Archive for 12月, 2015

書評(4)「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」



愛知県の読者からの感想文です。
引用開始
「先日『えんだんじ』誌をよみました。先生の御体験のすさまじさにはびっくりしどうしで、はらはらしながら読ませていただきました。
単に一個人の人生のつづりでは決してなく、時代を最前衛で走り続けられた様子や、人生の本音に生きられたご様子が実に豊かに興味深く記述されていることに驚きました。
小生も還暦をすでに迎えております。さまざまな体験もしておりますが、先生の人生のすべてを貫き、エナジェティックなバイタリティーには驚くばかりであります。
私どもの世代よりほんの少し上だけで、これだけ劇的な人生、情念あふれる人生が現実にあるなど思いもよりませんでした。小説より奇なる人生があり得たなど信じがたき思いであります。
武器こそ手にされないが維新時の丈夫の生き方そのままの生き方なのだなあと感じいりながら読ませていただきました。まさに刮目すごいの一言であります。大衝撃であります。
私も学生運動の一端をにない、友の自決を機に教師を辞し、以来様々に行動して参りましたが、先生の豊かな人生と比せば、万分の一にも届かぬ人生だと恥じ入る次第であります。
久しぶりの高揚感に浸っておる次第であります。ありがとうございました。
先生の今後ご活躍を期待しておりますとともによろしくご指導のほどお願いいたします。
引用終了

皆様、これが今年、最後のブログです。早いもので今年の10月にブログを書いて以来7年目が終わり、翌11月から8年目に入りました。えんだんじのブログを書きだした年は、一週間おきに毎週土曜日書いておりましたが、翌年から二週間おきの土曜日に書いております。書いたブログ記事総合計230、すべてえんだんじのブログに納められています。来年から古いブログ記事でも、出来の良い作品はくりかして発表しようと思っています。
私がブログを書いて10年目に入るのはあと2年、10年目が終わるにはあと3年です。このため「えんだんじのブログ」はあと3年つづけます。その後どうするか、まだ時間があるのでこれから考えます。それでは皆様、今年も「えんだんじのブログ」のご愛読ありがとうございました。また来年の御愛読を期待しております。良いお年をお迎えください。

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書評(3)「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」



鎌倉市在住の藤田茂光氏は、現在85歳。藤田電気管理事務所を経営されていましたし、また東京電気管理技術者協会副会長を務めておられました。著作には「頭念を拂う:本当の自己をつかむため」(2011年 暮らしの手帳社)があります。「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の英文翻訳と資金援助してくれた鎌倉在住の渡辺昌明氏と藤田氏とは鎌倉の浄明寺で行われる座禅仲間でした。藤田氏は渡辺氏が英文翻訳と資金援助を私にしてくれていたことは、十分知っていて陰ながら私たち二人を支援してくださいました。
「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」が出版されましたので、藤田氏に贈呈したところ、彼から次のような書評が送られてきました。彼の了解を得ましたので、全文を引用させていただきます。
引用開始
「ご本を頂戴してから、一日も早く読んで感想を申し上げ、御礼をしなければと思い、日頃からの積読、並読をストップして一気に読み上げました。読後感は、とても侘しい、悲しい、切ない。それでいて、胸のつっかえがとれて清々しい感じでした。侘しい、悲しいは愛する人との出会いそして別れであり、人間存在の悲しみであります。出会いそして別れ、結婚してお子さんが三人までおられるのに、別れなければならなくなった苦しみ。私にはとても、とても想像も出来ないことであります。
特に島さおりさんとの別れは、私も胸が一杯になりました。人生とは悲しいものですね。ご冥福をお祈りいたして止みません。
胸のつっかえとは、外人上司、社長との喧嘩、格好いいですね。胸がすかっとします。しかし、これは誰にでもできるものではありません。これが出来る人は、第一に、論理整然としていること、常日頃から熱い日本人としての血が滾っていること、そして肝ができていること。これが出来ていないと、絶対にできません。鈴木さんは、そういう人間であると、私はそう理解し、お付き合いをいただいております。

昨日、八月十六日、座禅のあと友達皆に御本のこと、渡辺昌明さんのこと等をお話しいたしました。そして『大東亜戦争は、アメリカが悪い』の御著書を世界中の人に読んで貰うために出版費用を稼がねばならないので協力してくださいと請願されておられます。どうぞそのために、禅友渡辺昌明様のご供養のためにもご協力してくださいと頼みました。
私も出来る限り協力を続けて参りますので、鈴木さんにはくれぐれもお体に気をつけて頑張って生きて下さい。人は「蓋棺事定」であります。
同封のお金は、出版費三千万円分の一に過ぎませんが、どうぞ笑納くださいませ。亦、出版の協力に就いては、別紙の通りのお願い文を作成して、友達に配布致しましたことを申し添えておきます。どうもありがとうございました。不備
平成二十七年八月十七日 藤田茂光
引用終了
藤田さんの手紙のなかに「蓋棺事定」(がいかんじてい)という言葉がありますが、私も最初わからなかったので説明しておきます。これは禅用語で「人にはいろいろあり、いろいろと生きて参りましたが、結局は棺に入れられ蓋に釘を打たれて初めて賢否が定まる」という意味だそうです。

藤田氏の禅友たちへの手紙の内容:
引用開始
「                お願い
禅友・故渡辺昌明さんは生前、鈴木敏明氏の大著、『大東亜戦争は、アメリカが悪い』を英文翻訳されておられました。この本は既に、在日の外国の大使館、領事館他、百八十五ケの国に贈呈されています。そして鈴木氏は今、この本を英語を母国語とする国々の図書館に贈りたいと考えて、その資金を作る為、この夏文芸社から新たに『えんだんじ』を創作発表しました。この際故渡部昌明のご供養と鈴木氏へのご協力を併せ考えてご購読下さいますようお願い申し上げます。敬白
平成二十七年八月十七日  藤田茂光
引用終了

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「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の再版販売開始



販売開始がネットでは11月末からですが、本屋での注文受付は12月1日からとなりました。本のサイズは、小説「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」と同じ四六判、ソフトカバー、825頁、値段3200円プラス税。小説「えんだんじ」の場合は、自費出版なので多くの人に贈呈できましたが、今回は自費出版ではないし、本の単価も高いのでごく限定した人だけにしか贈呈できなくて申し訳なく思っております。あしからず、この事情をご了承ください。もう一つお願いごとして申し訳ありませんが、皆さんの近くの図書館にこの本を置いてもらうよう御手配のほど、よろしくお願いいたします。

前回のブログで広島県の方の書評「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」をお伝えしましたが、今度は書評(2)を東京在住の主婦の方からいただきました。彼女の了解を得ましたので、引用させていただきます。
引用開始
「さて、前便で書けなかった新書の感想ですが、分厚い本だというのに一晩で読めてしまいました。初めての小説だそうですが、あれだけ人を引き込めるというのは何なのでしょう。
幕末史をやっている関係で、プロ・アマ含めて司馬遼太郎辺りから影響を受け小説を書いている知人・友人が結構いるのですが、長年やっている皆さんの技巧を凝らした文章よりも、先生の剛速球が心にズトンと入ってくるのです。
他の方の感想も知りたくてネットで読みましたが、皆様、私と同じではありませんか。その時、えんだんじに艶男子と当て字されている方がおられ、そうそうと一人で相槌を打っていました。
上から下まで白いスーツ姿で決めていたというのは本当のことなのか、伺いたいものです。また、先生の描く世界に昭和の雰囲気がもの凄く濃厚だったと感じました。映画でいえば日活映画の世界 - 先生はそれを裕次郎さんのようなスターを通してではなく、あの時代を生きた普通の市井の人物で現して下さったように思います。
小説は殆ど読まないのですが、これは私小説の新ジャンルではないでしょうか。
それこそ映画化したら面白いものができそうです。兎に角、読んでいると、その場面ごとの光景が浮かんでくるのです。
その昭和の世界の延長だったのでしょうか、読み終えてから、当時なかなか手にはいらなかった抱っこちゃんを手にした時のことを思いだしました。

欲を言わせていただければ、これもネットにあったコメントの方と同じなのですが、やはり『大東亜戦争はアメリカが悪い』の文庫本を歴史好きな仲間に配りたいです。左翼リベラル系が中心な文学界にあって、何故だか私と親しい書く系女子は親御さんが帝国陸軍軍人であったり、近衛隊士だったりするので、彼女たちに読んでもらいたいのです。
振り返れば、今の日本は生まれた時から属国育ちの人が大半を占めるようになり、アメリカへの奴隷根性が身にしみるというよりソレが生まれつきのものとなって、あたかもその空気が当たり前になってしまいました。
アメリアカに支配されている事より、支配されて現状を変えようとしない現在の日本人の有り様こそが悲しい、悔しいですね。
この情けない現状を変えるべく、一人でも多く先生の本を読み、一人でも多く覚醒して欲しいです。
先生の玉著を読めば直ぐにめざめられるのですから。ところが私の場合は、ペリー研究を始めて数年経った頃に「これは何だかおかしいゾ?」と漸く御用学者の存在に気づきましたので、かなり遠回りでした。私のように遠回りしないためにも、『一人でも多くの方に』です。
最後に、秋に向かって、先生にはくれぐれも風邪などめされませぬよう。
今後の先生の更なる文筆でのご活躍を祈念して、筆を置かせて頂きます。
引用終了

「上から下まで白いスーツ姿で決めていたというのが本当のことなのか、伺いたいものです。」の質問に対して以下のようにお応えします。
真夏は、上下白の背広で過ごしていました。それも31,2歳で鼻の下にひげをはやして以来です。頭は長髪、しかも自然とウェーブがつく天然パーマ、人から恰好いいと言われていました。まぁ、キザの固まり見えたことは間違いない。外資系のせいか、「お前、ちょっとハデすぎるぞ」などと注意されたことはありませんでした。夜の飲み屋の世界ではヤクザに見えたし、キャバレーの呼び込み屋だとも言われました。取引先を訪問した時には、冗談で「うちはプロダクションの事務所ではありませんよ」と言われたこともあります。そんなキザな私ですが、本だけは沢山読んでいました、しかし書くことは全くの苦手としていました。そんなキザな男が定年後本六冊も書いて講演までしているのです。人生とはわからないものです。

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