Archive for 8月, 2009

蒙古襲来と天皇制



日本史上初の武家政治が行われていた鎌倉時代、その末期にこれまた日本史上初の国家的危機に見舞われた。それは蒙古軍による二度の日本侵略攻撃でした。蒙古とは13世紀にジンギス・ハーンが建国したモンゴル帝国のことです。そのジンギス・ハーンの孫、フビライ・ハーンは、1271年国名に「元(げん)」という名前つけ、1279年に中国全土を完全に支配した。
フビライが国名を「元」にしたのはモンゴル帝国全体を「元」にしたのではありません。フビライ家の領有地を「元」にしたのです。ユーラシア大陸の各地にもジンギス・ハーン家の親族の国家がいくつかありました。キプチャク・ハン国、イル・ハン国、チャガタイ・ハン国、オゴタイ・ハン国がそうです。これらの国全体がモンゴル帝国だったのです。
フビライはその在世中にモンゴリア、満州、中国を中心とし、チベット、高麗(当時朝鮮は高麗王朝時代であった)を属国として元朝最大の領土を支配した。
そのフビライは1274年モンゴル軍15,000、高麗軍6,000、艦船900艘で日本侵略攻撃を開始した。壱岐、対馬といった島は完全に蒙古軍に攻略され、九州の博多湾付近から上陸を始めた。
迎え打つ日本軍は大苦戦を強いられ夜を迎えたのですが、優勢に戦いを進めてきた蒙古軍は、夜になるとどういうわけかほとんどの兵士を軍船に引揚げてしまったのです。これが蒙古軍の命取りになった。その夜台風にも似た大嵐になってしまったのです。翌朝沖をみれば、900艘と言われた蒙古の軍船がまるで一夜でかき消されたように見えなくなっていた。侵略攻撃は失敗に終わった。
フビライは、二度目の侵略攻撃を準備しました。そして1281年今度は最初の攻撃規模を上回る、元、高麗連合軍14万、艦船4400艘で日本侵略に撃って出たのです。ところが今度も博多湾付近で台風にあい、上陸作戦も敢行できずに壊滅的な打撃を受け侵略攻撃は失敗してしまったのです。
この二度の攻撃の時には、京都の朝廷は無論のこと、鎌倉幕府のある鎌倉各地の大きな神社やお寺では、蒙古軍を降伏させる祈祷、祈願の行事を何回とくりかえし行っています。祈祷、祈願は当時の朝廷、神社仏閣の大変重要な行事でもあった。それだけに当時の人たちは祈祷、祈願の効果を信じていたのでしょう。祈祷、祈願する時、祈願文を捧げるのですが、その祈願文の内容は、現代ですと恐らく日本軍がモンゴル軍を打ち負かすようにというような内容になるかと思うのですが、そのような内容のものではなかったのです。
当時の祈願分には、神の力で敵を降伏させてくれという、より妖術的な面が強調されていた。奈良西大寺(さいだいじ)の思円上人叡尊(しえんじょうにん・えいそん)のお祈りの言葉の一部があるので参考に紹介しましょう。
「異国来襲して貴賎男女すべて嘆き悲しんでおります。もはや神明もこの神国をほろぼし、仏陀も見捨てたもうたのでありましょうか。たとえ皇運は末になり正道の誠なくとも、他国よりはわが国、他人よりはわれらを神仏はどうして捨てさせたもうでしょうか、昔、八万台菩薩が、{天皇の勢い衰え人民の力がなくなったときこそ}と誓わせたもうたのも、実にいまこのときのためでありましょう。そもそも異国とわが国土とくらぶれば、蒙古は犬の子孫、日本は神の末裔、かれらはすでに他国の財宝を奪い、人民の寿命をほろぼす殺到非道の輩であります。
我が国が仏法を守り神祇(じんぎ)をうやまい、正理を好む国であるからには、かならずや仏陀も知見したまい、神々も照覧したもうはずであります」
「蒙古は犬の子孫、日本は神の末裔」と主張しています。当時、犬が嫌われていたことがわかります。「犬畜生」という言葉がありますが、言葉の由来は相当ふるいのかもしれません。とにかく当時の人々は、神国日本が蒙古に征服されてしまうという恐れで必死の思いで祈祷、祈願したのです。その結果二度も台風が吹いて、蒙古軍の軍船を壊滅させてしまったのですから、祈祷、祈願が成功したことになりました。
これを当時の人々が神が吹かせた風、「神風」と呼んだのも当然だと思います。こうして『神風が吹く』という縁起の良い言葉が後世まで残りました。大東亜戦争末期、特攻隊にこの縁起の良い「神風」の名前つけて神風特攻隊と称したのです。神風がふくどころか日本の大敗でした。しかし神風特攻隊は、アメリカ兵に強烈な印象をあたえたのでしょう、戦後神風は英語になり、kamikazeとして英語の辞書に載っています。
いまさらこんなことを言うと、当時の人々には、気の毒なのですが、蒙古軍に一時的にも日本列島が征服され、日本国民が痛い目に会う経験をしていたら、日本国民は日本列島の防衛に関してもっと敏感な民族になっていることにはまちがいないでしょう。
ところでフビライは、なぜ日本を侵略しようとしたのでしょうか。それはフビライ本人に聞かないとはっきりした理由がわからないとされています。しかしその理由が想像できる古い本があります。それはマルコ・ポーロが書いた「東方見聞録」です。この本は、日本という国をヨーロッパ人に初めて紹介したことで有名です。
マルコ・ポーロはヴェネツィア生まれのイタリア人商人で父と叔父と共に1271年陸路中国へ旅立ちした。1275年にフビライに謁見することができたのです。ちょうどこの時は、フビライの最初の日本攻撃が失敗した翌年でした。マルコ・ポーロは、フビライに気に入られたのでしょう。彼は元朝の宮廷に仕え優遇された。そして中国に滞在すること17年、帰国の時にはインド沿岸の船旅を重ねて1295年にヴェネツィアに帰国した。帰国後彼の著書「東方見聞録」は、初めて極東の事情を西欧に伝えたものとして有名になりました。その中で日本をジパングと呼んでこのように紹介しています。
「ジパングはマンジ(中国の中南部をさす)から東方1500マイルはなれた太平洋のなかの島で、はなはだ大きな島である。住民は色が白く、開化していて顔立ちもすぐれている。彼らは偶像崇拝者で、かつ誰にも従属していない。
彼らのもつ黄金は無限であると言えるが、それは自分らで金を産し、国王がその輸出を許可しないからである。のみならず大陸から大変遠いためこの国に訪れる商人もほとんどなく、かくて彼らの金の保有量ははかりしれないほどである。
私は諸君に、その島の宮殿について驚くべき事実をお話したいと思う。島主は壮大な宮殿を持っているが、その屋根はすべて純金であって、あたかも我々の教会の屋根が鉛で葺かれていると同様で、その価値はいくらともはかりしれないものがある。
そのうえ宮殿の舗装や各室の床はすべて金で、板石のように敷かれており、それも指二本の厚さはじゅうぶんある。窓もまた金でできており、したがってこの宮殿の富はとても信じられぬほどのものである。
彼らはまた豊富な真珠を持っている。その色はバラ色で、しかも立派で大きくまるく、白色真珠と同じくらい高価なものである。この島では死者は埋葬もしくは火葬にするが、火葬の場合にはこういう真珠一粒を死者の口の中にふくませる風習がある。その他に他の宝石類もすこぶる豊富である」
この記事に続いてマルコ・ポーロは、いまの大ハーンのフビライがジパングのこのすばらしい富を入手する計画を立てて軍勢を送ったが、嵐にあって失敗したことを述べています。
当時日本は確かに比較的産金量が多かったのは事実ですが、この日本に関する記述は、ほとんど伝聞の寄せ集めのような感じがする。従ってフビライが日本の財宝を手に入れるために軍隊を派遣したというのは、とても信頼できないとされています。
ここで私は、特に現在の日本の歴史家に苦言を呈したい。歴史を学ぶあるいは語るとは、現代の目で過去をみることではありません。大東亜戦争を批判する歴史家や知識人は、ほとんどが現代の目で判断して日本を批判しているのです。歴史とは、例えば64年前の大東亜戦争を当時の人たちがどう見ていたか学ぶことなのです。
「東方見聞録」は「ほとんど伝聞の寄せ集め」と言っていますが、それは現在の知識から判断した場合で、当時では真実と受け止められたことは充分予測できます。コロンブスは、マルコ・ポーロの「東方見聞録」を頼りに大西洋回りでインドへ向かい、インドから日本へ向かうはずだったのです。ところがアメリカ大陸海域の島々に到着しインドに到着したと勘違いしていたことでも、「東方見聞録」が真実と思われていた証拠でしょう。
ところでマルコ・ポーロは、日本の情報をどこで手にいれたでしょうか。マルコはフビライに優遇され元の宮廷に仕えていたから、元朝の役人から得ていたことは充分に想像できます。マルコが元の到着する前年にフビライは第一回目の日本侵略攻撃に失敗しています。その話は当然元朝の役人から聞いているでしょうし、あるいはフビライ本人から直接聞いているかもしれません。
「日本の財宝を手にいれるために軍隊を派遣した」と書いていますから、元朝の役人も、フビライも日本についてはあの程度の智識しかもちあわせていなかったのでしょう。またモンゴル軍(遊牧民族)の戦争文化は、略奪です。まさにフビライは日本の財宝を手に入れるために日本を侵略しようとしたのだと思います。
ところでここ数十年、朝鮮(韓国と北朝鮮)は、日本が朝鮮を植民地にしたと日本批判にあけくれています。ところが朝鮮は蒙古軍によって国土は数十年にわたって蹂躙され、特に1254年から6年間にわたる蒙古軍の侵略はすさまじいものがありました。
「高麗史」は、「この年蒙古兵の捕虜になった者、男女およそ20万6千8百人、殺された者あまり数が多すぎて数えることができず。蒙古兵の通る所すべて灰儘に帰す。蒙古兵が侵略して以来、この時ほど悲惨な目にあったことはない」と記しているほどです。あげくのはてに高麗王朝は、元の属国になってしまい、高麗王朝の王は、王妃に元(げん)の皇帝の娘を迎えねばならなくなったのです。実に屈辱意的なことです。それが5代も続いたのです。
もし蒙古軍が台風に襲われなかったら、当時の日本の皇室も高麗王朝と同じ運命が待ち構えていたでしょう。いずれ現在の皇室は、中国から難問を突きつけられるでしょう。話はとんでもない方向に飛びますが、民主党政権が誕生し、長期政権ともなれば、間違いなく日本政府の中国傾斜が深まります。このまま中国の崩壊もなく、日本の憲法も改正もされず、自衛隊が軍隊に変わることもなければ、いずれ日本は、中国の属国になるでしょう。その時の日本の政権担当者は日本共産党になっているでしょう。中国は日本に皇室の廃止をせまるでしょう。その理由は、二つあります。
1.共産主義と皇室とは相容れない。
2.日本人が天皇の下に一致団結するのを恐れる。
日本国民は、必死の願いで皇室維持を訴えます。その時中国政府は、天皇陛下のお妃に中国人国籍の女性をめとることを要求するでしょう。あの中国民族なら必ず要求するとみています。
その時日本民族は、二つの意見に別れます。中国人女性をめとって天皇制維持派、日本の皇室に御妃として中国人女性が入り込むのは絶対反対、そのため天皇家をアメリカに亡命させる。皆さんはどちらを選びますか。ちょっと真剣に考えてみてください。現在の日本の情勢を考えると、こんな事態がおこらないことを願うばかりですが、絶対に起こりえないとは言えなくなっているのです。

Comments (6)

怒りを感じる「戦後日本の平和の尊さ」

先週のブログで『聞きあきた「核兵器廃絶」』というタイトルで書きましたが、今回の言葉「戦後日本の平和の尊さ」あるいは「平和の尊さ」もこの8月になると頻繁に聞かされる言葉です。私はこの言葉にも聞き飽きたと同時に非常な怒りを感じるのです。戦後の日本についてNHKやマスコミがあまりにも頻繁に「戦後日本の平和の尊さ」という言葉を使用するので、一般国民は無意識のうちにこの言葉に洗脳され、被爆者や戦争犠牲者でさえ軽々しく「戦後日本の平和の尊さ」という言葉を平気で使用するのです。戦後の日本は現在まで、「平和の尊さ」などと力説されるほど平和なのでしょうか。
敗戦直後から6年10ヶ月の間、日本はアメリカ占領軍に支配されていました。日本史上初めての異民族による日本列島完全支配です。まさに日本民族にとって暗黒の時代ではないのですか。その上北方四島はソ連によって略奪され、そのソ連は、戦後60万人の日本兵および民間人を強制抑留し、強制労働を強いた。戦後何年経っても日本人抑留者全員をなかなか帰国させず、そのため大変な数の犠牲者が出ました。北方四島にいたっては、略奪されたまま現在にいたっている状態です。
昭和27(1952)年4月に日本は、独立を回復するのですが、その直前の1月18日、韓国の李承晩(リショウバン)大統領は、竹島を略奪するため突然、日本海に国際法無視の李承晩(リショウバン)ラインと呼ばれる線引きしたのです。分かり易く言えば日本海に線を引いて、線のこっち方は韓国の領海、線の向こう方は日本の領海と主張したのです。竹島は韓国領海内になったのです。いままで公海だった場所ですから多くの日本漁民が漁をしていた場所が韓国の領海に突然になってしまったのです。韓国は実力行使に出ました。李承晩ライン以内に入ってくる日本漁船を拿捕、日本漁民を強制抑留し、逃げる日本漁船には銃撃を浴びせ日本漁民を殺した。アメリカ占領軍に支配されている日本はなすすべがありません。4月に日本が独立を回復しても、弱小国日本は、アメリカに頼らざるを得ません。日米両国が韓国政府に抗議するのですが、李承晩大統領は、頑として応じません。
李承晩大統領の頑固さに業を煮やしたアメリカは、昭和40(1965)年、佐世保駐在のアメリカ海軍司令官、グリッチ少将が李承晩大統領と会見、その結果李承晩は遺憾の意を表し、抑留者を釈放。その年に日韓漁業協定が成立。李承晩ラインの廃止が決定。竹島は日本に戻らずそのまま。李承晩ラインが存在していたこの13年間に韓国軍によって拿捕された日本漁船:328艘、日本漁民抑留者:3929人、日本漁民死者:44人。
さらに日本人抑留者の返還と引き換えに日本の刑務所に収監されていた在日韓国人犯罪者、472人を刑務所から放免し、在留特別許可書を与えたのです。屈辱的協定書の成立です。ついでに言っておきますが、この李承晩ラインのことを韓国は、なんと呼んでいたか知っていますか。「平和ライン」と呼んでいたのです。落ち目になった日本を完全になめきった態度です。日本が独立を回復する直前3ヶ月前に竹島が韓国に奪われたのに、なぜ当時の吉田首相は、独立回復と同時にアメリカ製憲法を廃棄、軍隊の復活をしなかったのか吉田首相の罪は重い。竹島が韓国に占領されているにもかかわらず、日韓親善に励む日本人よ、あなたがたはこの事実を知っているのですか。
日韓の間で竹島問題が浮上する度に、なぜ日本のマスコミは、こういう背景を国民に繰り返し伝えないのか。政治家の中にはこういう事実があったことさえ知らない人が多いのではないか。若い人に聞いてもらいたいことがあります。日本のマスコミや反日日本人知識人は、日本人が外国人に悲惨な目に会わされた事実が沢山ありながら、絶対に国民に伝えようとしないのだ。そして日本人が外国人にした悪行は、針小棒大に伝え、あるいは捏造までして日本人を貶めているのです。
これは日本人としてではなく、人間としてじつに卑劣な行為を平然としている憎むべき人間です。こうしてまた北方四島だけでなく、竹島まで失う羽目になったのです。その他にも昭和25(1950)年以降ソ連が崩壊した平成3(1991)年までにソ連が日本漁船に銃撃したケースが40件、最近では平成18(2006)年には、ロシア海軍の銃撃で日本漁船員が殺されてさえいるのだ。これで日本は、「戦後日本の平和の尊さ」などを実感できる国なのでしようか?
昭和33(1958)年、終戦前後のどさくさにソ連軍によって強制抑留され、強制労働を強いられた60万人の最後の抑留者、472人が最後の引き揚げ船、白山丸で帰国しました。極寒の中の重労働、乏しい食事で、60万人のうち5万人から7万人が極寒の地で死んだと言われています。ソ連から抑留者が何年か、何ヶ月かの間隔をおいてソ連から帰国していましたが、この472人が最後の帰国者になったのです。彼らは戦後12年間も抑留され、強制労働させられ続けた、それでも帰国できただけが不幸中の幸いになってしまったのです。
最後の抑留者が戦後も12年間抑留されたということは、戦後12年間の間にシベリアやその他の極寒の地で死んだ日本人抑留者が5万人から7万にも出たということです。しかも死亡者の身元がわかっているのが、わずか2千数百名、残りは身元がわからずにシベリアの凍土の中に埋もれているのだ。これでも「戦後日本の平和の尊さ」なのでしょうか。
李承晩ラインの問題解決後、わずか12年後の昭和52(1977)年に横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたのだ。現在政府認定の拉致被害者17人、その他に北朝鮮に拉致されたと思われる人が200人を超えています。それに対して日本政府はなにもできない。現在では日本の上空は、北朝鮮のミサイル実験場になってしまった。さらに日本はまた日本の領土である島を失いかけているのだ。中国が領有権を主張する尖閣諸島です。今では日本の島なのに、日本人の釣り人でさえ尖閣諸島に自由に上陸さえできないのだ。これで「戦後日本の平和の尊さ」などとよくぬけぬけと言えるものです。
日本の領土である数々の島が外国に占領され、その上尖閣諸島を失いかけている、拉致問題は未解決、北朝鮮の核実験など、戦後日本が平和だった時期は一度もありません。戦争がなかっただけです。その戦争がなかったのは、日本が自分の領土を奪い返す武力がなかったからです。日本の領土の一寸たりとも外国に占領されず、自分の国は自分で守れる軍隊があって、初めて平和な国と言えるのではないのですか。
なにがなんでも絶対に戦争すべきでないと主張する人に聞きたい、平和を維持するために、竹島みたいに例え日本の領土である島を取られても戦争すべきではないのですか。韓国は、今度は対馬を狙っています。中国は尖閣諸島を狙っています。戦争さえなければいいと、次々と日本の島が奪われていってもかまわない、同じ日本民族が何人犠牲になろうとも、自分自身でなければ、それを平和と呼ぶのですか。
竹島がどういう事情の下に失っていったかこれで分かった人もいると思います。私には実行していることがあります。韓国が竹島を占領している限り、私はいくらウォンが安くても韓国へは旅行に行きません、韓国映画も韓国製テレビドラマも見ません、韓国料理も食べません、韓国製品も買いません。日韓親善などもってのほかです。このことは以前のブログにも書いております。皆さんもぜひ私のしている事をまねしてほしいのです。日本人一人一人の心意気を見せようではありませんか。
自分の国の領土である島を占領している国と、友好親善関係を結ぼうとしている民族など日本以外にどこもいません。日本人として屈辱を感じないのですか。あまりにも卑屈すぎます。

Comments (8)

聞きあきた「核兵器廃絶」

毎年8月になると、「核兵器廃絶」という言葉が氾濫します。別に8月だけに使われる言葉でなく1年中使われている言葉ですが、8月に集中します。その理由はいまさらここに書くまでもなく皆さんよくご存知のはずです。特に今年は、オバマ大統領が、訪問中のヨーロッパのどこかの国で、「核兵器廃絶」を訴えたというので、日本の左翼は、いまにも「核兵器廃絶」へむけての世界の流れができたといわんばかり大はしゃぎしています。しかし私のような年齢にとっては、「核兵器廃絶」などという言葉は、聞き飽きるほど聞かされた言葉で、いまではもううんざりするほどです。
終戦直前に原子爆弾が投下され、その後すぐに原爆より威力のある水素爆弾が作られるようになり、さらに水素爆弾より強力な爆弾、それらを総称して核兵器とよばれるようになりました。日本は世界で唯一の被爆国ですから、昭和29(1954)年に「原水爆禁止日本協議会」(原水協)が設立されたのは当然の勢いでしょう。原水爆禁止が、日本の悲願になったのです。以来50年間、私は原水爆禁止運動の推移を見てきました、私には被爆者、原水爆禁止運動に携わる人たち、そして日本国民全体が、真に核廃絶を望んでいるのかどうか疑わしくなってきたのです。
まず戦後米ソの核開発競争が激化し核実験が多く行われるようになりました。そのような状勢の時、日本共産党は、ソ連の核実験は平和目的のものであり、アメリカの核実験は戦争目的のためだと主張しだしたのです。この主張に頭に来たのは、現在の民社党の前身、社会党です。結局「原水爆禁止日本協議会」(原水協)から社会党の連中やその支持者が抜け出し「原水爆禁止日本国民会議」(原水禁)を組織したのです。そしていまだにこの二つの組織が存在しているのです。いかに馬鹿げたことをしていたか、皆さんお分かりだと思います。
(原水協)のホームペイジ見ると、昔はソ連の核実験は平和のため、アメリカの核実験は戦争のためと主張していましたなどとはこれぽっちも書いていません。要するに私は何を言いたいかというと、(原水協)、(原水禁)も被爆者もその他の全日本国民も、核兵器廃絶を口先だけの主張と毎年8月になると原爆慰霊祭を営むだけで、あとはほとんどなにもしていないことです。
私たち日本人は、毎年、夏に原爆慰霊祭を華々しく開き、核兵器廃絶を訴えて日本人自身を誤魔化しているのです。一つ断っておきますが、私は毎年原爆慰霊祭を行うことには反対ではありません、大賛成です。原爆犠牲者の慰霊の前で、冥福を祈り、核兵器廃絶を願い、二度と日本人が原爆の犠牲者にならないようにお祈りする。これも大切な行事です。ところが日本人は、この情緒的な儀礼式をあげるだけで終わってしまっているのです。原爆被害者は、「こんな苦しみは私たちだけでいい、次世代の人々には、味合わせたくない」とよく言います。
核兵器廃絶を訴えるだけでなく、日本国民が二度と原爆の被害をあわないようにするには、どうすればよいかとなぜ考えないのでしょうか。日本民族が二度と原爆被害にあわないようにするには、二つの方法しかありません。一つは、今度どこかの外国が日本本土に原爆を落としたら、その数倍の原爆を落とせるよう軍事力の強化、あるいは日本人全人口を分散してでも避難できる巨大な核シェルターの開発です。両方とも大変な困難を伴います。慰霊祭をやって核兵器廃絶を訴えている方が楽だから慰霊祭だけ行っているのではないでしょうか。
日本人が核兵器廃絶を訴えながら、本心は核兵器廃絶に無頓着である事を示す象徴的なことを二つ書きます。
1.南太平洋ムルロワ環礁でのフランスの核実験
平成7(1995)年フランスが南太平洋のムルロア環礁での核実験実行を発表しました。その時世界中から反対が出たが、フランスは核実験を強行した。この時オランダのアムステルダムに本拠を持つ世界三大環境団体の一つ、グリーンピースの活躍が目立った。日本の捕鯨調査船を邪魔するにくらしいグリーピースです。グリーンピースは総力をあげて抗議活動、抗議船四艘、高速ゴムーボート10数艘、グリーピース号搭載のヘリコプター、また各国からかけつけた百艘を超える「平和船団」。特にグリーピースは、フランスが示した禁止区域の海上の乗り入れ少しでも邪魔をして核実験をさせまいとフランス艦船とまるで鬼ごっこです。
ムルロア環礁に近いオーストラリアやニュージーランドのフランスへの反発も半端なものじゃありません。フランス航空機には、給油しない、フランスからの郵便は配達しないなどなど。常々核兵器廃絶を訴えている日本は、この時グリンピースのような行動をとって当然です。ところがこの時日本は、なにをしたか。タヒチに海外14カ国から国会議員や民間人が沢山集まってきました。この時日本は国会議員数名と民間人あわせて200名ぐらいがタヒチにやってきただけです。一番楽で安全な反対行動です。
この時日本国内では、大相撲パリ場所が開かれる予定でしたが、核実験に反対してキャンセルの声があがりましたが、契約はキャンセルするわけにかないと予定どおり実施。フランス製ワインや高級ブランド品の不買運動の話が持ち上がりましたが、その計画も立ち消え。結局国内で反対活動したのが、被爆者などが広島で抗議の座り込みストをしただけ。東京のフランス大使館への抗議デモもなし。オーストラリアやニュージーランドのように激しい反対の示威行動は全くなかった。
要するに日本国民は、核実験反対、核兵器廃絶など毎年夏になると特に声だかに叫ぶが、原爆慰霊祭と同じで年中行事みたいなもので、いざ反対行動を起こせというとなにも起こせないし、本心は起こすほどの関心もないのだ。私に言わせれば、この時のグリーピースの海上での抗議行動力はりっぱなものだ。これ以後核実験が、地上や海上できなくなり、地下核実験に移行せざるを得なくなったのもグリーンピースの抗議行動が大きく影響していると思います。その後陸上で秘密裏に核実験してきたのが中国です。
これは余談になりますが、私はこの時のグリンピースの行動に好印象をもったのでグリンピース日本が設立された時、会員になりました。しかしすぐに退会しました。日本の捕鯨調査船に反対したからです。スペインの闘牛に反対せず、日本の捕鯨調査船に反対するのは、彼らの文化を日本におしつけるのも同然だからです。彼らにはこういう傲慢なところがある。しかし彼らは決しておままごとをしているわけではない。彼らなりの主張と信条に基づいて行動しているのだ。だから迎える日本は、真剣勝負でいどまなきゃだめです。捕鯨調査船に自衛艦をはりつかせ、法律規定内の抗議なら堂々と認め、もし違法行為があれば即座に逮捕し、日本に連れ戻し、ブタ箱ぶち込み裁判にかけることです。いまの日本には官も民も気概のある人間が極端に少なすぎるのです。
2.核シェルター
核シェルターというのは、わかりやすく言えば、戦争中の防空壕を超ハイテック化したものと言えるかもしれません。核兵器が投下されるとものすごい量の放射能が地上に排出されます。もちろん人間は生きてゆけません。そこで放射能の侵入を一切ゆるさない分厚いコンクリートの部屋の中で生活できるようにしてあるシェルターのことです。数ヶ月間一歩も外に出ることなく生活できます。放射能は、日数が経つと放射能は自然目減りします、とくに雨に当たったりする目減りが激しいと言われています。外の放射能レベルがさがって生活できるようになるとシェルターから出て暮らすのです。
小泉元総理がフィンランド訪問時、ヘルシンキ市内の核シェルターを見学した。地価50メートル下にある司令室で24時間体制の危機管理を行っているのです。ヘルシンキ市内には、このような核シェルターが56箇所あり、合計80万人が避難生活できるというのです。核シェルター一基あたり1万4千強の人たちが生活できるということになります。スイスでは新築の家には必ず核シェルターを設置することが法律で義務づけられています。従って現在のスイスの人口700万あまりですが、全国民を収容してもあまりあるほどに核シェルターがスイス中に作られているのです。
この話を聞いて読者の皆さんは、不思議に思いませんか。日本は原爆2発投下されて30万人あまりが即死、その後の原爆による後遺症に悩まされ続けていまだに悲惨な目にあっているのです。二度と日本民族はあのような体験をさせてはいけない、これは日本民族の悲願なのではないですか。それには、先ほど触れましたように、こんど日本に原爆を投下しようものなら倍返しをしてやるほどの軍事力を強化し、優秀な核兵器を開発すべき努力する、と同時に核シェルターを日本中に建設し、いざとなれば一億2千万人全員核シェルターに非難させる、これが理想の核兵器対策でしょう。ところが日本は、そのどちらの政策も採用しようとしないのだ。
戦後直後は、核兵器所有国は、米ソの二大国でした。それが時代を経るにつれて増えつづけ、今では英、仏、中国、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の九カ国になりました。そのうちの三カ国、ソ連、中国、北朝鮮は、日本の近隣諸国です。日本中に核シェルターを備えるのは急務じゃないのですか。直接の被害者である被爆者は、こんな体験は私たちだけでいいと言いながら、次の世代の日本人にはそんな目にあわないように核シェルターを備えてやってくださいと政府に要求もしないのです。「原水協」や「原水禁」の人たちも、野党、与党も、そして日本国民も核シェルターを備えろと要求しないのです。専守防衛が日本の国是なら、核シェルターほど最適なものはないはずです。
今月、広島で被爆者代表が鳩山由紀夫を会いました。被爆者代表者は、鳩山に日本の国是である非核三原則、(持たず、作らず、持ち込まず)を法制化してくれるよう頼み込んでいました。法制化すれば、核攻撃を受けないだろうと思うこのお目出度さ、九条を固守すれば平和が続くと思う、お目出度さ共通のものがあります。私に言わせれば、比較三原則の法制化より一日も早い核シェルターの建設を要求する方が先決でしょう。
多分20年ぐらい前だったでしょう。その頃私はドイツの会社に勤めていました。その時ドイツ製の核シェルターを日本に売り込んだらどうか討議しました。ドイツ製の核シェルターは、個人住宅向けでした。新築の家を建てる時に地下に核シェルターを備え、その上に住宅を建てることでした。今でもそうだと思いますが、当時は日本で一戸建ての家を建てることは、サラリーマンにとって経済的に一生に一度の大仕事です。その時に坪あたりが家より高くつく核シェルターを備える経済的余裕はないだろうということで、ドイツ製の核シェルターの日本への売り込みをあきらめた経験があります。あの時日本には核シェルターのメーカーはなかったと思います。
それが20年後の現在、スイスでは全国民が核シェルターに避難できるほど実用化されていると聞くと、さすがに永世中立を国策としてきたスイス国民のすごさがわかりますね。現在、日本にはメーカーがあるのかネットで調べたらいくつかあるのです。安藤建設というのが、ネットでわが社の目標は、一億二千万人の日本人口全部を避難できる核シェルターを日本中に作ることだと宣伝しています。
何度も触れますが日本は被爆国、二度の原爆で30万二人以上が即死、生き残った者にはいまだに後遺症が続いています。日本は専守防衛が国策、まさに日本こそ核シェルターを開発し、世界に先駆けて実用化していて当然ではないでしょうか。そして日本全国民が避難できる核シェルターの実用化こそ、原爆で亡くなった人たちへのなによりの供養になるのではないでしょうか。原爆慰霊祭で冥福を祈り、核兵器廃絶を祈るだけより、どれだけ犠牲者たちへの供養になるかはかりしれないものがあります。皆さんそう思いませんか。
それがどうでしょう。左翼も保守も、与党も野党も、要するに日本国民全体が、核シェルターなどに興味を示さないのです。核兵器廃絶がいつ実現するか全く分からないし、北朝鮮の核の心配が現実味を帯びている今こそ、核シェルターを備えるのが先決問題ということも理解できないのだ。これをただ日本人の平和ボケと片付けられないものがあります。日本人の脳の思考経路に欠陥があるためなのでしょうか、それとも日本人の精神構造に欠陥があるためなのでしょうか、どなたかどうしてこういう現象が起きるのか説得性のある説明を私にしてくれませんか。
私の考えでは、日本人はどうも情緒的判断に基づいて情緒的な行動をとることは得意だが、論理的判断に基づいて論理的な行動をとることがからっきし苦手なのではないでしょうか。そのことが現在の日本の安全を脅かしていることがわからないのではないか。
追記:
明日から孫とともに一週間ばかり旅行しますので、コメントに即答できませんのでご了承のほど御願いいたします。来週日曜日のブログは掲載する予定にしています。

Comments (9)

民主党政権の恐ろしさ

新聞報道によると小選挙区制になったために政党人気が極度に選挙に反映され一方的な勝負になりやすい。今度の選挙は、民主党の圧倒的な勝利になるだろうと予想しています。私は選挙予想に異を唱えるつもりは毛頭ありません。民主党の圧倒的勝利になるでしょう。
しかし「小選挙区制になったために政党人気が極度に選挙に反映され」よりもっとくわしくわかりやすく言えば、「小選挙区制になったために無党派層の動向が選挙結果に大いに反映するようになった」と言ったほうが正確な分析ではないかと思います。
NHKの政党支持に関する世論調査を度々見ていますが、支持政党なしの無党派層が大体全体の3割から4割を占めています。無党派層というのは、私に言わせれば政治的バカの集まりなのだ。投票権を持つ日本国民の3割から4割は政治的バカの集まり、投票を棄権するのも多いのもこの層の特徴であり、マスコミにいいように騙されるのもこの層の特徴であり、選挙時の状勢次第で保守なったり左翼になったりするのもこの層の特徴です。まさにバカの集まりです。バカの集まりと言っても何から何までバカではありません。何から何までバカの大人が日本人大人の3割から4割占めていたら日本はここまで発展していません。
私が主張するのは政治に興味がなかったり、政治的見識が幼稚であったりする、いわゆる政治的バカのあつまりである無党派層の動向が選挙結果に強く反映しているのが現在の選挙の現実の姿なのです。今度の都議選では、無党派層が圧倒的に民主党になびいていたことを証明しています。民主党候補の多くがトップ当選、さらに当選者の中には告示三日前に公認された二人が混じっているのだ。まさに無党派層が投票しなければ票を得られない連中が堂々と当選しているのだ。
4年前の郵政民営化選挙では、小泉人気が圧倒、自民党の比例立候補者全員当選、もう一人当選できたのに立候補者がいなかったために社民党の候補に当選になった。この時は無党派層の風が小泉人気になびいたためです。このように日本の政治は、政治的バカのあつまりである無党派の動向に決められるケースがほとんどです。かってはマドンナブームとか言って社会党の女性議員誕生が続出した年もあった。要するに私は何年も前から主張していますが、日本人は大事なことになればなるほど論理的に合理的に物を考えて行動することできず、いつもムードで行動するのです。私はこういう民族がはたして民主主義政治が機能するのかどうか疑問を持っています。私も年ですからもう何十回と総選挙を見ていますが、国民の政治見識は先進国の中で最低、何回選挙をやっても進歩がないのだ。
とにかくいくら嘆いていても民主党政権が成立することは間違いないでしょう。民主党が我々保守の間で色々批判されていますが、根本的に言って民主党のなにが、一番重要な問題なのか。すなわち民主党政権が実現すると恐ろしい政権になる要因とは、一言で言ったらなんだと思いますか。それは民主党が、国家意識が完全と言っていいほど欠如している政党だということです。もちろん最近の自民党も国家意識が欠如していたことも確かです。それでも今の民主党より少しましです。そのため民主党の国家意識欠如が、反日日本人のための政党になってしまっているから非常に恐ろしい政権になる恐れが十二分にあるのだ。
そこで民主党が恐ろしい政権になる根拠を、民主党のマニフェストに記載されている公約やこれまでに民主党が国会で法制化しようとした主な政策案件、またこれまでの政治活動の中から主なものをあげてみました。
1.「教育政策」
民主党の教育政策は、日教組の教育方針と同じ。日教組の教育方針はなにに基づいているかというと、わかりやすく言えば、先生たちは労働者として団結し、政治活動を行い、社会主義革命を達成すべきである。この一言につきます。歴史教科書、国旗国歌、政治闘争、ゆとり教育、男女性差別撤廃などなどすべて社会主意革命達成のための手段になっているのだ。ところがこのことが一般国民の間で充分に理解されていないのです。我々保守派はこの日教組の組織を弱め、潰すための努力をしてきました。民主党は、この日教組の力をさらに強大化しようとしているのだ。これほど危険なことはありません。なにしろ日教組には、国家意識など全くないからです。
2.「夫婦別姓の早期実現」
マニフェストではわざわざ「早期」が強調されていますから、実現が早いのではないか。夫婦別姓だけではありません。分かり易く言えば現在妾の子は財産相続では差別されています。その差別を撤廃しようというのです。そんなことすれば、この世の中に妾の子が増えることになります。現在日本の家族制度崩壊といわれながらも辛うじて維持している部分もあります。夫婦別姓は家族制度の完全崩壊につながるでしょう。
3.「人権侵害救済機関の創設」
昨年法務省が「人権擁護法案」を国会に提出して大問題になりました。この法案の大きな
問題点は、人権侵害の規定があまりにもあいまいで、人権侵害と訴えれば、すべて告発の
対象となる。人権侵害を調査する機関(救済機関)の権限が強大で「人権侵害」されてい
ると訴えただけで裁判所の命令なしで、関係者の出頭や資料の提出、立ち入り検査できる
点などが批判されたのです。
民主党の「人権侵害救済機関」も全く同じです。ただ違う点は、法務省が提出した「人権
擁護法案」は救済機関の位置づけが法務省の外局になっているのに対し民主党の「人権侵
害救済機関」の位置づけが「内閣府の外局」、即ち行政組織の最上位に立つ機関として「人
権侵害救済機関」を創設すると言うのです。それだけ独立性が強く、強力な権限を与える
ことなのです。私に言わせれば、外国とくらべれば日本ほど人権が守られている国はあり
ません。「人権侵害救済機関」の創設など全く必要なし。
ここまでは純粋に内製問題ですが、
以下に述べる政策、法案は、まさに国家意識欠如の表れ、反日日本人そのものです。
4.「靖国神社に代わる追悼施設関連法案」
韓国、中国二国だけの不満表示で考える法案のバカバカしさ。
5.「外国人参政権賦与法案」
民団「在日本大韓民国民団」が中心的推進勢力だが、民主党の三大支持組織である「連合」、
「自治労」、「日教組」の政策でもあります。参政権が欲しければ帰化せよ。それですむ問
題です。靖国に代わる追悼施設問題や外国人参政権、どれも外国人の政治献金の臭いがし
ます。なにしろ鳩山由紀夫など、実際には献金していない人物を献金者リストに記載して
いるのだ。日本人名で献金していれば、その人が韓国人か中国人かなどチェックするはず
がない。
6.「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」いわゆる「慰安婦法案」
強制連行による「従軍慰安婦」はなかった。それでも自民党政府は、河野談話を発表し、
金銭的補償を行ってこの問題のけりをつけた。参照:拙著「原爆正当化のアメリカと従軍
慰安婦謝罪の日本」展転社。ところが民主党は、「河野談話」に対する不満を持ち出される
のが癪なのだろう、そのため国家的な強制を行った事実の認定を行い謝罪と金銭的補償を
行おうというのだ。私は、これを知ったとき、激怒した。自分が「従軍慰安婦事件」を徹
底的に調べて本を書いているからです。
7.国立国会図書館法一部改正
つい最近この法案が国会に四度提出されて四度否決されたことを知って驚きました。まさに秘密裏に法案を通そうとしたとしか考えられません。法案の内容を知って愕然としました。国立国会図書館内に「恒久平和調査局」と称する調査機関を設置。日本軍による「加害」事実を国費で調査し、「自虐史観」が覆ることのないように永久的に固定化しようと謀っているのだ。
さらに驚くことは、「恒久平和調査局」の調査委員には当然学識経験者が選ばれるでしょう。その学識経験者に図書館長の権限で外国人の有識者を選ぶことができるのです。ここまで来ると中国のスパイ網の恐ろしさを感じざるをえません。ある特定の国家の謀略なしにこんな内容の法案がどうして出てくるのでしょうか。この法案の提案者に鳩山由紀夫や辻本清美が名を連ねているのです。もしこの法案が成立したら私の拙著「大東亜戦争は、アメリカが悪い」は少なくとも国立国会図書館から追放されるでしょう。
またまたさらに驚くことは、今度はこの法案のことが民主党の選挙用マニフェストに堂々と記載されているのだ。なにがなんでも大東亜戦争では、日本を悪にしようとするのだ。ふざけるのもいいかげんしろと言いたい。
以下にあげるものは法案や政策ではありませんが、民主党主議員が行った国家意識欠如の
行動、発言の一部です。
1. 民主党の党大会では、日の丸の国旗が掲げられていません。
2.北朝鮮のミサイル発射実験に対して国連は貨物検査実施を決議した。これに基づいて
自民党は「貨物検査特別処置法案」の早期成立を民主党に持ちかけたのに民主党は廃案にしてしまった。
3.かって鳩山由紀夫は、「拉致事件などの問題が解決しないと援助できないというのでは、
北朝鮮の気持ちを和らげることはできない」と言って北朝鮮への食糧援助を訴えた。
4.横田めぐみさんなど複数の拉致実行犯である北朝鮮工作員、辛光朱が韓国で死刑判決
を受けた際、管直人は助命釈放嘆願書に署名した。
5.2006年に小沢が中国に訪問した際、民主党と中国共産党との間で「交流協議機構」なるものを設置し、以来両党間で親密な交流が続いている。中国のスパイ要人を送り込む格好の場所を提供しているようなものといえます。
6.「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」
ご存知、鳩山由紀夫の発言だが、巷間では「日本列島は日本人だけのものじゃない」とよく言われてますが、正確には「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」です。「日本人だけのものじゃない」と「日本人だけの所有物じゃない」では意味の強さが全然ちがいます。鳩山に、ほんのわずかでも国家意識があるなら、こんな失言は絶対にするわけがありません。政治的失言には許されるものと許されないものがあります。この鳩山由紀夫の失言は到底許されるべきものではありません。こんな発言する男が、日本の首相になるのです。竹島や尖閣諸島は、日本の島だと彼が主張しても、その主張は非常に弱いものなるでしょう。こんな男が日本の首相になるのですよ。
7.ネットのヤフーニュースによると、今月8月3日、民主党の岡田幹事長は、都内で中国メディアだけと合同記者会見をしました。岡田発言の要点三つ。
(1)民主党政権になれば日中関係はより一層発展する。
(2)首相は靖国には参拝しない。
(3)チベット、ウイグルは中国の内政問題であり、民主党政権は内政干渉するつもりはない。
このニュースでさらにわかったことは、岡田はこれまでに15回の訪中しているのだ。いくら考えても15回は多すぎです。大歓迎されるから回数も多い。歓迎されなかったらこんなに多く訪中するはずがありません。岡田は中国に篭絡され中国の犬になったと断定して間違いない
民主党の最大の弱点である国家意識欠如をいくつかをあげて説明してきましたが、政権担当者に国家意識がないと、国家の核、国家の根源が溶解してしまって外国に外交で攻めまくられるばかりです。自民党政権でさえ、北朝鮮、韓国、中国、ロシアの外交攻勢に押されっぱなしではないですか。民主党政権になったら中国の属国となる道へ一気に突き進むだけです。ところが選挙戦突入前の現時点で争いになっているのは、自民党、民主党の福祉政策比べだけで、私が上げた問題など少しも論争になっていません。もはや政権交代が既成事実のようになっているムードです。一番最初に触れたように国民はこのムードに乗って投票するだけなのです。
そこで我々真正日本人が、しなければならないのは全力をあげて民主党の大勝を防ぐことです。世間では民主党の大勝は、仲間割れ、すなわち分裂するからかえっていいと言う人もいます。確かにその確立はあります。しかし大勝したために政権にしがみつき、4年間政権を全うする恐れが十分あります。自民党でさえ4年間政権が続いたのも小泉人気で圧勝したからです。しかも今回は参議院も民主党の天下です。従って民主党が大勝したら、4年間政権が続く可能性が分裂する可能性よりずっと高いのです。我々真正日本人は、自分の肉親や友人などをふるに使って民主党大勝を防ぐべく死に物狂いの戦いをしなければなりません。
自民党がダメだから民主の保守に期待して投票しようとする人もいるでしょう。しかし
それはやめた方がいい。そんなことすれば民主党が圧勝するだけです。民主党の保守陣営
が主流派ならそれもいいでしょう。民主党の保守は、主流派ではありません。とにかく今
度の選挙は、我々保守派にとっては、正念場です。あらゆる努力を払って民主党の大勝を
防ぎましょう。

Comments (13)

NHK横浜支局デモ

8月1日、私の誕生日の日、チャンネル桜の呼びかけによりNHK横浜支局デモがあった。横浜住民である私は勇んでこのデモに参加した。この日もチャンネル桜の水島社長が陣頭指揮をとっていました。ご苦労様です。私が集合場所の大通公園に到着した時、すでに大勢の人が、真っ黒のT-シャツを着ていました。そのT-シャツには、前に「NHKの大罪」、後ろは「NHK解体」その下に小さい字で「受信料支払い拒否」と大きく目立つように白で書かれていました。黒のT-シャツだけに白い文字がやけに目立って効果的でした。私が渋谷で初めてのNHKへの抗議デモと三回目の抗議デモに参加した時は、このような黒のT-シャツ姿はありませんでした。私が参加しなかった四回目の抗議デモでは、この黒のT-シャツを着て銀座の歩行者天国を歩いたそうです。黒のT-シャツ全部チャンネル桜からの提供です。
黒のT-シャツばかりでなく、チャンネル桜は、NHKの「ラジオ体操の歌」のメロディーにあわせた替え歌、「NHK 解体の歌」を提供しています。その替え歌の詩は次の通り
です。
「NHK 解体の歌」
1.アカらしいNHK、 似たような朝日
  捏造に、やらせ歪曲 売国放送
  中共の声に ひれ伏すNHK
  この醜いメディヤ壊せよ
  それ NHK 解体!
  金かえせ NHK 受信料を返せ
  日本一高い給料 仕事もせずに
  やるのは捏造 偏向報道
  この反日放送ゆるすな
  それ NHK 解体!
2.ジャパンデビューで嘘ついた 歴史の嘘を
  でたらめ流し続け 国民騙す
  反日 偏向 謀略 自虐
  この日本の敵を倒せよ
  それ NHK 解体
  浅ましい犬HK 中共の犬か
  皇室に敬意を払わず、日の丸憎む
  北京の声に ひれ伏す経営者
  毎日 君が代 流せよ
  こら! NHK 解体!
     
3.解体の時がきた 非道のメディヤ
  喜びと誇り抱き 受信料拒否
  平均年収一千六百万 日本一
  無駄飯食いの テレビ局
  お前だ! NHK 解体!
  払わんぞ 払わんぞ 受信料拒否だ
  銀行の自動引き落とし 必ず解約
  不払いの決意 日本のためだ
  一億火の玉 払わんぞ
  どんと NHK 解体!
  どんと NHK 解体 !
街宣車から多分チャンネル桜の女性アナウンサーでしょう、彼女の歌声がながれます、最後の「それ NHK解体」をデモ参加者全員で歌うのですが、初めての試みなので、うまくいきませんでした。今後の課題ですね。デモ参加者総数およそ300名。東京に次ぐ日本第二位の大都市、横浜のわりには人数が少なすぎます。特に老人が少なかった。神奈川県では数箇所、田母神さんの講演をやっています。普段パソコンなんか触らない老人でも、どこからか聞きつけて講演を聴きに来てどこも盛況。それがデモとなるとさっぱり集まらない。左翼はデモとなると大量動員するのに、保守は大量動員できないのだ。
講演主催者は、部屋さえ予約すればそれでよい。しかしデモ主催者は、違う。街宣車を用意しなければいけません。プラカード、横断幕、マイクなど用意しなければできません。デモを行うにはそれだけ準備が大変なんです。デモの呼びかけがあれば主催者がどこであれデモに集まってほしい。保守で不法デモなど行っているところはどこにもないのだ。実に紳士的にデモを行っています。ぜひ積極的に参加してほしい。
NHKに対してはデモも大事ですが、もっと大事でNHKを徹底的に痛めつけることができるのが受信料支払い拒否です。ご存知のようにNHKの経営は、国民の受信料でなりたっています。かりに保守派全員が受信料不払いしたら、NHKは経営が成り立たずそれこそ解体なのです。今のNHKは、公共放送の役割を果たしていません。偏向放送もはなはだしい。反日放送と言っても過言ではありません。日本国民にとってすくなくとも政治的には、なにも役立っていません。NHKは、竹島が日本領であることを歴史的資料で持って国民に知らせる番組を何故作らない、尖閣諸島が日本領である番組をなぜ作らない。それどころか韓国や中国の代弁放送ばかりしているのだ。こんな放送局は、もういりません。受信料拒否すれば、NHKを潰すことができるのです。
月刊誌「WILL」の今月9月号には、NHKスタッフの内部告発の記事が書かれています。その中で受信料について聞き捨てにならないことを書いています。どこの大会社にもある企業年金がNHKにもあります。部長級でNHKを定年退職すると企業年金だけで25万円ももらえるのだ。ところがNHKの企業年金がすでに破綻してしまっているのです。理由は二つあります。一つは従業員用の企業年金資産を運用しているところは、現在世界中のほとんどが大変な損失を被っているのです。世界的金融恐慌が原因です。この間テレビで東京、青物野菜市場の取引業者の従業員の定年後用年金資産が、運用失敗で大損を被った話が深刻に伝えられていました。
二つ目の理由は、NHKはここ数年職員数を減らしてきましたから現役社員の納める年金用積立金の目減りがはげしい。内部告発者は、数字を示して次のように書いています。
「NHK経営者側が示した数字では、2007年度ベースで年金資産が3千億円余。積立金不足が約2千7百億円。2年前でこの数字ですからまもなく不足額が3千億円を超え、債務超過状態に陥るでしょう。
NHKは、退職者への支払いに不足する分をどのようにおぎなっているのか。実は、受信料から補填しているのです。」
皆さん、あなたがたが支払っている受信料の一部が、NHK退職者に払う年金の一部に使われているのです。一体どのくらいの受信料が、退職者用の年金に使われているかは、NHKの「極秘中の極秘」なのです。もうNHKには、存在価値がありません。ぜひ受信料不払いに協力していただきたい。
実は、私は受信料不払いを続けて5年目です。私より二つ年下の知人はもう30年も不払いが続いています。私の不払い体験をお知らせします。皆さんもそうだと思うのですが、私は銀行での自動引き落としを利用していました。その銀行に行ってNHKの自動引き落とし払いを解約したいというと解約書のフォームをくれますからそれに書き込むだけで自動引き落としは解約されます。
それからしばらくするとNHKの支払い督促員がやってきます。私はマンションに住んでいますのでインターフォンで会話をします。絶対に督促員の顔を見て話しません。顔見知りでない人間同士がインターフォンで長話ができるわけがないからです。一戸建ての場合でも直接会わないで話をするのが最良だと思います。支払い拒否の理由は、偏向放送の一点ばりです。またこうも言いました。「NHK会長を私の家に連れてこい、私に直接会長に文句を言わせろ、それができたらすぐ支払う」
3年間の間に3回か4回督促に見えたと思います。それ以後2年ぐらいたちますが、支払い督促には来ていません。
保守の皆さんには、ぜひ支払い拒否を御願いしたい。保守派全員が支払い拒否すればNHKをすぐにもつぶすことができるのです。現在の日本は、マスコミが支配しているのはよくご存知のはずです。マスコミ最大手NHKを慌てさせれば、他のメディアにも影響を与えることができます。確かに受信料不払いは、面倒くさい、しかし面倒くさいと言ってな
にもしなければ、NHKを増長させるだけです。ぜひご協力のほどお願いします。

Comments (4)

私の死生観

昨日は私の誕生日、満71歳になりましたが、私自身まだまだくたばるつもりは毛頭ありません。そこで今回は私の死生観を披露してみます。私のブログには若い読者ファンもかなりいますので、その方々には、死は、はるか先で興味薄いかもしれませんが、私なりの死生観を持ち、それを毎日の行動に反映させている変わり者の老人がいるぐらいの軽い気持ちで読んでおいてください。
私の同年輩の方々、また私の先輩にあたる方々に御聞きしたい。あなた方は、人間の死後の世界を信じますか。天国だとか地獄など信じていますか、あるいは自分の死後は、肉体は焼かれるけど魂は残りますか、残った魂は、人間の目には見えませんけど、どこをうろついているのでしょうか。「自分は天国に行けるだろう」と思っている人もいます。自分勝手に天国に行けるだろうと思っている人たちに対して皮肉をこめたジョークを紹介します。
天国行きか地獄行きかを決める別れ道の所に番所があります。神さまが派遣した鬼が門番をしております。その番所の前には死んだ人間が毎日長蛇の列で並んでいます。門番が一人一人に質問を浴びせて天国行きか地獄行きを決めているのです。今日も門番が一人の男に「現世での君の仕事は、なにかね」と聞きました。正確に答えないとすべて神様は御見通し、地獄行きを命ぜられてしまいます。その男は正直に答えました。「私は神風タクシーの運転手でした」。
門番はすぐに天国行きを命じました。門番は次の男に同じ質問をしました。「私は牧師でした」門番はすぐに地獄行きを命じました。
牧師は門番に文句を言いました。「前の人は、神風タクシーの運転手で天国行きで、牧師の私はなぜ地獄行きなのか」
門番が答えて曰く、「神風タクシーの運転手の車に乗った乗客は、事故が起きないよう一瞬神に祈った、しかしあなたが教会でする説教には、ほとんどの人が居眠りをしていた」
このジョークをどう解釈するかは、読者しだい、ただのジョークと解釈する人もいるでしょうし、意味深にとらえる人もいるでしょう。
話を元にもどしましょう。人間の死後はどうなるのでしょうか、死後の世界があるのでしょうか、ないのでしょうか。皆さんはどのようにお考えでしょうか。私の考えが多分正解だと思うのですが、皆さんあまり私の考えに同調したくないようです。私の考えは、人間には、いやあらゆる動物には、死後の世界はありません。人間が死ねばゴミになるだけの話です。人間は生まれ時かゴミを此の世にはき出し、死ぬまでに大量のゴミをはき出し続け、死んだ時は、自分がゴミになるのです。それも生ゴミです。すぐに腐って異臭を放ちます。だから土葬、現在ではほとんど火葬されます。
私が死ねば、家族や友人は私のために葬式をあげてくれるでしょう。それは私という死者に敬意をはらってくれるわけです。彼らの胸の中に私の姿が深く、あるいは浅くきざまれるでしょう。その姿はゴミの姿でなく実在していた時の姿です。国のために戦場で亡くなった兵士、多くの人々は、直接に関係があるわけではありませんが、感謝の気持ちをささげます。その時私たちは、死者を直接知らないからと言ってゴミを連想するわけではありません。
しかしながら戦場で死のうが、病院で死のうが人間が死んだ時は、ゴミになったことなのです。この私の死生観は、よくいわれる「人間は生きているうちが花、死んだらおしまいよ」につながります。死んだらゴミになるからおしまいなのです。死後の天国、極楽、地獄などは、欲深い人間が作り出した妄想に過ぎません。また大昔、人間が大自然の中を生き抜くことは血の出るような苦しみの連続で、娯楽など何一つ期待できなかった。その反動で死後に安楽な世界を作ったとも言えます。
人間は死んだらゴミになるという私の死生観は、生へのこだわりを生みます。年をとっても元気で生を謳歌したいという気持ちが非常に強い。その結果として体を鍛えることになります。私は55,6歳の頃、中高年の野球チームに参加、以来69歳まで野球していました。その他にも色々と体を鍛えてきました。私は現在、床に鼻先をつけた腕立て伏せ50回、腹筋100回できます。無理をすれば腕立て伏せ53,4回、腹筋103,4回ぐらいできるでしょう。しかし、その後、心臓がハーハー、フーフー言います。この年で心臓に負荷をかけすぎていいのだろうかという不安がよぎります。
そこでとりあえず、腕立て伏せは50回、腹筋100回はいつでもできる状態にしておくことにしています。その他に自分なりのラジオ体操するのですが、両手に500グラムの重り一つづつを持って体操しています。もう完全に苦もなくできますので、夏が終われば、両手に1キロの重り一つづつを持って体操する予定です。
その他に毎週1回外での走りを中心にした運動があります。真夏は暑くて走るわけにいきません。私は基本的に毎日9時寝の5時起きです。5時に起きて起伏の多い場所を1時間ぐらい歩きます。秋になると近所の公園に1周80メートルぐらいのグランドがあります。そこで全速力で走るダッシュをくりかえします。まだ小学5年の孫娘には勝てます。野球やっていたおかげでしょう。冬になるとゆっくり走るジョッギングを約1時間、春になるとまた全速力で走るダッシュ、夏になると朝の散歩、これを何年も繰り返しています。その他に私の机のそばに5キロの鉄アレイが置いてあります。執筆の合間に何十回ともちあげたりしています。5キロが軽くなったので今度6キロにしようと思っています。
年老いた人生を長く健康的に生を謳歌するための継続的な努力を怠りません。脳の老化も防がなくてはいけません。それにはよく本を読み、よく書くことが最適だと言われています。これは毎日行っていますので問題はありません。あと一つ重要なことがあります。男の年寄りに一番欠けているものです。それはおしゃれです。年を取ればとるほど人間はきたなくなる。ところが男の年寄りは、きたなくなるくせにおしゃれに気をくばりません。おしゃれは若々しく見せます。
私は若い時はおしゃれでした。私の年代だとサラリーマン時代、皆がマージャンをしていたものだ。しかし、私はマージャンを全くしません。おしゃれが趣味みたいなものでした。今のような真夏なら真っ白な上下のスーツを着て、白の靴下と白の靴を履いて会社に通っていた。朝の通勤で白靴を踏まれないように朝早めに出勤さえした。こんな格好も外資系の会社のせいか文句も出なかった。30歳を記念して鼻の下にひげをはやしていた。だから当時の若い時の私は、良く言えば格好よかった、悪くいえばキザな男ともいえた。こんな真っ白なスーツ姿でお客さんの事務所に訪問していました。
口の悪いお客さんには、
「えんだんじさん、うちはタレント事務所じゃありませんよ」などとも言われもした。クラブやスナックに行っても、最初は誰もサラリーマンとは思わなかった。それを逆手にとって、初めて訪れたクラブのホステスに「俺、赤坂と六本木でクラブ経営しているんだが、いまいい子(ホステス)探しているんだ、あなたとちょっと話がしたいので電話番号教えてくる」と言ったら、なんの疑いも見せずに彼女は、自分の名刺に電話番号書いてそっと私にくれるではないか、それを上司に自慢げに話したら、「君、商売がえした方がいいよ、クラブのマネージャーでもやれば」
思わず脱線してしまいましたが、年をとってもおしゃれの方も万全です。このようにして体を鍛え、脳の老化を防ぎ、おしゃれをして老後を生き生きとして徹底して長生きしていくのだ。しかし私には心配事がある。癌です。私の母は、三つも癌の手術をして痛みに苦しめられながら死んでいった。癌は遺伝的体質があると言われています。幸い二人の妹も私にも癌の兆候はありません。例え癌に侵されなくても必ず死ぬ時がきます。
私が死ぬときの基準は、自分でお風呂に入ることもできず、自分の下の世話ができなくなった時と決めています。その時。私は自らの意志で食を断ち死んでいくつもりです。現在90歳以上で寝たきりになっている人たちは、脳の衰えもそうとうひどくなっているから寝たきり生活に耐えられているのではないかと思います。もし正常の脳が作動していたら寝たきり生活に耐えられず、食を絶って死んでいくのではないかと思っています。従って脳の老化を防ぐのも非常に大事なことではないかと考えています。
なぜ食を絶って死んでいくか、安楽死が法的に許されていないからです。老人が自分の病状を判断して、死を望んだら、医者はそれを妨害すべきでなく安楽死をさせるべきです。
人間は、動物の死に際の潔さをもっと学ぶべきです。空を飛んでいる鳥を見てください。皆元気な鳥ばかりです。鳥も年をとります。少しづつ若い鳥についていけなくなっているはずです。それでも取り残されたくいないために無理して飛びまわり、ついてゆけなくて鳥が空から落ちてくることは絶対ありません。鳥自身が自ら判断して死の近づきを感じ、恐らく山奥の中で静かに自分の死を待ち受けているはずです。
セミに寿命は1週間とか10日とか言われています。10日後には、大木の下はせみの死骸だらけでしょうか。寿命の短いせみたちは、一体どこに消えたのでしょうか。死期をさとったセミたちは、人間にはわからない死に場所へ行ったのでしょう。野良猫、野良犬は、日本全国に沢山いるはずです。彼らも年をとり、死にます。しかし私たちは、彼らの死骸など見ることありません。見る死骸は、ほとんどが交通事故にあった野良猫や野良犬です。年を取り、えさを探しながら息も絶え絶えに歩いている野良猫や野良犬を見たことありません。死期が近づくと彼らも静かにどこかへ消えてゆくのです。
ところが人間の世界では、年をとった老人が病にかかり、自分の死期をさとり安楽死をして静かにこの世から消え去ろうとしても、その安楽死を法的に許さないのだ。こんな非情な話はありません。身寄りのない90歳過ぎの老人がただ息をしているだけで延命治療するのは、医師や病院の金儲けの対象物でしかありません。昔エスキモーの世界では、白銀の世界のため皆、目をやられ白内障になる。老人が白内障悪化で全盲になった時点で、その老人は皆の移動についてゆくと足手まといになるためその場を死に場所と決めます。
身内も了解します。非情でもなんでもない自然の掟なのだ。昔にもどればもどるほど、自然や社会の掟による死があった。それが現在では医学の進歩のため、死に体同然の体に延命治療を施すのだ。私は、80歳以上、あるいは90歳以上の老人には、自分の死期を決める権利をあたえるべきだと思っています。高齢者老人の安楽死を認めない理由がわかりません。
プロスキーヤーの三浦雄一郎氏は、75歳でエベレスト登頂、聖路加病院の日野原医師は、90歳すぎても現役医師です。私はこの二人に負けないくらい徹底して生を謳歌して元気で長生きしてやるぞ。なにしろ「人間は、生きているうちが花、死んだらゴミになるだけだ」
えらそうなことを書いてきましたが、いざ自分の死期が迫った時、醜態を見せねばいいがと思っています。
ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。

Comments (2)