Archive for 10月, 2009

現代日本人の菅谷さん症候群



平成2年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された「足利事件」で無期懲役刑が確定し、今年6月に17年ぶりに釈放された菅谷さんが時の人になっています。菅谷さんのケースは、正真正銘の冤罪で、無実にもかかわらず無期懲役刑を受け、17年間も刑務所暮らしを強いられたのです。菅谷さんは一身に同情を集め、また同情に値する事も事実です。その点については私も否定しません。
だがしかしと私は言いたい。冤罪の責任のすべては検察側にあるのでしょうか。私の主張は、菅谷さんにとっては非常に酷な意見であることは承知の上であえて言えば冤罪の半分ぐらいの責任は菅谷さん自身にあるのではないでしょうか。その理由は菅谷さん自身が、実際には殺害していないのに「自分が殺したと」自白しているからです。
想像してみてください。例えば、テレビの時代劇ドラマに出てくる犯罪者への拷問シーン。ロープで体を縛られて天井から逆さまに吊るされ、青竹あるいは木刀で打ちのめされながら自白を強いられる。こういう暴行のもとに菅谷さんが自白したら、これは完全に100パーセント検察側に責任があります。
検察は、言葉の暴力、執拗な誘導尋問、あるいは長時間にわたる尋問、いわゆる言葉の暴力による精神的な苦痛を菅谷さんに与え、自白を強いたと批判されています。しかし私に言わせれば、殺人特に幼児殺人などは、同じ殺人犯としても最低の人間の仕業です。そういう犯罪者かもしれない人間に検察が紳士を相手にするような言葉使いで尋問したら殺人犯に完全になめられますよ。多少荒っぽい尋問や、執拗な尋問は当たり前の話でしょう。警察や検事が犯罪者になめられたら日本は犯罪天国になってしまいます。
菅谷さんにとって不運だったのは、当時信頼性がいま一つだったDNA鑑定で菅谷さんに不利な結果が出たことでしょう。しかしどんな検査結果や鑑定結果が出ようと、自分が殺してもいないことを殺しましたと、うその自白をすることは自分自身を犯罪者にする罪なことをしていることなのです。そういうことを自覚できずに、うその自白をしたというところに菅谷さんの精神的なもろさがあるのではないでしょうか。
菅谷さんに酷な言い方をしますが、菅谷さんのような精神的なもろさでは、かりにこの足利事件なくても他の件で菅谷さんは何か大きな人生上の失敗をしでかしたことでしょう。菅谷さんは、DNA鑑定の結果で孤立無援に陥ったと思います。私は若い人に強く主張したい。自分がいくら正しい行為をしても、あるいはいくら正しい主張をしてもそう簡単に理解されない場合も往々にしてあり、またそれどころか孤立無援に陥ることもあります。だから自分がいくら正しい行為や正しい主張しても、時には戦いとらねばならないことが往々にしてあるということです。精神的に「戦い抜く」ということがいかに大事であるかということです。
自分を応援してくれる人、精神的に支えてくれる人が沢山いれば、誰でも自己の主張、俗に言えばえらそうな事はいくらでも言えます。しかし孤立無援に陥った時でも、自分の主義主張を堂々と主張できる、あるいは行える精神的なタフな人間になってほしいのです。
私に言わせれば現在の日本人は、菅谷さんみたいに精神的なもろさのために自滅していく、すなわち菅谷さん症候群にかかる人が実に多い。若者に自殺者が多いのは、精神的なもろさが最大の原因でしょう。自殺者の数が今年を含めると11年連続して3万人を超えるというのだ。病気の老人が先行き不安になっての自殺は理解できます。全く理解できないのは五体満足の若者の自殺だ。鳩山首相は、所信表明演説の中で失業して職にありつけなかった若者の自殺を同情的に語っていたが、ナンセンスもはなはだしい。そんな自殺者は全く同情にあたいしません。精神的もろさ以外のなにものでもありません。なぜそう言えるかというと私は、終戦直後混乱した社会、国の福祉など全くなかった時代に死に物狂いで生き抜いた母親を自分の目で見てきたからです。
無差別空爆で家を失った私の家族は、終戦直後、父は重症の結核患者、私は小学校一年、下に妹が二人いました。末の妹はまだ乳飲み子同然でした。当時の生活環境など今の若い人には想像できないだろうから簡単に説明しましょう。電気冷蔵庫なし、電気洗濯機なし、掃除機なし、ガス、水道なし、水洗トイレなし。水道がないから、借家から百メートルくらい離れた共同井戸でつるべ落としのバケツで水をくみあげ、持ってきたバケツに水をそそぎ、水がいっぱいにはいったバケツを両手で運び、自宅の台所にため水にして使う。ガスがないから薪やすみの生活。電機アイロンさえないからすみを入れたアイロンです。家事そのものが当時の母親にとって大変な重労働なのだ。その上入院している父の世話、子供達の世話、まさに母親八面六臂の大奮闘でした。
父は重症の病だから働けず、収入はない、しかも治療費はかかる。母親は子供達を食べさせなければならない。さつまいもの葉っぱ、大根、にんじんなど、色々な葉っぱを食べさせられた。白米など食べたことがない。母親の死に物狂いの働きをみて私は子供心にも母が倒れたら我が家はもうおしまいということを本能的に感じたのでしょう。私自ら母親の手伝いをしていました。井戸での水汲み、薪割り、トイレの汲み取りなど小学校2,3年ごろから手伝いをしてきました。こんな貧乏暮らしをしていても国家からの福祉は一切期待できなかったのだ。
私が高卒時、昭和32年(1957)、病気で働けない父の診断証明書をつけて大学入学の奨学金を請求しましたが受け入れられませんでした。私の成績が抜群の成績ではなかったからです。本当に優秀な成績ではないと奨学金もかなわなかったのです。それだけ日本は貧乏国だったわけです。中卒の時、就職組みと高校入学組みとは半々でした。しかし実際は就職組みの数の方が多かったと思います。高校入学組みには県立高校に落ちたら就職組みになる人が多かったからです。だから私の年代は、学歴は大卒の人より、中卒と高卒あわせた人達の方が多いのだ。
それがどうですか。来年から高校まで無償だ。終戦直後の生活に較べてあまりにも恵まれています。それでも自殺者が多いのは、国家にとって大きな損失だから国は自殺者の経済的面倒をみろと主張する知識人がいるのだ。私に言わせれば、ふざけるのもいいかげんにしろと言いたい。今はなんでもかんでも国が面倒みろと、国の援助ばかり期待するのが習慣みたいになっているのだ。私の母親みたいに死に物狂いで働いて見ろというのだ。
貧乏になればすぐに生活保護がもらえるから、心底死ぬ気で働く者もなければ、死ぬ気でなくても本当に働く努力を怠っているのではないか。菅谷さん初め現代人の精神的もろさなど指摘されないどころか、経済的な不況になると自殺者が増えるからと経済的な援助を与えようとするばかりで、もっと精神的に強くなれなどと叫ばれることもない。日教組は生徒を過保護に育てるばかりで、いかに子供達が精神的に逞しく育てるかなど考えようともしないのだ。
現代日本人の精神的なひ弱さは、国民だけではありません。政治家も同様です。政治家の精神的もろさの典型的な例は、「靖国神社代替施設」建設案です。戦後、国会は東京裁判など戦争裁判の犠牲者を戦犯者として扱わず法務死として扱い一般将兵と同じ扱いにした。そこで靖国神社は戦争裁判犠牲者を「昭和殉難者」として合祀したのです。戦後の40年間(昭和60年迄)日本の歴代総理大臣、吉田茂から中曽根康弘まで10人の首相が延べ56回靖国神社に参拝しているのだ。
それが昭和60年(1985)8月15日に中曽根首相が靖国神社を参拝した時、その時支那政府は、総理大臣の靖国神社参拝に抗議を表明しました。それ以後中曽根は、首相任期中に靖国神社に参拝することはありませんでした。中曽根以降、靖国神社に参拝したのは橋本首相と小泉首相のふたりだけです。中曽根以降中韓二カ国は、執拗なまでに首相の靖国参拝に反対し続けています。日本の首相が日本国内のどこの神社に参拝しようと勝手な話で、それに反対することは内政干渉です。言い分は日本にあるのです。それにもかかわらず結局、世界中の国々の反対でなく、中韓たった二カ国の強固な反対のために「靖国神社代替施設」建設を考えているのだ。
結局は検事から執拗に「お前がやったのだろう」と責められたら自白してしまった菅谷さんのケースと全く同じです。「靖国神社代替施設」を認めたら戦後40年間歴代の首相が靖国神社に参拝したことが間違だったことになるのだ。自民党の政治家でもあるにもかかわらず、中韓二カ国から執拗に攻められると自分の主義主張がつらぬけなくなり譲歩してしまうという姿勢が見え見えなのだ。靖国参拝問題で日本の主張を貫いたからと言っても戦争になる心配などないどころか、中韓二国が日本と断交してくる心配などすこしもないのに譲歩しようとする姿勢を見せるのは、やはり自民党の政治家自身でさえ精神的なひ弱さを示している証拠です。自民党の議員よ、もっと精神的にタフになれ。
自民党の歴代の首相は、村山談話や河野談話を否定できませんでした。村山談話や河野談話は閣議決定でもなければ国会決議でもありません。あくまでも政治家の個人的談話です。だから首相の一存で否定できるのです。それを否定できないということは、否定した場合の中韓両国の反発や日本国内のマスコミや左翼の反発を恐れているからです。そういう反対を乗り越えてでも自分の主義主張を通す精神的なタフさがない証拠なのです。
日本の首相は、選挙で負けるか、国会で首相不信任案が可決されないかぎり誰も首相を首にできません。首相に確固とした信念と精神的なタフさをそなえていれば、村山談話や河野談話を否定し、自虐史観を否定できるのです。二世議員の首相ではそんな勇気はありません。鳩山首相にいたっては、心は少年時代のまま、知識だけ沢山つけて首相になっただけ。だから友愛などと理想ばかり追い求めて政治を行おうとしているのだ。自虐史観を日本政府自ら払拭しなければ、日本の復活は、絶対にあり得ません。自虐史観を政府自ら公認している限り日本は自滅の道をたどるだけです。いまはもう自滅への道へまっしぐらです。

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オバマ大統領の強運はいつまで続くのか

ご存知のようにオバマは、最近ノーベル平和賞を受賞した。昨年の11月23日に私はブログで「バラク オバマは任期を全うできるのか」というタイトルで記事を書きました。11月23と言えば、私がブログを開いて一月目ですのでこの記事を読んでいない人が多いと思いますので、全文をここにもう一度披露しました。
「バラク オバマは任期を全うできるのか」
オバマ大統領誕生後のアメリカや世界については専門家たちが色々語ってくれていますので、そこでちょっと違った面からオバマを観察してみました。人間には、自分ではどうしようもない運、不運というものがあるということはどなたでも思うことでしょう。そういう観点からオバマ47歳のこれまでの人生を眺めると、本人とって一番つらい経験は、彼が10歳の時に両親が離婚したことでしょう。この離婚とて二組の夫婦のうち一組は離婚するアメリカにおいては日常茶飯事でめずらしくもなくさして苦労にもならない話です。
従ってオバマの人生は大体においてすべて順調だったことです。子供の頃黒人特有の極貧状態を経験しているわけでもありません。それどころか非常に裕福に暮らしています。83年にコロンビア大学卒業後社会活動に参加、90年にハーバード大学法科大学院に入学。卒業後は人権派弁護士として活躍、2004年に連邦上院議員に当選。一期四年だけです。決して苦学力行型の人間ではありません。ニクソン元大統領の苦学力行は有名です。
オバマは、民主党大統領候補の本命と目されたヒラリーを破り、今度はマケインを破った。大統領選挙中にオバマ陣営を一挙に有利に導いたのが、9月半ばから津波のように襲った米国の金融危機です。戦争はすべての人に災難をもたらすものでもありません。戦争がある人には幸運をあたえることもあります。この度の金融危機で多くの人が損失を出し、ウォール街では十万単位の人々が職を失った。ところがオバマには幸運をもたらしたことは否定できません。
さらに幸運をもたらしたのが、ほとんどのメディアがオバマ贔屓一色だったことです。新聞、テレビ、ラジオなどの論調の90パーセントはオバマ支持だったといわれています。オバマの資質にはすばらしいものがあるのでしょうが、しかし彼の強運さはすごいといわざるをえません。
ブッシュの政策がアメリカ国内で批判を浴びていたことは確かです。そのためブッシュの支持率も非常に低迷いしていました。それでもなぜメディアがあれほどまでにオバマを推したか。私はひょっとしてオバマが黒人だったから優位にたったのではないかと疑っています。アメリカの歴史は、アメリカインディアンから土地を奪い、黒人を奴隷にしてこき使いながら発展してきた事実があります。
そのため黒人への贖罪もあってアメリカのメディアは、オバマを徹底的に非難できなかったのではないでしょうか。もし徹底的に非難したら人種差別主義者とオバマ支持者からあるいは世界から非難が出たでしょう。そのためオバマを支持した方が、かえって自分たちは人種差別主義者でないことを証明したようでメディアには好都合だったのではないでしょうか。これでアメリカのメディアから人種差別主義が一掃されたなどと私は考えていません。
黒人の有権者は、オバマでなくても黒人の大統領候補なら誰でも熱狂的に支持したでしょう。こんな事言えるのも巷の白人たちの間だけで、メディアでは堂々と言えなかったのではないでしょうか。オバマは黒人の有権者の全票を獲得した事でしょう。
オバマの経歴にはいくつかの暗部があります。例えば、彼は上院議員一期四年しかやっていないのにすでに汚職政治家のレッテルをはられていた。また上院選挙時に愛人問題もあった。しかしメディアは、彼の暗部何一つ追及していません。オバマは稀に見る強運のめぐりあわせのもとに大統領になったのです。
若い時にそれえほど苦労することもなくそれでいて大強運にみまわれると、その強運が長続きしないことが多いいのではないでしょうか。また強運の反動にも怖いものがあります。その例をケネディー元大統領にあげて見ると、彼は生まれた時は、大資産家の次男。なにも苦労することもなく大学を出た。彼が働いたたった一つの経験が、大東亜戦争時に海軍に入隊したことでした。
若いアメリカ人男子ほぼ全員ほぼ入隊ですから彼の試練でもなんでもありません。除隊後どこにも勤めることもなく議員に当選。そして親父のお金で大統領選に出馬。当選。ケネディーの人気もすごかったが、ジャクリーン夫人も若いし、きれいだし人気がすごかった。大統領在職中、ケネディーとマリリン・モンローとの関係が暴露された。
その時私は自分の人生とケネディーの人生とを重ねあわせた。理由はその時私は猛烈なマリリン・モンローファンだったからです。モンローの出演映画はすべて見ていたし、現在でもモンロー出演映画のビデオをほとんど持っています。そのくらい私は大変なモンローファンでした。そこでその時私はこう考えたのです。
「俺は子供の時には食うや食わずの極貧状態、やっとの思いで高校を卒後、就職してから苦労の連続、一方ケネディは資産家の息子何一つ苦労する事もなく、一流大学を出、議員になり親父の金で大統領になり、美しい妻もいる。そのうえ世界の大女優、俺の大好きなモンローとベッドを共にしているのだ。俺の人生と比べてあまりにも不公平じゃないか」と、その時の俺は、ケネディーに嫉妬を感じたし、うらやましいと思ったり、癪に障る男でもあった。
そのケディーが大統領任期を全うしないうちにあっさりと暗殺されてしまった。私は現在自分がまがりなりにも幸せだなと思っているせいもあるのか、人生というのは、例外もあるけどけっこうつりあいが取れているのではないかと考えています。若い時があまりにも恵まれすぎているとそれが晩年まで長続きしないのではないか、強運の反動もありえるのではないかと、それにひきかえ若い時苦労しても地道に努力していればある程度は晩年に報われるのではないかと。
話は余談になりますが、ケネディー死後、ケネディーの女たらしがある程度公表されています。近年公開されたFBIのファイルによるとケネディーは、短い大統領任期中32人の女性と関係を持ったというのです。その中に有名な二人の女性がいます。一人はマリリン・モンロー、もう一人は女優の卵のジュディス・キャンベルです。なぜ彼女が有名かというとキャンベルは、シカゴマフィアのボス、サム・ジアンカーナのガールフレンドだったからです。サム・ジアンカーナは、自分のガールフレンドがケネディー大統領と関係を持っていることを知っていました。ケネディーは危険な情事にはまっていたのです。
資産家の息子として生まれ、軍隊に入隊した以外働いたことのない男が大統領になり、当選後はお気に入りの女にはすぐ手をだす。大統領選挙戦の相手は、苦学力行型のニクソンです。これでは人生あまりにも不公平とニクソンは思ったにちがいない。私もそう思いました。そのケネディーは、大統領任期中に暗殺されてしまいました。ケネディー暗殺後、弟のロバート・ケネデイー司法長官も、マリリン・モンローと関係を持ちました。その弟も暗殺されてしまいました。この二人の兄弟の暗殺には、いくつかの背景が語られています。しかし二人に共通の暗殺原因があります。
それは「親の因果が子に報い」だと私は思っています。ケネディー大統領の父は、禁酒法時代、密造酒の販売で財をなしたことで有名です。無論マフィアとの関連もありました。
「親の因果」など日本の警句を持ち出しているが、それと同じ意味の英語があるのか、という質問が出るのではと思い、調べておきました。全く同じ意味の英語表現があるのです。英語では、「The sins of the father are visited upon the sons.」
旧約聖書からきた言葉と言われています。ケネディー兄弟の暗殺は、この警句を地で行っています。「親の因果が子に報い」などと爺くさいことをと、言う人がいるかもしれません。しかし東西両極端には離れた民族、また極端に異なる文化を持つ民族になにか宗教がかった同じ警句があるということは大変興味深いものがあります。
話をバラク・オバマにもどしましょう。オバマも大変な強運の持ち主です。若い時それほど苦労せず、行政の実績何一つなく、メディアの全面的な支持を得、選挙戦中には金融危機がおこり、形勢が一挙に有利になり当選してしまいました。オバマは雄弁家だと言われています。自己主張の弱い日本では雄弁家といわれてもそれほど重要視されないでしょう。雄弁家すなわち舌先三寸でちょろまかしのイメイジの方が強いのではないでしょうか。
私も雄弁家はあまりかってはいません。しかしアメリカ人にとっては雄弁家というのは強力な武器で、聴衆者を催眠術にかける威力があるような気さえします。Change, Change, Changeと言うけどなにをChangeするのか具体性がないくせに、聴衆はYes, we can.,Yes, we can.とまるで放心状態のように応答するのです。アメリカ人は雄弁家が好きなんですね。ヒトラーも雄弁家で有名でした。
要するに私はオバマの強運さを取り越し苦労のように心配しているのです。もう一つ心配していることがあります。オバマの父親はいまどうしているかです。死んだとは聞いていません。あるいはもう死んでいるのかもしれません。母国のケニアに帰ったとは聞いているが、父親の出身地がテレビに映りだされたとき、父親について語られることもなかった。アメリカの大統領候補にでもなるとメディアが候補の過去を徹底して調べ上げることは有名です。しかし今回メディアは、オバマの父親についてほとんどなにも報じていません。
なにか隠しているのではないかと私は疑っています。何故なら今回の選挙ではアメリカのメディアは、オバマ贔屓だったからです。バラク・オバマのミドルネームはフセインです。フセインという名前はアメリカで嫌われています。マケイン陣営が、フセインの名前を持ち出したとき、メディアはあまりにも偏見に満ちているとして蓋をしてしまい二度とフセインというミドルネームが話題になりませんでした。
このため日本でもバラク・オバマのミドルネームがフセインであることがあまり知られていません。メディアによって何も語られることのない理由は、オバマの父親には選挙戦で不利になる汚点があったのではないかと思っています。汚点があると私は、「親の因果が子に報い」ということを心配しなければならなくなります。
何も「親の因果」を心配しなくても、オバマには暗殺される可能性が非常に大きいと思います。勿論黒人だからです。選挙戦後半からオバマの警護が強化されています。大統領選挙では、州総取り方式ですのでオバマ圧勝の印象をあたえますが、総投票数は一億一千万票あまり、そのうちマケインが獲得したのが46パーセントです。
下馬評のわりにはマケインの善戦です。それだけオバマではいやだという人も多いいのです。アメリカには白人の人種差別主義者は健在です。オバマ大統領の経済政策の効果がなかなか上がらず、不況が続き、オバマへの期待に絶望感を感じるようだと貧乏白人の怒りを買い、暗殺される可能性が高くなるでしょう。
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ここから本日のブログ記事です。上記の記事のように私は、オバマのあまりの強運に余計な心配をしているのですが、今度はさらにノーベル平和賞まで授けられるという強運に出会っています。今月21日に発行されたアメリカの週刊誌、ニュ-ズウィークは、オバマに対して強運さには謙虚に対処しなととんでもないしっぺ返しに会うぞと警告しています。
ニューズウィーク誌も私と同じようにオバマの強運の強さを心配し始めたのでしょうか。その記事の一部を紹介しましょう
「はっきりしているのは、現職大統領が現実に功績を挙げないうちに称賛を浴びるのは好ましくないということだ。それに今回のオバマのノーベル平和賞受賞は、アメリカ人が好む『逆境を跳ね返して手にした勝利』とはことなる。(以下中略)
オバマ自身、自分はつくづく運に恵まれているようだと自伝の中で書いている。そのことが分かっているのであれば、身の程をわきまえて謙虚に振る舞ったほうがいい。まだ勝利を収めていないばかりか、出場すらしていないレースで賞をもらうようなまねすればいつかしっぺ返しを食らう。
古代ローマの皇帝たちは自分が思いあがらないように、召使に命じて、「皇帝といえども死を免れない一人の人間なのだ」と常に耳元でささやかせたという。オバマもそれに倣うべきだ(一日たりとも欠かせないその仕事は、首席補佐官のラーム・エマニュエルに任せるのがいいだろう)。
一週間前に第二の故郷であるシカゴにオリンピックを招致するためにデンマークのコペンハーゲンに乗り込んだことをオバマは早くも後悔しているに違いないが、12月にノーベル平和賞の授賞式のためにノールウェーのオスロまで嬉々として出かけていけば、それこそ一生後悔する羽目になるかもしれない。努力せず与えられた称賛を浴びて平気でいられる人間には、得てしてろくな運命が待っていない。」
どうですか、この記事。選挙前あれほどメディアはオバマびいきだったのに今では、実に手厳しい。ニュ-ズウィーク誌ばかりでなく、アメリカでは一般的にオバマのノーベルへ平和賞受賞には疑問や反対の声が大きい。それにオバマ人気も急降下しているだけにノーベル平和賞受賞には手厳しくなりがちです。ノーベル平和賞は、オバマにとって強運とか幸運とか呼べるのでしょうか。私はオバマにとってありがた迷惑な賞ではないかと推察しています。なにやら占い的になってしまいますが、このノーベル章受賞が、オバマの幸運続きの運のつきになるような気がしてなりません。
オバマは黒人大統領なだけに人気の反動が恐い。オバマは現在新しい疑念を払拭できないでいます。オバマはハワイ生まれと言われていますが、その出生証明書の提出に弁護士を使って拒否しているのです。アメリカでは憲法で大統領になれるのはアメリカ生まれと規定されています。なぜオバマは出生証明書の提出を拒むのでしょうか。もともとオバマは、謎の多い人間だったのに選挙期間中メディアが目をつぶっていた面があります。オバマの人気度がさらに低下すれば、この点が今度は強く再燃化するかもしれません。
オバマにとって最良の解決策は、早くアメリカ経済を活性化させることです。経済が順調にゆけば、クリントン元大統領みたいにすけべで不道徳な大統領でもアメリカ国民は受け入れてくれるのだ。オバマは頭がきれる、弁舌さわやかな雄弁家だ、それに自分自身が黒人であるというだけで優位にたてるほどの強運の持ち主で大統領にまでなった。こういう人間がこの先どういう人生経路をたどってゆくのか、不運な人間とは呼べないまでも決して強運ではなかった自称苦労人の私には、非常に興味の対象になる人間です。
追記:
本日でブログを開いて満一年になりました。毎週日曜日に更新してきたいたせいか一週間があっという間にたち、早くも一年たちました。このまま今年いっぱいまで続けるつもりです。来年からはブログをどうするか、止めるか、続けるか、続けるにしても不定期に更新するか、あるいは「歴史街道と時事海外評論」などというわくをはめずに自由自在に書いてみるか、などと色々と考えています。いずれにしても年内に結論を出すつもりでいます。

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防衛大学学生諸君と自衛隊隊員に告ぐ

こんな大それたタイトルで一介の定年サラリーマンが文章を書けるということも、ブログの長所の一つでしょう。しかし書いたところで学生諸君や隊員が読んでくれるかどうかわかりません。しかし私の身の回りには沢山の防衛大OBや自衛隊OBがおります。もし私の考えに同意していただけたら、ぜひ日本の一市民の声として学生諸君や隊員の一人にでも伝えていただけたらと思っています。
二年前私は、初めてテレビ出演しました。番組は日本テレビが毎週金曜日に放映している「太田総理」でした。その時自民党の石破議員が一緒に出演していました。その時の石破の肩書きは、元防衛庁長官でした。その番組で石破は自虐史観を披露しました。私はこの時非常にショックを受けました。元防衛庁長官とあろうものが、自虐史観の持ち主とは、何事だと自然と怒りが沸いてきたのです。私は自民党政府が、村山談話を踏襲していたのは知っていました。また村山談話踏襲には、自民党政府の不必要な外交上の遠慮もあるとも見ています。しかし自民党内には、村山談話に反対している人も沢山います。私はまさか防衛庁長官とあろうものが自虐史観の持ち主だなどとそれまで考えたこともありませんでした。
テレビの収録が終わったとき、石破は覚えているかどうか知りませんが、私は、大きな声で罵倒しました。「もっと歴史を勉強しろ」などのようなことを言ったと思います。最近では元航空幕僚長、田母神氏が、日本は侵略国家でないという論文を私企業が応募している論文に発表したというので政府から解任されました。田母神氏解任劇が、NHKのテレビ番組、「クローズアップ現代」に放映されました。田母神氏の話によるとNHKから一時間以上のインタビューを受けたと言っていました。ところが「クローズアップ現代」では、田母神氏の発言は、たった二言か三言でした。田母神に反して沢山画面に登場したのが、防衛大学校長、五百旗頭真(イオキベ マコト)でした。私は驚きました。五百旗頭(イオキベ)が自虐史観を披露したからでした。防衛大学の校長が、防衛大生に自虐史観を教えるなどということは絶対にあってはならないことです。
今月5日に、私は第36回防衛セミナーを聞きに参加してきました。防衛セミナーは、自衛隊OBの集まりである隊友会の主催、防衛省後援の下に昭和50年から毎年一回開かれ、今年で36回目です。なぜ私が参加したかというと、その切符が手に入ったことと、講演者の一人が防衛大学校長の五百旗頭(イオキベ)だったからです。五百旗頭の発言次第では、私は、大勢の聴講者を前にして痛烈な質問を浴びせ、罵倒してやるつもりでした。
五百旗頭は、「激動の世界と日本の安全保障」の演題の下に一時間半の講演を行いました。講演の前半はほとんど防衛大学の自慢話でした。彼は自虐史観に触れはしましたが、わざと深入りしませんでした。問題発言になるのが怖かったのでしょう。講演内容はたいした内容ではありませんでした。それよりも私が気になったのは、五百旗頭は、これまでの防衛大学の歴代校長と違って、自分自身が教室で教鞭をとり学生に単位を与えていることです。私は、彼は歴史学者だけに自分自身が教室で自虐史観を学生に刷り込みをやっているのではないかと疑いました。彼への質問の中にその辺のことも尋ねるつもりでしたが、彼は、これまでの歴史観からして痛烈な質問を浴びせられるのではないかと恐れたのでしょう、彼は質問時間を設けずに講演を終わらせてしまいました。
大東亜戦争を自虐史観、すなわち侵略戦争と見るか、自衛戦争と見るか、国家の根源にかかわる問題です。自虐史観を強制的に防衛大生や自衛隊隊員に押し付けることには絶対に反対です。自虐史観の下では日本の再生は絶対にありえないからです。そこで自虐史観の成り立ちとその欠陥を簡単に説明しましょう。
1.自虐史観の成り立ち
大東亜戦争敗戦後、皆さんご存知ように日本はアメリカ占領軍の統治を受けました。その統治を受けた期間は正味6年10ヶ月です。日本統治においてアメリカ占領軍が直ちに実行したことの一つに徹底した検閲があります。検閲によって大東亜戦争という言葉の使用禁止し、太平洋戦争という言葉の使用を強制した。太平洋戦争というのは、彼らの戦争史観で、日本は侵略国で正義のアメリカが日本をやっつけたという史観です。日本は敗戦国でアメリカ軍に占領されて統治を受けていますから、少なくとも統治期間は、日本政府も、歴史家や知識人も太平洋戦争史観に従わざるを得なかったのです。これが自虐史観の始まりです。歴史家や知識人は、自虐史観に抵抗するより、自虐史観を受け入れた方が社会的栄達への近道でもあったのです。
2.自虐史観の欠陥
自虐史観の欠陥は、大東亜戦争を昭和史として扱うことです。例えば昭和2年に日本軍の山東出兵、昭和6年に満州事変が起こります。ここから大東亜戦争を語り昭和史を克明に追う。すなわち昭和の日本国内のことだけを克明に調べて日本を侵略国家に仕立て上げ、正義の国、アメリカが日本をやっつける筋立てにしているのです。アメリカ、ソ連、イギリス、ドイツなど白人主要国家が長年日本にどう対応してきたか眼中にないのだ。すなわち大東亜戦争を世界史の中でながめようとは絶対にしないのです。
1492年コロンブスがアメリカ大陸に到着して以来、大航海時代が始まり、それから450年間、白人国家は有色人種国家を侵略続けました。その結果有色人種の国での独立国は、日本を入れて五本の指にも満たない国家郡になってしまいました。急いで明治維新をなしとげた日本は、有色人種の国々の中でただ一国、欧米白人国家に追いつくべく懸命に努力しました。白人国家は、追いついてくる日本を軍事的にも、経済的にも、外交的にもしめつけを強くした。その中で日本は、懸命になって苦労しながら自己主張続けてきた。その延長の結果として大東亜戦争が勃発したのです。
従って大東亜戦争の本質を知るためにはペリーの来航から語らなければならないのです。それではなぜ自虐史観論者は、それをしないか。ペリー来航から語ると日本という国を侵略国家にできず、悪者にできないからです。自虐史観論者は、なにがなんでも日本を侵略国家という悪い国にして、正義の国、アメリカに征伐させたいのです。
3.自虐史観論者の実態
今から30年前ぐらいまでは、日本国内は、戦後ずっと自虐史観一辺倒でした。歴史家や知識人など自虐史観でないと社会的な栄達はほとんど無理でした。現在知識人の中で自虐史観論者の御三家といえば半藤一利、秦郁彦、保坂正康です。この三人の年齢を見てみましょう。半藤一利79歳、秦郁彦77歳、保坂正康70歳、この三人は自虐史観で功成りとげた人達です。いまさら自虐史観を変えられません。また変えてしまったら今までの自分の人生を否定することになります。残念ながら彼らは長生きしすぎたのです。大東亜戦争の日本側の資料は、敗戦国ゆえほとんど出尽しています。アメリカはいまだに公表しませんが、外国から出る資料は、日本にとって有利な情報がほとんどです。例えば半藤一利は書いた「ノモンハンの夏」では日本の完敗ですが、とんでもないロシア側の資料では、日本が勝っているのです。自分にとって都合の悪い資料が出ると懸命になって否定するのだ。
五百旗頭は66歳。彼は防衛大校長ですが、専門は歴史家です。歴史家は、大学で自虐史観を教わったら、それに従わなければ就職にありつけません。現在の大学では、特に一流大学の歴史は自虐史観一辺倒です。もし学生が途中で自虐史観から自衛戦争史観に変えたらもう就職先はありません。かくして一流大学では、自虐史観論者を吐き出しつづけるわけです。
防衛大学の学生や自衛隊員の皆さんは、学校では日教組によって自虐史観を教え込まれます。防衛大学に入れば校長は自虐史観論者、自衛隊に入れば、政府は村山談話の踏襲者、自衛隊幹部が日本は侵略国家でないと発言すれば、解任されるという現状では、皆さんが自虐史観に傾くのは無理がないと思います。しかし自虐史観では、大東亜戦争の実態を知ることはできません。それどころか実態を覆い隠すことになります。したがって皆さんには、独自で大東亜戦争の勉強をしてもらいたいのです。独自で大東亜戦争の勉強とはなにか。読書です。
皆さんには最低四冊の本を読んでもらいたい。自虐史観の本を二冊、自衛戦争を主張する本を二冊読んでもらいたい。そして自分で考えた自分なりの大東亜戦争史観を持ってもらいたいのです。そして最後にこの本だけは読んでもらいたいのです。私は、日本国民必読の本だと思っています。その本とは、アメリカ人女性の東洋史学者、ヘレン・ミアーズ(HELEN MEARS)女史が書いた「アメリカの鏡・日本」(原題:Mirror for Americans: JAPAN)です。
ヘレンは1900年ニュヨーク生まれ、戦前に支那と日本を訪れています。戦争中、ヘレンは大学で教鞭をとっていました。終戦の翌年、昭和21年(1946)へレンは、東京のGHQ(連合軍国最高司令官総司令部)、すなわちアメリカ占領軍日本統治総司令部の労働諮問委員会の11人のメンバーの一人として来日し、日本の労働組合法等、労働法の策定に参加した。そのためへレンは、戦後のアメリカ軍による日本統治の実態を十分に知り得る立場にいたわけです。ヘレンは帰国後の昭和23年(1948)、すなわち終戦わずか3年後に「アメリカの鏡・日本」を出版した。
日本の占領軍司令官、マッカーサーは、この本を読んでアメリカ軍による日本統治の間はこの本を翻訳出版することを禁止した。この本の内容が、徹底したアメリカ批判、日本弁護と日本の言い分の主張だったからです。アメリカ軍による日本占領統治が終わり、日本が独立を回復した翌年、昭和28年(1953)にこの本が日本語に翻訳され「アメリカの反省」というタイトルで出版されました。しかしこの本は当時全く注目されませんでした。当然でしょう。当時は自虐史観の全盛期、自虐史観論者の顔色を真っ青にさせるような本が注目されるわけがありません。
ヘレンは、この本を出版したため彼女の学者としての栄達の道が完全に閉ざされたと言われています。当然でしょう。現在こういう本が出版されてもそれほどアメリカ国内で大きな問題にはならないでしょう。しかし終戦後わずか3年後の出版です。アメリカ中が憎むべき日本を完膚なまでに叩きのめして勝利感と優越感に酔っている時です。その時にヘレンは、徹底してアメリカを批判し、日本の言い分を主張した本を出版したのです。
皆さん想像してみてください。日露戦争勝利後、日本国中がちょうちん行列で勝利を祝いました。まだ勝利の祝いの酔いがさめていない3年後にある日本の学者が、徹底して日本批判し、ロシアの言い分を主張した本が出版しとしたらどうでしょう。その作者は、学者としての栄達の道は、完全にとざされるでしょう。それどころかその本を出版してくれる出版社が現れることはないのではないでしょうか。それだけに私は、ヘレンの勇気に感心するのです。例えアメリカ国中が熱狂的に勝利に酔っていても、「私の考えは違う」とその信念を本にする勇気、しかしそのためにヘレンは、学者仲間から痛烈に批判を浴びることを覚悟したでしょう。
いわばヘレンの将来の学者としての地位を犠牲にして出来た本だけに、彼女のためにも日本ではベストとセラーにしてあげたかった本だと私は思っています。マッカーサーが占領統治早々に「大東亜戦争という言葉を使うな」、「太平洋戦争という言葉を使え」という命令が、独立回復後の日本が平然と「太平洋戦争」という言葉を使い続けるなどとは、ヘレンは想像さえもしなかったのではないでしょうか。
大東亜戦争終了後50年目の平成6年(1995)、私が57歳の時、伊藤延司氏によってヘレンの本が再び翻訳され、「アメリカの鏡・日本」というタイトルでメディアファクトリー社から出版されました。今回は前作の本よりは売れたことは間違いありません。保守層の間でかなり読まれているはずです。しかし残念ながらベストセラーにならなかった。日本でベストセラーにならなかったことが、ヘレンの稀に見る勇気さが何一つ報われなかったように思われて私には非常に残念でなりません。
本出版後数年にして出版社、メディアファクトリー社が倒産、この本は一時期絶版になってしまいましたが、角川出版がこの本をそのまま平成17年(2005)に出版しています。本書の中でヘレンは、こう書いています。
「米国は戦争に勝つために日本を占領したのではない占領そのものが目的だったのだ。米国は日本が脅威だったから日本と戦ったのではない。日本の脅威をことさら強調し、それを口実に日本国民と日本文明の破壊のために戦争に追い込んだのだ。」
それではなぜ、アメリカは「日本国民と日本文明の破壊のために戦争に追い込んだ」のか。私はそれに対する回答を持っています。皆さんには、前にも触れましたが、最低2冊の自虐史観の本、最低2冊の自衛戦争史観の本、そしてこの「アメリカの鏡・日本」を読んでこの回答を引き出してほしいと思います。
追記:
私の大作「大東亜戦争は、アメリカが悪い」は、出版社倒産のため店頭では販売されていません。しかしまだ在庫があります。ご希望があれば実費1500円(郵送代込み)で販売します。メイルで住所を教えていただければ、郵送します。
書評についてはアマゾンで四人の五つ星カスタマーレビューがありますが、そのうちの一人のカスタマーレビュウーを記しておきます。
      「日本人が誇り高く生きるための歴史観を史実を基にしめす。」
「この書は出典を明確にして、日本近代史の重要な事件の本質的な理解を示す貴重な考え方を縦横に披瀝する。支那と米国の反日行動に挟撃され、日本が大東亜戦争に突入せざるを得なくなる事情の描写は素晴らしく林房雄氏の名著<大東亜戦争肯定論>と並ぶほどのレベルの高さ。
東京裁判史観や司馬史観に慣らされた人々にとってまさに目から鱗の落ちること疑いない。定年サラリーマンの挑戦と著者は謙遜するが出来ばえには相当の自信があるにちがいない。」

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鳩山のバカ、アホ、ノータリン その(3)

東京オリンピックについて今年の3月8日に私は次のようなブログを載せました。その記事の全文を再度載せてみました。以下が全文です。
「オリンピック東京招致応援の意味」
一月前ほど、NHKテレビでオリンピック東京招致の舞台裏の模様を放送していました。舞台裏の模様とは何か。東京オリンピックの世論の支持率が低い、そのために支持率をアップするための東京都広報部の奮闘振りの放送でした。
2016年のオリンピック開催を目指して、今のところ有力視されているのが、東京、アメリカのシカゴ、スペインのマドリードとブラジルのリオデジャネイロの四都市です。第一次予選では東京は一位になっています。総合力で東京が一位ですが、その四都市の中で世論のオリンピック支持率では、東京が最下位でした。
東京以外の三都市の支持率が全部70パーセント以上だったのに対して東京の支持率は59パーセントで、大分水をあけられています。オリンピック招致成功の要因には、世論の支持率が高いことが絶対条件です。従ってIOCは、候補地決定前に独自で世論の支持率調査をします。
このため東京都は、世論の支持率アップに試行錯誤をくりかえしながら支持率アップに余念がない。最近では水泳の北島選手を初め金メダル獲得選手にキャンペーン運動に参加させ、聴衆前でスピーチさせたりして、今年にはいって支持率70パーセントぐらいまで上げてきていますが、いまひとつ世論がもりあがっていないことはいなめません、
そこでさらに盛り上がらせるために計画されたのが、今月3月1日に実行されたレイボーブリッジの解放です。レインボーブリッジを開通以来初めて車の通行を禁止し、5000人を歩かせました。テレビのアナウンサーがオリンピック支持を盛り上げるための行進と説明していました。テレビのアナウンサーの説明がなければ、レイボーブリッジが歩行者天国になったとしか考えられなかったでしょう。
なぜ歩行者一人ひとりに五輪の旗と日章旗をもたせてはでに行進させなかったのでしょうか。翌日の朝刊の写真では、ただ長い行列が橋の上を行進しているだけの印象しかあたえません。あきらかに演出の失敗です。
世論のもりあがらない最大の原因は、マスコミの冷淡さにあると私はみています。また野党第一党の民主党も大変非協力的です。日本のマスコミは、日本を批判するためなら嘘をついても、夢中かつ必死になって総力をあげるくせに、日本を外国に宣伝するとなるとかいもく興味をしめさなくなる、いわゆる反日的態度をとるのを常としています。
また日本のマスコミは、石原都知事がきらいです。彼らは東京オリンピック招致を不成功に終わらせ、石原知事を批判する材料にしようとしているのではないかと勘ぐりたくなります。日頃から日本のマスコミの偏向にいらだっている私としては、余計に東京オリンピックを支持したくなります。
私が東京オリンピック支持する二つ目の理由は、国家意識再生です。現在の日本国民の国家意識は私のような保守の一部を除くと最低です。特にマスコミや左巻きの知識人の国家意識は最低中の最低だ。彼らは日本政府や日本人政治家を徹底してけなすくせに、外国政府や外国人政治家を徹底してけなしたことがない。彼らがけなす外国政府が一つだけある。それはアメリカだ。
中国、北朝鮮、韓国、ロシア、この4カ国を、一度でもいいから日本のマスコミや左巻き知識人が徹底して批判したことありますか。確か44、5年前の東京オリンピックの時には、まだ日本国民には国家意識はありました。しかし現在は最低です。今回東京オリンピック開催を勝ち取るために国民の国家意識を盛り上げようではありませんか。
テレビ番組の中で東京都広報部は、世論の支持率アップのために、オリンピックは子供に夢を与えるとか、候補都市のなかで東京都が一番少ない予算だとか、自然と共存し環境破壊がないとか、いろいろ理由をあげて、都民にアピールしていますが、そのアピールの中に国家意識をアピールする作戦が全然語られることがなかったのが不思議でなりません
オリンピック招致支持の三番目の理由は、現在の経済的閉塞感の打破です。現在は世界的に大不況です。これからますます悪くなっていくでしょう。オリンピックという大プロジェクトを獲得すれば、国民の気分を明るくする格好の材料になります。オリンピック招致決定は、今年の10月初めです。決定すればオリンピックプロジェクトが動き出します。雇用の機会が増えます。このため東京を含む4都市は、現在では立候補を決断した時以上に、オリンピック招致に熱が入っているに違いありません。
私は、東京の最大のライバルは、アメリカのシカゴだと考えています。シカゴはオバマ大統領の地元です。2014年の冬季オリンピックは、ロシアのソチに決定しました。最終招致演説には、プーチン大統領が出席し自ら招致演説してソチを獲得しています。国の最高責任者が最終招致演説をするという前例をつくりました。
私はこんどのオリンピックの最終招致演説には、オバマ大統領が乗り込んでくるだろうと予想しています。なぜならオバマはシカゴ出身、それにいまところアフリカの黒人国家には、人気があります。まさにシカゴは東京の強敵です。オリンピック招致は、もはや都市どうしの争いではありません。国家どうしの争いです。特に現状のような世界的不況の状況ではなおさらです。
日本外交でも、オリンピック委員会の各委員の出身国を調べ、日本から沢山の経済援助を受けている国があれば、東京に投票するようよびかけ、もし東京に投票しなかったら日本の援助打ち切りぐらいの脅しをかけたらどうか。
石原知事は、日本は巧緻にたけた外交戦では勝てないと公言していますが、今から東京招致失敗の場合の記者会見用のせりふを使ってどうするのかと言いたい。都民の多額の税金が使われているのです。
シカゴはオバマ大統領かついで一致団結して戦ってくるでしょう。これに対して日本も東京都、政府、マスコミ、都民・国民の一致団結が必要です。昔の東京オリンピックのように一致団結しようではありませんか。せっかく東京は予選一位で通過しているのだ、都民よ、国民よ、もっと東京オリンピックを支持しようではないか。オバマのアメリカに勝とうではないか。
私の個人的考えを言わせてもらえば、東京落選でもリオデジャネイロが勝てば納得もします、なにしろ南米でオリンピックが開かれたことがないからです。シカゴやマドリードに負けるならこれほど腹の立つ事はありません。
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ここまでが今年の3月8日に書いたブログの全文です。そしてここからが本日のブログの始まりです。
ご存知のように東京は落選、リオデジャネイロが当選です。多くの国民は私と同じようにリオデジャネイロならしかたがないとの思いではないでしょうか。落選の原因は、鳩山の民主党政権の全責任とは言いませんが、半分の責任はあると思っています。後の半分はマスコミの責任でしょう。世論に熱気がなくいま一つだったのもマスコミと民主党の協力がなかったからです。
前のブログでも触れましたように、鳩山の民主党は、オリンピックには非常に非協力的でした。民主党は政権を取る前は、オリンピックには非常に冷淡だったのだ。鳩山は、平成19年の4月には自分のメルマガで「傲慢不遜な石原氏の五輪などという時代錯誤的発想」と言っていたし、今年の2月には現在、菅直人副総理・国家戦略担当相は、「石原氏の都政の失敗を五輪で回復しようとするのを、なぜ国会議員が協力しなければならないのか」とまで言っているいのだ。
鳩山が幹事長であった今年の2月10日の幹事長記者会見では、「なぜ今、東京オリンピックが必要なのか、苦しんでいる人のために社会保障政策を充実するほうが、はるかに東京としてやるべき仕事ではないか、そんな思いもないわけではない。しかし、スポーツの祭典であり国民の気持ちが晴れやかにになるならそれも悪いことではない」と語っています。野党であった民主党は、政府が関与するものには全てに反対するという、いわゆる反対のためのオリンピック東京反対で、国のことを考えての反対ではないのだ。オリンピックによる経済効果など考えようともしないのだ。
それが民主党の政権が確実視されると8月11日の記者会見では、「東京でやる意味がどこまであるのかという思いがあったが、最終的に招致に前向きと賛成した。実現に向け努力したい」に変わっていったのです。
野党の時には反対であったが、政権をとり首相になったら賛成になったのだ。こんな情報は、開催地を決める投票権をもっている各IOC委員には、マイナスなることはあっても決してプラスになることはありません。世論の熱狂的な支持もなく、政権担当者の心変わり、マスコミの冷淡さ、これでは東京は勝てないと予想し、シカゴとリオデジャネイロの争いになると私は思っていました。ところがシカゴが最初に脱落したのにはびっくりしました。シカゴの準備態勢にIOC委員達は、不満だったのでしょう。シカゴはオバマの演説だけが頼りになってしまったのでしょう。
鳩山が招致演説に出席するとなかなか発言しないので業を煮やした石原は、直島官房長官を訪問し、脅しをかけたのでしょう。私が石原ならこう脅します。
「鳩山首相に招致演説をしてもらいたい。もし拒否されるなら東京は間違いなく落選する。そうなったら私は黙ってはいない。猛烈に鳩山を非難する。最初から東京招致に反対、首相になった時点では、日本経済はさらに落ち込んでいる。オリンピック招致は、経済効果、国民の心を明るくする心理的効果が大きい。そういうチャンスがありながらわざわざ招致演説をも拒否するつもりか。鳩山が招致演説に出席して東京が負けても私は、鳩山を非難するつもりはない。かえってご苦労さまと言うつもりだ」
恐らくこれに似たような脅しを石原は直島官房長官にかけたのでしょう。土壇場になって、コペンハーゲンに出席して招致演説をすることになった。いままで「五輪などという時代錯誤的発想」と言っていた鳩山が、今度は五輪賛成、招致演説だ。それで東京が当選できるほど国際社会は甘くはないのだ。この点をマスコミから鋭く批判されても当然なのだ。産経新聞は、控えめな鳩山批判をしていたが、他のマスコミはどうだったのでしょうか。オバマ大統領は、帰国後五輪招致失敗で批判にさらされていました。
要するに野党時代の民主党は、政権奪取が最優先で国家のことなど考えていなかったのだ。
政府支援の東京オリンピック反対は、政権奪取の一つの手段に過ぎなかった。その東京オリンピックは、日本の経済再生のためにのどから手がでるほどほしかったのだ。私は、前のブログで東京オリンピック賛成に三つの理由をあげました。その一つに日本経済の落ち目の回復材料です。私はブログでこう書いています。
「現在の経済的閉塞感の打破です。現在は世界的に大不況です。これからますます悪くなっていくでしょう。オリンピックという大プロジェクトを獲得すれば、国民の気分を明るくする格好の材料になります。オリンピック招致決定は、今年の10月初めです。決定すればオリンピックプロジェクトが動き出します。雇用の機会が増えます」
日本経済の低迷はもう長期トレンドに入っているのだ。これを打破するにはもう起死回生の策しかない。東京オリンピックは、格好の起死回生策だったのだ。バカ、アホ、ノータリンの鳩山は、このことが理解できないのだ。マスコミが民主党を支援するのもいい、ある特定の国に肩入れするのもいい。しかしマスコミにとって最も大事なことは日本という国家を強力に支援し、日本という国家を最も大事にすることなのだ。それができていないからマスコミならぬマスゴミと言われるのだ。それに対してマスゴミは返す言葉があるのか。
追記:
たまに私のブログを読んでいる人に出くわします。そのときよく聞かれるのは、「えんだんじ」とはなんですか、なにか意味があるのですか、お寺の名前ですかとかいろいろ聞かれます。この際説明しておきます。「えんだんじ」には意味があります。漢字で書くとわかります。漢字は「炎男爺」です。正確に読むと「えんだんじい」です。しかし「い」はいらないから略しています。意味は文字通り「爺さんだが心はまだ炎のように燃えている男」です。
もっとも「炎の男であったが今では爺さんになってしまった」とも解釈できます。この解釈では、私の未来がなくなり心理的に消極的になりおもしろくない。そこで前者の解釈でこれからも積極的に生きるのだと自分で自分を叱咤激励しているわけです。

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鳩山のバカ、アホ、ノータリン (その2)

毎週日曜日に更新している私のブログ記事、今回は旅行のため一日早めて本日(土曜日)に更新させていただきました。
アメリカのオバマ大統領が9月24日国連の安保理会合の議長を務め、核軍縮・核不拡散をテーマにして論議し、その結果全参加国は「核兵器のない世界」を目指す決議を全会一致で採択した。
「核兵器のない世界」をめざすとオバマが呼びかけたからといって、彼の頭の中にあるのは世界ではなくて、アメリカ第一主義、国益中心だということです。その点を鳩山首相や日本の左翼は、勘違いしているのだ。9月30日発行のアメリカの週刊誌ニューズウィーク紙でも、オバマの呼びかけは、「一つの前提に基づいている。核兵器はアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』であるというものだ」と書いています。
この週刊誌の記事については、読者の中には不思議に思う人がいるかもしれません。なぜなら日本みたいに核を持ってない国が、核兵器は日本の安全保障にとって『最大の脅威』と言うならわかります。しかしアメリカは核保有国であるし、そのうえ世界最強の軍事力を持っているのに、核兵器はアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』とは納得できないからです。
実はアメリカの世界一の軍事力にも弱みがあった。その弱みを理解するために強みを説明しましょう。アメリカはいくら北朝鮮が、アメリカ本土に核兵器をぶちこんでも恐くありません。すぐに反撃して北朝鮮を壊滅できます。北朝鮮ばかりでなく例えロシアでも支那でもアメリカ本土に核兵器をぶちこんでも、反撃して相手国をやっつけることができます。現在世界でたった一国だけでアメリカに戦争をしかけて勝てる国はありません。ところがそのアメリカに弱みがありました。その弱みを露呈したのが、2001年のニューヨーク同時多発テロです。
あの同時多発テロにアメリカ国民は驚愕動転しました。アメリカという国の象徴ともいうべき都市、ニューヨークが不意に爆撃を受けたのと同然になってしまったからです。実はこれまでアメリカ本土が爆撃されたのは、アメリカが独立を求めてイギリスと独立戦争した時のイギリス軍によるものだけでした。日本との戦争でもハワイがやられただけでアメリカ本土はなにも攻撃を受けていません。そのアメリカ本土がテロにあっさりと空爆されたのと同然の姿をさらしたわけですからアメリカ人にとっては大ショックでした。
この同時多発テロでアメリカは二つの事を知りました。アメリカはテロ攻撃に弱いこと、テロとは戦争できないこと。テロリストの仕業とわかっていてもアメリカは何処の国と戦争しかけてよいかわからいからです。あの「目には目を、歯には歯を」というメンタリティーを持っているアメリカ国民が、どこに反撃していいかわからないのです。これほどアメリカ国民にとってショックなことはありません。さらにアメリカ人の悪夢になったのが「もし核兵器がテロリストに渡ったら」どうなるか。アメリカは、世界中のテロリストが一番嫌っている国です。そのテロリストに核兵器が渡ったら、それだけでアメリカ国民には、身震いするほど恐い話です。そのため同時多発テロ事件以来、アメリカは、核拡散による核が絶対にテロリストに渡らせないことを優先することが国策になったのです。だから最初に触れましたようにニューズウイーク紙が、「核兵器がアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』であるというものだ」と書いているのは、ロシアなどが持っている大国の核兵器が脅威ではなくて、テロリストに核が渡った場合の核が脅威になったのです。
同時多発テロが起こった頃フセイン大統領が支配したイラクが核開発をしているとか、もうすでに核兵器を持っているとかがニュースになっていました。アメリカは、フセインのイラクが核兵器開発し、それがテロリスト、アルカイーダの手に渡るのを防ぐためにイラクと戦争した。その結果は、イラクは核兵器を開発していなかったのがわかりました。アフガニスタンでは、やっつけたはずのタリバンが復活してきてアメリカを初めとする多国籍軍と戦闘活動をしています。アフガニスタン全土がタリバンの支配に入ると隣国のパキスタンは核保有国です。しかもパキスタンの政情は不安定です。ひょっとしてパキスタンの核がタリバンの手に入るかもしれません。
とにかく現在のアメリカは、核兵器が所有する国々が続々現れ、核拡散が続くようだと核がテロリストに渡る可能性が高くなりますから、非常に神経質になっています。ここへきてアメリカの国情に変化が起きました。それはアメリカ発の経済恐慌です。これによってアメリカ経済はガタガタになりました。
その結果:
1.もうアメリカはこれまでのように核がテロリストに渡らないようにするために軍事力を使う余力が無くなってきたのです。アフガニスタン戦争も長引きそうだし。もうこれ以上国力を消耗する軍事作戦に耐えられなくなってきたのです。
2、軍事予算の削減、核兵器削減は、アメリカの国家あげての大プロジェクトになった。
アメリカ国内の経済上の理由でアメリカだけで核兵器を削減したら、アメリカの軍事大国としての地位が低下することになります。そこでオバマは、大義名分が通る「核兵器のない世界」実現です。これによって核保有国を同じテーブルにつかせ、「核兵器のない世界」実現のための交渉をする。当然核保有国は、いきなり全核兵器を廃棄できませんが、いずれ廃棄の割合を決めることになるでしょう。こうしてアメリカだけが核兵器を廃棄することなく、相変わらず世界一の軍事大国の地位を保ちながら核兵器を減らすつもりなのです。
要するに私の主張したいことは、オバマ大統領が立派な人間だから「核のない世界」を目指す会議を開催したのではなく、あくまでもアメリカ側の事情によるものだということです。それを鳩山やマスコミ、日本の左翼は、オバマの「核のない世界」の呼びかけに、その背後にはなにかあるのではと、探ろうともせず、単純に喜んで拍手で迎えているのだ。私に言わせれば世界の主要国の政治指導者がきれいごとを言ったらその背後にはなにかあると思って間違いないのです。世界の主要国の指導者は、世界のことを考えて発言したり、行動したりしません。あくまでも自国の国益に合わせて発言、行動するのです。
鳩山はこの核廃絶会議で演説しました。オバマの意気込みに負けてはならないと気負った演説内容です。演説全部を披露することができませんので、私が気になった点を取り出し、私のコメントをつけてみました。
1.「日本は核兵器廃絶に向けて先頭に立たなければならない」
鳩山よ、正気ですか。核兵器のない世界の実現などというこんな難しい問題は、核保有国が先頭にたって行動しなければ到底実現できません。日本が先頭に立ったところで核保有国が率先して協力してくれなければなにも進みません。だからここは「日本は核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」のではなく「核保有国が先頭に立って行動しなければ、実現しません。核保有国は率先して先頭に立ってください」となぜ言えないのですか。
2.「1970年にはNPT(核拡散防止条約)に署名、1996年にはCTBT(核実験全面禁止条約)に署名した。核軍拡の連鎖を断ち切ることが唯一の被爆国としての道義的責任だと信じたからだ」
「被爆国としての同義的責任」とは何ですか。いくら文章全体が、「核軍拡の連鎖を断ち切ることが唯一の被爆国としての同義的責任だと信じたからだ」としても「同義的責任」などと言う言葉を使うべきではありません。誤解を与えるだけです。被爆国日本にはどんな種類の同義的責任など、一切ありません。「道義的責任」などという言葉は、まるで原爆碑に刻まれた有名な「二度と過ちを繰り返しません」という卑屈な言葉と同類の表現です。
「日本は被爆国なので核兵器を持つ権利が一番ある国です。しかしこれ以上核兵器軍拡競争が広がってはいけないとの思いから、日本はその権利を犠牲にしてNPT(核拡散防止条約)とCTBT(核実験全面禁止条約)に署名した。しかし結果的に我が国の犠牲心が実を結ばなかったことは非常に残念です」。これは私が考えた演説のセリフです。読者は、どちらのセリフが卑屈でなく、自己主張しているセリフか判断していただけると思います。
3.「日本が非核三原則を堅持することを誓う」
このセリフは上記(2)のセリフのすぐ後で述べられています。非核三原則とは、「核を持たず、作らず。持ち込まず」の三原則のことです。このセリフは鳩山演説の中で一番最低、最悪です。鳩山よ、「核兵器のない世界」などすぐ実現すると思いますか。長い年数がかかり、あるいは実現しないかもしれないと考えるのが常識でしょう。それなのに、なぜ非核三原則の堅持など日本の今後の軍事計画など公表するのだ。これを聞いて韓国、北朝鮮、支那がどれほどほくそ笑んでいるのかがわからないのですか。この三国やロシアなどどれほど日本をなめきっているのかが理解できないのですか。彼らは現在の日本の軍事体制や軍事力では「どうせ何も出来やしない」と完全になめきっているのだ。鳩山や今の若い政治家は、竹島を韓国から奪われた時、日本がどれほどの犠牲を払って失ったのか知らないのだ。学校で教えることもなければ、マスコミも語ることがないからです。
日本の被害の実態を教えてあげましょう。韓国に拿捕された日本漁船:328層、抑留された日本漁民:3929人、殺された日本漁民:44人、その上日本は、日本の刑務所に服役していた韓国人犯罪者、427人に在留特別許可書を与えて刑務所から放免。これだけの屈辱を受けて日本は竹島を失ったのだ。この事件以来、韓国は日本をなめきってきたのです。首相の靖国参拝反対、従軍慰安婦事件、歴史教科書への干渉等等です。
北朝鮮や支那が日本になにをしてきたか、ここで一々書かなくてもわかるはずだ。鳩山が非核三原則を貫くなら、政権を握っているのだからそれもよかろう、しかしわざわざ公表するバカがどこにいるかというのだ。鳩山よ、よく聞け。理想だけで世間を渡れないと同様に理想だけでは世界で生き残れないのだ。
最後に非核三原則などという馬鹿げた時代遅れの原則を廃棄するよう鳩山に忠告します。西ヨーロッパ諸国の軍事同盟にNATO(北大西洋条約)があります。このNATOとアメリカは軍事同盟の関係があります。NATO加盟国の中には、日本のように核兵器を持たない国々があります。その国々とアメリカは、核シェアリングという条約を結んでいます。核シェアリングとは、核を持たない国が有事の際には、アメリカの核を使わせてもらうことです。当然有事の際を想定してアメリカ製核兵器の扱い方をアメリカから教えてもらう訓練もします。韓国もアメリカとの核シェアリングについて話し合いに入っていると聞いています。
鳩山よ、非核三原則など廃棄して、アメリカに核シェアリングの構想を呼びかけたらどうですか。アメリカにしても、日本が非核三原則を固守している以上核シェアリングの構想を日本に持ち出すことはできません。私がバカ、アホ、ノータリンと呼ぶ人というのは、現実を直視してそれに対応した政策を考えず、理想ばかり追い求める政治家のことです。あなたが温暖化ガス削減交渉でかかげた25パーセントという数字の背景を具体的に説明できますか。説明できるわけがありません。理想とムードに走った数字をあげただけだからです。そして今頃になって各家庭にどのくらいの経済負担がかかるのか計算させているのだ。やることが逆じゃないですか。国際社会で数字を発表する前に当然計算しておくべきだったのではないですか。
あなたは、「日本列島は、日本人の所有物じゃない」と言いました。雑誌「論座」では、日本人の所有物と考えるのは、思いあがりもはなはだしい」とも言いました。私は日本の首相という者は、日本国民のためだけに働いてくれる人だと考えていました。日本には在日韓国人もいれば在日支那人もいる、だからあなたは、日本人のためだけでなく、彼らのためにも働いているのですか。あなたのあだ名は、「宇宙人」だそうだ。そしてあなた自身も「宇宙人」と呼ばれるのが好きだと聞いています。冗談じゃないですよ。宇宙人の考えで政治をやらないでください。世界の現実、日本の現実を直視して、日本列島に住んでいる在日外国人のことは考えなくていいから、日本国民のことだけを考えて政治をしてください。バカ、アホ、ノータリンの政治家が首相になるほど腹立たしいものはありません。
追記:
以前ブログでご案内しましたが、10月18日(日)に私の講演があります。
場所: 大和市生涯学習センター204号室、大和市深見西1丁目3-17
    電話: 046-261-0491
最寄り駅: 相鉄線「大和」駅、または小田急―江ノ島線「大和」駅
      駅から徒歩 10分
時間:14:00-16:30
演題: 「逆境に生きた日本人」
主催者: 大和正論の会
参加費: 会員 1000円、非会員 1500円

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