Archive for 11月, 2015

渡邊望著「大東亜戦争を敗戦に導いた七人」



9月19日にえんだんじのブログで紹介した林千勝著「日米開戦陸軍の勝算」の林氏は50歳代前半、今度の渡辺氏は40歳代前半、二人とも実に若々しい期待がこめられる作家です。渡辺氏は大東亜戦争敗戦の責任者として七名をあげています。山本五十六、米内光正、瀬島隆三、辻正信、重光葵、近衛文麿、井上成美。彼はこの七人の敗戦責任罪状を説明し、同時に七人の人物像を書いているのだが、この人物評がうまい。何人もの人物像を書く場合、私に言わせれば著者の人物自身が非常に素直であることが大事なのです。そうでないと描かれた人物像がゆがんでしまうからです。この本も新書版同様にわずか231頁の小作品だが非常に読みやすい。えんだんじお勧めの作品です。
この本に描かれた7人の敗戦責任者のうち次の二人について私なりのコメントを付け加えてみました。
瀬島龍三
本書に詳しく説明されているが、瀬島は、非常に重要な二つの電報を握りつぶして大本営に伝えなかった。これはかれの仕事の範囲で握りつぶしが行われた行為でなく越権行為だった。この二つの握りつぶしが後に日本政府と日本軍に取り返しのつかない悲劇が訪れることになるのだ。終戦直前の7月瀬島は大本営参謀から満州の関東軍参謀に転勤になり、以後11年間にわたりシベリヤに抑留された。その期間のうち1947年から1950年までの3年間、彼はどこの収容所にいたのか全く不明。瀬島自身も全く語ろうともしないので不気味な期間なのだ。戦後はソ連のエージェントと言われていたので余計に不気味な期間なのです。
私は、若い時から苦労した苦労人だが、私は神や仏、すなわち宗教に対して冷淡なのだ。理由があります。私には非常に苦労した人間なら、またその人間が悪い人間でなければ、その人間には晩年になったら苦労が少しでも報われるようにしてあげるのが神や仏の仕事ではないのかという思いがあります。ところ現実には、若い時から血のにじむような苦労しながら、一切報われず悲惨な死に方をする人間がいる。私はその時には例え血のつながり他人でも、その人の運命とか宿命に対して物凄くはげしい怒りや憎しみを感じ、神や仏はいないのかという感情に襲われる。同じような感情の襲われるもう一つのケースがある。
瀬島龍三のケースです。瀬島は悪(わる)です。しかし悪人にも悪人なりの幸運があるのだ。
瀬島は陸軍大学を主席で卒業し、大東亜戦争開戦の前年、29歳にして大本営参謀についている、いわば最高の軍エリートコースを歩んだ経歴を生かし、瀬島流の変わり身の早さを生かしたのでしょう。戦後は伊藤忠商事の会長になり、通常社長になった後会長になるものだが、社長にならずに会長になっている。また中曽根政権のブレーンとしても活躍している。瀬島は、軍隊時代は日本中に名前は知られていなかったが、戦後は日本中で名を売った男なのだ。それもソ連のエージェントとして活動しながらなのだ。それを明確な形で文章化したのが元警察官僚の左々淳行氏です。(左々淳行著「インテリジェンスのない国家は滅びる」海竜社)。この悪の瀬島が長生きし95歳で大往生です。悪人にも悪人なりの幸運があるとはこのことです。だから私は瀬島龍三が憎いのです。

近衛文麿
近衛家は天皇家に次ぐ古い家系で、名門中の名門。五摂家(摂政関白の家柄)、近衛家、九条家、二条家、一条家、司家の筆頭です。明治24(1891)年生まれ。東京帝国大学と京都帝国大学を卒業。戦前は貴族制度があり、25歳になると侯爵としての世襲である貴族議員になる。近衛家の御曹司、長身で貴公子然とした端正な風貌で人気があり、将来の首相として嘱望されていた。43歳の時には、アメリカ訪問しルーズベルトやハルに会っています。昭和12(1937)年の時、第一次近衛内閣の首相になった時が、45歳7か月です。それから敗戦までの昭和20(1945)年までの8年間に三度の近衛内閣が成立。この8年間は日本史上最大の危機と言っていい。この8年間に近衛は3度も政治の表舞台に立ち、例え首相でなくても非常に重要な政治家だった。敗戦の年、近衛は自殺し、自らの命を絶ったのだ。近衛の政治についての批判はいろいろな本に書かれていますが、私がこれから書く事が本、特に歴史本で書かれていることを私は読んだことがありません。他の人は読んでいるかもしれませんが。
私がここで書きたいことは、確かに近衛家は、名門中の名門家系の御曹司です。しかし大学卒業後どこかに就職した経験がないのです。どういう能力があるのかないのかさっぱりわからずに45歳で首相に抜擢されているのだ。マスコミでも比較的自由に物が言えた時代でも、「名門中の名門家の御曹司というだけで、能力があるかないかもわからないまま首相にさせていいのか」という疑問符さえも語られた形跡がないみたいです。大東亜戦争勃発かという時に、近衛のように能力のない男を首相に選んだことは最大の失策なのだ。敗戦時、GHQに取り調べられると簡単に自殺。無能且つ意志薄弱な男だったのだ。

日本の歴史上近衛文麿という悲惨な首相を経験しながら、日本国民は、戦後の現在にいたっても、名門家の出身なら、能力を問わず人の頭に立てるのだ。最近では名門、細川家の御曹司、細川護熙、鳩山家の御曹司、鳩山由紀夫、我々国民は当たり前のごとく二人を首相に迎えいれているのだ。二人とも最低の首相だった。わが国民は、政策の反対デモはするが首相につく政治家への反対デモをしたことはない。日本国民は、家柄をことさら大事にするため、政治家稼業がファミィリービジネスになり、二代目、三代目議員が目白押しだ。我が地元神奈川県では、河野一郎、河野洋平、その洋平のガキが河野太郎、ガキ太郎の大叔父は河野健三。そのガキの太郎が安陪内閣に入閣して、なんと驚くことに国家公安委員長。日本の政治家がどんどん小物化して、この面からも日本の将来が暗いものになる。日本国民に政治見識が全然ないから、日本の将来が暗い物になるのも当たり前でしょう



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書評「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」



上記の本が今年の9月1日に出版されて以来、もう3ヵ月目に入りました。初めての書評を入手しましたので紹介いたします。広島県の読者である井上寳護氏。井上氏は現在「新しい歴史教科書をつくる会」の理事をしておられます。その井上氏が「日本国体学会」の月刊誌「国体文化」の(論壇瞥見)に二つの奇書を紹介しています。その一書が「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」です。彼の承諾を得ましたので全文を引用いたします。
引用開始 
                えんだんじ
「えんだんじのブログ」なるブログ、知るものはよく知るが、知らない者はまったく知らないだらう。漢字で表すと『炎男児』――。男の誇りを固く守り抜き、事しあらば焔の如く燃え上がる男、といふほどの意味合ひらしい。
「えんだんじ」こと鈴木敏明は平成16年、碧天舎といふ版元から『大東亜戦争は、アメリカが悪い』といふ名の、A5版七百三十余頁の大著を出した。自費出版である。タイトルこそ分かり易いものの、無名の市井人が無名の出版社から出す本が、そんなに売れる筈がない。三刷三千部はそれでも健闘した方だらう。だが、彼の本のせいでもなからうが碧天舎は間もなく倒産、本は絶版となる。普通ならたいていここで諦める。
しかし「えんだんじ」は諦めない。どころか、彼は遣り繰り算段してつい最近(本年9月)、
その名もズバリ『えんだんじ』と題する四六版三百六十頁を超える自傳小説を上梓した(文芸社)
定価千六百円、決して安くないこの本を筆者は買った。しかし「戦後昭和の一匹狼」とサブタイトルがついたこの本を、どうしても讀みたかったといふ譯ではない。「えんだんじ」のブログを読む者には、彼が書いた自伝小説なら、大体の中身が想像できるからである。
筆者はこの本を購入したばかりか、公立図書館のリクエストにも出しておいた。図書館は利用者からのリクエストがあると、次回の購入図書の候補リストにそれを入れて検討する。本の内容によほどの問題がない限り希望が通ることが多い。つまりささやかながら、この本の売り上げに寄与したいがためである。しかし、個人的な付き合いもない人のために、なぜそこまで肩入れするのか。
鈴木の前著『大東亜戦争は、アメリカが悪い』は、知る人ぞ知る近来の快著である。「アメリカが悪い」理由のいちいちを、素人とは思へぬ豊富な資料を駆使しつつ縦横無尽に説き盡している。鈴木は学者ではないので、その分言葉がきわめて分かり易い。時にはべらんめぇ調の口語も交じる。抽象的な理屈はほとんどまったく無いから、説得力も抜群だ。そのうえ祖国の来歴に対する深い敬愛の心情が全編に脈打ち、痛快かつ面白い。七百三十頁が一息で讀める本などめったにあるものではない。あの西尾幹二が絶賛したのも頷ける。

しかし、ここで鈴木は考える。なるほど自分が6年がかりで心血を注いだこの本は、一応の成功をみた。しかし当然ながらこの書の読者はすべて日本人である。一体日本人の同意を得たくて俺はこの本書いたのか。さうではあるまい。本当はアメリカ人を始めとする世界中の人々に読んでもらいたいのではないか。日本人が戦った史上最大の戦争の本当の意味を、何とかして世界の人々に知ってもらひたい、そのための苦心だったのではないか――。
思ひたつと矢も楯もたまらなくなるのが鈴木の長所であり、同時に欠点でもあるらしい。なんと彼は自著の英語版を出す決意を固めたのである。
                  相寄る魂
思えば健気な決心ではないか。拠るべき学会も論壇も庇護者ない一介のサラリーマンが、祖国の歴史を弁護する大著を自力で出版し、今度はその英語版まで作らうといふのだ。断っておくが鈴木は決して金持ちではない。むしろその反対で、戦中戦後の貧しい家庭に生まれ育った高卒のありふれた男、病気がちの両親を抱える恵まれない日本人の一人だった。
そんな男がどのやうにして自己の人生を切り開き、並の学者や評論家も及ばぬ大望を懐くにいたったのか。
それを知るには『えんだんじ・戦後昭和の一匹狼』をお読み戴くしかないが、彼はたうとうその志を実現してしまったのである。言葉は悪いが、筆者はつい「虚仮(こけ)の一念」といふ言葉を思い出してしまったほどだ。
その過程には感動的な挿話がある。『大東亜――』の読者の一人が著者の強い願望を知って支援を申し出てくれたのだ。その人は一高・東大出のエリートサラリーマン。さる大手化学会社を勤めあげ役員となって定年退職した。この人物の優れた能力と惜しみなき献身により、翻訳作業は大幅に進歩した。さらに鈴木の経済的窮状を見かねたその人は、資金さえ提供してくれたといふ。「この人なくして事業は成功しなかった」と、鈴木は彼が亡くなった今も感謝と賛辞を惜しまない。
実に世の中は広い。本を熟読してくれたばかりか、著者の悲願を知るやその実現のため援助を申し出、経済的負担まで覚悟して応援する――。そのやうの人が実在するのである。一個の燃える魂に触れて、もう一つの熱い魂が寄り添った奇跡としか言いやうがない。まさしく
「天は自ら助くる者を助け」たのである。
英語版『大東亜――』は”The USA is responsible for The Pacific War”なるタイトルで一昨年8月に世にでた。鈴木は初版三百の大半を在日外国大使館・領事館に寄贈した。これで念願の第一歩をはたした。だが彼の望みはもとよりこれで終わらない。
昨年夏の朝日新聞の訂正と謝罪にもかかわらず、シナ・韓国との「歴史戦」は熾烈さを増す一方である。米国は原爆攻撃の正常化を止めようとはしないし、自国に都合のよい歴史観(東京裁判史観)を改めようともしない。このやうな時、鈴木としては内容に自信のある自著の英語版を、広く海外の要人、メディア、図書館などに普及させたい。しかし、そのためには少なからぬ資金が必要だ。と、ここまで言えば彼が今回の自伝小説を出した目的がお分かりだらう。さう、目的はそのための資金稼ぎなのである。
文芸社の自費出版本。それも世間的に無名な人物の自伝小説が果たして「資金稼ぎ」になるかどうか。常識的には限りなく無謀に近い。しかし「えんだんじ」はそんなことは気にしない。一旦かうと決めたらことの成否は度外視し、自ら信じる道を行く。頼れるところは何もなし。頼れるのは自分だけ。この人物はさうやって生きてきて、今ここにいる。これからもそのやうに生きるに違ひない。
その意気や壮なり。一個の男として断然魅力的である。かって日劇ミュージックホールのトップダンサーに惚れられたのも分かる気がする。今やほとんど見られない侠気(おとこぎ)の固まりのやうな鈴木の本を、我らも応援したくなるではないか。あへて「奇書」として諸賢に紹介する所以である。
引用終了。

井上様、熱いご支援ありがとうございます。感謝感激しております。読者の皆さん、皆さんのご近所に公立の図書館がございましたら、ぜひ購入要求を出してください。お願いいたします。アマゾンのカスタマーレビューには、まだどなたも投稿しておりません。どなたか投稿をよろしくお願いいたします。すでにブログでもお伝えしておりますが、勉誠出版社が和文「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を年内に再出版します、また英文版の販売もすることになりました。来週の土曜日(11月14日)に私が池袋で講演いたします。会場では「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」が税抜きの1600円で販売いたします。ぜひご来場ください。お待ちしております。

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