Archive for 3月, 2015

WGIP(War Guilt Information Program)



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皆さん、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム、日本語で言うと(日本人に戦争犯罪の意識を刷り込む情報宣伝計画)という言葉をご存知ですか。皆さんが知っているかどうかわかりませんが、私はこの言葉を知らない人たちを指摘することはできます。反日左翼の人たちです。戦後このかた特に最近にいたっては反日左翼の学者、知識人たちは、自分たちに都合の悪い史実は、無視しあるいは知らないふりをするからです。
それでは保守の人たちは、知っているのでしょうか。恐らく知らない人もけっこういるのではないでしょうか。あるいは私みたいにウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラムという言葉だけでも知っている人は、ほとんどが江藤淳氏の書いた「閉ざされた言語空間」(文春文庫)を読んで得た知識ではないでしょうか。
高橋史郎氏は、昨年「日本が二度と立ちあがれないようにアメリカが占領期に行ったこと」という本を出版した。その第三章「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムーその源流と展開」で80頁から59頁を使って「WGIP」を詳述しています。その一部を紹介しますと、
1.米国史観に基づく「太平洋戦争史」を昭和20年12月8日から日本全国の新聞に連載するよう強要した。さらにGHQ(アメリカ占領軍総司令部)は文部省にこの「太平洋戦争史」を歴史の時間に教えるように指示し、「大東亜戦争」という言葉の使用を禁じた。

2.戦争犯罪人が逮捕される次期に合わせて昭和20年12月9日からNHKラジオで「真相はこうだ」を放送させた。

3.CIE, すなわちCivil Information and Education Section(民間情報教育局)が日本の映画会社に助言や奨励を与えて彼らに合計9本の長編映画を作らせた。当時三千万人以上の日本人がこの映画を見たと言われています、等々。
GHQ(アメリカ占領軍総司令部)は、これらの洗脳工作にアメリカという国が一切関与せず、日本政府や民間が自ら手掛けたように見せかけたのです。だから今でも現行憲法は、日本人が作ったという人がけっこういるのです。このようにGHQのCIE(民間情報教育局)がウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに基づいた数々の計画を実行したことを高橋史郎氏や江藤淳氏が各自の本で詳細に述べているのですが、二人ともウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの原資料を見つけ出すことができなかった。そのためでしょう、現在では国民の百科事典ともいわれるウイキペディアでは、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)についてこう規定しています。
「戦争について罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画。文芸評論家の江藤淳が『閉ざされた言語空間』(1989)においてこの政策の名称がGHQの内部文章に基づくものであると主張し、江藤の支持者らが肯定的にこの名称を使用している。しかし、この内部文書そのものは江藤らによって公開されておらず、実在するかどうか明確でない」
私に言わせればこのウイキペディアの筆者は、反日左翼でしょう、WGIPの存在など疑っているのだ。ところが最近、この(WGIP)の原資料を発見した人がいるのだ。その人は私もよく知っている、私たちの仲間、「新しい歴史教科書をつくる会」の東京会員、関野通夫氏です。私に言わせれば、彼は世紀の大発見者です。GHQの2万5千点の文書から、幻だったWGIPの原資料を発掘したのです。関野氏は、その世紀の大発見の過程とWGIPの内容を「つくる会」の教科書を販売する自由社から自由社ブックレット1号として「日本人を狂わせた洗脳工作」というタイトルで本を出版。今月3月11日から発売されています。82頁(540円)の薄い本ですからとっつきやすく、読みやすいのでぜひ皆さんにも読んでもらいたい、そして反日の方々には、早く洗脳から目をさましてもらいたいと思っています。江藤淳は、「閉ざされた言語空間」の中で次のように書いています。

「前掲のCIE文書が自認する通り、占領初期の昭和二十年から昭和二十三年にいたる段階では、“ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム”は必ずしもCIEの期待通りの成果を上げるには至っていなかった。しかし、その効果は、占領が終了して一世代以上を経過した近年になってから、次第に顕著なものとなりつつあるように思われる。それは、換言すれば、(邪悪な)日本と日本人の思考と言語を通じての改造であり、さらにいえば、日本を日本でない国、ないしは一地域に変え、日本人を日本人以外の何物かにしようという企てであった。」

江藤氏のこの予言めいた言い草は当たっています。戦後70年の安倍氏の談話になんとか村山元首相の「痛切な反省と謝罪」を繰り返し発言させようと各メディアが懸命なっているのを見てもわかります。私はこの本「日本人を狂わせた洗脳工作」を二つの洗脳された団体に突きつけたい。「日本歴史学会」と「歴史学研究会」だ。「つくる会」の会員である石部勝彦氏は、高校の歴史の先生でしたが「日本歴史学会」の会員でもあります。その石部氏は「つくる会」の月刊誌「史」(会員用)にこう書いています。
「歴史学界の重鎮たる永原慶二氏はその著書『20世紀 日本の歴史学』で東京裁判によって正しい歴史の見方を教えられたと言っておられる。それだけでも驚きだが、永原氏は『新しい歴史教科書をつくる会』の教科書の記述は史実を歪曲し『歴史の修正』を行おうとする非学問的行為だと論難しておられる。」
日本歴史学会と同じように「歴史学研究会」は2011年、育鵬社と自由社の教科書を教育現場での採用反対を表明、2014年10月には、朝日新聞が従軍慰安婦記事で正式に謝罪したにもかかわらず、「日本軍が慰安婦の強制連行に深く関与して実行したのは事実である」と歴史学研究会委員会の名で公表しています。石部氏に言わせると「歴史学研究会」は日本歴史学会」以上に政治的なのだそうだ。「歴史学研究会」は日本学術会議が指定する学術研究団体で東大系の学者が多く、会員数は約2200名。「日本歴史学会」は、学術研究団体でなく、学者や歴史愛好家の集まりで会員数約8000名。私たちは、つい朝日新聞の動向に夢中になるが、この二つの団体を潰さないかぎり永遠に自虐史観の先生たちが絶えることはありません。彼らは新しい史実を提供しても知らんふりです。だからこの際アメリカ占領軍に洗脳されたまま正気に返ることができないバカな連中と徹底して軽蔑してかかるのも一つの手です。そして関野さんの本を提供してあげるのです。一冊540円と安いから個人でもこの本を武器として相手に送ることができます。保守の皆さん、ぜひこの本を武器として特定の人や団体に送りつけていただきたい。私は石部先生と相談して「日本歴史学会」や「歴史学研究会」の特定の人にこの本を送るつもりです。

今年の1月ワック社から加藤康男氏の著書「昭和天皇、七つの謎」が出版された。最近私はこの本の最終章、第七章「皇居から聞こえる讃美歌」を読んで仰天してしまいました。戦後直後の超人気ラジオ番組「鐘の鳴る丘」がCIE(民間情報教育局)の主導の下に制作されたというのだ。CIEの重要な仕事の一つが一人でも多くの日本人をキリスト教徒に改宗させることだった。GHQはフラナガン神父をアメリカから呼び寄せた。神父の訪日目的は表向きは戦後の日本の浮浪児(戦災孤児)救済というものだが、もう一つの役割はそれを通じてキリスト教プロパガンダを推進することであった。CIEはNHK幹部を呼び、戦災孤児救済のためのフラナガン神父の企画のドラマ化を命じた。当時ラジオは生放送中心で連続ドラマの収録は困難だった。CIEが最新の機器と技術を貸与して連続録音番組が可能になったのです。私たち戦後育ちは、「鐘の鳴る丘」の音楽の一節ぐらい覚えているでしょう。(緑の丘の赤い屋根 とんがり帽子の時計台 鐘がなりますキンコンカン)。コロンビアレコードのジャケット写真みれば、時計台の上には立派な十字架がある赤い屋根は、教会なのだ。私は小学生か中学生の時に学校から「鐘の鳴る丘」を見せられたが内容はすっかり忘れてしまっています。恐らく浮浪児たちが教会でお祈りをささげる場面が数多くあったのではないかと想像してしまいます。

もう一つフラナガン神父を奨励して現在まで続いて行われているのが「赤い羽根の募金運動」です。昭和22年の10月1日から全国一斉に開始された。アメリカで自主的な募金運動として行われていたものを、フラナガン神父の指示によってGHQが半ば強制的に募金運動として指令を出したのです。結局GHQは、日本のキリスト教化に失敗したが、しかし私たち戦後育ちの間ではミッションスクールと言えば、なんとなく上品な良い学校のイメージを持つが、キリスト教化洗脳政策の影響でしょう。このように私たち戦後育ちは無意識のうちにGHQの洗脳政策に影響されているのがけっこうあるのです。その意味で戦後70年の節目の年に関野通夫氏の「Subject: War Guilt Information Program」とタイプされた書類の発見は、世紀の大発見と言っても過言ではありません。ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムを否定してきた反日左翼に突きつけることができるからです。保守の皆さん、この本を大いに買ってあげてください。子供さんにも見せてあげてください。薄い、安い、読みやすい、ベストセラーになる要素がそろっています。今から一、二年経っても東京裁判史観を主張するような人たちを、未だに洗脳から目覚めない大ばか者と軽蔑してやる環境を作りあげましょう。

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映画「アメリカン・スナイパー」



最近は小説書きに夢中になり、「新しい歴史教科書をつくる会」の神奈川支部の活動に参加したり、ブログを書いたり、女房が入院したりなどしてすっかり映画を見なくなってしまっていた。今回久しぶりにアメリカ映画を見た。「アメリカン・スナイパー」です。イラク戦争に派遣され、「伝説の狙撃手」と呼ばれた元米海軍シールズ(海軍特殊部隊)に所属するクリス・カイルの伝記的映画です。160人以上の「殺戮記録」を誇る伝説的人物の回想録だ。回想録を要約すると映画を見たことになってしまうので書かないが、ヴェトナム戦争以来平和なアメリカ国内から戦場に向かったアメリカ兵の多くがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩んでいるが、カイルも同じです。平穏な家庭生活を送るのが困難になるのだ。戦場での極限的な緊張は麻薬のような作用を持つからです。彼も四回もイラク従軍を志願している。彼は除隊後このPTSD(心的外傷後ストレス障害)とは自ら認めようとはせず、なんとか独自の力で不安感や鬱から脱しようと努め成功するかに見えた。ところが彼は自らの体験を生かしてPTSDに悩む元軍人たちを助けようと、射撃を通してカウンセリングを施す活動をしていたが、相談に訪れていたエディー・ラウスに射殺されてしまった。裁判の結果は、私が映画を見た後2015年2月26日に日本の新聞でラウスに無期懲役が宣告されたと報じていた。

現在この映画が大人気なのだ。アカデミー賞では、作品賞など主要六部門でノミネイトされていたくらいだ。私はアメリカ映画の戦争映画はほとんど見ているが、これまで見た戦争映画で一番印象的な映画は、1986年に制作されたプラトーンです。ここに2009年5月6日発行にニューズウイーク誌の表紙には「厳選保存版、映画ザ・ベスト100」と記載されています。それにはアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)が「偉大なアメリカ映画ベスト100」を初めて発表したのは1998年のこと。選出したのは監督や脚本家、批評家など1500人の業界関係者だった。それから10年後の2007年、彼ら再び選出の投票を求められ、その結果がニューズウイーク誌に発表された。その表によると私の一番印象的な戦争映画、プラトーンは、86位です。その他100位以内に入っている戦争映画は、1957年に制作された「戦場にかける橋」36位、1978年制作「ディア・ハンター」53位、1998年制作「「プライベート・ライアン71位、そして「プラトーン」が86位とこの四作だけです。この戦争映画の中で最高に売上高をかせいだのが「プラベート・ライアン」の約2億1655万ドルです。

ところがこの「アメリカン・スナイパー」は「プライベート・ライアン」の売上高を抜き、2月22日現在、約3億1960万ドルになったというのだ。アメリカ映画史上、戦争映画では史上空前の売上高をほこっているのだ。私に言わせれば、「プラトーン」ほどのとびぬけた印象度の高い戦争映画でもないのになぜこれほど人気が高いのか。それは一にも二にも現在の時勢の影響でしょう。現在、世界に大きな衝撃を与えているテロ組織(自称イスラム国別名ISIL)の存在がこの映画に非常におおきな影響を与えているのだ。この映画は、なにもアメリカ国民に愛国心を鼓舞するために作られている映画ではないが、見る人によっては愛国心が鼓舞されるのだ。だからアメリカの国内保守派の人たちから絶賛をあび、リベラルからは「好戦的な映画」と主張され、米国最大のアラブ系人権団体「アメリカ・アラブ反差別委員会」は、「作品が公開されてから、ソーシャルメディアでは、イスラム教徒に対する嫌悪感の表明が増えた」との声明を発表しています。
イランの最高指導者ハメネイ師がこの作品を反イスラムの政治宣伝だと批判し、「非イスラム教徒の若者に、イスラム教徒を苦しめるようあおっている」と述べたという。要するにキリスト教徒からもイスラム教徒からも見られる映画というので売上高がはずんでいるのでしょう。この映画は全体として良いできの映画なので、キリスト教徒でもないイスラム教徒でもない多神教日本人が一神教同志の生きざまを優越感もって見るのも良いのではと思っています。
ところで余談ですが、上記「映画 ザ・ベスト100」のベストスリーは、1位 1941年制作「市民ケーン」、2位 1972年制作「ゴッドファーザー」、3位 1942年制作「カサブランカ」です。


前回私のブログで2月、3月はブログ休みますと書きましたが、3月からブログを復活させました。原因は女房の入院が私の予想以上に順調だったからです。もう完全に元に戻りました。腹腔鏡手術は、簡単で復活が早いですね。卵巣腫瘍でお腹三カ所穴あけたのに火曜日に手術して土曜日に退院。あとは自然治癒まつばかり。びっくりしました。これからも前回まで同様二週間ごとの土曜日にブログを書きますので、よろしくご贔屓のほどお願いいたします。


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