Archive for 7月, 2011

西尾幹二氏と水島聡氏の討論を聞いて



原発推進か脱原発かの二人の討論が今月半ばにチャンネル桜で放映された。私はその番組をユーチューブで見ました。私が軽蔑する保守知識人が原発問題について西尾氏と討論したところで私には全く興味わきません。ところが討論相手が原発推進を主張する水島聡となると話が違います。俄然興味がわいた。なぜなら水島氏は、すばらしい人間性の持ち主ですし、私が尊敬する保守知識人の一人だからです。水島氏が主催するデモには何回も参加してきました。その水島氏がなぜ西尾氏と意見があわないのか、この二人の討論は、私にとってちょっとした呼び物になった。結局同じ討論を三回も聞くはめになりました。なぜ三回も聞くことになったか。それは二人の考えの違いはどこから発するのか、すなわち違いの原点はどこからなのかとさぐるために三回聞くことになったのです。その結果、二人の意見の相違は。次の二つの認識の差によるのではないかと考えました。認識の差と言っても二人は、認識の差などと発言しているわけでなし、また二つに分けて話をしているわけでもありません。いろいろな点をおりまぜながら話をしているわけです。それを読者にあえて二つにわけて分かりやすく説明するのはむずかしいのですが、それを私の独断と偏見をまぜながら試みてみました。

1.日本の現状認識の差
この原発事故では危機管理のまずさばかり強調されていますが、いくら予防処置を講じても事故はおきることもあるわけです。一端事故がおきたら、その事故の対処能力も問われます。しかし、政府にも東電にもその事故対処能力が全くないのも露見した。放射能で汚染された建物屋内を動きまわる人工ロボットをアメリカから借りた。放射能を大量に含んだ汚染水を循環させながら汚染度を減らしていく循環施設もアメリカやフランスから借りた。この人工ロボットも水処理循環施設も日本が得意とする分野で世界でも非常に高い評価をうけている技術です。それらすらも外国から借りなければならなかったということは、東電は原発を建てた時から、事故など全く想定していなかったということです。この東電の能天気ぶりは恐ろしいほどです。この恐ろしいほどの能天気ぶりは、東電だけに限ったことでなく、現在の日本人特有のものです。日本国民そのものが危機管理意識などなにもないのです。今回の事故で原発というのは、一端事故をおこすといかに危険なプラントであることがわかった。そんな危険なプラントが、外国やテロリストから攻撃を受けやすい海岸沿いに日本の原発全基、54基が無防備状態で配置されているのです。韓国では原発プラントに機関砲が設置されているのだ。どこの原発所有国でも、原発の廃棄物など危険だからどこに埋めているか極秘です。ところが日本では青森県の六ヶ所村に原発から出る放射性廃棄物が金属容器に詰め込まれ野ざらしにされて、まるで毒物を公開しているも同然の姿をさらけだしているのだ。外国やテロリストが日本を降参させようと思ったら簡単です。核兵器など使う必要など全くない。海岸沿いにある原発を数基乗っ取り、ついでに六ヶ所村に手榴弾でも放り投げておけばそれで日本はおしまいです。そんなことは起こらないだろうと何もしないのが日本人。起きたら、その時想定外だったというのが日本人なのだ。それでも推進派は、原発を作れという。原発事故の影響を受けた福島県民の苦難にはすさまじいものがあります。それでも原子力安全委員会や安全保安院は、罰せられるどころか、給料さえ減給されることもないのだ。その連中や技術者、それにかかわる東大など原発学者、官僚達、政治家など事故を想定するどころか、国家意識が欠落し、国家観など無きにひとしい、だから国を守ろうとする強い意欲などなにもない。そんな連中にまた原発を作らせるわけにはいかないから、ここはいったん原発から手を引けと西尾氏は言う。それに対して水島氏は、エネルギー政策は、国家の重要な政策だからそう簡単に変えるべきでないし、変えられるものではない。日本だけ原発を作らない、作れないでは情けない国になってしまう。しかし作らせるには国家意識をきちんと持っている人に作ってもらわなくては困ると断言しています。この国家意識の重要さは二人とも一致しているから現状認識の差の歩み寄りは可能でしょう。しかし次に述べる技術革新の認識の差は、二人の間では非常に大きい。

2.技術革新の認識の差
水島氏は、技術の欠陥、あるいは欠陥により起こる事故に対しては、技術の進歩、すなわち技術革新によってさらに良い物を作っていく。これが人間の性であり、DNAであり、宿命であるのだ。だから今回の事故を教訓にして謙虚に学びより良い物を作っていけばいいのだ。これに対し西尾氏は、原発は一度事故を起こすと人間社会に恐るべき悲惨さをもたらす。そういう物は技術とは言えないとまで断言している。そこまで言い切れるかどうか私も疑問だが、西尾氏は、さらに「私は技術の進歩に幻想を抱いていません」と言う、この言葉を二、三回口にしています。この言葉は大事なので私なりの解釈をして説明しましょう。皆さんに一つ質問があります。技術革新は、人間と共存できると思いますか?皆さんの多くが、とくに技術者は、そんな当たり前なこと聞くなと言う人もいるでしょう。当然だと思います。いままで人間は、技術革新からどれほどの恩恵を受けてきたか測り知れないからです。しかし、私はもう人間は、物によっては技術革新と共存できない時代に入りつつあるのではないか、あるいはもうすでに入っているのではないかという考えを抱いています。それを分かりやすく説明できる分野があります。それは医学の世界です。私が30代や40代の頃、日本に百歳以上の人間は、両手の指で数えられたのではないでしょうか。それが2000年、私が50代に入った時には、日本には、100歳以上の人間が3、078人、それが平成21年にはなんと40、399人です。19年間に100歳以上の人間が10倍に増えているのです。日本ではこれから100歳以上の人間がドンドン増えていくでしょう。日本で最初の心臓移植がたしか札幌で行われた時、大変な大騒ぎだった。いまでは臓器移植など日常茶飯事になりつつあります。そのため臓器移植で悪事を企む連中が出てきた。人工臓器の実用化がどんどん進んでいます。細胞の老化を防ぐ薬の開発も行っているという。人間の平均寿命がどんどん長くなるでしょう。
その時人間社会は、人間の無限とも言うべき平均寿命の長さに耐えられるのでしょうか。
世界人口の急増、食糧不足、年金不足、医療費の急増、無限に伸びていく平均寿命に耐えられないと思います。かりに古来から人類の夢である不老長寿の薬を開発しても、もう人間社会はそんなもの到底受け入れらません。私の予想では、いずれ人間は百歳以上生きられなくなるのではないでしょうか。百歳になったら、例え癌のような病気をしても治療は許されず、百歳前に癌にかかって治療中でも百歳になったら治療はストップ。これでは姥捨て山の法令による公認です。こういう時代が来るのは何百年も先の話でしょうか。医学分野は、平和産業です。その平和産業ですら技術革新が進みすぎると人間社会の脅威になるという証明です。西尾氏の「私は技術の進歩に幻想を抱いていない」ということを私はこう解釈しています。

私は水島氏に対して原発推進していくうえで日本外交が先進国から受けている外交上のしばりに対しえどう対処するのかの意見を聞きたかったし、また一番知りたかった点でもあります。番組はおよそ一時間ぐらいだったので時間が来てしまい水島氏の意見を聞かずに終わってしまい誠に残念というほかありません。なぜなら日本が先進国から受ける外交的しばりに対して原発推進論者からの明快な反論を聞いたことがないからです。日本が受ける外交的縛りは非常に重要です。月刊誌「Will」8月号の西尾氏の論文の一部を前回のブログで紹介しました。外務省初代の環境問題担当官で現在エネルギー戦略研究会会長の金子熊夫氏の「日本の核、アジアの核」(朝日新聞社、1997年)でこう断言しているのです。
「要するに、日本の原子力開発は、過去40年間と同じく現在、将来とも、米、英、仏、加、豪の五カ国、わけても米、加、豪の三カ国に「生殺与奪」の権利を握られているのであり、これら諸国の核不拡散政策を無視して、自分勝手な振る舞いはできないような仕組みになっているのである」。

そして現在六ヶ所村にはIAEA検査官が常駐して監視しているのだ。何故か?六ヶ所村には、日本全国の原発から金属容器に積み込まれた使用済み燃料が次々を運びこまれているからです。この使用済み燃料を再処理すると毒性の高いプルトニウムが抽出される。その抽出されたプルトニウムが日本にはすでに45トンもあるのだ。8キロあれば原発一個作れるので約五千発程度の原発の材料が貯蔵されているのだ。アメリカは、日本は絶対に65トン以上のプルトニウムを持ってはならぬと主張している。六ヶ所村に検査官が常駐しているだけでなく全国の原発にも年に一、二度IAEAの検査官が入る。もちろんIAEAの検査官が日本の原発に検査にくるのは、規則に基づいてくるからだ。しかし核兵器所有国には検査官は行かないのだ。日本は北朝鮮なみに扱われているのです。いいですか、日本はこれまでに国際機関にいろいろ加盟し、国際社会のために貢献してきた。国連、IMF、世銀など重要な国際機関での貢献度が非常に高い。それにもかかわらず、日本にはプルトニウムがあるからと言って検察官が常駐して核兵器に転用しないか監視しているのです。韓国もIAEAが滞在して検査をしているというかもしれない。しかし日本の国際社会に対する貢献度は、韓国など問題ではありません。少なくとも日本は、核所有国と同じ待遇扱いも受けてもいいはずだ。このことが不満で日本がIAEAを脱退したらどうなるか、ウランなどの原料を供給しなぞといわれたら原発産業はお手上げそんなことはできやしない。まさに西尾氏が「Will」8月号の論文で言っている「IAEAの代表者が日本人であることは、黒人のなかから黒人の働く農場の監督が選ばれるのと同じようなことである」はまさに名言です。

私が原発で一番懸念するのは、最後に残る猛毒の廃棄物(プルトニウム)の存在です。世界のどこのメーカーもこのプルトニウムをどう扱っていいのかわからないのだ。結局金属容器に入れて地中に埋めているのでしょう。アメリカや支那のように草木もはえない沙漠を持つ大国は断然有利です。日本のように狭い国土で、例え人が住んでいなくても草木の生えないような場所はほとんどない。仮に地中に埋めても地震の多い日本では地中に埋めたらなお危険になるような気がします。プルトニウムのような危険な廃棄物を入れる金属容器には、世界基準というもなはなく、おそらく各国独自の判断で決めているのでしょう。そうなると余計に、日本の金属容器の仕様が心配になります。過去に低放射能廃棄物を保管した金属容器が腐食して放射能もれを越していたことが何度もあったたからです。現在日本にある45トンのプルトニウムを保管している金属容器の材質は、何か、その肉厚は何ミリなのか、およその耐用年数は、全国の原発から運びこまれている使用済み燃料という核のゴミが入れられている金属容器の材質、肉厚、耐用年数などなにも国民に知らされてもいない。日本の原子力安全保安院も、日本原子力安全委員会も全く信用できないから、金属容器の材質、肉厚などすべてアメリカと同じにしてくれと言いたい。このように原発には、必ずプルトニウムという猛毒が残存します。それにもかかわらず現在原発建設中や原発計画中の国がどんどん増えている状態です。そんな時に日本が原発から手を引いてどうするのかという原発推進者の声がある。しかしそれでも原発と手を切ったドイツは、私は偉いと思う。勿論ドイツは電力不足になれば、フランスから買える、しかし同時に原発事故がフランスで起きれば、その影響をドイツはまともに受けることになります。ドイツだけ原発と手をきっても原発の脅威から開放されるわけではないのです。それにも関わらずあえて原発から手をひいたのは、原発以外のエベルギー関連技術では世界一になってやろうという意志があるからこその脱原発政策ではないのでしょうか。日本は小さい国、そのうえ地震がむちゃくちゃに多い国です。そんな島国に大量のプルトニウムを抱えてどうするのですか。原発以外でエネルギーを生み出す機器プラントに関しては世界一のものを開発することに全力を尽す。これ以外に他の方法はないのではないでしょうか。

最後に私は提案というほどの目新しい提案ではないが一つ提案があります。原発推進にしろ脱原発にしろ、現状の日本を変えなければもうどうにもならないほど日本は政治的にも経済的にもジリ貧状態に陥っています。独立を回復してもうかれこれ70年近く。その間日本はアメリカの属国、あるいは保護国同然。そのため政治家も外交官などの官僚も経済人も彼らの意見、政策はすべて無意識のうちに、簡単に言えばアメリカの属国としての立場でしか物を考えることしかできなくなっているのだ。情けないことに奴隷根性に浸りきりになっているのだ。なぜ日本の原発の「生殺与奪」の権利を米、英、仏、加、豪に握られねばならなかったのか。なぜ日本の原発が核所有国並みに扱われなかったか、日本の原発は北朝鮮並に扱われているのだ。それでも北朝鮮は、気に食わなければIAEAの検査官を強制的に自国から追放してさえいるのだ。ところが日本は,IAEAの長官に日本人がなったのを喜んでいるのだ。実はそれほど喜ぶべきことではなかったということがこの原発騒ぎでわかったくらいです。原発推進者には、この日本の原発産業の隷属状態をどう対処していくのか提案して推進論を展開してもらいたいと思います。このように現在、日本は、何回も繰り返すが、あらゆる面、特に政治、経済面においてアメリカの属国としての立場から物が考えることしかできなくなってしまっているのだ。この現状を早急に変えなければ日本は、いつまでもジリ貧状態が続き浮かばれません。この日本の現状を変えるには、何が今必要だと皆さんは、考えますか。それは憲法改正ですよ。現在一番、なにがなんでも急がれるのが憲法改正です。憲法を改正することによって政治家も国民もこれまでとは一新した新しい独立国としてのスタートを自覚させることができるのではないでしょうか。そこで水島氏に御願いがあります。現在、東京を中心とした大都市から我々のような一般大衆にデモを呼びかけ大動員できる人は、現在のところ水島氏だけです。それで私の御願いは、「草莽掘起」ののぼりもいいが、ここは現状の日本をとにかく変えなくてはどうにも発展がない。そこでのぼりは「日本を変える」にしてもらい「憲法改正」要求のデモをどんどんやってほしいと思います。私は、何回かデモに参加していますが、確か「憲法改正」のデモをしたことがないのでないか。またあまり目立たないが、日本のために一生懸命頑張っている小さな保守の団体もぜひ「憲法改正」のデモをしてもらいたいです。原発推進、脱原発と口角泡を飛ばして論ずるより、とにかく一日も早く日本の現状を変える意味で「憲法改正」が緊急に急がれる最重要課題だと思うのです。

最後に、保守派の原発推進者に一言言いたい。原発推進者のほとんどの人が一度は口にする「人一人死んだわけではない」。この言葉は実に不適切な言葉です。原発推進者のほとんどが、福島の原発事故は、人災で放射能の恐怖が必要以上に宣伝されていると主張しています。そのため放射能などそれほど恐くない、低レベルなら健康によいのだという専門家に意見に飛びつきやすい、一方脱原発論者は、放射能の脅威を主張する専門家の意見にとびつきやすい。私は昨日国会で参考人として呼ばれた東大教授、児玉龍彦氏の意見に飛びつきました。広島原爆の29.6個分の放射能が飛び散っているという。その放射能の恐ろしさを強調し、得に子供への対策を強調し、政府の無策振りを舌鋒鋭く批判していました。しかしその放射能が恐いか恐くないかは、10年後あるいは20年後にしかわからないのです。しかし現実に原発近くの住民は、非常に悲惨な状態に押し込まれているのは事実です。それにも関わらず、「人一人死んだわけではない」とは何事ですか。福島の被害者を全く軽視した言葉です。私が原発被害者の一人だったらそんな言葉を吐く人間に憎悪を感じますね。とにかくこの言葉は道徳的にも不適切ですし、また左翼に利用されるだけです。左翼は、「あの連中は、福島の惨状を目のあたりにしているのに、人一人死んだわけではないと平然としている」と言うでしょう。原発推進が正しいのか、脱原発が正しいのかこれも長い年月たたないとわかりません。しかしいまのところ原発推進者の意見は、私を納得させるものではありません。しかしこれからも推進者の意見には耳は傾けます。しかし「人一人死んだわけではない」と言う言葉は、もう絶対に使うべき言葉ではありません。皆さんそう思いませんか。

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男の涙の落ちぶれぶり



最近の若い男性を見ていて気づくのは、おそらく最低でも何百年と続いてきた我々日本男児の習性とは、あきらかに違うものがあるということです。それは何かと言えば今の若い男は、テレビなどを見ていると人前で平気で涙を流すことです。悲しいと言っては涙を流し、うれしいと言っては涙を流す、その涙も涙ぐむなどは、通り越してボロボロ涙をながすのさえ全く希ではなくなってきています。
四、五年前私は、自費出版で2冊目の本を出版しようとした時、出版直前でその出版社が倒産した。そのニュースを聞いた私は、翌日出版社の事務所が開く前に会社に押しかけた。その時すでに6,7人の人が会社に押しかけていた。その一人に20代の男性がいた。出版社が倒産して本が出版されるどころか、彼の支払った70万円がもどってこないと知った彼は、「俺、どうしよう」、「俺、どうしよう」と言いながら、その場にへたり込んで恥も外聞もなくおいおい泣き出したのです。私はびっくりしてしまった。詳しく話しを聞けば、その70万円は借金ではない、自分がバイトで貯めたお金です。それでもおいおい、人目もはばからず堂々と泣く、私など見ていて、同情するどころか、その女々しさに腹が立って、「男のくせになんだ、そのざまは」と怒鳴りつけたいくらいだった。

我が女房は、NHK大河ドラマのファンでよく見ています。私もいっしょにつられて見ますが、今年のドラマはつまらなくて私はもう見ていません。二、三年前、直江兼続を主人公にする大河ドラマを見ていた我が女房が少し怒り気味に「あの当時の武士が、あんなに涙もろいはずがない」とけなしていたのを覚えています。私も同じように感じていました。なにしろ直江兼続演じる妻夫気聡がやたらと涙を流すのだ。恐らく脚本家が多分まだ若い女性なのかもしれません、年寄りの男性脚本家だったら、武士にめったのことで涙なんか流させるはずがありません。

私は現在の若い男性に言いたい、日本男子たるもの人前で涙など流さないものなのだ。その根底には、男たるものどんな時でも人前にうろたえた姿をさらしてはならないという掟みたいなものがあるのからです。私の年代とそれ以上の人たちの父親は、ほとんど全員明治生まれです。従って私たち男の子は、いつまでもめそめそ泣いていると、父親から「男のくせにいつまでもめそめそ泣くな」と一喝されるが当たり前でした。母親でさえそういうことを言っていた時代です。それでもくやしくて泣きたい場合は、トイレに入って声をたてずに悔し涙を流し、落ち着いてから涙をふき取りなんでもないような顔をしてトイレから出るのです。夜だったら布団の中で悔し涙を流し枕を濡らすのだ。私は小学校時代にいじめにあい、多勢に無勢こてんぱんにやられ逃げるようにして家に帰り、母にさとられないように、すぐにトイレに駆け込み悔し涙をどっと流した思い出がある。このように私の年代以上の男は、小学生の頃から涙など人前で流さないのが男の強さの象徴みたいだったのだ。

それでは大人の男が泣くときはどうするのか、小説の表現を借りて説明しましょう。明治時代の作家、伊藤左千夫の有名な短編小説「野菊の墓」、何回か映画化されたといいます。その「野菊の墓」から例をとりました。主人公は故郷を離れ、上京し大学に通う大学生です。突然、故郷の母から「すぐ帰れ」の電報を受け取り、故郷に帰った。母から彼女の幼友達でもあり恋人でもあった彼女の死を知らされた。彼女がいかに彼のことを愛していたか、彼女が病に臥しても彼に知らせなかったのも、彼の勉強のじゃまをしてはいけないという彼女の必死の願いで彼に知らせなかったこと、またその死に方があまりにも不憫で涙をさそうものであった。彼女に何もしてあげられなかった彼の悔恨等々で、彼は泣き崩れます。その描写を伊藤左千夫は、このように書いています。

「母の手前兄夫婦の手前、泣くまいとこらえて漸くこらえていた僕は、じぶんの蚊帳(かや)へ入り蒲団に倒れると、もうたまらなくて一度にこみあげてくる。口への手拭を噛(か)んで、涙を絞った」
この短い文章が、男の泣き方を端的に表しています。「母の手前兄夫婦の手前」で他人にいる前では男は泣かないもの、涙を流さないものだということ。「口へは手拭を噛んで」とは号泣するとどうしても嗚咽がもれる。明治時代の田舎の夜は、静寂そのものだったでしょう。その嗚咽のもれを誰かに聞き取られると自分が泣いているのがわかってしまう。そのために口の中で手拭を噛んで嗚咽をこらえるのです。そして涙だけはとめどもなく流すのだ。それが「涙を絞った」という表現になった。これによって男という者は、どんなに悲しくても人しれずこっそり泣くものだということがわかります。この文章のあとに続いて伊藤左千夫は、こう書いています。
「どれだけ涙が出たか、隣室から母から夜があけた様だよと声をかけられるまで、少しも止まず涙が出た」
この短い文章で隣室の母親は息子が泣き崩れていたのを知って心配していたこと、声をかけても悪いし、母も寝られなかったのだ。夜が明けてきたので「夜があけたようだよ」と声をかけ、息子は息子でその声で落ち着きをとりもどすきっかけなったことを連想させる名文ですね。

男が人前で涙を流すということは、女々しいと思われたのは、人前で涙を流すということは男のうろたえた姿を表すことなのだ。男たる者、どんない悲しい目に会おうが、辛い目に会おうが、うろたえてはならないのだ。この武士道にも似た精神が当時の男にどれほどしみついていたかを端的に表す例を示しましょう。

日清戦争終了後から5年後の明治33年(1900)、清国で義和団事件が起きた。この義和団の騒乱にかこつけて清国政府は、中国に公使館を持つ国々に宣戦布告してきた。この時、清国に公使館を持っていたのが日本を含む欧米諸国11カ国、そのうちオランダ、ベルギー、スペインの三カ国は守備兵力を持たず、合計八カ国の守備兵力は、公使館員、学生、民間人いれて5百余名。イギリス公使館が一番広いのでここに各国の老人、子女、病人を集め、各国自国の公使館に籠城し、各国連携しながら戦うことになった。籠城戦は約二ヶ月半続いた。この時大活躍して欧米軍の間で大評判をかち取ったのが会津藩出身の柴五郎中佐率いる日本軍の守備隊です。柴五郎中佐は、この時の大活躍で当時のローマ法王から指輪を貰っています。

籠城戦は結局成功に終わるのですが、日本軍の名声を高めたことが二つあります。戦後各国はそれぞれの支配地域で軍政を敷くのですが、外国軍は略奪をほしいままにするのですが、柴中佐率いる日本守備隊には一切の略奪がなかったこと。二つ目は日本兵の我慢強さです。戦場では負傷兵が出ます。当時は麻酔などありませんから外科手術など荒っぽいし激痛が伴います。片脚切断、片腕切断など麻酔なしでやります。この時欧米兵はでかい図体で大きな声をあげて泣き叫びます。しかし日本兵は違った。男たる者人前で涙を流してうろたえる姿をさらすなというのがしみついているし、その上日本軍人としての誇りがある。どんな大手術でも日本兵は、軍帽を口の中に入れそれを噛み締めて、低い声で「うーうー」といううめき声をだすことすら恥とばかりに懸命になって平静さを装うとするのだ。これを見たが外国人兵や看護婦役をしていた外人女性がびっくり仰天し、「日本兵はすごい」と評判なったというのだ。これが当時の日本兵の強さの要因の一つでもあったのだと思う。

このように私の若い頃までは、大人の男は、めったなことでは人前で涙を流さないもの、だから男の流す涙にはそれなりの価値があったのだ。どういうふうに価値があったのか具体的に説明するのがむずかしいので例をあげましょう。私の20代の頃の話です。もう50年も前の話です。私の知人が私を含む数人の前で自慢げに話しをしてくれました。彼には愛を誓った恋人がいた。結婚するつもりだったらしい。ところが新しい恋人ができてしまったのだ。彼はどう別れ話をきりだすか悩んだ。前の恋人は特に気が強いし、別れ話でひと悶着はさけられそうもなかった。そこで彼が考えついたのが、別れ話のとき彼はわざと泣いて涙を流すことだった。彼は、私たちの前でその成功話をしたのだ。
どうやってわざと涙を流すことができたのだと聞くと、彼は、いかにも涙をこらえているように両手で顔を覆い、相手に気付かれないように人差し指と親指で目頭をできるだけ強く押すと涙が出たというのだ。私と同年代の女性は、現在と違って大人の男が、人前で涙を流すなどほとんど見たことないのだ。彼女は彼の涙を見て感激したというのだ。どういうふうに別れ話を切り出したのか知らないが、彼女は、彼の涙を見て、自分も涙をながしながら「あなたもつらいのね」と言ってくれたそうだ。「うそをつけ!」と言いたい。おおげさな自慢話だろう、しかし別れ話は成功したと言うのだ。

そのあと私は、自分で人差し指と親指で自分の目頭を押さえてみた。涙は出ませんでした。しかし強く押せば、押すほど、指を離した瞬間目元がさだまらず目をパチパチするような感じになるので、必死になって名演技をすれば涙をこらえているように見せるかもしれません。いずれ私も必要ならこの手を使おうと思っていたが使う機会がなかった。

女の涙は武器だと言われますが、我々の年代までの男の涙は、めったのことでは見られないだけに武器にもなり、価値もあった。それがどうですか現在の若者は、うれし涙も悲しい涙も悔し涙もすぐに出す。日本男子が数世紀かけて築いてきた男の涙の価値を完全にぶちこわしてしまったのだ。一体この責任をどうしてくれるというのだ。ある台湾人の男性が、日本にきて日本人男性が平気でテレビの前で涙を流すのを見てびっくりしたと言っています。台湾人の男性も私の世代と同じよう人前ではめったに涙をながさないのだ。私には、現在の日本男子の若者のひ弱さは、すぐに人前で涙を流すことと非常に関係があるのではと思っています。若者の中にも日本人であることに誇りに思っている人もいるでしょう。その若者たちには、あなたがたの祖父や曽祖父のように、人前で涙など流してうろたえるような素振りを見せるなと言いたい。
女性に聞きたい、どんなにつらい事や悲しい事も、人前でうろたえた姿を見せまいとぐっと堪えて涙を流さず、隠れるようにして涙を流す男と、人前はばからず堂々と涙を流し泣きじゃくる男、どちらに魅力を感じるのでしょうか。

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「脱原発論の決定版」



月刊誌「WiLL」8月号の西尾幹二氏の論文、「平和主義でない『脱原発』」を読んだ。私は驚愕し、深い感銘を受けた。脱原発論の決定版と言っていい。なぜなら私は、保守の多くの方と同じように、積極的ではないにしろ心情的に原発推進論者だったと言っていい、しかし西尾氏のこの論文を読んで日本は脱原発に向かって歩みを始めなければないことを悟ったからです。西尾氏は、論文の出だしの二頁目にこう書いています。
「原発の存在が日本の軍事力の合理的強化を妨げ、国家の独立自存をむしろ阻害しているという、きわめて深刻なウラの事情を正確に見ていない」
保守の皆さん、この文章は非常な驚きですよ。皆さん、実感できますか。そして次の三頁から最後の十頁までその「きわめて深刻なウラの事情」を的確にわかりやすく説明しながら西尾氏の主張を加えています。簡単に要約すると日本は原発のために原料の天然ウランを輸入しなければなりません。主にカナダやオーストラリアから買っています。そのために日本は両国から天然ウランについて有形、無形の対日規制を受けているのだ。

それだけではありません。輸入した天然ウランは、そのまま燃料として使えないからアメリカやフランスへ運んで高い料金を払って濃縮してもらうのだが、その結果、米仏も濃縮提供国として対日規制権を持つことになるのだ。次に、その濃縮ウランを日本の原子炉で燃やして発電したのちに、使用済み核燃料をフランスと英国に持っていって再処理してもらうと、そこでできたプルトニウム燃料について、今度は英仏の対日規制が加わる。さらにやっかいなことは、最近の原子力協定では、米国で濃縮してもらった核燃料でなくても、例えばアフリカのニジェール産の天然ウランを日本の濃縮工場で濃縮した燃料でも、それを一度米国製の原子炉または米国の技術でできた原子炉で燃やすと、その途端に米国産の核燃料とみなされ、米国の規制権の対象となる仕組みになっているのだ。外務省初代の環境問題担当官で、現エネルギー戦略研究会会長の金子熊夫氏の「日本の核、アジアの核」(朝日新聞社)の中でこう書いていると西尾氏は指摘しています。

「要するに、日本の原子力開発は、過去40年間と同じく現在、将来とも、米、英、仏、加、豪の五カ国、わけても米、加、豪の三カ国は最終的な「生殺与奪」の権利をにぎられているのであり、これら諸国の核不拡散政策を無視して、自分勝手な振る舞いはできないような仕組みになっているのです」

奇しくも上記五カ国は、大東亜戦争の旧敵国です。過去のことはさっさと水に流すのが日本民族、それ以外の民族は、過去のことは忘れません、とくに戦争など絶対に忘れないし、徹底して正義面してきます。特にアメリカは日本の核兵器所持に神経質になっています。ひょっとして広島、長崎の仕返しをされるかもしれないとの思いがあるからです。日本政府が核兵器所持を決定したら、上記五カ国が、ウランは売らない、濃縮もしないと言い出したら、日本の産業は壊滅してしまいます。その結果として日本は核兵器所持をあきらめねばならなくなるのだ。好むと好まざるにかかわらず日本の原発所持が、日本の核兵器所持の足かせになっているとも言えるのです。日本は原料を輸入しているから高い値で買わされ、上記五カ国の原子力の外交政策に翻弄されてきた。旧敵国であることが目に見えない差別と警戒の対象国になっているのです。原料を輸入する弱みから開放されたいとの思いから日本独自で技術開発したのが福井県敦賀市の高速増殖炉“もんじゅ”です。“もんじゅ”がうまく成功すれば、使われた燃料は1.2倍になって返ってくることになっていた。そうなればもう原料の心配はいらない。ぐるぐる同じ燃料をリサイクルしていけばいい夢の機械であった。その“もんじゅ”が度重なる事故で前進も後退もできなくなっているのだ。一キロワットの電力も生産せずこれまですでに一兆円が注がれてきたのだ。私みたいに数字に弱く、庶民感覚だと一兆円の価値がわからないが一億円の一万倍というと凄い実感がでます。また今後五十年間にわたり年間五百億円の無駄な維持費がかかるというのだ。

原発一基一年間運転すると約30トンの使用済燃料が生じ、これをどこかで片付けなければなりません。そこで政府は青森県六ヶ所村に再処理工場が建設した。そこえ全国の原発から使用済燃料が運びこまれます。再処理が順調におこなわれるから問題がないのではないのです。再処理は再処理で深刻な問題があるのです。再処理すると毒性の高いプルトニウムが抽出されるのです。この恐いプルトニウムが日本ではたまりすぎて45トンを超えているのだ。8キロあれば原爆を一個作れるから約5千発程度の原爆材料が貯蔵されていることになる。国際社会から警戒の目でみられるし、特に先にあげた上記五カ国、中でもアメリカは、日本警戒のためでしょう。日本はプルトニウムを60トン以上持ってはならぬ主張しているのだ。日本はたまっていくプルトニウムをどう貯蔵していくつもりなのか。
原発を運転しているかぎりこのプルトニウムは溜まっていくのだ。しかも世界ではこのプルトニウムの溜まりを解決した国はどこもないのです。原発を廃止する国より新規に原発所有する国々や、現在所有している原発数を増やす国々の方が圧倒的に多いのです。世界中で容器にいれられた毒薬プルトニウムが埋められることになります。この容器の耐用年数が何十年だか何百年だか知りませんが、核戦争で地球が滅びるより原発の廃棄物で地球が滅びる可能性が高くなってきたような感じです。

その他にも日本の原発には、プルサーマル、MOX燃料など色々な深刻な問題をかかえています。西尾氏は、その問題の全部さらけだし説明をしています。私は、脱原発論者も原発推進論者もぜひこの西尾氏の論文を読んでもらいたい。なぜなら彼らのほとんどが、現在の原発が抱えているこのような問題を知って脱原発論者になったり原発推進論者になったりしているわけではないからです。脱原発か原発推進か、喧々囂々と語られています。だから私も自分のブログで意見を披露したかった。しかしできなかった。何故か。私は冒頭に触れましたように心情的に原発推進論者で原発産業の実情など何も知らないのです。なにも知らないで心情的な原発推進論者の主張を文章にしたら、低放射線量は、危険どころか健康にいいだとか、飛行機事故でこれまでにどれだけ沢山の人々が死んだかとか、安全をさらに強固にすれば問題ないとか、ただ情緒論にすがって書くことになってしまうからです。ところが日本の知識人と言われている人たちは、平然とこれをやります。だから日本の知識人はダメなのだ。今回の西尾氏の論文を読んでいただければわかりますが、情緒論など一切なし、現状の問題点を赤裸々に語り、自分の主張を展開していく、すべてが論理的です。それだけに積極的原発推進論者には反論が非常にむずかしい。そこで私が心配しているのは、この論文はあまり話題にならず、黙って見過ごされる可能性が高いことです。本来ならこの西尾論文について喧々囂々と語り合われるのが一番いいのですが、特に政界と原発業界はそっとしておきたいのだと思います。

最初に触れましたように私は西尾氏の論文を読んで、日本は脱原発に向かって歩み始めなければならないと悟ったと書きました。そこで私の提案を簡単に披露しましょう。まず原発の撤退作戦開始です。戦場でも撤退作戦が一番難しいと言われています。自軍の損害をできるだけ低く抑えて撤退しなければなりません。自軍の損害をできるだけ低くとは、日本国民の社会生活や経済生活への損害をできるだけ低くすることです。そのためには撤退作戦は急いではいけません。できるだけ時間をかけるのです。しばらくの間これまでどおり原発と共存することになるでしょう。しかし原発撤退の意思を忘れてはいけません。時間をかけて退却しながら援軍を待つのです。援軍とは日本国民の総力をあげて原発に代わる代替エネルギーの開発です。私は絶対にできると思っています。なぜなら実例があるからです。かって石油価格が暴騰し、日本経済は没落かと思われたとき、石油価格暴騰を引き金に日本は省エネ技術で世界を凌駕したではないですか。世界各地にある原発など無用の長物にしてしまおうではないですか。大変むずかしいでしょう。しかしほんの数十年前、パソコンが家庭に出現するなどと考えた人はいないのです。











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