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「80-50問題」は共産党のせい。(その2)

前回、(その一)で伝えたように、私が中学を卒業する前年、昭和29年(1954)4月5日、15時33分発青森駅発上野駅行き臨時夜行列車。これが、その後20年間呼ばれる「就職列車」の始まりだった。北海道、東北、北陸、九州、中国、四国などから中学卒業生が就職先として大都会に呼び寄せられたのだ。私は現在81歳だが現在79歳から99歳までの年齢の人は、最終学歴が中卒の人が一番多いい年代だということです。
私が高卒で社会に出て驚いたことは、大学生が共産主義にかられた政治的な暴動に出る行為が非常に多かったという印象だったことです。
アメリカ占領軍(GHQ)が占領当時の政策の一つに治安維持法の撤廃と政治犯の釈放の要求だった。約220名の共産党員が獄中から解放され、徳田球一、宮本顕治、志賀義男、袴田里見などが出獄と同時に、「党拡大強化促進委員会」を作った。機関誌「赤旗」を再刊行し、党本部を現在の渋谷区千駄ヶ谷に置いた。戦争に反対した共産党員たちの出獄は、凱旋将軍を迎えるように歓迎されたのだ。その後数十年間、共産党や容共勢力(労働組合、国労、日教組、日弁連、知識人、学生たち等)が我が世の春を謳歌するように暴れまくったと言ってよい。
私が高卒で働きだし、大学生の年齢になったころ。1960年6月(昭和35)に全学連が衆議院南通用門から国会にむけデモを仕掛け警官隊と激突した。その激突の最中に全学連の共産党員で東大の女子大生、樺道子さんが死亡した。死亡原因は警官隊との激突最中に転び彼女が下敷きになったからだ。当時女子大生は少なかった。それが東大の女子大生だから大きなニュースで取り上げられた。死亡時彼女は22歳、私と同じ年だ。私は貧乏、高卒で働いていたから大学生のストライキなど徹底して軽蔑していたから死亡した東大女性など同情心すらもわかなかった。

それから20年位たつと私も勉強して現在日本の保守知識人と言われる人たちの中には、共産党員だったり、全学連に加盟したりして反米親ソ活動に参加していた連中が多いいことを知った。例えば、最近自殺した西部邁だ。西部の年齢は、私より一歳若い。彼も共産党員で全学連の幹部だった。彼も死んだ東大女子大生、樺道子さんと同じデモに参加していた。西部の人生の後半には、有名な保守知識人になっていた。「俺は自殺する」など偉そうなことを言っていたが、いざ彼が自殺すると、彼の直近の部下、二人が自殺幇助者として逮捕されていた。若い時全学連に加盟したり、共産党員になったりした男が、大人になると有名な保守知識人になる人間は、西部邁以外にも大勢いる。「つくる会」の会長のとき八木秀次は、「つくる会」の執行部には極秘にして中国のスパイ網の一組織といわれる「中国社会学院日本研究所」を訪問し歴史認識をめぐって会談し、その後は逆に中国の歴史研究者を日本訪問させているのだ。その結果八木秀次は「つくる会」を追われ、その抵抗として数々の暗躍策を講じた。その一つが「つくる会」の幹部が現役の共産党員だというメイルを流しているのだ。そんなこと言えば。「つくる会」の理事経験者で現在は育鵬社の歴史教科書代表執筆者、伊藤隆氏は、共産党員です。この八木秀次が第二次安倍内閣が作った「教育再生実行会議」のメンバーの一人になっていたのには驚きのいたりです。

私は「つくる会」の神奈川支部の会員になって15年のベテラン会員です。「つくる会」の公立中学校用の歴史教科書と公民教科書の販路の邪魔をするのが各地方にある教育委員会。教育委員会のメンバーは、ほとんどが日教組あがり。日教組と言えばミスター日教組、と言われた悪名高い槙枝元文氏。彼は1971年に日教組委員長になり1975年に総評議長になっている。日教組委員長を12年間務め、又委員長になる前は日教組の幹部役員を務め、計30年間日教組の幹部だった。まさに「ミスター日教組」だった。その彼が日教組委員長時代の1973年に訪朝し、その際にこう語っている。
「この国は、みんなが労働者であって資本家、搾取者がいない。だから、みんながよく働き、生産をあげればあげるほどみんなの財産がふえ、みなの生活がそれだけ豊になる・・・この共産主義理論を徹底的に教育し、学習し、自覚的に労働意欲を高めている。またこのころは、労働―生産-生活の体験を通して現実的にも実証されているから国民の間に疑いがない。生活必需品はべらぼうに安い。ただも同然である。したがって生活の不安は全くない。だからこの国には泥棒がいない。泥棒とは富の片寄ったところに発生する。この国には泥棒の必要がないのである。泥棒も殺人犯もいないから警察官もいない。交通整理やけが人のために社会安全員が街角にたっているだけ」。(「チェチェの国、北朝鮮を訪ねて」、読売新聞1974)
槙枝は、この時52歳、私はこの時3人の子持ちで35歳の亭主。私は凡人亭主だが、当時の北朝鮮を見る目は、槙枝ほど大馬鹿ではない。槙枝の支配する日教組の先生たちに気に入られる自虐史観もあらわな歴史教科書や公民教科書を戦後の出版会社を出版し、文科省は教科書採択戦の度に文科省許可を与えてきたのだ。さらに1982年、宮沢喜一内閣官房長官が近隣諸国条項「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」
文科省は教科書についてこの点が敏感になった。さらに1980年代に社会党の石橋委員長が非武装中立論を提唱。日本人が主張する論理には論理的な面、法的な面での考慮は全くなし、只情緒的に主張するだけ。知識人が非武装中立を唱えれば、進歩的文化人と呼ばれるのだ。
文科省はまた南京虐殺事件はなかったと否定する「つくる会」の歴史教科書には検定合格を決して与えなかった。文科省は、南京虐殺否定論者の学術論文を一切無視し続けた。そのため日本中に使用されている中学校の歴史教科書に南京虐殺事件を否定する教科書は一冊もなかった。 2015年(平成27)10月、南京虐殺事件についてユネスコは中国の申請に対し記憶遺産に登録した。これは安倍政権の大チョンボです。
戦後50年間は、共産党を含む容共勢力、(日教組、労働組合、教育委員会、歴史学者、市民団体、日弁連、朝日新聞を筆頭とする各メディア等)発言力、行動力が最高に強かった。これにくわえた政府の反発力は弱かった。その影響力が日本国民の愛国心の強さを弱めてしまった。一つ例をあげれば、「思想、信条の自由が常に正しい」と主張するあまり公立の小、中、高、では「君が代」を歌わず、「日章旗」を挙げなくなってしまった。現在日本人の愛国心は史上最低でしょう。

ここで読者の皆さんによく知ってもらわねばならないことがあります。愛国心の薄い民族には共産主義が流行るということです。では日本共産党の実体を見てみましょう。
党員数:1961年・8万800人、1982年・48万人、2017年・30万人。
「しんぶん赤旗」の読者数:1961年・30万人、1980年・355万人、2017年・113万人
支部数:2000年・2万6000、2006年・2万4000、2018年・2万支部。
政党への個人寄付額:2016年・日本共産党(80億2362万円)、自由民主党(39億7356万円)、公明党(25億6560万円)、共産党の個人献金は自民党の二倍、公明党の3倍以上。日本共産党の議員数:国会議員2018年現在・衆参26名(衆議院12名、参議院14名)、地方議員2017年現在2754名(都道府県議会149名、市区町村議会2605名)
これだけ多くの議員を抱えている共産党は、明らかに大きな政治力を持っています。

それでは世界の共産党の勢力を見てみましょう。現在、共産主義の国は、中国、キューバ、北朝鮮、ベトナム、ラオスの五か国のみ。主要先進国で共産党が国会で議席を持っている国は日本とフランスのみ。ところがフランスの共産党はジリ貧が続くため党名変更が議論されているのだ。少し古い話だが昭和29年8月のニューヨーク・タイムズが世界で共産党を非合法化している国を調査しています。非合法化している国は、アメリカ、スペイン、韓国など約40か国、違法ではないが制限している国は西ドイツなど多数あります。要するにもう欧米では共産主義が死滅しつつあるのだ。二十世紀は、共産主義の誕生と死滅を目撃した世紀と言われています。「共産主義国書」によれば「ソ連2000万人」、中国6500万人」が粛清・殺戮されたと述べています。それではなぜ日本の共産党だけが隆盛を迎えているのか、世界では極めて珍しい珍事と言っていい。読者の皆さん、その理由は何だとおもいますか。その理由は現在の日本人は、世界最低の愛国心しか持っていないからです。一つ数字を上げましょう。日本の調査機関が36か国を調査した。「もし戦争が起こったら国のために戦うか?」
「はい」と答えた日本人は15.6%、韓国人は74.4%、中国人は89.4%、アメリカ人は63.3%。

50年間以上も自虐史観が教えこまれ、日の丸を上げず、君が代も歌わない時代が長く続いた。現在でも日本をことさらひどくけなす人が多いいから愛国心などないのだ。
現在、「80-50問題」があります。親が80歳代で子供が50歳代。親は大学出で、子供も大学出て、子供50歳代でも「引きこもり」。私も8月で81歳になる。私の年代の大学生は、全学連の大学時代、卒業すれば大企業のストライキ、日教組(学校の先生)のストライキ、国鉄労組のストライキ等々、ストライキ慣れして、日本全体が共産主義国家にはならない、と思って、無意識のうちに容共精神になっているのだ。50代の自分の子供が「引きこもり」になっても老後は生活保護などで政府が面倒見てくれるだろうと安心感にふけっているのだ。そこで私は、現在の年寄で年齢が75歳位から95歳位の年齢で大学に進学しておらず、特に中卒で大都市に働きに出た人たち。私は高卒で苦労したが幸い自宅が大都市、横浜に近かったから就職列車に乗らずにすんだ。中卒で就職列車にのって大都会に働き来た人たち、あなたがた大変苦労して生活を築きあげた人たちだ。私はあなたたちの苦労がわかるのです。明日の日本に向かって苦労する日本に向けて、あなたたちの率直な意見を積極的に公言してください。特におばあさんたちには、現代の若い女性には、きっと苦言があるはずです。それを世間に向けてどん、どん発言してください。私の時代の大学卒業生たちは、皆さん、大なり、小なり組合活動などで共産主義の影響を受けているのだ、高卒で終わった人、中卒で終わった人だけが共産主義に影響を一切受けてこなかったのです。日教組の先生方は、皆、共産主義の影響を大なり、小なり受けているのです。50年間以上自虐史観の歴史をふりかざし、祖国日本をぼろくそにけなし、学校で君が代を歌わせず、日章旗を上げる事さえ禁止したのだ。それだけに皆さんの声が大事なのです。お願いです、大声をあげてください。共産主義者たちを徹底的に叩き落としましょう。

参考文献:拙著「保守知識人を断罪す。(つくる会)苦闘の歴史」 総和社、平成25年
     「日本共産党の正体」。福富健一、新潮社、平成31年。
    「数字の比較でわかるトンデモ日本」。「日本の数字」研究会、主婦の友社、2021年。         
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