Archive for 2月, 2017

ガキ大統領トランプ(その1)



       このブログの転載、拡散よろしくおねがいします。
平成29年1月28日、「ガキ大統領トランプを徹底利用せよ。」というブログを書きました。これから時々トランプ大統領についてシリーズでブログを書いてみようと思っています。そこで、今回は「ガキ大統領トランプ(その1)」として書きました。私のブログでシリーズものを書いたのが一つあります。「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」シリーズで(その6)まで書きました。ちかじか(その7)を書きます。ガキ大統領トランプのシリーズが何回まで続くかわかりませんが、数が多くなるほど世界が騒がしくなるのは明白なような気がします。
私は個人的にはトランプ大統領は大嫌いです。彼ほど傲慢で生意気な男はいない。傲慢、生意気だけでトランプに反発する人はいくらでもいる。彼が公約で掲げた失敗作を列挙してみると、
1.人種差別の公言
アメリカは今でも白人国家です。国民の50パーセント以上が白人です。しかし10数年後には、白人は50パーセント以下になり異民族大国家になるのです。そのため最近のアメリカ大統領になる人は、人種差別主義者でもかまいませんが(大概の人が人種差別主義を持っていますから)、その人種差別主義を公言しては絶対にいけません。公言すればアメリカ国内が騒然とし、分裂主義が生じるからです。皆さん、そう思いませんか。それにもかかわらず、人種差別主義を公言し、その上女性蔑視発言です。これが娘のイバンカのファッションビジネスに影響し、高級デパートのノードストロームがイバンカのファッションブランドの店内販売を中止した。ノードストローム社は、トランプの人気選挙地には支店がない。トランプの脅しにはびくともしない。人種差別主義の公言と女性蔑視発言は、アメリカ国内にはトランプ政権へ非常に強く反発する人々がこれからも沢山存在することになる。それが証拠に政権誕生一か月すぎてもアメリカ各地の反トランプデモは後を絶ちません。

2.メキシコとの国境に壁を建設する、それもメキシコ側の費用で。
私は前にテキサスやカリフォルニアはメキシコの領土だったと書きました。戦争で負けたためにアメリカ領になっただけ。メキシコが自分の費用で壁など築くわけがない。お金の問題より心意気の問題です。トランプはそれでは、NAFTAの再交渉だと言えば、イルデフォンソ・グアハルド経済相は、NAFTAの見直し交渉がゆき詰まれば脱退も検討すると警告し、ペニャ・ニエト大統領は「壁の建設費用は負担しない」と断言しています。メキシコの通商と安全保障と移民問題は長く両国の問題になるでしょう。

3.アメリカのTPP離脱
戦後一貫して押し通されてきたのができるだけ多国間で自由貿易することです。その枠組を作る為に国際間の貿易交渉が行われ、国際協定が結ばれてきました。GAT、WTO,等です。そして今度はTPPです。どれもこれも加盟国には、長所も短所もありました。総じて多国間自由貿易が成功したと認める長所があったのです。いまだに世界中には経済的に悲惨な国々がありますが、総じてみれば世界的に経済水準があがっているのです。その証明の一例はアジアの低開発国の観光客が日本にやってくる数が増えたことです。アメリカは国際貿易のため自国製の製品が割高になり、それを海外で作らせ、自分たちは金融工学とか言って金融産業で儲けようとし、アメリカ国内の物作りを放棄しようとしたことです。いまさら今度はアメリカファーストと言って二国間協議しようと言うのだ。自分勝手も甚だしい。

日本の保守の人たちは、TPP加盟賛成、反対にわかれます。TPPの中身はいろいろありますからどの点を取り上げるかで賛成、反対に別れるのではないでしょうか。私は日本の農業産業を見て,例え他の産業にTPPはダメでも、日本農業はTPPに入れるべしと、私はTPPに賛成なのです。日本は物づくりの国です。日本農業はその物づくりの原点なのです。いいですか、皆さん、日本にはなくて世界で作られているものがあります。その今まで日本で作られていないものを日本が作り出すと、日本製が世界一になってしまうのです。その原点は日本農業なのです。ビール、ウイスキー、ワインなど、これらの製品は、我々の祖先は口にしたことはありません。ところ作り出すと日本製品は世界での高級品になってしまうのです。14,5年前アメリカ製の安いリンゴが日本に入ってくるといってリンゴの産地は戦々恐々となった。スーパーで確か一個50円ぐらいで売りだされていた。赤いりんごで見てくれも、味もたいしたことがなく、結局売れなくて、アメリカ製りんごを見なくなってしまった。

私が40代後半、いまから34、5年前、三重県の鈴鹿サーキットの近くに松坂牛の牧場を持つ有名な牛肉レストラン、「和田金」に私は白人外人3人と一緒に入った。一緒に食したのが、松坂牛の牛サシ、(牛肉の刺身)です。その味の美味しかったこと、未だに忘れられません。三人の外国人も味にも驚いたが、その柔らかさにも驚いていた。まるでマグロの刺身を食べるような感覚だった。牛は我々日本人の先祖の食べ物ではなかった。食肉と作りだすと刺身まで作ってしまうのだ。当時、刺身は世界的な料理じゃなかった、しかし今は違う世界中で食べられています。いまオーストラリアの牧場で「和牛」ブランドの牛が飼われています。牛サシを作るブランドの牛が海外で飼育される可能性はあるかもしれません。このように私言わせれば、日本農業は世界の一大産業の発展性を持っていると思っています。その邪魔な存在が農協の親分のような存在、JTです。彼らは日本農業を守ることしか眼中にない。攻撃は最大の防御という言葉さえ知らないようだ。JTを潰さなければだめです。

つい最近安倍、トランプ会談で安倍総理はトランプにTPPに良く説明し、その要点は理解してくれていると国会で答弁していたが、すかさず「日本維新の会」は、安倍氏に向かってTPP交渉時の加盟国は12ヶ国だったがアメリカが抜けて11ヶ国になった、だから先にアメリカ抜きで11ヶ国のTPPをまとめあげましょうと提案していた。私も、最初はアメリカ抜きでTPPをまとめあげるのは大賛成です。しかし安倍総理は、そんなことは絶対できないでしょう。せっかく日米会談がうまくいってトランプと仲良くできたのに、トランプの機嫌を損ねることができないからです。日本のアメリカへの奴隷根性で日米同盟が成り立っているのは、日本の防衛をアメリカの軍事力に頼りすぎているからです。日本は核装備兵器を備え、自分で自分の国は守れる能力を備えれば、対等の日米同盟関係が成立するのです。

4.オバマケア(医療保険制度改革)撤廃
私はオバマ政権のただ一つの善政は、医療保険制度を確定したことだと思っています。ヘルスケア関連の支出は家計の非常に大きな部分を占める。健康保険を失えば、他の商品やサービスへの出費に重要な影響をあたえます。オバマケア撤廃でいっきに無保険者が2000万人増えると言われています。だからイエレンFRB議長は、オバマケア廃止は、アメリカ経済に悪影響を及ぼすと主張しています。オバマケア撤廃後、どんな保険制度なるかも決定していません。トランプ大統領は、人種差別主義者だから黒人のオバマ政権のしたことなど徹底して破壊したいくらいなのだ。医療保険制度改革など、改革前のオバマケアの方がマシなどと言われるのではないかと私は想像しています。オバマの方がマシということになりトランプの顔が潰れるのでないかと心配しています。

5。環境問題
この問題についてトランプ政権の結論は出ていませんが、選挙戦では物騒な事を言っています。国際的な温暖化対策であるパリ協定から離脱すると言っているのだ。トランプ主張しているのは、気候変動は作り話だというのだ。これは、私がトランプを強引で生意気なやつだとののしる原因の一つなのだ。これまでの気候変動が作り話というなら、それにそうとうする科学的根拠を提出するのが常識です。そんなこともせず、気候変動に懐疑的な人物、スコット・ブルイット氏を米環境保護局(EPA)長官に指名しているのだ。彼はいままでに(EPA)を10回以上提訴している。同時に彼はエネルギー業界からの献金も多い。そのうえトランプは、EPAの廃止、ないしは職員大幅削減を選挙戦で主張。気象変動の研究者の間では。「トランプ大統領が既存の気象観測データーを破壊するのでは」という見方さえ出ているのだ。現在アメリカでは代替エネルギーは過去の話になり、石炭と石油の話でもちきりだ。トランプ政権では、オバマ政権が凍結した国有地における石炭の新規採掘も許可される見通しです。炭鉱地域での選挙戦は、トランプは圧倒的に強かった。これでもしアメリカが国際的な温暖化対策のパリ協定の離脱を発表するなら、アメリカは国際的な地球安全対策の破壊者といわざるを得ません。

6.中東和平問題の複雑化
2002年ブッシュ大統領がパレスチナとイスラエルの二つの国家として平和的に共存する道を目指すと演説。それ以来米政権は二国家共存案を政策としてきた。また米政権はその実現の努力してきたのだ。ところが最近のトランプとイスラエルのネタニヤフ首相との会談でで、トランプはイスラエルとパレスチナとの二国家共存案にこだわらないとの考えを表明した。また大統領選挙中、トランプ氏が繰り返し主張したイスラエル米大使館のエルサレム移転方針に関して急がない姿勢を見せています。この二人の会談に娘のイバンカの夫、ジャレド・クシュナー氏が同席しています。義理の息子はユダヤ教、イバンカはユダヤ教に改宗なのです。普通、大統領は家族のことより国家優先、ところがトランプは家族のことを国家より優先するみたいです。だから私はガキ大統領と呼ぶ原因の一つです。中近東諸国は、トランプ、ネタニヤフ両名だけの見解に同意するはずがないでしょう。中東問題は今まで以上に紛糾しそうで心配しています。

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日米の歴史と文化を語る。(5)



武士の登場
日本の歴史において武士の登場と聞けば、世の中の争乱が武士を登場させるきっかけになったのではないかと誰もが想像するのではないでしょうか。ところが全くの正反対で、その武士の登場のきっかけを作った人が桓武天皇です。桓武天皇は西暦781年に即位しました。即位後の794年に都を京都に移したのです。その794年から1868年に東京に移るまで、その間半年ぐらい今の神戸市近くに移りすんだことがありましたが、およそ一千年間京都は天皇家の住む都でした。そしてその794年から武士に天皇家の政治権力を奪われ、政治の中心が京都から鎌倉に移るまでのおよそ400年間を平安時代と呼んでいます。この平安時代の末期に女性作家、紫式部が現代では世界的に有名な長編小説「源氏物語」を発表したのです。当時の宮廷生活をあますところなく伝え、登場人物数百人、全54巻の世界最古の最長編小説です。おもしろいことに、当時この「源氏物語」を読んだ女性が大変おもしろいと感想を述べている史料はあるのですが、男性が面白いと述べている史料は全然ないのです。
当時男性が使う文字は漢文、女性が使う文字はひらがなと使い分けされていたから、男性が詠むのに苦痛を感じたり、あるいは読めなかったかもしれないというのが理由だと言われています。
その平安時代の最初の天皇、桓武天皇は、都を京都にうつす二年前の792年に東北とか九州といった辺境地に駐在する軍隊を除いて事実上日本の軍隊を廃止してしまったのです。東北地方に駐在する日本軍の最高司令官が有名な征夷大将軍、坂上田村麻呂でした。征夷とは蝦夷(えぞ)、即ちアイヌ民族を征伐することです。アイヌ民族を征伐する軍隊は残しておいたのです。実際のところアイヌ民族が住む東北地方を除いて軍隊を動員するような騒乱がなかったのです。そこで東北とか九州といった辺境地には軍隊を存続させそれ以外の兵士をそれぞれの出身地に帰してしまったのです。
そのかわりに国の大小に応じて人数を決め、裕福な地主には武芸の才能のあるものを徴発させ兵士として武芸の練習をさせ、地方の警備にあたらせたのです。これを「健児(こんでい)」と呼んでいます。極端な言い方ですが、アメリカの開拓時代の保安官のようなものです。この「健児(こんでい)」の制度が武芸を専業とする者を歴史に登場させ、これが後に武士に発展していったのです。その結果地方に武士が割拠するようになり、もめごと、特に土地争いなどが武力で解決する時勢になり、そして武士のボスは武士を集めてその勢力範囲を広げていったのです。その結果桓武天皇が792年に事実上日本の軍隊を廃止してしまってからちょうど400年後の1192年に源頼朝によって日本最初の武家政治が。現在の鎌倉市に成立したのです。これを鎌倉幕府と呼び、1333年に鎌倉幕府が滅びるまでのおよそ150年間を鎌倉時代と呼んでいます。天皇家を中心とする貴族政治から武士のボスを中心とする武家政治に変わったのですが、そこには日本の歴史の大きな特徴があります。外国の歴史では、ある政治体制か他の政治体制に移る場合、守ろうとする側と奪おうする側とで一大決戦が行われるのが普通です。
ところが日本では、最初の武家政治が誕生した時、小競り合い程度はありましたが戦争は起こらなかったのです。なぜかと言えば先に述べましたように平安時代の桓武天皇の時に軍隊を廃止してしまったからです。アイヌ民族を征伐する軍隊も最盛時には10万人にものぼる兵士の数を誇りましたが、アイヌ平定が終わるとその軍隊もなくしてしまっていたのです。時の政府が自前の軍隊を持っていないがために、戦もできずに政治権力をあっさり奪われるような歴史を持つ国が他にあるのでしょうか。さらにこの平安時代には、世界史的にも貴重な事例が起こっているのです。
石井良助著「日本法制史概説」(創文社、1960年)によると嵯峨天皇即位後の810年から後白河天皇の時代の1156年の保元の乱による源為義(みなもとのためよし)などに対する処刑が行われるまでの26代の天皇、346年間実際上死刑が執行されることはなかったと言うのです。当時の世界では予想もつかない全くめずらしい出来事と言っていいのではないでしょうか。平安時代400年間は、文字通り平和の時代であったことはこれだけでも推測できます。さらに紫式部のような女性が54巻にも上る長編小説が書けたのも平和な世の中ではなければ絶対に書けないことです。世界の主要国の中で日本は、その中でも一番古くてしかもとにかく平和の時代が長かったのは、何が原因だと思いますか。それは日本が昔から現在にいたるまで多神教だからです。大東亜戦争後になって初めて世界の情勢は、一神教だけではダメで他の宗教の存在を絶対に許さなければいけない傾向に完全になりました。その傾向に胸を張ってえばれる日本だけです。反日日本人よ、これに対して文句が言えるなら、言ってみろと言うのです。話がちょっと脱線しましたので、戻します。

政治権力が武家政治の鎌倉幕府に移ってから29年後の1221年、朝廷は後鳥羽上皇が中心となって鎌倉幕府打倒の反旗を翻すのです。上皇とは天皇が譲位後につけられる名前です。この時後鳥羽上皇は天皇の権力を握っていました。この後鳥羽上皇の反旗を「承久の乱」と言いますが、その時大活躍したのが鎌倉幕府創立者の源頼朝の妻、北条政子です。
日本の歴史を知らないアメリアカ人などは、大昔の日本女性などは、ほとんど男の奴隷みたいに思っているでしょうが、とんでもない間違いです。1980年代、イギリスの女性首相、サッチャーは「鉄の女」と呼ばれましたが、今からおよそ800年前の日本には、「鉄の女」と呼ばれても、もっともだと言われるべき女性がいたのです。それが北条政子です。政子の活躍がすばらしいのは夫の死後です。彼女の活躍の詳細については私のえんだんじのブログ、「鉄の女」北条政子、2016年6月11日と「鉄の女」北条政子(2)2016年7月1日を参照してください。

「承久の乱」において鎌倉幕府があっさり勝ってしまいましたが、朝廷側にも勝つチャンスはあったのです。朝廷に弓を引くことになると言って動揺した鎌倉武士は。政子の名演説で一致団結して京都に向けて進軍したのですが、翌日東海道に出陣した、泰時は鎌倉に戻ってきて父、義時に「もしも上皇自身が陣頭指揮をとったらどうしよう」と聞いているのですその義時は「上皇自身出陣されたらしかたがない、武器を捨てて。降伏するのだ、それ以外の時は、千人が一人になっても戦え」と答えているのです。このエピソードは、公家側の書いた史料にあるので、こうであってほしいという公家側の願望を示すもので事実ではあるまいと判断する歴史家は多いのです。しかしこう書けるほど朝廷の権威が高かったことは事実だと思います。ただ事実として言えることは、実在した歴代の天皇の中で誰一人として戦場で武士たちの陣頭指揮を執って戦った天皇はいないのです。また天皇家には、自前の軍隊、すなわち天皇家直属の武士をもったこともないのも事実です。天皇家は権威だけで現在まで生き延びてきたのです。この歴史的事実と日本国民が極端に権威というものに弱い事とは無関係ではないと思うのです。

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