Archive for 6月, 2012

全国の「つくる会」会員の皆様方へ(2)



        このブログの転載、拡散を歓迎します。

今月初めの6月2日、私は上記のタイトルのブログ記事を書きました。記事の内容は、つい最近本にするつもりで書き上げた「育鵬社教科書盗作事件」の原稿の紹介でした。ところが6月7日に私のブログ管理人は、サーバーから次のようなメイルをもらいました。
メイルの内容を紹介しますが、実名はさけてW記者としています。
引用開始
お世話になっております。下記の内容にて、外部から、迷惑・違反行為のご連絡、弊社への対応依頼を頂戴しております。お手数ではございますが、お客様にて対応をお願い申し上げます。同様の通報が継続して来る場合や緊急な場合には、弊社で何らかの対処をしなくてはなりません。ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。
担当:ABUSE対策部門
以下内容の抜粋です。
2012年6月4日 16:09 W記者

株式会社デジロック 代表取締役 平岩健二様
産経新聞記者のWと申します。貴社のサーバー上に開設されている「えんだんじのブログ」において「産経新聞は、八木を援護するためにある一定期間、ウソデタラメな記事を書きまくった。これはうそではありません。事実をつきつけることができるのです。産経のW記者は、記者として職業倫理を犯していたと言っていい」と言う記述がありますが、これは名誉毀損行為です。
私は平成18年、インターネット上に同様の書き込みをした被疑者を名誉毀損罪で東京地方検察庁に告訴した経緯があります。被疑者は検察官から取り調べを受け「今後同様の行為を行ったら処罰する」との説論を受けております。
別の被疑者とはいえ、同様の行為が行われたことに精神的苦痛を受けております。本日中に削除するようお願い申し上げます。削除なき場合には法的手段を検討せざるを得ません。
平成24年6月4日
W記者
引用終了

私のブログ管理人は、この通知を受け取ると私に気をきかしてくれたのでしょう、すぐに私のブログ記事を非公開にしてくれました。私はそのまま非公開にしておいてしばらく様子を見るつもりでした。私はブログ管理者から、ブログ記事の載せ方、コメントの載せ方、コメントの返答のし方、記事の削除・訂正の仕方など学んでおりますが、非公開の仕方、非公開から公開の仕方などは学んでいませんでした。そこで非公開はどうするのだろうか、非公開を公開するにはどうするのだろうかとパソコンをいじくっている間に非公開が公開になったりしてあわてて非公開に戻したつもりが削除になってしまいました。読者のコメントも非公開だったものが削除になってしまい、読者には失礼なことをしてしまいました。私のチョンボではからずも産経記者の要求どおりの「削除」なってしまったのです。

一方私はW記者のメイルを「つくる会」内部に転載しました。すると藤岡信勝前会長、現理事から次のようなメイルを戴きました。メイルには記者の実名入りですが、ここではW記者としています。
引用開始
2012年6月8日
藤岡信勝です。
産経新聞記者・Wは、平成18年、私、藤岡信勝を東京地検特捜部に刑事告訴した。私がブログに書いた記事が名誉毀損にあたるというのである。私は産経新聞の「正論」欄の執筆者であり、新聞社から見てお客あるいは協力者といった立場になるとおもわれるが、その新聞社の社員が、執筆者を告訴するなど、前代未聞の珍事である。
私は東京地検に呼び出されたので事情を説明したが、担当検事はWの訴えを全く非常識なこととして問題にもせず、当然不起訴になった。担当検事は「困ったことだ」と言い、W
を呼んで注意しておくと言った。こういう記者を産経新聞社が未だに雇っていること自体が不可思議である。
ところが去る6月4日、Wは「えんだんじのブログ」の記事が名誉毀損にあたるとしてサーバー業者に削除をもうし入れている。そのメイルの中で言及されている「被疑者」とは私・藤岡に他ならない。そして「被疑者は検察官から取り調べ受け『今後同様の行為を行ったら処罰する』との説論を受けております」というのは、事実無根の嘘である。あたかも私の記事が検察官によって違法であると判断されたかのように印象を振りまく、このような虚偽を書いてブログ上の言論を弾圧しようとするのは、新聞記者にあるまじき行為であり、これだけで、新聞記者失格である。
私は産経新聞の役員に、この件で善処されるよう依頼する文書を送る予定である。(平成24.6.8)
引用終了

私はこの藤岡氏のメイルを理由に私の削除したブログ記事を再度載せようかと考えましたがやめました。その理由は以下の通りです。
(1)私は私のブログ管理者のサーバーを使わせてもらっているので、現在の私はブログ上では誰ともけんかできないような状態です。ブログ管理者に迷惑がかかるからです。
(2)私は自分の過失で読者のコメントを削除してしまっていますから、自分のブログ記事だけの復活はしたくありません。
(3)私の戦う相手は新聞記者でなく産経新聞なのです。産経新聞がW記者にあのような記事を書かせたと思っているからです。
(4)また本の原稿も最初に紹介した時より厚くなり内容も充実したから紹介しなおそうとも思っていたからでもあります。


「育鵬社教科書盗作事件」の本は、前回のブログで紹介したように、第一章「つくる会」十五年の軌跡、第二章 育鵬社著作権侵害の実態、第三章 私の主張、の三部構成です。第二章も第三章も原稿の内容はほとんど変わりありません。しかし第一章は、かなり文章を追加し内容を充実させました。前回の目次と修正原稿の目次を比較すると違いがわかります。
前回原稿の目次 第一章 「つくる会」十五年の軌跡
        一。 首脳陣の離合集散
        二。 初の文科省検定教科書作成
        三。 乗っ取り騒動
        四。 乗っ取り騒動の収め方
        五。 「つくる会」と扶桑社の絶縁
        六。 育鵬社の登場
        七。 育鵬社教科書の欠点
        八。 嵌められた安倍元総理
        九。 「つくる会」の奮闘

修正原稿の目次 第一章 「つくる会」十五年の軌跡
          一。二。は前回と同じ
          三。 乗っ取り騒動
         (1) 八木秀次氏の人間性
         (2) 産経新聞の捏造、歪曲記事
         (3) 公安警察等を語っての怪メール
          四。 乗っ取り騒動の収拾
         (1) あまりにも日本的収めかた
         (2) 「つくる会」独自性の堅持
          五。 「つくる会」つぶし
         (1) 扶桑社からの絶縁状
         (2) 育鵬社の登場
         (3) 複数の反「つくる会」ブログの登場
          六。 育鵬社教科書の欠点
          七。 嵌められた安倍元総理
          八。 「つくる会」の奮闘
これで読者もお分かりのように三。四。五に筆を加え内容を充実させ、著者、私の主張をはっきりとさせました。産経新聞と八木一派はタッグを組んで「つくる会」を乗っ取ろうとしました。その過程で新聞記者Wは、あのような記事を産経から書かされたと言っていいでしょう。「つくる会」乗っ取りが失敗に終わると、彼らは「つくる会」を潰しにかかったのです。具体的証拠があるかと言えば、ありません。しかし状況証拠を積み重ねていくとそう解釈するのが当然だと私は考えています。そのような考えを基に本を書いていますから、本出版後産経新聞や八木からの激しい反発があるでしょう、覚悟の上です。一寸の虫にも五分の魂。私の正義感が許さないのです。

W記者は、日頃私のブログを注視しているのでしょう。だからあの記事に触れたら即座に名誉毀損だ、削除しろと要求してきたのでしょう。新聞記者は、6年も前に書いた自分の記事を覚えているものなのでしょうか。私など去年のブログに何を書いたか覚えていません。勿論、大スクープ記事を書いたなら、一生の想い出ぐらいにその記者は記憶するでしょう。しかし日頃記事を書いている記者が6年前に書いた記事を覚えているでしょうか。しかしW記者は、覚えていて即座に反応したのです。なぜでしょう。あの記事がW記者のトラウマになっているのだと私は考えています。なぜトラウマになっているのか?彼の意に反したことを、あるいは事実に反することを書かされたからではないでしょうか。彼のトラウマを治すには、「つくる会」が潰れることなのです。「つくる会」が潰れれば、誰も彼の古傷ともいえるあの記事を追及することがないからです。それだけに彼は今でも「つくる会」潰しに熱心だと言われているのも、そのためだと思います。その点から言えば、私も元はサラリーマン。彼に同情したくなる点もあります。最悪者は八木と産経新聞。彼は両者の道具に過ぎなかったと私は見ています。

産経新聞は、確かに最初の頃は、「つくる会」に非常に協力的だった。しかし「つくる会」が産経新聞の一方的要求に屈しないとわかると、御しやすい八木をかついで乗っ取りを計り、失敗すると扶桑社を絶縁させ「つくる会」を潰しにかかった。「つくる会」との共存共栄などという殊勝な考えなど微塵もなく、今度は育鵬社の盗作です。フジサンケイグループは、教科書ビジネスでは、最悪の悪です。「つくる会」をなめるのもいいかげんにしろと言いたい。この本は、「つくる会」会員の怒りの本です。

最後に私はブログの管理人に、もしW記者が名誉毀損か何かの理由でこの記事をも削除するよう要求してきたらおとなしく従うように言ってあります。同時に現在私独自のサーバーを探すよう指示し、いずれブログの引越しをするつもりです。これからは自分のふんどしで充分に戦う決心でいます。
「つくる会」の皆様を初め読者の方々には、大変ご迷惑をかけてしまいました。これからもご支援、ご愛読のほどよろしくお願いいたします。

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なぜ法的に戦わねばならないのか



         このブログの拡散、転載を歓迎します。  

育鵬社の盗作に対して、「つくる会」内部では、盗作を法的に訴えるかどうか大きな問題になっていますので私の本の原稿(育鵬社教科書盗作事件)の「第三章の一」の全文を公開します。
引用開始
第三章。私の主張
一。なぜ法的に戦わねばならないのか
「つくる会」会員の中にも、「つくる会」支持者の中にも、育鵬社を相手どって法的に戦うことを毛嫌いする人がいます。彼らは皆、そんなことすれば左翼に利するだけで得することは何もない。そろって保守の地盤を失うだけ、だから育鵬社と仲良くやっていくほかないのだ。こう主張するのですが。よく考えてみてください。「つくる会」に年表流用問題が起きた時、当時の藤岡会長は、即座に謝罪し、即座に新しい年表に切り替えた。そして潔く会長の職を辞した。ところがこの盗作問題では、育鵬社はダンマリ戦術で知らん振りです。通常盗作だと他人から言われたら、懸命になって否定し説明するのが常識じゃないでしょうか。それが全くない。それどころか盗人が知らん振りして堂々と構えているのに対して盗まれた方は、法に訴えようか、どうしようかとおどおどしている感じです。それどころか盗人とわかっていても仲良くしようという声もかなり強いのです。これってなんかおかしく感じませんか。個人でも、組織でも不正があれば、それを正すことが法治社会の掟ではないでしょうか。私には、育鵬社と仲良くやっていこうなどと主張する人々は、日本民族の欠点をもろにさらけ出しているような気がしてなりません。人には、誰にでも欠点があります。またその欠点をよく承知しています。ところいざとなると無意識のうち欠点をさらけ出すのが人間なのです。民族の欠点も同じです。日本民族にはどういう欠点があるかよく知っています。まれにあまりに知らない人もいますが。それでもいざというと無意識のうちに欠点を出してしまうのです。育鵬社と仲良くしていこうなどという人は、無意識のうちに日本民族の欠点をさらけだしているのです。どういう欠点をさらけだしているのか箇条書きにして見ました。

(1)正義感の欠如
オリンパスが粉飾決算を続けて20年。この間役員の一人でも疑問をはさみ、追及すれば20年間も粉飾を続けられなかったはずです。たまたま外国人社長が疑問をはさんだのがきっかけで粉飾決算が暴露されたのです。皮肉な結果です。欧米人の方が正義感が強いのでは?正義感が欠如しているから日本には「臭い物にふたをする」という言葉があるのではないでしょうか。皆さん、育鵬社は違法行為を行っているのですよ。著作権侵害は、非常に大きな犯罪で、懲役は最高10年の大罪ですよ。子供たちは、教室現場で盗作された教科書を使って学んでいるのですよ。あなたがたは、正義感などつめのあかほども感じないのですか。あなたがたは、大人です。子供ではありません。事の道理はわかるはずです。仲よくしていかねばならないから、こんな大罪は見逃せというのですか?

(2)現実直視を怠る。
戦後、左翼の知識人にとってソ連は、あこがれの国だった。ところがソ連には自由など何もないのです。自分は日本でありあまる自由を満喫しながら、自由が全くないソ連にあこがれるというバカなことをしていたのだ。現実を直視しようとしないのです。そのうちにソ連は崩壊してしまった。「従軍慰安婦事件」を見て下さい。強制連行による従軍慰安婦など存在しないのにその現実を直視せず、問題解決をその場の韓国との一時的な仲良しだけを優先させ、現実直視を避けて得意の妥協外交で解決した。日本はその弊害に悩まされているのが現状でしょう。ようするに現実を直視しての解決策の模索でなく、現実直視を避けての解決策を模索するのです。育鵬社と仲良くやっていこうなどというのは、現実直視を避けた解決策なのです。それでは後に禍根を残すことになります。現実に見ても、見ていないふりをし、現実を見てなくても見たふりをする。これで物事を解決されたのではたまったものではありません。平成十八年度の「つくる会」首脳陣は、総会時八木一派らの乗っ取り事件の詳細報告書を用意したが、結局は乗っ取り事件などなかったかのように扱っています。今度の盗作事件もなかったことにするのでしょうか。どれだけ彼らをつけあがらせれば気が済むのでしょうか。

(3)長い物に巻かれろ
これも「臭い物にふた」と同じくらい有名な言葉です。育鵬社は、大資本をバックの教科書出版会社、かたや「つくる会」など資本力など全然なし、会員たちの浄財が主、教科書を出版する自由社は、弱小出版社。育鵬社と仲良くしようということは長い物にまかれろということではないですか。「無理が通れば道理引っ込む」という言葉があります。盗作非難を浴びながら育鵬社は、沈黙を決め込み違法教科書を押し通すつもりなのです。なんの謝罪もなく、また罰せられこともなく、それを受け入れたら、私たちはみずから道理を引っ込ませることになりませんか。私たちは道理を引っ込めてはならないことは当然でしょう。

(4)物事を情緒的に考える
日本民族は、やさしい、情緒的な民族です。シナ人や韓国人のようにギスギスした民族とは違うのです。それだけに物事を情緒的に解決しやすいのです。むずかしい問題を情緒的に考えて解決するほど危険なことはありません。「保守どうしが争えば、左翼が得するだけ」などと考えるのは情緒的判断以外のなにものでもありません。育鵬社がしでかした盗作は、非常に大きな問題ですが、もう一つ大きな問題があります。南京虐殺事件を容認したことです。日本で保守と主張し、保守と思われている人たちなら絶対に容認してはならないことではないのですか。これは「従軍慰安婦事件」と同じで日本民族にわざと泥をぬりつける、日本民族の尊厳にかかわる非常に重要な問題ですよ。彼らは日本民族を裏切ったとも、大罪を犯したとも言えるのです。この人たちと仲良くやれというのですか。ものごとを情緒的に考えず、もっと物事の本質を考えてくださいよ。いいですか、現在は歴史観や歴史認識が往々にして外交問題になっているのを知っているでしょう。南京事件は直接あのけったいな国、シナと直結する問題ですよ。南京事件を容認して保守の一画がくずれました。シナは有利になりますます図に乗ってくる、私たちの戦いが不利になるだけです。なにが保守どうし仲良くやれですか、それどころか私は怒りを感じて南京事件を容認した保守知識人一人一人をなぐりつけたい衝動にかられています。シナ、韓国に限らず外国は平気でうそをつく。国策でうそをつくと決めたら、何十年でも信念のごとく主張してきます。一方日本はうそをつきません。真実を述べても信念のごとく何十年も続かないことが多い。情緒的にものを考えてしまうからです。知識人がその点を国民に注意をよびかけねばならないのに、自分から率先して情緒的に考えてしまうのです。だから私は日本の知識人はバカが多いというのです。要するに育鵬社と仲良くすることは、育鵬社の前代未聞の大規模な盗作と南京事件の容認という二つの大罪を隠してしまうのです。これは「つくる会」が育鵬社との違いを見せ付ける格好な材料になるのですよ。それをどうして隠してしまうのですか。もうちょっと論理的に考えてくださいよ。

「よぅし、お前の主張はわかった、しかし、もし裁判に負けたらどうするのだ?」とこういう質問が当然出てくるでしょう。裁判は私たちが勝つのは当然です。しかし正義が裁判で勝つとはかぎりません。また「裁判が日本を滅ぼす」といわれるくらい不当判決が繰り返されてきましたから、不当判決で負ける場合もあり得ます。しかし裁判に負けたからと言って「つくる会」に大変な悪影響が出るのでしょうか?私たちの裁判への訴えは正当性があるからです。よく世間ではいいがかりをつけるためだけに裁判を利用する人がいます。この裁判への訴えは正当性があるかどうか、ただのいいがかりかどうかを世間が判断してくれます。要は、裁判に訴えて当然というのであれば、例え敗訴しても打撃は少ないと私は判断しています。裁判にかけられて打撃を受けるのは、「つくる会」ではなく育鵬社だと思っています。教科書販売の実績もあがらず、「つくる会」が15年も持ったのも株式会社じゃないからです。利益をあげなくても会員や支持者から援助があればなりたちます。しかし育鵬社は株式会社です。利益をあげることができなければ、撤退せざるを得ないのです。昨年の実績程度では育鵬社は長持ちしません。法廷闘争をしかけられたら、採択戦の悪影響必須です、結果次第では会社を閉じる可能性もあるのです。だから法廷闘争中に示談を提示する可能性大だと私は思っています。

もう一つ法廷闘争をしかけなければならない必然的情況があるのです。「つくる会」は現在存亡の危機を迎えています。乗っ取り騒ぎによる会員数の激減です。最盛期一万三千人いたのが現在三千人です。この三千人は最強の支持者ですが、およそ一万人の激減は非常に痛い。軍資金に直結するからです。私たちは、今進むも地獄、退くも地獄のような状態です。進むとはどういうことか法廷闘争に打って出ることです。退くとはどういうことか資金不足からこのままじっとして三年後の採択戦を向かえることです。もし私たちが法廷闘争をしなかったら、育鵬社やつくる会反対者は、「つくる会」の年表盗作をしつこく繰り返してくるでしょう。このまま法廷闘争もなにもしなくては、「つくる会」が三年後の採択戦で育鵬社や左翼系教科書会社にたちむかって驚くような好成績をあげられるでしょうか。まちがいなく見通しが暗いでしょう。進むも地獄、退くも地獄なら打ってでるほかありません。法廷闘争に打ってでて、「つくる会」と育鵬社との違い(盗作と南京事件容認非難)を世間にもっと明確に伝えれば、何かが変わる可能性があるのです。勝つ見込みが非常に高いのですから勝てば、がらりと「つくる会」に有利になります。法廷闘争中に育鵬社はなにか妥協策を考えてくる可能性も高い。要するに打って出ることによって何かが変わる可能性があるのです。ただじっとしていたらなにも変わる可能性がないのです。だからこそ法廷闘争に打ってでなければならないのです。もし法廷闘争をまかなう費用がなければ、会員たちから寄付をつのりましょう。
以上が、私が「つくる会」の会員たちに訴えたい点なのです。そして私たち会員は、一致団結して戦わなければなりません。
引用終了

私が「つくる会」首脳部にお願いしたいのは、この「私の主張」をたたき台にして、法廷闘争に打って出るべきか、傍観すべきか大いに論じ合ってほしいと思います。その結論を出すのは、総会出席者全員参加の投票です。そうすれば総会は平穏に終わるでしょう。それを首脳部だけで結論をだしたら総会は混乱し、総会終了後も混乱し続け対外的なイメイジを大変損なうことになります。ぜひ投票での採決をお願いいたします。

地方支部の皆さん、またこのブログの拡散、転載にご協力お願いいたします。

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