Archive for 3月, 2012

若い女性たちに告ぐ(その1)



読者の身内に若い女性がいれば、ぜひこのブログを見せてほしいと思います。このブログの転載、拡散を歓迎します。

結婚適齢期
結婚適齢期という言葉は、いまやほとんど死語になってしまった感があります。そのために今の若い女性は、私の年代ならば男性でも知っている常識すら女性なのに知らないのです。その常識とは、結婚適齢期という言葉あるように、女性は20代の若いうちに子供を生んでおかないとだんだん子供を妊娠するのが難しくなる、特に35歳ぐらいをすぎると妊娠、特に初妊娠は難しくなってくると言うことです。先月、NHKの番組、「クローズアップ現代」で卵子の老化が不妊の原因になると報道していました。女性には結婚適齢期があることが医学的に証明されたわけです。その報道にほとんどの若い女性がびっくりし落胆していました。彼女たちは、40歳過ぎても簡単に妊娠できると思っていたのには私と一緒に見ていた女房もびっくりしていました。番組の中で女性は生まれた時から卵子があり加齢とともに卵子は老化、その老化した卵子は決して若返ることはありませんと報道され、女性たちはショックを受けていました。ある40代の女性は、これまでの三度体外受精を試みて失敗してきただけに絶望感に襲われていました。

人類が地球上に誕生以来、人類社会が発展してきました。人類社会が男を中心として、すなわち男が主役を演じて発展してきたのは、女性には妊娠期間が限られており、また子孫を増やすため、また産児制限もできず何人も生みますから出産と子育てに追われます。そのため女性が社会的に進出するのもむずかしかったからです。結婚適齢期という言葉は、いつ頃から使われたか知りませんが、長い人類の歴史から、女性は若いうちには子供ができやすいが、高齢になるとなかなか妊娠しにくくなるし、高齢初産は、母子ともに危険を伴いやすいということを長い歴史的体験で知っていった。それで女性は子供を生むためにどうしても結婚時期が限定されてしまう。そこで日本では結婚適齢期という言葉が生まれたのでしょう。そして結婚適齢期を迎えた娘を持つ家庭は、早く結婚相手を決めなければという社会的雰囲気が長く続いた。ところが世界中の女性の社会環境が激変する事件が起きた。第二次世界大戦という大戦争です。戦争期間中若い働く男性の数が激減し、代わって多くの女性が社会に出て働き出す現象が起きた。大戦後もその勢いがそのまま続いた。そして1970年代にウーマンリブという女性解放運動が世界中に広がって現在にいたっています。その間「結婚適齢期」という言葉は、女性を家庭にしばりつける言葉として、あるいは女性が男性の従属物のような存在を表す言葉として完全に嫌われ、使われなくなってしまった。その結果若い女性たちは、女性には妊娠適齢期があるという意識が薄れてしまい、医学も進歩したしいつでも生むことができるというような錯覚に陥ってしまったのではないでしょうか。結婚適齢期という言葉の他に妊娠に関して私たちの年代の人間には男でも知っているもう一つの常識があります。高齢出産の危険性です。昔のように若い時に三人も四人も生んでおれば、高齢出産の危険度も少なくなりますが、初産の場合は、赤ちゃんが健康体で生まれてくるかどうか、母体に悪影響ないかどうか危惧するものなのです。ところがこれも医学の進歩で女性も産婦人科医も高齢出産を安易に考えているのではないでしょうか。

その典型的な例として自民党衆議院議員、野田聖子氏をあげることができます。彼女は、40歳の時に自然分娩が不可能な体であることが判明。以後三年間に八回の体外受精を試みたが失敗。他人の女性の卵子の提供を受けて受精させることは、日本では法的に禁止されています。アメリカは州によって法的判断が違います。ラスベガスがあるネヴァダ州では法的に許されています。そこで彼女は、ネヴァダ州に住む白人女性の卵子を購入し、野田聖子の夫の精子との受精卵を自分の子宮に入れて人工妊娠し出産した。出産した時彼女は50歳でした。典型的な危険な高齢初産です。産婦人科医も高齢初産の危険性を彼女に話したと思います。無論高齢初産の安産例も多いでしょう。私の想像では、もし彼女の卵子と夫の精子との体外受精なら、高齢出産を避けるため若い代理母を利用したのではないかと思います。しかし卵子は外国人女性のもの、それに代理母では自分の母親としての存在感がなくなってしまいます。高齢出産の危険は多少あっても自分で生む決心をしたのではないでしょうか。しかしもう一つの選択肢もありました。白人女性の卵子、すなわち他人の卵子を利用しては自分と血のつながった子は、できません。それなら孤児の里親になり、養子にする選択もあったはずです。それでも夫の血のつながった子が欲しかったのかもしれません。その辺は夫婦の葛藤が当然あったでしょう。

2011年1月彼女は、男の子、真輝(まき)ちゃんを出産した。真輝ちゃんは誕生後次々に難病に襲われた。「臍帯(さいたい)ヘルニア」、「食道閉鎖症」、「極型ファロー四徴病」などいう心臓病、「脳梗塞」など、手術、治療中に右手、右足が麻痺、気管切開の手術で真輝ちゃんは、赤ちゃんの泣き声を失った。手術は計6回におよんだ。今年1月真輝ちゃんは、無事満一歳の誕生日を迎えた。まさに医学の進歩のお陰だが、しかし母子ともに悲劇と言っていい。私は、彼女に対しての同情は薄い。出産後彼女はテレビに登場し、色々発言しているようですが、彼女の経験から,もし子供が欲しければ若いうちに結婚して子供を生んだ方がいいなどと発言していないからです。キャリアウーマンとして成功している女性だから、決してそんなことは言うまいとする虚勢を感じてしまいます。ウイキペディアによると、彼女はシングルマザー推奨を公言しています。子供は両親に育てられるのが当たり前だし、子供にとってもその方が望ましく思うのが当然です。したがってシングルマザーなど当初から考えてもみなかったけど、結果としてそうなってしまったという事は当然多々あるケースですから問題にはなりません。しかし最初からシングルマザーを望むとは、彼女は生まれてくる子供のことを考えていないのだ。子供を自分の欲望の道具として考えている面があるのではないでしょうか。彼女のこういう考え方が、資力にまかせて外国人女性の卵子を買い、自分の子供を生ませよう、すなわち資力に物を言わせて自然の摂理に挑戦してまでも彼女の欲望を満たせようとしたと考えるのは酷な言い方でしょうか。
自然の摂理に対する私個人の見解は、夫妻の精子と卵子を使っての体外受精までです。他人の精子、卵子を使っての妊娠は、自然の摂理に反することです。

キャリアウーマンとして成功している女性にとって子供の出産は深刻な問題です。アメリカでは精子や卵子の凍結サービスを提供する会社が存在します。合法的に認められているからです。アメリカ人のキャリアウーマンの中には、自分の卵子をいくつか取り出して液体窒素で凍結しておき、結婚したい男性が現れたら彼氏の精子と体外受精させて子供を持とうと計画している女性もいます。卵子凍結にどのくらい費用がかかるか? アメリカの週刊誌、「ニューズウイーク」誌(2010年版)によると卵子凍結治療費15,000ドル。1ドル80円とすると120万円、保存費用は最初の1年間は無料、それ以後は年間4000ドル(32万円)。しかし卵子凍結には問題があります。体内から取り出した卵子をすぐに体外受精させるのは可能ですが、将来に備えて凍結していた卵子を取り出し対外受精させるのは難しく成功したケースはほとんどないと言われています。卵子の取り扱い方は精子よりむずかしいのです。それでもキャリアーウーマンの中には、自分の卵子を凍結しておこうという女性がいるのは、凍結した精子で成功しているのだからそのうちに凍結卵子で成功するのも近いのではと予想しているからでしょう。従って次のようなケースも充分考えられます。本人が60歳になった時、凍結卵子を使用して子供誕生が可能になり、20代の時に凍結しておいた自分の卵子を取り出し、誰かの凍結した精子を買い取り、体外受精させ、自分はもう年寄りだから自分の子宮を使っての妊娠は無理、そこで代理母を使って生ませる。ついに60歳にして我が子誕生です。本人には大満足でしょう。私はこれでは、資力を使ってただ自分の欲望を満足させただけで、生まれてくる子供のことは全然考えていないのだと考えざるを得ません。皆さんそう思いませんか。

そこで私は皆さんに強調したいのです。女性には、結婚適齢期という言葉があります。しかし結婚適齢期という言葉が気に食わなければ、使わなくてもかまいません。しかし妊娠適齢期というものがあるということです。好むと好まざるとにかかわらず、妊娠適齢期を否定することはできません。これは女性の宿命です。体外受精する場合でも、卵子は老化しますから若い妊娠適齢期に行わなければならないのです。そこで自分は絶対に自分の子供が欲しいと思う女性には、私には提案があるのです。女性の人生は、男より長く平均もう90歳でしょう。そこで女性の人生二度説です。20代で結婚、20代で子供を一人、二人生んでおいて、30代に入って二人目、ないし三人目を生んでおくのです。私は子育て卒業は、中卒ぐらいまでと考えています。中卒頃の子供の母親は、45歳前後から50歳前後になっているでしょう。ここまでを女性の第一の人生、それ以降90歳までのほぼ40年間は、女性の第二の人生です。その時の各自の経済状勢に応じて働き続けるのもよし、新しく何かにチャレンジするのもよし、自由自在に活動できるし、またするのです。こんな人生計画どうでしょうか。皆さんどう考えますか。

この「若い女性たちに告ぐ」シリーズは、(その4)まで続ける予定です。次回(その2)は、2週間後の4月7日(土)のブログに載せます。話題は、「選択的夫婦別姓」についてです。引き続き読んでいただけたらと思っております。



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大人の子供化時代



最近にぎわしているモンスターペアレンツ、親の児童虐待、閉じこもり等等、最近の若い人を見ると大人がどんどん子供化、あるいは子供が大人になりきれずに子供のまま大人になってしまっているような気がしてなりません。学者や知識人が色々な原因を主張していますが、その中で「脳の未発達」原因説に私は同調します。子供の家庭でのしつけ方、学校での教育の仕方なども子供の成長に非常に大きな影響を与えることも確かです。しかしもっと大事なことが見過ごされているのは、子供が「脳の未発達」のまま大人になることではないかと私は思うのです。数年前テレビで脳の活性化の番組がありました。脳が活性化すると脳がどういう状態になるかをテレビで見せてくれました。聴視者に分かりやすいように脳が活性化すると脳全体がテレビ画面に赤く反応するように工夫してありました。ある人が長時間テレビを見ています、脳の活性化などほとんど起こりません。脳のはじのほうに少し赤みがかる程度です。ところがその人が一度立ち上がって台所で包丁を使ってジャガイモの皮をむきはじめると脳が活性化して赤くなってくるのです。編み物しても脳は赤くなる、すなわち脳が活性化するのです。手紙を書いているときなど脳がいかに活性化するかを見事に映像で見せてくれました。要するに体を動かし脳の使うことが脳の活性化につながるということを証明してくれました。
このことを子供にあてはめますと、子供はテレビを見ます、テレビゲームをします、携帯もします。しかしこれらは子供の脳の活性化にまったく役立ちません。現在の子供は、成長期に脳の活性化になんの役にもたたない事に多くの時間を費やす。これが大問題なのです。何故なら最近の子供は、ただでさえ遊び時間が少ないからです。脳学者から聞いた話ですけど、子供の脳の発達には遊びというものは絶対に不可欠だというのです。特に「思考力、判断力の司令塔」と言われる前頭葉(おでこの真ん中のちょっと上の部分)の発達には遊びは絶対に欠かせないないと言っています。子供の時に思う存分遊ばせることがどれほど大事かを強調していました。私の年代の人たちは、この意見には全く同感できるしょう。私の年代と大正、明治生まれの年代の子供と現在の子供との遊びに大きな違いが三つあると私は思っています。

1.遊び時間
子供の仕事は遊ぶことだといいますが、子供の遊び盛りの5,6歳から小学校卒業までの遊び時間の合計は、我々の年代の子供時代は、現在の子供の恐らく数十倍も遊んでいるのではないでしょうか。私の子供時代は、テレビもなければ、ビデオもない、ゲーム機器もなければ携帯もない、保育園もない、生活イコール遊びでできているようなもの。とにかく今の若い人たちには、私たちが子供の時に費やした遊び時間の多さは到底想像つかないでしょう。要するに私たちは、前頭葉の発達に欠かせない遊びを充分すぎるほど遊んできたということです。それに伴って子供の体力もつけてきたのです。それに引き換え現代の子供たちは遊び時間が少ないから前頭葉の発達も充分でなく、その上体力低下に陥っているのだ。

2.遊びの質
私の子供の頃は、遊びの中心は子供同士の遊びで、よく集団で遊んだものです。多い時は10人以上、少ない時でも3,4人、まず一人で遊ぶなど考えられません。野球など集団で遊ぶ時は、年長者がリーダーになって遊ぶのです。要するに我々の子供のころは子供自身が自主的に遊び、親が子供の遊びに関与することはほとんどなかった。子供が集団で遊ぶ時には、年長者が年少者のリーダーになり遊びを通じて大人への道を学ぶことが自然にできあがっていた。ところが現在の子供は、テレビ、ビデオ、ゲーム機器、ケイタイなどで遊ぶ時間が非常に多い。これらは子供の視覚に訴えるだけで子供自ら動く主体的な遊びではありません。私たちの子供の頃の主体的な遊びに対して、現在の子供らの遊びは、受動的な遊びと言えるでしょう。テレビやゲーム機器で遊ぶことは、子供が孤独で遊ぶ時間を増やし、子供同士で遊ぶ時間を少なくなることを意味します。子供の頃自主的に遊んで大人になるのと、受動的に遊んで大人になるのとでは、この差は大人になったとき、どちらが精神的に大人になっているか明白に理解できるのではないでしょうか。

3.過保護
私たちの子供の遊びには、過保護とは無縁であったと言っていい。子供の遊びに親が入りこまなかった。子供同士集団で遊ぶものだから年長者のリーダーによって子供なりのルールがあるのだ。いじめられた子供もいたでしょう。年長者がかばってくれたかもしれませんし、かばってくれなかったらいじめられた子供自身で解決策を自らみつけなければならないのです。ところが現在の子供たちは、すべてと言っていいくらい保育園育ち。保育園は、動物園と同じ。動物園の動物は、貴重な商品だから病気にしたり、怪我させたりしたら大変です。従って大事に飼育します。保育園も同じ。園児をケガさせたりしたら大変だから大事に飼育します。保育園では子供の自主的な遊びは生まれません。すべて受動的な遊びだけです。小学校の入っても過保護がついてまわります。運動会にかけっこをやれば、一等賞になって何も賞品もらえません、競争心をあおってはいけないとか、生まれつき遅い人を悲しませるとか、くだらない理由がつけられる。かけっこの途中ころんだりすると保健の先生が、救急箱を持って走りよっていくのだ。ころんで膝から多少血がでたからと言って、それがどうしたというのだ。また少し年長になって野球チームに入れば、大人の指導を仰ぎます。すなわち大人の監視つきで野球をするのです。これも受動的遊びでしょう。現在の子供たちは、子供の自主的判断で子供同士集団で遊ぶ経験など一度もせずに20歳の大人になってしまうのだ。これが精神的未熟な大人を生む一因になっていることは間違いないと思います。
ここまで三点、(1)遊び時間、(2)遊びの質、(3)過保護、を説明してきましたが、この三点を要約し、おおまかな結論を言うと、私たちの年代までの子供は自主的な遊びで大人になったのにたいして現在の子供たちは、受動的遊びで大人になったと言えます。ここに子供の頃の前頭葉の発達に大きな差が出るのは当然ではないでしょうか。子供の前頭葉の発達には、遊びは絶対にかかせない重要なものと脳学者は指摘しますが、私たちの年代、あるいはそれ以前の年代の子供と現在の子供とでは上記の三点に大きな違いがあることを脳学者は知っているのでしょうか。我々の年代だからこそ指摘できることではないでしょうか。

以下に述べる社会的現象は、子供の遊びや脳や精神に関することが根本的な問題になっているのではないでしょうか。
一。「70万人の引きこもり」
昨年2月、NHKテレビの「クローズアップ現代」で「70万人の引きこもり」という番組を放送していました。現在日本で70万人もの引きこもりがいるというのだ。そのうち20歳過ぎの引きこもりが63%、すなわち大人のひきこもりが42万人以上もいるのです。引きこもり予備軍を入れると引きこもり数が100万人になるという放送でした。引きこもりの直接的原因は、ほとんど対人関係がうまくとれないことです。すなわち子供の時に多人数の子供たちと一緒になって遊ぶことが極端に少なくなったのが大きな原因でしょう。何度もくりかえすが私たちの年代、いや明治生まれの人も、また江戸時代の生まれの人も、子供の時には、子供たちが集団になってわいわい、がやがや、夢中になって遊びにふける時間が無制限と言っていいほどあったのだ。だから私たちの若い時には引きこもりなどほとんど存在しなかったと言っていい。

二。アニメとマンガの隆盛。
アニメとマンガは表裏一体、マンガを映画化したものがアニメでしょう。アニメといえば昔はディズニー映画、それを子供や孫と一緒に見て楽しむものでした。最近人気の日本製アニメは、昔のディズニーアニメと違って大人の鑑賞に堪える映画になったようなことが言われています。そこで私は数年前、評判の「もののけ姫」を見ました。その他二、三アニメを見ました。やはりアニメはアニメ、大人が子供と、あるいは孫と一緒に見る映画という印象は変わりませんでした。恐らく私の年代の人は、アニメをみてもそう面白いと思わないでしょう。しかしこのアニメ、最近では若い男女の間で人気が非常に高い。そして日本製アニメは外国でも人気があると有頂天になっていますが、私にいわせれば、まだ脳が未発達な状態で大人の脳になりきっていないから面白いのではないかと考えてしまいます。
マンガでも同じことが言えます。私は子供の時、マンガに夢中になりました。テレビもなければテレビゲームもない、だからいくらでもマンガをよみあさることができました。したがってマンガを読むことなど子供のうち卒業してしまい、大人になってマンガなどに興味がわきません。しかし今の子供は、テレビもありゲーム機器もあり、マンガを読む以外にもいろいろやることがあって子供のうちにマンガを卒業できないでいるのだ。電車の中で30代、40代のサラリーマンがマンガを読みふけっている姿。家に帰れば妻もいれば子供もいるいっぱしの大人だ、そんな連中でもいまだにマンガが卒業できないでいるのだ。私には子供が三人います。私の体験から子供には、大人になってもマンガを読まないように、意識して沢山のマンガを読ませ、子供のうちにマンガを卒業させようとしました。私の思惑は当たりました。三人は完全にマンガを卒業しています。現在では、マンガも難しいジャンルに進出しています。歴史、経済、時事問題などマンガ化されるようになりました。要するに字の羅列ばかりだと苦痛になって本を読むことができないのです。マンガを入れ、文章も柔らかくすることによって本が読めるのです。まさに大人の子供化です。小林よしのりの「戦争論」が沢山の若者に読まれたのもマンガ化したからが最大の要因でしょう。猛烈に非難される覚悟で言いましょう。マンガ家やアニメ製作者などは、大人の子供化現象から生まれた花形職種なのだ。そういう職種に成功したからと言って世間に向かってえらそうな事をのたまうことなかれと言いたい。私など70代以上の人間にとっては知的水準、教養水準の高さが邪魔をしてマンガやアニメなど食指が沸きません。もっとも「おれ、おれ詐欺」の餌食になるのも老人です。年をとると個人差が大きいのです。

三。字幕映画から吹き替え映画へ
産経新聞によると戦前の洋画の字幕は、縦に最大13字2行形式でした。戦後、字幕は縦からスクリーン中央下になり横に最大13字2行形式で現在にいたっています。ところがここ数年13字の字幕が読みきれないという若者が増加。そのため字幕作りの現場では10字前後にくぎって行数をふやしたり、漢字を省いたりして苦労しているのだ。そのため字幕を必要としない吹き替え版にシフトする傾向が強くなっているのです。確かにビデオ屋にいけば、吹き替え版が増えたことが実感できます。テレビの海外ドラマも吹き替えが多くなりました。

数年前ある工業大学卒業の新入社員が、工場勤務になりました。ところがその新入社員のためにあわや大事故が起こるところでした。彼がどんな失態をしたのかというと、工場で使っている機械のマニュアルをよく理解できていなかったからです。会社側に言わせると新入社員がマニュアルをよく読めないなどこれまで例がなかった。急遽新入社員全員を調べてみると新入社員の読解力に不安を感じ、マニュアルを正しく理解させるための特別講習を毎年行うようになったというのです。字幕から吹き替えやマニュアル読むための講習会など、現在若者の読書不足による読解力の欠如の証明です。読書不足はどこからくるかというと、テレビ、ゲーム機器やパソコンなど主な原因になっているのでしょう。

ある大学の先生が学生にあるテーマを与えて各自にレポートを提出させました。先生は学生のレポートを見て驚きました。皆同じような内容の同じような文章のレポートだったからです。学生はインターネットで検索し、参考になる資料をそのままコピペし、それを適当につなぎ合わせたから同じような文章になってしまったというのです。それからは先生は、レポート提出をやめてその場で自分の意見を言わせるように切り替えたというのです。

現在では小学校で読まれる本の感想文のひながたがネットで検索され、小学生はそれをコピペするだけでいいと小学生に非常に感謝されている感想文提供者がいるのです。パソコンという文明の利器によって子供たちや学生が、頭で色々考えぬいたすえ文章に書くという機会、すなわち思考力を鍛える機会が極端に少なくなってしまったのです。従って新入社員が、営業報告や出張報告などと言ったビジネスレポートを書くよう命じられて書き方がわからないと音を上げるのは当然の結果でしょう。つい最近では大学生に小学生の算数の問題が解けない学生がいると大きなニュース種になりました。

私が公立中学校を卒業したのが昭和29年(1954年)、その時は一クラス50人のうち半分は卒業後就職組みでした。地方の中卒就職比率はもっと高かったでしょう。地方から集団就職で集団就職専用列車に乗って沢山の中学卒業生が上野駅にやってきました。それから3年後の昭和32年(1957年)が私の高卒の時です。この時私は就職組み、また女性の多くは就職組みで、大学にいく女性はあまり多くいませんでした。私が何を言いたいかというと私の年代、70歳前後から上の年齢の人には、最終学歴が中卒、あるいは高卒の人が大卒より多いいということです。これに反して現在の20代には、中卒がほとんどいなくなり、大学に進学する人が男女ともに非常に多くなったということです。恐らく男子など短大を入れれば90パーセント以上大卒でしょう。すなわち私の年代にくらべて現在の20代は、大卒という高学歴者がわんさといるわけです。それにもかかわらず、13字の映画字幕が読みきれない、新入社員が工場の機械のマニュアルが読めないなど20代若者のこの体たらくさ、マンガやアニメが流行るのも無理はない。要するに今の若い人が馬鹿ということではなく、自分の持っている脳の力、すなわち脳力を充分に発揮できないまま大人になっているのだ。まさに大人の子供化です。

四。すぐきれる、児童虐待、家庭内暴力。
この種の行為は、恐らく脳、前頭葉の未発達が主な原因と私は推測しています。子供の時我慢させるのも前頭葉の発達に非常貢献すると言われています。保育園や幼稚園でずっと過ごす子供たちにどれだけ我慢を強いているでしょうか。幼児を見て下さい。自分の思うようにならないと場所をえらばず泣き叫びます。前頭葉が未発達な故に自制がきかないのです。暴力で自分の意を通そうとするのは、脳未発達の動物的行為です。ある若い母親が夜中に泣きじゃくる幼児にたまりかねてふみつけて死なせてしまいました。殺すつもりは全くなかったと言っていました。まさに「思考力、判断力の司令塔」である前頭葉の未発達でしょう。赤ちゃんを踏みつけたら死んでしまうかもしれないという判断力さえついていないのです。また前頭葉の未発達のせいにでもしないと、親の児童虐待で子供を死なせるケースの激増など、私たちの年代では全く理解しがたい行為です。健全な肉体に健全な精神がやどるなどと言いますが、いまは健全な脳に健全な精神が宿ると言った方がふさわしいのではないでしょうか。脳には文明の利器を発明する機能があると同時に人間社会が円満に運ぶための機能もあるのです。ところが文明の利器の発達の度がすぎて、人間社会が円満にはこぶための思考力や判断力を養う前頭葉の発達を阻害する要因になってしまったと言っていいのではないでしょうか。

五。若年認知症の増加。
現在、50歳代や60歳前半で痴呆症をわずらう人が多くなって社会問題化しつつあります。老齢者の痴呆症は、介護と医療の面でも医療制度ができていますが、若年層の痴呆症にはその医療制度は適用されません。痴呆症の老齢者は、いずれ死にますから、配偶者や肉親は、少しの間我慢すればよいが、若年層の痴呆症の人は若いから食欲はあるし、元気だし、本人が死ぬまでに時間がかかりますから、配偶者や肉親の苦労は大変なものです。なぜ若年層の痴呆症患者が増えるのか。私の想像では、脳が完全に大人の段階まで発達しないまま大人になり、大人になった後は、人によっては脳をあまり使わない単純作業を長年続けていたため脳が早く老化してしまったのではないでしょうか。脳の老齢化に拍車をかける要因の一つに計算機の出現があげられると思います。私が、確か30代に計算機が出現したと思います。機械式の計算機だったと思う。誰も自由自在にどこでも使える電算機の出現は40歳代の時ではないでしょうか。私の年代は、40歳代までは個人個人の暗算能力で計算し、それ以上は紙に書いて計算していたのだ。現在は、自分の頭で計算するのは、自分の財布にいくらあるかと計算する以外は、計算機を使うのです。使わない肉体は、加齢とともに老化が早い。脳も同じでしょう。使わなければ脳の老化が早いと考えるのは当然です。現在、肉体の老化を少しでもくいとめようとフイットネスクラブが流行っていますが、私の予想では、いずれ脳の老化を防ぐフイットネスクラブが出現するでしょう。ふだんあまり脳を使う仕事をしていない中高年層の人たちが若年痴呆症予防のためにせっせと通うことになるでしょう。脳の老化を防ぐプログラムの一つには、まちがいなく暗算力を鍛え、加減乗除の計算問題集をあたえられ計算のスピードと正解を鍛えるコースがあるに違いないと予想しています。

六。セックスレス夫婦の増加
平成21年1月15日の産経新聞によると厚生労働省研究班が、16~49歳の男女2693人を対象に行った調査によれば、1ヶ月以上も性交渉ないセックスレス夫婦は4割を超えた。さらに驚くのは、16~19歳の男性の35.1%がセックスに「関心がない」、「嫌悪している」と回答していることです。私は男だから言いますが、男はこの時期セックスに一番関心のある時期です。それでも35%も「関心なし」か「嫌悪している」というのですから一体どうなっているのだと言いたい。みなさんこの原因はどこにあると思いますか。私の年代であれば推測はできます。子供のとき同じような年齢の子供といっしょに野外でおもいきって充分に遊んだ経験のない子は、バイタリティーあふれる大人になるわけがない事を知っているからです。現在の子供は、昔の子供と比べて体力が落ちているといわれてからもうだいぶ久しい。特別に何かスポーツすることもなくそのまま大人になれば、私たちの平均体力よりひ弱な大人になるのは当然でしょう。かごの鳥のように保育園で育てられるからけんかをする事もなく過保護に育ち、幼児の時から闘争心が磨かれる事もない。精神的にも肉体的も大人になりきれない、私に言わせれば、発情期を迎えることなく大人になってしまう人がでてくるのです。そのためセックスにあまり関心ない、あるいはセックスレス夫婦誕生が増えるのは当然の勢いでしょう。
千葉県浦安市のあべメンタルクリニクを訪れた30代夫婦に、院長の安部輝夫(66)は、スキンシップの「宿題」を出した。その答えの中に「今は乾燥して肌がかゆくなるので互いの背中をかく」と書いてあるのだ。私たち夫婦は二人とも70歳以上だから二人で背中をかき合うこともある。それが30代の夫婦が70代夫婦のやるようなことをしているのだ。そしてこの30代夫婦は、結婚して5年余り。一度もセックスしていなかった。だが二人は「夫婦仲はいい」と口をそろえたという。私に言わせればこの夫婦は二人とも精神的にも肉体的にも大人になっていないのです。子供が「夫婦ごっこ」のおままごとをしているようなものです。この夫婦は、おままごとは子供の遊びであることさえ知らないのではないか。

セックスレス夫婦の増加に関連してくると思うのですが、ここに悲しむべき数字がある。英国の避妊器具メーカー「デュレックス」が2006年に26カ国を対象に行った調査によると、一年間の日本人のセックスの回数は、48回と最下位の26位だった。回数の多い上位五カ国は、一位 ギリシャ(164回)、二位 ブラジル(145回)、三位ポーランド、ロシア(143)、五位 インド(130)。日本より一つ上の25位は香港で82回。日本が断トツに少ない回数での最下位であることがわかります。私はここ数十年の日本国民を見ていて、国内の政治政策でも、あるいは外国から何を言われても、何をされても国民全体で怒りの声をあげたことがない、そのため日本国民はバイタリティーを失ってしまった民族と思っていましたが、性交回数でも如実に示していますね。ある脳学者が言っていますし、ネットのウイキペディアにも書いてありますが、性行為は、人間の脳の活性化に非常に役立つということです。そこで厚労省で調べてもらいたいことがあります。セックス回数世界最多を誇るギリシャには、50代、60代の若年痴呆症の人たちは、存在するのでしょうか、存在しているなら人口比率から日本と比べて多いのでしょうか、少ないのでしょうか。もしギリシャに存在しないとか数が極めて少ないとなったら、性行為が人間の脳を活性化する証明でしょう。ならば私も老骨にムチ打ってはげまなければという思いがあります。

七。うつ病患者の増加
先月NHKの番組、「クローズアップ現代」でショッキングな情報を提供していました。うつ病患者の増加は、先進国の悩みです。うつ病はいったんかかると完治しにくい、抗うつ剤を飲んでも少しも改善しない場合も多い。最近アメリカでうつ病の画期的な治療をほどこし成功をおさめているケースを放送していました。うつ病は、いままでは心の病と思われていました。だから患者は精神科医に通うのですが、心の病もあるが、その多くは脳に故障が起きている、要するに脳に病をかかえているケースが多いというのです。例えば、ホラー映画を見た場合、私たちは恐い思いをし、ぞっとしたり、心臓がドキドキしたりします。それは脳には、その恐さ感じる場所(医学名があるのですが、忘れました)があるからなのですが、その場所が通常の日常生活でも過敏に反応するため、うつ病のような症状を起こしていることがわかり、医者は、その場所に電磁波を与え脳を刺激する治療を施したところ急速に回復をした患者のケースを紹介していました。但し、初めての試みなので回復したからと言って電磁波治療をすぐ止めていいのか、いつまでで電磁波治療つづければいいのか暗中模索の状態だそうです。うつ病患者で重症の方や長期に患っている方は、自分の脳のどこかに異常があるのではないかと疑うことも大事になってきたということです。いずれ脳の病気の種類がクローズアップされるのではないでしょうか。人間は、大人になった時、肉体が大人なっていなければいけないし、肉体内部の臓器も大人になっていなければ大人としての社会生活が営めません。脳も同じではないでしょうか。大人になった時、脳も大人になっていなければ大人としての社会生活が営めないのではないでしょうか。うつ病は、心の病ばかりでなく脳のどこかに異常があるということが、これから増えてくるような気がしてなりません。

乗り物の発達によって人間の足が弱くなったのを実感して、ジョッギング、ランニング、散歩の重要性を認識した。テレビ、計算機、パソコン、ゲーム機器、携帯、などなどいわゆる文明の利器によって人間がもっている脳の力、すなわち脳力が落ちてきているのだと認識できるのは私の年代の人間や先輩たちだけです。その理由は私の年代の人間は、生まれた時から現代文明の利器のどっぷり使って生きてこなかったからだし、また大人にとっては便利かもしれないが、子供にとって弊害ばかりが目立つ保育園などで育てられなかったからです。私たちは、環境破壊による地球の消滅を恐れていますが、人間がこれまでと同じように文明の利器を発明し続けていくと、それが同時に人間の脳力の退化を招き、健全な人間生活が営めなくなり、人間自身が自滅していく可能性もあるのだ。大人の子供化はそのはしりではないでしょうか。


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