Archive for 1月, 2016

保守知識人は、大バカ者の集まりか?(2)



     このブログの拡散、転載をよろしくお願いいたします。
(このブログのタイトルにある保守知識人とは、育鵬社、日本教育再生機構、日本会議に群がる名のある知識人のことである。)

八木秀次のスパイ疑惑と人間性
去年シナ政府は、「南京虐殺事件」をユネスコの文化遺産に登録した。シナ政府のこの登録は、長年の計画を立てての行動だったと思います。その計画の中には、日本の保守陣営の分断工作があったと私は想像しています。そう考えると、平成16年に「つくる会」の第三代会長になった八木秀次の独断行動が分断工作の先駆けであったことはまちがいない。と同時に八木は、フジサンケイグループの「つくる会」乗っ取り工作の主役を演じていた。私が「つくる会」の会員になって会費を払ったのが平成17年8月1日です。受領者名は、八木秀次会長になっています。その年の12月八木は、「つくる会」の執行部には極秘でシナに行き「中国社会科学院日本研究所」を訪れ将立峰所長らと「新しい歴史教科書」をめぐって意見交換したというのです。「つくる会」の会員になったばかりの私は、非常に驚いた。八木会長は、大バカじゃないのかと思ったと同時に私は、はげしい怒りを感じた。だってそうでしょう。近現代史に関してシナ政府の歴史観と「つくる会」の歴史観は、水と油の関係で決して交わることなどあり得ないのに、なぜ極秘に訪問したのかというのです。この問題を追及するには、八木は誰をともなって、どういうふうにしてシナを訪問したかということです。箇条書きします。
1.宮崎正治「つくる会」事務局長
宮崎は日本会議の出身で「つくる会」事務局長になって在職6年と長いのだが、仕事の能力としては「つくる会」執行部としては不満だった。西尾幹二「つくる会」名誉会長が日本会議の椛島有三事務総長に会いにゆき宮崎の件を相談したが、らちがあかず、その後椛島から返事もなかった。八木はこの宮崎を贔屓にしていたから、自然と八木と日本会議がくっつくことになった。日本会議のようなオカルト集団は、いざとなると国家の事より、仲間意識が大事になるのだ。
2.福原慎太郎「つくる会」事務局員
福原が八木と一緒にシナに行ったのではない。彼が八木のシナ行きをアレンジしたのだ。彼は元松下政経塾の塾生だった。松下政経塾の海外からのインターン生はシナ人が圧倒的に多い。その中の一人に李春光がいた。福原と李春光はお互い面識をもった。平成24年5月29日に読売新聞朝刊一面に在日中国大使館の一等書記官、李春光によるスパイ事件を報じた。外交官は、不逮捕特権を持っているから、出頭を拒否し、李春光は成田から帰国してしまった。李春光は、日本では「中国社会科学院日本研究所」の副主任を務めていた。
3.小島新一産経新聞記者
私が不思議に思うのはなぜ雑誌「正論」編集部記者、小島新一記者が八木に同行して一緒にシナに行ったかです。シナから帰国後の八木の行動を考えると、この時すでに八木と産経新聞は内密関係にあったのではないかと推測されます。

当時八木のシナ訪問には、再度強調しますが隠されていたことが三つあった。
1.シナ旅行は、「つくる会」の理事会に諮らず完全な隠密行動であったこと。
2.「つくる会」執行部で退任処分された宮崎事務局長をこっそりシナ旅行に同行させたこと。
3.中国社会科学院と歴史認識をめぐって会談したことなどしばらくのあいだ明らかにしなかったこと。

平成17年12月に八木はシナを訪問し、月内に帰国した。翌年、平成18年は、「つくる会」にとって激動の年であった。日付順にどんな事があったか見て見ると:

2月27日: 八木会長は、会長職を解任されたが理事として残った。その頃から八木は自分の派閥作りに乗り出していた。八木の派閥のメンバーは、新田均皇學館大教授、内田智弁護士、勝岡寛次明星大学職員、松浦光修皇學館大學助教授、宮崎正治事務局長。彼らの大半が日本会議系です。
3月28日: 八木は副会長に復帰。この頃産経新聞は、私が調べただけでも2月28日、3月1日、3月9日、3月28日、3月29日に「つくる会」系の記事を書いていますが、すべてが八木贔屓、八木援護の記事です。その頃、自分の派閥をつくった八木は、「つくる会」の古参、西尾名誉会長、藤岡副会長らの蹴落としに懸命だった。それらが露骨であり、沢山の怪メールを使った実に汚いやり方だった。サラリーマンだったらもう同じ業界では働けなかったでしょう。学者だから知識人面できるのでしょう。「つくる会」の全会員が彼をウジ虫の如く嫌うのもそのいやしい人間性だ。
4月30日: 八木副会長と八木派閥全員が「つくる会」退会。すぐに、産経新聞は教科書取材班を解散。以後「つくる会」の記事を数年書かなくなった。
5月27日:八木に招待された将立峰、中国社会科学院、日本研究所長及び研究者グループが訪日、扶桑社社内で日中討論会が開かれた。どんな具体的な話をされたか不明。
6月21日:「つくる会」は「十年かけて育てた『新しい歴史教科書』を絶やさないで下さい」と題したアピール(訴えの文)を公表した。その冒頭の一説を引用します。
引用開始
「去る2月26日、扶桑社は、「新しい歴史教科書をつくる会」が提起した教科書を扶桑社が引き受けて発行するという従来の枠組みを解消すると文書で通告してきました。扶桑社の思いもかけぬ一方的な通告は、十年にわたって培ってきたつくる会との協力関係を無視し、信義を踏みにじるものです。さらに、困難のなかで『新しい歴史教科書』を採用して下さった各地の教育関係者や、現にこの教科書で学んでいる全国の子供たちに対し、教科書会社としての社会的責任を放棄する行為でもあります。
では、扶桑社は、教科書事業から撤退するのかと言えば、そうではありませんでした。親会社のフジテレビが三億円を出資して「育鵬社」という名称の教科書専門会社を扶桑社の子会社としてつくり、扶桑社の片桐松樹が社長を兼任し、そこから別の教科書を発行するというのです。
「つくる会」は昨年一月に西尾幹二名誉会長が退任し、他方で四月に八木秀次氏ら一部の理事が辞任しました。しかし、それ以後も、会は正常に活動し、会が分裂した事実もなければ紛争が起こったこともありません。ところが、扶桑社はつくる会には内紛が絶えないから手を引くといいながら、おかしなことに育鵬社から発行する教科書の編集顧問に辞任した八木氏が就任し、歴史教科書の編集の中心に同じく辞任した元理事があたるというのです。つくる会が排除され、会を去った人々が教科書を書く。こういうことを日本語だ「乗っ取り」というのではないでしょうか。フジテレビ会長の日枝氏は、「初代以来の代表執筆者の書いた部分はどんなに金がかかっても書き直す」と発言しました。この動きを見ると、フジテレビと扶桑社が「紛争」を引き起こしている当事者であるといってよいほどです。
引用終了

現在産経新聞は、われわれ保守の人たちにとって良い報道してくれる新聞だと認識しているでしょう、しかしこの時期の産経新聞は、シナのスパイと言われる八木を使って「つくる会」を潰そうとしたり、乗っ取ろうとしたことも事実です。その意味でその当時の産経新聞の罪は重い。その最高責任者は、育鵬社生みの親、フジテレビの会長日枝氏である。ここまで書いてきたこのブログの文章は、私の著書、『保守知識人を断罪す。「つくる会」苦闘の歴史』(平成25年、総和社、1500円+税)の要約です。出版した当時、自費出版のせいかあまり注目されなかったが、現在は事情が変わりまし。シナ政府が「南京虐殺事件」をユネスコに登録したからです。この本を読めば、なぜ保守陣営に南京虐殺事件を肯定した知識人が出たかよくわかります。皆さん、是非読んでみてください。値段は1500円+税のところを200円値引きし1300円税なし、郵送料なしで販売します。えんだんじのブログのお問い合わせコーナーを使うなり、直に私にメイルで注文してください。私が郵送します。

私のこの著に対する書評を頂いております。平成17年から6年間「つくる会」の茨城県支部長しておられた川又和敏氏です。文章の中途から引用になります。
引用開始
「さて、ご著書ですが、遅読の私としては異例の速さで読み終わりました。私が会員になったのは平成11年ですから早い方ではありません。平成17年から6年間茨城県支部長として、一般会員の方よりは少し多く、つくる会との関わりはありました。特に混乱期に地方支部としては唯一茨城県支部が、東京2支部の呼びかけに応じ、混乱解決に微力を尽くしたことが印象に残っています。
そんなわけでどの頁も興味深く、一読巻を措く能わずで読みました。そして、先ず思ったことは、よくぞ調べ、よくぞ書いたり、ということです。鈴木さんの資料活用能力の凄さは、「逆境に生きた日本人」でつとに承知していましたが、改めて感嘆久しくした次第です。

つくる会の歴史は、16年という決して長いものではありませんが、波乱万丈、複雑怪奇、分かり難い部分が多々あります。それを快刀乱麻、整然と分かり易く説く筆力は、将に驚嘆に値します。その内容に、私自身大いに教えられました。鈴木さんの話かけるような文は、親しみやすく、説得力に富んでいます。それでいて、歯に衣着せぬ大胆な指摘は、痛快であり、はっとして目を覚まされることも一再ではありません。執筆の動機が義憤によるというのも鈴木さんらしく、何と自費を投じての出版と聞いて驚き、大きな感動を受けました。鈴木さんの侠気(おとこぎ)を強く感じました。
いわゆる一社体制と称した育鵬社との合併話に、「狂気」とう強い表現で、断固反対の論を書かれている部分などは、全く同感であり、興奮が甦る思いでした。つくる会を潰そうとする国内外の敵の姿を、明確に指摘していることも、会員にとっては大切なことで、採択戦への構えになります。つくる会の歴史の大きな山場八木秀次一派による乗っ取り騒動。これは今に尾を引く重大な関頭でした。しかし、意外に真実を知らない会員が多く、これを詳細に述べられたことも有難いことです。
最後に、安倍総理との直接対話。稀有な機会を逃さずせまった鈴木さんの態度に、手に汗握る思いでした。この本に芯として通っている、つくる会をつぶしてならないという愛国心、つくる会存亡に対する危機感、つくる会にたいする愛情に打たれます。つくる会こそは保守の最後の砦であるという明確な認識を、この本によって、会員皆が持たなければなりません。そしてこの本はそれを十全に果たすだけの力を備えていると信じます。絞まりのないことを書き恥かしい限りですが、一言申し述べて、お礼の言葉といたします。本当に有難う御座いました。平成25年6月19日 川又和敏」
引用終了

「つくる会」は、存亡の危機にあります。シナ政府は、去年「南京虐殺事件」をユネスコに遺産登録した。返ってそのことが保守の「つくる会」の存在を見直させたのだ。シナ政府と堂々と戦える保守団体は、「つくる会」しかないのだ。他の保守団体は、脛に傷を持つ団体が多い。「つくる会」は、戦後の歴史教科書史上、初めて「通州事件」を教科書に載せたが、今度は「通州事件」を世界遺産に登録しようとしているのだ。果たしてどこの保守団体が協力してくれるのか見てみようではないか。最後にもう一度くりかえします、拙著『保守知識人を断罪す「つくる会」苦闘の歴史』をぜひ読んでみてください。
次回のブログは、「保守知識人は、大バカ者の集まりか?」(3)を書きます。

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保守知識人は、大バカ者の集まりか?(1)



        このブログの拡散、転載をよろしくお願いいたします。
(このブログのタイトルにある保守知識人とは、育鵬社、日本教育再生機構、日本会議に群がる名のある知識人のことである。)

私は、「新しい歴史教科書をつくる会」の会員として、「南京虐殺事件」が去年シナ政府によって世界記憶遺産に登録されたことほど癪に障るものなない。私は今から四年前、平成24(2012)年7月7日に「育鵬社歴史教科書支持派の皆様へ」のタイトルでブログを書いた。主要な二つの問題、盗作問題と南京虐殺事件についてです。盗作問題はもう裁判で一応けりがついていますので、ここでは省きます。南京虐殺事件については思い出していただくために、全文を引用させていただきます。
引用開始
「二。南京虐殺事件」
今から2,30年前ぐらいまでは、南京虐殺事件は、日本国内でも「あった派」が優勢であった。「あった派」でもいくらなんでも30万人は大げさだろう、もっと少ないのではという声が圧倒的だった。そこへ秦郁彦氏の4万人説が出て多くの知識人がその説に飛びついた。テレビの田原総一郎氏もその口です。ところが平成10年に南京事件研究者として有名な東中野修道氏が「南京虐殺の検定検証」という本を著した。彼は南京事件がなかったことを証明したのではありません。これが南京虐殺事件の証拠だという物件を全部徹底的に調べあげて、写真などすべての物件はデタラメであること証明したのです。その後も東中野先生や数人の研究者が南京事件の研究を進め、研究の成果や資料の発掘などで現在では、シナやNHKの御用学者や左翼を除いてほとんどが、南京虐殺事件はなかったというのが、少なくとも保守の間では常識になったのです。南京事件研究者は、東中野先生を含めてほとんど歴史の専門家ではありません。私は日本の大学の近現代史学者の怠慢ぶりは刑罰に値すると思っています。平成19年発行の雑誌「WILL」の12月増刊号、『『南京大虐殺』に終止符』が、まさに南京事件のけりをつけたと言っていい。

ところが日本の歴史教科書では、南京事件を容認しないと文科省の検定合格がとれないのです。しかたがないから「つくる会」の歴史教科書は、南京事件については育鵬社の歴史教科書と大体似たような表現になっています。しかし結果として両教科書に同じような文章になるまでの過程には天と地の差があります。「つくる会」は南京事件を否定して書類を提出して、文科省の検定官と論戦しています。文科省の拠り所は、近隣諸国条項や歴史学会の通説などです。昨年の教科書検定の時、「つくる会」はある作戦をたてました。「通州事件」を申請の中に入れたのです。「通州事件」とは日本人一般市民、老若男女が支那人に虐殺された事件です。「つくる会」は、南京事件を否定させてくれたら、この「通州事件」をひっこめるつもりでした。ところがやはり南京事件は否定できず、「通州事件」は認められたのです。戦後の歴史教科書で「通州事件」が記載されたのは、今回が初めてのケースなのです。南京事件を否定しようと戦った結果、いい意味での副作用を生んだのです。

これに反し育鵬社は、違います。育鵬社は、教科書検定前から南京事件を公然と容認していたのです。平成23年の7月20日、南京事件否定派の河村名古屋市長の肝いりのもと名古屋で中学校歴史、公民教科書討論会が開催された。教科書会社で出席したのは自由社(つくる会)と育鵬社だけでした。この時育鵬社の歴史教科書の監修者の一人である石井昌浩氏(元拓殖大学客員教授)は、こう語った。
「南京事件は確かにありました。日本軍によって中国軍人や民間人に多数の死傷者が出ました。これは事実です。ただ犠牲者の数などの実態については、様々な見解があり、今でも論争が続いている。これが育鵬社の南京事件についての記述です。」
皆さん、驚きませんか。自ら保守と称する育鵬社の歴史教科書の監修者の言葉ですよ。名古屋に引き続いて東京でも教科書会社の懇談会の席でも同じような発言をしているのです。
石井氏の冒頭の発言、「南京事件は確かにありました。日本軍によって中国軍人や民間人に多数の死傷者が出ました。これは事実です。」
これはまさに文科省の見解であり、左翼の見解であり、支那の見解です。それと同じ見解を保守が示しているのです。ここで読者にはっきり認識してもらいたいことがあります。「つくる会」の歴史教科書も育鵬社の歴史教科書も南京事件の記載については、ほぼ似ていますが、「つくる会」は、「なかった」説を変えないと検定合格がとれないから文言を変えざるを得なかったということです。いっぽう育鵬社は、「あった派」ですからそのまま変える必要なく文科省に受け入れられたということです。

育鵬社の歴史教科書を支持している方々に聞きたい。こんなこと許されていいのですか。これは我々保守に対する裏切りではないですか。この石井発言に対し育鵬社教科書を支持した保守知識人、がいっせいに反論すると思ったら、ほとんど誰も反論しないのです。何故か?育鵬社のバックにいるフジサンケイグループに気を使っているのです。産経新聞にはコラムもあれば「正論」という月刊誌もある、「正論賞」などという賞もある色々世話になることも多いいし、また世話になるチャンスもある。著名な知識人ですらフジサンケイグループに気をつかって反論できないのです。例をあげましょう。渡部昇一氏と櫻井よしこ氏です。二人とも「南京事件」否定派の強力なメンバーです。渡部氏は、しかも育鵬社歴史教科書の監修者の一人です。育鵬社自身が南京事件肯定派なのに批判できないのです。私は櫻井よしこ氏をかっていました。だから彼女の主宰する「国基研」のメンバーにもなった。「国基研」のあるパーティーでは彼女と名刺交換したいために列を作って並んでいたのを覚えています。彼女の集客力はすごいですよ。「つくる会」の歴史教科書の市販本には彼女の写真が載っています。育鵬社の歴史教科書の市販本にも彼女の写真が載っています。彼女は両教科書の支持者になったのです。私はそれに対して非難はしません。その桜井氏の南京事件に対する考えかたは、育鵬社の「南京事件あった」派とは完全に違います。それでも彼女は育鵬社を表立って批判できないのです。私がここで保守知識人不甲斐なさを責めるのは、南京事件はこれからもシナと論争し続けなければならない重要な外交問題だからです。日本民族の尊厳にかかわる最重要な問題でも、国内でさえ相手によっては非難の舌鋒がゆるむようで、どうしてシナと論戦できるのかと言いたい。結局これは日本人知識人の弱点の現れでしょう。えらそうな事を主張していても結局は権威権力には弱いのです。フジサンケイグループが持つ権威、権力に堂々と反論できる著名な知識人が少なすぎるのです。育鵬社の登場によって南京事件に対する保守の一画がくずれてしまい、ますます日本は不利な体勢においこまれてしまったのだ。育鵬社教科書を支持する方々に私は、はっきり主張します。私も保守、保守同士お互いけんかはしたくはありません。だから大東亜戦争を太平戦争と記載したこと、漢字の支那語読みや朝鮮語読みのルビの問題、私は片目をつぶります。盗作も国内問題、しかし南京事件容認は、これは絶対に許すことはできません。日本人の敵です。それに私は、日本民族の尊厳を救ってくれた東中野先生を初めとする数人の南京事件研究者に感謝の念を抱いています。それゆえに育鵬社の南京事件容認は保守への裏切りであり、日本民族の裏切りでもあります。絶対に許すことはできません。私は育鵬社の教科書支持者から嫌われるでしょう、それも覚悟のうえです。私は、「従軍慰安婦事件」と「南京事件」を日本人であるかどうかの踏み絵にしています。
引用終了

皆さん、この文章読んでどう思われますか。ぜひもう一度この文章を読んで見てください。私は、「南京事件」も「従軍慰安婦事件」と同じように日本の保守人が連携して一体となってシナと戦わなくてはダメだと四年前から思っているのです。一無名な定年サラリーマンの私でも思うのですから保守知識人でも思っているに違いないのです。ところがそこえ、育鵬社の親会社フジテレビの日枝久会長、フジサンケイグループの統率者の登場です。多くの保守知識人が彼にひれ伏したのだ。「南京事件はなかった」派のリーダー的存在の櫻井よしこ氏は、「つくる会」教科書を支持しながら育鵬社の教科書も支持するというへまをしたのだ。同じリーダー的存在の渡部昇一氏は、南京事件を肯定する教科書づくりに参画しているのだ。私は最初、渡部氏は、名前だけ貸しているのではないかと手紙を書きました。渡部氏から次のような回答の葉書をいただきました。
引用開始
拝復
教科書についてお手紙拝見致しました。
その中の小生が『自分は育鵬社の教科書作成に何ら関わっていない』としてありますが、そういうことはありません。また盗作の疑いがありましたら、ぜひ裁判で決着をつけて下さい。
取りあえずご返事まで。                   敬具
平成二十四年三月二十六日     渡部昇一
(氏名は自筆のサイン入りです。)
引用終了

育鵬社には大きな支援団体が二つあります。日本教育再生機構と日本会議です。日本教育再生機構のメンバーの名前をちょっとあげてみましよう。石井浩一郎、小田村四郎、伊藤哲夫、田中英道、中西輝政、屋山太郎、渡部昇一、三浦朱門、石井昌浩、新田均、渡辺利夫、高橋史郎等々そうそうたるメンバーです。小田村四郎氏は、日本会議の副会長、伊藤哲夫氏は、日本会議常任理事。渡部氏がなぜ南京事件を肯定する歴史教科書作りには、参加できないと断ることができなかったのか。やはり参加することによって得することが多かったからです。一方「つくる会」を支援したところで、「つくる会」の母体は全国の私みたいな個人支援。「つくる会」を支援したところで一銭の得にもなりません。私は現在40代、50代の保守知識人になぜ南京事件を肯定する教科書に参加したり、賛成するのかと強く責めることはできません。彼らはお金をかせがねばならない年代の人たちだからです。しかし60代、70代、80代過ぎの保守知識人は、自分の金稼ぎより、国家のことをもっと優先的に考えて行動して当然ではないでしょうか。その点を考えると私たち「つくる会」の会員たちはえらいですよ、自分のことより国家優先ですからね。名のある保守知識人たちは、私たち会員の爪の垢でも煎じて飲めといいたい。

去年、シナが「南京虐殺事件」をユネスコに登録して以来、『「南京大虐殺」の歴史捏造を正す国民会議』や「南京事件の真実を検証する委員会」等の会議が開かれました。私が驚いたのは育鵬社の歴史教科書で南京事件は「あった」を制作している渡部昇一氏が堂々と「南京の真実国民運動」の代表者になり、南京事件否定論者として演説していることです。まさに欺瞞です。育鵬社は歴史教科書で文科省の検定合格取る前から「南京虐殺事件は、あった。」と公認しているのです。そこへ渡部氏は参加して南京事件肯定の歴史教科書作りに関わっているのです。いくら渡部氏が「南京虐殺事件なかった」と主張してもシナ政府は彼の発言をまともに取り上げると思いますか。この彼が保守の重鎮というのだから笑わせるではないか。去年の安倍談話にいたっては、去年10月号の「WILL」では「百点満点だ!」と言う始末です。安倍談話は、東京裁判史観を否定していません。私に言わせれば渡部氏は、安倍談話の「有識者懇談会」に「私も入れてくれ」と遠吠えで叫んでいるようなものです。彼はこれまでに日本の近現代史に関する本を何冊も書いています。彼は上智大学名誉教授で英語の専門家です。英文文献の翻訳ものも沢山だしています。だが不思議なことに彼は、自分の日本の近現代史本の一冊も英語で出版したことがないのだ。一冊ぐらい英文版で出版したところで不思議ではない。英文出版となると読者は日本人ではない。例え作者が渡部昇一氏でも出版社がつかない場合もあり得るでしょう。その時身銭を切ってでも国家のためにすることはできない男なのでしょう。彼は自分が損することは絶対にしないのだ。だから英語の専門家でも国内で大口をたたくだけの内弁慶で海外向けには全く役立たないのだ

日本政府は、ユネスコやシナ政府に抗議しているが、「従軍慰安婦事件」と同じバカの二の舞を演じているのだ。「従軍慰安婦事件」では河野談話で韓国の主張を認め、南京事件では文科省は南京事件を否定する歴史教科書には検定合格を与えないのだ。ということは日本政府も南京事件を認めていることです。南京事件が世界遺産に申請されたとわかった時、菅官房長官は取り下げるようシナ政府に求めるとともに、「過去の一時期における負の遺産をいたずらに強調することは極めて遺憾だ」と述べ、これも南京事件を認めています。しかし「従軍慰安婦事件」では我々保守は一致団結して戦うことができた。しかし「南京事件」は、保守全体で団結して戦うことができないのです。育鵬社、日本教育再生機構、日本会議が南京事件を肯定しているからです。日本会議は、保守としていい仕事をしていますが、南京事件では全く役立たないのです。

大分長いブログになってしまいましたが、以下の三つだけは読者の皆様に伝えておきます。
1.去年は中学校の教科書採択の年でした。私たち「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書は、採択の年の度に、南京虐殺事件を否定して文科省と物議をかもしてきました。しかし去年は、南京事件はあったなどと噓を書くのをやめて、南京虐殺事件を肯定もせず、否定もせず、一切語らずに文科省に提出したところ、文科省の認定許可をとることができました。残りの七社の教科書全部が「南京虐殺事件はあった」と肯定したのです。ところがどうですか、全国の市町村の教育委員会全部が一冊も「つくる会」の歴史教科書を採用しなかったのです。そのため「つくる会」は資金的にピンチに陥ってしまいました。どうか国民の皆様、「つくる会」をつぶさないためにも一人でも多くの方に入会していただくか、資金援助をしていただけませんでしょうか。よろしく、よろしくお願いいたします。
2.胡錦濤国家主席が平成20年に日本訪問した時、「南京事件の真実を検証する会」が胡錦濤国家主席に五つの公開質問状を提出しています。その質問状にシナ政府も日本の南京事件肯定派も未だに答えることができないでいるのです。
3.シナ政府の「南京虐殺事件」がユネスコの世界遺産に登録された以上、南京事件を認めている育鵬社の歴史教科書は、保守系の歴史教科書とは絶対に言えなくなりました。
次回のブログでは、「保守知識人は、大バカ者の集まりか。」(2)を書きます。

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