Archive for 9月, 2016

『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』



平成22年1月に「日中歴史共同研究第一期報告書」(以下『報告書』)が公表された。この日中歴史共同研究の構想は平成17年の小泉内閣の町村外相の時に始り、平成18年10月に安倍首相のシナ訪問中に胡錦濤国家主席と会談し、日中有識者による歴史共同研究を年内にたちあげることで一致。同年翌11月、APEC閣僚会議の際の日中外相会談において、歴史共同研究の実施枠組について合意。同年12月両国10名の委員の初会合が北京で行われた。この共同研究には、日本側は、日本国際問題研究所、シナ側は中国社会科学院近代史研究所にそれぞれ、事務局を設置し、(古代・中近世史)分化会と(近現代史)分化会とに分かれて、共同研究が開始された。この研究の「報告書」が平成22年1月に公表され、その報告書を基にしてタイトルにある『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』、「日中歴史共同研究(近現代史)を読む」という長いタイトルの本を平成22年12月に勉誠出版から出版したのが都留文科大学名誉教授、笠原十九司である。笠原は本書の中で自分の文章以外に下記8人の学者の文章を載せています。
1.石田勇治  1957年京都府生まれ、東京大学大学院総合文化研究科教授。
2.大日方 純夫 1950年長野県生まれ、早稲田大学文学学術院教授
3.川島真  1968年東京都生まれ、東大大学院総合文化研究科国際社会科学准教授    
4.北岡伸一 1948年奈良県生まれ、東京大学法学部教授
5.斎藤一晴 1975年山形県生まれ、明治大学、都留文科大学、関東学院大学講師
6.庄司潤一郎 1958年東京都生まれ 防衛研究所戦史部上席研究官
7.歩平 1948年 北京生まれ、中国社会科学院近代史研究所所長
8.毛利和子 2010年4月、早稲田大学名誉教授

この学者たちの生年月日を見ると一番若いのが斎藤一晴(大学講師)、1975年生まれ、まだ41歳です。これからは人生100年といわれ、人生90歳としても彼の今後の人生まだ50年もあるのだ。今から親シナ反日の歴史観にひたっていて、今後50年間も一党独裁のシナ政権が存続しているのだろうか、ソ連の一党独裁政権のように崩壊するのではないかという懸念もあるのです。斎藤一晴は、度胸のいい男か、バカな男かのどちらかでしょう。

日中共同研究の「報告書」が詳細に語られているこの本は、結論すれば、内容があまりにもバカバカしく、反論するには、これと同じ位厚い本を書かねばならなくなります。そこでシナ側の報告書の内容点検より、この本で考慮すべき問題点を挙げてみました。
AA.一党独裁政権、シナ政府の主張する近現代史はうそばかり。
共産党一党独裁のシナ政府(中華人民共和国)が建国したのが1949年10月10日、設立わずか67年。要するにシナ政府は、共産党政権の歴史や内幕を着飾る必要があるのだ、例えば「毛沢東は、人類史上最も多くの人間を虐殺した指導者」と言われています。このためこの種の話は公にすることはできません。そのせいもあるのでしょう、シナ政府はできるだけ外国政府、特に日本からいじめられたことを強調しなければなりません。それに加えてシナ民族特有の作り話があります。うそを平気ででっちあげる、そのために偽の資料を作るなど信用させるための状況、資料操作を平気で作り、必要であれば豪華な建造物まで(南京大虐殺記念館)など平気で建設するのだ。現在のシナ政権にとって、国際条約、国際司法裁判も、道理も、理屈もすべて関係なし、すべて自分勝手。また共産党一党独裁政権も今後50年続くかどうか誰も予測できない難しさがあります。それなのになぜ安倍政権は、日中間の近現代史の共同研究しようなどと呼びかけたのか全く理解できません。

BB。「報告書」を本に書いた笠原十九司。
(1)。笠原は都留文科大学教授を経て、1999年より南京師範大学南京大学虐殺研究センター客員教授、2000年より南開大学歴史学部の客員教授を務める。現在は韓国の東北アジア歴史財団やピースボードが主催する国際教科書会議の日本側代表として参加している。」彼は「南京事件」で写真誤用問題を起こしている。ウィキペディアを引用すると、
「1998年、笠原は、前年11月発行の著書「南京事件」三章の扉の写真として、米国のスタンフォード大学フーバー研究所東アジア文庫で閲覧した「日寇暴行実録」(中国国民政府軍事委員会政治部、1938)に掲載されていた写真を、「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性たち」のキャプションで掲載した。(原典のキャプションは「江南地方の農村婦女が、一群また一群と日本軍司令部まで押送されて行き、凌辱され、輪姦され、銃殺された」というものであった。しかし、この写真は実際には「アサヒグラフ」昭和12年11月10日号に掲載された「我が兵士(日本軍)に授けられて野良仕事より部落へかへる日の丸部落の女子供の群れ」という写真であることが秦郁彦氏より「産経新聞」ならびに「諸君!」において指摘された。笠原は、朝日新聞カメラマンが撮った写真を中国国民政府軍事委員会政治部が悪用したものであったことに気づかず自ら誤用したことについて、秦郁彦に謝意を表し、撮影者の故熊崎環カメラマン、朝日新聞、読者に謝罪した。これを受け、岩波書店も同じページに「読者の皆さまへ」と題した謝罪文を掲載して出品を一時停止し、笠原と相談の上で『村瀬守保写真集 私の従軍中国戦線』(日本機関紙出版センター、1987年)の日本兵に強姦されたという老婆の写真に差し替え、初版本の取り換えにも応じた。)
自虐史観を主張する学者やジャーナリストたちは、日本を貶める材料があれば、検証することもなく、なにでも飛びつき、日本を叩くことを生業にしているのだ。笠原十九司はその一人です。彼は信用ができないのだ。

(2)。その笠原が「戦争を知らない国民のための日中歴史認識」という本を書いているのだ。笑わせるではないか。この本の53頁で笠原は、こういう事を書いている。
「この歴史共同研究自体は2006年、当時の安倍首相から提起したことですが、その安倍氏は、公然と「新しい歴史教科書をつくる会」以下「つくる会」の中学校歴史教科書を支援して日本の侵略戦争を否定すると言う官民一体の運動を、憲法改正の動きと連動させて行った中心的な人物だったわけです。その結果、中国で抗議運動が起こりました。ところが
今回、安倍氏自身が提案した共同研究が、逆に安倍内閣が進めた教科書攻撃や『つくる会』教科書運動を否定する結果になったわけです。そういう意味でも、日本政府はもちろん、国民もこの共同研究の経緯と結果をきちんと受け止めておく必要があると思います。」

この最後の文章はうそです。私は「つくる会」のベテラン会員だから知っているのです。日中歴史共同研究の報告書は、中国側の学者の意見と日本側学者の意見を述べ合ったものです。どちらの意見も相手側政府や国民への拘束するものではありません。私は中国側の報告にも、日本側の報告にも猛反対です。安倍首相自身も中国側意見に反対なのです。証拠をお見せしましょう。平成23年とは、教科書採択戦の年でもあり、平成22年1月に「日中歴史共同研究」の報告書が公表された翌年のことです。その平成23年に安倍氏は、「つくる会」の機関紙『史』三月号に「つくる会」への支援メッセージを載せているのです。安倍氏の文章は長いので、鈴木敏明著「保守知識人を断罪す」(つくる会)苦闘の歴史」(総和社)P178-P181を参照してください。安倍氏のメッセージには、こういう文章もあるのです。
「政府の要職に就いて尚、学生時代に刷り込まれた自虐史観に拘泥する結果、中国や韓国の圧力に抗し得ず膝を屈した結果であり、亡国の判断に他なりません。改めて教育の重要性を認識させられる事象です。」
どうですか、笠原よ、あなたもシナや韓国の圧力に屈して亡国の判断をして、日本を貶めている人なのです。韓国やシナにシッポ振って、韓国やシナに忠実に貢献することが笠原の生業なのです。安倍氏の文章は、最後にこういう文章で終わらせています。
「長年に亘って地道に教科書の改善に取り組む「新しい歴史教科書をつくる会」の活動は大変有意義で感謝と敬意を表します。今後とも一層の成果をあげられますよう期待します。」
教科書問題にたいしては、安倍首相は、中国側の報告書など眼中にないのだ。

CC。日本歴史学協会の問題点
全国の歴史学会と個人会員からなる歴史学会を代表する組織が日本歴史学協会です。日本学術会議の史学委員会へ委員を出しています。この会に所属する会員たちは、ほとんど歴史の先生たちです。その先生たちに大きな二つの問題があるのです。
1.歴史の先生たちは、文章を書くのがへたなのだ。
私は定年後「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の原稿を書いていた。また地元の図書館では高校の歴史の先生をやっていた人の近現代史の講義を受けていた。当時の先生は、たしか拓殖大学の非常勤講師もしていた。講義の内容が面白いので長年参加し、時々受講者たちと先生との慰安旅行も参加し、先生とも懇意になった。そのうちに私は「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を出版し、その一冊を先生にさしあげた。先生は「いい本を書きましたね。」と私に言った、しかし他の受講生には何も言わなかった。先生は、これは先生が書いたものですと彼の二冊の歴史本をくれた。読んで私は驚いた、へたくそな文章、ねむくなる文章なのだ。自分びいきになって申し訳ないが、先生は私の「大東亜戦争は、アメリカは悪い」を読んで、その読み安さに驚いたのではないでしょうか。歴史を学んだこともない人間がいとも簡単な文章で書き上げてしまったのだ。私の先生が他の受講生に私の本について一言も語らなかったのはそのせいだと思った。其の後定年退職した歴史の先生たち数人にお会いしているが、自分は文章がへたなので本を書かない先生たちが多いいのを知った。歴史教科書の本は書けても、ほかの文章になるとダメなのだ。何故か?
歴史の先生たちは、先輩先生の論文などばかり読んでいるから、いつか自分の論文書くとき、無意識のうちに硬い文章になってしまうのだ。その上自分は知識人と思っているからかっこいい文章にしなければと思いこみ、難しい言葉を使い堅苦しい文章になってしまうのだ。ところが歴史を専門に学んでいない先生など、たとえば西尾幹二氏や渡部昇一氏など、沢山の歴史書を書いているが、沢山の読者に読まれています。二人の先生がたの文章が上手で読みやすいからです。歴史の先生たちの書く本は読みにくくてしょうがない。笠原十九司の書いたこの本、『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』(「日中歴史共同研究<近現代史>」を読む)は実に長たらしいタイトルで、しかも堅苦しい文章だ。せっかく多くの国民に読ませようと思って書いたのだが、笠原の文章では、ほとんど買手がつかないでしょう。

(2)日本歴史学協会は、新興宗教団体。
この会の特徴は、会員のほとんど自虐史観の人たちです。自虐史観の歴史家たちは、歴史家というより新興宗教の信者と言った方が的を射ていると思います。
読者の皆さん、彼らがどんな新興宗教を信じているのかご存知ですか。東京裁判史観を絶対視する「東京裁判教」のことです。彼らは「東京裁判教」をかたくなまでに絶対視しようと心に決めています。そのため、戦後しばらくしてから、東京裁判史観を批判する色々な歴史本や歴史関係の資料が出版されてきましたが、彼らはそれらを読もうともせず、読んでも読まないふりをしたりして無視しています。例えば「南京虐殺事件」、東中野修道、田中正明、鈴木明、冨澤繁信、阿羅健一、北村稔の諸氏らの日本側研究者が自らの命をかけるようにして調べ上げて東京裁判の判決を否定した。彼ら研究者は、その研究を本にして出版した。しかし日本歴史学協会は徹底して無視した。この『報告書』のなかでもシナ側は、「南京大虐殺」を徹底して主張したが、日本側は、シナ側の主張をそのまま認め、虐殺者数だけ異議を唱えるだけ。上記の南京事件研究者の功績は、一切無視です。外務省も同じ見解を内外に発表しています。大東亜戦争を世界史的視野で見てください。1492年コロンブスがアメリカ大陸発見以来以後500年間は、白人国家が世界の有色人種国家を次々と植民地化し、有色人種の人権を侵害し、殺戮した。日本もその危機に陥った。そして白人国家に抵抗し戦った。日本は敗戦後、世界を侵略続けた白人国家から侵略国と裁かれた。戦後は世界の有色人種国家が次々と独立した。日本のお蔭です。白人国家は、日本を裁けるのでしょうか。シナ人や朝鮮人は有色人種解放に一切役立たなかった。ところが日本歴史学協会は、その東京裁判史観に疑念を持たず、徹底して神聖化し、東京裁判史観以外の歴史観をかたくなに信じようとしないのだ。最近アメリカのバイデン副大統領が戦後の日本憲法はアメリカが作ったと公言しても、まだ日本が作ったものと主張している。ここまでくると新興宗教と同じでしょう。ここ数十年色々な歴史的資料が発掘され、戦後直後は出版されなかった歴史本が数多く出版された。現在は私のように、歴史を学ばなくても、これらの本が沢山読める、そのため自ら「近現代史研究家」と自称している人が沢山いる。ところが日本歴史学協会の人々は、これらの本を読まず、読んでも徹底して無視し、近現代史研究家を「歴史修正主義者」と呼び軽蔑しているのだ。なぜ「東京裁判教」を信じている歴史の先生たちが多いのか。その原因の多くは、外務省にあるのです。外務省のほとんどが「東京裁判教」の信者たちだからです。

DD。外務省は「害務省」
「日中歴史共同研究」の日本側の報告書の作成に関わったのが外務省の外郭団体である日本国際問題研究所です。外務省のOBが必ず理事長になる日本国際問題研究所(JIIA)は、The Japan Institute of International Affairs と言い、世界シンクタンクランキングでは 世界15位でアジアではトップというのだから、驚きのいたりだ。なにしろこの組織は外務省特有の「東京裁判教」の信者の集団なのだ。中曽根内閣時の国会答弁で、外務省の小和田恆は「日本外交は、東京裁判を背負っているハンディキャップ外交」と発言し世間を騒がせた。こういう発言をしてくれるから欧米諸国は、彼を平成21年に国際司法裁判所所長に任命した。日本人の所長は初めてです。外務省には国賊が目白押しにいるのだ。この小和田が日本国際問題研究所の理事長をやっていたのだ。
平成13年、「つくる会」は扶桑社から出版する「新しい歴史教科書」と「新しい公民教科書」で文科省の検定合格を取得した。その時、元外務官僚で元インド大使の野田英二郎は、当時日中友好会館副会長であり文科省教科用図書調査審議会委員であった。野田は「つくる会」の「新しい歴史教科書」は一発で不合格にすべきと各委員に迫ったことが産経新聞にスクープされ解任された。この事件により教科書検定審議会から外務省関係者が排除された。
このように外務省は、ほとんど売国奴、国賊、東京裁判教の信者の集まりなのだ。
東大法学部教授、北岡伸一は、日中歴史共同研究の日本側座長を務めた男です。笠原はこの本の中で北岡伸一が書いた『外交フォーラム』(261号、2010年4月)を引用しているが笠原の本の235頁にこう書いています。
「便衣隊についても、本来は兵士は軍服を着たまま降服すべきであるが、軍服を脱いで民衆に紛れようとしたから殺してもよいというのは、とんでもない論理の飛躍である。」
北岡はアホか、彼はハーグ陸戦法規を読んでいないのだ。まさか笠原も読んでいないのではないでしょうね。この北岡がJICA(ジャイカ)独立行政法人 国際協力機構の理事長なのだ。資本金7兆8771億円、2015年の予算執行額は1478億円、大組織の理事長です。たかが東大法学部教授の北岡のどこに理事長になる資格があるというのだ。彼は正真正銘の国賊です。こうした状況だから、日本歴史学協会の人たちは、かたくなに「東京裁判教」を信じるのです。そして定年前後になれば、先輩たちのはからいで大学や外務省関係の外郭団体にもぐりこんでいい思いをするという人生設計ができあがっているのです。
これに対して外務省にたいする私たち在野の保守陣営は、外務省に苦情をつけるどころか、ほとんど何もしません。デモさえめったにおしかけません。それどころか元外務官僚の講演をよく聞きに行き、出版物をよく読みます。私は外務省の一般職を退官した元役人に対して「つきあうな」などとは絶対に言いません。しかしエリートの外務官僚には、私たち在野の保守の人たちは、あまりにも甘すぎませんか。元外務官僚とは絶対「つきあうな」と言いたい。いくら保守的な考えだろうが関係ありません。彼らは現職のときには、外務省改革には爪の垢ほども役だっていないのです。外務官僚は退職したら、世間では保守陣営から全く相手にされないという恐怖感をあたえねば外務省の改革はありえません。私は元外務官僚の講演など一切聞きに行きません。私ひとりでは微力なので、みなさんもまねていただけたらと思っています。チャンネル桜の水島社長には、元外務官僚などテレビに登場させるなといいたい。 

EE。「南京虐殺事件」
「報告書」の個々の歴史問題については、ここでは反論しません。しかし「南京虐殺事件」では、両国とも詳細に書き、日本はシナの主張をそのまま認め、但し虐殺数だけははっきりしないというだけのバカげた反論しかしていません。私はここで「南京虐殺」は絶対なかった証拠を提供します。平成20年5月、シナの胡錦濤国家主席が訪日したおり、南京事件の真実を検証する会委員一同が胡錦濤国家主席に公開質問状を提供しています。

一。故毛沢東主席は生涯にただの一度も、「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後の延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。
30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?

二。南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300 回の記者会見を行い、参加した外国人記者、外国公館職員は平均35名と記録されています。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として、「南京で市民の虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになりますか。もし本当に大虐殺が行われたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?

三。南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939年に上海の英国系出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後ずっと20万人、占領一か月には25万人と記録されています。この記録からすると30万人虐殺など、到底あり得ないとしか考えられませんが、閣下はいかがお考えでしょうか?

四。さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?

五。南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研究(『南京事件の「証拠写真」を検
証』(東中野他・草思社)など)によって、ただの一点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことがあきらかになっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえでの検証させていただきたいと思います。
以上述べました五つの点は南京で大虐殺があったなどということを根本的に否定しているものとわれわれは考えざるを得ません。
上記五つの点につきまして、閣下のご見解を承ることができれば幸いです。この問題は多くの日中国民の関心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子々孫々までの日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。
平成20年5月5日 南京事件の真実を検証する会委員会一同。
(参照:「大東亜戦争は、アメリカが悪い」鈴木敏明著、勉誠社597頁―610頁)
上記の文章は和文ですがシナ語と英文の文章を送っていますが、いまだに返答はありません。

このブログのタイトルにあるこの本の著者は、学者の笠原十九司だが、ウイキペディアによると彼は「南京虐殺事件」に関する本を彼自身の著書と共著で10冊も書いているのだ。
笠原にはぜひこの公開質問状に答えてもらいたい。彼の住所がわかれば、このブログのコピーを郵送したいくらいです。
       


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痛恨の極み!「嵌められた田母神俊雄元空爆長」



        このブログの転載、拡散をよろしくお願いいたします。
田母神俊雄氏と水島聡氏と大喧嘩だ。水島氏は私のことをほとんど知らないでしょうが、私とは関係が深い。私が自分勝手に私の師と呼ばせてもらっている西尾幹二氏と水島氏とは懇意の間柄だ。西尾先生はなんどもチャンネル桜に出演して水島氏と対談しています。その映像を西尾先生のブログでいままでに何回も見ています。また水島氏は西尾先生が主催する「坦々塾」でも講演しています。講演後の懇親会ではたまたま私は水島氏の隣席になり世間話をしました。水島氏と田母神氏が二人で度々デモを主宰し、私はそのデモに参加し、印象深い想い出があります。それはフジテレビデモの時です。フジテレビの本社ビルに掲げている日章旗が実にぼろくさい、見るからにみすぼらしいものだった。二人は本社前のデモ参加者の前で演説し、フジテレビの日章旗が実にきたならしく、一部ぼろきれのように切れている。本日真新し日章旗をもってきたから差し上げるから取りに来て、いま掛かっている汚い日章旗と取り換えてくれと演説した。フジテレビは取にこようとしないので水島、田母神両氏がフジテレビに乗り込んだ。取り換えを拒否されたとデモ参加者に伝えたところ、汚い日章旗が掲げられているそばにいた一部のデモ参加者がその汚い日章旗を引きずりおろし、真新しい日章旗を掲げてしまった。それを見たデモ隊全員が大歓声をあげての大拍手が出た。こういう光景に出あったデモは初めてなので今でも印象にのこっている。このように私は水島氏とは過去なにかと縁がある。

ところが田母神氏となるとほとんど縁がない。大分昔になると田母神氏が私の大作「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を読んでくれたことがある。その本の印象を田母神氏の元部下に語ってくれたのでしょう。その部下のかたが大作を読み、その読後感を私に送ってくれたことがあるのです。もしいますぐ私と田母神氏と会って、私は「大東亜戦争は。アメリカが悪い」の作者ですと言えば、田母神氏は思いだしてくれるでしょう。それくらい田母神氏と私とでは縁が薄いのです。その田母神氏が水島氏に告発され、東京地検に逮捕されたというのです。あれほど二人仲良く行動していたのに一体どうしたのでしょう。おそらく保守の方々全員そう思っているのではないでしょうか。田母神氏も水島氏も「つくる会」の支援者です。「つくる会」の会員の中には、不当にも東京地検に長期拘留されている田母神氏を支援するために「田母神俊雄を支援する会」を立ち上げたから参加してくれというメイルが入ってきました。私としては、いままでの水島氏との関係から、また水島氏は西尾先生初め有名な保守知識人たちにもよく知られた人です。何もせずただ黙って見ていれば、自然と水島氏支援のかたちになり、多分私にとっては良いことなのでしょう。しかし私自身、田母神氏がなぜ逮捕されたのかよくわからないのです。そこで私自身で調べあげ、その結果を自分のブログに発表しようと決めたのです。

話しの都合上大分前にさかのぼります。私の記憶が正ければ平成19年のある日、ある保守の団体から私宛にメイルが入りました。石川県の中小企業経営者、諸橋茂一氏が以前から村山富市元首相を裁判で訴えていたが、今度は河野洋平を裁判に訴えた。こんど東京地裁で裁判が開かれるから、諸橋氏応援のため裁判を傍聴してくれとの依頼だった。私は悪名高い、「村山談話」と「従軍慰安婦事件」の大元、村山や河野を裁判に訴えるとはたいしたものだ、称賛に値する男だと思い。喜んで裁判傍聴に参加した。この時私は初めて諸橋茂一氏にお会いした。同時に現在は高齢で鎌倉に隠居されている伊藤玲子先生に初めてお会いした。当時先生は日教組から天敵のように嫌われていると紹介された。最終的には諸橋氏は、裁判の目的は達することはできなかったが、私は確か合計三度裁判を傍聴したと思います。私と諸橋氏とのつきあいはこの時から始まっています。今では諸橋氏は「つくる会」の理事であり私は「つくる会」の会員です。現在では私は自分のブログを更新するときは、必ず諸橋氏に送っています。また諸橋氏は、毎月自社の社内報を私に送ってくれます。毎年「つくる会」の総会のとき、二人は出席しお互い挨拶をかわしています。

田母神氏は、石川県にある小松基地の司令官でもあったので諸橋氏との付き合い18年になるということです。その田母神氏が水島社長などに誘われて平成26年2月に都知事選に立候補しました。選対本部長に水島氏がなりました。そのとき諸橋氏は、社業は社長の息子に任せ、自分は東京のホテルに泊まり込み田母神氏を一身に支えました。その時私は、選挙の陣中見舞に田母神氏の選挙事務所に伺うことができなかった。私がごく軽い症状とはいえ脳梗塞になり入院し10日間点滴を受けていたからです。この選挙立候補時に諸橋氏が田母神氏のそばにいてくれたことが、田母神氏にとって不幸中の幸いでした。諸橋氏が最近本を出版しました。本のタイトルは、「日本が世界の植民地を解放した」です。高木書房から平成26年6月26日に1600円で発売されています。本のタイトルは都知事選と何も関係ないが、最後の方に「追記その1からその5」まで書いてあります。その1が「田母神俊雄元空幕長 不当逮捕の真実」です。実に詳細に且つ簡略に書かれています。しかしこの本はあまり読まれていないでしょう。保守の人たちは、田母神/水島事件をどう対処するかといえば、チャンネル桜を見るかネット情報を見ることでしょう。水島氏はチャンネル桜という自前のテレビ局を持っていますから、自らチャンネル桜で自分の主張、自分の弁護もできます。それがそのままユーチューブに流れますから、情報戦では圧倒的に水島氏が有利です。さらに第三者による水島援護があります。例えば、若手気鋭の経済評論家、三橋貴明氏です。今年4月15日の三橋氏のブログは、水島氏支持一辺倒です。三橋氏も「つくる会」を支援してくれていますから、あまり悪口いえないのですが、田母神氏をぼろくそです。チャンネル桜を応援した方が営業上得するからです。三橋氏も諸橋氏の本を読めば多少とも意見を変えるかもしれません。

事件が起きたのは、水島氏(都知事選当時の最高責任者、同選対本部長)が田母神氏を告発し(平成27年12月25日)、その結果平成28年4月14日、彼が東京地検に逮捕されたことです。其の逮捕理由は、平成26年度東京都知事選終了後、田母神俊雄氏が事務局長をしていた島本順光(のぶてる)氏と共謀して、「共同正犯」として、選挙時の複数の運動員の人たちに、お礼としてお金を配った容疑です。問題の八端は大概お金ですが、今回もお金です。田母神氏は都知事選用に献金を求めましたが、集まった金額1億2千万円ほど、選挙に使ったお金が6千万円ほど、結局残金として6千万円ほど残りました。この6千万円の使い道が問題になったわけです。ここからは、この問題に詳細について書いていくわけですが、色々な問題を書いていくと理解しにくくなる文章になるので、これからは箇条書きにしていきます。

一。島本順光(のぶてる)氏への疑問
都知事選の会計責任者。元航空自衛官、二等空佐で退官、自衛隊出身の岡村秀昭参議院議員の政策秘書を長くやり、その後一貫して政治家の秘書ですが、すべて小沢一郎系の議員です。彼は「元航空自衛官が20年国会議員秘書をやってみた。」(ワニブックplus新書)という本を出版しています。従って選挙のベテランのはずです。今回の選挙応援してくれるボランティアの人たちに選挙資金の剰余金を配るということが選挙違反になることがわかっていたはずです。わからなかったふりをしていたのでしょうか。選挙とは全く関係ありませんが、彼は韓国語がべらべらです。よくカラオケで韓国の歌を韓国語で歌っていたそうです。

二。水島氏への疑問
1.水島氏は、田母神氏を告発したとき、水島氏を含めて28人いたと言っています。全員の名前は、知りませんが、一人だけ知っている人がいます。軍事評論家の鍛冶俊樹氏で、彼は都知事選では広報部長をやっていた人です。告発者28人は選挙資金不正使用問題で不満を感じていた人もいるでしょう。しかし全員島本氏からお金をもらっていません。ということは、全員金銭的被害は何も受けてないのです。すなわち実害はなにもないのです。それなのにいきなり東京地検に告発というのは過激的ではないでしょう。二人の間で穏やかな和解方法があってもいいのではないでしょうか。

2.平成28年3月23日、田母神氏が釈明記者会見をした。この時水島氏が選挙で残った残金(6千万円)は「頑張れ日本行動委員会」の口座に移してくれと言ったと田母神氏が発言したが、水島氏はチャンネル桜の「頑張れ日本・・・」の口座の中にではなく、『・・・都民の会』の口座を作ったらどうかと言っただけです。」と釈明した。これに対し諸橋氏はこう書いています。
「君は、これまで、田母神俊雄氏の名声と信用を散々利用した挙句、田母神氏が君の言いなりにならなくなった事を「逆恨み」して、正に、「異常なくらい」に田母神氏に対する誹謗中傷を続けてきました。これまで、さも「憂国の士」気取りをしてきた君は、延べ13時間30分(平成28年3月23日現在)にも亘って、真の「憂国の士」である田母神俊雄氏を誹謗中傷してきた事を恥かしいと思わないのですか?」(「日本が世界の植民地を解放した」304頁)

3.「「南京の真実」三部作をつくると、水島氏が言って三億数千万円を集めた。そして、5,6千万円かけて第一部作だけを作った。残りの3億円はどうしたのですか?」と私(諸橋)が発言した事に対して)
「(南京の真実)第一部作を作るのに、5-6千万であの映画が作れるか!2億3千万かかった。こういうデマを平気で飛ばす。諸橋はありもしないことを言った。諸橋は、私(水島)を誹謗中傷したとんでもない人物」(本文307頁)。
私(筆者)には、映画「南京の真実」に思い出がある。この映画が私の住む横浜市青葉区の区民ホールで上映された。その日水島氏が会場に来られるというので、私の大作「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を水島氏に人をとうしてさしあげていたので、今度は彼に直接差し上げようと思い「逆境に生きた日本人」を差し上げた。私もこの映画を見て以後、南京に関する情報、例えば、献金はどのくらいあり、どのくらい使ったとか、第二部、第三部は何時ごろ制作されるのか、或は中止になったのか、中止になったその理由は何かなど、何も知らされなかった。水島氏は田母神氏の選挙資金剰余金の使い方に文句があるなら、自分の映画製作に献金をどのように使ったのか明細を私たちに示すべきではないでしょうか。

三。東京地検への疑問
「えんだんじのブログ」の常連読者なら、今年私は田中角栄の小説を書くと書いたのを覚えている方がいるでしょう。男は一人前になれば自分の家庭を持つ、ところが田中角栄は、三つの家庭を持っていのだ。そこで角栄の私生活を中心に小説を書いてみょうと思ったのだ。そこで角栄関係の本を読み漁っています。その中で一番仰天したのはロッキード事件の真相を扱った本です。今から40年前の事件です。裁判は公正に行われるなどとはとんでもないまやかしです。ロッキード事件当時の三木総理、稲葉法相、最高裁、検察庁、マスコミすべてアメリカの思惑通りに進んでいき、田中角栄は冤罪になった。最近では「郵便不正事件」で村木厚子氏の冤罪事件があります。彼女は「私は負けない『郵政不正事件』はこうして作られた」(中央公論新社)と言う本を書いています。私は田母神氏にこの本を読むことをお進めします。村木厚子氏がいかにして冤罪に嵌められ、454日間も検事たちと戦い抜いた実体験を書いています。私は、田母神逮捕の背景には何か得体の知れない、しかも非常に政治臭いところあると睨んでいます。
1.諸橋氏は、田母神氏逮捕後、水島氏に対する告訴状を何回も東京地検に出しています。こんなことはチャンネル桜ではふられません。諸橋氏が自分の本に書いているからわかるのです。
一回目の告訴状:
諸橋氏は水島氏に回答期限は28年4月8日として配達証明付き郵便・「通告書」を送った。水島氏から何も解答がありません。そこで諸橋氏は4月21日に東京地検に出向き、水島氏に対する告訴状を担当のH検事に提出した。しかしH検事はその告訴状を諸橋しに返却した。
二回目の告訴状:
諸橋氏は、自社の顧問弁護士と相談の上「水島氏に対する告訴状」の内容を修正して4月29日東京地検に「上申書」と一緒に書留速達で送付した。(自社の顧問弁護士の話では、東京地検は、告訴された事件は基本的に、受理しなくてはならないことになっているとのことです。)ところがその4月29日付けの「水島氏にたいする告訴状」と「上申書」も内容不十分として返却されてきた。
三回目の告訴状:
その後の5月14日付けで提出した「告訴状」と「上申書」も内容不十分として返却されてきた。
四回目の告訴状:
諸橋氏は、再再度、自社の顧問弁護士と相談の上平成28年5月18日付けで改めて、東京地検に「水島に対する告訴状」と「上申書」その3、並びにその4を提出した。その内容は次の通りです。(略、本文312頁)
その内容は実にくわしい報告書になっていて、東京地検そのものに歯に衣を着せず、徹底して論理的に厳しい批判をあびせています。この「告訴状」や「上申書」が東京地検によって受理されたのかどうか今のところ私にはわかりません。しかし水島氏は逮捕されていませんので受理されていないのでしょう。ネットによれば9月9日現在、田母神氏は、釈放されず拘留されたままです。

2.田母神氏の話によれば、田母神氏が、東京地検から取り調べを受けた初日に、取り調べを受けた検事から、「田母神さんクラスの人物を取り調べる時には、東京地検の独断ではできません。上の方の了承を得てやっています。」と言う趣旨の事を言われたそうです。私は東京地検に聞きたい。田中角栄の「ロッキード事件」は「国策操作」だが村木厚子の「郵政不正事件」は「検事の計画操作」です。田母神事件はどっちなのですか。

3.「共同正犯」は成り立たない
田母神氏が逮捕された理由は、都知事選時事務局長をしていた島本順光と共謀して、「共同正犯」として複数の運動員の人たちにお礼としてお金を配った容疑です。いわゆる公職選挙法違反です。諸橋氏(つくる会、理事)も岡野俊昭氏(つくる会、副会長)は、島本氏よりお金を受け取ってくれと電話があった。二人とも受け取りを断りました。お金のために選挙運動をやったわけではないからです。二人も田母神氏に島本からお金を受け取ってくれと電話があったことを話した。田母神氏は、ただ「あぁ、そうですか。」と言っただけです。田母神氏は、島本が二人にお金を受け取ってくれと話したことも知らなかった、また田母神氏は、二人に「そう言わずにお金受け取ってくれとも」話さなかったのです。これで「共同正犯」に成り立ちますか。都知事選が終わって2年以上経過してから「公職選挙法違反」で立件した事例が過去にあるのでしょうか?

四。「田母神新党」(ワニブックスPLUS新書)
田母神氏が書いたこの本は、都知事選とは全く関係ありません。この本が出版されたのは、都知事選後7カ月経った平成26年9月です。私はこの本を読んでみた。どういう政見構想の基に新党を樹立するのか気になったからです。新党名は日本真正保守党。「綱領」のバックボーンは、アメリカからの完全独立、しかしアメリカとシナとも仲良くやる。憲法改正より自主憲法制定、自衛隊を強化し国防軍創設、核武装配備、武器輸出・非核三原則の見直し、外国人に参政権を与えない、移民を最小限に抑える等々。私は全面的に賛成。しかし最初の項目、アメリカからの完全独立、自主憲法制定、国防軍創設、核武装配備などは現在の自民党政府の議員でも公然と主張する政治家が極端にすくない。アメリカ政府に激しく嫌われることを知っているからです。この本では水島氏をほめているので、この時点では二人はまだ喧嘩していなかった。しかしこの本が出版された同じ年の8月28日に水島氏はこの本をぼろくそにけなした。しかもけなしても政策をけなしたのではなく、「なぜ今頃こんな本を出版するのか、一人で出版せず相談すべき人もいたでしょう。チャンネル桜も水島もこの本とは一切に関係がない。」と宣言したのです。私は、ユーチューブでその光景を見たのです。その瞬間私は、次のようなことを想像した。

「あぁ、水島氏は、保守の間でよく言われる『アメリカのポチ』なんだな。いわゆる対米追随主義者。戦後70年間自民党政権は、アメリカ追随主義者だった。唯いつの例外が田中角栄だが、そのためキッシンジャーに殺されたのも同然だった。諸橋氏に「南京の真実のパート2,3、はどうなったと問い詰められると」、水島氏は感情的な反論しかできず、論理的に答えることはできなかった。もう水島氏は、二度と「南京の真実」を作らないでしょう。アメリカ側からもう作るなと命令されているのだ。東京裁判史観をあくまでも主張続けようとするアメリカは、「南京の真実」パート2,3が大ヒットするようなことがあると困るのだ。」
田母神氏のような政治思想と持った政治家が国民の大人気をうけて国会議員になることは、アメリカにとって大脅威なのだ。国会議員にならないうちにその芽を摘んでしまえと日米合作の逮捕事件とにらんでいます。皆さん、私の想像は大変馬鹿げているでしょうか?
結局田母神氏は、「日本真正保守党」を設立できず、衆議院選には次世代の党から立候補、落選した。

私は「田母神俊雄氏を支援する会」に入会します、皆さんも会に入会して支援してください。お願いいたします。宛先は、田母神俊雄氏を支援する会、会長 渡辺眞(つくる会 前理事)
携帯:090-1113-2061
アドレス: nabeshin4216@gmail.com

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