Archive for 12月, 2011

TPP, 私の考え方



皆さんもTPPについていろいろ考えたと思いますが、私もいろいろ考えました。最初はTPPに賛成しました。情報が増えてくると私は反対にまわりました。そして現在では完全に賛成派になりました。私はせっかちです。だから決断するのも早い。そのために失敗することもあれば良かったこともある。それが性分です。しかし今回のTPPについては、決断が早いどころかその決断がくるくる変わった。これは私にしては非常にめずらしいケースです。その原因は、TTPが話題になり始めた頃は情報不足であったこと、詳細がわかってくると、簡単に賛成、反対と一言で言い切れない難しい面があること、そのためについメリット、デメリットにこだわりすぎ日本の現実直視を怠ったからです。私のTPPに対する考え方は以下の通りです。

1.日本の現実を直視すれば、賛成は当然。
現在のTPP騒ぎは多分にムード的です。日本人の悪いくせで難しい問題になると現実を直視して結論をだすのではなく、ムードで結論を出そうとするのだ。もし現在の日本が戦前時の日本だったら、日本はTPP参加には即座に拒否したでしょう。なにしろ日本の主導で大東亜共栄圏を計画していたからです。戦前時の日本は、自分の国を守る軍事力もあり、政治家も国民も国家意識が強く、自分の国は自分で守る意識が強く、どこからみても完全な独立国家であった。しかし現在の日本はどうですか。日本の軍事力(自衛隊)では、日本を守れないのです。その上政治家も国民も国家意識などないも同然。自分で自分の国を守ろうとする意志さえないのです。そのことが、現行憲法を改正できない最大の要因の一つです。北朝鮮が日本領土の上空を飛び越えるテポドンを飛ばしても、拉致事件でも日本は有効的な対抗策はなにもできません。韓国は竹島を自由自在にやりたい放題、ロシアも北方領土を自由自在にやりたい放題、尖閣諸島は日本に領有権があると云っても島に建築物一つ建てられず、日本国民は島に自由に上陸することさえできません。日本は、支那どころか北朝鮮や韓国に対しても恐くて何も手が出せない状態なのです。その上ここ数年日本の近隣諸国の軍事予算は上昇し続けているというのに日本の軍事予算は8年連続前年度を下まわり続けているのです。要するに日本は軍事的にアメリカの完全な保護国なのです。自立心を失った人が誰かに頼ることにすっかり慣れてしまったら、再び自立心を取り戻すには至難のわざです。国家も同じです。日本は自立心を失い、アメリカに頼ることにすっかり慣れてしまって半世紀以上です。日本国民が自立心を取り戻し、自分の国は自分で守ろうという真に独立した国になるまでにはあと何十年かかるのでしょうか。その間日本はアメリカの保護国として生きてゆかなければならないのです。この現実を直視してくださいと私は主張するのです。

そのアメリカの経済が完全に疲弊しまっているのだ。とうとう軍事予算まで大幅に削減しなければならなくなった。それを内心ほくそえんでいるのが支那です。アメリカが衰えれば衰えるほど、支那は日本近海で傍若無人な振舞いをしてくるでしょう。私に言わせれば支那は、「悪の帝国」、世界人類にとって脅威の国、特に隣国、日本にとって最大の脅威の国です。その支那が公然とアメリカの軍事力に対抗しているのだ。アメリカはその支那の対応に追われているような状態です。アメリカは、自国の経済を早く復活させねばならい状況に追い込まれているのです。アメリカ経済復活の起爆剤にしようとしているのがTTPなのです。そこで私は、TPPに絶対反対の保守強硬派に考えてもらいたいのです。アメリカ経済が疲弊すればするほど喜ぶのは支那です。アメリカが日本を軍事的に保護できなくなったら間違いなく日本は支那の保護国、あるいは支那の属国すなわち支那の「自治区」の一つになることは間違いないでしょう。現在空気のように当たり前のごとく享受している「自由、人権」など吹っ飛んでしまいます。そうなってもいいのですか。そうなるよりまだアメリカの保護国の方がましではないでしょうか。だからアメリカが経済的苦境に陥っている時、日本は多少なりともアメリカを助ける必要があるのではないでしょうか。だからここは日本政府がTPP参加を表明するくらい当然ではないでしょうか。保守強硬派は、ともすれば日本の過去の光栄に酔い、いさましいことを主張しますが、もう現在の日本は、もはや日露戦争や大東亜戦争を戦った頃の偉大な国ではないのです。国は、経済的貧困では滅びません。国民が自立心を失い、堕落した時に滅びるのです。現在の日本は、滅びる寸前、アメリカの保護国としてかろうじて独立を保っているような状態です。その日本が支那に軍事的に支配されたらアメリカの保護国のようにはいかないのはよく理解できるはずです。アメリカのTPP計画には支那は、入っていません。日本にとっては、余計に良いではないですか。ここはアメリカを助けるためにも、TPPに積極的参加してアメリカ主導のTPPから日米主導のTPPにすれば多くの参加国の加入が期待できます。そうなれば日米プラスアジア・太平洋諸国経済連携実現し、支那の脅威に対する有効的阻止力にも成りえるのです。だからと言って私は、アメリカ経済を助けるために全面的に譲歩せよなどとは絶対に主張するつもりはありません。参加することと項目別交渉は、別の話です。

2.TTP項目別交渉は、日米貿易摩擦交渉より容易。
日本は外交ベタで特に現政権の交渉力が弱いからTPPに参加しない方が良いという意見の人もいますが、それでは日本はどんな外交交渉も参加できなくなってしまいます。経済外交と言えば、思い出すのが1980年代から1990年代にかけての日米貿易摩擦による経済交渉です。この時の日米交渉より今度のTPP交渉の方がはるかにやりやすい。その理由は、二つあります。
(1)TPPは、多国間交渉である。
日米貿易摩擦による経済交渉は、日米二国間の交渉でした。二国間交渉では強者が弱者に勝つのが当たり前の感じです。しかも日米貿易摩擦当時、日本の経済発展がアメリカの脅威になっていたのだ。1989年の8月の「ビジネス・ウィーク」誌国際版によれば世論調査の結果として「米国に対する将来の脅威は、どちらが深刻か」との問いに、日本の経済的脅威は68%、ソ連の軍事的脅威は22%と報じているのです。また1993年に大統領になったクリントンは、退任後自伝を書いているが、その中で「当時の日本は経済的にアメリカを上回っていた」と書いています。だから当時のアメリカは総力をあげて日本経済をつぶしにかかってきた。だから日本は防戦一方だったわけです。それに比べればTPP交渉は、多国間交渉です。日本の意見と一致する国とは共同戦線を組むこともできます。日本のように外交ベタは、二国間より多国間交渉の方がやりやすいことも理解できます。

(2)日本政府には公言できない切り札がある。
これを説明するには、戦前の日米支関係と現在の日米支関係を比較する必要があります。戦前のアメリカは、支那が日本に占領されることを極端に恐れていた。アメリカは支那の市場を完全に失うし、日本が巨大な大国になってしまうからです。だから支那事変が始まると、アメリカは自国の中立法(交戦国や国内が内乱状態時では、軍事援助などはしない)を無視してまでも猛烈に軍事援助や経済援助を支那に提供した。そのアメリカの意図を蒋介石に見透かされた。日米開戦の翌月、蒋介石はアメリカ政府を脅迫したと言っていい。条件なしの5億ドルの借款をアメリカ政府に要求したのだ。5億ドルものお金を借りるのに、担保、利子、使い方、償還などに関する一切の条件なしで貸せと要求しているのです。ガウス支那駐在大使は、私利私欲のために使われる恐れがあると反対した。アメリカ政府もなんとかお金の使用方法についてだけでも監督権を得ようと交渉したが、蒋介石はガンとして承知しません。ついにアメリカ議会は無条件借款を承認、「これこそこの国の政府と国民が中国に抱いている、心からの尊敬と賛美」の証であるとルーズベルト大統領は蒋介石に伝えています。5億ドルもの大金を蒋介石にただでくれてやったのも同然です。恐らく蒋介石は、「支那が日本軍に降伏してもいいのか」と脅しをかけたに違いない。蒋介石は支那事変ではあれだけアメリカの支援を受けながら、日米開戦になったら相手の弱みにつけこみ5億ドルという大金ただ取りするのだ。日本人のメンタリティーではできないことです。

現在の日米支関係も見れば戦前と逆になっていることがわかります。現在は支那がアメリカの大変な脅威になっているのだ。日米軍事同盟は、締結以来アメリカにとって最重要軍事同盟になったのです。アメリカは、日本国内に親中派、媚中派が沢山いることを知っています。アメリカは日本に原爆を落としたことがトラウマになっています。日本は技術先進国です。その日本をアメリカは支那側につかせることなど絶対にできません。アメリカ経済が疲弊しているなか、日本政府は米軍駐留経費のおよそ75パーセントを負担しているのです。これは同盟国中最も高く、ドイツは20パーセントぐらいです。また日本にある米軍施設の価値は、米国以外では最高なのです。中でも横須賀はアメリカ母国の軍港以外では外国最大の軍港です。従って支那の脅威がある限り、アメリカの方で先に日米安保廃棄を言い出すことは絶対にありません。日本はTTP交渉では、最後まで徹底してねばれるのがおわかりでしょう。
例えば、日本国内の公共工事に外国企業を参加させろ、その場合公共工事の使用明細書は、英文で作れ、英文見積書も受け入れろなどと主張してくるかもしれません、そんなことは「文化侵略」だと主張し断固としてはねつけるのです。経済疲弊中のアメリカは手負いの獅子です。TPP交渉中になにを要求してくるか分からない不気味なところがありますが、日本には先にあげた公言できない切り札があるのです。ギブアンドテイクできるところはギブアンドテイクする。それがアメリカ経済をたすけることにもなる。しかし、ノーと言うべきところは徹底してノーと貫けるのです。あまりにもえげつない要求してくるようだったら、日本は支那側につくぞと脅してやってもいいくらいです。

3.TPPの荒波を、日本農業にさらせよ。
私が一時TPP反対を主張していた時でも、条件つきの反対で農業はTTPの荒波にさらすことに賛成でした。大体、貿易の自由化については日本の農業は他の産業にくらべて遅れています。米の輸入関税が778%という数字にはあきれはてて物が言えません。これほどの高関税で外国からの競争に守られている業界で働いているサラリーマンなど一人もいません。サラリーマンに言わせれば天国で働いているようなものではないですか。米の高関税は、徹底して競争にさらそうとせず、保護し続けた結果でしょう。しかし競争にさらされることによって業界が鍛えられ逆に強くなるケースも多いのではないでしょうか。一つ例をあげましょう。鹿児島県で和牛、黒毛牛を飼育する野崎さん。1991年4月に牛肉の輸入自由化が決定されて、野崎さんの牧場は一時絶望的な損害を受けた。その時、「自分の存在が徹底的に無視されたような気がした」と野崎さんは回顧しています。野崎さんは、外国産の牛に負けてたまるかとよりおいしい肉を生む新種の黒毛和牛、すなわち種牛の開発に乗り出し、日本全国の酪農地を訪問し試行錯誤の結果とうとう新種の黒毛和牛の種牛を開発したのだ。彼はその種牛に「のざき牛」を命名した。日本で初めて個人名をつけたブランド牛の誕生です。この「のざき牛」の開発と同時に、野崎さんは、おいしい肉を育てる野崎さん独自の肥料も開発しています。「のざき牛」は今では日本市場で極めて高値で取引されるブランド牛です。最近初めて海外に輸出された。香港の日本料理レストラン向けです。味の評判がすばらしいので将来が期待されているというのです。野崎牧場は、この「のざき牛」3500頭を育てる日本でトップクラス大規模農場です。ここの従業員は全員「牛」などと呼びすてにしません「牛さん」と「さん」付けで呼んでいます。その理由は、牛肉用の牛の人生すなわち「牛生」(ぎゅうせい)が短い、だから人が精一杯気遣うことで短い牛生を全うしてほしいとの想いと敬意から「牛さん」と「さん」付けで呼んでいるのです。どうですか、皆さん、野崎牧場では、3500頭の一頭一頭が手塩にかけて育てられている感じがするでしょう。

私は日本農業の真髄は、この「手塩にかけて育てる」ことにあると思っています。同じような言葉が支那語や韓国語にあるかどうかわかりません。英語の辞書で調べましたが、「手塩にかけて育てる」という言葉はありませんでした。和英辞典を引くとこう書いてあります。「bring up with tender loving care」。この表現では、「手塩にかけて育てる」の一部を言い当てているだけです。「手塩にかけて育てる」には、育てる人の魂や人生がこめられているような育て方の意味があるような気がしますが、皆さん、そう思いません?
もう10年以上前の話ですが、アメリカ産りんごが輸入解禁されて日本のりんご農家が青くなったことがありました。しかしアメリカ産りんごは全く売れなく、市場から姿を消した。考えてみれば、りんごのなる木からもぎとったりんごを売るのと農家が手塩にかけて育てたりんごでは味が全然違うのは当たり前の話です。アメリカ産チェリーの輸入自由化の時も山形県など産地は大反対したが、現在では山形県産のチェリーは「高級品化」し、生産高は輸入自由化前よりずっと増えている現状です。TPP反対論者は、日本の棚田が消滅するなどと言いますが、私はとんでもない消滅するどころか、棚田でできた米は「棚田米」というブランド米になるのではないかと考えています。大水田地帯を機械で植え、機械で刈るお米より棚田で手塩にかけて育てた米のほうがずっとおいしいと思います。また棚田の生産者も味の良さで勝負しようと、それこそいままで以上に「手塩にかけて育てる」でしょう。

とにかく日本の物作りの原点は、農業です。日本農業の真髄は、「手塩にかけて育てる」です。日本が重軽工業製品の品質の良さで世界を席巻してきたのは、「手塩にかけて育てる」から「手塩にかけて作る」精神で物作りに励んできたお陰なのです。だから私は、日本の農産物を海外市場で競争させれば、その品質の良さ、味の良さと安全性で世界市場を席巻できるはずなのです。食糧自給率を心配する人がいますが、輸出を増やせば増産され、それだけ自給率が上がるのです。この際、TTPという外圧を利用して、日本の農業改革を一気に進めるのです。勿論一時混乱しますから農業補償は、当分の間必要です。この時邪魔になり妨害するのが、「農協」という組合です。企業の組合を初め日本全国にある組合の活動には、共通事項があります。それは一旦獲得した権益は絶対に手放さず、改革には、理由をつけて大反対するということです。だからこそ外圧を利用して農協の権限を極端に小さくすることです。要するにTPPは、日本農業を改革するには絶好の機会なのです。


お知らせ:
読者の皆さん、この記事をもって今年最後の私のブログ記事とさせていただきます。今年も愛読していただき、またコメントも沢山いただきありがとうございました。今年の10月には「えんだんじのブログ」も満4年になりました。ここまで長く書けたのも皆様のおかげです。大変感謝しております。来年も引き続き月二回のペースで書き続けるつもりです。来年もぜひご愛読のほどお願いいたします。
それでは皆様来年も良いお年をお迎えください。

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日本人よ、恥を知れ!隠し事は日本の文化か。



今では、誰もが知っているオリンパス事件。オリンパスは、20年ほど前に財テクで1000億円を超えるという損失を出し、粉飾決算でその損失を最近まで隠し続け、その間に他社の買収、合併を繰り返し、買収時には、会社の持つ実体価値よりも高価格での買収を繰り返していた。その中にはイギリスの会社の買収も含まれ、仲介したケイマン諸島の会社には、常識では考えられない法外な手数料が払いこまれていた。こうした買収資金で損失の穴埋めをしてきたのだ。隠し続けた20年間、取締役会、監査役、監査法人によるチェック機能が働かず、ひとにぎりの経営陣の暴走を許すことになってしまったのだ。粉飾決算とは違法行為、すなわち犯罪行為なのですが、その犯罪行為が秘かに20年間も続けられていたという日本の会社の異常性です。1999年に東京地裁より破産宣告された山一證券の事件がまだ私たちの記憶に残っています。これも粉飾決が原因でした。そのちょっと前の1995年には、大和銀行ニューヨーク支店の不正巨額損失隠し事件があった。大和銀行上層部は、その不正巨額損失を大蔵省へ報告したが、アメリカ金融当局、FRB(米連邦準備制度理事会)に報告しなかった。しかしこの隠蔽工作がFRBに発覚、そのためかえってFRBは大和銀行ニューヨーク支店に厳しい処分を課した。当時米刑法犯の罰金として最高額と言われる3億4千万ドル(当時の円レートで約350億円)の罰金を払わされ、大和銀行はアメリカから追放された。これが現在のりそな銀行の始まりです。これらは大きな隠蔽事件だから目立ちますが、問題は、小さな隠蔽工作から大きな隠蔽工作まで隠し事は、日本の企業や役所の常套手段になっていることです。極端に言えば、組織のあるところ必ず隠し事ありと言っていいのではないでしょうか。「隠し事」というと語弊があるから皆「表沙汰にしない」という言葉を使うのです。都合の悪いことは表沙汰にしないで隠すことが、日本の社会に根付いた文化のような気がしてなりません。だから「臭い物にふたをする」という諺があるのではないでしょうか。諺はその国の文化の反映ではないでしょうか。英語には、この「臭い物にふた」に匹敵する言葉はありません。この「臭い物にふた」をしておいて日本人の得意中の得意技、「見て見ぬ振りをする」が重なるともうダメです。すなわちある組織が大事件を起こし、それを「臭い物にふた」をして何十年も見て見ぬふりをしていると、その事件が明るみに出た時には、その組織は末路を向かえてしまうのが当たり前のようになっています。

「見て見ぬ振りをする」もう一つの大きな経済事件と言えば、大王製紙、三代目の御曹司、井川意高前会長の100億円という大金のカジノでの浪費でしょう。御曹司は、「臭い物にふた」どころか白昼堂々と系列の会社にカジノ資金のための大金を電話一本で自分の講座に振り込めさせていたのだ。個人の会社ならともかく、株式市場に上場している会社です。大王製紙の監査役は、半分以上は外部からきた監査役だというのだ。それでもチェック機能が働かず、こういう男を王様のような振るまいをさせていた経営陣は一体何をしていたというのか。腹立たしいことこの上ない。オリンパスの場合、イギリス人のウッドフォード氏が社長になった時、どこから情報を得たのか知らないが、なにかきな臭さ(不透明な企業買収)を感じたのでしょう。「臭い物のふた」をこじ開けて菊川会長に質問した。彼は取締役会でも企業買収の不透明さを伝えた。彼は菊川会長から首を告げられ、取締役会は全員一致で彼を解任してしまった。そこで彼は告発、20年間隠され続けた不正事件が明るみにさらされる結果を招いて現在にいたっています。決算内容を調べる監査法人、経営を監視する立場の社外取締役、オリンパスの監査役、取締役会など全くチェック機能が働かず、それどころか損失隠しの手法は大手証券会社OBでオリンパスの社外取締役の助言の疑いがあるというのだ。社外取締役といったら会社のお目付け役でしょう。そのお目付け役が悪事をそそのかしていたというのだから驚きです。社長になったウッドフォード氏が、たまたま社外取締りの役を演じ、事件が明るみに出たということは皮肉以外のなにものでもない。こういう事件が起きると必ず日本の経済界ではいまだにコーポレートガバナンス(企業統治)やコンプライアンス(法令順守)の意味が全く理解されていないのが原因だとよく言われますが、もっと大きな根本的原因がります。

それは日本人の社会的正義感の欠如にある。犯罪は社会的正義感から言えば許されるものではありません。粉飾決算も談合も違法で犯罪です。経営陣も一般社員も、粉飾決算や談合は犯罪であることは百も承知です。なぜ繰り返すのでしょうか。粉飾決算や談合という犯罪行為だけではありません、企業による不道徳行為も目白押しです。最近でも典型的な不道徳行為がありました。九州電力やらせメール事件です。九州電力玄海原子力発電所の再稼動に理解を求める経済産業省の県民説明会が6月26日に開かれ、それがインターネット中継された。説明会が開かれる直前の九電の調査で「番組では再開慎重派の意見が主流になりそうだ」とわかると会社側は、賛成する意見の投稿を増やす必要があると判断し、九電や関係会社の社員らに運転再開を支持する文言の電子メールを投稿するよう指示していた。その結果原発再稼動賛成派が慎重派を数で上回った。

私たち日本人は、会社なり役所なり一つの組織に属すると、例え組織の中の歯車にすぎない一部の組織に属しても、その組織の和や利がコーポレートガバナンス(企業統治)やコンプライアンス(法令順守)より優先され、社会的正義など入り込む余地などないのだ。
だから粉飾決算や談合など犯罪とわかっていても何度でもくりかえされるのです。不道徳行為など数え切れないくらいでしょう。大王製紙の場合、創業者一族の言う事は、すべて命令だから従う、それが何十年間にわたる社内のしきたりなのだ。そのしきたりがコーポレートガバナンス(企業統治)やコンプライアンス(法令順守)より優先され、これもまた社会的正義が入り込む余地がない。だから平然と「臭い物」にふたをし、見て見ぬふりをする行為が延々と続けられるのだ。

粉飾決算など経営陣に正義感を発揮する人が一人でもいたら成功するわけがないのです。それがなぜできないのか。日本人は正義感に乏しいし、正義感を発揮できるほど精神的にタフでないからです。正義感発揮して自分だけいい子になろうとしていると同僚からねたまれたり、嫌われたりするのが恐いのです。それより粉飾決算を皆と一緒に見逃して、いずれ後でバレて罰せられても、多くの人と一緒に罰せられるから、皆と同じだという安心感に浸れるし、自分だけが悪かったのではないと自分に言い聞かせることができるからです。私はこれまで社会的正義とか正義感という言葉を使いました。

そこで日本人は、いかに正義感が乏しいかその例を挙げましょう。去年だったか一昨年だったかテレビで偶然九州の福岡だったか記憶はさだかではありませんが、成人式がふらちな若者に妨害されている場面を見た。二人の若者が式場の壇上でわめいていた。そこえ市役所の人でしょう、壇上にあがって二人の若者を説得しながら下へ降りるようそでを引っ張ったりして、三、四人がもみあうような感じになっていた。壇上にいる二人の若者は、なにも凶器を持っていないのだ。ただ壇上で傍若無人な振る舞いをしているだけです。成人式ですから会場には20歳の男女が沢山います。その半分は男性です。男だけでも50人以上、あるいは100人以上いたでしょう。私が怒りを感じるのは、血気盛んの20歳の男が沢山いるのに、凶器を持っていない傍若無人な振る舞いをする二人の男と市役所の人たちともつれあいの姿を黙って身動きせず眺めているだけなのです。なぜ数人の男たちがたちあがって壇上に上り傍若無人な振る舞いしている二人の若者を会場から追っ払おうとしないのか。正義感欠如もはなはだしい。こうした傍観的態度をとる若者が、日本では批判されることもないのだ。これがアメリカだったら、壇上で凶器ももたずただ傍若無人な振る舞いをする人だったら激しいブーイングを浴びせられ、それでも壇上から退去しなければ数人の若者によって会場から放り出されるでしょう。

恐らく日本全国の成人式会場での妨害騒ぎなど、集まった20歳の男たちがこぞって正義感を発揮すれば無事式はあげられるのだ。この程度の正義感さえ発揮できない男たちが会社に就職し、何年か、何十年が経ち会社の悪事に直面した時、正義感など発揮できるわけがない。正義感の欠如に加えてもう一つ大きな欠陥があります。それは私たち日本人の法意識の薄さ、法的関心の幼稚さ、要するに法的にあまりにもウブなのだ。経済のグローバリゼイションが言われてからもう久しい。その速度は増すばかりの時代に、日本人の法意識の薄さは致命傷になりかねない。いずれにしても1000億円を超える損失を20年間も隠し続けられたということは、「臭い物にふた」、「見て見ぬ振りをする」、「事なかれ主義」などの日本文化欠陥の複合汚染の結果であり、またその複合汚染に誰も立ち向かえなかった日本人経営陣の姿がある。そこえウッドフォード氏が登場し、オリンパスの過去の膿みを吐き出し、経営を正常にひきもどそうと主役を演じている。いずれにしてもまさに現在日本人の情けない姿がここにもありという感じです。つい最近そのウッドフォード氏は、取締役を辞任した。社長復帰を目指して彼は、株主総会での議決を争う委任状争奪戦を仕掛ける考えを明らかにしています。経済ニュースとしては面白い展開になってきました。

ところで私は皆さんに主張したい。現在TPP問題で沢山の人たちが口角泡を飛ばして論じ合っています。それはそれで大変結構なことです。大事な問題だからです。それと同時にオリンパスや大王製紙事件ももっと怒りをあげて論じあって当然ではないでしょうか。この両社は、あまりにも前近代的企業、株式会社として証券市場に上場している資格など一切ない。即刻証券市場から放り出されて当然だし、また私たち一般庶民はオリンパスのカメラは買わない、大王製紙のティッシュペーパーは買わない行動に出るなど怒りをぶつけて当然ではないでしょうか。こういう不埒な会社の存在にどうして私たちは、激しい怒りを示さないのでしょうか。だから大企業や役所の不祥事が絶えないのではないでしょうか。






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