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幸運!軽脳梗塞入院記



1月18日(金)朝起きた時、右足にどことなく違和感をおぼえた。夜中に右足にこむら返り二度あり、それを防ぐため右足を二度ほど思いっきり伸ばした。そのためだろうと思い両足のひざを屈伸運動をした。なんとなく正常に戻ったような気がした。朝食の時、牛乳カップを電子レンジで沸かした。そのカップを右手で取り上げようとしたとき、いつもと違って随分重たいのでびっくりして、右手に力を入れて持った。左手で持ってみるとすこしも重たくない。再び右手で持つと最初より軽く感じたがやはり重たく感じる。それを繰り返していくと右手も左手も同じような重さになったのでそれほど気にせずに過ごした。お昼に昼食をとりに外出した。歩いて見ると、どうもなんとなく右足がぎこちない。午後から整形外科医に行くことにした。その整形外科医は、久しぶりだったので受付でちょっと書いてくださいと言われ問診票を渡された。この時はびっくりした。まず自分の名前「鈴木敏明」を書こうとしたら、全く自分の名前が書けないのだ。幼児が書くような字さえ書けないのだ。無理に書いても読めそうにもない。医者が言うには、右足に違和感があり、右手の指に多少の麻痺というと腰からきているとは絶対に考えられません。首か頭かどちらかだ。首はここで調べられるから調べましょう。首に異常はなく、これは頭が原因です。この病院から500メートル先に個人の脳神経外科病院がある、そこでMRIをとってもらった方がいいというので、その病院でMRIをとった。

先生は、これは「脳梗塞です。病院を紹介するから、すぐ入院してください。」そんなに急に入院しなければダメですか」と言うと、先生は、「脳梗塞とわかったらすぐ入院は、世界の常識ですよ。あなたが入院したくないと主張するのであれば無理に入院は進めません。しかし明日は土曜日です。月曜日まで何もしなかったら、症状が進むかもしれないし、あるいは症状が進まないかもしれません。はっきり言えない現状です。私の紹介する病院に入院するかどうかは、あなたしだいです。私は入院を勧めますよ。」
私は、先生の勧めに従って入院することにした。紹介状と診断書をもらいタクシーで千円代でゆける横浜新都心脳神経外科病院に行った。病室で診断を受け、点滴を受けながら入院室に案内されたとき、それまでびっこをひいていなかったのに、その時には、右ひざの下から足をすこし無意識に引きずっていた。それにしてもよく我が家の近くの個人の脳神経外科病院があったものだ。私も前からその個人病院の存在を知っていましたが、まさか自分がかかるとは思ってもいませんでした。実を言うと私の母は。がんを四つ患いすべて手術しましたが、最後はがんの痛みに苦しみぬいて71歳で死んだ。私も二人の妹も我が家は、がん家計と信じた。以来私は毎年年に一回人間ドックにはいり検査した。「早くみつけて、早く叩く」という方法をとったのだ。生命保険のきらいな私は、がん保険にだけはいまも入っています。現在までに三年連続で大腸のポリーブをとっています。この時は入院していません。食道のポリープをとった時は一日入院でした。ポリープは、すべてがんではありませんでした。毎年、血圧、血糖値、体重が高いと言われたことがありません。コレステロールが高いと言われたことはあるが、それほど高いと言われることもなく、脳梗塞になることなどなく、私が病に倒れるのは内臓だとばかり考えていました。それが脳梗塞といわれてびっくり仰天。幸いなことに軽くてすみ、現在は階段を降りるのが怖く、怖いと言っても杖をつくでもなく、一段一段両足をついて下りるわけではありません。「よーし、下りの階段だぞ」と自分で意識しながら注意して歩かなくてはなりません。これだけならリハビリすればいずれは駆け足ができるのではと思っております。

私はこれまでにいくつもの逆教を克服してまいりました。こんどの病気でも入院中、このまま終わってたまるかという心底からわきでる闘争心を抱え込んでおります。二、三月中は、リハビリにはげみ4,5月頃には駆け足ができるようになるでしょう。・私のブログファンの方々には、今回ブログが更新できず大変失礼いたしました。男、えんだんじ、まだまだ元気いっぱい、これからもいままで以上にがんばりますので、これまで同様応援のほどよろしくお願いいたします。それにしても田母神氏の選挙応援何もできずに終わるのが残念無念です。実につらい思いです。

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「十二年の計」




読者の皆様、この度去年暮れまでのFC2のブログをやめて、私専用のブログを開きました。去年までは毎週日曜日にブログを更新してきましたが、どうしても読書不足や本の原稿書きに支障をきたしますので、このブログからは原則として毎月末の日曜日に更新することにしました。無論、月間にブログ記事を更新することもありますが、あくまでも原則は月末日曜日ということで御願いいたします。
前回のFC2のブログと同様ご愛読のほど御願い申し上げます。



「十二年の計」

「一年の計は元旦にあり」と言いますが、私のようにもう70を過ぎた人間には、1年の計では短すぎて、それだけで命が終わりそうな気がしてしまいます。私は今年、年男。今年の夏には72歳になる寅年です。次の寅年では84歳になります。男の平均寿命が79歳ないし80歳といわれていますから、次の寅年まで生きていられるかどうかわかりません。そこで私は、次の寅年の84歳を頭も体も元気で迎えるために12年の計を立てました。私にはなんとしても元気で百歳を迎えたいという強い思いがあります。それには二つの理由があります。

一つはハングリー精神を発揮したい願望です。終戦時私は7歳の小学校1年生。ネズミと同居しているような借家に住み、父は重病、母は父の看病と私と妹二人を食べさせるために死に物狂いで働いていた。終戦直後の苦しい食糧難時代を語れるのはもう私みたいに70歳以上の人間だけになってしまった。日本では去年まで12年間連続して年間3万人以上の人が自殺しているのだ。私の子供の頃の時代に比べたら過去十二年間の日本などまさに天国みたいなものですよ。それが年間3万人以上自殺するのだから私には全く理解できません。

子どもの頃は年中空腹で、栄養失調ぎみの虚弱児だった。成人しても虚弱な面が残り体力に自信がなかった。しかしハングリー精神だけは旺盛であった。旺盛なハングリー精神のある若者がボクシング、相撲、野球などで人生の花を咲かせていた。若いころ「俺にもあのような体力があったら、プロスポーツで花を咲かせることができて金持ちになれるのに」と何度思ったことか。学歴がないだけに余計にそう思う気持ちが強かった。そのうちに私は、「よーし、俺は、人が五年かかることを10年かけてやり遂げよう。そのために体を無理せず、気長に勝負しようという心境になっていった。そしていつか俺のすさまじいハングリー精神を見せつけてやる思いでいたが、それを見せ付けることもなく定年になってしまった。

話は変わるが、プロスキーヤの三浦雄一郎氏は75歳でエヴェレストにし登頂している。父親の三浦敬三氏は99歳でモンブラン系の氷河からスキー滑降、100歳ではアメリカのスノーバードとかいう山で親子孫曾孫4代のスキー滑降が現地で話題を呼んだ。私が元気で百歳を向かえたいというのは、ただの願望だけではありません。そのために体を鍛えています。その一端を話すと、私の一番上の孫娘は現在小学校5年、80メートルぐらいのかけっこをしても私は少しだけど余裕をもって勝つことができます。孫娘はかけっこ早くもなければ遅くもない標準です。腕立て伏せは、床に鼻先をつけて50回、腹筋100回できます。三浦雄一郎は75歳でエヴェレストに登頂したが、私は75歳までにはあと3年あります。現在より体がもっと鍛えられているでしょう。私が百歳になったら三浦氏の父親のようにスキー滑降のような華麗なことはできません。第一スキーなどはいたことがない。私は百歳になってデモの先頭に立って歩くという誓いをたてています。

私が100歳まで元気よく長生きしたい理由がもう一つあります。私は高卒後いくつかの仕事を経験し、21歳の時の外資系の会社に就職した。今から 50年前の外資系の会社は、まともなサラリーマンが勤めるような就職先じゃない雰囲気があった。大学新卒の人たちなどが外資系会社に勤めることなどほとんどなかったと言ってよい。外資系など水商売みたいなもので、1ドル360円時代が長く続いていたから給料がよかった。また給料がよくなければこのんで入社しようとする人も少なかった。終身雇用などまったく縁がなかったからだ。最初アメリカ系の船会社に就職したが、以来定年までの40年間、5社を渡り歩いていろいろな仕事をしてきた。今その40年間を振り返れば、私には愛社精神もなければ、自分の仕事に誇りに思ったこともない、仕事にやりがいを感じたこともない、仕事における地位や名誉など眼中になし、ただただ給料が高ければそれでよい、まさに家族を養うためだけに働いてきたようなものだ。

そのためだったのしょう定年2,3年前ぐらいになったとき、定年が待ちどうしくてしょうがなかった。いざ定年になった時はうれしくてしょうがなかった。贅沢な暮らしはできず、つつましい生活しかできませんが、働かなくても生活できることはこんなに楽しいものなのかを今でも実感しています。定年後 6年かけて大作、「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を書いて自費出版した。大好評でした。これが私の人生を変えた。これまで私は、自分に多少なりとも書く才能があるなどとこれっぽっちも思ってもいなかった。第一どこかに投稿したことすらなかったのです。この大作に引き続いて「原爆正当化のアメリカと従軍慰安謝罪の日本」と「逆境に生きた日本」を出版した。尊敬する西尾幹二氏から「すばらしい筆力がある」とほめられたりしたのです。

定年後になって生まれて初めて自分で誇りが持てる仕事を見つけたのだ。しかも働く必要ないからその仕事に没頭できるのです。こんなうれしいことはないじゃないですか。そこで過去40年を思い出すと、後悔とか無念な気持ちとかがわいてくるのです。自分の仕事に、はりあいや誇りなど感じたこともなく、ただ単に自分を含めて家族を養うために働いてきただけなのだ。ただ子どもの時から定年までの波乱万丈な体験が、自分という人間の血となり肉となったことは確かです。それでも毒にも薬にもならい仕事をしただけという不満が残るのです。不満の残る40年間分を取り返したいという気持ちがわいてきます。その不満に感じる過去40年間を定年後100歳まで、すなわち定年後から40年間文筆活動で元気旺盛に活動すれば取り戻せるのです。これが100歳まで元気よく生きたい二つ目の理由です。

そのためには、まず次の寅年の84歳を元気よく迎えねばなりません。そのために体力を鍛えていることはすでに申しました。その他に次の寅年までの12年間にやる次の四つの仕事の計画をたてました。

1.私は去年暮れまでに1年と2ヶ月間、毎週日曜日にブログ記事を更新してきました。
毎月4回のブログ記事、14ヶ月間だと56作品のブログ記事を書いたことになります。その中で読者に好評だったものをとりあげ、それらをさらに修正、精査して、「日本について」のタイトルの下にエッセイに仕上げて出版しようと考えています。もうすでに原稿はできているのであとは修正、精査するだけですから今年中には出版できるでしょう。

2.5年後の2015年は、大東亜戦争終結70周年になります。拙著「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を自費出版したのが2004年です。出版一年半後に出版社が倒産して絶版になってしいました。そこでその改訂版を戦争終結70周年記念として出版したいと考えています。

3.拙著「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を読んだ人は、お分かりだと思いますが、本の帯には宣伝用として「私はいずれこの本を英文翻訳し、米英をはじめ英語を母国語とする国々の図書館に送るつもりです」と書いてあります。私はこの大作後、「原爆正当化のアメリカと従軍慰安婦謝罪の日本」と「逆境に生きた日本人」を立て続けに出版したため、この大作の英文化への取り組みがなんら進展していませんでした。ところがその間、これまで一面識もなかった鎌倉にお住まいの篤志家、渡辺さんが、この本を読み私に連絡してきました。

彼が言うには「私は英文翻訳が専門ではないが、自分の英語力と英文翻訳機を使って、この大作を英文翻訳したい。またこの大作は、外国人の書いた本の翻訳本を多数参考文献として利用している。しかしこの大作の英文化の場合、日本語に翻訳された参考文献の和文をそのまま英文化するのはおかしい。原文の英文をそのまま採用すべきだ。従って英文の原作を手に入れます。その費用は一切いらないからこれらの作業を自分にまかせてくれないか」

こうして鎌倉の渡辺さんは、全文を英訳、参考文献の英文原作もほぼ90パーセント入手、しかも全部読破して私が参考文献としてとりあげた文章は、英文原作の何頁に書いてあるまで調べつくしてくれました。彼が完成した英文翻訳が果たして使い物になるのかどうか、私たち二人は、読者の中にはご存知の方いると思いますが、実績のある「史実を世界に発信する会」に翻訳文を提出しました。そこで少しの修正で英文翻訳として通用するのか、あるいは全面的修正しなければいけないのか、チェックしてもらっています。当然英文翻訳コストに影響しますが、鎌倉の渡辺さんは、費用は半分持つと言ってくれています。これまでの渡辺さんの努力には私は感謝感激の一言です。彼の努力がなかったら、私は英文翻訳構想をあきらめていたかもしれないのです。

ただ英文原稿完成までの費用は、なんとか二人でまかなえますが、これをいざ英文版の本にするには、いくらかかるかはいまのところ検討つきません。とにかく今は、英文原稿化優先の情況です。ところで大東亜戦争終結後60数年、これまでに日本の英語学者がくさるほど誕生したでしょう。その中に誰か大東亜戦争史観を英文で書いた人がいるのでしょうか、あるいは日本人の書いた大東亜戦争史観を英文に翻訳した人がいるのでしょうか。
書いたところで自分のお金がかかるだけ、金儲けにはならない、名誉もない、感謝されることもない、そういう情況での渡辺さんの努力には、頭が下がります。

4.いずれ私は小説にも挑戦したいと思っています。アイデアはあります。私の体験に想像を思い切りふくらませて、「女の一生」のような小説をどのていどまで書けるのかわかりませんが、書いてみたい気持ちがあります。いずれにしても上記の特に(2)、(3)にある程度のめどがついてからの話になると思います。

このように次の寅年までの12年間の計画を立てました。例え計画どおり実行できなくて元気に84歳を迎えれば、次の寅年の96歳に向けて新たな計画を立てる。こうしてこと仕事に関して無為に過ごしてきた定年前の40年間を取り戻すのだ。私は野球のイチロー選手の大ファンです。彼は人間ができている。彼が出演するテレビ(野球の試合ではない)をよく見てきた。彼は時々名言を吐く。彼が偉業を達成したとき、「小さな努力の積み重ねの結果」だという名言を吐いた。彼のような天才にしてこの言葉通りに実行してきたのだろう。私の人生はまだ終わったわけではない。それには「小さな努力の積み重」を続けることなのだ。

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私の死生観

昨日は私の誕生日、満71歳になりましたが、私自身まだまだくたばるつもりは毛頭ありません。そこで今回は私の死生観を披露してみます。私のブログには若い読者ファンもかなりいますので、その方々には、死は、はるか先で興味薄いかもしれませんが、私なりの死生観を持ち、それを毎日の行動に反映させている変わり者の老人がいるぐらいの軽い気持ちで読んでおいてください。
私の同年輩の方々、また私の先輩にあたる方々に御聞きしたい。あなた方は、人間の死後の世界を信じますか。天国だとか地獄など信じていますか、あるいは自分の死後は、肉体は焼かれるけど魂は残りますか、残った魂は、人間の目には見えませんけど、どこをうろついているのでしょうか。「自分は天国に行けるだろう」と思っている人もいます。自分勝手に天国に行けるだろうと思っている人たちに対して皮肉をこめたジョークを紹介します。
天国行きか地獄行きかを決める別れ道の所に番所があります。神さまが派遣した鬼が門番をしております。その番所の前には死んだ人間が毎日長蛇の列で並んでいます。門番が一人一人に質問を浴びせて天国行きか地獄行きを決めているのです。今日も門番が一人の男に「現世での君の仕事は、なにかね」と聞きました。正確に答えないとすべて神様は御見通し、地獄行きを命ぜられてしまいます。その男は正直に答えました。「私は神風タクシーの運転手でした」。
門番はすぐに天国行きを命じました。門番は次の男に同じ質問をしました。「私は牧師でした」門番はすぐに地獄行きを命じました。
牧師は門番に文句を言いました。「前の人は、神風タクシーの運転手で天国行きで、牧師の私はなぜ地獄行きなのか」
門番が答えて曰く、「神風タクシーの運転手の車に乗った乗客は、事故が起きないよう一瞬神に祈った、しかしあなたが教会でする説教には、ほとんどの人が居眠りをしていた」
このジョークをどう解釈するかは、読者しだい、ただのジョークと解釈する人もいるでしょうし、意味深にとらえる人もいるでしょう。
話を元にもどしましょう。人間の死後はどうなるのでしょうか、死後の世界があるのでしょうか、ないのでしょうか。皆さんはどのようにお考えでしょうか。私の考えが多分正解だと思うのですが、皆さんあまり私の考えに同調したくないようです。私の考えは、人間には、いやあらゆる動物には、死後の世界はありません。人間が死ねばゴミになるだけの話です。人間は生まれ時かゴミを此の世にはき出し、死ぬまでに大量のゴミをはき出し続け、死んだ時は、自分がゴミになるのです。それも生ゴミです。すぐに腐って異臭を放ちます。だから土葬、現在ではほとんど火葬されます。
私が死ねば、家族や友人は私のために葬式をあげてくれるでしょう。それは私という死者に敬意をはらってくれるわけです。彼らの胸の中に私の姿が深く、あるいは浅くきざまれるでしょう。その姿はゴミの姿でなく実在していた時の姿です。国のために戦場で亡くなった兵士、多くの人々は、直接に関係があるわけではありませんが、感謝の気持ちをささげます。その時私たちは、死者を直接知らないからと言ってゴミを連想するわけではありません。
しかしながら戦場で死のうが、病院で死のうが人間が死んだ時は、ゴミになったことなのです。この私の死生観は、よくいわれる「人間は生きているうちが花、死んだらおしまいよ」につながります。死んだらゴミになるからおしまいなのです。死後の天国、極楽、地獄などは、欲深い人間が作り出した妄想に過ぎません。また大昔、人間が大自然の中を生き抜くことは血の出るような苦しみの連続で、娯楽など何一つ期待できなかった。その反動で死後に安楽な世界を作ったとも言えます。
人間は死んだらゴミになるという私の死生観は、生へのこだわりを生みます。年をとっても元気で生を謳歌したいという気持ちが非常に強い。その結果として体を鍛えることになります。私は55,6歳の頃、中高年の野球チームに参加、以来69歳まで野球していました。その他にも色々と体を鍛えてきました。私は現在、床に鼻先をつけた腕立て伏せ50回、腹筋100回できます。無理をすれば腕立て伏せ53,4回、腹筋103,4回ぐらいできるでしょう。しかし、その後、心臓がハーハー、フーフー言います。この年で心臓に負荷をかけすぎていいのだろうかという不安がよぎります。
そこでとりあえず、腕立て伏せは50回、腹筋100回はいつでもできる状態にしておくことにしています。その他に自分なりのラジオ体操するのですが、両手に500グラムの重り一つづつを持って体操しています。もう完全に苦もなくできますので、夏が終われば、両手に1キロの重り一つづつを持って体操する予定です。
その他に毎週1回外での走りを中心にした運動があります。真夏は暑くて走るわけにいきません。私は基本的に毎日9時寝の5時起きです。5時に起きて起伏の多い場所を1時間ぐらい歩きます。秋になると近所の公園に1周80メートルぐらいのグランドがあります。そこで全速力で走るダッシュをくりかえします。まだ小学5年の孫娘には勝てます。野球やっていたおかげでしょう。冬になるとゆっくり走るジョッギングを約1時間、春になるとまた全速力で走るダッシュ、夏になると朝の散歩、これを何年も繰り返しています。その他に私の机のそばに5キロの鉄アレイが置いてあります。執筆の合間に何十回ともちあげたりしています。5キロが軽くなったので今度6キロにしようと思っています。
年老いた人生を長く健康的に生を謳歌するための継続的な努力を怠りません。脳の老化も防がなくてはいけません。それにはよく本を読み、よく書くことが最適だと言われています。これは毎日行っていますので問題はありません。あと一つ重要なことがあります。男の年寄りに一番欠けているものです。それはおしゃれです。年を取ればとるほど人間はきたなくなる。ところが男の年寄りは、きたなくなるくせにおしゃれに気をくばりません。おしゃれは若々しく見せます。
私は若い時はおしゃれでした。私の年代だとサラリーマン時代、皆がマージャンをしていたものだ。しかし、私はマージャンを全くしません。おしゃれが趣味みたいなものでした。今のような真夏なら真っ白な上下のスーツを着て、白の靴下と白の靴を履いて会社に通っていた。朝の通勤で白靴を踏まれないように朝早めに出勤さえした。こんな格好も外資系の会社のせいか文句も出なかった。30歳を記念して鼻の下にひげをはやしていた。だから当時の若い時の私は、良く言えば格好よかった、悪くいえばキザな男ともいえた。こんな真っ白なスーツ姿でお客さんの事務所に訪問していました。
口の悪いお客さんには、
「えんだんじさん、うちはタレント事務所じゃありませんよ」などとも言われもした。クラブやスナックに行っても、最初は誰もサラリーマンとは思わなかった。それを逆手にとって、初めて訪れたクラブのホステスに「俺、赤坂と六本木でクラブ経営しているんだが、いまいい子(ホステス)探しているんだ、あなたとちょっと話がしたいので電話番号教えてくる」と言ったら、なんの疑いも見せずに彼女は、自分の名刺に電話番号書いてそっと私にくれるではないか、それを上司に自慢げに話したら、「君、商売がえした方がいいよ、クラブのマネージャーでもやれば」
思わず脱線してしまいましたが、年をとってもおしゃれの方も万全です。このようにして体を鍛え、脳の老化を防ぎ、おしゃれをして老後を生き生きとして徹底して長生きしていくのだ。しかし私には心配事がある。癌です。私の母は、三つも癌の手術をして痛みに苦しめられながら死んでいった。癌は遺伝的体質があると言われています。幸い二人の妹も私にも癌の兆候はありません。例え癌に侵されなくても必ず死ぬ時がきます。
私が死ぬときの基準は、自分でお風呂に入ることもできず、自分の下の世話ができなくなった時と決めています。その時。私は自らの意志で食を断ち死んでいくつもりです。現在90歳以上で寝たきりになっている人たちは、脳の衰えもそうとうひどくなっているから寝たきり生活に耐えられているのではないかと思います。もし正常の脳が作動していたら寝たきり生活に耐えられず、食を絶って死んでいくのではないかと思っています。従って脳の老化を防ぐのも非常に大事なことではないかと考えています。
なぜ食を絶って死んでいくか、安楽死が法的に許されていないからです。老人が自分の病状を判断して、死を望んだら、医者はそれを妨害すべきでなく安楽死をさせるべきです。
人間は、動物の死に際の潔さをもっと学ぶべきです。空を飛んでいる鳥を見てください。皆元気な鳥ばかりです。鳥も年をとります。少しづつ若い鳥についていけなくなっているはずです。それでも取り残されたくいないために無理して飛びまわり、ついてゆけなくて鳥が空から落ちてくることは絶対ありません。鳥自身が自ら判断して死の近づきを感じ、恐らく山奥の中で静かに自分の死を待ち受けているはずです。
セミに寿命は1週間とか10日とか言われています。10日後には、大木の下はせみの死骸だらけでしょうか。寿命の短いせみたちは、一体どこに消えたのでしょうか。死期をさとったセミたちは、人間にはわからない死に場所へ行ったのでしょう。野良猫、野良犬は、日本全国に沢山いるはずです。彼らも年をとり、死にます。しかし私たちは、彼らの死骸など見ることありません。見る死骸は、ほとんどが交通事故にあった野良猫や野良犬です。年を取り、えさを探しながら息も絶え絶えに歩いている野良猫や野良犬を見たことありません。死期が近づくと彼らも静かにどこかへ消えてゆくのです。
ところが人間の世界では、年をとった老人が病にかかり、自分の死期をさとり安楽死をして静かにこの世から消え去ろうとしても、その安楽死を法的に許さないのだ。こんな非情な話はありません。身寄りのない90歳過ぎの老人がただ息をしているだけで延命治療するのは、医師や病院の金儲けの対象物でしかありません。昔エスキモーの世界では、白銀の世界のため皆、目をやられ白内障になる。老人が白内障悪化で全盲になった時点で、その老人は皆の移動についてゆくと足手まといになるためその場を死に場所と決めます。
身内も了解します。非情でもなんでもない自然の掟なのだ。昔にもどればもどるほど、自然や社会の掟による死があった。それが現在では医学の進歩のため、死に体同然の体に延命治療を施すのだ。私は、80歳以上、あるいは90歳以上の老人には、自分の死期を決める権利をあたえるべきだと思っています。高齢者老人の安楽死を認めない理由がわかりません。
プロスキーヤーの三浦雄一郎氏は、75歳でエベレスト登頂、聖路加病院の日野原医師は、90歳すぎても現役医師です。私はこの二人に負けないくらい徹底して生を謳歌して元気で長生きしてやるぞ。なにしろ「人間は、生きているうちが花、死んだらゴミになるだけだ」
えらそうなことを書いてきましたが、いざ自分の死期が迫った時、醜態を見せねばいいがと思っています。
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大人の子供化

最近にぎわしているモンスターペアレンツ、児童虐待、秋葉原殺人事件、突然キレテ残酷な行動に出る等等、最近の若い人を見ると大人がどんどん子供化、あるいは子供が大人になりきれず子供のまま大人になってしまっているような気がしてなりません。学者や知識人が色々な原因を主張していますが、ほとんど主張されることがないのが、私の主張する「脳の未発達」原因説ではないでしょうか。
もしこれまでにどこかで脳学者が私と同じようなことを主張していたらぜひ教えてください。私は脳の研究者ではありません。これから私の主張することはあくまでも素人の見解です。
私のマイミクさんは、ほとんど若い方なので「ぼけ」の心配はしないでしょう。アルツハイマー病と言ったり、痴呆症と言ったり、最近では認知症という言葉が一般的になってきました。ここではわかりやすい「ぼけ」を使います。私の年代になると「ぼけ」が心配になります。レーガン元大統領もサッチャー元首相も二人とも現在「ぼけ」になっています。「ぼけ」で問題になるのは脳の活性化です。脳の活性化がおこなわれているかぎり「ぼけ」にはならないらしいのです。
数年前テレビで脳の活性化の番組がありました。脳が活性化すると脳がどういう状態になるかをテレビ見せてくれました。聴視者に分かりやすいように脳が活性化すると脳全体が赤く反応するように工夫してありました。ある人が長時間テレビを見ています、脳の活性化などほとんど起こりません。脳のはじのほうに少し赤みがかる程度です。
ところがその人が一度立ち上がって台所で包丁を使ってジャガイモの皮をむきはじめると脳が活性化して赤くなってくるのです。編み物しても脳は赤くなる、すなわち脳が活性化するのです。
手紙を書いているときなど脳がいかに活性化するかを見事に映像で見せてくれました。
要するに体を動かし脳の使うことが脳の活性化につながるということを証明してくれました。
このことを子供にあてはめますと、子供は毎日テレビを見ます、テレビゲームはします、携帯もします。しかしこれらは子供の脳の活性化にまったく役立ちません。脳の活性化になんの役にもたたない事に多くの時間を費やす。最近の子供はただでさえ遊び時間が少ないからこれは見逃すことができない重要な問題だと思います。
脳学者から聞いた話ですけど、子供の脳の発達には遊びというものは不可欠だというのです。特に思考力や判断力をつける前頭葉(おでこの真ん中のちょっと上の部分)の発達には遊びは絶対に欠かせないないと言っています。子供の時に思う存分遊ばせることがどれほど大事かを強調していました。
私の年代の子供の時の遊び時間、とくに5、6歳から小学校卒業までの遊び時間は、いまの子供たちの何倍も遊んでいるのです。私の子供時代はテレビもなければ、ゲーム機器もない、携帯もない、パソコンもない子供の生活イコール遊びでできているいようなものです。兎に角今の若い人には、私たちが子供の時についやした遊び時間の多さは到底想像つかないでしょう。
その他に遊びに質の問題があります。現在はすぐに保育園にいれられ、また幼稚園にもいれられます。私にいわせれば、子供たちは、動物園の飼育係と言っても過言でない保母さんや保父さん看視つきで遊ばされているも同然です。
私の子供頃は、よく集団で遊んだものです。多いいときには10人以上、少ない時には三、四人、まず一人で遊ぶなど考えられませんでした。集団で遊ぶ時は、上級生がリーダーになって遊ぶのです。自分もその年齢になれば、自然に自分がリーダーになって集団で遊ぶ。子供の遊びにも基本的ルールが自然にできあがっていた、すなわち子供自身の自主性を発揮して集団で遊んでいたわけです。だから対人恐怖症の子や、自閉症の子などほとんど出るわけがないのです。
ところがいまや、子供の遊びにはほとんど監視役がついているようなものです。まして子供が集団で遊ぶ時には、必ずと言っていいほど監視役がつきます。遊びの中から子供の自主性が鍛えられることも全く無くなってしまったのです。
私の意見では、子供が大人になる時には、肉体が発達しておとなの体つきになるように、脳もおとなの脳に発達している必要があるのです。私たちの子供の時は圧倒的に多いい遊び時間、子供どうしで集団で遊ぶ習慣などで子供の脳が充分大人になれるまでに発達していたと考えられます。
ところが現在では子供の脳、特に思考力と判断力をつける前頭葉が大人にならないうちに大人になってしまうのだ。最近若い母親が、乳飲み子がなかなか泣きやまず、うるさいので足で踏んづけて殺してしまいました。殺すつもりは全然なかったと言っています。この事件など、脳が大人の段階まで発達していないから怒るとしか考えるほかありません。無意識に瞬間的に子供のような行動をとってしまうのではないでしょうか。
犬を毎日散歩に連れて歩かないと、犬の精神状態や肉体に異常をきたすと言われています。人間の子供も子供時代に充分に沢山遊ばせないと、脳の前頭葉の発達が未発達のままで心にフラストレイション、すなわち欲求不満がたまり、すぐきれたりするのではないでしょうか。
昔からある言葉に、「健全な精神は、健全な肉体にやどる」という言葉があります。これはもう差別用語です。障害を持つ人でも健全な精神の持ち主は沢山います。正しくは「健全な精神は、健全な脳にやどる」ではないでしょうか。恐らく脳学者は私の意見に同意すると思います。子供を育てた経験のある人は、「子供は脳の発達に応じて精神が発達する」ということを理解できるはずです。
要するに繰り返すことになりますが、子供の遊び時間が少なくなっているうえに、テレビ、パソコン、テレビゲーム、携帯などで遊び時間がさらに極端に少なくなりました。また子供同士で集団で遊ぶこともなく、たえず保護者の監視付で遊ぶために、脳の発達がおろそかになったまま大人になる。大人になればパソコンなしでは暮らせなくなりました。大人になれば勉強する必要がなくなるため、脳を使う機会や脳を鍛える機会がさらに少なくなったのです。
現在では、人が計算する時は、自分の財布のお金を勘定する時とか、つり銭を勘定する時だけ自分の頭で計算するだけ、その他は一切計算機で計算です。ポータブルの卓上計算機や手のひらにのる計算機が出現したのは、いまから多分30年ぐらい前でしょう。それまでは全て自分の脳を使って計算していたのです。計算機というたった一つの文明の利器の出現でいかに人間は自分の脳を使わなくなったかの証明です。
これから述べる社会的現象は、色々原因が考えられるでしょうが、主に脳の未発達から生まれてきたものではないかと推測しています。
一.アニメとマンガの隆盛。
アニメとマンガは表裏一体、まんがを映画化したものがアニメでしょう。アニメといえば昔はディズニー映画、それを子供や孫と一緒に見て楽しむものでした。最近人気の日本製アニメは、昔のディズニーアニメと違って大人の鑑賞に堪える映画になったようなことが言われています。そこで私は数年前、評判の「もののけ姫」をみました。その他二、三アニメを見ました。最近では「となりのととろ」を見ました。
やはりアニメはアニメ、大人が子供と、あるいは孫と一緒に見る映画という印象は変わりませんでした。恐らく私の年代の人は、アニメをみても面白いと思わないでしょう。しかしこのアニメ、最近では若い男女にけっこう人気があるのです。アニメを見て面白く感じるのでしょう。私にいわせれば、まだ脳の状態が未発達で大人になりきっていないから面白いのではないかと考えてしまいます。
マンガでも同じことが言えます。私は子供の時、マンガに夢中になりました。テレビもなければテレビゲームもない、だからいくらでもマンガをよみあさることができました。したがってマンガを読むことなど子供のうち卒業してしまい、大人になってマンガなどに興味がわきません。
しかし今の子供は、テレビもありゲーム機器もあり、マンガを読む以外にもいろいろやることがあって子供のうちにマンガを卒業できないでいるのだ。電車の中で30代、40代のサラリーマンがマンガを読みふけっている姿。家にかえれば妻もいれば子供もいるいっぱしの大人だ、そんな連中でもいまだにマンガが卒業できないでいるのだ。
私には子供が三人います。私の体験から子供には、大人になってもマンガを読まないように、意識して沢山のマンガを読ませ、子供のうちにマンガを卒業させようとしました。私の思惑は当たりました。二人は完全にマンガを卒業、読書家になっています。残りの一人は、マンガを読みませんが、他の本も読みません。もっぱら週刊誌などです。それでも大人になってマンガ読むよりましだと考えています。
現在では、マンガも難しいジャンルに進出しています。歴史、経済、時事問題などマンガ化されるようになりました。要するに字の羅列ばかりだと苦痛になって本を読むことができないのです。マンガを入れて文章を柔らかくすることによって本が読めるのです。まさに大人の子供化です。小林よしのりの「戦争論」が沢山の若者に読まれたのもマンガ化したからが最大の要因でしょう。
2.字幕映画から吹き替え映画へ
最近の産経新聞によると戦前の洋画の字幕は、縦最大13字2行形式でした。戦後、字幕はスクリーン中央下に最大13字2行形式で現在にいたっています。ところがここ数年13字の字幕が読みきれないという若者が増加。そのため字幕作りの現場では10字前後にくぎって行数をふやしたり、漢字を省いたりして苦労しているのだ。そのため字幕を必要としない吹き替え版にシフトする傾向が強くなっているのです。
確かにビデオ屋さんにいけば、吹き替え版が増えたことが実感できます。
ある工業大学卒業の新入社員が、工場勤務になりました。ところがその新入社員のためにあわや大事故が起こるところでした。彼がどんな失態をしたのかというと、工場で使っている機械のマニュアルをよく理解できていなかったからです。会社側に言わせると新入社員がマニュアルをよく読めないなどこれまで例がなかった。
急遽新入社員全員を調べてみると新入社員の読解力に不安を感じ、マニュアルを正しく理解させるための特別講習を毎年行うようになったというのです。字幕から吹き替えやマニュアル読むための講習会など、現在若者の読書不足による読解力の欠如の証明です。読書不足はどこからくるかというと、テレビ、テレビゲームやパソコンなど主な原因になっているのでしょう。
ある大学の先生が学生にあるテーマを与えて各自にレポートを提出させました。先生は学生のレポートを見て驚きました。皆同じような内容の同じような文章のレポートだったからです。学生はインターネットで検索し、参考になる資料をそのままコピペし、それを適当につなぎ合わせたから同じような文章になってしまったというのです。それからは先生は、レポート提出をやめてその場で自分の意見を言わせるように切り替えたというのです。
現在では小学校で読まれる本の感想文のひながたがネットで検索され、小学生はそれをコピペするだけでいいと小学生に非常に感謝されている感想文提供者がいるのです。パソコンという文明の利器によって子供たちや学生が、頭で色々考えぬいたすえ文章に書くという機会、すなわち思考力を鍛える機会が極端に少なくなってしまったのです。
従って新入社員が、営業報告や出張報告などと言ったビジネスレポートを書くよう命じられて書き方がわからないと音を上げるのは当然の結果でしょう。
私が横須賀市立中学校を卒業したのが昭和29年(1954年)、その時は一クラス50人のうち半分は卒業後就職組みでした。地方の中卒就職比率はもっと高かったでしょう。地方から集団就職で集団就職専用列車に乗って沢山の中学卒業生が上野駅にやってきました。それから3年後の昭和32年(1957年)が私の高卒です。この時私は就職組み、また女性の多くは就職組みで、大学にいく女性はあまり多くいませんでした。
私がなにを言いたいかというと私の年代、70歳前後から上の年齢の人には、学歴が中卒どまり、高卒どまりの人が非常に多いいということです。これに反して現在の20代には、
中卒がほとんどいなくなり、大学に進学する人が男女ともに非常に多くなったということです。恐らく男子など短大を入れれば90パーセント以上大卒でしょう。すなわち私の年代にくらべて現在の20代は、大卒という高学歴者がわんさといるわけです。
それにもかかわらず、13字の字幕が読みきれない、新入社員が工場の機械のマニュアルが読めないなど20代若者のこの体たらくさ、そのうえ多くの人が自虐史観の持ち主ときているわけです。私のような年寄りの愛国者にとって日本の将来に悲観的にならざるをえません。幸い、私の20代のマイミクさんは、すばらしく優秀な人たちばかりで多少慰められていますが、若者全体を考えると滅入ってしまいます。
三.すぐきれる、児童虐待、家庭内暴力。
この種の行為は、恐らく脳の未発達が主な原因と私は推測しています。幼児を見て下さい。自分の思うようにならないと場所をえらばず泣き叫びます。脳が未発達な故に自制がきかないのです。暴力で自分の意を通そうとする脳未発達の動物的行為です。まさに健全な脳に健全な精神がやどるのです。
脳には文明の利器を発明する機能があると同時に人間社会が円満に運ぶための機能もあるのです。ところが文明の利器の発達の度がすぎて思考力や判断力を養う前頭葉の発達を阻害する要因になってしまったのではないかと考えています。特に児童虐待を受けて育った子供は、自分が大人になって親になると、自分の子供に虐待を繰り返す率が大きいといわれますから深刻です。
四.若年性痴呆症の増加
将来にかけて現在深刻な問題になっているのが、若年性ぼけの増加です。若年性ぼけとは、文字通り50代に、あるいは60代前半の若さでぼけてしまって人間として使い物にならなくなってしまうことです。いままでボケとは高齢者が当たり前でした。だから現在高齢者のボケは、介護サービスや介護施設を利用できるような制度になっています。しかし若年性ボケは、年が若いだけに利用対象者になっていません。
それだけに家族、特に配偶者の苦労は、非常に大変です。高齢者のボケは、いずれ死ぬから我慢して耐えることもできます。しかし若年性ボケは、体は元気だから動き回るし、食欲はある、そして人格崩壊のまま20年、30年生きられます。果たして配偶者はそんなに長い間耐えられるでしょうか。文明の高度化(テレビ、計算機、パソコンなど)によって脳を鍛えたり脳を使用たりする時間が極端に減り、使わない臓器は衰え、萎縮するように、脳も昔以上に早めに萎縮してしまうのではないでしょうか。
20代、30代の皆さん、各自意識して脳を鍛えることお忘れなく、さもないと若年性ボケにおちいる危険性があることを認識してください。
読者の方で脳の専門家を知っている人がいたら、私の意見の正当性を聞いてみてください。私としては私の主張はまんざら根拠のないものではないと思っています。
また皆様にも異論、反論、いろいろな意見があるかとおもいますが、ぜひお聞かせください。




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