Archive for 10月, 2016

日米の歴史と文化を考える(3)



和の文化
西暦604年、日本最初の憲法、憲法17条が制定されました。その第一条の冒頭の文句はあまりにも有名です。その冒頭にはこう記されている。「和をもって貴しとなし」となっています。このあとにも文章は続くのですが、この冒頭の文句は、日本の「和」の文化を象徴するものとして非常に有名なので、あとの文章は知らなくても、この文句だけは覚えている人が圧倒的に多いいのではないでしょうか。それでは第一条全体の文章は、どう書かれているのか、現代文に訳されているものを見てみましょう。
第一条
「お互いの心がやわらいで協力することが尊いのであって、むやみに反抗することのないようにせよ。それが基本的態度でなければならない。ところが人にはそれぞれ党派心があって、大局を見通しているものは少ない。だから、主君や父に従わず、あるいは近隣の人々と争いを起こすようになる。しかしながら、人々が上も下も和らぎ、睦まじく話し合いができるなら、事柄はおのずから道理にかない、なにごとも成し遂げられないことはない。」

第十七条は、上記の第一条とも関連しているので全文を見て見ましょう。
「重大な事柄は一人で決定してはならない。必ず多くの人々とともに論議すべきである。小さな事柄はたいしたことはないから、必ずしも多くの人々と相談する必要はない。ただ、重要な事柄を議論するに当たっては、あるいはもしくは過失がありやしないかという疑いがある。だから多くの人々とともに論じ、是非をわきまえていくならば、その言葉が道理にかなうようになるのである。」
現在の日本社会でも7世紀初めに制定された憲法17条の1条と17条の理念、すなわち話し合い至上主義がまだ生きていることがわかります。話し合い至上主義は、民主主義のことだから、この時代に日本は民主主義だったのだと早合点してはいけません。故山本七平氏は面白い例を紹介しています。
宿題を忘れた生徒は教壇の前で裸にならなければいけないというルールを全員一致でつくって、第一回の適用で女の子が裸にされた。これはいいことなのでしょうか、悪いことなのでしょうか。
悪いことに決まっているのですが、どこが悪いのでしょうか、ということで先生がたが話しあったのですが、先生がたはどこが悪いのかということがはっきり言うことができなかった。
話し合い至上主義は、話し合いで決めたことは、すべて正しいことになってしまうから、先生方はどこが悪いのか判らなくなってしまうのです。民主主義は、キリスト教をバックボーンにしてできあがっています。キリスト教によると人間は神様によって作られたことになっています。神様によって作られた人間なんだから基本的な人権はあるはずだと考えます。だからいくら全員一致で決めたことでも、基本的人権は侵してはならないというルールができてくるわけです。話し合い至上主義は、決して民主主義ではないということをわかっていただけるのではないでしょうか。
現在では外国でも、日本は「和」を大事にする国であるという認識は広まっていますが、その「和」を大事にすることが今からほぼ1400年前の日本最初の憲法、その第一条に記載されていることまで知っているのは極端に少ないでしょう。日本人は「和」の大切さを憲法の条文だけで終わらすことなく、数百年かけて日本人は、一人一人が「和」の大切さを無意識に感じ、また「和」を保つための行動が無意識のうちにとれるという世界でも貴重な、何回でも書きます、世界でも非常に貴重な「和」の文化を完成させたのです。
それでは日本人が和を保つために無意識のうちにとれるようになった行動とは、どんな行動をいうのでしょうか。自己主張を強くしないこと、対立を避けること、気配りをすること、すぐ謝ることなど色々考えられますが、そういうものをひっくるめて一言で言い表すならそれは、「自己犠牲」をはらうという行動だと思います。日本人は、集団の「和」を保つために一人ひとりが無意識のうちに「自己犠牲」を払っているのです。
自己犠牲と言っても武士の切腹のような大きな「自己犠牲」ではなく小さな「自己犠牲」です。日本人は集団の和を保つために一生のうちいくつもの小さな「自己犠牲」を無意識のうちに払っているのです。この無意識のうちにと言うのが文化の良さでもあり恐ろしさでもあるのです。
それではその小さな「自己犠牲」とは、無数にあると思うのですが、具体的に説明するために二つの例を挙げてみました。
一つの例は、日本人はすぐ謝ることです。自分が犯した罪に対して謝るのは当然としても、日常生活用語のようにすぐ「すいません」という言葉が出てきます。これは無意識のうちに相手に対して敵対関係にありませんよと、すこしでも相手の気持ちを楽にしてあげようとするためにはらう小さな「自己犠牲」と言えるのではないでしょうか。
二つ目の例は私の友人の話です。彼の家の隣に80歳を過ぎたおばあさんが一人住んでいます。彼女は猫が好きですが、自分の家では飼っていません。おばあさんのご主人が数年前に亡くなってしばらくしてから、彼女は自分の家に近づく野良猫にえさをやり始めたのです。それからは彼女の家のまわりに3,4匹の野良猫がたむろするようになったのです。そのため友人の家の庭は、猫の糞の被害を時々受けるようになったのです。
友人は、おばあさんに文句を言って、野良猫にエサをあげるのをやめさせたいのですが、彼女は一人住まいになって寂しい思いをしているのだろうと同情を感じるし、また彼女のご主人が生存していたころから隣組同士の関係が良好なので、あえて文句を言ってお互い気まずい関係になるのもいやだしということで我慢しながら猫の糞をかたずけています。この程度の糞ならがまんできると友人は自分で決めているのです。この友人の行為は、対人関係のきまずさを避けるための自己犠牲と言っていいのではないでしょうか。ところが友人は自己犠牲などとおおげさに考えずほとんど無意識に行っているのです。このように日本人は、一人ひとりが色々な時に、色々な場所で対人関係では、気まずい思いをせず「和」を保てるように無意識に自己犠牲を払ってきたのではないでしょうか。
「和」を保つために無意識のうちに小さな「自己犠牲」を行うことが、日本社会独特の「居心地の良さ」を生んでいるのだと思います。国連や世界銀行などに勤める外国人は、定年退職すると多くの外国人はそのまま勤務地ないし勤務地が所在する国に住み続ける人が多いいと言われていますが、日本人の定年退職者の多くが日本に帰国するとも言われています。いくら外国に住み慣れてもやはり日本に帰りたくなるのは、和の文化によるこの「居心地の良さ」が原因だと思います。
日本が「自己犠牲」なら日本以外のほとんどの外国は「自己主張」です。この自己主張に対する日本人の考え方を語っている古い文献があります。それは、万葉集の歌集の中にあります。
「葦原(あしはら)の瑞穂(みずほ)の国は、神ながら 言挙げせぬ国 然れども 言挙げぞ我がする」
葦(あし)とはイネ科の植物で、瑞穂(みずほ)というのはみずみずしいイネの穂のことです。葦原の瑞穂の国と言うのは日本のことです。要するに稲作という言葉が同時に日本という国の意味になっているのです。数十年前、おコメの輸入自由化が日米間の貿易摩擦になりました。日本政府は、おコメの輸入自由化に必死に抵抗しました。その時ある政治家だか役人だかが「おコメは日本の文化だ」と言っていました。
たしかに万葉の時代から日本は「瑞穂の国」と言われていたことを考えれば、おコメは日本の文化と言えます。この歌の作者は、日本は神の国だから言挙げしない国だが自分はするぞと言っているのです。「言挙げ」とは、ことばに出していいたてること、すなわち自己主張のことです。
自分が自己主張するのをわざわざ歌に詠むくらいですから、万葉の時代から日本では自己主張が嫌われていた一つの証拠でしょう。
宗教の自己主張は、その宗教の教義、経典のことです。ところが日本の神道には、教義、経典などなにもありません。だから万葉集に、日本は神の国だから自己主張しない国などと詠まれた一つの理由でしょう。こじつけと言われればそれまでです。
キリスト教の教義、経典は、旧約聖書と新約聖書です。旧約聖書の創世記のところでゴッドはこう命令を下しています。
「子孫を増やし、大地を子孫で満たせ、そして大地を征服せよ。すべての魚、鳥そして大地に這うあらゆる動物を支配せよ」
どうですかゴッドのこの強烈な自己主張。現在はアメリカ・インディアン、アイヌ、アボリジニなど少数民族の権利、主張、文化などに光があてられています。かりに彼らの神だとか仏だとか彼らの信じる対象物が、キリスト教のゴッドのように強烈な自己主張を残していたら彼らは少数民族になりはてていただろうかと考えてしまいます。
万葉の時代から自己主張が嫌われていた日本では、どうしても自己主張したいときはどうしていたのでしょうか。その時は言いたいことを遠まわしにほのめかしたり、におわせたり、暗示したりしてきました。こういう自己主張の仕方を一千年以上経験してきた日本人は、相手の気持ちを「察する能力」がまるで五感の一部のようにたけて以心伝心となっていったのです。以心伝心は一夜の人間関係ではできません。ただ同一民族だから以心伝心ができると思ったら大間違いです。それなりの年数が必要だと思います。
アメリカ人は、非常に自己主張の強い民族です。そのためアメリカ人は、相手の気持ちを「察する能力」が日本人よりも劣るのです。自己主張の強さは我がままに通ずるものがあるからです。
サンフランシスコ州立大のディーン・バーランド教授は、アメリカに訪れていた作家の司馬遼太郎にこう語っています。
「相手の心を察する感覚は、日本人において強く、アメリカ人においては弱いのです。アメリカ人の場合、自己を表現するということを、母親や学校から徹底的に教えられます。まず第一に、自己を表現しなさい。第二は、自己が正しいと思っていることをやりなさい。そして自己表現はアーティキュレイト(明瞭)に、クリア(明晰)にやりなさい。また、相手に訴えるときはパーフェクト(完璧)にやりなさいということを教えつづけます。そのため、相手の心を察する感覚が弱くなっているのです。」
日本とはまるで逆ですね。日本人の親なら、自分の子供に「相手の気持ちを考えなさい」と小言を言うのは一度や二度でないでしょう。バーランド教授の話を聞いているとアメリカでは、子供に向かって「相手の気持ちを少しは考えろ」などと言うことは全くないみたいです。
相手の気持ちを「察する能力」にたける「和」の文化には大きな弱点があります。それは思い切った改革が必要なとき、なかなか改革ができないことです。改革は敵対関係が生まれ、不安が生じます。しかし敵対関係を避ける「和」の文化は、それが苦手です。
自己主張が強いと対立関係が生じやすいのでアメリカ人は、対立関係になれています。従って対立関係から生じる禍根はそれほど強くのこらないと思います。
日本人は対立関係に慣れていないから、ちょっとした対立でも禍根として強く残るものですから、改革が必要とわかっていても、なかなかできず、外圧に頼って改革するというなさけないはめになってしまいます。

戦後70年経た現在、日本社会では、自己主張は容認されたと言っていいでしょう。もっとも我がままを自己主張と勘違いされている部分も多いです。時と場合によっては、自己主張は歓迎されます。その反面相手の気持ちを「察する能力」が落ちてきてきたことは否定できません。そのため気の利かない、気配りのできない若者が増えていることも事実です。喜んでいいのか、悲しんでいいのか、私のような年寄りには複雑な気持ちです。
私が「喜んでいいのか」という意味は、外交交渉では「相手の気持ちを察する能力」とか「気配り」とか「気を利かす」などは、百害あって一利なしだと思うからです。
歴史の話をする時には、“もし”なになにだったらと、“もし”を使うのがは禁物と言われていますが、あえてつかって“もし”「和の文化」だけだったら、日本人は人の気持ちを“察する”能力にたけて人が良いだけで、対立することを苦手とする弱い民族になっていたのではないでしょうか。そのため日本は欧米の植民地になっていたと思います。それを救ったのは、日本の歴史において、シナや韓国や他のアジア諸国にみられない武士というものが登場し、そして武士としての人間形成と行動規範である武士道を生んだことだと思います。極限すれば武士道が日本の植民地化を救ったのです。

このブログをもって「えんだんじのブログ」の8年目が終わります。来月からは9年目に入ります。今後もご愛読のほどお願いいたします

コメント

アメリカ国民よ、トランプ氏に投票しないでください。



私がこのブログで言うアメリカ国民とは、一般のアメリカ国民であって1パーセントの富裕者を除いています。なぜ1パーセントの富裕者を私は一般のアメリカ国民の扱いをしないのか。彼らは冷戦終結後強敵ソ連が消えたため、際限ない荒稼ぎをしてアメリカの富の90パーセントを握ってしまったのだ。彼らは誰がアメリカ大統領になろうとアメリカ経済がどうなろうと彼らの生活にほとんど影響しないのだ。しかし一般のアメリカ人は、そうわいかない。何故トランプに投票しないでくれと私が頼むのか、経済と外交の面からら語りま
す。
経済
アメリカ経済の状況を判断するには、フード・スタンプ(低所得者向け食糧費補助対策)の供給状況の推移を見るのが一番よい。
「歴史の教訓・・・・は断言する。いつまでも救済に頼ることは基本的に国力を破壊する、精神と倫理の破壊につながる。そんな形で救済を与えようとすれば、それは人間精神を麻痺させ、少しずつ破壊してゆくこととなる。」 
皆さん、一体これは誰の言葉だと思いますか。大恐慌時代、福祉に関連して発言されたこの言葉は、1935年のルーズベルト大統領の一般教書演説のなかの一節です。それからおよそ30年後の1964年、ジョンソン大統領のときフード・スタンプ法が制定され。その時のフード・スタンプの対象人数はおよそ35万人だった。1950年、1960年代は私の青春時代。当時のアメリカは、軍事力も経済も世界最大、誰もが羨望するアメリカの全盛期だった。
1969年ニクソンが大統領に就任すると、毎年二億七千万ドルの予算で300万人のアメリカ人がフード・スタンプを受け取ることになった。1974年ニクソンが去った時、毎年40億ドルかけて一千六百万人の国民を食べさせていた。2010年には四千百八十万の人口がフード・スタンプの対象となっている。2011年には、アメリカ人の七人に一人の四千四百二十万人がフード・スタンプの対象となった。ワシントンDCでは人口の五分の一がフード・スタンプをもらっています。現在では四千六百五十万人のアメリカ人がフード・スタンプの対象になっています。(「超大国の自殺」パトリック・ブキャナン、河内隆弥訳、幻冬舎)。アメリカの全盛期を知っている私は、現在のアメリカは世界最大の軍事大国でありながら、およそ五千万人のフード・スタンプ受給者がいるほどアメリカ経済が落ち込んでいるとはつい最近まで知りませんでした。
2010年、Education Trust(ワシントンDCに設立された教育の機会均等を目的とする財団)によると、「若者は体力にとぼしく、その犯罪を多発させ、高校の卒業もままならない状況。17歳から24歳まで、アメリカの若者の75%は軍の入隊試験すら受ける資格がない。」
もうとっくのまにアメリカン・ドリームは消え失せてしまったのだ。2010年の国勢調査によると、アメリカの白人は、2041年を持って少数派に転じるだろうと言っているのだ。2041年と言えばあと25年です。25年もすれば白人はマイナリティーになってしまうのだ。だからクリントンの競争相手、民主党のサンダースは、自ら称して「私は民主社会主義者」と公言して人気を博したし、共和党支持者が多い白人たちは、トランプの現政府にたいする傍若無人な反対意見に熱狂的に支持しているのだ。あの泡沫候補のトランプが本命、クリントンを脅かしているのだ。日本語に「貧すれば、鈍する」という言葉があるが、今のアメリカ国民は「貧すれば、鈍する」の状態で、いらいらして、落ち着きがなくなって正常な判断ができなくなっているのではないかというような気がします。だってそうでしょう。あのトランプ、どうみても、まともな大統領候補ではない。ニューヨーク・タイムズでは、実現できない公約を掲げているとし、「現代米国史上、最悪な主要政党の候補」と断じて、クリントン支持の記事を書いています。ブッシュ元大統領の父親ブッシュは、同じ共和党のトランプに投票せず、クリントンに投票するとまで公言しています。
トランプは、4パーセントの成長率を目標にすると言っていますが、どういう風に達成するか、手段も方法も語っていません。それどころか上位1%の富裕層を助ける政策を「大衆のための政策」と偽っていると主張する人もいます。

私は、トランプは自分の仕事に宣伝になると思って立候補したのだと思う。最初から当選するつもりはないのだ。だから口からでまかせ言いたいことポンポンを言ってきた。それが選挙民に気にいられて人気がでたので最近になって選挙戦に本腰になっただけ。私はアメリカ国民にお願いしたい、どうか冷静になっていただきたい。彼を大統領にしたら、アメリカの経済レベルはさらに悪化し、世界の平和に災いをもたらします。クリントンを大統領にすれば、ベストの大統領ではないが、可もなく不可もなく4年後に新しい大統領に繋ぎ渡すことができます。この4年間の間に新しい魅力ある政治家を作り出してください。決してトランプに投票しないようお願いします。

外交
1.トランプのビジネス外交
平成28年9月27日発行のニューズウイーク誌は、「トランプ大統領の黒い利権」と言う記事を出しているが、その出だしの文章は以下の通りです。
「もしアメリカ大統領になったら、ドナルド・トランプは自分の名前を外国企業に貸して甘い汁を吸うビジネスから潔く手を引くだろうか。それとも自分の会社の商売上の利益と、アメリカの安全保障上の利益をてんびんに掛けて(どちら重いか神のみぞ知る)行動する前代未聞の大統領兼CEOになるだろうか。」
トランプは親父の不動産会社(トランプ・オーガニゼーション)を継いだアメリカ国内の不動産会社だった。ところがこのトランプ・オーガニゼーションのビジネススタイルが代わり始めたのは2007年頃だ。テレビ番組「アプレンティス」の成功で国内外の知名度が急上昇すると、トランプは自らホテルやオフィスタワーを建設するのではなく、国外の開発業者が建設した建物に「トランプ」の名を冠する権利を売るようになった。今では世界中の提携先からライセンス料を徴収しているというのだ。取引の「ある」あるいは「あった」外国は、一、二ヶ国ではない、韓国、インド、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、リビア、アゼルバイジャン、ロシア、ウクライナなど8ケ国あまりだ。しかも一国一社と限らず、複数社の場合もあります。ニューズウイーク誌は、34頁から39頁まで詳細に報告しています。NW誌は、最後に次ぎの文章でまとめています。
「世界中で事業を展開するトランプ・オーガニゼーションが引き起こす利益相反の詳細は、本誌を全部使っても書ききれない。アメリカの同盟国や敵国とこれほど多くの金銭的関係
がある大統領候補は今までいなかったし、単独の企業がアメリカにこれほどの脅威をもたらすこともなかった。トランプが大統領に勝利した場合、彼の会社がすぐに閉鎖されるか、トランプ家から完全に切り離されるのでない限り、アメリカの外交政策は売りにだされたに等しい。」
NW記者が心配するのもあたりまえだ。トランプは大統領になれば、さっそく自分の仕事のため彼の名前を売り込むことでしょう。
私は、トランプが外国でもこんなに人気があるとは全然知らなかった。アメリカ国内でもテレビの芸能番組の超人気者なのだ。泡沫候補だったトランプが勝ち進んだのは米メディアが照明を当てすぎたからだ。トランプをテレビ画面にだせばそれだけで視聴率がとれるからだ。それに気を良くしたトランプは、暴言、非常識発言連発です。私が外交発言で異常と思ったのは、彼はオバマ大統領をけなし、プーチン大統領を褒めあげたことです。日本で選挙中に野党議員が安倍総理をけなして習近平を褒めあげるだろうか。彼は人種差別主義者と言われているが、私もそうだと思います。アメリカの大統領がたまたま黒人だったからオバマをけなし、プーチンを褒めあげたのだ。彼は間違いなく人種差別主義者でしょう。

2.アメリカにとっても、日本との同盟関係は超大事。
トランプ発言「日本は在日米軍駐留経費を出せ、出さないならば、撤退だ。」アメリカは、国土の広い大国だ。そのためでしょう、アメリカ国民は、貿易関係や海外関係の仕事でもしていなかぎり外国の知識はとぼしい、まして有色人の国に関してはなおさらだ。日本国民は同盟国アメリカの重要性は十分認識しているが、アメリカ人にとって同盟国日本の重要性をあまり認識されていません。トランプなど日本の重要性などなにも認識していないのだ。私はここでアメリカ国民にとって日本がいかに超大事な同盟国であるかを説明したい。日本は世界一誠実な国民です。その誠実さのため外交交渉はいつもへたくそで国益をそこなっているのだ。韓国の従軍慰安婦事件、シナの南京虐殺事件も両国の嘘で翻弄されているのだ。少し古い話を持ち出します。ルーズベルト大統領時代の1921年にワシントン会議が開かれました。アメリカの会議の目的の一つは、日英の軍事同盟を破棄させることでした。無論日英両国とも反対でした。当時に英国の首相、ロイド・ジョウジは、「アメリカとの友好協力は英帝国の政策の中枢なすものだと」いいながら、日本が戦時中(第一次大戦の事)日英同盟を忠実に守ったことを称賛し、「このよく試練された友情は保存されることが希望される」といって日英同盟破棄に反対した。チャーチル植民地相も反対。オーストラリアのヒューズ首相は、日英同盟はアメリカに適用されないと明記して日英同盟の存続を希望したのです。第一次大戦中、日本が日英同盟を忠実に守ったという、大きな事件があった。当時英国海軍は、駆逐艦の数が足りなかった。そのためドイツ海軍と苦戦を強いられ日本の駆逐艦を地中海に派遣してくれと英国からの依頼があった。それに応えて日本は駆逐艦を派遣した。その時大活躍したのが日本の駆逐艦だった。しかし59名の日本水兵が命を落とした。その59名全員の墓地がマルタ共和国のカルカラ海軍墓地の中にあります
結局日英同盟はアメリカの要求通り破棄され、そのかわり日米英仏の四か国条約を結ばされた。その後大東亜戦争が始まった。最終的に広島、長崎の原爆投下で戦争は終わった。核兵器投下という人類史上初の惨禍で日本国民の数十万人が死んだ。原爆投下後70年間、日本政府はアメリカ政府に原爆投下を非難しとこともなければ、謝罪を要求したこともなければ、被災者への治療も、お金も要求したこともありません。一切沈黙を押し通しています。これは諸外国を例にとれば極めて珍しい例です。これもアメリカが同盟国だからということで沈黙を押し通しているのです。日本の誠実さの証明です。終戦後以来今日まで、在日米軍が日本にあちこちの基地に駐留しています。
トランプは、「日本は在日米軍駐留経費を出せ、出さないならば、撤退だ」と言っているくらいだから、彼はアメリカ政府が在日米軍駐留経費の全額を負担していると思っているのでしょう。
平成28年5月30日、毎日新聞は、米軍は日本、韓国、ドイツ、イタリアに駐留していますが、各国がどのくらい在米軍の駐留費用を負担しているかを発表しています。それによると日本は全費用の約75%、韓国約40%、ドイツ約30%、イタリア約40%。「日本は世界一気前のいい同盟国」と揶揄されているくらいです。カーター大統領時代の大統領補佐官、ブレジンスキーは日本をprotectorate(保護国)と呼んだりしたこともあった。日本が同盟国として誠実に勤めているにもかかわらず、在日米軍が日本から撤退したり、尖閣諸島で日本、シナが戦争しているのに、米軍が日本軍を助けようとしなかったりしたら、たちどころに日本はシナに占領されるでしょう。アメリカは、最良で最強の同盟国を失い、アメリカは、シナに指導される日本軍と戦うことになります。
アメリカは、それでもいいのですか、またそれを歓迎するのですか?日本兵はホワイトハウスにシナの国旗を打ち立てようとします。それでいいのですか?あと25年も経たないうちアメリカの白人の人口は半分以下になるのです。アメリカ国家のジリ貧が続くのです。そんな時期に誠実な有色人種国家、日本の同盟を失うのです。それでもいいのでしょうか。

私が不思議に思うのは、大統領選での候補者は、過去の納税記録を公開するのが慣例だが、大統領選一か月前の現在でも公開もしなければ、出すように共和党支持者からの圧力もない。最近のニューヨーク・タイムズはトランプが19995年の提出した納税申告書類の一部入手し、トランプが同年に事業で約9億1600万ドル(約929億円)の損失を計上していたことがわかった。同紙のよるとトランプはこの巨額損失計上により、以後最長18年間は毎年5000万ドルの所得があっても、所得税を支払わずに済んでいた可能性があると産経新聞28年10月3日朝刊で報じていた。最新のニューズウイーク誌(2016/10/11)では、トランプはアメリカが経済制裁処置を敷いていたキューバでビジネスをしていた疑いがあると詳細に報じています。選挙当日までトランプに何がおこるかわからない状況です。

アメリカ国民の皆さん、このいかさま男、トランプ氏を圧倒的大差で落差させてください。
日米同盟堅持のためにも絶対必要だと思っています。

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