Archive for 6月, 2018

MIEさん、大変ご無沙汰しております、お元気ですか?

私が「えんだんじのブログ」を書き始めて10年目になり、今年の10月でその10年目が終わります。ところがミクシーに入会したのが「えんだんじのブログ」よりも早く、入会していてもうほとんど12年目になります。ミクシーは私が入会したころが全盛期で今では会員がFACEBOOKに奪われ、会員数がどっと減りました。それでも「えんだんじのブログ」をミクシーの日記にも毎回転載し続けております。ミクシーの会員のままFACEBOOKにも移った人もいますので、その方々がたまに思いだしたように「えんだんじのブログ」を読んでくれています。わたしのミクシー上の女性友達で、ミクシーを去り、FACEBOOKにも入会せず、メイルでも連絡もとれない人がいます。しかしその女性は私のミクシーの昔仲間で、ぜひ連絡して、「お元気ですか」と声をかけたい女性なのです。その方の名前は、ミクシー上でMIE(ミー)さんと呼んでいます。
「えんだんじのブログ」を読んで直接コメントを書いていただき、私が承認すると、公開され、私が削除しないかぎりそのコメントはほぼ永遠に消えることはありません。しかしミクシー上の日記に、えんだんじのブログのコメントを書いても、数日経てば自然と消えてしまいます。
「えんだんじのブログ」を見て頂きますと、左側のコラムには上から「おしらせ」、「カテゴリー」、「アーカイブ」と並んでいます。「アーカイブ」には今現在、2018年6月から2008年10月までのブログ公開数298通が公開されています。そこで皆さんにお願いがあります。2009年4月19日のブログ「戦うことは貴いことである。」をぜひお読みください。このブログの冒頭で「私は、できることなら20代30代の若者全員にこの記事を読んでもらいたいと思っています。」と書いています。皆さん、このブログを読んで見てください。それからその三日後の2009年4月22日にブログ「若い人からのコメント」を公開しています。4月19日のブログ「戦うことは貴いことである」に対してわずか2,3日で大勢の若い人達からのコメントがミクシーの日記に書きこまれたので、私すぐにえんだんじのブログに転載したのです。その中にMIEさんからのコメントもありました。

その時からMIEさんは軽いうつ病だったことを突然思いだしました。MIEさんは、秋田県出身で幼いころ両親が離婚、祖父母に引き取られ成長し東京の大学を卒業した。祖父は彼女が高校生のころ亡くなり、以後祖母だけに育てられた。祖母は私より4,5歳若く、若い時秋田から稚内にお嫁にゆき苦労したそうだ。MIEさんにとってお婆さんの存在は大変重要な存在であった。もう数年前になりますが、MIEさんがミクシーの日記に死んだおじいさんの思い出を愛情たっぷり込めて、「おじいちゃん、あたし今おじいちゃんに会いたいよ、二人でお話しがしたいよ」などと書いていたのを思いだします。その頃MIEさんは、横浜市の神奈川区の住んでおり、私は青葉区で同じ横浜で、二人は結構近いところに住んでいたのだ。二人ともいずれどこかでお会いすることが出来るだろうと思っていた。私がミクシーに入会して5,6年ぐらい経ったころだと思います。私がミクシー上で主催して「えんだんじの会」を開きました。まったく何人来てくれるか分からないのでとりあえず、横浜駅のルミネのレストラン街に10人ぐらいの予定で予約しました。当然MIEさんも参加予定で、参加予定者が20人前後になった。これでは皆初参加ですので名札がなければダメだと思い、自分で名札を買い、自分で各自の名前を書き込んで会場にゆきました。ところがMIEさんは風邪をひき、熱がでてしまい参加できませんでした。食事をしながら一緒に話し込み、その後有志で喫茶店に向かってお開きでした。
その頃にお会いした人達は、ミクシー上では会員でいる人も結構いますが、ミクシー上では退会行動をとっておらず、事実上は会員のままの人が結構おります。MIEさんもその後ミクシー上での日記を書かなくなり、「えんだんじのブログ」へのコメントを書かなくなり、メイルも来なくなりました。MIEさんからの連絡なしが半年以上続いた後、突然、MIEさんからのメイルが入りました。
「えんだんじさん、長らくごぶさたして申し訳ありません。私、いまある男性と同棲しています。二人の出会いの話をすると長くなるのでしませんが、二人はいずれ出合うべき相手に出会ったことに気づきました。これからも末長く一緒に暮らしていきたいと思っています。新しい住所とメイルアドレスが書いてありあました。
私は次の様な返信を出してあげました。
「音信不通が長かったので心配していたこと。突然メイルが来たと思ったら、同棲生活を始めたニュースにはびっくりしました。新住所でも二人とも近いところに住んでいたので、二人の前途を祝すから、二人に昼食を招待します。私は定年で毎日が日曜日なのでいつでも都合できますから都合の良い日を教えてください」とメイルしました。MIEさんは喜んで私の招待を受けてくれ、一緒に昼食をする日を決めたのです。ところが招待日直前になって事情があって招待をキャンセルしてきたのです。それ以来MIEさんからのメイルもなし、そのうちにミクシーから、また私のミクシーの友人リストからも名前が消えていました。彼女はミクシーから脱退したのでした。きっと二人の同棲生活がうまくいかなくなったのでしょう。彼女は軽いとはいえ長いうつ病を患っているので心配です。彼女は故郷の秋田に帰ったのでしょうか、それとも東京近辺で生活しているのでしょうか。MIEさんの昔のミクシーのお友達で彼女の消息をご存知のかたおりませんでしょうか?MIEさん、えんだんじのブログを思い出すようなことはないでしょうか?思い出したら、ぜひえんだんじのブログ、「両手両足を失った中村久子」(平成30.3.24)をぜひお読みください。昔は女性の人は一生働かず、夫の生活力が頼りでしたが、彼女は両手両足をなくした女性にもかかわらず、四度も結婚して、子供をつくり幸せな老後をおくりました。パソコンのない時代なら、私とMIEさんとの間柄はペンフレドとも呼ぶべきなのでしょうが、物の見方、考え方が私とほとんど同じなのです。それだけにMIEさんの将来が気になっています。人生はまだ長いですよ。MIEさん、頑張って良き人生をお送りください。

私がミクシーに入会したきっかけは、私の二作目「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の売り上げが非常によく、初版出版後一年後、2005年7月に二刷りを出版後、およそ一年後に出版社、碧天舎が倒産してしまったからです。私は売れ残った約300冊を自分で買い取り、出版しようとしていた三冊目の「原爆正当化のアメリカと『従軍慰安婦』謝罪の日本」の出版費用を払いこんでいました。私は碧天舎倒産で受けた数多くの債権者の一人でした。ある日碧天舎は東京の神保町で倒産の説明会がありました。私は無論参加しました。数日後ミクシィーの会員名、マジョリカさん(女性計理士)からメイルがきました。マジョリカさんも碧天舎倒産で債権者になった一人でした。その方が碧天舎の債権者のリスト見ながらミクシー上に「碧天舎」という仲間の会を作りました。碧天舎の今後の活動を監視していこうという計画です。どうぞミクシーに入会して、「碧天舎」という仲間に加わってくれとの依頼でした。私はミクシーという名前だけ知っているが、それ以外のことは、何も知らなかった。マジョリカさんが、私のミクシー入会の推薦者になってくれた。当時はミクシー入会者の信頼性を強調のため、入会者の推薦が必要であった。彼女は私にミクシーの日記の書き方、日記に対するコメントの返答の書き方などをメイルで逐一教えてくれました。私がミクシーの会員になれたのもマジョリカさんのおかげです。私が「えんだんじ」というミクシー名で日記を書き始めて一、二年ぐらいたったころ、仙台のミクシー名、ソードフイッシュさんが、えんだんじさんの日記の内容では、ミクシー上の日記ではもったいないから、自分でブログにしたらどうかという提案がありました。私はブログの作り方などさっぱり、分からないと言ったら、彼もまた、ブログ記事の作成のしかた、コメントに対する返事の仕方など懇切丁寧にメイルで教えて頂き10年前の10月に「えんだんじのブログ」開設したのです。以来10年間私の「えんだんじのブログ」の管理者になってくれました。今年の10月以降も「えんだんじのブログ」の管理者なっていただくことも了解してくれました。しかしソードフイッシュさんは、現在ミクシーの会員ではありません。現在はfacebookが圧倒的強さですが、数年前まではミクシーは日本最大のSNSでした。私は安倍総理が首相になる一年前のただの安倍議員時代に面会できたのも強力なミクシーの保守系会員だったからでしょう。また安倍議員もそのころ「つくる会」の積極的支持者だった。「つくる会」の季刊誌に積極的に投稿していたくらいです。安倍議員は、私を含む訪問者全員を議員宿舎の執務室に案内し、私と仲が好かった元カメラマンは私と安倍総理二人だけの写真をA4の紙一枚の大きさでとってくれました。女性たちは、奥さんの昭惠さんと気さくに話こんでいました。こんなとっつき易い奥さんでは利用されやすいのではという感触だったが、いまになって見ればその通りになったみたいな感じでした。当時の安倍議員は、熱心な「つくる会」支持者だったが、育鵬社が設立されるとあっさり育鵬社支持に変わった。育鵬社がフジテレビの社長が3億円を出して設立されたが、恐らくフジテレビの社長から安倍氏への多額の献金があったのでしょう。安倍議員はあっと言う間に育鵬社支持者になってしまった。

ミクシーへの入会、えんだんじのブログの作成、安倍議員への面会、あるいは西尾幹二氏が主宰する「坦々塾」への西尾氏からの入会の誘いも「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の読後の推薦だった。そして「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の英文化とその出版。私の定年後の大作出版は、私の人生に非常大きな影響をあたえています。「えんだんじのブログ」は、私の執筆の大きな役割を務めているが、ミクシー上での執筆活動を無視するわけにはいきません。それだけに、私のミクシー上での女性ペンフレドのMIEさんが元気でいればとの思いが強いのです。

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楊海英氏、文化人類学者、静岡大教授への反論

楊海英氏、文化人類学者、静岡大教授への反論
Newsweek(ニューズウィーク日本版)、2018・5・15号で楊海英氏は日本の相撲を批判しています。楊氏の日本相撲批判は、次の三つの点です。1.国技であること。2.神事であること。3.力士は品格が必要であること。私もこの三点についてことごとく反論していきます。
1.国技であること。
楊海栄氏はこう書いています。
「ユーラシアでは既に、紀元前8世紀~前3世紀に活躍した遊牧民スキタイが青銅器に相撲の分様を刻んでいた。また、10世紀頃に栄えた遼王朝のモンゴル系契丹人の格闘技が日本に伝わって大相撲になったという学説もある。それでも、「モンゴル高原が相撲発祥の地」と自慢するモンゴル人はほとんどいない。人類共通の興行だからこそ、大相撲にもモンゴル相撲にも似たような技芸があり、モンゴル人力士はそれを遺伝子のように駆使できるので強いというだけだ。わざわざ近代国家の枠組みに縛られて「国技」性を強調する必要があるのだろうか。」

相撲は色々な国に古い起源がありますからスキタイ民族の青銅器に相撲が描かれていたという話には驚きもしません。10世紀頃、モンゴル系契丹人の格闘技が日本に伝わって大相撲になったという学説。これは多分いいかげんでしょう。楊氏に質問しますが、モンゴルでは、相撲について語っている古い歴史書がありますか。日本では、現存する最古の正史と言われる「日本書紀」全30巻があります。奈良時代の720年に完成と言われています。そこでは次の様なことが書かれています。日本の11代目の天皇、垂仁天皇が7年7月7日に出雲の国から野見宿祢(のみのすくね)を呼び寄せ当麻蹴速(たいまのけはや)と相撲をとらせ、野見宿祢(のみのすくね)が勝ったと知らせています。これが古代宮中で毎年7月7日に相撲大会が行われる起源になったと書いています。私は古代史を勉強していませんので、垂仁天皇の7年と言っても西暦でいうといつごろになるのかわかりません。ネットで調べると多分3世紀末か4世紀初めごろとありますが、正しいかどうかもわかりません。ただこの野見の宿祢(のみのすくね)は現在でも生きているのです。野見の宿祢神社が兵庫県、たつ野市と東京都墨田区にあります。とくに墨田区の神社は、大東亜戦争中の東京大空襲で完全に消失、1953年(昭和28年)6月、敗戦後まだ8年で日本国全体が極貧状態のとき再建しているのです。この墨田区の神社は、国が管理していますが、場所が狭いだけに沢山の見物人を集めての横綱の土俵入りができません。そこで新横綱が誕生した時だけ、出雲大社の東京分枝を招いて一般への予告なしに新横綱の土俵入りをしています。
大相撲のこれだけの背景、そして国民が何百年もかけてつくりあげた大相撲を「国技」とよんで強調したところで他国に害を及ぼすものではありません。楊氏は文化人類学者でしょう。文化というものは多くのその国民が何百年もかけて作り上げ、国民も経済的に豊でなければ他国からは文化と呼ばれないことを知っておくべきでしょう。大昔世界の多くの国々で相撲というスポーツがあったにも関わらず、現在の日本相撲のように古めかしさを多分に残しながら日本民族の大衆のスポーツに仕上げたのは日本だけ、それを国技と呼んで何が悪いのでしょうか。

2.神事であること。
「サッカーのワールドカップでは、キリスト教徒の選手は十字を切り、イスラム教徒はコーランの一節を唱える。神に頼って勝ちたいし、勝って神を喜ばせたい。それが興行=スポーツの目的なのだ。何も大相撲だけが神事で、他のスポーツより一段と神聖なわけではない。」と楊氏は書いています。
楊氏は、日本の文化をよく理解できないまま日本人の国籍を取ったのだ。日本人は大相撲がほかのスポーツよりより神聖なのだと思っている人は誰もいません。日本人は個人が自分の家を建てる時も、企業が大ビル建設の時でも、神式の儀式(上棟式)を上げるが、誰も自分の家が他の人の家より神聖だとか、他の大ビルより神聖な大ビルなどと思って上棟式を上げているのではありません。ただその儀式が習慣となっているからするだけです。文化人類学者で日本の国籍をとっているのならもっと日本文化を勉強してください。

3.「品格」の問題
楊氏が気にしているのが、「力士が『国技』『神事』の本質がわかっていないので、「品格に問題がある」という見方だ。これは楊氏が長く数年間にわたる相撲を見ていないから、横綱、白鵬の横綱としての品格の問題を力士すなわち一般力士の品格の問題ととらえて勘違いしているのだ。私は相撲ファンです。特に定年後は、特別に仕事をしていませんから、よくテレビを見ます。過去ほぼ20年間テレビをみてきた。横綱白鵬の全盛期を見てきました。白鵬が横綱になると、立会のときに、左右のどちらかの手で張り手をかますか、あるいは右ひじにサポーターを巻いて右ひじでのかちあげが多いのだ。もちろん禁じ手ではないので使ってもよいのだが、あまりにも使う回数が多くなると横綱になっている力士が使うべき手ではないという不満が観衆の間に生まれてきます。だから私は外国人横綱が出現した時から、大相撲は横綱のマニュアルを作れというのが私の主張でした。日本ではこうしてはいけないことという常識なれば、規則がなくても自然と従うが、外人の場合は、やってはいけないと言う場合、規則がないと行っていいのか、悪いのか、迷ってしまう。だから横綱のマニュアルは今でも必要だと私は思っています。

あれは栃ノ心が優勝したときだったと思う。横綱審議委員会の委員長が白鵬の立ち合いの戦いに苦言を呈したとき、それ以後、白鵬は立会に張り手やかちあげをあまりやらなくなった。そのせいか、また白鵬の体力の落ち目のせいか敗ける率が多くなった。かっては土俵上で白鵬は、自分が勝ったと思ったのに負けと判定され、土俵上での彼の抗議で審判の判決になかなか承服せず、土俵をなかなか下りなかったことがあった。現在の審判は最終的判断には、ビデオを使うにもかかわらずだ。確か日馬富士の暴行問題のときだったと思う、白鵬は土俵上で観衆にむかって日馬富士への拍手を強要したのだ。私に言わせれば白鵬は生意気だ。白鵬は自分の打ち立てた大記録に酔い、自分は日本相撲界のジンギスカンになったつもりか。新聞によると白鵬は、横綱人生終わったら、日本人国籍を取り、相撲界に残るつもりらしいが、私は反対だ。横綱終わったら、さっさとモンゴルに帰れ。先場所鶴竜が優勝したが、栃ノ心と星の差一つで優勝争いを演じていた。後半戦に鶴竜と琴奨菊の好取組があった。琴奨菊は元大関で関脇も落ち、先場所は平幕だった。しかし先場所、琴奨菊は好調だった。鶴竜を相手に琴奨菊は、どう戦うか、鶴竜は琴奨菊をどう下すか、皆注目の一戦だった。取り組みが始まると、琴奨菊は、猛然と鶴竜目がけて突っ込んでいた。ところが鶴竜は、立ち合い突っ込まず、横に逃げてあっさりと勝ってしまった。この時の観衆のブーイングがすごかった。私が昔白鵬の立ち合いの逃げ勝を見たとき、観衆はびっくりして、ブーイングを浴びせるどころか、きょとんとしていた。しかしモンゴル横綱の逃げ勝には黙っていられなくなって鶴竜への大きなブーイングになったのだ。横綱同志の戦いには、立ち合いの逃げ勝はあるかもしれません。しかし横綱対平幕の戦いで立ち合いに横綱が逃げて勝つなどとは恐らくないでしょう。だからこれからは、日本人横綱にも外人横綱にもマニュアルを作りなさいと言うのです。
楊氏の日本相撲界への反論は、文化人類学者としては日本相撲に対する知識不足が原因。参考になる意見など何もなし。

最近ニューズウイーク(日本語版)のジャパンタイムズ化と言われます。説明すると英字新聞「Japan Times 」は、穿った見方をして反日の記事をちょくちょく書く。ニューズウイーク(日本語版)もつい最近版(2018・4・24)では日本での外国人実習生の特集記事のタイトル「SLAVERY HELL現代の奴隷制 実習生残酷物語」を愛田峰俊(ルポライター)が書いている。自由意志で応募するかどうか決めるのに「奴隷制」という言葉が使えるのか?私はニューズウィーク誌(日本語版)編集部に何も日本を批判する記事を書くなと主張しているのではありません。論理的記事を書いて批判しろというのです。私はニューズウイーク誌(日本語版)長期契約読者です。読者番号:1101-050-8822。くだらぬ日本批判が続くなら長期契約はやめることにします。


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「日本のすごさ」

Newsweek(ニューズウィーク日本版)2018・5・15日号の表紙のタイトルがすごい、
「日本すごい」に異議あり!」
特集「村上春樹も相撲も漫才もつまらない?日本はすごいのか」など刺激的な文字を羅列していた。日本のテレビで人気のあるパックン氏(コラムニスト、タレント)が書いたお笑い番組についてのコメントの見出しは、『THE ART OF COMEDY, 「忖度の国」のお笑いスキル、一発芸や漫才など「センスの結晶化は欧米に劣る?権威をこき下ろす社会風刺が生まれない理由」と書いてある。
では、パックン自身はどのような文章を書いているのか、しばらく彼の文章を見てみましょう。
引用開始
『この数年で僕の意見は変わったのだ。多くの外国人同様、初めて見た時は日本のお笑いの面白さが全くわからなかった。「スリッパで頭をひっぱたくだけで笑いがとれるこの国ってすごいねぇ」と、軽く軽蔑していた。「コメディー」の頂点、アメリカから来た僕にとって、「お笑い」が解せなかった。一発ギャグもそう。リズムネタもそう。熱湯風呂に入ったり、熱々のおでんを食べたり、乳首を洗濯ばさみで挟んだりするだけで笑いをとる。「リアクション芸」もそう。どれもさっぱり分からなかった。ダチョウ倶楽部さん、ごめんなさい!
漫才のおもしろさもさっぱりだ。日本の芸人は、スタンダップコメディアンのように一人だけで笑いはとれないのか?ツッコミ役のしつっこい説明がないと観客はついていけないのか?それから笑いをとるボケ役と、単に突っ込むだけのツッコミ役のギャラって同じなのか?もう、訳がわからない。自国の芸風と異なる点を全部否定する。このうぬぼれっぷりも「アメリカ人ってすごいな」と振り返って思うところだが、実は僕が芸人を目指すことにしたのは、日本のお笑いをなめていたからでもある。しかしやってみると…目からうろこ!思った以上に、日本で笑いをとるのは難しい。スリッパたたきは技術のたまものだ!一発ギャグはセンスの結晶ダ!ダチョウ倶楽部さん、超天才!』
引用終了

まぁ、皮肉っぽく日本のテレビのお笑い番組を批評していますが、パックンの根底には、日本のお笑いは、欧米より少し落ちるのではないかと次のような理由を挙げています。
1.ネタが使えない禁止区域が広すぎる。
欧米の笑いは人種や宗教の違いや下ネタなど題材にするのが多い。これはどれも日本では使えない。
2.アメリカのコメディアンはテレビで、その番組の放送局やその親会社、スポンサーを含
めた企業も、商品も、政治家も、さらに芸能人をもどんどんネタにする。これが当たり前。
権力者やセレブを突き落とすのが芸能人の仕事だとされているから。
3.日本だけでなく英語圏以外の国から世界を制覇したコメディアンがほとんどいない。欧
米のコメディーがグローバルスタンダードになっているからです。
このように書いているパックンも自分では日本のテレビに身を置いているせいか、「日本
は忖度の国、体制側からの圧力が「すごい」。そんな制約の多い中で笑いをとるのも独特の
スキルとして認めるべきではないかと思う」と、同情的な書き方をしています。
それでは、このパックン氏の文章に反論しながら「日本のすごさ」を紹介しましょう。

国民の笑いや涙の背景を考える場合、その国民の歴史を考えて見るのが最適です。パックン
氏は日本通であるから江戸時代が300年の平和を満喫したのは知っているでしょう。日
本は平安時代には江戸時代より長い400年の平和を満喫したのです。平安時代とは、桓武
天皇が平安京(京都)に都に移してから1192年に鎌倉幕府が成立するまでの398年間
が平安時代と言われています。この時代の一大特徴は、非常に沢山の女性作家の登場です。
主な女性作家名、作品名、種類。発表年数をリストアップしてみましょう。
1.紫式部 「源氏物語」、長編小説、1008年
2.枕草子 「つれづれ草」、随筆、996年
3.藤原道綱の母 「蜻蛉日記」、自伝的小説、975年
4.紀貫之 「土佐日記」、紀行文、日本文学史上初めての日記文学、934年。
紀貫之は、その他に「古今和歌集」、全20巻、歌数1111首、912年頃。四人の選者の一人であり且つ選者の主役です。
5.和泉式部 「和泉式部日記」、日記、1008年
6.紫式部  「紫式部日記」、日記、1010年
7.小野小町、歌人、古今和歌集の序で六歌仙の一人の女性と選ばれています。絶世の美人と言われ、生誕地もお墓も全国に散らばっていると言われています。三十六歌仙となると女性歌人が続々と登場してきます。

昔の男社会の中でこれだけの女性文学者が活躍しているのは日本だけです。当時では女性の活躍は世界の最先端だったのです。特に紫式部の「源氏物語」は世界最初に女性が書いた長編小説です。パックン氏初め欧米人が崇めるシェイクスピアは男性ですが、生まれたのは1564年です。「源氏物語」誕生から500年も経っているのだ。アメリカ人女性、マーガレット・ミッチェルの書いた世界的ベストセラー、「風と共に去りぬ」が出版されたのが1936年です。人類最初の女性小説家誕生から900年も超える年月が経っているのです。平安時代に数多くの女性文学者が活躍するためには国内で戦争があったのでは執筆活動などできません。西尾幹二氏は、自著「国民の歴史」(産経新聞社)の中でこう書いています。
「嵯峨天皇の弘仁年間(810―823年)以来、死刑が実際上の廃止という出来事が起こった。後白河天皇の時代の保元の乱(保元元年・1156年)による源為義などに対する
処刑まで、26代、346年間、実際上死刑が執行されることはなかった。このことは日本刑法史上はもとより、世界刑法史上よりみても注目に値する事実である。」
まさに日本列島は平和そのものであったのだ。
平安時代の後、17世紀初めに江戸時代をむかえますが、この時代もおよそ300年間の平和を体験しています。現在の天皇陛下は125代目です。ざっと2000年の歴史がありますが、そのおよその三分の一の700年間が平和だったのだ。しかも日本は島国で海外領土も一切なく純然たる日本列島での幸せを築いたのです。なぜ幸せを築けたのか。日本人は、その国の平和は、自己主張の強さより他人への気配り、すなわち「忖度」が優先されるということを知っていたのです。その「忖度」対する欧米の気質は何か「自己主張」です。ペリーが幕末日本にやって来た時のアメリカの国務長官、ダニエル・ウエブスターは、こう言っています。
「日本列島の地下深く埋蔵する石炭は、万物の想像物である神の御心により全人類のためにさずけられたもの」と語っています。この自己主張の強さを見てください。この自己主張の強さに一神教が加わるとこれほどの傲慢になるのだ。これではいずれ日米戦争が起きるのは当たり前です。私たち日本人は、日本列島全体で平和に暮らすには、自己主張の強さより相手への気配りが重要であることを知っていたのです。このため「お笑い」においてはアメリカでお馴染みの悪の強いネタは嫌われるのです。他人への気配り、「忖度」が優先するのです。

少し長い説明になりましたが、パックン氏は日本のお笑いが欧米より少しおちる例を三つあげていますが、そのうちの1,2はこれで説明できます。3。「日本だけでなく英語圏以外の国から世界を制覇したコメディアンが殆どいない。欧米のコメディーがグローバルスタンダードになっている。」この理由を説明いたしましょう。
欧米諸国は、高度な科学文明の有利さで異民族支配に長けていたことが事実です。もし日本という国がなければ、支配する白人種と支配される有色人種に分かれ、有色人種の国で独立国はごく限られたものになったでしょう。英語が国際語化され、映画産業が先進国だったし、欧米風の物の見方、考え方世界的に広がっていったことは確かです。そのため欧米のコメディーがグローバルスタンダードになったのです。

アメリカの歴史は新しいことは知っているが、念のためアメリカの建国記念日を調べたら、1776年7月4日です。まだ建国250年にも達していないのだ。すなわちまだ江戸時代より短いのだ。歴史の古い日本では、農家が300年続けて農家していた家系はざらにあります。江戸時代に発展した歌舞伎は、現在では400年を超える歴史を持ち、現在でも興行され、時には外国でも興行されているのだ。日本の歌舞伎や相撲は、エンターテイメントの世界でも先進国なのだ。パックン初め多くの外国人が日本のテレビのお笑い番組は、最初はさっぱりわからないのは当然です。「忖度」の文化など知らないからだ。アメリカの建国ぐらいの長さの歴史を誇る「老舗」など日本ではありすぎて数えきれません。

平安時代の古今和歌集を紹介したが、日本最古の歌集は、万葉集だ。奈良時代に編集されたというが、57577という31文字で綴る短歌です。4500首ほど集められ全20巻です。現在でもこの和歌を読む日本国民は多い。毎年、年初めに皇居で歌会始め行われ、その発表式に自分の和歌が詠まれたいと宮内庁に自作を郵送してきます。皇居の「歌会始め」がいつから始められたか定かではないが、一番新しい史実は鎌倉時代中期(1267年1月15日)宮中で歌会始が行われています。以来面々と今日まで歌会始を続けているのです。
日本と言う国は、125代目の天皇陛下と2000年という古い歴史を持つ国です。そのため古い文化が沢山あり、遺物として残っているだけでなく、数々の古い文化を続行しているのです。シナは五千年の歴史を持つ国と言われていますが、シナ得意の大嘘です。シナ全体が何百年と外国に度々支配され、現在は建国70年にも満たない新国です。シナには古い建造物はほとんどありません、国民が殆ど薪などに使ってしまうからです。従ってシナの古代遺物品はほとんど地下から出てきます。シナ、北朝鮮、韓国には「老舗」など何もありません。
日本との民度の差があまりにも違い過ぎます。その日本は極東の小さな島国で歴史の古さだけが自慢の国ではありません、現在の科学文明、世界経済を代表する大変重要な国家でもあるのです。生活水準も高く、社会保障制度も整い、江戸時代の武士たちが作った都市、江戸は当時のロンドン、パリを超える世界最大の都市です。その江戸を東京に名前変えました、現在では東京は世界一安全な大都市です。平均寿命も世界最高齢に近いほどの長命国です。ノーベル賞にいたっては、毎年のように受賞する常連国のような状態です。こんな凄い国が、日本以外に世界のどこにあるかというのだ

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