Archive for 3月, 2009

「おくりびと」・「悼む人」・靖国神社



外国映画でも日本映画でもそうなのですが、大きな賞をもらったからと言って必ずしも良い映画とはかぎりません。数年前ヴェネツィア国際映画祭で受賞したビートタケシ主演の「HANA-BI」、カンヌ映画祭受賞の役所広司主演の「うなぎ」など賞に値する映画ではありませんでした。
今回、アメリカのアカデミー賞をもらった「おくりびと」、確かに賞に値するいい映画ですね。悲しい題材を扱っているにもかかわらず、前半はけっこう笑いもありますし万人受けする良い映画でした。
私はウイークデイに見たせいか、私も含めて老人客がほとんどでした。いずれ皆さん、自分の死に直面するからでしょう。私はこの映画で納棺師という仕事があるのを初めて知りました。私は年寄りですが、いままでに納棺師が携わった葬式に出くわしたことはありません。都会生まれ、都会育ちで貧乏人だったからでしょうか。
今でも地方に行けば随所で納棺師が活躍しているのでしょうか。どなたか知っている人がいたら教えてください。滝田洋二郎監督は、この作品で一躍有名人になりましたが、監督なりたての頃からずっとポルノ映画ばかり作っていた人です。「痴漢女教師」、「痴漢電車」(もっと続けて)、「官能団地」(上つき下つき刺激つき)、「痴漢電車」(ルミ子のお尻)、「OL24時、媚娼女」、などなど合計30本はあります。
ただしこの「おくりびと」の前に「壬生義士伝」という素晴らしい映画を製作しています。新撰組の一隊士の一生を描いたものです。まあ滝田監督というのは、けちをつける気はありませんが、ポルノ映画で活躍していた女優が、ある映画で主演女優賞を獲得して一躍スター女優になったのと似ているとも言えないこともありません。
「悼む人」は、作家、天道荒太氏が書いた小説で、直木賞を受賞し、現在ベストセラーになっています。この本のあらましは、ある青年が、新聞の死亡記事から、事故や事件で人が亡くなった場所を知り、その場で行き「悼む」ことを続けている。「悼む」こととはどういうことか言うと、死亡現場を訪れ、死者をよく知っている人を探しだし、次の三点を聞きだすのです。「死者は誰を愛したか、誰に愛されたか、どんなことで人に感謝されたか」を聞きだして、彼は死者にそのことを語りかけて悼むのです。
新聞の死亡記事を見ると場所を選ばず「悼み」に出かけますから、全国を放浪することになります。彼には両親と一人の妹がいます。彼は会社を辞め、長い「悼み」の旅を続けている間に、彼には極秘にされていた母のガンが末期症状になっていた。妹は、婚約者がいていざ結婚という時に、兄が会社をやめ「悼み」旅行で長期不在、時々警察から両親託に本人確認の電話が入るなどして、兄の行く先不明などが災いして結婚話が流れてしまいます。しかし妹は、すでに身ごもり、一人で生むことを決心します。
本の結末は、彼が自宅に帰る頃には、母は亡くなり、妹には子供が産まれることを暗示して終わっています。とにかくこの本の特徴は、一人の青年が、極度に切り詰めた生活をしながら、自分の親族とは全く関係ない人たちの死に場所をおとずれては、「悼む」行為をし、旅を続けていることです。
「おくりびと」では納棺の儀式が、死者と家族の此の世の別れの儀式であり、また死者の死への旅立ちでもあります。「悼む人」は自分とは全く関係のない人の死を悼む、例え殺されても当然と思われた死者でも、「その人は誰を愛したか、誰に愛されたか、どんなことで人に感謝されえたことがあったか」を探り出して、そのことを死者に伝えて「悼む」行為をする。作者は、人間の死すべてに何らかに意義を認め、無駄な人生というものはないということを主張したかったのでしょう。
映画「おくりびと」や小説「悼む人」に描かれていない死者の世界があります。それは死者への感謝の気持ちです。読者の皆さんには、特に死者に感謝したい特別な人がいるのではないでしょうか。私には特に感謝したい死者がいます。それは母です。終戦直後、父は当時死の病と言われた重症の結核患者でした。自宅を空襲で消失してしまい、貧乏のどん底でした。大変な食糧難だった。今でもはっきり覚えているのは、おやつがわりに新聞紙の切れ端に少し山盛りお砂糖をもらい舌なめずりしていたことです。
母が、「お母さんは、もうお腹いっぱいだから、お前、お母さんの分も食べてもいいよ」。子供の私はその言葉を信じて、母の分までむさぼり食べていたのです。しばらくしてから私は、私に少しでも余計に食べさせようと、自分の食べる分を私にくれていたことを悟りました。その母は、戦後の無理がたたり71歳で早死にしました。私は母の苦労をこの目で見てきただけに、私の母への感謝は言葉ではとても言い表せません。
皆さんにもこういう特別な死者への感謝というものがあると思います。と同時に日本人として特別に感謝しなければならない死者がいます。それは大東亜戦争で国のために戦って死んでいった日本軍人たちです。現在大東亜戦争で靖国神社の祭られているのは、合計2、133,915名の軍人です。
ところが現状の日本では、首相でさえ気軽に靖国神社にお参りできなくなってしまっているのです。なぜか。突然中国と韓国が、日本の首相の靖国参拝に文句をいいだしたからです。その上日本のマスコミや左翼系組織や左翼知識人が便乗して反対を唱えているからです。靖国問題の話をわかりやすく説明するために、大東亜戦争は侵略戦争であるという左翼主義者の主張を、私は100歩も1000歩も譲って同調しましょう。
コロンブスがアメリカ大陸を発見したといわれる1492年以来およそ500年間は、白人国家の有色人種国家への侵略が続いたことは、左翼主義者も当然同意するでしょう。
その侵略期間、白人国家のために闘った白人兵士や、兵士の指導者は、各白人国家に丁重に扱われていますよ。大東亜戦争という侵略戦争をした日本軍兵士や、兵士の指導者が丁重に扱われて当然でないでしょうか。
アメリカは、メキシコに侵略戦争をしかけ、メキシコの領土であった、現在のカリフォルニア州、テキサス州、ネヴァダ州、ユタ州、アリゾナ州を、アメリカの領土にしたのです。カリフォルニア州は、ほぼ日本列島と同じ広さ、テキサス州は、アラスカ州についで二番目の広さを持つ州です。この二つの州だけでも大変広い領土をメキシコからむしりとっているのです。
現在メキシコ政府は、アメリカ大統領に向かって一般兵士が眠っているアーリントンの国立墓地に参拝するなと抗議しているでしょうか。フィリピンは、スペインに侵略されてスペインの植民地になりました。その後スペインは、フィリピンからアメリカに追い払われ、フィリピンは、アメリカの植民地になりました。現在フィリピン政府は、スペイン政府やアメリカ政府にスペイン首相やアメリカ大統領に国立墓地にお参りするなと抗議していますか。
大事な事ですからもう一度主張します。白人国家は、侵略戦争をし続けてきましたが、その実行部隊である一般兵士や指導者は、自国のために戦ってくれたから死後も丁重に扱われています。だから大東亜戦争が例え侵略戦争でもあっても日本軍一般兵士も指導者も死後国が、丁重に扱っても当然ではないのですか。マスコミ、左翼組織、左翼知識人よ、私のこの論理に反論できるものなら反論してみろというのです。
大東亜戦争に参加した日本軍人は、アメリカ兵のようにありあまるほど充分な食料と武器弾薬を与えられて戦ったのではありません。貧乏小国ゆえ乏しい食料、乏しい武器弾薬などあらゆる不足に耐えしのびながら勇戦奮闘したのです。日本の繁栄は彼らのお陰でありまた、人類の世界史にも貢献しているのです。私は死者に向かって感傷的に言っているわけではありません。歴史的に説明ができるのです。それを負けたからと言って戦後即座に足げにしてきたのがあなた方、マスコミ、左翼組織、左翼知識人なのです。
中国や韓国が日本の首相の靖国参拝に文句を言ってきたのは、明らかに内政干渉なのです。ところがこの両国の主張に同調し、参拝しようとする日本の首相に批判するあなた方は、はっきり言って日本人に対する裏切り行為です。何年後か、何十年後か、もし中国が日本侵略を試みることがあったら(可能性は強い)、あなた方は中国の先鋒になり私たちの支配者になることは間違いない。あなた方は、現在間違いなく我々日本人の裏切り者であり国賊なのです。
最後に「おくりびと」の滝田監督や「悼む人」の作者、天童氏は、靖国神社をどう思っているのか想像してみよう。滝田監督53歳、天童氏48歳、二人ともほぼ同年輩、そして日教組の教えにどっぷりひたってきたのです。二人とも靖国神社には無関心でしょう。とくに天童氏の場合はその可能性は強い。なにしろ小説「悼む人」は、自分とはまったく関係のない人の死を「悼む」のが内容だからです。私の場合は、自分とは全く関係のない人の死を「悼む」となると大東亜戦争で亡くなった兵士になるからです。
滝田監督の場合は、恐らく首相の靖国神社参拝反対の立場なのではないでしょうか。なにしろ映画人には左翼が多いいからです。子供向けアニメの王様、あるいはアニメの「国民作家」とまで言われる人気絶頂の宮崎駿は、善良そうな人物に見えるでしょう、しかし彼の内面は危険人物です。共産主義思想から完全に抜け切っていないのだ。自著には共産主義の価値は少しも消えていないとか、朝日新聞には、「日本のやった戦争の処理もあいまいなまま、鉄砲を経済に代えて凶暴な経済成長を成し遂げた」と書いているし、共産党の機関紙、「赤旗」にイラストを無料提供したりしているのです。要注意人物です。いずれアニメにあまりにも偏りすぎた思想を反映するものが登場してくるのではないでしょうか。
私には、自分の肉親が靖国神社に祭られてもいませんし、自分の肉親が戦場で戦死もしていません。それでも首相の靖国神社参拝反対派は、私の敵であり、日本の敵です。絶対に仲良くつきあうことはありません。
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あまりにも情けない自殺大国、日本

現在、大きな社会問題の一つに日本が、ほとんど世界一位の自殺大国になっていることです。平成10年に初めて自殺者年間3万人を超え、以来11年連続年間自殺者が3万人を超えています。平成19年の世界保健機構(WHO)の資料によると人口10万人につき何人自殺するかの自殺表を見ると、1位リトアニア(44.7)、2位ベラルーシ(35.7)、3位ロシア(34.3)、4位カザフスタン、5位ハンガリー、6位ガイアナ、7位スロベニア、8位ラトビア、9位日本(24、0)という順番です。
上位8位の国々を見ると、5位のハンガリーと6位の南米の島国、ガイアナを除くと全部旧ソ連領だったところです。ハンガリーはソ連の衛星国でした。これらの国々は、ソ連が平成3年に解体し、共産主義から急遽資本主義体制に移行し、社会情勢、経済情勢の激変があったところです。自殺率が高くなったことが充分理解できます。2位ベラルーシは、現在ヨーロッパで唯一つ独裁国家です。6位のガイアナは、人口75万の南米の小国です。実質的に日本は世界一の自殺大国です。
そしてこれは実質的ではなく、間違いなく先進国の中で、また民主主義国の中で日本は自殺率一位です。そして自殺の原因はいままでは病気が一位で生活苦が二位でした。それが逆転して一位が生活苦、二位が病気になっています。日本は世界の経済大国二位です。国民所得は最近下がったとは言え、日本より貧乏な国は数えられないほど沢山あります。
インドネシア、フィリピン、ブラジルなど後進国の人たちは、日本に不法滞在してまでも働きに来たいのです。ところがその人たちの祖国の方が日本より自殺率が低いのです。一体これはどういうわけなのでしょうか。日本はそれほど暮らしにくい国なのでしょうか。
ちなみに経済大国第一位のアメリカの自殺率を見ますと、世界の43位、人口十万人につき
11.0人。日本の自殺率の半分以下。現在日本のホームレス、25,300人、アメリカは75万人。世界有数の経済格差の国と言われ、それでいて日本人はアメリカ人の自殺者の倍以上も自殺しているのです。
さらに深刻に考えさせられる数字があります。自殺者3万人をこえた平成10年から平成19年までの10年間の自衛隊の自殺者総数846人。毎年85人ほど自殺しているのです。自衛隊員だから生活苦はほとんどなし、大病も若いから例外的にかかるだけ。846人全員うつ病になったのでしょうか。自衛隊が死ぬほどいやだったら辞めればすむ話ではないですか。全く理解に苦しむ、驚くべき数字です。防衛省はいまやっきで自殺対策に没頭しています。
日本の自殺者数のもう一つの特徴は、男の自殺者が女性の自殺者の倍以上だということです。
なぜ最近の日本に自殺者が多いのか。人によっては日本には切腹の歴史があるから、日本に自殺が多いのは日本の文化の一つだと主張する人がいます。全く関係ないとは言いきれませんが、自殺の大きな原因の一つには考えられないでしょう。切腹には、名誉のためとか自分の主君を諌めるためとか、高尚なものが伴います。
三島由紀夫は、国家や国民を諌めるために切腹をした。最近の自殺にはこんな高尚性はありません。私に言わせれば自殺者は人生の敗残者です。ただ自殺にも同情すべきところもあります。病気による自殺です。うつ病、年をとって不治の大病を患うとかは同情に値しますが、働ける五体満足な体を持ちながらの自殺は、まさに人生の敗残者です。そこで私なりになぜ最近自殺者が多くなったかその理由を述べてみます。
1.日本男子が精神的にひ弱になった。
これが一番大きな原因ではないでしょうか。戦前は徴兵制があったし、強力な軍事力があった。男の子は、日本男子として、大和魂のある男として精神的にも肉体的にたくましくなければならないという思想の基に育てられ、鍛えられた。戦後は、軍隊は無くなり、徴兵制もなくなり、男の子をたくましく育てなければという教育は無くなってしまった。
しかし終戦直後は、多くの子供が貧乏でき鍛えられた。私などまわり皆貧乏の中で特に極貧状態で育った。年中栄養失調ぎみだったせいか私は、まさにガリガリにやせていた。中学校の時に初めてバナナを食べたが、此の世にこんなにうまいものがあるのかという強烈な印象があります。
中学校は横須賀市立でした。一組50名から55名。中学卒業時は、貧乏人の子弟が多かったせいか半分が就職組みで、半分が高校進学組みでした。進学組みの中には私のように公立の高校に入れなかったら、就職という就職組みが数人いた。だから最終的には就職組の方が多かったと思います。幸い私は公立の高校に入れた。
しかし高校では、授業料以外にお金かかる行事はすべて不参加。クラブ活動、修学旅行など。だから学校内外で親しく付き合う友達もいなかった。実に暗い高校生活だった。高卒後は家にお金をいれるために働いた。以来波乱万丈の生活だった。私には、貧乏育ち特有の激しいハングリー精神があった。「負けてたまるか!」、「今にみていろ!」、この二つの言葉が心底根付いているのだ。
こんな話を書くと自分を自慢しているのかと言われた時があります。最近亡くなった私より五つ上の遠藤実氏。彼は国民栄誉賞を獲得した演歌の作曲家でした。彼が言うには、子供のころ彼の村には電気がなくランプ生活だった。厳しい寒さでも暖がとれず、手がかじかんでギターが弾けない。彼は自分の手に自分の小便かけて暖をとってギターを弾いたと話しています。私の年代の人間は、皆大なり小なり貧しさに鍛えられているのだ。
しかし今の若者は、完全に違います。経済的に発展したお陰で全く苦労せずに育てられ、学校では、子供たちを逞しく育てる考えなど全くない。そどころか徹底して過保護に育てられるのだ。男女の区別なく育てるのが最良という教育だから、男の持つ特有のたくましさが骨抜きにされてしまったのだ。だから現在の若者は、妻子を残してさっさと自殺するのだ。我々の時代までは、男は妻子のため頑張るのが常識だ。
過保護に育てられたまま実社会に飛び込むものだから、実社会の厳しさにまともに接すると、もうどう対応していいのかわからないのだ。精神的に全くひ弱な若者になってしまったのです。
2.日本民族の習性が裏目に出る。
日本人は集団行動や集団生活を好みます。私の年代のサラリーマンは、年功序列、終身雇用の下で働いてきました。だから多くの定年サラリーマンは大学を出て、大きな会社に入ると定年まで30年以上、40年ぐらい働きます。すなわち会社が自分の人生みたいになっていました。
日本人は、一匹オオカミ的に暮らすより、一つの組織に依存してそこで長く働くことを好む民族なのです。そして皆と同じような生活をしていると安心感を得ることができるのです。私の年代では、私みたいに一匹オオカミ的に五社の外資系会社渡り歩くなどは、非常に稀有な存在です。
この年功序列と終身雇用は、日本民族の習性に非常に適した雇用形態でした。ところがいわゆるグローバル競争に勝ち抜くためには、この雇用形態を維持できなくなったのです。年功序列と終身雇用は、ほとんど廃止され、成果主義、実力主義が導入され、若いうちから給料の格差がつく時代になりました。企業間だけの競争だけではなく労働者個人、個人の競争が激しくなったのです。
いやでも他人との差が目につくようになったのです。皆と同じであるということが安心感を得るもとである日本民族にとって、若いうちから大きく差がでるのは耐えられないのではないでしょうか。それでなくても生まれてから何一つ苦労もなく育ち、学校では過保護に育てられ、そのまま厳しい実社会に放り込まれているのです。自殺のような落伍者が出ても不思議ではありません。
嘆かわしいのは、自殺者増加を減らす対策が、同情ばかりで経済対策に集中していて、困難に負けない精神的にたくましい子供をどのように育て上げるかの発想が全く考えられていないことです。
各家庭に経済格差が広がって、大学で学びたくても、大学へ行けない子が多くなったと進学できない子に同情が集まっているのだ。大学に行けないからといってそれがどうしたというのですか。大学出た人間にもバカやアホは多いいのだ。高卒の私が言うのだから間違いありません。第一現在は、私の時代と違って大学へゆく男女は、わんさといるのです。ところが大学卒業者の学力低下は目を覆うばかりです。
現在は時代の変化が特に早い、競争も激しい、不況でもグローバルな競争が続くのです。だからいかに精神的にタフな子に育てるかは、勉強と同じように重要なのです。自殺数の多さと同時にもう一つ失望させる数字があります。
「もし戦争が起こったら国のために戦うか?」世界36か国の調査結果。「はい」と答えた日本人は、15.6パーセントで36か国中最低の数字です。韓国人74.4%、中国人89.9%、アメリカ人63.3%。
まさに日本人男子の無気力さ象徴する数字だ。無気力も自殺の原因にもなる。自衛隊では毎年85人の自殺者が出るのです。一体なんのために自衛隊に入ったのだ。戦場経験もないくせに、五体満足で働ける体を持ちながら、親兄弟を残し、あるいは妻子をのこして自殺する隊員は、自衛隊に入る前、すなわち国民の税金を使う前にさっさと自殺しろと言いたい。最近の日本人の自殺は社会への甘えもあるのではないのか。
現在の日本、あらゆる面において日本没落の道をたどっているかと思うと、私の腹の中は、煮え返るようです。
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アイヌ末裔二人のコメント (2)

前回の私(えんだんじ)のコメントに対するアイヌ末裔のしょたこたママさんの反論、りんごあめさんのコメントに対するアイヌ末裔のMark Bogatの反論、ショウさんのコメント、そして最後に私のコメントを載せました。
しょたこたママ
生活する上で不便を感じることがあれば、誰であろうとその不便を解消しようとするでしょう。 強がりに思われるのが不思議なのですが、 幕府や松前藩に介入されて自由貿易ができなくなる以前、 貿易するにあたって当時のアイヌは文字を必要としなかったと思います。 おそらく当時のアイヌにとってシサムがそれほど羨ましい対象ではなかったのでしょう。
文字があったから発展したというようなことは、現代の尺度で測ってから言えるようなことで、 当時のアイヌもシサムでさえも、そんな意識はしていなかったのでは? それを「怠慢」と仰るのが私には不思議に思えます。 それも私の理解力のなさでしょうか。
>日本の近隣諸国がこれほど危険な国々なのに、日本は、武力放棄、戦争放棄の現行憲法も変えることもなく、自国の安全をアメリカにまかせ、いざとなればアメリカが守ってくれるという自分勝手な希望的観測にひたり、自分自身で日本を守る気概など全然なしの状態です。日本人は完全に民族全体で、自国の安全保障に全く怠慢に陥っているのです。こんなことをしているといずれ日本民族は、現在のチベットやウイグルのように衰退の道をたどるのではないかと心配しているのです。<
そうですね。本当に心配な状態だと思います。 国籍法も変えられるとか。
日本が日本で無くなってしまうかもしれません。 これは昔アイヌが経験してきたことです。
徐々に受け入れていたら、アイヌが住んでいた土地はいつのまにか 全部シサムの土地になっていて、 差別を恐れて大勢のアイヌが関東に逃げ出したくらいです。 シサムの皆様も、同じ轍を踏まれませんように。
しょたこたママ
追記。
何度もすみません。 私も白人が各地で先住民を虐殺したり追いやったりしたことも、 もちろん恐ろしいことだと思っております。 彼らが自分たちのしたことを棚に上げて他国に干渉することがあれば、 それはおかしいんじゃない?とも思います。
和人はそこまでアイヌを迫害していない・・・という人々もいますし、 私自身、アイヌはまだマシかと思うこともありますが、 現代にいたるまでのアイヌの悲劇を、 アイヌだけに責任転嫁されるのは、やはり大きな違和感を覚えます。
祖国を愛し、自虐史観を改めて正しく歴史を見直そうと思われるのは、 私も素晴らしいことだと思います。 なんでもかんでも日本が悪かったのか検証するのは良いことだと思います。 アイヌ文化が好きだと仰る方々のなかには、日本人なのに日本が嫌いって方も存在します。 私はかえってそういう方を信頼できません。 でもやはり、アイヌ衰退に関してアイヌだけの責任と言われると、 首を傾げざるを得ません。
軍事的に同等でも、和睦を申し出て謀殺のようなことをされ、 見せしめに首をさらして恐怖心をあたえるやり方をされ、 奴隷や妾にされてきた過去を自然淘汰として片付けられて良いのかと思います。
えんだんじ
しょたこたママ様
私はアイヌ衰退の原因をすべてアイヌのせいにするつもりは毛頭ありません。日本列島支配者になった日本民族が、アイヌの人たちにたいしてやりすぎた面もあったことは認めます。おっしゃるように自然淘汰で片付けられてはたまらない面も理解できます。
それではアイヌ民族衰退の原因は、なにかと言えば、一番大きな理由は、なんども申しますが文字をつくらなかったことだと私は考えています。ひょっとして私の考えが間違っているかもしれませんが、今現在はそのように考えております。
現状に甘んじて民族全体で怠慢になる恐ろしさを私は感じとってしまいます。現状の日本民族は、こと防衛問題に関しては、現状に甘んじて、怠慢の極言にさえはまりこんでいるようです。これが将来取り返しのつかない怠慢なのではないかと心配しています。
しょたこたママさんの将来にも関することですが、私は将来の日本にほとんど絶望を感じております。日本に生まれながら、日本を愛することに関しても一致団結できないからです。 しょたこたママさんがおっしゃるように、自分のうまれた国がきらいで、どうしてアイヌが好きになれるかというのです。
一介の定年サラリーマンですが、たとえ微力でも国のために尽して死んでいきたいと思っています。 どうもこの度は、貴重なコメントありがとうございました。まさかアイヌの末裔の方と交信できるとは思ってもいませんでした。
これからもアイヌのため、日本のためにがんばってください。
りんごあめ
アイヌ問題は私も最近になって小林よしのり氏の「わしズム」のアイヌ特集を見てから興味を持ちました。 同じ日本人なのになぜ先住民だと区別するのだろうか・・・という疑問は以前からあって
大陸から来た人、東南アジアから来た人・・・でもみんな日本と言う国土で同じ法律のもと、同じ言葉を使って暮らしているのに・・・
街で誰がアイヌかと問われたら分からないと思うし、今ではほぼ純粋なアイヌと言う人はいないとも・・・
なのになぜ、今、アイヌだけがしかもアイヌと言うのはまたその中で多数の民族が存在したと聞くので、その中のどの人々を指すのだろう?・・・などなど・・
文化と言えば和人の様々な文化も消えつつあり、なぜ、アイヌは保護されて、地域文化は保護されないのか・・・など、本当に疑問点が噴き出してきます。
文字については確かに使う必要がなければそれでよいという意見もあるでしょうが
それは、異質なものと接触しないという保証のもとでのみだと思います。
でも、私は人間社会を野生の王国以上の欲望を絡めた弱肉強食の世界だと最近になってよく分かりましたので
純粋に人々が分をわきまえて暮らせるというのは夢物語だと、悲しいけれど今の段階ではそう思います。
えんだんじさんのブログをアイヌの方が読まれたらきっと激怒されるだろうなとそれは思いますが 、えんだんじさんの他の著書もお読みになると怒りが減るかもしれません(笑)
と、いうのは、えんだんじさんの激しいおっしゃり方は、身内に対しては、もうより凄まじいものがあるからです。
「大東亜戦争はアメリカが悪い」も題名を読むと米国批判のようですが
日本人に対する歯に衣着せぬ批判も凄いものがあります・・・ぁ、でもそこには愛情を私は感じるので耳が痛いが納得するのです。
さらに「逆境に生きた日本人」に至っては、私は、思わず、書かれた人々の弁護に回りました。しかし、その激しい批判が日本人の欠点を浮き彫りにしたり、また、目をそむけていたいことに目を向けさせてくれて、それが未来の教訓になるのです。
アイヌ問題もある意味、国際問題の様相をはらむので、それが日本国民にとって非常に大きな痛手になる可能性があるということです。日本人の国際的信頼を失墜させる道具に使われかねない・・・
国防が喫緊の課題になっている今、日本国民(もと、アイヌも琉球も渡来人も薩摩隼人も和人も)みな団結して、この激動の時代を乗り切らないといけないと思います。
Mark Bogat
>りんごあめさん
同じ言葉を使っているのが、アイヌのそもそもの間違いだと思います。でも強制されたから現在そうなっているだけであって、それが未来永劫変わらないと思ってはいけません。あくまでも潜在的武力と金銭によって和人は北辺の一時的平和を買っているに過ぎません。
弱肉強食の世界で力に劣ったアイヌが同化されるのは仕方がないと言っていただいて結構です。その通りだと私も思います。だからこそその屈辱を忘れず、和人の力が衰える時まで力を蓄え、何時か和人を肉にしてしまえば良いと思います。「純粋」のアイヌ。笑ってしまいます。
民族に「純粋」も「不純」もありません。そういう分類は明治の頃の未開な学問が生んだ概念です。それを
言うなら、あなたは白人に劣った黄色人種である自分を認めるんですか?ナチス・ドイツと同盟できたのもアーリアの末裔であるアイヌの血を引くのが日本人だからで、アイヌの血を取り去れば猿にも自分が劣るのを認めるんですか?いくら私がアイヌでも、そんな黴の生えた旧説を持ち出して誰かさんのようにホルホルしようとは思いません。だいたい現代民族を定義する上で最も重視されるのが、民族への帰属意識と言語です。そして何をもってアイヌとするかはアイヌ自身の問題であり、他民族の干渉するところではありません。
まあ、こういった事を言っても分からないだろうとアイヌ語ではなく日本語で言うからダメなのですね。
Mark Bogat
それでは美しく、論理的な母国語で言えば
Tane oaraynunekur isam sekor patek a=ye korka aynu
sekor somo yayrekore p teeta isam no Yaunmosir ta
okay utar Sarunkur usa Iskarunkur usa okay korka
yukar otta tan ci=kor mosir epunkine p Poyyaumpe
ne wa tan mosir un kur anakne opitta ne kamuy-
rametok sanike ne kusu yayeoripak=an kane
yaunkur , sekor yayrekore=an wa Cupkamosir ta
cupkaunkur okay , Karapto ta karaptunkur okay rok pe ,
opittano sineytak eiwanke wa sinepuri kor pe ne
kusu sineutari ne ruwe ne .
Tampe neno ku=nuye yakka samo anakne eraman
eaykap kusu kuani emosma aynu utar opittano
sisamitak eiwanke kor samo ene itak hi : tane
aynuytak easkay pe isam . Sonno hayta p samo ne na .
Onnekur asiknen ikasma waniw patek itak easkay
kuni an=ramu wa tampe neno easkay pe ku=ne korka
enci=piski ka somo ki .
Tane eikos ku=nuye yakka e=erampetek nankor kusu
ku=okere kusune .
Mark Bogat
現在、いくら皆が和語を話していようとアイヌ語で通そうと若者達で言い合っています。北海道は我々アイヌの国なのに何を遠慮がいりましょう。でも東京は外国なので郷に入れば郷に従え、和語を使います。
国を愛するあなたには、国土、文化の大切さが分かる筈です。どうか我々の国土を返還して下さい。と言っても一度盗んだものを返す者はいませんね。でも一応言っておきます。
私はアイヌに味方してくれるのであれば、中国でも朝鮮でもロシアでも構わないと思っております。また我々には本州の半分、四国、九州は不要ですから、和人がアイヌに要らんちょっかいを出すのなら、自らの民族の国益を守るため、喜んで先の地を欲しいという国に渡します。貴方方が気持ち悪く日本人に取り込もうとするなら、日本を我々がどうしようと勝手な訳ですから。そもそもここまでアイヌを追い込んだのはあなた達和人です。
朝鮮や中国に恐れをなし、羹にこりて膾を吹くという奴です。彼らは和人に恨まれる事をやってきたのでしょう。でもそれに直接言うのは怖いからと、弱いアイヌを標的に八つ当たりされた訳です。頭を殴っておいて団結を呼びかけるとは片腹痛い限りです。
ショウ
先生の論文を読んで、ふと高校の政治経済の資料集を読んでみたのですが、びっくりいたしました。 東京学習出版社から出ている資料集なのですが、「アイヌ民族差別」にまるまる一ページを割いて書かれています。
コラムとして中曽根首相の「日本は単一民族」発言を取り上げています。論調としては、『私は、日本国籍を持たされ、筆舌に尽くしがたい差別を受けた。中曽根よ恥を知れ!!』と、だいたいこのようなものです。
確かに、アイヌ、琉球、その他いろいろ民族がいることは事実であります。 ところが明治維新以来、近代国家として、東京に政府をおく日本が誕生した以上、北海道も沖縄も生産的かつ日本人として当然な愛国心を持っていただきたいものです。 問題の核心は、アイヌにしろ、琉球にしろ「反日」主義が跋扈していることだと思います。過去の真相を探るのは悪いことではないと思いますが、一見したところ、この種の運動は深く反日勢力と結びついているようです。どうか、北海道も沖縄も「普通の県・道」になってほしいものです。
えんだんじ
りんごあめさん、Mark Bogatさん、ショウさん
コメントありがとうございます。これ以上この話題を続けていくとお互いの非難合戦になってしまいますので、この辺でこの話題を終わらせていただきます。
上記の方以外にもコメントいただきました皆さん、コメントありがとうございました。
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西尾幹二氏 対 秦郁彦氏

雑誌「諸君」4月号で両氏が田母神論文で激突対談を行っています。私はこの両者の対談を興味深く読ませていただきました。西尾幹二氏と私の大東亜戦争史観はほとんど同じです。ところ秦氏の戦争史観が、私にはいま一つわからないとことがありました。特に秦氏が田母神論文批判の先鋒になったからです。
秦氏は、いまはやりの歴史捏造、歪曲の朝日新聞や左翼知識人とは異なり、現在の日本国家に貢献する非常に良い仕事もしておられます。秦氏最大の貢献は、「従軍慰安婦」事件の調査です。「従軍慰安婦」事件の始まりは、元山口県労務報国会下関支部動因部長を自称する吉田清治が、1982年に「私の戦争犯罪――朝鮮人強制連行」という本を出版した時からです。
吉田は何回も韓国へ行き、謝罪したり、土下座したり、慰安婦の碑をたてたりしています。テレビにも日韓両国で出演、朝日新聞は吉田を英雄のように扱い、何度も新聞紙上に大きくとりあげて報道しました。この本の翻訳文が日本人弁護士によって国連人権委員会に証拠として提出されました。また教科書裁判で名を馳せた故家永三郎などが、自分の著作にこの本を参考文献として利用しています。
この本の内容に疑問をもった秦氏は、1992年済州島にわたり裏付け調査をし、吉田の本の内容がでたらめであることがわかりそれを公表しました。吉田はそれを認める発言をしたため、あれほど新聞紙上に何回も登場させていた朝日新聞は、それ以来ぴたりと吉田を登場させず、吉田を語らなくなりました。吉田は、メディアにも登場しなくなりました。秦氏は日本国家の名誉を救ったのです。
秦氏は、沖縄の集団自決問題でも、集団自決の原典ともいうべき沖縄タイムス社の「鉄の暴風」を批判、その「鉄の暴風」を基に書かれた大江健三郎の「沖縄ノート」を批判、秦氏自身も集団自決を否定しています。
その他、秦氏は教科書裁判で名前をうった故家永三郎がまだ生存中現役で活躍していたころの家永を批判していますし、また朝日新聞を反日新聞と批判しています。その秦氏が田母神論文を一刀両断のもとに斬り捨てているのです。だからこそ私は、秦氏が西尾氏にどのような主張をするのか非常に興味があった。
雑誌「諸君」に語られている秦氏の主張をいくつか挙げてみます。
1.東京裁判は、マイナスの面があったが、プラスの面もあった。比較的寛大であった。
その証拠に日本国民の反発がなかった。
2.コミンテルンの陰謀はなかった。
3.ルーズベルトが日本を戦争に追い込んだという陰謀説は成り立たない。
4.ルーズベルト政権の中国援助は、国際政治の駆け引きにすぎない。
5.日本はナチスという「悪魔」の片割れだった。
こういう彼の主張を読んでいると、私はただ驚くばかりです。なぜなら秦氏は、昭和の歴史を細部までよく知っているからです。彼の著書に菊池寛賞を受賞した「昭和史の謎を追う」上下巻(文芸春秋社)があります。上下巻とはいえ、一頁を上段下段に分け細かい字でびっしり書かれています。実質的には一巻から四巻に匹敵する大作です。なにを書いているかと言えば、昭和で話題になった37件の事件を詳細に調べあげて書いています。秦氏の作品は、綿密に調べあげて書くので定評があります。
要するに私が主張したいのは、秦氏のように歴史の細部を知っているからといって、必ずしも歴史観が正しいとは言えないということです。俗にいわれる「木を見て森を見ず」なのです。なぜこういう現象が起きるのかその理由を西尾氏の意見と重複するところもありますが三つあげます。
1.大東亜戦争を昭和史の中で理解しようするからです。そのため自ずと日本国内の動きだけを追いかけ日本批判に陥ってしまうのです。大東亜戦争は幕末の時代から追っていかないと本質をつかめません。
2.私は、60年以上前に起きた大東亜戦争を現在の価値観で裁くなといつも主張しています。西尾幹二氏も本誌で「現在の目で過去を見る専門家の視野では、正しい歴史は見えない」、また「歴史とは過去の事実を知ることではなく、過去の事実について過去の人がどう考えていたかを知るのが歴史だ」とも書いています。全く同感です。
皆さんは特攻隊員の遺書を読んだことがあるでしょう。彼らの遺書を読むと、特攻隊員に共通の認識が理解できます。彼らの共通の認識とは何か。それは大東亜戦争を自衛の戦争と考えていたことです。だからこそ特攻隊に志願したりするのです。自分の死に大義名分があるのです。彼らは、自分の家族や恋人に遺書をのこしましたが、自分の死に対する不満やぐちを書いていたものがありましたか。
もし大東亜戦争が、侵略戦争であるというのが彼らの共通の認識でしたら、特攻隊に志願するでしょうか、家族や恋人への遺書には、自分の死に対する不満や愚痴だらけになっていたのではないでしょうか。
3.大東亜戦争は、日本史上国内で戦われた合戦とは大違いです。異民族、すなわち白人との戦いです。その白人は、コロンブスがアメリカ大陸発見以来500年間、すなわち20世紀まで有色人種の国家を侵略し続け植民地にしてきた。そのため大東亜戦勃発時、有色人種の国で独立を保っていたのは、日本以外の独立国はタイやエチオピアなどほんのわずかです。従って大東亜戦争は、世界史というわくの中で理解しなければなりません。また敵国民族は白人ですから、白人の文化とか白人の精神構造とかいわゆる白人の民族性まで考慮して大東亜戦争というものを捉えていかないと大東亜戦争を理解できないのです。
秦氏の歴史観の欠陥は、大東亜戦争を世界史の中で全く捉えようとしないことです。だから戦争前からアメリカが日本にいだいていた悪意を全く理解できないのだ。また秦氏は、精神的にナイーブな面もあるのでしょう。裁判所は悪人を裁く所という解釈だけしか理解できないのではないか。勝利国が自己を正当化するために裁判を利用するなどという考えは、秦氏には想像できないのではないか。
秦氏は、西尾氏の面前で田母神氏についてこう語っています。「一部の人々のあいだで、田母神氏が英雄扱いされているのは、論文自体ではなく、恐らく彼のお笑いタレント的な要素が受けたからでしょう。本人も『笑いをとる』の心がけている」と語っています。すかさず西尾氏から「田母神さんを侮辱するのはやめていただきたい」と注意されています。
秦氏は、なぜ田母神氏が多くの人に熱狂的に支持されているかその背景がまったく理解できていません。田母神氏を侮辱することは、彼を支持する私たちを侮辱するのと同じです。私は怒りを感じます。「秦さん、あなたは私の著書、『大東亜戦争は、アメリカが悪い』を読んで勉強しなおしてください。
本誌でも西尾氏が指摘していますが、中西輝政氏が三冊の名著をあげています。その一冊にJ・トーランド「真珠湾攻撃」があります。この翻訳本(文芸春秋社)の246頁にマーシャル参謀総長は、「アメリカ軍人は、日米開戦前、すでにフライング・タイガース社の社員に偽装して中国に行き、戦闘行動に従軍していた」と公言しています。ところが秦氏は、本誌で「この時期フライング・タイガースはまだビルマで訓練していて、真珠湾攻撃の二週間後に日本空軍と初めて空戦したんです」と語っています。
マーシャル参謀総長の発言、「戦闘行動に従軍していた」という意味は、なにも秦氏が主張する日米空軍機どうしの実際の空中戦にかぎらず、シナ事変中米軍機が輸送活動に従事していたら日米開戦前に米軍は参戦していたことになりませんか。
最後に西尾氏と秦氏の人物像をとりあげてみます。1960年代、日米安保騒動華やかなりし頃、日本の多くの知識人は、ほとんど我も我もと言った感じで、反米親ソ派と自虐史観派になりました。そのころでさえ西尾氏(20代)の歴史観は、現在となにも変わっておりません。皆さんは知識人の定義とはなにかと問われれば、なんと答えますか。私の答えは、知識人とは時勢、時流、権威、権力に媚びないことです。日本には時勢、時流、権威、権力に媚びる人知識人が多すぎます。従って日本には真の知識人と呼ばれる知識人が非常に少ない。西尾幹二氏は、その少ない真の知識人の一人です。
秦郁彦氏が、日米安保騒動時代どういう態度をとったのか私は知りません。彼の経歴を見ると、国際認識というか国際感覚というものに鈍感どころか鋭敏であってもおかしくありません。それにしても大東亜戦争を世界史の中で捉えるということが全然理解できていません。全くの自虐史観です。しかし彼は歴史の細部、「従軍慰安婦」事件や沖縄の集団自決などでは反マスコミです。ここでもし秦氏が、自虐史観を改めたら、マスコミに相手にされなくなってしまいます。
マスコミは、自分たちの日頃の歴史捏造や歪曲に批判する秦氏が自虐史観を主張するので余計彼を利用する価値があるのではないでしょうか。従って歴史観に関することには、積極的に秦氏を利用しているように見受けします。秦氏は、ひょっとしてマスコミ受けをねらった器用な生き方をしているのではないでしょうか。
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アイヌ末裔二人のコメント (1)

私は、ネットのsocial clubの一つであるmixi(ミクシィー)の会員になっています。私のブログの記事すべてがミクシィーにも載せています。そのミクシィーの方にミクシィーの会員であるアイヌの末裔お二方からコメントをいただきました。皆様に興味があるのではないかと思いここにも載せてみました。
「えんだんじ」はミクシィーでの私のハンドルネームです。「しょたこたママ」さんと「mark bogat」さんは、
アイヌ末裔お二人のハンドルネームです。
しょたこたまま
はじめまして。
文字を持たなかった者達の末裔です。 ブログを拝読いたしました。 日本という国の中での争いと見ることもできるかと思いますが、 昔のアイヌにとっては和人もロシア人も中国人も皆シサム(隣人)であって、 自分たちが住んでいる土地が「日本という国」であるという概念もなかったかもしれませんね。
アイヌが和人に虐げられる前は、けっこう自由に豊かな生活を送っていたことが、 最近の研究で分かってきています。 よく左側の方々が「アイヌは自然と共生し、争いを好まない平和を愛する民族」などと、 美化したイメージで語られることが多いのですが、 実際はアイヌ同士の戦もあったし、ときには交易のために 蒙古と何10年にもわたって戦をしていたことも分かっています。 アイヌである私自身も、昔のアイヌの活動範囲の広さに驚かされました。
えんだんじ様は、アイヌが文字を学ばなかったことをご指摘なさっておられ、 私もそれが一因かも知れないとは思いますが、 アイヌの衰退は、多くのコタンがまとまって国を作ることをしなかったことと、 自由に貿易することを幕府や松前藩に禁じられたことが、大きな要因に思えます。
また江戸時代まで本州から女性が北海道に入ることが許されませんでした。 アイヌの男性は漁場で奴隷のように働かされ、女性は妾に。 梅毒などの病気で多くのアイヌが死にました。 シャクシャインの戦いや、クナシリ・メナシの戦いなどがありましたが、 武力で和人を圧倒しても、和睦を持ちかけられては謀殺されてきました。 アイヌは和人のしたたかさも学ぶべきだったかと思います。
・・・と言っても、昔のことは今さら変えられないので、 せめてこれからは北海道の和人とアイヌが、 お互い尊重しあっていける世の中になることを願って暮らしていこうと思っています。 長々とすみませんでした。
Mark Bogat
はじめまして。私は北海道アイヌ、ユーラップ人の末裔ですが、あまりに酷い説に放っておこうと思ったもののしょたこたママさんは心の良い立派な女性であって清い心から書いた事にオリパクするので、姉さまの書いた事に補って少しばかり書きます。
とかく北東アジアでは中華文明の影響を受け、文字を持つ事が文明を持つ事とされています。だからこそ漢民族だけでなく周辺の民族も独自の文字を持とうとしてきました。西夏文字や女真文字などがそれです。文字にコンプレックスを持つ蛮族がそれにこだわるのは勝手ですが、他民族にまでそれを押し付けるのはとても文明人とは言えません。必要がないから文字がなかった、必要ならその時に自分達に最も都合の良い物を取り入れて使えば良いだけです。友人が何かを手に入れ自慢し、持ってない人の事を馬鹿にするのと同様愚かな行為です。
昔は記憶する事で事足りたし、どうしても必要な場合個人的な記号を木に刻んでいたましたが、それが現在ではアイヌも文字を使っているだけです。今は過渡的にカナ文字を使う者もいますが、将来的にはアイヌ語用に整えられたラテン文字に移行するでしょう。それは和人の文字が不合理で遅れているからと私は言いません。
単にアイヌ語の言語体系に合っているからです(尤も仮名文字も日本語の表記としては著しく欠陥があります。例えば「する」という動詞は国文学ではさ変活用の動詞として特殊なものとされますがsという子音が語根と考えれば規則動詞でありローマ字的なものを使えば和語の学習上とても便利でしょう)。
さて日本民族はこの場合「和人」の事と思いますが、新しい文明に対する進取の気風に富みアイヌが劣る由書かれていますが、事実はその逆です。アイヌと和人が物質文明の上で差を広げたのは江戸時代の中期以降です。それまでアイヌも和人も生活に大して違いはありません。
アイヌに城郭や寺院などのようなものが無いと言われるかもしれませんが、必要がなかったので同じものがなかっただけで、例えば城郭については独自のチャシ建築様式があり、例えば幕末北方警備に来た武士が、浜益などで何故和風の築城をせずアイヌの様式で陣屋を設営したかを考えれば、場所場所に風土環境に適した文明、文化があり、和人でさえも北海道で生きる場合は土着のものに従うのが理に適っているからです。
江戸時代これを唱え北辺で活躍した幕府の役人の最上徳内はアイヌの着る物を着、食べる者を食したそうですが、この聡明な和人をアイヌはレキカムィ(髭の神)と呼び尊敬しました。これに対してアイヌを馬鹿にし、あくまでも和風にこだわった秋田藩士達など敵と戦うどころか寒さのために凍死し壊滅しています。
何も私はアイヌ文明の素晴らしさを自画自賛したい訳ではありませんし、アイヌの歴史が半万年などと誰かさんのように歴史を捏造しようとしている訳ではありません。その時代や場所、しかるべき理由によって文明と文化があるだけだと言いたいだけです。
アイヌについては江戸時代中期に戦国時代となり、国家統一は和人の介入により失敗しました。しかし国家が存在しなかった訳ではなく、小国は幾つかありました。大陸との貿易で開けていた石狩川筋はハウカセという大将の元、シャクシャインの戦いには中立を宣言、次いで松前藩に対しても独立を宣言しています。その後和人による不当な占拠は今尚続いておりますが、石狩のアイヌが如何に警戒され不当な扱いの中に殺されても、独立の志は今日まで受継がれています。
それはさておきアイヌ存立の柱である貿易の自由を奪われ、あまつさえ使い殺しの奴隷として酷使される内に文明は破壊され、わずかに狩猟採集をして生き延びる有様になったのを怠慢というなら、甘んじてその事葉を受け入れましょう。
しかしいつか歴史上立場が変わった時、その発言は自分に返ってくるでしょう。第二次大戦後、アイヌは朝鮮人のように三国人とならなかったのですが、その様な文明人の礼儀正しさに唾をかけるなら、和人は所詮最新の器機を持っただけの土人と言えましょう。
それはさておき、文明の優劣で貴方が抱くアイヌ像は観光のため和人の幻想と妄想が作り出した土人としてのアイヌだと思います。当時生き残っていたアイヌの中、観光に従事していたものは本当にごく一部です。わが家系も誰一人そんな見世物になった事はありません。その他大勢のアイヌはどうしていたのでしょうか?
Mark Bogat
(続き)
面白いのは明治大正の頃の一般のアイヌ達が行ったクマ送りの写真を見ると、成る程伝統的な装束の老人もいますが、男達はシルクハットに洋服を着込み、見物の和人は着物に下駄という、今日の目から見ると明らかに和人の方が未開人のものです。狩の写真にしてもアイヌはハンティング帽に洋服を着込み銃を片手にヨーロッパの貴族を思わせる颯爽とした姿で、対する和人の貧相な事といったら奴隷のようではありませんか。明治期、アイヌ達の中でも教育のある者はいち早く西洋風を取り入れ、男はシルクハットに洋服、女はエレガントなドレスを着こなし町を歩きました。
挨拶の際にもヨーロッパ式です。ところが和人はそれが気に入りません。アイヌは和人より劣っていなければならぬというのが奴らの思考です。誰より優れたアイヌを嫌ったのは役人で、アイヌの新風俗の禁止を求めた嘆願が当時の官報に残っております。
日本がアイヌを保護しなければロシアに占領されていたという勝手な説もありますが、当時アイヌ白人説があり、彼らのアイヌに向ける目は黄色人種に向けられるものとは違っていました。歴史にもしは禁物ですが、アイヌが白人に同胞として迎えられていれば、今の我々はもっと良い暮らしができていたと信じます。私も汚い人モドキの血が混じらず、容貌で苦労する事もなかったでしょう。本当に、血の分離機があれば良いと幾度思った事か!話が逸れましたが、私の祖父は写真すら珍しい時代、見よう見まねでその技術を習得しました。
また自動車を見るのも稀な時代その運転を志し、また子供の時実際に目にしたリンドバーグの飛行から飛行機の操縦を夢見、アイヌ語、日本語の他ロシア語も話し、96で死ぬまで常に新しいものを厭わず、器具を使いこなし思想や社会情勢を理解しました。そんな祖父が大好きだったので私もアイヌとして生きている訳ですが、アイヌの中にはこういう人が数多くいます。知られてないのはそんな情報和人が欲しがらないので流通していないだけです。
一方和人の方ではこんな人は本当に稀です。和人ばかりこんなに沢山いるのに私も1、2名しか知りません。これをもってしても、貴方の古臭い考えを読んでも、和人が進取の気風に富むなどとは到底言えません。気分を悪くなされたなら、和風に一応意味なく謝っておきます。けれど事実は事実ですので致し方ありません。
ともあれこんな至らぬ和人の自惚れも、今後栄え行くアイヌ民族の反面教師として役立てたいと思います。どこの民族でも事実に目を背け歴史を捏造するするようになってはお仕舞いですね。勉強になりました。心より イヤィラィケレー(有難うございます)!
えんだんじ
しょたこたママさん、Mark Bogatさん
コメントありがとうございます。私には貴重なコメントでした。私が初めてアイヌの方に会ったのは、もう何年も前の北海道のみやげ物店でした。ましてアイヌの方のご意見を聞くことは今までになかったことなので余計に貴重でした。
アメリカインディアンが白人と出合った時が17世紀の初めです。インディアンの白人に対する武力抵抗が終わりを告げたのは19世紀後半です。白人とインディアン接触後わずか280年たらずでインディアンは、完全に僻地に押し込まれ民族の末路を迎えたのです。弓矢と鉄砲の文明度の違いが、両民族の闘争の結末に決定的な影響をあたえました。
日本民族とアイヌ民族が最初に出会ったとき、おそらく千年以上も前でしょう。両民族とも文字を使用していない時期に遭遇しているはずです。この時日本民族とアイヌ民族との間に文明の差はほとんどなかったのではないでしょうか。
時代を経るにつれて文明の発達度がちがい、日本民族有利になりました。また両者の間に戦争もありました。しかし現在にいたるまでの長期間に日本民族に同化させられたり、あるいはアイヌ民族の中に日本民族との同化を求めたり、あるいはアイヌ民族の独自性を保つアイヌ民族もいました。日本民族の中にアイヌの血が混じっている人も沢山いるでしょう。
私は日本民族とアイヌ民族の接触の長さを考えると、現在のアイヌ民族の状態は、日本民族の武力によって民族の末路をたどったと言うより、自然淘汰の道をたどったのではないかと考えております。御ふた方にとって不満だと思いますが、私は今のところこのように考えております。歴史的に新しい発見でもあれば、変わるかもしれませんが。
文字は文明発達の基礎で大変重要なものです。文字を持たない民族で文明的に発展した民族はありません。持つ必要がなかったから持たなかったというのは、強がりにすぎません。アイヌ民族が住む同じ日本列島で文字を持たなかった日本民族が文字を使用し始め、文明が発展している現実を見て、なぜアイヌ民族は、自分で文字を作ろうとしなかったのでしょうか。私が主張したアイヌ民族の祖先の怠慢の意見は変わることはありません。
御二方に時間があれば、私のブログの中にある「涙の道」(The Trail of tears)をぜひ読んでください。アメリカインディアンには、それこそ沢山の部族がありました。その中でたった一つチェロキー族だけは、アメリカ文明にならって独自のチェロキー文字を作ったのです。聖書をチェロキー文字に翻訳し、チェロキーフェニックスという新聞を出版し、議会を持ち、大統領制を採用したのです。短期間に人口およそ2万人の小国家。チェロキーネイションが誕生しました。
しかしアメリカ政府は、このチェロキー国家の存在を許しませんでした。自分たち独自の文字を使いだしたチェロキー小国家の発展に脅威を感じたのでしょう。アメリカ政府は、チェロキー族が住む場所から1300キロ先の僻地に押し込めたのです。1300キロ先に着くまでの行程は苛酷をきわめ、2万人のうち無事到着したのがわずか4千名ほどでした。
御二方には、さらにブログの中にある「アメリカの建国神話」を読んでほしいいと思います。なぜアメリカインディアンの話を読むことをすすめるかというと、人種間の争いでも白人とアメリカインディアン、アイヌ民族と日本民族とでは争いの質が違うからです。
白人とインディアンとでは、完全に異民族間の争いです。この二つの民族の間に共通性などなにもありません。それだけに支配者、白人のインディアンに対する扱いは残酷、苛烈です。
アイヌ民族と日本民族との人種間の争いは、完全な異民族どうしの争いより、似た者どうしの争いです。同じ日本列島に1000年以上住み、同じ黄色人種、宗教も似たような自然崇拝に祖先崇拝。要するに両民族には共通点があるのです。それだけに支配者側の日本民族は、アイヌ民族に対して白人のインディアンに対する扱いほど残酷、苛烈ではなかったと思っています。
その証拠として明治政府が北海道開発の一環としてアイヌ民族の同化政策があげられます。社会には現実としてアイヌ差別はあったでしょう。しかし日本政府そのものは出来るだけ差別しない意向が強かったからこそ同化政策をとったのではないでしょうか。白人にはアメリカインディアンは徹底した差別の対象ですからインディアンの同化政策などの考えも浮かばないでしょう
わずか2万名ほどの人口を持つチェロキー族でさえ独自の文字を作りだしたにもかかわらず、アイヌ民族は、全く文字を作ろうともしませんでした。何度もいいますがアイヌの祖先の怠慢です。なぜこの怠慢を力説するかといいますと、本当はここから先もブログに書きたかったのですが、あまり長くなるようなので書くのをやめたのです。そこでここら先は書きたかったことを書きます。
人間の歴史において民族全体で間違いを起こしたり、民族全体で怠慢になることがあります。ドイツ民族全体で、ユダヤ虐殺の間違いを起こしました。アイヌ民族全体で、すぐ近くに文字を使用する日本民族が存在するのに文字の使用を怠りました。民族全体で間違いを起こすより、民族全体で怠慢になることの方が恐いのです。間違いは簡単に言えば、謝ればすむことです。しかし怠慢はその民族の命取りになりかねないからです
日本民族には、現在完全に怠慢になっている問題があります。国の安全保障の問題です。中国は核兵器所有、尖閣諸島は中国の領土と主張、日本領海内で石油の盗掘。ロシアも核兵器所有、いまだに北方四島を返還せず、自由気ままに日本漁船や船員を拿捕し、罰金を請求。北朝鮮も核兵器所有、大勢の日本人を拉致。韓国は竹島を略奪し、韓国の領土だと主張。
日本の近隣諸国がこれほど危険な国々なのに、日本は、武力放棄、戦争放棄の現行憲法も変えることもなく、自国の安全をアメリカにまかせ、いざとなればアメリカが守ってくれるという自分勝手な希望的観測にひたり、自分自身で日本を守る気概など全然なしの状態です。日本人は完全に民族全体で、自国の安全保障に全く怠慢に陥っているのです。こんなことをしているといずれ日本民族は、現在のチベットやウイグルのように衰退の道をたどるのではないかと危惧しております。
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オリンピック東京招致応援の意味

一月前ほど、NHKテレビでオリンピック東京招致の舞台裏の模様を放送していました。舞台裏の模様とは何か。東京オリンピックの世論の支持率が低い、そのために支持率をアップするための東京都広報部の奮闘振りの放送でした。
2016年のオリンピック開催を目指して、今のところ有力視されているのが、東京、アメリカのシカゴ、スペインのマドリードとブラジルのリオデジャネイロの四都市です。第一次予選では東京は一位になっています。総合力で東京が一位ですが、その四都市の中で世論のオリンピック支持率では、東京が最下位でした。
東京以外の三都市の支持率が全部70パーセント以上だったのに対して東京の支持率は59パーセントで、大分水をあけられています。オリンピック招致成功の要因には、世論の支持率が高いことが絶対条件です。従ってIOCは、候補地決定前に独自で世論の支持率調査をします。
このため東京都は、世論の支持率アップに試行錯誤をくりかえしながら支持率アップに余念がない。最近では水泳の北島選手を初め金メダル獲得選手にキャンペーン運動に参加させ、聴衆前でスピーチさせたりして、今年にはいって支持率70パーセントぐらいまで上げてきていますが、いまひとつ世論がもりあがっていないことはいなめません、
そこでさらに盛り上がらせるために計画されたのが、今月3月1日に実行されたレイボーブリッジの解放です。レインボーブリッジを開通以来初めて車の通行を禁止し、5000人を歩かせました。テレビのアナウンサーがオリンピック支持を盛り上げるための行進と説明していました。テレビのアナウンサーの説明がなければ、レイボーブリッジが歩行者天国になったとしか考えられなかったでしょう。
なぜ歩行者一人ひとりに五輪の旗と日章旗をもたせてはでに行進させなかったのでしょうか。翌日の朝刊の写真では、ただ長い行列が橋の上を行進しているだけの印象しかあたえません。あきらかに演出の失敗です。
世論のもりあがらない最大の原因は、マスコミの冷淡さにあると私はみています。また野党第一党の民主党も大変非協力的です。日本のマスコミは、日本を批判するためなら嘘をついても、夢中かつ必死になって総力をあげるくせに、日本を外国に宣伝するとなるとかいもく興味をしめさなくなる、いわゆる反日的態度をとるのを常としています。
また日本のマスコミは、石原都知事がきらいです。彼らは東京オリンピック招致を不成功に終わらせ、石原知事を批判する材料にしようとしているのではないかと勘ぐりたくなります。日頃から日本のマスコミの偏向にいらだっている私としては、余計に東京オリンピックを支持したくなります。
私が東京オリンピック支持する二つ目の理由は、国家意識再生です。現在の日本国民の国家意識は私のような保守の一部を除くと最低です。特にマスコミや左巻きの知識人の国家意識は最低中の最低だ。彼らは日本政府や日本人政治家を徹底してけなすくせに、外国政府や外国人政治家を徹底してけなしたことがない。彼らがけなす外国政府が一つだけある。それはアメリカだ。
中国、北朝鮮、韓国、ロシア、この4カ国を、一度でもいいから日本のマスコミや左巻き知識人が徹底して批判したことありますか。確か44、5年前の東京オリンピックの時には、まだ日本国民には国家意識はありました。しかし現在は最低です。今回東京オリンピック開催を勝ち取るために国民の国家意識を盛り上げようではありませんか。
テレビ番組の中で東京都広報部は、世論の支持率アップのために、オリンピックは子供に夢を与えるとか、候補都市のなかで東京都が一番少ない予算だとか、自然と共存し環境破壊がないとか、いろいろ理由をあげて、都民にアピールしていますが、そのアピールの中に国家意識をアピールする作戦が全然語られることがなかったのが不思議でなりません
オリンピック招致支持の三番目の理由は、現在の経済的閉塞感の打破です。現在は世界的に大不況です。これからますます悪くなっていくでしょう。オリンピックという大プロジェクトを獲得すれば、国民の気分を明るくする格好の材料になります。オリンピック招致決定は、今年の10月初めです。決定すればオリンピックプロジェクトが動き出します。雇用の機会が増えます。このため東京を含む4都市は、現在では立候補を決断した時以上に、オリンピック招致に熱が入っているに違いありません。
私は、東京の最大のライバルは、アメリカのシカゴだと考えています。シカゴはオバマ大統領の地元です。2014年の冬季オリンピックは、ロシアのソチに決定しました。最終招致演説には、プーチン大統領が出席し自ら招致演説してソチを獲得しています。国の最高責任者が最終招致演説をするという前例をつくりました。
私はこんどのオリンピックの最終招致演説には、オバマ大統領が乗り込んでくるだろうと予想しています。なぜならオバマはシカゴ出身、それにいまところアフリカの黒人国家には、人気があります。まさにシカゴは東京の強敵です。オリンピック招致は、もはや都市どうしの争いではありません。国家どうしの争いです。特に現状のような世界的不況の状況ではなおさらです。
日本外交でも、オリンピック委員会の各委員の出身国を調べ、日本から沢山の経済援助を受けている国があれば、東京に投票するようよびかけ、もし東京に投票しなかったら日本の援助打ち切りぐらいの脅しをかけたらどうか。
石原知事は、日本は巧緻にたけた外交戦では勝てないと公言していますが、今から東京招致失敗の場合の記者会見用のせりふを使ってどうするのかと言いたい。都民の多額の税金が使われているのです。
シカゴはオバマ大統領かついで一致団結して戦ってくるでしょう。これに対して日本も東京都、政府、マスコミ、都民・国民の一致団結が必要です。昔の東京オリンピックのように一致団結しようではありませんか。せっかく東京は予選一位で通過しているのだ、都民よ、国民よ、もっと東京オリンピックを支持しようではないか。オバマのアメリカに勝とうではないか。
私の個人的考えを言わせてもらえば、東京落選でもリオデジャネイロが勝てば納得もします、なにしろ南米でオリンピックが開かれたことがないからです。シカゴやマドリードに負けるならこれほど腹の立つ事はありません。
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アイヌ民族とアメリカ インディアン

アメリカという国は、インディアンから土地を奪い、彼らを 僻地に押し込め、黒人を奴隷にしてできあがった国だけに、多少うしろめたい気持ちがあるのでしょう。アメリカは他国の少数民族や原住民族の人権には敏感なところがあります。
数年前アメリカの週刊誌、タイムにオーストラリアの原住民族アボリジンの記事が出ていて、その中でアメリカ人はアメリカ インディアンと条約を結んだが、オーストラリア人はアボリジンと何一つ条約を結ばなかったとオーストラリア人を批判していました。
確かにアメリカ人は、インディアンと条約を結びました。結んだ条約の数は400から600と言われています。ところが条約違反が出るのはいつも白人側からであった。その理由はたいがい次の三つが原因でした。
(1)入植者が増えてもっと土地が必要になった時。
(2)インディアンを押し込めた居留地が思ったほど不毛の土地でなく、農地、鉱山その他の確保に欲しくなって インディアンが邪魔になった時。 特に居留地から金や石油がでたらたちまち条約はほごになってしまった。
(3)決められた居留地に大陸横断鉄道が通過することになった時。
だからタイムの記者がアメリカ人は インディアンと条約を結んだなどと自慢げに語ることはできないのです。 多分学校ではインディアンと結んだ条約がその後どうなったのか教えなかったのでしょう。
これも数年前のタイムの記事ですが、アイヌの人々がいかに日本人に差別されてきたか、そしていまなお差別されているかくわしく取り上げ、その中で日本人の観光客が、アイヌ記念博物館に訪れたとき、博物館内を説明するアイヌ人が靴をはき日本語を話すのを聞いてびっくりしていたと書いてありました。
いまどきの日本人は、日本にいるアイヌの人が靴をはき、日本語を話すのはあたりまえと思っています。それを驚くというのは日本人ではないと断言できるくらいです。タイムのアイヌ差別記事は、言外にアメリカ人がインディアンにしたようなことを日本人もアイヌの人にしているではないかという意味が含まれていました。
日本人とアイヌ人、アメリカ人とインディアンは、決して同列に扱えません。一番大きな理由は、日本人とアイヌ人との接触の古さです。日本民族とアイヌ民族は、いつ、どこで最初に接触したのか古すぎて誰も正確なことはわかりません。
古くは4世紀前半ごろ在位したとみられる景行天皇の息子がアイヌ討伐に遠征したという伝承があります。この頃日本はまだ文字があまり普及していなかったと考えられています。 実在のはっきりした天皇でアイヌ征伐に遠征軍を派遣したのは斉明天皇です。西暦658年の時です。いまからおよそ1350年前のことです。
この頃の日本は文字が充分に普及していました。なぜここで文字のことを振れるかというとアイヌは、アメリカン インディアンと同じ文字を持たない民族だからです。
日本民族とアイヌ民族の最大の戦争が8世紀末から9世紀初めにかけて行われました。第一回目の日本軍が788年に現在の岩手県を根城にしているアイヌ民族を征伐するために派遣された。 アイヌ軍の総大将ともいうべきアテルイにゲリラ戦に持ち込まれ大敗を喫してすごすごと京都に引き返しています。
第二回目は794年に十万という大遠征軍が派遣されました。この時有名な坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)は副将軍として参加しています。 今度は負け戦ではなかったもののアイヌ軍を降伏させることができなかった。日本政府はすぐに三回目の派遣準備にとりかかり、797年に坂上田村麻呂を征夷大将軍に抜擢しました。
801年彼は天皇により節刀を授与され派遣されました。節刀とは、古代、天皇が出征する将軍に全権を委任するしるしとした刀のことです。 802年ついにアイヌ軍を降伏させることができたのです。彼はアイヌ軍の総大将アテルイを捕虜にして京都に凱旋した。
日本民族とアイヌ民族は、お互い文字を持たない時代から日本列島で接触していたと考えられているのに、なぜこの時代で両民族の大差ができてしまったのか。 その原因は一言で言えば、文明の発達の差です。日本は先の三回の遠征軍で見せたように10万の大軍を派遣できる経済的余力もあれば、その大軍を動かす政治力も組織力もあった。
これは完成された国家があってはじめてできることです。ところがアイヌは、まだ部族どうしばらばらで国家といえる体制ではなかったと言われています。それではなぜ同じ日本列島に存在する両民族に文明度の発達に差が出たのでしょうか。
日本民族は昔から新しい文明に対する進取の気性に富むのに対し、アイヌ民族は、自分たちの生き方にこだわるあまり文明に背を向けたと考えられます。 日本民族は漢字が中国から輸入されると、その漢字を使いこなし、ひらがな、カタカナを作り出していきました。6,7,8世紀は中国の隋、唐の国家の時代です。その当時両国の文化は、日本より圧倒的に高かった。そのため日本政府は莫大な費用をかけて遣隋使と遣唐使を派遣しました。
役人、留学生、僧侶たちが両国の文化、文明を学ぶために派遣されていきました。遣唐使など十数回、総勢500人は派遣されたと言われます。当時の造船技術では、いくら近いとはいえ命がけの面がありました。当時の日本人の気概が伝わってきます。
これに反しアイヌ民族は、彼らと同じように文字を使用しなかった日本民族が文字を使い出し、日本の文明がどんどん発達していくのを横目に身ながらほとんど日本からなにも学ばなかったのではないでしょうか。 それでも先の三回の戦いで善戦できたのも、その時まだ文明にそれほど大きな差がなかったからだと想像できます。
しかしそれ以後は、文明の差どんどん大きくなっていったと思われます。明治の時代になって日本政府は、明治2年(1869)蝦夷地を北海道という名前に変え、本格的に北海道開発にのりだしたのですが、この時代になってもアイヌ民族は、文字を使用していません。
5世紀には日本政府は完全に文字を使いこなしていたと考えられていますから、19世紀に蝦夷地が北海道という名前になるまでおよそ1400年間、アイヌ民族は、文明発達の基礎になる文字の使用ということを日本民族から学びとろうとしなかったのです。 これは全く理解できない不思議な現象で、日本列島という小さな島だけにアイヌ民族の怠慢と言っていいのではないでしょうか。
アイヌ民族は、同じ日本列島に住み、彼らより文明水準の高い日本からほとんど何も学ぶことなく、民族全体で文明の発達に背を向けて1400年間も暮らし続けてきたのではないでしょうか。 そのためアイヌ民族は、結果として自ら滅びる道を選び自然淘汰に近い形で民族の末路を迎えてしまったといえます
この狭い日本列島で大昔にらみあった二つの民族は、一方は貪欲なまでに新しい文明を吸収し、片方は文明の発達をほとんど無視してきたということが、現在の日本人とアイヌ人の差になっていると言えます。
明治の初めに日本政府が北海道開発に乗り出した時、政府は生存するアイヌの人たちを日本人にするための同化策をとりました。 同化策の中には開墾するアイヌ人には住居や農具を支給するから、死者が出た時には家を焼き払って転居しないこと、これからうまれる女の子には入れ墨をしないこと、男子は耳輪をしないこと、日本語を学ぶのはむろん文字も学ぶこと、アイヌの人口の多いい所ではアイヌ人専用の小学校が作られたことなど色々あります。
現在は少数民族の人権が強調される時代ですから、時流に乗り遅れるなとばかりに、この同化策そのものを批判する日本人が多いいのです。 確かに同化策の細部には批判されてもしかたのない面もあります。 例えば開墾地を支給する場合日本人に与える土地の方が広いということなどです。
しかし同化策そのものを私は明治政府を批判する気にはなりません。まず考えなければならないのは、その頃の日本経済です。明治時代全体で言えることは日本の貧しさです。特に明治の初めは、近代国家が出来たばかり明治時代のなかでも特に貧しいと言っていいでしょう。
ましてや未開地の北海道のことです。特に内地からやってきた日本人開拓民など極貧状態のようなものです。 そういうところで少数民族をほったらかしにしておくと多数民族の餌食になってしまうのです。これは北海道だけの話でなく世界共通のことです。だからアイヌ人を保護するために政府の力が必要なのです。
アイヌ人を保護するための政策といったら二つしかありません。一つはアメリカ インディアンのように居留地を設けそこに押し込めてしまうことです。二つ目が同化策です。同化政策そのものを人権無視と主張する人は、明治の初めごろ北海道の状況を考えてアイヌ民族を保護するにはどんな現実的な政策があったか提言してもらいたいものです。
現在のような人権意識が過剰とも言える現在の価値観で、人権意識がほとんどなかった明治時代を批判し、裁くことは、現在の価値観で大東亜戦争を裁いているのと全く同じ現象です。日本の左翼の知識人にはこういうバカが多すぎます。
現存するアイヌの人たちには酷な言い方であることを充分承知のうえで、私は言いたいのです。アイヌ民族の祖先の人たちは、すぐれた文明を吸収する努力を完全に怠ってきた。これではアイヌ民族みずから自滅の道をたどる原因を作ったと言えるのではないでしょうか。
アイヌ民族が日本民族と同じようにすぐれた文明をどんよくなまでに吸収していたら、それこそ日本列島の支配権をめぐって熾烈な戦いが続いたでしょうし、ひょっとしたら日本列島は南北二つの国にわかれる可能性すらあったのではないでしょうか。
アイヌ民族は自ら身を滅ぼす原因を作ってしまったと考えられるのに対しアメリカイ ンディアンやオーストラリアのアボリジンは、他の大陸からやってきた白人によって強制的に民族絶滅の危機にさらされ、オーストラリアのタスマニア島のタスマニア人は、皆殺しにあい絶滅されてしまっています。
アメリカ人やオーストラリア人に、アイヌ民族について日本を批判する資格など全然ないのです。
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