Archive for 12月, 2014

全国の地方議会の自民党議員の皆さまへ



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私は、自民党神奈川県支部の自民党員(党員番号:0914-000996-B)です。ま
た私は、「新しい歴史教科書をつくる会」(略称:つくる会)神奈川県支部の会員でもあります。皆様すでにご存知のように来年4月から、首長の招集の下に「総合教育会議」が設置されます。以下の文章は、「つくる会」神奈川支部の会員が自分の住む市長あてに送った手紙のコピーです。

引用開始
「来年度、平成27年4月1日から実施される新しい地方教育行政法では、市長の招集の下に「総合教育会議」が設置されます。総合教育会議はその意義を十分に生かし、積極的に活用すれば、教科書採択に当たって積年の弊を打ち破り、新教育基本法を遵守した良い教科書採択が可能になります。旧来の地方教育行政法に基づく教育委員会制度においては、教育行政に関する市長の権限は極めて限定的であり、特に教科書採択については教育委員会の専管的権限とされたため、市長、町長は全く関与してこなかったのが実態です。
しかし新しい教育委員会制度では、総合教育会議の下、教科書採択につき、教科書採択事務そのものは行えませんが、教科書採択の基本方針や採択基準については大綱を策定し、市長、町長が明確に関与できるようになりました。
また、もし関与しなければ、有権者から逆にその責任を問われることになります。市長におかれましては、教科書採択に関わる総合教育会議の意義に鑑み、総合教育会議の設置に関する準備を、後れをとることなく、速やかに万全を期して行ってください。
その上で、新教育基本法(平成18年12月22日公布・施行)を遵守した良い教科書を採択することの意義を十分に理解していただき、総合教育会議の準備を進めてください。
よろしくお願いいたします。」
引用終了

これまでの教科書採択戦では、皆さんすでにご存知かと思いますが、あえてここに書かせていただきます。皆さんの地元の公立の小、中、高等学校で使われる教科書は、地元の教育委員会がどの教科書を使うか決めていたのです。その教科書の選定作業、その決定は、教育委員会の専管事項として誰も介入できませんでした。要するに教育委員会の独裁権のようなものでした。ところが今年安倍政権は、教育委員会の教科書採択の独裁制にメスを入れたのです。今年6月、教科書採択に密接に関連する地方教育行政法が改正され、来年4月より、各地方自治体で総合教育会議が発足することになったのです。この総合教育会議を具体的に説明しますと、これまでの教科書採択事務は、首長(市長、区長、町長、村長)の関与はかたくなに拒否され、教育委員会専菅事項として扱われてきました。しかしこの度の法改正により、首長主導の総合教育会議で、採択のための基本方針や採択基準について大綱に定めることができるようになり、教育委員会はこれを尊重する義務を負うことになったのです。
これは「つくる会」にとっては非常に良いニュースです。これまで教育委員会自体が、「つくる会」の教科書売り込みの非常に大きな壁だったのが、首長の介入によって「つくる会」の教科書に望が出てきたからです。しかし反面反日左翼陣営はこれを危機と感じ、総合教育会議の機能を低下させ、骨抜きにしようとする運動が各地で激しく展開しています。例えば、
埼玉県のある左翼系市長は、「教育には口を出さない」とか「大綱に入れる予定はない」などと口走っていますが、とんでもない無責任な市長ということになります。せっかく市長が教育に口が出せるようになったのに口に出さず、教育委員会に丸投げし、自虐史観の教科書が採択されれば、市長の権限を放棄して、教育委員会に任せたからだということになります。ぜひこのことを市長に指摘していただきたいと思います。
総合教育会議で教科書採択の大綱を決めるとはどういうことかというと、教科書採択の基本方針や採択基準についての取り決めではないでしょうか。例えば、東京書籍を排除せよなどと具体的ことを大綱に盛り込むことはできないと思いますが、
○教科書採択に当たっては、教育基本法に最も準拠した良い教科書を選ぶこと。
○各社教科書の内容評価は、教育基本法、及び学習指導要領の遵守の度合いを基準し、その遵守の度合いは数値をもって客観的に表示すること。
○採択結果は、採択のために作成した資料、議事録と共に採択理由を具体的に公表することなど「大綱」に盛り込むことができると思います。地域には独自の条項などがあると思いますので「大綱」に加味することができると思います。要するにこの度の法律改正によって首長の教科書採択の役割が変わったことをよく理解させ、首長がどんな教科書を望んでいるのか問いただして、皆さまと意見が同じであれば「大綱」にもりこむように要請していただきたいと思っております。
またさらにこれまで教科書採択では採択者が事前に、「どのような教科書を採択したいか」についての明確な意思表示がなされたことはありませんでした。これは採択者側が採択について明確な方針持っていないことの現れであり、これは首長や教育委員会が地域の教育の向上に熱意を持っていないことの証となります。従って「採択理由」の明確化を促すためにも採択者側の意志を「大綱」に示すことは必要であると思います。

これまで中学校の教科書から自虐史観の教科書を追放することは、事実上全く無理でした、しかし来年度から「総合教育会議」の利用の仕方によって可能になりました。そのためにも全国の地方議会の自民党議席の議員の方々と首長との密接な話し合いが必要ですし、また自民党議員が総合教育会議の「大綱」作りに積極的参加していただくことも重要になってきます。私の地元、横浜市でも自民党議員が積極的に市長と話し合いを重ねています。これまで以上に自民党議員が教科書採択に関わることが重要になっていることを理解していただきたいと思っております。また私たち「つくる会」の人たちも積極的に議員さんたちを応援していくつもりです。

「つくる会」は出版社、自由社から教科書を出しておりますが、決して我田引水的に自らの教科書のみ尊しとするものではございません。新教育基本法と指導要領の心を最も忠実に生かした教科書を作ると自然にこうなる、という一つの規範を示したつもりです。各教科書の記述の具体例を虚心に見比べて頂くだけで、そのことを容易に看取し得るものと確信しております。私どもは、全国地方の自民党議員の皆さまには積極的にお手伝いしたいと思っております。

最後に自民党本部にお願いがあります。自民党本部では毎週火曜日に週刊新聞「自由民主」を発行しています。選挙では前回の選挙と同じで安倍政権の圧勝でした。いずれこの週刊新聞には来年から行われる「総合教育会議」を堂々と自信をもって強調する記事にしていただきたいと思っています。教育問題は防衛問題と同じように国家の重要政策の一つです。日教組関係者の集まりである現教育委員会の独裁的な教科書採択権に風穴をあけるには、この「総合教育会議」を有効に利用するのが最良の方策です。ぜひ記事にして全国の自民党議員や自民党会員にこの新組織である「総合教育会議」の有効性を力説してもらいたいと思っています。ご協力のほどよろしくお願いいたします。

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高倉健のなぞ



俺は若い頃から高倉健の熱烈なファンだった。数多くの映画を見たが平成11年に公開された「鉄道員ぽっぽや」には大泣きさせられた。理由があった。平成11年は、俺が61歳の定年を迎えた年だった。「鉄道員ぽっぽや」の主人公、高倉健は北海道のローカルラインの駅長ただ一人という小さな駅の定年まぢかの駅長で、定年後は廃線になり、その駅がなくなるという状況だった。期せずして映画の主人公と俺は、定年時期だったのだ。主人公は機関車の釜タキをし、機関士になり、ローカルラインの駅長になっていった。一人娘が死んだ時も、女房が死んだ時も、自分が駅で電車を迎え、送り出さなければ誰がやるのだと言って、二人の葬式にも出ず、駅のホームの出ていたのだ。彼は鉄道の仕事を愛し、誇りに思っていただけに、愚直なまでにまじめに勤めあげてきたのだった。それだけに定年を迎えることは寂しいことだった。
それにひきかえ、俺など実働40年間に外資系五社を渡り歩き、最後の五社目に就職したのが54歳、実働7年で定年退職。自分の仕事を誇りにするどころか好きだと思ったことがない。愛社精神などつめのあかほどもなかった。ただ、ただ生活するための仕事だった。こんなサラリーマン生活でも長所はあった。定年を迎えた時など、さびしさを感じるどころか、これからが俺の人生のスタートだと思っていた。

映画の画面で、子供の時に死んだ娘が主人公の夢の中に若い女性(広末涼子)になって現れ、
自分のお葬式に出席してくれなかったことなど、お父さんを少しも恨んではいないなどとしきり主人公をいろいろと慰める姿に、主人公が懸命になって涙をこらえようとするのだが、涙があふれでてくる。この場面での高倉健の名演技、俺が年をとって涙もろくなっていること、俺一人でこの映画を見たことで涙を隠す必要がなかったなどがいっしょになって俺の顔は涙、涙でぐしゃぐしゃになっていた。その高倉健が最近83歳で死んだ。彼は江利チエミと離婚したが、まだ若かったはずだ、再婚どころか浮いた話も出ずに83歳一人で死ぬなんて理解できなかった。そこでネットで調べてみたのだ。

高倉健28歳、江利チエミ22歳の時、二人は結婚した。当時の高倉健は、無名の俳優だったが、チエミは空前の人気を誇っていた。結婚生活12年後二人は離婚した。その間に江利チエミは妊娠したが妊娠中毒症にかかり子供を流産した。離婚の原因は、江利チエミの異父姉の虚言と横領で、チエミは億という借金を抱え高倉に迷惑をかけたからだ。江利チエミから離婚の申し出であった。要するに高倉健は12年間まともな結婚生活をし、離婚した時は40歳。40歳といえば男の働きざかりだ。それにもかかわらず、再婚どころか浮名も流さず独身を通して83歳で死んだ。以前の俺は、高倉健は、世間には知られていない彼女がいたのだろうと想像していた。彼は付き合いが非常に広く、また誰からも好かれていた。もし彼女の存在を隠していても、隠し通せることはむりだったろう。俺は女房に、高倉健が40年間も独身で通した理由はわからないと言ったら、彼女は、「それだけ健さんは、チエミに惚れていたんでしょう」と言うのだ。俺に言わせれば、チエミがまだ生きているなら、それもあり得るかもしれないが、チエミは45歳の時、病気と事故の重なり合いみたいで死んでいるのです。この時高倉健は51歳の若さです。もうとっくに死んでいる彼女に思いをよせているだけで独身生活を続けていられるだろうか。男の俺としてはとても理解できません。

フランス人で世界的に名を知られた歌手で俳優のイブ・モンタンは、女優のシモーヌ・シニョレとの長い結婚生活中に彼女が病気で死ぬと、38歳年下の自分の秘書と再婚した。1988年イブ・モンタンが65歳の時、初めての子供、長男が誕生し、彼は有頂天になっていた。高倉健は、これを知ってイブ・モンタンをうらやましがっていたのだ。高倉健は子供好きなのでしょう。チエミが妊娠中毒症で子供をおろさねばならなかったのを残念がり、彼女の死後彼はこの世に生を受けなかったわが子のために水子地蔵をも建てているのです。その彼が40歳で独身になり40年間再婚どころか恋人すらできなかったということは、男の俺としては、どうにも理解できない不思議な男と言うほかありません。
ある男が若い時、結婚もせず、そのまま老人になって死んでいったというのなら、俺は理解できます。しかし若い時結婚し、12年間も結婚生活を続け、自分の性格的欠陥で離婚したのでなく、チエミ側の事情で分かれた。それも40歳の若さで別れたのです。その後40年間再婚もせず、彼女もできなかったというのは、不自然過ぎます。俺だったらとっくに再婚しているでしょう。イブ・モンタンのように長くつれそった女房が病気で死ぬと38歳も年下の女性と結婚し、60歳過ぎて初めて子供をもち喜んでいる方が俺には男としての親近感を感じます。

週刊新潮、12月4日号では、離婚後の高倉健の二人の女性の話を書いていた。一人は彼が40代の若い時の女性、二人目は、彼が老年時の年の差40歳の女性。この新潮の記事は憶測にすぎない。最後の文章はこういう記事で終えています。「プライベートを徹底的に隠し、『不器用な男、高倉健』を演じきった映画界の巨星。これほど衆目を集めながらも、その実相は今なお厚いベールに包まれたままだ。」
週刊新潮自身が、新潮の記事は憶測にすぎないといっているようなものです。俺に言わせれば、高倉健の持つ名演技と彼の男らしい風貌がマッチして不器用な生き方しかできない男の中の男というイメイジができあがってしまったのだ。実生活では沢山の人たちから好かれ愛され、彼に苦言をあびせる人もなく、40歳での離婚後のプライベートは、徹底的に隠し通し、文化勲章を受けることができるなど器用な生き方のできる男だったのではないのか。逆に彼は恋人ができたり、再婚したりして上手くいかなくなって別れるようなことがあったら、せっかく築いた彼の名声に瑕がつくと思っていたのかもしれない。若い女性と再婚し、60歳過ぎて子供ができたら、文化勲章もらえるのでしょうか。それとも目的達成のためなら清廉潔白な男を演じることができたのでしょうか。定年後の男性の皆さん、彼が40歳から40年間再婚しなかった理由づけ、何か推測できますか?あったら教えてください。

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