田氏の禅友たちへの手紙の内容:
引用開始
「                お願い
禅友・故渡辺昌明さんは生前、鈴木敏明氏の大著、『大東亜戦争は、アメリカが悪い』を英文翻訳されておられました。この本は既に、在日の外国の大使館、領事館他、百八十五ケの国に贈呈されています。そして鈴木氏は今、この本を英語を母国語とする国々の図書館に贈りたいと考えて、その資金を作る為、この夏文芸社から新たに『えんだんじ』を創作発表しました。この際故渡部昌明のご供養と鈴木氏へのご協力を併せ考えてご購読下さいますようお願い申し上げます。敬白
平成二十七年八月十七日  藤田茂光
引用終了

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「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の再版販売開始



販売開始がネットでは11月末からですが、本屋での注文受付は12月1日からとなりました。本のサイズは、小説「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」と同じ四六判、ソフトカバー、825頁、値段3200円プラス税。小説「えんだんじ」の場合は、自費出版なので多くの人に贈呈できましたが、今回は自費出版ではないし、本の単価も高いのでごく限定した人だけにしか贈呈できなくて申し訳なく思っております。あしからず、この事情をご了承ください。もう一つお願いごとして申し訳ありませんが、皆さんの近くの図書館にこの本を置いてもらうよう御手配のほど、よろしくお願いいたします。

前回のブログで広島県の方の書評「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」をお伝えしましたが、今度は書評(2)を東京在住の主婦の方からいただきました。彼女の了解を得ましたので、引用させていただきます。
引用開始
「さて、前便で書けなかった新書の感想ですが、分厚い本だというのに一晩で読めてしまいました。初めての小説だそうですが、あれだけ人を引き込めるというのは何なのでしょう。
幕末史をやっている関係で、プロ・アマ含めて司馬遼太郎辺りから影響を受け小説を書いている知人・友人が結構いるのですが、長年やっている皆さんの技巧を凝らした文章よりも、先生の剛速球が心にズトンと入ってくるのです。
他の方の感想も知りたくてネットで読みましたが、皆様、私と同じではありませんか。その時、えんだんじに艶男子と当て字されている方がおられ、そうそうと一人で相槌を打っていました。
上から下まで白いスーツ姿で決めていたというのは本当のことなのか、伺いたいものです。また、先生の描く世界に昭和の雰囲気がもの凄く濃厚だったと感じました。映画でいえば日活映画の世界 - 先生はそれを裕次郎さんのようなスターを通してではなく、あの時代を生きた普通の市井の人物で現して下さったように思います。
小説は殆ど読まないのですが、これは私小説の新ジャンルではないでしょうか。
それこそ映画化したら面白いものができそうです。兎に角、読んでいると、その場面ごとの光景が浮かんでくるのです。
その昭和の世界の延長だったのでしょうか、読み終えてから、当時なかなか手にはいらなかった抱っこちゃんを手にした時のことを思いだしました。

欲を言わせていただければ、これもネットにあったコメントの方と同じなのですが、やはり『大東亜戦争はアメリカが悪い』の文庫本を歴史好きな仲間に配りたいです。左翼リベラル系が中心な文学界にあって、何故だか私と親しい書く系女子は親御さんが帝国陸軍軍人であったり、近衛隊士だったりするので、彼女たちに読んでもらいたいのです。
振り返れば、今の日本は生まれた時から属国育ちの人が大半を占めるようになり、アメリカへの奴隷根性が身にしみるというよりソレが生まれつきのものとなって、あたかもその空気が当たり前になってしまいました。
アメリアカに支配されている事より、支配されて現状を変えようとしない現在の日本人の有り様こそが悲しい、悔しいですね。
この情けない現状を変えるべく、一人でも多く先生の本を読み、一人でも多く覚醒して欲しいです。
先生の玉著を読めば直ぐにめざめられるのですから。ところが私の場合は、ペリー研究を始めて数年経った頃に「これは何だかおかしいゾ?」と漸く御用学者の存在に気づきましたので、かなり遠回りでした。私のように遠回りしないためにも、『一人でも多くの方に』です。
最後に、秋に向かって、先生にはくれぐれも風邪などめされませぬよう。
今後の先生の更なる文筆でのご活躍を祈念して、筆を置かせて頂きます。
引用終了

「上から下まで白いスーツ姿で決めていたというのが本当のことなのか、伺いたいものです。」の質問に対して以下のようにお応えします。
真夏は、上下白の背広で過ごしていました。それも31,2歳で鼻の下にひげをはやして以来です。頭は長髪、しかも自然とウェーブがつく天然パーマ、人から恰好いいと言われていました。まぁ、キザの固まり見えたことは間違いない。外資系のせいか、「お前、ちょっとハデすぎるぞ」などと注意されたことはありませんでした。夜の飲み屋の世界ではヤクザに見えたし、キャバレーの呼び込み屋だとも言われました。取引先を訪問した時には、冗談で「うちはプロダクションの事務所ではありませんよ」と言われたこともあります。そんなキザな私ですが、本だけは沢山読んでいました、しかし書くことは全くの苦手としていました。そんなキザな男が定年後本六冊も書いて講演までしているのです。人生とはわからないものです。

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書評「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」



上記の本が今年の9月1日に出版されて以来、もう3ヵ月目に入りました。初めての書評を入手しましたので紹介いたします。広島県の読者である井上寳護氏。井上氏は現在「新しい歴史教科書をつくる会」の理事をしておられます。その井上氏が「日本国体学会」の月刊誌「国体文化」の(論壇瞥見)に二つの奇書を紹介しています。その一書が「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」です。彼の承諾を得ましたので全文を引用いたします。
引用開始 
                えんだんじ
「えんだんじのブログ」なるブログ、知るものはよく知るが、知らない者はまったく知らないだらう。漢字で表すと『炎男児』――。男の誇りを固く守り抜き、事しあらば焔の如く燃え上がる男、といふほどの意味合ひらしい。
「えんだんじ」こと鈴木敏明は平成16年、碧天舎といふ版元から『大東亜戦争は、アメリカが悪い』といふ名の、A5版七百三十余頁の大著を出した。自費出版である。タイトルこそ分かり易いものの、無名の市井人が無名の出版社から出す本が、そんなに売れる筈がない。三刷三千部はそれでも健闘した方だらう。だが、彼の本のせいでもなからうが碧天舎は間もなく倒産、本は絶版となる。普通ならたいていここで諦める。
しかし「えんだんじ」は諦めない。どころか、彼は遣り繰り算段してつい最近(本年9月)、
その名もズバリ『えんだんじ』と題する四六版三百六十頁を超える自傳小説を上梓した(文芸社)
定価千六百円、決して安くないこの本を筆者は買った。しかし「戦後昭和の一匹狼」とサブタイトルがついたこの本を、どうしても讀みたかったといふ譯ではない。「えんだんじ」のブログを読む者には、彼が書いた自伝小説なら、大体の中身が想像できるからである。
筆者はこの本を購入したばかりか、公立図書館のリクエストにも出しておいた。図書館は利用者からのリクエストがあると、次回の購入図書の候補リストにそれを入れて検討する。本の内容によほどの問題がない限り希望が通ることが多い。つまりささやかながら、この本の売り上げに寄与したいがためである。しかし、個人的な付き合いもない人のために、なぜそこまで肩入れするのか。
鈴木の前著『大東亜戦争は、アメリカが悪い』は、知る人ぞ知る近来の快著である。「アメリカが悪い」理由のいちいちを、素人とは思へぬ豊富な資料を駆使しつつ縦横無尽に説き盡している。鈴木は学者ではないので、その分言葉がきわめて分かり易い。時にはべらんめぇ調の口語も交じる。抽象的な理屈はほとんどまったく無いから、説得力も抜群だ。そのうえ祖国の来歴に対する深い敬愛の心情が全編に脈打ち、痛快かつ面白い。七百三十頁が一息で讀める本などめったにあるものではない。あの西尾幹二が絶賛したのも頷ける。

しかし、ここで鈴木は考える。なるほど自分が6年がかりで心血を注いだこの本は、一応の成功をみた。しかし当然ながらこの書の読者はすべて日本人である。一体日本人の同意を得たくて俺はこの本書いたのか。さうではあるまい。本当はアメリカ人を始めとする世界中の人々に読んでもらいたいのではないか。日本人が戦った史上最大の戦争の本当の意味を、何とかして世界の人々に知ってもらひたい、そのための苦心だったのではないか――。
思ひたつと矢も楯もたまらなくなるのが鈴木の長所であり、同時に欠点でもあるらしい。なんと彼は自著の英語版を出す決意を固めたのである。
                  相寄る魂
思えば健気な決心ではないか。拠るべき学会も論壇も庇護者ない一介のサラリーマンが、祖国の歴史を弁護する大著を自力で出版し、今度はその英語版まで作らうといふのだ。断っておくが鈴木は決して金持ちではない。むしろその反対で、戦中戦後の貧しい家庭に生まれ育った高卒のありふれた男、病気がちの両親を抱える恵まれない日本人の一人だった。
そんな男がどのやうにして自己の人生を切り開き、並の学者や評論家も及ばぬ大望を懐くにいたったのか。
それを知るには『えんだんじ・戦後昭和の一匹狼』をお読み戴くしかないが、彼はたうとうその志を実現してしまったのである。言葉は悪いが、筆者はつい「虚仮(こけ)の一念」といふ言葉を思い出してしまったほどだ。
その過程には感動的な挿話がある。『大東亜――』の読者の一人が著者の強い願望を知って支援を申し出てくれたのだ。その人は一高・東大出のエリートサラリーマン。さる大手化学会社を勤めあげ役員となって定年退職した。この人物の優れた能力と惜しみなき献身により、翻訳作業は大幅に進歩した。さらに鈴木の経済的窮状を見かねたその人は、資金さえ提供してくれたといふ。「この人なくして事業は成功しなかった」と、鈴木は彼が亡くなった今も感謝と賛辞を惜しまない。
実に世の中は広い。本を熟読してくれたばかりか、著者の悲願を知るやその実現のため援助を申し出、経済的負担まで覚悟して応援する――。そのやうの人が実在するのである。一個の燃える魂に触れて、もう一つの熱い魂が寄り添った奇跡としか言いやうがない。まさしく
「天は自ら助くる者を助け」たのである。
英語版『大東亜――』は”The USA is responsible for The Pacific War”なるタイトルで一昨年8月に世にでた。鈴木は初版三百の大半を在日外国大使館・領事館に寄贈した。これで念願の第一歩をはたした。だが彼の望みはもとよりこれで終わらない。
昨年夏の朝日新聞の訂正と謝罪にもかかわらず、シナ・韓国との「歴史戦」は熾烈さを増す一方である。米国は原爆攻撃の正常化を止めようとはしないし、自国に都合のよい歴史観(東京裁判史観)を改めようともしない。このやうな時、鈴木としては内容に自信のある自著の英語版を、広く海外の要人、メディア、図書館などに普及させたい。しかし、そのためには少なからぬ資金が必要だ。と、ここまで言えば彼が今回の自伝小説を出した目的がお分かりだらう。さう、目的はそのための資金稼ぎなのである。
文芸社の自費出版本。それも世間的に無名な人物の自伝小説が果たして「資金稼ぎ」になるかどうか。常識的には限りなく無謀に近い。しかし「えんだんじ」はそんなことは気にしない。一旦かうと決めたらことの成否は度外視し、自ら信じる道を行く。頼れるところは何もなし。頼れるのは自分だけ。この人物はさうやって生きてきて、今ここにいる。これからもそのやうに生きるに違ひない。
その意気や壮なり。一個の男として断然魅力的である。かって日劇ミュージックホールのトップダンサーに惚れられたのも分かる気がする。今やほとんど見られない侠気(おとこぎ)の固まりのやうな鈴木の本を、我らも応援したくなるではないか。あへて「奇書」として諸賢に紹介する所以である。
引用終了。

井上様、熱いご支援ありがとうございます。感謝感激しております。読者の皆さん、皆さんのご近所に公立の図書館がございましたら、ぜひ購入要求を出してください。お願いいたします。アマゾンのカスタマーレビューには、まだどなたも投稿しておりません。どなたか投稿をよろしくお願いいたします。すでにブログでもお伝えしておりますが、勉誠出版社が和文「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を年内に再出版します、また英文版の販売もすることになりました。来週の土曜日(11月14日)に私が池袋で講演いたします。会場では「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」が税抜きの1600円で販売いたします。ぜひご来場ください。お待ちしております。

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堀江貴文著「ゼロ」を読んで



10年ぐらい前、堀江貴文氏は、通称「ホリエモン」と呼ばれ、その時代の寵児であり、若者のヒーローであり、高齢者の嫌われ者だった。そのホリエモン、堀江貴文氏が2013年に自伝を書いた。何故私は、彼の伝記を読む気になったのか。産経新聞に書評欄がある。去年のある日、アルピニスト、野口健氏が堀江氏の伝記「ゼロ」の書評が載っていた。野口氏は、大東亜戦争の戦場での元日本兵の遺骨の収集をするなど、私のような老人保守の間でも「たのもしい若い世代の保守」として人気が高い。その野口氏が書評で「堀江氏ほど苦労した人間を知らない」と書いていた。苦労なら、どんなに控えめに言っても、私は苦労の「苦の字」ぐらいはかじっています。一体堀江氏は、どんな苦労をしたのだろうと思い、買って読んでみた。読んで驚いたことは、堀江貴文氏(42歳)、野口健氏(41歳)、この二人と私の年代では、あまりにも世代間の相違が甚だしいことです。苦労に対する解釈が全然違うのです。私の世代が苦労と呼ぶのは、本人の責任ではないのに、運命とか宿命のようなもので苦労を背負いながらも、懸命に生き抜くことです。例えば、私の年代であれば、戦争によるものとか、三年前に東北地方に住んでいた人であれば、地震、津波、原発プラントの損傷などによるものとか、あるいは、極貧の家庭に生まれたとか、子供が治癒の望のない難病にかかるなど、本人の責任ではないのに、苦労する生活を強いられ、それにめげずに懸命にいきぬくこと、これこそ苦労と呼ぶべきものなのです。ところが堀江の伝記を読めば、私の世代にいわせれば、堀江は、苦労などなにもしていないのです。それにも関わらず、野口氏が、堀江氏が大変な苦労したと呼ぶのは何かということになります。少し詳しく説明しましょう。

堀江の両親は私の両親と同じで平凡な両親です。貴文、男の子一人と祖母と両親の計四家族の家庭です。「トンビが鷹を産む」という言葉がありますが、堀江の両親は、まさに正真正銘の鷹を産んだのだ。堀江の頭の良さは抜群です。小学校時代、テストや教科書なんか簡単すぎてつまらない、先生さえも間抜けに見えたというのだからすごい。算数のテストなど10分もかからず全問解けてしまい、無論100点です。テストの残り時間、教壇のところで先生にかわって皆の答案を採点していたというのだ。このまま公立の中学校にゆくより久留米にある中高一貫の私立校、久留米大学附設中学校を進められ小学校4年から福岡県久留米市の進学塾に通った。

中学校入学前後に、コンピューターとの運命的な出会いがり、独学でいっぱしプログラマーになっていた。或時塾講師から「うちのスクールに入っている日立のパソコン、今度全部NECの新しいパソコンに入れ替えるけど、教材システムを移植する必要があるらしい。それっておまえできる?」と聞かれて、大きなチャンスと思いできる確信もないのに「できます」と答えていた。その後およそ一月間無我夢中寝食忘れてプログラミングに没頭し、完成させた。中学校二年、14歳の時です。受け取った報酬は約10万円。以来コンピューターにはまり勉強しなくなり成績が落ち、劣等生になっていった。それでも東大受験をめざした。しかしどんなに追い込まれてもがり勉はしなかった。毎日10時間の睡眠をとり、起きている14時間、食事や風呂をふくめて勉強すればいいとしていた。彼が東大を現役で合格した時は、職員室では予想外のこととして大変な話題になったらしい。大学時代にはまったのがインターネットだった。1996年四月、堀江は東大に籍をおいたまま600万円の借金をして「有限会社オン・ザ・エッジ」を立ち上げた。1999年の決算で売上2.6億円、2000年の4月にサマーズに上場し、その時堀江は27歳、売り上げ11.6億円。2001年が29.2億円、2002年(58.9億円)、2003年(108.億円)と倍々ゲームのように売上を伸ばした。2004年には会社をさらに大きくしようと「株式会社ライブドア」に社名変更しそのまま野球の近鉄バッファローズの買収に乗り出し、翌2005年には、日本放送の筆頭株主になり、フジテレビとの関係を巡って世間を大いに騒がせた。その頃の堀江は、時代の寵児であった、また若者のヒーローであった。しかし年寄には嫌われた。私も堀江をきらった。金を大儲けすることが、立派な人間のような社会的風潮が気に入らなかったし、まだ30代前半の男が人間社会を知ったような気でいるのが気に食わなかったのだ。そして絶頂期の2006年1月堀江は、東京地検特捜部から強制捜査を受け、証券取引法違反の容疑で逮捕された。それからの5年間が堀江の法廷闘争の時代です。2011年4月実刑判決が確定。懲役2年6か月。その年の6月に長野刑務所に服役、介護衛星係りとしての仕事に従事。2013年3月27日に仮釈放、11月10日0時をもって刑期を終了、現在にいたる。堀江はこう書いています。「僕は生まれ変わったわけではない。悔い改めたわけでもない。ただゼロに戻り、もう一度スタートを切って働こうとしている。それだけなのだ。」

私は、若い読者にはっきりと言いたい。この堀江の人生のどこに苦労したというのですか。彼は苦労など一つもしていません。このブログの最初にも言いましたが、苦労とは、運命とか宿命みたいな苦労をかってに背負わされるものなのです。堀江の人生でしてきたことは、自分で企業をお越し、その企業を発展させ、違法行為でその企業を挫折させてしまったことです。ここのどこに苦労と呼ぶべきものがあるのですか。2年にわたる刑務所暮らし、大変つらい経験だったでしょう。しかしその原因は、彼が意識していたか、無意識だったか知りませんが、彼が違法行為を行った罰なのです。違法行為をすれば罰せられるのは、社会の常識です。なぜこれを苦労などと呼ぶのでしょうか。現在30代、40代前半の人間は、子供の時に苦労などしたことがないのだ、だから堀江みたいに若い時からの波乱万丈な人生を見ると、大変な苦労してきたと解釈するのでしょう。

それでは堀江が書いた「ゼロ」は、無味乾燥な本かというとそうではありません。赤裸々に書いているので結構おもしろいし、特にこれから起業を起こそうとする人たちには大いに参考になるでしょう。現在は、就職難ですが、反面、情報面での技術革新が急速なため、若くして企業を起こしやすくなっています。その意味で彼の「ゼロ」は、役立つでしょう。偶然のせいか、堀江が主張する企業を起こすに必要とするもののうち、二つは私自身も実行しています。
一・
「男性読者に向けて言っておきたいのだが『結婚しても服は自分で買う』というルールです。結婚すると、着るものに頓着しなくなり、なんでも奥さんが買ってきたもので済ませる男性は多い。自分の身につけるものを他人任せにしてしまうなんて、完全に思考停止のサインである。別に全身ユニクロでもかまわない。H&MやGAPの服でもかまわない。大切なのは自分の手で選ぶ、という行為なのだ。」と書いています。
私は高校入学してからアルバイトで服ばかりでなく下着まで全部自分で買い、以来現在まで続いています。別に面倒に思わずに現在まで続いているのは私のおしゃれのせいもあるでしょう。
二.
「孤独と向き合う強さを持とう」
「孤独だから、寂しいからといって、他者やアルコールに救いを求めていたら、一生誰かに依存し続けることになる」
「友達は大事だ。家族も大事だ。でも、一人で孤独を受け止める強さを持ってこそ、真の自立を果たすことができるのである。」
孤独に耐える強さは、なにも企業を起こすときだけに必要になるのではありません。私みたいに一匹狼で通す時にも必ず必要なものなのです。

堀江は、ずばぬけた頭の良さを持つ男ですが、こういう人間が往々にして持っている弱点があります。人の気持ちを察することができない人間なのです。他人への気配りや、思いやりのある言動がとれない人間なのです。彼は自分が女性に持てない理由を子供のころの育ちをあげていますが、そればかりではありません。彼は女性の気持ちなど察することができないのです。彼の書いた文章を披露しましょう。よく読んでみてください。
「東大の駒場寮時代、わがままな僕を見かねた先輩と喧嘩になったことがあった。なにが原因で喧嘩になったのかはもう忘れたが、そこで交わした言葉だけが強烈に覚えている。
『お前は人の気持ちってもんがわからんのかっ?』
顔を真っ赤にして怒る先輩に、僕は叫んだ。
『人の気持ちなんて、わかるわけがないでしょ?』
『絶句した先輩の顔は、いまでも忘れられない。そう、人の気持ちなんて、究極的にはわからないものなのだ。僕のことをどう思っているのか、信頼してくれちるのかバカにしているのか、ほんとうのところは絶対にわからない。そしてわからないからこそ、僕は信じる。
仲間を信じるからこそ、僕は全力で働くことができる。
人の心がわからないからと周囲を疑って生きるのは、あまりにも寂しい人生だ。』

どうですか?堀江は、彼の先輩が言った「お前は人の気持ちってもんがわからんか?」と言う言葉が理解できていませんね。コンピューターなら彼は自由自在に使いこなせます。なぜならコンピューターはすべて論理的に動くからです。この論理的に動く物に対しては図抜けた頭の良さもつ男だが、論理的に動かない人間の心、とくに女性の気持ち、「女心と秋の空」などとても理解できなでしょう。彼は現在42歳、常識的には企業を起こす年齢です、もうすでにスマホで企業活動しているらしいが、将来は経済的破滅に向かうより経済的に恵まれる可能性がはるかに強い。でも問題があります。彼は離婚経験あるが現在独身です。彼は一人っ子です、両親は現在離婚しています。年をとっていくら経済的に恵まれても、家族がいなければさびしいものです。彼の問題は、いずれは、すばらしい彼女にでくわし、良い家庭が築けるかどうかでしょう。





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岩田温著、「逆説の政治哲学」を読んで



著者、岩田温氏は、若手保守知識人のホープだと言われています。1983年生まれというからまだ弱冠28歳。28歳にして政治哲学などという難しい題名の本を誰にでも読めるようにやさしく書くなど至難の業だと思うのですが、それをいとも簡単にやってのける。読者にあきがこないようにするためでしょう、全編29話の一話一話を頁数にして8頁前後、枚数にして4枚前後でまさに読者が知らず知らずのうち政治哲学の本を読み上げるように工夫し、それがみごとに成功しています。まさに逸材、よい意味で将来恐るべしを感じさせます。全書を通じて一ヶ所だけ、私の認識とは全く違うことを書いている箇所があった。だからと言ってこの本の価値が下がるわけではないのですが、最後まで読むと、佐藤優氏がこの本の「解説」を書いていてその中で、私の認識とは明らかに違う岩田氏の文章をそのままほとんどそっくり書いて礼賛しているではないか、これでは反論しないわけにはいかず、これから私の意見を披露しましょう。著者は、第2章、第3節 「ナショナリズムの光と闇」の「『派遣村』に何を見るか」のタイトルのもとにこう書いています。全文を紹介します。
引用開始
現在、日本には様々な問題が山積みしています。未曾有の大震災からの復興もさることながら、少子高齢化の問題、老人の孤独死の問題、派遣切りなどの若年層の雇用問題など、本当に多くの解決困難な問題を抱え、多くの国民が不安におののいています。
実はこうした問題に援助の手を差し伸べ、解決のために身を粉にすることこそ、現在求められているナショナリズムの形でもあります。必ずしも復古主義的でいさましいことを語るばかりがその発露ではありません。
つまり、同じ日本人が困難に陥っている。この現実を見つめず、結果として弱者の切捨てを進めていくのではなく、日本人の同胞意識を根底に置いた弱者救済を目指すナショナリズムの形があるべきです。
ボランティアといえば、どちらかといえば、政治的左派の占有物というイメージがぬぐえませんが、こうした場合における右・左の壁ほど無意味で有害なものはありません。
当たり前のはなしですが、ボランティアという概念が必ずしもナショナリズムとは対立的に捉えられるべきでなく、むしろ、そうしたナショナリズムに基づくボランティアが存在しないことの方が、不健全です。
例えば、「派遣村」が作られた際、政治的保守派の多くがこれに批判的でした。「偽善的である」、「自助努力させよ」、「社会主義的である」といった彼らの批判は、実に空疎な言葉でした。
これらの政治的保守派たちは、同じ日本人で苦しんでいるという現実から目を背けていたのではなかったでしょうか。彼らは貧困にあえぐ同胞のために何をしたのでしょうか。それとも、貧しき人々は日本人ではないとでも主張するのでしょうか。
同じ日本人が苦しんでいるとき、自分になにができるのだろうか。そう問いかけるのもナショナリズムに形なのです。
引用終了

私に言わせれば、「派遣村」に関してのこの文章は、全くいただけません。ところが佐藤優氏は、この文章を礼賛し、ほとんど全文を「解説」の中で繰り返し、さらにつけくわえてこう書いているのです。
「日本の伝統的考え方に翼賛がある。翼賛を『広辞苑』で引くと、<力をそえて(天子などを)助けること>と説明されている。国家からの強制に基づくのではなく、見返りを求めずに、自発的に失業者を救援する。「年越し派遣村」も翼賛事業の一つなのである。ボランティアを左派と考えること自体が現下保守派の知的貧困を示すことを岩田先生は明らかにしている」

「派遣村」に援助の手をさしのべないのは、保守派の知的貧困だというのです。こうまで佐藤氏に言われては、黙っているわけにはいきません。反論する前にほんの少し私の経歴を話しましょう。私は20歳前後の時、松下電器のバッテリー工場で臨時工として働いた経験があります。臨時工とは、現在でいうならば期間工でしょう。期間工は、契約期間内に首になることはあまりないでしょう。しかし臨時工はいつでも会社の都合で首を切られます。著者の岩田氏は現在28歳ですが、私が28歳の時は、6畳一間の安アパート他に部屋らしい部屋と言えばトイレだけです。共同トイレでなかったのがせめてもの救い。そこに親子四人で住み、そのうえ妻は身重だった。何を言いたいのかというと、私は一時的にせよ社会的弱者に身をおいたことがあるのです。多少なりともその体験をバックにして反論をしていきます。

東北大震災が起き、その悲劇、災害の大きさを知った日本国民は、左翼も保守も中間派もない全国から義援金、ボランテイァ、あるいは物資の援助などを震災地に提供した。これを見ればボランティアがなにも左翼の専売特許でもなんでもないことがわかるでしょう。ボランティアを左翼の専売特許のように書いている岩田氏や佐藤氏の気持ちが全くわかりません。なぜ全国から多くの国民が援助を提供したのでしょうか。それは東北大震災が、誰もが認める大惨事であり大悲劇だからです。一方、「派遣村」は、誰もが認める大悲劇だったのでしょうか。大悲劇どころかこんな悲劇は、世間にはいくらでもあります。派遣社員などという気楽な生き方を選んだ若者にも原因の一端はあるのです。リーマンショックで悲しい目にあったのは派遣社員だけではないのです。だからこそ左翼からの支援しか集まらなかったのではないでしょうか。左翼は、困った者はどんな理由にせよ誰でも国費で助ける、そのためには防衛費などけずってもかまわない連中だからです。「派遣村」騒ぎで考えなければならない点は、三つあると思います。

1派遣社員は自ら望んで派遣社員になった。
派遣社員が出現する前に全盛になった言葉があった。フリーターです。一つの会社に長く勤めて束縛されるより、自由に働きたい時間に、働きたい場所で働き、生活できるだけのお金をかせいだらあとは自分の趣味や、やりたいことに没頭する生活スタイルが若者に流行った。私の次女もこのフリーターにはまった。あちこちの工場を転々としながらなにをやっていたかと言えば、アクション映画のスタントマンならぬ、女スタントマンになりたいとどこかのプロダクションに入って学んでいた。こんな生活しながら親からの援助がなくても生活できたのも日本経済が全盛期で、仕事はいくらでもあったからでしょう。そのフリーターの後に流行った言葉が派遣社員です。「派遣村」騒ぎのころの読売新聞にこういう投書があった。
「かって勤務した工業高校には、バブルで好景気のころ、フリーターを希望する生徒が多くいました。担任が不景気になるとまず失職することを忠告しますが、なかなか聞いてもらえませんでした。会社に縛られる正規雇用など真っ平というのが、当時の特に若い人の風潮としてありました。今解雇される人の中にはかってフリーターを希望した人もいると思います。・・・・マスコミはそのことに触れていないと感じます。今後の教訓として、身勝手に進路を選択した人の安直さにも触れてもらいたいと思います」
この派遣社員にも二種類います。正社員を目指して就職活動したが、成功せずやむを得ず派遣社員になった。もう一種類は、フリーター気分で派遣社員なった人たちだ。派遣村で話題になったのは、この人たちなのだ。この人達は、「豊かでなくても気ままに暮らしたい」、「仕事より自分の生活を大事にしたい」、「仕事がおもしろくなければ辞めればいい」などと労働意欲がうすのいだ。だから本人の生活設計もいいかげんです。30代も半ば過ぎなのに、派遣先の寮を追い出されたら、アパート借りる金もない、生活するお金も充分でない。一夜にしてテント暮らしになり炊き出しを受ける。一体いままで何をしてきたのかと言いたい。

私は自分が臨時工になるまで、経済的に恵まれない人間は、努力する人間ばかりだと思いこんでいた。ところが臨時工になってみると驚いたことに臨時工を脱出しようと努力する人より、何等努力もせず遊んで暮らしている若者の方が圧倒的に多いのだ。彼らには彼らなりの共通の認識があるのだ。自分がこんな恵まれない環境でめぐまれない仕事をしているのは、社会が悪い、国が悪い、資本家が労働者を搾取するからだなどすべて他人のせいにし、自分たちはその犠牲者だというのだ。だから私が、若いネットフレンドに自分が落ちぶれた生活をしているとき、社会が悪い、国が悪いなどと他人のせいにしたらもうあなたの成長はない。自分の努力が足りないからこんなみじめな生活をしているのだと自分のせいにしろと忠告しています。ルポ・ライターの横田由美子氏は、雑誌「明日への選択」でこう書いています。
「最近、『おれは派遣切りされた』と主張する若者と話していて、腑に落ないことがよくある。彼らの言い分はこうだ。景気が悪いのも、職を得られないのも、定住できないのも、政治の責任だ。カネがないから恋人も結婚もできない。少子化が進むのも当然だ。一連の派遣きりに関する報道に影響されたのか、自分たちは何も悪くないのだから、救ってもらって当然というような論理を展開する」
こういう不埒な発言をする若者に国はせっせと生活保護を提供しているのだ。ナンセンスというほかありません。ほとんど企業が「派遣」契約を結ぶ際に「派遣先の都合によって契約期間内で一方的に打ち切ることがありうる」と記載されているという。それに基づいてある企業が契約期間中にもかかわらず派遣契約を打ち切ったら、世間から強い非難が出た。そのためほとんどが契約期間内の派遣切りはなかった。私は「派遣切り」問題で非難したいのは企業より労働組合です。企業は少なくとも契約どおりのことをしたのだ。

2.労働組合
私は臨時工を経験したので労働組合がきらいです。労働組合は、働く者の仲間と称しているが、実際はいつでも首にできる労働者を配下のおき自分は会社が倒産でもしないかぎり身分の安泰が保証されているのに満足しているのだ。組合幹部にいたっては会社の仕事はしないから利潤を上げることなど考える必要がない、組合員から集めた金勘定と使い道を考えるだけが仕事で、数年たつと組合をバックに政治家に立候補する。まさに労働貴族と言っても言いすぎではない。今回の「派遣切り」の社員のほとんどが自動車関連や電機関連の会社でした。自動車労組や電機労組は、「派遣切り」の社員のために何か援助してあげたのでしょうか。政党や政治家に献金する一部のお金でも「派遣切り」社員に提供してもいいはずです。影響力ある個人や団体には組合員のお金を使えても、派遣社員のような労働者には一銭も使わないのが労組みです。労組み自身が派遣社員を見下しているのです。左翼のボランティア、野党議員、マスコミは、労働組合は彼ら仲間だから労組みを非難しようとはしない。彼らは共同で「派遣切り」を政治問題化したのだ。

3.政治問題化
政治問題化すると福島瑞穂のような野党の政治家ばかりでなく政権与党の自民党の政治家までが「派遣村」までかけつけ派遣社員の太鼓持ちになった。そうなると自民党政府も黙っているわけにもいかず、とうとう麻生首相が、平成20年12月19日、東京・渋谷のハローワーク渋谷を訪問した。職探しにきていた24歳の若者と短い会話を交わした。麻生総理の「どんな職つきたいのか。なにかありませんか?じゃ探すほうも難しい。どういう仕事をしたいかという目的を持って探さないと」との質問に、若者は「六本木とかオシャレナ場所で働きたいと」答えた。それに対して麻生総理は、「オシャレナ仕事は給料安いからな。だいたい格好悪い仕事の方が給料はいいからな」とアドバイスした。この二人の短い会話、皆さんはどう感じられますか。若者の「六本木とかオシャレナ場所で働きたい」などは失業者として生活苦の実感がわかない言葉と思いませんか。それに答える総理の返事はまともですよ。ところが後に首相になったルーピー鳩山は、記者会見で、「誠に的外れだ」と批判。
「なかなか自分の思い通りの仕事が見つからない状況だからこそハローワークで探そうとしている。しっかりやれよ、と言葉かければ、彼らもやる気が出る」とたしなめているのだ。
後に厚生大臣になった長妻議員などは、「今、まさに職がないと言うときに目的を持てとは的外れもいいところだ。目的意識を持てというのはそのまま麻生首相にお返ししたい」と語っている。平成20年12月20日の朝日新聞の記事、「麻生首相は19日、東京・渋谷の「ハローワーク渋谷」を視察し、休職に訪れた24歳の男性に「何がやりたいか目的意識をはっきりだすようにしないと、就職というのは難しい」と声かけた。男性は派遣社員として働いた自動車工場の契約がうちきられ、職探しに東京にきたという。(後略)
鳩山も長妻も朝日新聞も、職探しの若者が「六本木とかオシャレナ場所で働きたい」という言葉を完全に無視しているのだ。三者は反政権活動の一環として「派遣村」騒ぎを利用しているにすぎないのだ。

確かにリーマンショックの大きさが今度の「派遣村」の悲劇のきっかけでしょう。しかしそれと同時に若者たちの安易な労働意識が悲劇を大きくした面もあったのです。ところが左翼やマスコミはそのことを指摘せず、すべて企業のせいにし、政府に緊急の対策を要求してきたのです。その結果として生活保護を受ける人が急増した。私は、現在の就職難時代でも健康で働ける体を持った20代、30代の若者には生活保護などだす必要は全くないと考えています。それより、若者既婚者の援助を増やす。そうすれば早婚をうながすし、子供の数が増える可能性が高いからです。著者の岩田氏や佐藤優氏は、左翼のボランティアなどと言って賞賛していますが、左翼のボランティアには、いつも不純さがある。政治活動や政治宣伝がボランティアの陰にかくされているからです。「従軍慰安婦」事件の左翼のボランテイア活動をみればわかります。世の中には、いくつもの困難を乗り越えて一生懸命生き抜いている人たちが沢山います。一所懸命生き抜くゆえに人を頼らないから影が薄い。一方、衆を頼んで声だかに叫ぶとマスコミや左翼が飛びついてくれる。ボランティアをすることがすべて良いわけではないのです。甘えを増長させる場合もあるのです。

以上私は「派遣村」についての岩田氏や佐藤氏との認識の違いを述べてきましたが、最初に触れましたようにそれだからと言ってこの本の価値を下げるものではありません。まさに一読に値する本です。今後の岩田氏の活躍を期待しております。

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若者に薦める「GHQ焚書図書開封」



私は日本のSNS(Social Networking Service)で最大の会員数をほこるMixi(ミクシー)に入会して5年たちもう6年目に入っている。10~30代の若いネットフレンド(ミクシーではマイミクと呼んでいます)がずいぶんと増えました。私の一番若いネットフレンドは、現在大学受験中です。入学したら会うことになっています。彼とは鹿児島県の高校時代からネットでやりとりし、政治家志望です。日本の政治を変えてみせるから元気で長生きしてくれとうれしいことを言ってくれる青年です。女子高時代に私に歴史の質問をしてきた女性は、現在大学で就活中です。大学生時代にネットフレンドになりこの4月には中学校の国語の教師になる人もいます。大学在学中にレポートの話をもちこんできた大学生は、現在サラリーマンになってもう2,3年たつ。30代でネットフレンドになった人の中にはそろそろ40代に突入かという人もいます。私のブログを管理しているネットフレンドはもう40前後になっているのではないか。この他にも私には沢山の若いネットフレンドがいます。ネットを通じて実際に会ったネットフレンドは20人を超えているでしょう。そしてほとんど皆私のブログ愛読者です。実にありがたいことだと思っています。私はこれまでこの若い人たちに向かってこの本だけは読んでほしいと力説した本はありませんでした。

しかし今回は若い人には、どうしても読んでもらいたいと思う本があるのです。西尾幹二氏著「GHQ焚書図書開封」(徳間書店)です。現在この本は4巻まで発売されていますが、もうじき五、六巻が発売される予定です。この本は私のような年輩の保守層にはよく読まれていると思います。しかし私のような年配者はあと10年、すくなくともあと20年すれば此の世に存在しないのだ。もしこの本が若い人にあまり読まれないまま終わったら、この本のことは世間から忘れられ、日本の近現代史の一部が完全に隠されてしまいます。それほど重要な本なのです。

そこで少し長くなりますが、この本が出版されるまでのいきさつを語ります。私のブログ記事を読む人には10代の方々もおりますのでまず言葉の説明から始めます。まず「GHQ」とはGENERAL HEADQUARTERSの略です。大東亜戦争で負けた日本は、アメリカ占領軍の統治を受けました。統治期間は7年間、正確には6年10ヶ月です。その間日本占領当時に実権を握っていたのがアメリカ占領軍総司令部(GHQ)です。その最高司令官がマッカーサー元帥です。「焚書」(ふんしょ)とはなにか。支那の古い言葉に「焚書坑儒」という言葉があります。秦の始皇帝が行った思想弾圧です。始皇帝は、自分に反対する儒学者を生き埋めにして殺し(坑儒)、儒学者の書いた本を焼き捨てたのです(焚書)。この言葉の説明で容易に想像できるようにアメリカ占領軍は、占領期間中に坑儒はしませんでしたが、焚書をしたのです。実際には焼き捨てはしていませんが、没収した本をパルプ原料にし、学童用の教科書に再生利用した。私たちはこれを焚書と呼んでいます。ここで読者の皆さんに区別していただきたいのですが、「検閲」と「焚書」とは違うということです。GHQ(アメリカ占領軍総司令部)は、昭和21(1945)年9月から占領期間中の新聞、雑誌、映画、放送内容などいっさいの刊行物の検閲をした。当時はなんでも出版を企てる者はコピー2部つくってGHQの承認を得なければならなかった。検閲は承認を得られるように訂正すれば出版はできますが、焚書は戦前、戦中すでに出版された本の没収廃棄です。正確に言うと昭和3(1928)年1月1日から昭和20年9月2日までの間に約22万タイトルの刊行物が日本で刊行された。その中から9千288点の単行本を選びだして審査にかけ、うち7千769点にしぼって「没収宣伝用刊行物」に指定して没収廃棄して日本国民に二度と読ませないようにしたのです。簡単に7千769点の本と言いますが、仮に各本が千部没収さてとすると合計7百76万9千冊という膨大な本が没収されたことになります。

現在、GHQによって焚書された7千769点の本の題名や作者名は全部わかっています。これらの本の中に「侵略」という文字が使われた本が30冊近くあります。その全部をリストアップすると、
昭和6年刊 : 「満蒙に於ける列強の侵略戦」 長野朗
昭和8年刊 : 「阿片禍 英国東洋侵略史」 牛窪愛之進
昭和9年刊 : 「露西亜帝国満州侵略史」 ロマノフ
昭和13年: 「ソ連英米仏侵略の跡を顧みて」 小玉興一
昭和14年: 「ロシア侵略300年」 本山桂川
昭和15年: 「英国の世界侵略史」  斉藤栄三郎
       「白人の南洋侵略史」  柴田賢一
       「欄印侵略史」     デ・クラーク
昭和16年: 「亜細亜侵略史」    高橋勇
       「亜細亜侵椋秘史」   桑原三郎
       「英国の印度侵略を歴史的事実に見る」 高原大輔
       「南洋民族侵略戦」   仲小路彰
       「米国東亜侵略史」   黒木勇吉
       「欧米の対支経済侵略史」井村薫雄
昭和17年: 「豪州侵略史」     班目文雄
       「印度侵略秘史」    ボース
       「東亜侵略隊」     H.・モトラム
       「米英の東亜侵略年譜」 大東亜戦争調査会
昭和18年: 「米英東亜侵略史」   大川周明
       「英国の南阿侵略」   キルヒナー
       「二人の印度侵略者」  太田七郎
       「千島樺太侵略史」   中村善太郎
       「太平洋侵略史」(1-6)仲小路彰
昭和19年: 「米国の世界侵略」   堀内謙介
       「西洋文化の支那侵略史」R・ヒューズ
       「ハリス、ペリー侵略外交顛末」 丸山國雄

戦前戦中に出版され「侵略」という文字がついた本がこれだけあったのです。ということは戦前戦中の日本人は世界史の流れをきちんと解釈していたということです。コロンブスが1492年にアメリカに到着して以来およそ450年間は白人国家による有色人国家侵略の時代です。その450年間に有色人種国家の白人国家への挑戦があった。それが日露戦争であり大東亜戦争なのです。従って戦前戦中の日本で侵略国というのは、欧米諸国とロシアによる白人国家であることを明快に示しているわけです。だからこそGHQは、これらの本を没収し、戦前戦中の日本人の歴史観を抹殺し、逆に日本を侵略国として裁いたのです。従って戦後の日本人の多くが、日本を侵略国家と判断している人が非常に多いという情けない状態がずっと続いているのです。このことは非情に大きな深刻な問題を含んでいます。すなわち焚書というのは、書物を焼かれるあるいは処分されるということは日本民族の記憶と歴史が消され、アメリカの意図どおりの作り変えられた歴史を「真実の歴史」と思いこまされるようになってしまっているということです。現在ニューヨークで支那政府主催のウイグル民族展が開催されていますが、ウイグル人は、支那がかってに作り上げたウイグル民族展を開催していると反対しておりますが,焚書の行き着く先は、こういう状態になるという実に恐ろしい実態が起きているのです。

焚書のため処分された本は、上記だけの本ではありません。先に触れましたように全部で7千769点ですから、それらの本には、政治、文化、歴史、経済、科学、軍事、産業などあらゆる分野に及んでいます。 これらの分野において戦前戦中の日本人は、何を学び、何を考え、何を主張したかなどについて完全にGHQに抹殺されてしまったのだ。抹殺の理由は、先にあげた「侵略本」のように勝利国にとって不都合で不利な情報が満載されていたからです。焚書は、言論出版の自由が保証されている民主主義国が行うには最悪の悪政です。そのためGHQも焚書を徹底して行うことができなかった面があるのでしょう。焚書の対象になった書物が焚書されずに残存している書物があるのです。日本人の中には個人的に長年かけて残存している焚書本を蒐集している人がいます。チャンネル桜の水島総社長もその一人です。彼は一人で焚書約千五百冊を所有しています。その水島氏が焚書について長く研究されている西尾幹二氏に焚書本の紹介番組をつくってみてはどうかと誘い、チャンネル桜での放映を開始、以後平成20年5月末までに23回放映した。それを徳間書店が活字にしてくれてできあがった本が「GHQ焚書開封」です。テレビで放映したものをそのまま本にすることはできません、そこのところ西尾幹二氏が話し言葉を読みやすく工夫してあります。

私が何故若い人たちにこの本を読むことを進めるかその理由を説明します。戦後は自虐史観横行のため、戦後の日本を支配したアメリカ占領軍総司令部(G HQ)の悪行があまり語られていません。GHQには、大きな悪行が三つあります。
1.占領中の相手国の憲法を作ってはいけないという国際法に違反して日本国憲法を作ったこと。            
2.新聞、雑誌、映画、放送の検閲と私信を開封したこと。
3.焚書を行ったこと。

(1)、(2)は語られることは多いが、焚書については語られることが非常にすくない。従って多くの日本人は、GHQの焚書を知らないのです。自虐史観作家の半藤一利の作品に「昭和史、戦後篇(1945-1989)」という本があります。大作です。しかし検閲のことは少しだけ触れていますが、焚書のことは一切触れていません。反日日本人たちは、外国の日本に対する悪行には、度を越した寛容さをしめします。一体こんなバカな国民がどこにいるかというのですか。GHQによって焚書にされてしまった本の作者は、私たちの両親や祖父母にあたる人たちですよ。その人たちが何を考え、何を主張していたかがわかる本の一部が西尾幹二氏の「GHQ焚書図書開封」によって解明されたのです。この本の初刊が出版されたのは2008年です。本来ならこの本は、マスコミに注目されてよいはずです。マスコミは、自分たちの自虐史観を擁護するためにわざと無視しているのです。このマスコミの静けさで思いだすのが敗戦50年後に翻訳出版された「アメリカの鏡・日本」です。この本は、敗戦わずか3年後の1948年にアメリカ人のヘレン・ミアーズ女史がアメリカで出版した本です。敗戦後3年といえばまだアメリカ全体が対日戦勝利に酔っている時です。その時ヘレン・ミアーズは、アメリカ国民に冷や水を浴びせるような歴史観、戦争史観を披露した。当時GHQの最高司令官、マッカーサー元帥は、この本を読んで日本での翻訳出版を禁止した。その本が敗戦後50年にしてようやく翻訳出版されたのです。この本は日本で歓迎され話題になって当然の本が日本のマスコミに黙殺してしまった。自分たちの自虐意史観擁護のためです。私はたまたま本屋を覗いた時、この本に出くわして買ったのです。不幸にもこの「アメリカの鏡・日本」は多くの日本人に知られることもなく、出版社のメディアファクトリー社はこの本を絶版にしています。

私は、この「GHQ焚書開封」を「アメリカの鏡・日本」と同じ運命をたどらせては絶対にいけないと思います。再度力説するが私たちの両親や祖父母が何を考え、何を主張したかの本がGHQによって強制的に処分され我々日本人に読めなくしてしまったのです。その本がまさに開封されて読めるようになったのです。それだけに日本人として余計に読んであげなくてはいけないのではないでしょうか。それには私のような老人だけが読んでもしかたないのです。若い人たちに沢山読まれ続けて初めてGHQによる焚書行為が日本人の常識になる可能性が出てくるからです。これから西尾幹二氏が何巻まで出版するかわかりませんが、少なくとも初刊だけは絶対に読んで欲しいと思っています。初刊は第一章から第十章まであります。一章、二章は、焚書の実態の説明です。第三章から第十章までは焚書本のまさに開封です。その中で圧巻は、アメリカ人が書いた「真珠湾」という本です。焚書本には、日本人が書いたものでなくアメリカ人が書いて翻訳されたものも含んでいたことがわかります。私はもう十年以上前にアメリカ映画、「パールハーバー」を見ました。その時逃げまどう群集にむけて日本軍機が機銃掃射を浴びせる画面がでましたが、私は即座にうそだとわかりました。前に日本人の書いた真珠湾を読んでいたからです。このアメリカ人が書いた本でもそのことが書かれており、私にはアメリカ人の証人を得た感じがしました。
話題はそれますが、大東亜戦争のあらゆる戦場で日本軍は、武士道で戦ったなどと主張するつもりは全くないが、多くの戦場で武士道丸出しにして戦っています。対日戦勝利を確定しているにもかかわらず、無差別空爆を繰り返し、2発の原爆まで落として日本人の殺戮の限りをつくしたアメリカ人の一面を私たち日本人は決して忘れてはなりません。

現在日本でいまだに自虐史観が主流を占めていますが、自虐史観がいかに勝利国寄りの歴史観かを一人でも多くの国民に知らせるためにもこの「GHQ焚書開封」のベストセラー化とまで言わなくても、もっと話題になる必要があります。そのために若い人には、ぜひ、ぜひ読んでもらいたい本だと思っています。

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予告: 次回も若い人むけの記事です。タイトルは、「若者よ、就職難時代をどう生きる?」
    

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「ある明治人の記録」



今年も自殺者3万人を越え12年連続3万人を越える自殺者数になり、日本が自殺大国の地位を守り続けている事になります。現在の日本は、世界的にみてそんなに暮らしにくい国なのでしょうか。私には全く理解できません。日本人がひ弱な民族になっている証明の一つではないのか。世間で自殺対策と考えられているのは、経済的援助とカウンセラーの充実だけ。精神的に強い人間を育てるにはどうすべきかなどという観点など考えないのだ。
そこで今回、参考になるかどうかわかりませんが、現在自殺を考えている若い人、あるいは現在非常に苦しい生活をしいられている若い人にはぜひ読んで欲しい本を紹介します。それは、石光真人編著「ある明治人の記録」(会津人柴五郎の遺書)です。中公新書なので全部で162頁の薄い本です。読書のきらいな人でも読みやすいでしょう。編者、石光真人の父、石光真清(まきよ)は、満州、シベリアの諜報活動に一生をささげた人物で膨大な手記を残している。息子の真人は、父の記録を整理し「石光真清の手記」を出版、これがNHKでテレビドラマ化されました。
「ある明治人の記録」の主人公、柴五郎は、私のブログ、「男の涙」(9月13日)でちょっと登場させています。彼は、大東亜戦争終結の年の12月に87歳で亡くなっています。死の三年前に彼の遺書が石光真人に手渡され、石光はその後数回柴五郎に会い直接話しを聞いて、彼の遺書に補足したりして読みやすく書いたのがこの本である。柴五郎は、会津生まれ、上級武士の五男であった。五郎の少年時代の体験はすざまじいの一言だ。私は終戦後7歳、小学校一年でした。そのころの体験もすさまじいから自著「ある凡人の自叙伝」に書いたが、考えてみれば年をとってなんのてらいもなく子供の頃の苦労を書けるというのは、たいした苦労ではないのだ、かえって読む人にとっては「俺はこういう苦労をしてきたのだ」と自慢話と受け取られる可能性もある。しかし五郎のようなものすごい悲惨な体験をすると、その悲惨さがあまりにも強烈なため思い出すことさえも拒否するようになるのでしょう。五郎が死ぬ三年前に遺書として子どものころの体験を初めて語ったという心境を多少苦労の苦の字ぐらい体験した私には理解できます。
会津戦争の時、柴五郎は10歳であった。柴家の血筋を絶やさないために母にだまされるようにして大叔母の家にあずけられ辛うじて死に遅れた。会津の鶴ヶ城攻防戦のさなか祖母、母、姉、七歳の妹まで自ら刃に伏した。後年柴五郎は、この時の様子を書き残そうとしているのですが、もう涙、涙で涙があふれて書くことができず、とうとう80歳を過ぎてしまったと書いていますが、わかりますねぇ。戦場で生き残った父と二人の兄と一緒に俘虜になり東京に送られ、解放後しばらく下僕としては働き、会津藩の下北半島移封とともに父、兄夫婦らといっしょにかの地に移った。下北半島の生活は悲惨だった。特に冬は、「餓死、凍死を免るるが精一杯なり」と記している。
早春の日、撃たれた犬の死骸をもらいうけ、柴五郎らは二十日間、これを食し続ける。住む家とてなく、いわんや塩、醤油があるわけではない。味付けなしの犬肉は最後には喉を通らなくなる。その時、父は五郎を叱った。
「武士の子たることを忘れしか。戦場にありて兵糧なければ、犬猫なりともこれを喰らいて戦うものだ。ことに今回は賊軍に追われて辺地にきたれるなり。会津の武士ども餓死して果てたるよと、薩長の下郎どもに笑わるるは、後の世までの恥辱なり」
十歳を超えたばかりの五郎は、歯を食いしばっての呑み下し、飢餓を乗り切った。
柴五郎に幸運がめぐってきた。ある人のつてで15歳の時に陸軍幼年学校に入学できたのだ。「余の生涯における最良の日」と記しています。衣食住の悩みから解放されるからです。五郎在学中の明治10年に西南戦争が起きた。西南戦争と聞いて五郎兄弟たちの喜びようがすごい。まさに敵討ちができる思いがかなうからだ。ところが五郎は在学中のため西南戦争に参加できず、兄たちが参加し無事帰還しています。西郷隆盛、大久保利通の非業の死も五郎は一切同情を感じていません。会津藩士の恨みとして当然でしょう。柴五郎が国際的に名を馳せたのは、明治33年の時に起きた北清事変(義和団の乱)です。この時柴五郎は北京の駐在武官であった。彼は日本軍の指揮をとり欧米列強の称賛を勝ち得たのだ。ところで五郎より一つ上の兄、四郎は、政治小説「佳人之奇遇」を書いた東海散士である。
柴五郎が生き抜くことができた精神的背景、すなわちバックボーンには武士道があることです。非常に辛い目に会った時、そこを生き抜くためには精神的に頼りにするバックボーンが必要ではないのではないでしょうか。前に触れましたが終戦後私は7歳、そのとき父は医者から見はなされていたほどの重病だった。終戦後の混乱した時代、母は夫の面倒見ながら私と妹二人を養うために獅子奮迅の働きをした。私は体が虚弱体質で中学校の時には、持病のある体の弱い者ばかりを集めたクラスにいれられた。それでも母の働きぶりをみて「負けてたまるかぁ!」、この言葉が私の一生のバックボーンになった。なにかつらい時、がんばらねばならない時、自然と「負けてたまるかぁ!」という気持ちがわいてきた。子どもの時に実生活で鍛えられたのだ。
しかし現在は子どもが実生活で鍛えられることがない平和な時代だ、だからこそ学校生活で精神面を鍛えておかなければいけないのではないでしょうか。ところが実際は過保護教育の一点ばりだ。日本には武士道というすばらしいものがある。武士道の精神を教えて男女とも精神的に強い日本人を育てる。これほどの自殺者が多く出ても精神的に鍛えようという考えすら出てこないのだ。
私は現在の若い人たちに言いたい。個人の艱難辛苦に埋没してしまい自殺するのではあまりにも情けない、それを乗り越えて生き抜くことに人生の意義を見いだしてほしい。古い言葉に「若い時の苦労は、金を出しても買え」という言葉があります。まさにこの言葉は名言です。なぜなら人間というものは、若い時期の経験から最も大きな教訓を学ぶと言われているからです。私も苦労して鍛えられた。今思い出しても若い時苦労してよかったとつくづく思う。これは負け惜しみでもなんでもない。心底そう思うのだ。だから若い諸君が苦労で打ちのめされそうになっても、まさに天が自分に与えた試練と堂々と立ち向かってほしい。ましてや妻子を残しての自殺など日本男子のやるべきことではありません。そんな男は最低、同情すべきではありません。この本を読んでもらって少しでも感じることがあったら幸いです。
お知らせ:
このブログを開いて一年目の10月末にも書きましたが、今回をもって毎週日曜日に更新してきたブログを終了とさせて頂きます。週刊誌のコラムを持ったような気分で毎週日曜日に更新してちょうど一年二ヶ月です。私にとっては非常に貴重な体験でした。このブログの毎週更新終了の主な理由は、やはりなんと言っても読書量の激減です。読書は、私にとって知識吸収の供給源です。それだけに読書量の激減は、今後の私にとっても致命傷です。まだまだ勉強しなければならい身です。しかしこのブログを完全に止めるわけではありません。毎週日曜日の更新をやめるだけです。
これから一月間の休み後、一月末ぐらいから毎月一回のブログ記事を提供しようかなと考えております。また同時にこれまでFC2のブログを利用してきましたが、今度は私専用のブログを開こうかなとも考えております。いずれにしましても来月末までには、このFC2のブログ上で結論をお知らせいたします。それでは皆様、一年と二ヶ月という長い間ご愛読していただきまして誠に有難うございました。皆様来年も良いお年をお迎えください。今後ともよろしく御願い申しあげます。

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