Archive for 11月, 2016

私のトランプ嫌悪感



このまま大統領選挙戦が終わると、トランプ氏が勝ってしまうと思い、2016年10月7日、(えんだんじのブログ)に「アメリカ国民よ、トランプ氏に投票しないで下さい。」を発表しました。この私でさえこのままでは、トランプは勝つかもしれないと思っていたのに、外務省は、ヒラリー勝利を予想するより、勝利を信じ切っていたと言うくらいだからお粗末このうえない。私のブログの呼びかけなど犬の遠吠えよりもはるかに劣るため、選挙情勢にはなんら変わりはないと思っていたが、思わず反射的にブログで呼びかけてしまった。一体私は、何に反射したのかというとトランプの人種差別宣言です。私はトランプに怒りを感じたのです。私の経歴は、私が血気盛んな20代から白人系外資系会社5社を渡り歩いて40年、ずっと白人たちと仕事して定年を迎えた。私の20代は、私の子供時代から続くアメリカの全盛期でした。その頃1ドル360円の固定相場が何十年と続いていた。その血気盛んな20代の頃に私は自分の仕事で人種差別、人種偏見を感じとっていたのです。そのころの私は英語も不十分、売り込める仕事の技術は何もなし、人種差別、人種偏見の怒りにまかせて仕事を辞めることもできず、もし仕事辞めたらまた臨時工に逆戻りだ。もう臨時工としては二度と働かないと決めたのではないかと自分で自分を叱咤激励していたのだ。「今に見ていろ」とじっと我慢をして働かざるを得なかった。私は小学校一年から横須賀に住んでいたが、確か私が小学校一年か二年生ごろ、アメリカ水兵がジープに乗って子供たちに10円札をばら撒いていた。沢山のこども達が、その米水兵のジープのまわりで10円札を拾おうとして群がっていた。私はその少年たちの一人だった。後年あの時私は10円札を拾えなくて良かったと思った。もし拾えて母親に渡していたら、大変後悔しただろうと思った。こういう経験をしているから、選挙戦で堂々と人種差別をするトランプに嫌悪感を抱いていたのです。

人種差別、人種偏見に耐えながらじっと我慢して働いていた私が27,8歳のころ、ついに我慢しきれずボスと大ゲンカした。私はまわりのスタッフにはっきり聞こえるように大声を出してどなったのだ。ボスももともと地声が大きいからひときわ大声でどなりかえしてきた。回りの人たちはびっくりして仲裁にはいった。私は、「これで、俺は首だな」と悟った。もともと首は覚悟しての喧嘩だった。翌日朝出勤した時すぐに、東京支社長室によばれ、トランプが語った言葉を言われた。

アメリカNBCテレビのリアリティ番組に「アプレンティス」(apprentice, 弟子とか徒弟の意)という番組があった。ホスト役がトランプだった。実業家として成功を夢見る若者たちから応募者を募り、審査で選ばれた16人がトランプの会社で様々な課題に挑み、最後に残った一人をトランプが採用するという番組だった。そのテレビの画面上でよく放ったトランプの言葉が「お前は首だ」と言う言葉だった。この「アプレンティス」という番組大変視聴率が高く超人気番組になった。それだけにトランプが放つ「お前は首だ」という言葉も人気用語になってしまった。この「アプレンティス」の成功が白人たちへのトランプの著名度や親近感を高めさせたことは間違いない。大統領選選挙結果を放映するNHKの夜の7時のニュースでもトランプが吐いた有名な言葉として「お前は首だ」を確か二夜連続してトランプが同じセリフを吐いたテレビ場面を放映した。

私が首になった時、トランプが言った「お前は首だ」と同じような言葉、「お前は今日で首だ」と言われた。私は少し虚を突かれた。首になるのは判っていたが、せめてあとひと月で首とか、今月いっぱいで首とか多少首まで余裕があると勝手に思い込んでいたのだ。私は、「わかりました」と言って支社長室をひきさがった。午前中に大声でスタッフ全員に聞こえるように、「自分は今日で首と言われましたのでやめます。いろいろお世話になりました。」と挨拶して帰った。ちょっと時間たって帰りの電車の中で、物凄く自分に腹がたってきた。なぜ一言も気の聞いたせりふも言い返せずに支社長室を去ったのか。「お前は今日で首だ」と言われたとき、渙発を入れず「サンキュー、あすから、これで俺は幸せになれる」の言葉ぐらいなら自分でも自由に英語で言えるのに、と思ったら急に自分に腹立ってきた。こんどはいきなりに首なったらこのセリフを言ってやろうと決めていたが、二度と首にあうようなことはなかった。首になった直後の話も面白いので、興味があったら私の自伝的小説、「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」(文芸社)を読んでみてください。

それではなぜ人種差別を堂々と宣言するだけではなく女性蔑視発言を繰り返し、その他トランプに対する良くない情報が流されてもトランプは、なぜ大統領に選ばれたのか?
驚くなかれ、最新のニュース、産経新聞11月16日の吉崎達彦氏(双日総合研究所チーフエコノミスト)によると民主党支持者の投票棄権が多かったからなのです。投票の詳細を見てみると、クリントンの総得票数:6104万票、トランプの総得票数:6037万票、得票数ではトランプが若干少ないが選挙人ではトランプが勝って大統領になった。ところが前回の6012年の選挙では挑戦者のロムニー共和党候補は総得票数:6093万票、現職のオバマ大統領の総得票数:6591万票。この四者の総得票数を比較すると驚くべきことがわかる。トランプ:6037万票、ロムニー:6093万票。テレビ番組「アプレンティス」の超人気で名前を上げ、人種差別や女性蔑視などで刺激的発言をして大騒ぎさせながら遊説したトランプとロムニーでは得票数はほとんど変わらない、いや正確に言えばロムニーの方が少し多いいのだ。6012年のオバマ大統領の総得票数6591万票、今回のクリントンは6104万票、およそ約500万票の差があります。すなわち民主党支持者500万人が棄権したためクリントンは敗れたことになる。クリントンは飽きられ、どうしても大統領にしたいという熱気がかけていたと言わざるを得ません。

選挙戦の結果を見ると、アメリカが分断されているのがよくわかります。トランプが正式に大統領と決まっても、トランプは、「not my President」と大声を張り上げてのデモ行進が選挙結果後4日経った後でものあちこちの大都市で行われています。一方異民族にたいするアメリカ白人のいやがらせが目立ってきていると報じられています。私は大統領選後もアメリカが分断状態になっているのを見るのは初めての経験です。分断状態にしたのはトランプのせいです。
トランプが選挙戦で一番言ってはならないことは、私は人種差別だと思っています。特にイスラム教徒のアメリカ入国「完全禁止」です。聞くところによるとアメリカ憲法では、宗教によって入国を禁止することは憲法違反というではないですか。
ヒトラーは選挙で選ばれ独裁者になった。トランプは独裁者になる恐れがあるかもしれない。それに対しニューズウイーク誌(2016・11・15)では、「議会や財界、軍、司法、その他すべてが強制収容所を建てることに賛成しない限り、アメリカが21世紀の第三帝国になることはない。」と書いているが、果たしてそうだろうか。そのようにならないことを願うばかりです。
人種差別でいけないことは、その民族の誇りを傷つけることです。それだけに差別された方は根に持つ。こういうことは苦労人ならわかるはずだが、トランプは何も苦労していない、親父の不動産業を受け継ぎ、舌先三寸で世間を上手にわたって来ただけ。私が心配して恐れているのは、大統領職四年間に暗殺されずにすむだろうかということです。また外国に住む民間アメリカ人が、トランプ発言の影響で理由もなく殺されることがないだろうかと心配しています。私は親米主義者だからトランプが暗殺されて快哉を叫ぶことは絶対にないが、同情は一切いたしません。  

ところで私もトランプ新大統領が日本に及ぼす影響、例えばTPP、安全保障などブログに書きたいのですが、それよりここで名著を紹介します。「金の切れ目で日本から本当に米軍がいなくなる」(講談社アルファー新書)、対談本で語り手、飯柴智亮、1973生まれ、元アメリカ陸軍大尉、聞き手小峯隆生、筑波大学非常勤講師。大統領選挙中にトランプが「日本は在日米軍駐留経費を出せ。出さないならば、撤退だ。」と発言した。この発言から生まれた本です。本の出版が2016年9月20日で最新の本です。自由社ブックレットと同じような形式の本で800円です。読みやすいので読んでみてください。ほとんど私と同じ考え方です。

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安倍総理、プーチンにのめりこまないでください。



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もう来月にはプーチンが山口にやってくる。北方領土、四島の返還交渉の山場を迎えるでしょう。安倍総理は何が何でもプーチンと決着をはかりたいみたいだが、ここでもう一度じっくり考えておくべき問題点を拾ってみました。
一.プーチンの人格形成
ウイキペディア等によると、プーチンは貧困家庭で育ち、少年期に生き抜くためにはKGB(ソ連国家保安委員会、俗に言う秘密警察)に入ることに決めていた。14歳のときKGB支部を訪問した。幸運にも応対してくれた職員が彼に貴重な情報をくれた。
1.KGBは自ら志願した者は、絶対に採用しない。自らKGBにコンタクトしてはだめ。
2.大学の専攻は法学部が有利。
3.言動や思想的に問題を起こさないこと。
4.スポーツの実績は、対象者の選考に有利。
プーチンは、この忠告を忠実に守り、レニングラード大学の法学部に入り、柔道に打ち込んだ。大学4年の時、KGBからスカウトされた。KGB職員になるためには、ソヴィエト共産党員なる必要があり、共産党党員になった。今でも彼はソヴィエト共産党員の証明書を大事に持っていると言う。諜報活動を行うためKGB赤旗大学で学び1985年東ドイツのドレスデンに派遣された。1990年KGBを辞め政界に進出。1991年共産党ソ連が崩壊。KGBもなくなり、その後継者FSB(ロシア連邦保安委員会)が誕生。1998年プーチンは、エリツィン大統領の後押しでこのFSBの会長になった。2000年にはロシア連邦二人目の大統領になるのですが、私が強調したいのは、プーチンの人格形成がKGB/FSB、いわゆる秘密警察で出来上がっているということです。一方安倍総理も、安倍総理を補佐する岸田外務大臣も二世議員、普通の議員以上に容易に首相、外相になれたのだ。これで安倍総理は冷徹プーチンと対等に渡り合えるでしょうか。心配性の私は、それが心配でしょうがない。大統領になってからのプーチンは、我々お人よし日本人の背筋の凍るような事をしでかしているのだ。

二。プーチン政権時の国内政敵落としのいくつかを紹介。
1.2000年に大統領になるや、彼が真っ先の着手したのがテレビの国有化。三大テレビがありましたが、一社は国有テレビですが二社は民間テレビ。その二人の社長、グシンスキーとベレゾフスキーは、あらゆるスキャンダルや疑いを仕掛けられ、グシンスキーは海外追放の憂き目に合い、ベレゾフスキーはロンドンに亡命、2013年には自ら命をたった。
2.ポリトコフスカヤ
ロシア内外で有名な女性新聞記者。彼女は徹底してプーチン、FBS、チェチェン戦争に反対していた。2006年10月彼女は、自宅のアパートのエレベイターの中で射殺されていたところを発見された。殺害の実行犯、元警察官は逮捕されたが、殺害を指示した男の名前はわかっているが、まだ逮捕されていません。
3.リトビネンコ
KGBの職員だったが、ソ連崩壊後FSBの職員になった。彼に四人のFSB職員暗殺の命令がくだされたが、拒否し暗殺内容を公表した。1999年拘置所に収監された。2000年にイギリスに亡命。2006年10月イギリスの市民権を得る。翌月の11月1日、リトビネンコはロンドンのピカデリーサーカス付近で人と会食後体調悪化。放射性物質中毒と分かる。11月23日中毒死、毒殺されたとわかった。
4.ネムツォフ
エリツィン政権時第一副首相。プーチン政権時、ロシア野党指導者、反プーチン派の政治家の中で最もプーチンに批判的でカリスマ性のある人物。2015年2月27日、愛人のウクライナのモデルとモスクワ市内のレストランで食事し帰宅途中ピストルで射殺される。ついでに一緒にいたモデルも射殺された。彼の追悼デモに7万人以上が参加したと言われています。現在のところ殺人者も捕まらず、殺人者名も未定です。

以上がプーチン政権時、明らかに反プーチンの意思を示した人たちの末路です。彼らは皆ロシア人で外国人となればもっと犠牲者は多い。多分プーチンは、殺人の実行者ではないのでしょう。しかし彼の意向を感じ取って実行に移す人間が多い事も事実のようです。これが独裁主義者の政治的行為なのでしょう。例えば上記3のリトビネンコの例を見てみましょう。彼はロンドンで毒殺されたのですが、彼と食事を一緒にした一人が元KGB職員のアンドレイ・ルゴボイです。英国政府はルゴボイをリトビネンコ毒殺の有力な容疑者とみなし、身柄引き渡しを求めた。ところがプーチン政権はその要請を拒否、それどころかルゴボイを下院議員に当選させ、不逮捕特権を与えたうえに勲章すら授けたのだ。これは世間的には、「俺の願望を確実に実行してくれたら、必ず報いてやるぞ」という意思表示になるでしょう。これが殺人の命令でなければ、誰もがこぞって期待に応えようとするのだ。その悪例の典型的な例がロシアのドーピング問題です。

三。ロシアのドーピング問題
2015年11月9日、WADA(世界反ドーピング機関)は、ロシアは、国ぐるみでドーピングを行っていると発表して、世界に衝撃を与えた。プーチンはアメリカ主体のグローバリズムに反対と言われているけど、彼の本当の狙いは全盛期の共産主義国家ソ連の再現です。その行為の一環がたまたま反グローバリズムに同意するだけです。五輪では、ロシアが獲得するメダル数を増やし、ロシアの国威発揚につなげたいとするプーチンの意をくんで、スポーツ省やFSBはその走狗と化した。ロシア選手のドーピングが単にスポーツ省ばかりでなく、FSBの監督、管理、指導下に遂行されたシステムを勇気をもってWADAは暴露し糾弾した。それではロシアの誰が暴露したのか。現役女子陸上選手のユリア・ステパノワ(30歳)です。ステパノワがどうやってドーピング情報を暴露していったのかを語ると興味ある一つのストーリーになり、長くなるのでやめておきます。結局彼女は、夫と一人息子の家族とともに、ドイツでの永住権を得、今ではアメリカに在住しています。亡命を覚悟しなければ、正義感など発揮できないロシアの世の中なのだ。プーチン大統領の報道官は彼女を裏切り者とののしっています。ここで驚くべきことは、ロシアという国家主導で恐るべき大罪を犯したにもかかわらず、プーチン大統領は、一切謝罪せず、これは欧米諸国がロシアを貶めるための行為だと言ったことです。ロシア選手がリオデジャネイロ五輪に参加できなければ人権侵害とまで言って平然としていることだ。またロシア国民もプーチンを批判していません。ドーピング選手も平然として悪びれた様子もしてもいない。これは完全にロシアの文化の反映です。日本国民は規則や法を律儀に守る。しかしロシアでは「規則とか法律は擦り抜けるのが生活の知恵」と心得、それらを律儀に守る者を愚か者扱いするのだ。だからこそロシアには法に関する民衆の諺が沢山ある。例えば、「法は馬車の長柄と同じ、御者が向けたい方向に勝手に向けられる」、「法のあるところ侮辱あり」、「法は蜘蛛の巣、クマバチと抜け蠅はかかる」、「神にはろうそくを、裁判官には包みを」等々。だからロシアという国は昔から、国際法、条約、国際機関などは、信用も尊重もしていない。政治学者も公然と「国際法は各国が有利なように解釈しており、その権利もある」として平然としていられるのだ。この国民性の違いがわからなかったためもあるのでしょう。私の年代の父親たちはソ連兵に辛酸をなめさせられたのだ。こういう国民から、日本の領土を返還させようというのだ。並大抵のことではない。まず絶対に騙されないということが肝要です。

四。忘れまじ、いわれなき理由で受けた日本兵の辛酸
1.大東亜戦争末期、日本軍敗色濃厚のころ、最後の拠り所はソ連だった。日ソ中立条約
を結んでいたからです。ソ連の仲介で日米間の休戦などの話し合いできないかと考えていたからです。しかしそれもうまくいかず、昭和21年8月15日、日本軍は降伏した。その日本軍降伏直前の8月9日ソ連軍はまだ有効であった日ソ中立条約を破って突如満州に攻め込んできた。日本軍は降伏後の翌日8月16日大本営は関東軍に武器を置く指令をだした。ソ連軍は日本軍の降服後も攻撃を続け8月末頃には満州全土、北朝鮮、樺太及び千島列島を占領してしまった。領土の占領だけではありません。治安維持も関東軍の力を借りずにすべてソ連兵自ら行ったのだ。このためソ連兵による日本人襲撃には目にあまるものがあった。略奪、暴行、強姦、殺人、なんでもあり。ソ連参戦時、満州各地に住んでいた民間人約155万人の一割強、約17万6千人が帰国を果たせず死亡した。運よく帰国できても、その体験談は、目を覆う悲惨さです。

さらなる悲惨さが日本軍人や一般人を待ち構えていた。スーターリンの指令の下、ソ連軍は、ソ連占領地域(満州、北朝鮮、樺太、千島など)の日本軍人、一部の民間人合わせて約60万人をシベリア、外蒙古、中央アジア、東ヨーロッパなど約1200ヵ所の捕虜強制労働収容所(ラーゲリ)に送り込んだ。恐ろしいほどの寒さ、貧しい食事、厳寒のなかの激しい重労働、この三重苦にさいなまれて抑留中死んだ者は、6万から7万と言われ、厚生省が身元確認できたのは2万4千人だけです。死者の多くが凍土の下で眠っているのだ。これはあきらかにソ連の国際法違反です。日本が受諾し、ソ連も承認したポツダム宣言第九条には、「日本国軍隊は完全に武装を解除せられたる後、各自の家庭に復帰し、平和的かつ生産的生活を営む機会を得しめられるべし」と規定してあるからです。先に筆者が触れましたようにロシアは、国際法や条約の中身など眼中にないのだ。一例を申し上げましょう。昭和30年(1955年)、自民党政治家は許されず、七名の日本社会党議員だけが869名収容されているはバロスク第21分所の見舞い訪問が許された。収容所のソ連管理側はあらゆる偽装工作を行って待っていた。
収容所内の窓にはカーテンをかけ、食卓は白布でおおわれ、花をかざり、売店にはトラックで高価な食料品、チョコレート、各種の缶詰など山のように運んで並べ、受刑者全員に新品の服を着せ、さらにソ連人の民衆に1時間1ルーブル20カペイカを払って集め、歓迎の盛大な拍手をさせた。朝鮮人、シナ人を使って何もないところに土を盛り上げた偽のお墓を作らせもした。収容者は日曜日にもかかわらず、健康な者は作業に借りだされ、重症患者は、他の病院に移され、残っているのは退院許可を待つ回復者だけにしてあった。そのため七名の社会党議員は、完全に騙されてしまった。社会党議員が帰ると、売店の食料品はもとより、カーテンもテーブルクロスも、花も持ち去られた。そしてソ連当局の筋書に反して最初の発言を敢行した尾崎清正中尉は、隔離収容所に連れ去られたのである。其の後尾崎中尉が帰国できたかどうか不明。(拙著「逆境に生きた日本人」展転社)

現在ロシア政府から約4万1千人の死亡者名簿が引き渡されている。ところがアメリカ人歴史研究家、ウイリアム・ニンモ著、「検証・シベリア抑留」(加藤隆訳、時事通信1991年)によれば、確認済み死亡者25万4千人、行方不明、推定死亡者9万3千名、事実上約34万人死亡としています。

2.北方領土を占領された後、昭和21年から平成19年12月現在、ソ連警備兵により拿捕された日本漁船1302艘、拿捕された日本漁民9023人。拿捕された日本人漁民は全員取り調べられ、船長は短くて3カ月、長いと4年も抑留された。船体、漁具など全て取り上げられることが多かった。すべて日本漁民の泣き寝入り。(北海道庁発表)

ここまでプーチン大統領とはどういう人間なのか、ロシア民族とどういう民族なのか、私たち日本人が決して忘れてはならないロシア人の私たちに対する扱い方など書いてきました。
さて来月からプーチンが山口にやってきます。北方領土返還の交渉が本格的に始まるでしょう。私たちは、北方領土が早く帰ってほしい気持ちでいっぱいです。こんな時私たちは期待こめすぎるのだ。そのためせっかく領土返還の話でムード良くなっているのに、ムードをぶちこわすようなことは言わないようにするのだ。日本人特異の気配り。この気配りが日本外交の弱点になっていて成功した試しがない、外務省の役人は何回いってもわからない。
ラブロフ露外相は、公に「日本は大戦の結果を認めない世界唯一の国だ」と堂々と対日批判しているのだ。モルグロフ露外務次官はインターフアックス通信のインタビューでこう言っているのだ。「日本とは領土問題で如何なる交渉も行っていない。この問題は70年前に解決されており、北方四島は第二次大戦の結果、合法的に我が国に移った。日本はこの客観的な歴史的事実を認めるのを拒否している」
この二人の発言はすべてつい最近の発言です。
2005年9月プーチンは、「南クリル(北方領土)は第二次世界大戦の結果ロシア領となり、国際法でも認められている」と発言しています。日本政府高官は、彼らの不当な発言に猛反発したのでしょうか。彼らは、この発言のうえさらに北方領土の軍事基地の強化、最近の産経新聞では島民に土地を売ろうとしています。私の予感では北方四島はこのままでは返ってきません。最近のウラジオストクの首脳会談で安倍総理は、「ロシアと日本が今日にいたるまで平和条約を締結していないのは、異常な事態だと言わざるを得ません。このままではあと何十年も、同じ議論を続けることになってしまいます。ウラジミール、私たちの世代が、勇気をもって、責任を果たしていこうではありませんか。私は、ウラジミール、あなたと一緒に、力の限り、日本とロシアの関係を前進させる覚悟です。」
安倍総理は、日本人得意の誠心誠意をこめて話したのだ。日本人の誠心誠意は、外交では全く通じません。しかもロシア人でましてKGB,FSBといった秘密警察で人格形成をしたてあげたプーチンに通じるのでしょうか?

ウラジオストク首脳会談の二日後プーチンは、記者会見で安倍首相の人物と熱意を次のように評価した。
「彼は立派な政治家で見事な話し手だ。しかしウラジオストクでの会談における彼の価値はそこにあるのではなく、彼が8項目の協力案とその実現について述べた。」ということだ。
安倍総理が誠心誠意をこめて述べたことなどはどうでもよかったのだ。彼が興味を示したのは安倍提案の8項目だけなのだ。その8項目とは、1.健康寿命の伸長、2.快適、清潔で活動しやすい都市作り、3.中小企業交流・協力の抜本的拡大、4.エネルギー、5.ロシアの産業多様化・生産性向上、6.極東の産業振興・輸出基地化、7.先端技術協力、8.人的交流の拡大。
これに対しロシア側が示した案の一つが、シベリア鉄道を延伸し、サハリンから北海道までつなぐ大陸横断鉄道の建設を求めてきた。シベリア鉄道の延伸は、アジア大陸からサハリン(樺太)間の間宮海峡(約7キロ)とサハリンから北海道・稚内間の宗谷海峡(約42キロ)に橋またはトンネルを建設する大構想です。

私は一介の定年サラリーマンながら安倍総理に意見を申しあげます。
1.領土返還は、すべて4島。2島返還とか共同統治などは問題外。全部4島返還で決着をつけてください。
2.4島返還に同意した場合のロシアの要求すべてを国民に公開すること。国民は外務省など信用していません。外務省のエリートは、頭は良いかもしれないが、けんかなどできない男のくずの集団。私は、安倍総理自ら公開してもらいたいと思っています。
3.ロシアが4島返還しない場合、日本は終戦直後にソ連に日本兵、民間人合わせて60万人をラーゲリにぶち込まれ重労働させられたことをユネスコに記憶遺産に登録すことを宣言すべきです。なぜ日本政府がこのことを言えないのか不思議でなりません。つまらぬ遠慮がロシアの国民やプーチンには何も役立たないのがわからないのではないでしょうか?1993年10月にエリツインが訪日したおりに、彼はシベリア抑留者問題を非人間的行為として口頭で謝罪した。日本政府はそれで終わりにして以後一言もいわぬが、あまりにもお人よし過ぎませんか?
4.もしロシアとの交渉がうまくいかず、北方4島が返ってこなくても、私はその方が良いとおもっています。幸い4島には日本人は誰一人住んでいません。私はシナの件を思い出すのです。日本は膨大な経済援助を提供しました。北京オリンピックが開けたのも、世界経済大国二位になれたのも日本のお蔭です。その友好的行為を感謝するどころか、今ではシナは、尖閣諸島は、シナのものと主張し、大嘘ついて南京大虐殺をユネスコも記憶遺産に登録、東シナ海の日本領海内で石油を盗掘しているのだ。シナはまるで日本の仮想敵国のような行動を取っているのです。ロシアが日本の経済援助受けて大発展してもロシアは日本の友好国になるでしょうか。そんなことは絶対にあり得ません。誠心誠意交渉は、外交には通じません。ましてやシナとロシアではなおさらです。シナ、ロシアは核大国です。それに北朝鮮が核大国に近づいています。安倍総理、日本にとって今一番大事な事は日本が核武装することです。特に領土返還交渉には核武装を備えていることが最も大事なことなのです。

国民の皆さんへ、日本のマスコミにとって、ソ連、シナ、北朝鮮は理想の国でした。そのせいか現在にいたっても上記三国への非難の記事が書きたくないのだ。強制収容されて死んだ沢山の日本兵が、いまだに極寒の凍土の中で骨のまま眠っていることを私たちは忘れてはなりません。日本の強力な経済援助なしに4島がもどっても当然な話なのです。

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