Archive for 8月, 2014

NHK、朝日、毎日は、日本国民の敵(6)



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朝日新聞購読者の皆様へ。
朝日新聞の反日報道は、なにも今回の「従軍慰安婦」事件報道だけではありません。戦後69年間ずっと続けてきた報道姿勢なのです。簡潔に分かりやすく説明するためできるだけ時代順に箇条書きしていきます。
1.終戦後まだ半年もたっていない昭和21年1月1日、朝日は「新しき世界の血から、スターリン」「消えぬ革命家の情熱」「民衆と歩む『投書政治』という見出し付の長い記事でスターリンを礼賛しています。昭和28年3月6日にスターリンは亡くなったのですが翌7日には、朝日の夕刊「こども」欄で、「なくなったスターリン首相」「子どもずきなおじさん」「まずしかった少年時代」という見出しとスターリンの少年時代の写真を掲げ、スターリンを英雄や偉人扱いにした子供むけの記事を書いています。
ソ連は、日ソ中立条約を破って、終戦間際の8月9日に日本に宣戦布告、ソ連軍は急遽満州から日本に帰国しようとする日本人に遅いかかり、虐殺、強姦、略奪をほしいままにし、さらに終戦8月15日には武装解除した日本兵60万人以上強制連行し、シベリヤ各地の流刑地に放り込み、重労働を課し、そのため約7万名の日本兵が命を落とした。その上さらに北方四島を占領したままいまだに返そうともしません。スターリンが死んだ時点でも、沢山の強制収容された日本兵が日本に帰国できない状態のままです。この責任の全部がスターリンにあるのです。それにもかかわらずスターリンの礼賛記事を書くとは、日本に対する裏切り行為ではないでしょうか。以来朝日は、平成3年にソ連が解体するまで反日親ソ、反米親ソの報道を続けたのです。

2.昭和26年9月、日本はサンフランシスコでアメリカを含む48か国と対日講和条約を結びました。これによって日本は西側48か国との戦争状態を終結し、独立回復を認められたのです。当時米ソの冷戦時代と言われ、前年の6月には朝鮮戦争が勃発して、米国とソ連、シナとは敵対関係になっていました。この時朝日は、西側諸国だけの単独講和でなく、ソ連を含む共産主義国を含む全面講和を主張した。当時、国力のなかった日本は、西洋諸国側につくのか、共産主義諸国につくのかの選択肢はなかったのです。この時日本政府が民主主義国家群につくと決定したことが、戦後の日本経済大繁栄の決定的要因になったのです。
この時日本政府が、朝日の主張通り全面講和主張したらどうなったのか朝日は説明してみろというのです。

3.昭和29年自衛隊が創設されました。強く反対したのは朝日新聞です。現在自衛隊は貴重な存在であることは日本国民の恐らく90パーセントは同意しているでしょう。朝日はバカか?

4.昭和35年「日米安全保障条約」の改定が米ホワイトハウスで調印された。その調印前、そしてその後の国会での批准をめぐって、後に言われるはげしい「60年安保闘争」が繰り広げられたのです。「日米安保改定反対」運動は、朝日を筆頭に日本の左翼が全力をあげての闘争でした。労働組合、日教組、大学生、社会党、共産党、進歩的文化人と呼ばれた知識人たちが、熱にうかされたようにデモに参加していきました。彼らは戦後最大級の大衆行動と呼んでいます。一人の女学生が死んだ6月15日のデモ参加者は、警視庁調べで65万人です。なぜこれほどまでに「日米安保改定」に反対したのか。その理由は「安保改定」で日本は戦争に巻き込まれるという主張です。
安保闘争で世情不安を引き起こした当時の岸首相は退陣、次の池田内閣のもとで総選挙がおこなわれました。戦後最大の大衆運動が行われたのに、自民党の池田内閣は圧勝したのです。国民は「安保改定」で日本が戦争に巻き込まれるとは判断しなかったのです。「日米安保改定」は戦後から現在にいたる69年間、日本を戦争に巻き込むどころか、平和に貢献してきたのです。すなわち朝日の主張は、ここでも大きな間違でした。

5.戦後GHQが日本を去って以来、朝日は、親ソ、親シナ、すなわち親共産主義国の立場を鮮明にした報道姿勢を続けてきたことは事実です。そのため祖国、日本国側にたっての主張より親共産主義国側にたっての主張が目立ちました。こんな例もあります。昭和56年に日本政府が2月7日を「北方領土の日」とすることに決めた時、朝日は「『北方領土の日』をとりさげよ」という東海大学総長、松前重義の主張を掲載したのです。松前の主張の中にこういう一節があります。「ソ連は第二次大戦において、世界で最も大きい人的、物的犠牲を被った。それゆえ第二次大戦の結果にソ連がこだわるのは、決して理由のないことではないのである。北方領土問題は、ソ連にとって国際法の問題というよりは、多くの犠牲のもとに得た結果を失えぬという、国益と感情問題なのである。」
冗談じゃない。この松前という男は、一体日本人か。ソ連が第二次大戦で、世界で最も大きい人的、物的犠牲を被ったなどとよく言えたものです。ソ連はバルト三国を手にいれたし、フィンランドの領土の十分の一、ポーランドの領土の半分近く手にいれたのです。連合国の中で領土を拡張できたただ一つの国です。このとんでも松前の主張を朝日新聞は掲載したのだ。

6.昭和39年に日中記者交換協定が結ばれた。原則として8人ずつの記者を相手国に常駐させることができた。日本側から、朝日、読売、毎日、産経、日経、西日本、共同通信、NHK、東京放送の九社から一人ずつ派遣された。ところが昭和42年から昭和45年にかけて朝日とNHKを除く全記者が国外退去を命じられた。理由は反シナ報道を行ったという主張です。NHKは期間満了でシナを引き上げ、残るのは、朝日の記者だけになってしまった。
日本新聞協会は、一方的な理由での国外退去は、報道の自由を奪うとしてシナ政府に抗議しようとしたが、朝日は強力に反対した。シナに残った朝日の記者は、シナ側の意に添わない記事を書くと国外退去にあうものだから、自然とシナ礼賛やシナよりの記事を書く、それを読者は読まされていた。こういう記事の書き方で、大失態を演じたのだ。現在のシナ政府さえも否定する「文化大革命」を礼賛する記事を書いてしまったのだ。

7.北朝鮮について朝日は、過去度々訪朝団を送り、北朝鮮礼賛、北朝鮮よりの記事を書きまくっています。昭和41年11月から12回にわたって夕刊で「チェチェの国北朝鮮」を連載しています。朝日の報道が特に影響を及ぼしたと言われるのは、戦後の日本から北朝鮮に帰還した人たちです。昭和34年から昭和59年の25年間に約9万3千人が帰還しました。その間に朝日は、北朝鮮を高く評価する報道をしたのです。朝日は昭和34年から昭和35年にかけて「ばく進する馬、北朝鮮よく働く人々、飛行場変じてアパート」(34年12月25日)、「働く力を組織、平壌見事な復興」(同月26日夕刊)、「誇り高い帰還者、希望と祖国への信頼」(同月29日)、「夢も芽生える北朝鮮帰還運動」(昭和35年2月1日)などと立て続けに報じています。現在では、この帰還者たちが、北朝鮮でどんな悲惨な生活をしてきたかは、周知の事実です。なかには密かに北朝鮮を脱出して日本に帰国、名前を隠さざるを得ず苦しい生活をしている人がいるのです。朝日はこういう人たちに少しぐらい援助してもいいのではないでしょうか。

8.平成3年、共産主義国家の盟主ソ連が解体されロシアが誕生した。そして北朝鮮は、我々日本人にとって悪の帝国と充分認知されました。これで朝日は、目がさめたかと思ったのですが、長年共産主義国家よりの目で政治などを考えて、日本批判を繰り返してきたものですから、日本批判の癖がぬけないのです。今度は韓国、シナよりの報道をして日本批判を相変わらず繰り返しているのです。教科書問題や靖国問題で、朝日は韓国シナ両国に日本の内政干渉をする口実をせっせと与えているのです。そしてとうとう朝日は「従軍慰安婦」事件を引き起こしたのです。

以上上記は前回私のブログで伝えました平成18年に出版した私の著書、「原爆正当化のアメリカと『従軍慰安婦』謝罪の日本」(展転社)で「朝日新聞について」という題で文章を書いていますが、その要約文です。政治的な記事ばかりで他の分野のとんでもない記事は抜いております。例えば平成元年の沖縄珊瑚捏造事件などです。また出版が18年なので17年のとんでもない政治ニュースが抜けています。それは若宮啓文朝日新聞論説主筆が「いっそ日本が竹島を韓国に譲って、韓国がこの英断に応えて『友情島』に名づけたら」などととんでもない記事を書いていますが、それも抜けています。
戦後朝日の基本的報道姿勢は、GHQ占領時代の七年間は、朝日は社説でマッカーサーを賞賛していますしGHQべったりです。しかしその後は徹底した反米親ソ、反日親ソです。当時の広岡社長自ら陣頭指揮しての親ソぶりです。古い朝日社員は知っているはずです。私には分からないことがあります。朝日のような報道各社は、報道の自由が保障された自由主義社会でないと発展できません。朝日は国内では日本の報道の自由を満喫しながらなぜ報道の自由を厳しく監視される共産主義国に媚びていったのでしょうか。朝日の購読の皆さん教えていただけませんか。
ソ連解体後は、親シナ、親韓国の反日です。そして「従軍慰安婦」事件です。世間では朝日は、日本を貶めるために数々の記事を書いてきたなどと報じていますが、「従軍慰安婦」事件は、日本を貶めるといいますが、貶めるとは辞書を引けば「軽蔑する」「見下げる」です。「従軍慰安婦」事件はそんな軽い事件ではありません。国の尊厳、名誉、誇りを台無しにする国家反逆罪ともいうべき重大犯罪行為です。「従軍慰安婦」と言う言葉は、戦前戦中はありませんでした。「従軍慰安婦」という言葉を最初に作ったのは、朝日ではありませんが流行らせたのは朝日です。日本の官憲が暴力を用いて「従軍慰安婦」にしたてた、その「従軍慰安婦」にしたてられた主張する朝鮮人女性の経歴などでうその記事を書いてきたのです。そして「従軍慰安婦」が世界中に知られるようになってしまった。まさにほんとうに国家の尊厳、名誉、誇りを台無しにしたのです。

自民党の高市早苗議員は、「未来志向の外交も非常に重要だが、私たちにとっては国家、国民、そして子孫の名誉を守り抜くことも大切なことだ」(産経新聞26・8・22)と語っていますが、私は全面的に彼女の意見に賛成です。
アメリカが原爆投下は、戦争を早く終わらせたといううそ、ドイツ人のユダヤ人大量虐殺を徹底してナチスにせいしてドイツ一般国民ではないと主張しているのもうそです。なぜ両国は歴史的うそをついているか、それは両国民が必死になって両国の歴史的大量虐殺行為から国の尊厳、名誉、誇りを守ろうとしているからです。ところが日本では日本の官憲が暴力で「従軍慰安婦」など作っていないのです。「歴史的になかった」ことを「歴史的にあった」ことにして世界中の非難の的になったのです。これほど酷い国家犯罪はないのではないでしょうか。にもかかわず朝日は、謝罪すらしていません。戦後の日本国民は、日本という祖国の尊厳、名誉、誇りに鈍感になっていました。朝日の戦後から今日までの記事には、日本という国の尊厳、名誉、誇りなどつめの垢ほども感じられません。朝日は犯した犯罪に対して制裁を受けねばなりません。無論河野洋平も同罪ですが、ここは朝日だけについて語っています。そこで私は、朝日の購読者にお願いがあります。朝日新聞の購読を辞めてもらいたいのです。「お前の一言でやめられるか」という人もいるでしょう。それでしたら一年間だけでも、止めてもらえませんでしょうか。そして朝日の購読者にお聞きしたいのです。日本国民は、祖国の尊厳、名誉、誇りなどを考えてはいけないのでしょうか?

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NHK、朝日、毎日は、日本国民の敵(5)



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これまでNHKに関して(4)回まで書きましたが、今回は朝日新聞の「従軍慰安婦」問題をとりあげます。先週8月5日と6日、朝日新聞は、「従軍慰安婦」問題について自分たちが書いてきた記事の特集を組んでいました。「私たちは元慰安婦の証言や少ない資料をもとに記事を書き続けました。そうした記事の一部に、事実関係の謝りあったことがわかりました。問題の全体像が分からない段階で起きた誤りですが、裏付け取材が不十分だった点は反省します。」と書いています。ところで私の数少ない著書の中に「原爆正当化のアメリカと『従軍慰安婦』謝罪の日本」という本があります。これは平成18年に展転社から出版されました。当時「従軍慰安婦」についての幾つかの本が出ていましたが、二番煎じになってはと思い原爆正当化しているアメリカ政府の対処の仕方を比較して書いてみた本です。私はこれから朝日の特集記事を批判していきますが、そのよりどころはすべて私の著書からきていることをご承知おきください。
まず朝日は間違っていた点として、
1.自称・元山口県労務報告会下関支部動員部長、吉田清治の「慰安婦強制連行した」との証言について「虚偽だと判断し、記事を取消します」と書いています。
朝日は、吉田清治に関する記事を計16回も書いているのです。しかも朝日が吉田を記事にしたのが昭和57年9月であり、過ちに気づくまで32年近くかかったことになります。さらに吉田証言が決定的に嘘だと判明したのは、秦郁彦教授の済州島での現地調査結果報告書です。その報告書は平成4年4月30日に産経新聞に報じられており、平成5年には秦教授が書かれた著書「昭和史の謎を追う」下巻(文芸春秋)にも書かれています。吉田の著書を信じ、吉田を英雄のように持ち上げた朝日新聞は、秦氏の現地調査報告に何も反論していません。しかしこの時以降朝日は、二度と吉田のことを記事にとりあげていません。それ以来でもすでに22年たっているのです。これほど騒がれている問題について22年間何をやっていたのだといいたい。謝罪もせず今頃になって「虚偽だと判断し、記事を取消します」ですますとは、朝日は一体何様だと思っているのかと言いたい。

何故私が大きな怒りの声をあげるかというと、「私が強制的に拉致して従軍慰安婦にさせました」という証人は、たった一人吉田清治という人間しかいないのです。だから日本を貶めたいという反日の人たちの誰もが証拠として吉田証言を利用しているからです。例えば国連人権委員会に提出された平成8年の「クマラスワミ報告」、吉田証言を英文翻訳したと言われる戸塚悦郎弁護士、高木健一弁護士は吉田を法廷で二回も証言させ、高木の書いた「従軍慰安婦と戦後補償」では吉田の法廷証言26頁にわたって紹介しているのです。26頁による紹介などびっくりするに値しません。平林久枝著「強制連行と従軍慰安婦」(日本図書センタ―)では、吉田の法廷証言を62頁にわたって紹介しているのです。そして解説で彼女は、こう語っているのです。
「吉田さん以外すすんで実態を証言しようとする人はなく、吉田証言がなかったら日本人からの強制連行に関する証言はなされず、闇から闇へ葬られていっただろうと思う時、日本人として、日本人の責任感と良心が瀬戸際で守られたことに、吉田さんに感謝しなければならないと思います。」
朝日が22年間も沈黙していたことは、吉田証言を本に書いた人、あるいは文章に書いた人、あるいは従軍慰安婦の強制性を主張してきた人、いわゆる左翼の反日日本人の信憑性の延命工作をしてきたに等しいのです。朝日は頭が高い。日本という国の名誉と誇りを見下しているに等しい。だから22年間もほったらかしにしてきたのです。新聞一面に大きな謝罪記事を出すべきです。
うそのばれた当の吉田はなんと言っていたかというと平成8年の週刊新潮(5月2.9日合併号)のインタビューでこう開き直っています。「事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやっている」、吉田は朝日のまねをしたというわけだ。

2.「慰安婦と工場などに動員された女子挺身隊とを繰り返し混同した記事を掲載したことに関しては、当時は慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊との混同がみられたことから誤用しました」と朝日は、間違いを認めた。

通常の感覚では慰安婦と女子挺身隊と混同することはありません。朝日が混同したとして間違いを認めたのは、朝日の書いた記事の嘘を隠すためのものです。平凡社発行の「日本史大辞典」によると女子挺身隊についてこう書いてあります。
「太平洋戦争下、労働力不足は深刻の一途をたどり、女性の勤労動員が強化された1943年(昭和18)9月国内態勢強化方策が閣議決定され、14―25歳の未婚・無職・不在学の女子を居住地で女子挺身隊に組織することになった。翌年3月から強制的になり、6月。からは、12歳までに引き下げられた。8月には女子挺身勤労令が公布されて1年間の動員が義務づけられた(略)」とあります。すなわち女子挺身隊勤労令が公布されたのは、1944年の8月です。読者はまずこのことを頭にいれてもらいたい。

1991(平成3)年8月11日付け朝日新聞大阪本社発行の社会面のトップに、「思い出すと今も涙」、「元朝鮮人慰安婦 戦後半世紀重い口開く」、「韓国の団体聞き取り」の派手な見出しで、リード記事は次のように書かれています。
「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本人軍人相手に売春行為を強いられた(朝鮮人従軍慰安婦)のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、韓国挺身隊問題対策協議会が聞き取り作業をはじめた。(略)
この記事は嘘です。この記事の女性は、のちに金学順さんと名乗るのですが、この記事によると、彼女は68歳です。すると彼女は1923年生まれです。17歳の時に騙されて慰安婦にされたと言っています。彼女は1940年に女子挺身隊に連行され慰安婦にされたことになります。1940年には、まだ女子挺身隊は生まれていないのです。この他にも彼女についてのうそがあるのですが、この記事を書いているのは植村隆記者です。植村は嘘を想像上で練り上げて記事を書いているのです。私は自分の本の中でこう書いています。
「戦前戦中の日本のことなら平然と嘘を書き、事実を隠し、歪曲し、特ダネ扱いして大報道し、国民にいかに日本が悪い国であったかを徹底して教え込むのが朝日の狙いなのです。朝日も植村もこの私の意見に反論できるのなら、反論してみろというのです。」

平成26年8月12日、産経新聞「正論」で西岡力教授は、植村氏は金さんが話していない経歴を創作、でっち上げたのだ。「事実のねじ曲げ」そのものだと書いています。

3.8月6日の二回目の朝日の特集記事には、「92年1月11日、朝日新聞は防衛研究所にあった旧日本軍の通達を記事化し慰安所は「国が関与していた」と書いていますがこの記事が実にトリッキーなのです。そのトリッキーの詳細は、私の本の115頁から128頁まで書かれています。しかしここでは要約しましょう。
この日、朝日は一面全体の半分ほどを使って、「慰安所 軍関与示す資料」「防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」「部隊に設置指示」「募集含め統制・監督」などの大見出しで大々的に報じました。こんな風に大々的にとりあげると貴重な新資料を大発見したような印象を受けるでしょう。ところが秦郁彦教授によると、防衛図書館の「陸支密大日記」は三十年前から公開されていて慰安婦関係の書類が含まれていることは研究者の間では周知の事実だったと言うのです。また秦教授は、こうも書いています。
「私はこの頃、他のテーマで防研図書館へ通っていて、旧知の吉見義明氏から「発見」と「新聞に出る」話も聞いていたが、ニュースになるほどの材料かなあと疑問を持った記憶がある。その後一向に新聞に出ないのでどうしたのかなと思っていたところ1月11日、くだんの大報道になったわけだ。朝日新聞の辰濃哲郎記者が吉見から情報を入手したのは12月24日ごろなので、発表まで二週間以上もねかされていたものと推定される。」
なぜ二週間以上も情報をねかしていたかというと宮沢首相の訪韓日が1月16日だったからです。韓国は朝日の記事に飛びつきました。宮沢首相ははげしい抗議デモに遭遇しています。これを狙って朝日は記事を寝かせていたのだ。その他資料記事の紹介のしかた、朝日の思いどおりの考え方に導く解釈のしかたなど実にトリッキーな記事です。ぜひ私の本を参照してもらえればと思っています。

4.8月8日産経新聞は、15頁全面を使って「朝日新聞『慰安婦問題を考える』を検証する」というタイトルの下に記事を書いておりますが、一つだけ大事な事が書かれていません。それはクマラスワミ報告書がジュネーブの国連人権委員会でどう扱われ、朝日はそれをどの様に報じたかです。以下も私の本からの要約です。
国連人権委員会は、53ヶ国で構成され、投票による採決はほとんどなく、事前にすりあわせて全員一致の採決が通例です。その場合評価を示す表現が四つあります。評価の良い順番からいきますと、一番が「賞賛」(Commend)、二番が「歓迎」(Welcome), 三番が「評価しつつ留意」(Take note with appreciation),四番が「留意」(Take note)、五番が「否認」(Reject)。
よほどのことがないかぎり「否認」はありません。
クマラスワミ女子は「家庭内暴力」についての報告書と日本政府への「勧告」を含む報告書を二通提出しています。評価の結果、「家庭内暴力」に関するレポートは「歓迎」(Welcome)されましたが、日本政府への勧告を含む報告書は評価基準最低の「Take note」(留意)だったのです。
平成8年4月21日の朝日新聞朝刊では、『「人権委特別報告者」の活動を「歓迎」する一方、勧告を含む報告書については「留意(テークノート)」との弱い表現にとどめる玉虫色の文言になった」』と書いています。
「たま虫色の文言ではありません。「Take note」(留意)は「聞き置く」程度の意味で、ク「勧告」に従わねばならない拘束性はなにもないのです。当時は日本が徹底して国際的にやっつけられるだろうと期待して多くの反日日本人がジュネーブにやってきて日本大使館にデモをしかけたらしいですが、ジュネーブの国連人権委員会は、彼らを完全に沈黙させてしまったのです。ようするに反日日本人は負けたのも同然だったのです。
「玉虫色の文言になった」とは朝日新聞はよく書いたものです。「Take note」は最低の評価で実に残念だったとなぜ書かない。これが本音でしょう。

二日間にわたる朝日の特集記事で終わりにせず、個々の記事の疑問性などを徹底した追求を今後も続けるべきだと思います。
ここで私の著書の宣伝をさせてください。最初に触れましたように「原爆正当化のアメリカと『従軍慰安婦』謝罪の日本」を展転社から平成18年に出版しました。8月は何かと原爆投下が話題になりますが、アメリカ政府が原爆投下を正当化していった内幕と「従軍慰安婦」事件の内幕を書いたものです。私は非常な怒りをもってこの本を書きました。
だからこの本の帯には、以下の広告文章が印刷されているのです。
     「国家の名誉や誇りを気にしない国民が世界のどこにいるか!」

アメリカはなぜ原爆投下を正当化したのでしょうか?それはアメリカという国家の名誉や誇りを守るためです。朝日新聞はたった一人の強制連行をしたという主張さえも検証することもなく22年間もほったらかしにしていたのです。それだけ日本国家の名誉や誇りには全く関心がなかったということです。だからこそ朝日は謝罪すべきなのです。この本は全部で231頁の薄い本です。それにもかかわらずアメリカの原爆正当化の内幕と従軍慰安婦事件の内幕を分かりやすく簡潔明瞭に書いている優れた本だと自画自賛しています。
ぜひ皆さんに、この本を読んでいただければと思っています。

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現代人は長生き、が頭の弱化が止まらない。



私は先日76歳になったばかり、従って私のまわりは自然と70歳代前後の人が多いい。人生80年と言われていたが、もはや人生90年代になろうとしています。しかし年齢は長くなっているが、頭脳の弱化がとまらないようです。このことは、私のような年寄で精神的にも肉体的にもまぁまぁ健全で平均的な人間でないと頭脳の弱化、分かりやすく言えば頭のバカ化が分からないのです。幾つかの例を挙げましょう。
一.
私が中学校卒業したのが昭和29(1954)年、この年に集団就職列車の運行が開始され、その運行は21年間でした。従って私たちの年代では、最終学歴が中卒と高卒の方が大卒より圧倒的に多いのです。それでも中卒、高卒の人は、洋画の字幕つき、すなわち字幕映画は理解しにくいとはいいませんでした。現在は猫も杓子も大学へ進みます。中卒など数えるほど、ほとんどが大卒。それでも字幕映画は理解しにくい、そのため面倒くさがって今や封切り映画だけが字幕です。ビデオ屋に行けばほとんど字幕と日本語吹き替えの二本立て。テレビはほとんどが日本語吹き替えだけ。NHKは古い映画は字幕で放送しています。
二.
私の年代の大卒の技術者が雇用先の工場勤務に入社した場合、大卒技術者は、その工場で使用している機械のマニュアルを正しく読むことができたが、現在の大卒者は、どこまで読めているのか雇用者側が不安になって新入社員にマニュアルの読み方の講習をしているそうで、今ではそれが制度化しています。
三.
漫画、アニメの大隆盛。昔は漫画は子供、アニメは親や祖父母が子供や孫をつれて見る映画。いまや大人が漫画やアニメに夢中になっているのだ。現在のアニメは、大人の観賞にたえるものがあると言われるので何年か前集中的にいくつかのアニメを見ました。しかし実際はアニメはアニメ。なにも心に響くものはありませんでした。硬い本でもできるだけ漫画化され、漫画本があふれかえっている状態です。日本の漫画やアニメは、世界的に人気があると自慢げに語る人がいますが、先進国の低俗文化が海外に広がるのは当たり前の話です。人間の頭がバカ化しているのは日本に限った話ではありません。漫画、アニメの大隆盛で、漫画家やアニメ家が世間で大きな顔をしています。やくみつるや宮崎駿は、知識人でも何でもない。ただの左翼です。マスコミが左翼だから彼らの発言が取り上げられているにすぎない。頭が幼稚なのだ。
四.
若年性認知症。現在18歳から64歳までに認知症になる人を若年性認知症と呼んでいます。厚生労働省によると現在27,000、35,000人いると言われています。現実にはこの三倍ぐらいいるのではと言われているようです。昔はなかった、あるいは実際あったが若年性認知症と呼ばれていなかったかもしれません、しかし急激に増えたから一般の人々にも認知されるようになったことは間違いありません。なぜ若年性認知症が増えるのでしょうか。人間の子供から大人への成長過程の問題があるのか大人後の問題であるのか、私は成長過程に問題があるのではと思っています。私は年寄だからわかるのですが、子供の成長期の環境は大激変しているからです。私の幼少時と曽祖父と曾祖母の幼少時と基本的には大差ないが、私の孫の時代とは大激変です。いまの若い医者はこのことがあまりわかっていない。若年性認知症の研究にはこの点も大事な気がしてなりません。また三歳までの教育がとても大事だと言われています。ユニセフの『世界子供白書』にも三歳までにどうかかわったかということは生涯消すことができない刻印を残すことにあると書いています。
五.
世界的に所得格差が広がっている。経済学者が理由をいくつかあげますが、頭脳格差が広がっていると主張する人はいないようです。私は所得格差の一因として世界的に頭脳格差が広がっているのではないかと思っています。日本では貧乏家庭の子が一流大学に入学できなくなっていると聞きます。自分が経済的に不利な状況にあるなら人一倍がんばらなきゃいけないことさえわっかていない人間が多すぎます。「家貧しくて孝子現る」。こんな言葉が通じなくなってしまった。
六.
私は、自分のブログに「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」というタイトルの記事を三回書きました。ところがバカ、アホ、ノータリンなどと呼べないどうしようもない人がいます。しょうがないから大馬鹿者と呼びますが、その大馬鹿者の議員が現れました。野々村竜太郎、兵庫県議です。あの号泣姿はなんですか。私など日本男子であることを世界的に誇りにしている人間にとって、日本男子の無様な様はここまで落ちたかと思うと嘆かわしいにもほどがある。野々村の政務調査費や政務活動費の収支報告がでたらめで違法性があるのを、私はあまり問題視していません。問題視するのはあの一目もはばからず号泣する姿です。昔は男はめったなことで涙を流さなかったのが、今では高校野球の地方予選で負けてもボロボロ平然と涙をながしながら泣いているのです。いずれ大人の男の号泣姿が珍しくなくなるのではないかと心配になってきます。なぜこんな男が現れるようになったか。ジェンダーフリー教育が徹底されて、男女の区別を徹底してなくしてきたからです。この徹底ぶりとそれが与えた影響をいずれブログに書くつもりです。
七.
現在では大学の入学式に親子で参加するのが当たり前になってしました。子離れできない親、親離れできない子供が多すぎて、大人の幼児化が静かに進行し、号泣予備軍が減ることはない。男の涙と頭の弱さとは関係ないと主張する人もいるでしょう。私は大の男が人前で涙ぼろぼろ流す人は、頭が弱いすなわちバカとみなしているので悪しからず。
八.
昔は独立して事業を起こす人は、中年ぐらいの人が多かった。金銭的にも経歴的にも人格的にも中年ぐらいが最適であった。人格的というのは中年ぐらいになると精神的に大人になっているという意味です。ところが最近では20代、30代前半で企業を興し成功している例があります。私に言わせればまだ精神的に大人になっていないガキが経営者になっているのだ。ガキだけどお金をかせぐためちやほやされるから、精神的に大人になっていないのにえらそうな口を利く。
九.
「ひきこもり」は「6か月以上家にひきこもっている」人を引きこもりと定義しています。全国調査ではひきこもり人口70万人、6か月以上でないけれど数か月家にひきこもっている「ひこもり」予備軍を含めるとその数は150万人になると言われています。私が驚くのは、どの年代にひきこもりが多いかというと、30代だというのです。46ぱ―セント、ひきこもりの半分近くが30代なのです。30代といえばれっきとした大人ですよ。その大人が大人の行動がとれないのだ。もっとも自分が合格した大学の入学式に親と一緒に入学式に参加するようだと、30代でひきこもりなるのは当然かもしれません。
十.
「おれおれ詐欺、振り込め詐欺に注意!」何年も続けて警告され続けてきた言葉です。それが少しも衰えない。昨年だけで400億、500億円の損害が出ているらしい。被害者の世代で一番多いのが私の世代の70代。男性より女性の被害者が圧倒的に多い。おれおれ詐欺など電話した本人(?)ではなく代理の者が取りに行くと言っているのに騙されるのです。私の年代だけに実に情けないバカぶりを発揮しているのだ。もっとしっかりしろよといってやりたい。このバカぶりは情けないですよ。

現在の世の中バカな人間が多すぎて、健全な精神と正常な頭を持っている私など、気が狂いそうです。




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