Archive for 9月, 2015

林千勝著「日米開戦陸軍の勝算」(祥伝社)



林氏は、1961年生まれだからまだ50代です。このように若い人が大東亜戦争を研究してくれるということは、私のような年寄にとって非常にうれしいことです。世間では保守知識人の中にも、「いつまでも大東亜戦争の話でもないだろう、もう70年も前の話だ。もういいかげんにしろ」などという人もいる。私に言わせれば、そんなことをいう人を軽蔑してしまいます。私たちは、日本人のほとんど全員が大東亜戦争は、日本が正義で悪いのがアメリカだといのが常識になるまで、戦い続けなければならないのだ。その意味でこの「日米開戦 陸軍の勝算」は日本人の自虐史観を払拭するのに役にたつ一書である。
大日本帝国陸軍は、昭和14年秋、わが国の最高頭脳を集めた本格的なシンクタンク「陸軍省戦争経済研究班」をスタートさせた。わが国に経済国力がないことを前提として、対英米の総力戦に向けての打開策を研究するためです。開戦のおよそ二年前のことであった。この「陸軍省戦争経済研究班」を率いたのが秋丸次郎中佐なので「秋丸機関」と呼ばれ、その研究リーダーは有沢広巳経済学者だった。本書はこの秋丸機関の詳細な計画が語られています。この計画で対米戦に勝てると確信した時点でその勝利計画をぶちこわしたのが真珠湾攻撃を行った山本連合艦隊司令長官だというのだ。いまから20年前ぐらい前、私が定年に近づいたころ、そのころはまだ山本長官は、非常な有名人であまり彼を悪く言う人は少なかったと思う。しかし大東亜戦争の研究が進むにつれて彼を悪くいう人が多くなったと思う。しかし元海軍軍人は山本を悪く言う人は少なかったと思うし、元陸軍軍人は東条を悪く言う人も少なかったと思う。元軍人が極端に少なくなった現在、山本も東条も公平に人物評価ができるでしょう。私の山本評価も実に低い。

戦後になると、帝国陸軍が科学的、合理的であり高度で正確な認識をもっていたことは、米占領軍にとって不都合な真実であった。彼らは、日本陸軍が無謀な戦争へと暴走したものにしたかったのだ。そのため「陸軍省戦争経済研究所」の真実の物語がGHQによって抹殺された。有沢広巳のような学者たち、秋丸次郎のような軍人たちにとって「陸軍省戦争経済研究班」で大東亜戦争の戦略立案に貢献したという事実は、不都合な真実であった。有沢も秋丸も二人とも回顧録をだしているが、「秋丸機関が陸軍に戦争することを思いとどまらせることに努めたにもかかわらず、陸軍がそれを顧みずに開戦へと暴走した」とうそを書いてGHQに貢献しているのだ。有沢は親中派の代表的人物になり、「中国侵略の贖罪」として蔵書二万冊を中国社会学院日本研究所へ寄贈し「有沢弘巳文庫」を設立した。「日本は中国に謝り続け、アメリカに感謝し続けなければならない」のが彼の持論です。東京大学名誉教授、法政大学総長日本学士院長を務め叙勲一等綬瑞宝章、授旭日大綬章などいわば戦後レジームの立役者になり、私の著書「逆境に生きた日本人」に入れたい人物になっていたのだ。祥伝社新書版だから250頁の小冊子です、しかし頁数にしては内容が深い。えんだんじが一読を勧める本である。

コメント

「安倍談話」騒動記



世間では「安倍談話」の賛否両論が話題になっています。「えんだんじさんは、どう思いますか」と聞いてくる人も、一人や二人でない、そこで急遽自分の意見をのべることにした。
本来は自分のブログ記事の更新は二週間ごとですが今回急遽一週間で記事更新することにしました。

安倍総理が戦後70年の談話を発表すると公表した時、私は「談話」の公表に賛成した。安倍氏が「村山談話」を否定するかもしれないと考えたからです。最初のころ「お詫び」の言葉を入れないなどと言っていたせいもあります。その後「談話発表」のための16人の有識者委員会が結成されたと聞いた時点では、私は安倍談話公表の反対の立場になった。なぜならこれで「村山談話」などの否定は望めなくなったからだ。大変重要な国内問題を16人の有識者を招いて彼らの意見を参考にして解決していく、これは良いことであって何も問題ありません。しかし「70年談話」は、単なる国内問題でなく歴史戦であって大きな外交問題でもあります。その大きな歴史戦のために16人の有識者を集めて総合意見をださせ、それを参考にして安倍総理が談話をだす。安倍談話が立派であるわけがない。歴史戦を戦うためには、次の三つの条件が絶対に必要です。
1.徹底して史実をもとにして戦う、すなわち論理的であること。
過去日本政府は、徹底した史実に基づいて論理的に反論したことがない。
2.ゆるぎない信念。
過去日本政府は、史実に基づいた反論してもゆるぎない信念がないから、その反論をひきさげた例もある。例えば「従軍慰安婦事件」、外務省は、クマラスマミ報告書を非常に史実的、論理的に反論し反クマラスマミ報告書を国連に提出したが、誰の命令かいまだにわからないが引きさげてしまったのだ。
一方韓国、シナは、勝手にうその史実をでっちあげ、それを何十年でも繰り返すゆるぎない
信念を持っている。
3.ゆるぎない愛国心
日本人同志でけんかする時は、愛国心はそれほど大きな問題ではない。しかし外国人と戦うときは、愛国心があるかどうか大きな問題です。

今月から私の私小説、「えんだんじ、戦後昭和に一匹狼」が発売されています。私は外資系会社5社渡り歩きました。その間に三度、私は首覚悟の大ゲンカを外国人とした。外国人との喧嘩処方もさきほどあげた三点と同じです。私などけんか相手が外国人だと、日本人相手以上に闘争心があふれるのだ。それでも2番目にあげた「ゆるぎない信念」と1番目にあげた「論理的」であることを忘れたことがない。しかし現在の日本は、「ゆるぎない愛国心と「論理的である」ことに非常な弱点があるのだ

まず愛国心。戦後義務教育では「愛国心」嫌われた。「愛国心を持て」と教育されるどころ「愛国心を捨てろ」と育てられたようなもの。だから現在の与党の政治家でも愛国心が薄い。野党議員、マスコミ、反日日本国民など愛国心が足りないどころか「憎国心」でいっぱいだ。戦前戦中の日本に有利な史料が出ても無視、うそまでついてもダメな国にしなきゃだめなのだ。まさに戦前戦中の日本は、なにがなんでも残酷無比な悪い国にしてしまわなければ気がすまないのだ。自国に「憎国心」を持つ世界でも奇怪な民族と言っていい。
次に「論理的」についてです。日本民族は、「論理的」であっても「論理的」でなくても問題にしません。例えば「南京事件」、現在日本の保守陣営では、「南京事件」がなかったということは常識になっています。ところが保守系の教科書出版会社、育鵬社は、公然と「南京事件」があったと公表しているのだ。渡部昇一氏は、先頭にたって「南京事件なかった」ことを主張してきた保守言論界の重鎮、その彼が育鵬社の歴史教科書の監修者になって中学校の歴史教科書(南京事件あった)を発行しているのだ。私は彼に聞きたい、「いったいどうやってシナと南京事件と言う歴史戦を戦っていくのか」」と。同時に育鵬社の歴史教科書支持派の多い知識人にも同じ事を聞きたい。一方育鵬社の競争相手、「新しい歴史教科書を作る会」の自由社も歴史教科書を出していますが。南京事件はなかったので南京事件については一切触れていません。なにしろ自由社の教科書は史実にもとづいた歴史教科書として有名ですから当然のことでしょう。今年は中学校教科書の採択戦の年、どの中学校がどの教科書を使うか決める年です。保守系の教科書で採用されたのは、育鵬社の歴史教科書だけ、自由社の歴史教科書は、私立の中学校ばかり数校、公立中学校全然なし。なぜか、どの教科書を使うのかを選ぶのは、日教組関連者を主体とした各市町村の教育委員会だからです。日教組は、いわずとしれた戦前戦中の日本は絶対悪者しなければ気の済まない「憎国者」のむれだからです。歴史教科書ですら史実に基づいて作るという論理から完全にずれてしまい、それでも平然としていられるのだ。

だから私が最初書いたように安倍さんが「談話」発表した時には、すぐに反応して賛意を表したが、16人もの有識者を集めて意見をきくことが分かった時、私は安倍談話に反対したのです。どこかあいまいで「安倍談話」は保守好みのものにならないだろうということを予想できたからです。それなのに保守陣営からは、安倍談話を出すなと言う意見がほとんどなかったのはなぜでしょうか。私が最初安倍談話を期待したように、期待し続けたのでしょうか。私にはわかりません。
もう一つわからない点があります。世界史的に大変有意義だった日露戦争の日本の勝利、今では日本勝利の記念の式典なし、大東亜戦争の敗戦は、そんなに記念すべき敗戦でしょうか、戦没者慰霊は当然でやってもかまいませが、しかし敗戦後50年、60年、70年と節目節目の年に日本の総理は談話を出さなければならないような記念すべき敗戦でしょうか。世界の敗戦国でそんなことしている国があるのでしょうか。こんなことも安倍談話を出すというので保守陣営は談話の中身に期待しすぎて安倍総理が談話を出さない選択肢も大いにあり得ることも忘れてしまったのでしょうか。
最終的に安倍談話が発表された。その内容について保守派は、賛否両派に別れて論戦を繰り返してきた。談話の内容を見て、私はだから談話発表は反対だと言ったろと表明したくなった。私は賛否両派の沢山のコメントを読んだわけではないが、賛成派の論点のいくつかは、日米同盟は現在日本にとって極めて重要だから、安倍談話以上の内容を言わせたら日米関係が危うくなる。現在安倍さん以外に首相になってもらいたい人材がいない、従って安倍談話を支えてあげなければいけない、安倍談話が多くの国民の支持をうけ安倍内閣支持率が上がってきた。朝日新聞が反対している、国民は自虐史観をそれとなく支持しているのだ等々、こういったことなどで安倍談話支持派が多いのではないかと思う。この考え方は、全く筋が外れた日本人特異の情緒的な面が全面に出ている、少しも論理的でない。
首相の70年談話といえば歴史戦が主要な論点です。だから安倍総理の歴史観が間違っていないか、あるいは誤解をあたえる懸念がないかを考えるべきなのだ。
過去日本政府は、歴史戦では史実を披露して論理的に戦ってこなかった。最初から落としどころを探り、金銭や謝罪でその場の一時的解決で満足してきたのが現在大きな弊害になっているのがお分かりでしょう。安倍支持派の皆さん、お願いです。安倍談話の記事をもう一度見直して、あなたがたの歴史観と違いはないのかどうか、他のほかのことは考えず、安倍氏の文章だけをチェックしていただけませんか。東京裁判史観が否定してありますか。今の段階で安倍氏はとても否定できないこともわかります。だったら談話など出さなければいいのではありませんか。

「安倍談話百点満点だ」という渡部昇一氏は、「村山談話はおろか、東京裁判史観も乗り越えた安倍総理の、そして日本の大勝利である」と語っているが、彼は言外の意味を自分の都合のいいように解釈しているだけです。有識者委員会が結論を出した時、中西輝政氏は、「こんな結論」受け付けられないと言って退会すればいいものを、中西氏はそんな気概はなかった。渡部昇一氏は、安倍総理にこんど有識者委員会をつくる時には、ぜひ私を呼び入れてくださいと大声で叫んでいるようなものです。保守左翼に関わらず、日本の知識人は、政府主催の有識者委員あるは諮問委員会の委員になりたくてしょうがないのだ。だから政府は、断られたためしがない。彼らにとって大変名誉なことなのだ。日本の知識人には政府から独立して対等の立場で意見に言える人が極端に少ない。5本の指にも達しないのでは?
私のような年寄だと知っていると思いますが、オランダ人のカレル・ヴァン・ウォルフレンという評論家がいた。現在年取ったのか病気しているのか、最近言論活動してないみたいだ。私は彼がきらいなのだが名言を吐いている。その名言とは、
「日本では、知識人が一番必要なときに知識人らしく振る舞う知識人が誠に少ないようである。これは痛ましいし、危険なことである。さらに日本国民一般にとっては悲しむべきことである。」(「日本の知識人へ」窓社 1995年)。

安倍総理の側近に、「談話」があいまいなものなら、「談談」をしない決断もありますよと忠告できる人いたのかどうかはさだかではない。私は安倍談話反対派だが、なにも安陪内閣をつぶせなどとは発言しません。だから賛成派と反対派なかよくできるのではないかと思います。今大事なのは、安保法安通過後は、私がブログで述べた「スパイ防止法」、「国籍法改正」は非常に大事な法案ではないでしょうか。保守の皆さんご協力お願いします。

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