Archive for 5月, 2010

「日本復活のための三条件」



現在の日本は、間違いなく経済的破滅に向かっています。経済的破滅だけなら恐くありません。貧乏国になるだけです。世界には貧乏な独立国はくさるほど存在します。貧乏になれば日本人は、性根を入れなおして懸命に働くでしょう。恐いのは経済的破滅が政治的破滅につながりかねないし、また政治的破滅を加速させる恐れも充分にあるからです。政治的破滅すると日本は、どうなるかというと終戦直後のように日本は外国に支配されることです。終戦直後はアメリカに支配されましたけど、今度は支那の属国になる恐れが充分あります。

現在、保守系の間では新党ブームですが、保守系の政治家が私と同じように現在の日本に危機感を覚えているからだと思うのです。ところが最近設立された新党、「立ち上がれ日本」(平沼赳夫)、「日本創新党」(山田宏)、「大阪維新の会」(橋下大阪知事)、「新党改革」(舛添要一)などいずれも基本政策らしきものを発表していますが、現状の日本のままでそれらの政策を推し進めて日本は発展するのでしょうか。私に言わせれば現状の日本を変えなくては、日本の将来はありません。日本の現状を変えるということは、どういうことなのか、現状の日本を変えるためにはなにが根本的に一番重要なのか全くわかっていないのだ。現状の日本を変えることなくして、やれ成長政策だの改革だのと言っても絶対に成功しません。皆さん日本は現状のままで良い国になりますか、発展していく国になりますか。誰もそう思わないでしょう。とにかく日本の現状を変えなければなりません。そのためにはなにをしなければならないか。そのためには最低限次ぎの三の問題にとりくまなければならないのです。

一. 大東亜戦争史観の常識化
戦後数十年の間自虐史観の大全盛時代でした。自虐史観とは、戦争のことだけではありません、戦前戦中の日本はすべて悪という歴史観です。私は定年後の2004年に自虐史観に挑戦して「大東亜戦争は、アメリカが悪い」という大作を自費出版した。このようなタイトルの本は、いまからおよそ30-40年前ぐらいだったら自虐史観全盛のため出版されなかったでしょう。自虐史観全盛の頃は、本屋の歴史本コーナーでは「太平洋戦争」と名のつく本ばかりで、「大東亜戦争」と名のつく本は非常にまれでした。しかし現在では大東亜戦争史観も大分国民の間に浸透してきて本屋の歴史本コーナーでも「大東亜戦争」と名のつく本も非常に多くなりました。それでも現在は自虐史観が常識なのだ。日教組という教員の世界、NHK,朝日新聞などの主要メディア、大学などのアカデミックの世界は、すべて自虐史観一色と言っていい。それに加えて現民主党政権も、前自民党政権も、自虐史観のもとに政府が運営されているのだ。政府、メディア、教育などの国家の中枢が自虐史観にとりつかれ、やみくもに謝罪を繰り返してきたのだ。自虐史観がどれほど国益を損じ、日本国民に精神的に負のダメージを与えたかはかりしれないものがあります。日本政府は、そのことを全く理解できていないのだ。

現在日本の社会の指導的立場にある50代―60代前半の人たち、いわゆる団塊の人たちは、自虐史観を徹底的に教えこまれた人たちです。教育学博士である若狭和朋氏は、37年間高校の歴史教師と15年間非行生徒の指導部長を勤めた経歴の持ち主です。若狭氏は、こう書いています。
「非行に奔る若者の志操の喪失は歴史知識の無知・歪んだ史観の刷り込みなど複合汚染の結果であるケースが多い。レイプ未遂で「保護」された生徒は、「俺の爺さんは『南京大虐殺』の部隊だったんだ」と口走った。

日本は、戦争犯罪国家などと教え込まれ、学校で君が代も歌わない、日章旗も掲げないで育った子供が国への誇りや愛国心を抱くわけがない、国への誇りや愛国心がないから国家意識も非常に薄くなる。そういう人間がどうして国家のためには働こうなどという気になるかというのです。政治家が国家のために働くどころか私利私欲のためにだけ働くことになってしまっているのが現状です。なぜ日本は戦後急速に経済発展できたのか、戦後日本社会の第一線で働いた人たちや指導的立場の人たちは、自虐史観の教育を受けて育った連中でなく戦前の教育を受けた連中だったことです。それに続く私の年代の人たちは、戦後の教育を受けたけれどまだ日教組の力は微弱で、自虐史観など教え込まれてこなかった。また戦前の先生の権威の高さがそのまま残っていて教室には戦前の雰囲気がただよっていたのだ。従って我々の先輩や我々は愛国心も強く国家意識も強かった。外国人からは、我々はワーカホッリック(仕事中毒)とさげすまれながらそれこそ寝る間をおしんで生活水準を上げるためにがむしゃらに働いた。いくら貧乏でも我々は日本人として矜持を失っていなかった。その結果日本経済が繁栄したのだ。私の先輩や私の年代の人間が日本経済繁栄のために邁進している時に、日教組は次の世代の子供たちに自虐史観を徹底的に教え込んだのだ。その子供たちは、愛国心を持つどころか、祖国を侵略国とさげすみ、日本人としての誇りもなく、国家意識もないままに大人になり社会の第一線で活躍するようになり、現在では社会の指導的立場になっているのだ。それが現在の50代-60代前半の人たちだ、鳩山首相はその典型的な例でしょう。その結果として現在日本の衰退の惨状がいたましいかぎりなのは当然の結果ではないのでしょうか。

現在日本社会の第一線で活躍する年代の人たちや社会の指導的立場にたつ人たちが、愛国心あふれ、日本人としての誇りを持ち、国家意識が強いく、勤勉であったら日本は衰退していったでしょうか。現在の日本は、戦争もない長年平和でいながら衰退が加速しています。なにが現在の日本人に欠けているか、そして何が必要かは、読者の皆さんにはお分かりしていただけたと思います。現在緊急に必要なのは、自虐史観の払拭です。
保守の政治家に今一番必要なのは、大東亜戦争を自ら勉強する時間を作ることです。彼らは、あまりにも大東亜戦争を知らなさ過ぎるのだ。そのために外交で国益を損ねていることすら理解できないのだ。自虐史観は、勝利国の歴史観であり、また日本を共産主義国家にしたい左翼、例えば日教組などが考えだした歴史観でもあります。従って自虐史観は、歴史の歪曲、曲解、捏造、分かり易く一言でいえば平然とうそをつくのだ。そして日本の良さや日本にとって有利な史実の無視など正常な日本人なら激しい怒りを感じる史観です。私は怒りに燃えて定年後「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を書いたのだ。保守の政治家は、もっともっと真剣に自ら大東亜戦争を勉強し、自虐史観の払拭のための戦いをしてほしい。自虐史観が変われば歴史教育が変わる。歴史教育が変われば、子供の国への態度がかわるのだ。そのことが日本の外交を変えていくことになるのだ。自虐史観を日本国民の常識にしたままでは日本の復活、日本の未来は、絶対にありえません。

二. 自主憲法制定、あるいは現行憲法改正。改正の場合には、憲法九条は、絶対廃棄。
大東亜戦争終結の二年後、昭和27年5月3日にアメリカ占領軍が作った日本国憲法(現行憲法)が施行され、以来この63年間無効にされることもなく、一度も改正されることもなく施行されています。このアメリカ人軍人が作った憲法を、自虐史観の本の中には、アメリカ人が作った憲法でなく、日本人が作った憲法だと平然と主張する本もあるのだ。日本人が作った憲法なら、なぜ憲法の原文は、英語なのだと言いたい。憲法は国の根幹に関わる問題です。終戦後日本を占領したアメリカ軍が作った憲法を、日本が独立を回復して以来58年も経つのに、無効にされるどころか一つも改正されることもなく後生大事に守り通しているということは、世界の奇跡以外のなにものでもない。現行憲法で悪名高いのが九条の武装放棄です。陸海空の三軍を持つ自衛隊などは、あきらかに憲法違反です。それでも自主憲法を制定しようという国民の声があがるどころか、何一つ改正されてさえもいないのだ。

皆さん、日本は古い歴史を誇る国です。ところが我々国民が、自国の憲法を作ったことがないのだ。明治維新のとき、国民が憲法を作るべきだったが、明治政府が憲法を作ってしまった。敗戦の時、日本国民は憲法を作るべきだった。しかしアメリカ占領軍が、日本の憲法を作って日本国民に押し付けた。そして現行憲法は不備があり、時代にも合わなくなっているから改正しなければだめだという話がもう何十年も前から言われ、特に現在では、現行憲法の九条が諸悪の根源だとも言われるようになっています。それにも関わらず日本国民自らの手で憲法を作ろうという話がすこしももちあがらないのだ。戦後、日本が民主主義国になって60年以上、自分達の憲法を作ろうという雰囲気になって当然ではないでしょうか。ところが国民自ら自国の憲法を作ることもできず、現行憲法さえいまだに改正することができないために、現在のような情けない日本ができあがってしまったのではないでしょうか。政治家の間で憲法問題が持ち上がると必ず憲法改正の話になります。なぜか自国の自主憲法をつくろうという話が持ち上がらないのだ。自分の国の憲法は、外国人の作った憲法ではなくて国民全体でつくった憲法を作ろうではないですか。どうして国民全体がこういう気分にならないのでしょうか。皆さん、私の考えが間違っていますか?明治時代にできた大日本帝国憲法は、不備な点はあったが、結局なにも改正されず不磨の大典になり、大日本帝国は破滅してしまった。現行憲法も色々な欠陥がある、それにもかかわらずいまだになにも改正されず、日本は経済的自滅の道を歩んでいるのだ。結局現行憲法もなにも改正されずに不磨の大典になり日本国は破滅。日本国民は、いずれ支那の支配の下で暮らす可能性さえあるのだ。

そうならないためにも自主憲法を制定、その気がないなら私は改正でもがまんします。至急現行憲法を改正して国を建て直しましょう。これほど緊急な問題にもかかわらず、保守の政治家の鈍感さに腹がたつ。「みんなの党」の後に続いていくつかの保守系の党が新設されたが、党の政策のなかにはっきり憲法改正を主張しているのは、平沼氏が代表する「立ち上がれ日本」だけです。まさに保守の政治家のだらしなさを象徴する事柄です。

保守の人たちの間では、現行憲法を60年以上使用していながらいまさら無効にして自主憲法制定は無理だろうと主張する人がいます。私に言わせれば、それがどうしたのだというのです。憲法改正には国会議員の三分の二以上の賛成が必要です。さらに国民投票で過半数の数が必要です。そのことにこだわっていたらいつ改正されるかわかりません。衆参両議院で過半数をとった政権政党が無効宣言すればそれですむ話ではないでしょうか。外国人占領軍が作った憲法を占領終了後に日本国家の判断で無効にしたとしてなにが悪いのでしょうか。いずれにしても自主憲法制定が無理だというなら即時改正しなければなりません。憲法改正は、緊急課題です。それすらいますぐできないようなら日本の復活はありえません。

三、天皇陛下及び首相の靖国神社参拝の制度化。
私は今でもはっきり覚えていますが、十数年前までは世論調査で首相の靖国参拝賛成者は過半数以上で反対者を上回っていたのです。ところが今では反対者の方が過半数以上を占めているのです。まさに支那、韓国、日本のマスコミの宣伝勝ちと日本の政治家のだらしなさの証明です。天皇陛下や首相の靖国神社への参拝に反対する日本人たちに私は非常な怒りを込めて問いただしたい。かりに大東亜戦争が侵略戦争だったとしましょう。欧米諸国やロシアは、侵略戦争常連国だった。日本の先輩国です。それでも彼らは国のために戦った自国民兵士を国営墓地に埋葬し敬っています。これは国家として当たり前ことではないでしょうか。それに対してあなたがた反日日本人は、欧米諸国を非難していますか。なぜ日本だけ反対するのですか。この私の質問に道理にかなった返答ができますか。大東亜戦争が侵略戦争であれ、自衛戦争であれ、すなわちどんな戦争であろうと自国のために戦って死んでくれた兵士を国民全体で敬って当然なのです。これが世界の常識です。それを死んだ同胞兵士を足げにする非情、薄情な反日日本人を絶対に許すことはできません。どんな国でもいざ戦争となれば、その国の兵士は、自分の将来が犠牲になることを覚悟して国のために戦うのだ。だからこそ国民は、死んだ兵士を敬うのです。大東亜戦争でどれだけの若い兵士が国を守るために自分の将来性を国に奉げて死んでいったことか。日本の繁栄は、彼らのお陰なのです。これはただ感傷的な言葉だけでなく、論理的にも史実的にも説明できるのです。なぜ天皇陛下や首相の靖国参拝を制度化するか、これによって日本民族は団結できるからです。天皇陛下と首相の靖国参拝、大東亜戦争史観、この二つによって我々日本人は、自分の国の歴史を取り戻すことができるのです。外国人に日本の歴史を指図されてたまるか。日本民族の団結、復活を好まない国があります。それは韓国、支那です。だからこそ両国は靖国参拝に強硬に反対するのです。

この上記三条件のもとに日本国内の情勢が固まっていけば、日本の復活は非常に早い。しかしこの三条件がいつまでもうやむやの状態であれば、どんな政策を実行しようと日本の復活は有り得ません。支那と韓国の両国は、反日日本人を組んで日本が強力な国に復活しないようにあらゆる方策を講じています。とくに顕著なのが日本のマスコミに対する強力な支配力です。かってレーニンは、新聞社一社は数ケ師団の兵力に匹敵すると述べたという。レーニンの時代は、新聞社の数も少ないし、だいいちテレビ放送もなかった時代です。それを考えると現在我々草の根保守は、朝日新聞を筆頭に数々の新聞社、NHKテレビを筆頭に数々のテレビ局、広告界の巨人、電通、彼らを支援する支那や韓国政府、すなわち雲霞のごとき敵の大軍に包囲されているも同然だ。だから草の根保守が千人以上参加したNHKデモ、五千人以上集めた集会(夫婦別姓反対)、あるいは一万人以上集めた集会(外国人参政権反対)を開いても、マスコミはほとんど報道しません。従って上記三条件の達成は、至難の業だ。しかしこの三点なくして日本の復活はあり得ないのだ。どんなに四面楚歌に陥ろうとも我々草の根保守は、戦い続けなければいけない。後世の日本人たちに真の日本人たちがいたことを示すためにもあきらめてはいけないのです。

追記*
私のブログに私の著書の紹介コーナーを準備していました。今回やっと「書籍紹介」という名のもとに公開できました。このブログの左側上の「自己紹介」の下に「書籍紹介」を設けましたのでついでに御覧ください。





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「宮崎の口蹄疫問題に関する記事(5月13日)の削除について」




今回の私のブログ記事「緊急拡散の御願い(宮崎の口蹄疫の実態)」に関して、一部の読者の方から内容に関して指摘がありました。ご指摘をしていただいた方々に感謝しておりますが、ご指摘の内容に関して事実かどうかは当方では確認するに至らず、また、本ブログの運営担当からの進言もありましたので記事全文を一旦削除することにいたしました。

しかしながら宮崎県の畜産農家の方のご苦労は現在も続いております。一日も早い状況の改善を願わずにいられません。

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「品格」のマニュアル化



朝青龍が引退に追い込まれ、引退を表明した。今年10月に断髪式を行うことになった。朝青龍には未練の残る引退であった。なにしろ体力的にまだまだ相撲がとれるし、本人もまだまだやる気充分だった。朝青龍が引退に追い込まれた直接の原因は、場所中に酒に酔い、暴行事件を起こしたことです。朝青龍の説明によれば、彼の個人マネージャーに暴行を振るったことになっているが、実際は朝青龍が飲んでいたお店の主人で鼻骨を折られるなど全治一ヶ月の重傷を負わされたというのだ。朝青龍はうそをついていたこになった。日本相撲協会は朝青龍を呼びつけ、引退を勧告した。引退を受け入れれば朝青龍には、高額な功労金や退職金が払われるが、引退を受け入れなければ、相撲界からは追放される。追放の場合は、一銭の金額も払われない。現時点では断髪式を行うのは決定しているが、引退相撲を行うかどうかは宙に浮いている状態です。横綱審議委員会は、引退横綱に引退相撲を取らせるかどうかの権限はありませんが、引退相撲の興行には反対を表明しています。

朝青龍は、これまでに「横綱の品格」を問われる行為を数々してきたからいまでは相撲界全体から嫌われているのだ。そこで皆さんにお聞きしたい。よく「横綱の品格」と言われますが、一体「横綱の品格」とは何でしょうか。どなたか「横綱の品格」を、具体的に且つ簡潔に説明できる人がいるでしょうか。日本人が「品格」というものを具体的に説明できないものを、外国人横綱に「品格」を理解させることは非常に無理なのではないでしょうか。朝青龍自身が『「横綱の品格」とよく言われるが、どういうものかよくわからない』と言ったとか報道されていますが、当然だと思います。日本人でさえ「横綱の品格」と言っても、それぞれの人たちが、かってに思い描くだけで、誰もこれが「横綱の品格」だと断定的に説明できないからです。その説明できない難しさは、その「品格」の中には、横綱は相撲に強いばかりでなく、人間として立派でなければならないというような日本の文化が含まれているからだと思います。

これから先10数年、日本人横綱は誕生しないどころか、この二、三年で横綱大関陣は、すべて外国人で占められそうな気配が濃厚です。そこで外国人力士に「横綱の品格」を理解させるために「品格」をマニュアル化、すなわち横綱としてのあるべき姿、あるいは横綱として守るべき規則、あるいは横綱としてしてはいけない行動などを列挙して書類にし、それを横綱誕生時に同意のサインをさせる必要があるのではないかと考えています。これが私の主張する「品格」のマニュアル化です。朝青龍の悪例をひきながら、あるいは文化的背景を説明しながら、いくつかの項目を挙げて「品格」のマニュアル化のいくつかの例を提示してみました。

1.横綱は他の力士のリーダーであり模範でなければならないという自覚を持つこと。
朝青龍は一人横綱になってから巡業先での稽古をよくサボルようになった。巡業は、相撲界全体の団体行動です。稽古をサボれば全力士にわかってしまいます。朝青龍にしてみれば稽古しなくても本場所で立派な成績を上げれば、文句ないだろうという考えがある。これでは他の力士へのしめしがつきません。力士たちもなんとなく稽古をサボるようになる。
そのせいもあるのでしょう、去年から巡業中は力士の稽古出席簿が作られたというのだ。

2.横綱が病気及びけがなどの治療のため巡業を欠席する場合、必ず診断証明書を相撲協会に提出すること。巡業を欠場している期間中は公の場所に出席しないこと。
巡業は、相撲協会にとって本場所に次ぐ重要な興業です。力士、行司、親方総勢330名
ほどの大所帯が参加しますし、横綱の土俵入りもあります。以前朝青龍は腰の治療と称して巡業に参加せずモンゴルに帰った。モンゴルでサッカー行事に参加し、自らサッカーのプレイをした。このことが相撲協会にばれた。どうやら腰の治療というのは朝青龍の仮病らしかった。このとき相撲協会は、朝青龍に二場所連続出場停止の処分を下しています。

3.横綱は、行司のくだした判定に、抗議の態度すらも示してはならない。
日本古来のスポーツ、例えば剣道、相撲、柔道、空手などは審判の判定は絶対です。選手など抗議などしてはならない雰囲気です。相撲の勝負の判定は行事の権限で、行事の判定に「まった」をかけるのが土俵下にいる審判員だけです。ある場所朝青龍は、勝負が非常にもつれ両力士土俵際でほとんど同時に倒れこんだ。行司の審判が相手方に軍配を挙げた瞬間、倒れていた朝青龍は土俵際に指を差し「相手が先に土俵を割ったではないかと」抗議するしぐさを示した。いわゆる見苦しいしぐさを示したのだ。行司の装束には腰に小刀がさしてある。行司が間違った判定をしたら切腹の意が込められているのだ。行司は、自分の軍配に命をかけろという意味です。力士の本業は、土俵上で相撲をとることであり、勝負判定は行司の仕事です。力士は行司の判定に不服な態度を示してはならないのだ。

4.横綱は、土俵上では正々堂々と戦わねばならぬ。
日本国民は、スポーツの世界では常に正々堂々と戦うことを好みます。この正々堂々と戦おうとする日本人の執着心は、外国人よりはるかに強い。私たち先人の示した一例を披露しましょう。1920年(大正9)テニスのウィンブルドン大会です。出場した日本人選手、清水善造は、当時世界ランキング4位の強豪です。清水は、前年のウィンブルドン大会の優勝者への挑戦者決定戦でアメリカのビル・チルデンと対戦した。対戦中チルデンがコート内で転倒した。清水は転倒したチルデンが起き上がって打ち返せるようにわざとゆっくりとした球を送ってやった。この時コートは一瞬静まり返ったが間もなく彼のスポーツマンシップに観衆から大きな歓声がわきあがった。試合は清水の敗戦に終わった。しかしこの清水のスポーツマンシップは語り草になった。私の年代以上の者は、戦前戦後間もなくまで学校の教科書に載っていたのでこの話をよく知っています。

現在ではこんなスポーツマンシップは見られなくなってしまった。今では勝つことがすべてになってしまったようだ。サッカーなどは審判の見ていないところでは上手に反則をするのが常識になっているのだ。すなわち正々堂々と戦わないのだ。しかし相撲の世界では、この正々堂々と戦う文化が残っていて勝つことがすべてではない。相撲の決まり手に「けたぐり」というのがある。奇襲戦法です。通常、平幕の力士が横綱、大関を相手に戦うような時とか、あるいは体重が極端に軽い力士が非常に重量の重い力士を相手に戦う場合に「けたぐり」を奇襲戦法として使うのが常識です。ところが、横綱ともあろう朝青龍が平幕相手に「けたぐり」を使って勝ったのを私はテレビでみたことが一度あります。その後朝青龍が「けたぐり」を使ったかどうか知りません。横綱が使うべき決まり手ではありません。

ところで清水、チルデン両選手の死後に後日談があります。1921年(大正10)デビスカップ決勝戦で清水は再度チルデンと試合した。清水は試合を有利に進め、彼がマッチポイントを握った。清水のサーブがエースとなってセンターラインをかすめた。敗れたと思ったチルデンが清水に握手を求めるためネットに駆け寄った。その時ネットジャッジは、清水のサーブの球がネットにふれたと判定した。その結果この一球で試合の流れは変わり結局清水は敗れた。しかし後年この時のネットジャッジだったC.N.フォーテスクは、アジア人にデ杯を渡したくなかったために球がネットに振れたと判定したと告白したのだ。1921年(大正10)の清水、チルデンのデ杯戦の三年後、1924年(大正13)にアメリカの徹底した人種差別政策、排日移民法が可決された。これが昭和天皇も主張する大東亜戦争勃発の原因の一つになったのだ。

5.横綱のガッツポーズは禁止。
横綱また力士は、自分がどんな印象的な勝ち方をしようと、また優勝を決定づけた勝ち方をしようと、誇らしげにガッツポーズをすべきではない。
これは日本特有の敗者への配慮、ないし気配りの手段なのだ。正々堂々と戦うことと敗者への配慮は、日本で生まれたスポーツの真髄なのだ。土俵上は、正々堂々と戦う相撲の勝ち負けを観衆に見せる場所であり、勝った力士が喜びを、負けた力士が無念さを観衆に見せ付ける場所ではありません。

6.横綱の「駄目押し」は特にダメです。
「駄目押し」とは勝負がついて自分が勝っているにもかかわらず、相手力士をまだ勝負がついていないと言わんばかりに押したり突いたりすること。勝負がついているだけに相手力士は力をぬいているから一突きで吹っ飛んだり、崩れたりします。朝青龍は、この「駄目押し」が実に多かった、見ていて実に見苦しいのだ。横綱の名が泣きます。例外的に夢中のあまり行司の軍配に気がつかず「駄目押し」になる時もあります。土俵下の審判員は、自然な相撲の流れの中の「駄目押し」なのか、あるいは醜い「駄目押し」なのか区別がつくはずなのです。相撲協会は、この醜い「駄目押し」にはもっと厳しい態度で朝青龍を罰すべきだったと思う。

7.横綱の暴力行為の禁止。
最初に触れたように朝青龍は、場所中に酒に酔い、暴力をふるい一般の人に重い怪我を負わせ引退に追い込まれた。力士の拳は、手刀と言われるほどの凶器なのだ。

以上七項目をあげましたが、その他にも麻薬の問題、あるいは横綱の土俵入りのような横綱としての仕来りや習慣などがあるでしょう。そういう項目を全部網羅して、項目によってはその背景を説明し、最後に下記のような項目を挿入しておくのです。
「横綱としてどういう行動をとればよいのか分からない時には、親方と相談して決める。親方も分からない時には、相撲協会と相談して決める」
最近では、朝青龍は、モンゴルの外務大臣らと一緒に北朝鮮を訪問しています。しかし朝青龍は、まだ断髪式が終わっていません、引退相撲も行われるかもしれません。まだ身分は日本相撲協会の一員ではないのか。北朝鮮には拉致問題が未解決、いわば日本の敵国です。朝青龍は自由に北朝鮮を訪問できる立場にいるのでしょうか。引退横綱と日本相撲協会との関係は、いつの時点で終了するのか取り決めておかなければいけないのではないでしょうか。

大相撲のような伝統あるスポーツに西洋式の契約概念を持ち込むのは、私はあまり好みませんが,「横綱の品格」としての書類を作成し、横綱に承諾のサインをさせることによって公式に横綱の誕生とすることが最良の策だと思うのです。その理由は、
1. 外国人横綱がこれからも長い間続く。
2.「横綱の品格」を口で説明するより書類にしてサインで承諾させる方が重みがある。
3. 横綱誕生時においてすでに「横綱の品格」を意識させる効果がある。
4. 日本相撲協会への外国人や引退横綱の不平不満を防ぐのに役立つ。
朝青龍が引退に追い込まれた時、母国、モンゴルでは、朝青龍が日本人横綱の最多優勝記録を破りそうだから引退に追い込んだと報道された。朝青龍の父親もそのような発言していました。父親が日本に来た時は、そんなこと一言も言っていません。父親のそのような発言で、朝青龍の高額な功労金や退職金がフイになるのを恐れたのだ。断髪式も済み、功労金や退職金を手にしたら、朝青龍は必ず相撲協会への不満を口にするでしょう。
5. 先にも触れましたが、いずれ横綱大関陣は、全部外人で占められる可能性が非常に強
い。そんな時、外人横綱大関陣がこぞって日本相撲協会になにか要求や提案(例えば日本語を強制するなとか)を出す可能性は否定できない。その時に慌てないように、項目の中には横綱の参加を防ぐような条項、例えば「相撲協会の慣習には必ず従う」などを挿入しておくべきだと考えています。

皆さんは、私のこの考えにどう思われるでしょうか。








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