横浜サイエンス フロンティア高等学校

私の住む横浜市に市立の理数科を専門に教える高等学校が新設され今年4月に開校した。新しく建設されたすばらしい校舎に、最新鋭の実験設備を豊富に揃え、先生方もノーベル賞受賞者も含め現在日本で活躍されている一流の学者、技術者が直接生徒たちを教えます。生徒たちを「先端科学技術の知識を活用して世界で幅広く活躍する人間」の育成を目指すとしています。簡単に言えば、理数科を得意としている子どもたちを、高校生のうちから理数専門教育を受けさせ、その才能を伸ばそうとするのが目的です。私はこのようにエリートを養成する学校創設には諸手をあげて賛成します。
しかし以下に述べる三点については、この学校だけの問題ではなく広く社会一般に通じる問題点でもあります。
1.横浜サイエンス フロンティア高等学校、恐らく教育委員会が学校の名前をつけたのでしょうが、この学校の名前のつけかたは一体なんですか、全く気に入りません。私にいわせれば実にけったいな学校名です。完全に現在大はやりの、立派な日本語がありながら、わざわざ英語に言い換えて使用する傾向を典型的に示しています。なぜ横浜理数専門高等学校、あるいは横浜理数専門学校ではいけないのでしょうか。第一サイエンス フロンティアで理数課を専門に教えるという意味にとれるでしょうか。
現在の日本国民のほとんどが、意識的にせよ、無意識にせよ日本語は、ださいなもの、英語やヨーロッパ系語の方がかっこいいものと思っているのです。どんな言葉が今日常的に使われるようになっているか例をあげましょう。リベンジ、コラボレイション、パーフォーマンス、レシピ、コンプライアンス、アンチエイジング、ターミナルケア、コンシェルジェ、等等。これら全部立派な日本語があります。まだ探せばいくらでも出てくるでしょう。その他テレビの定時のニュースの時間では、七時のニュースとか九時のニュースとか言っていたのに今では、ニュースセブン、ニュースナインと言っています。
私は日本国民に聞きたい。あなた方は、自国の言葉である日本語を誇りに思うどころか、自国の日本語を呪っているのではないですか。私には呪っているとしか思えません。北海道のサッカーチームに「コンサドーレ」というチームがあります。このチーム名の由来は、最初は北海道のチームだから「道産子」を考えました。しかし日本語じゃまずいからさかさまにして「コンサド」それに「オーレ」をつけてスペイン語風を出したというのです。チーム名が「道産子」ないし「ドサンコ」でいいじゃないですか。ここには日本語へのこだわりもなければ、日本語をださいな言葉と考えていることがよくわかります。そのうえ日本人の悪いくせ。皆が外国語みたいなチーム名だから。他のチームが皆横文字だから、それだったら余計日本語を使ってみようという気にならないのですかと言いたい。
それでも「コンサドーレ」は、いままでになかった新しく生まれたものに対する命名だからわずかながらも情状酌量の余地があるような気がします。ところが「職業安定所」略して「職安」という立派な言葉がありながら、いまでは完全に「ハローワーク」という言葉が使われ、「職安」という言葉が全く聞かれなくなってしまった。恐らく役所がかってに「職業安定所」から「ハローワーク」に変えたのでしょう。それを国民は素直にしたがって「ハローワーク」を使い始めたのでしょう。日本国民の皆さん、あなたがたはバカか。一体「ハローワーク」がなにを意味するのですか。日本語へのこだわりはないのですか。だから私が最初に触れたように日本人は、日本語を呪っているというのです。そのうちにアメリカに滞在している日本人が、アメリカで職探ししようとして、「ハローワーク」はどこでしょうかとアメリカ人に聞くことになるでしょう。
明治時代には、当時日本にはなかった言葉が欧米諸国からどんどん入ってきました。明治政府の人たちは、それらに全部漢字をはてはめて日本語をつくりました。電信、電話、電報、経済、資本主義、共産主義、民主主義、革命、人権、化学などなど沢山の漢字を作りました。それらの漢字全部が、中国に逆輸出され現在でも中国で使用されています。ところが現在の日本は、どうですか。我々の先人たちが、せっかく「職業安定所」という立派な日本語をつくりながら、バカ丸出しの「ハローワーク」。この言葉に一体なんの意味がこめられているというのですか。便所がトイレになるよりたちが悪い。
横浜サイセンス フロンティア高等学校を命名した横浜市の教育委員会の皆さん、そんなに英語が使いたかったら、これから自分の女房を「ハイ、ハニー」と呼んだらどうですか。
2.教育問題に熱心に取り組んでおられる参議院議員、義家弘介氏は、この学校の開校式に出席し、その模様を次ぎのように語っています。
「競争率五倍以上の難関をくぐり抜けてきた優秀な生徒たちですから態度もよく、びしっと座っていたのですが、国家斉唱の際「君が代は・・・」に続く歌詞がわからないのです。もともと声がほとんど出ていなかったうえに、「千代に八千代に」のところでほとんど聞こえなくなってしまい、本当に悲しかったですね。世界的に活躍できる人材を生み出そうという目的で作った学校なのですが、これでは国歌も知らない日本人を育ててしまうことになりかねません。」
全く情けない話ではありませんか。
実は、私が所属する「日本世論の会、神奈川支部」では、毎年卒業時における国歌・国旗の実施状況調査をし、その結果を県教委、県議会、知事などに提出しています。今年も会員と協力者で小学校(46校)、中学校(38校)、高校(22校)の卒業式の国歌、国旗の実施状況を調査しました。年々改善されてきたのは確かです。しかし高校の卒業式になると実施状況が悪くなるので昨年あたりから高校に重点を置き始めました。
私は昨年、県立元石川高校の卒業式に出席した。壇上にピアノが置いてあるからピアノ伴奏で国歌を歌うのかと思ったら、国歌斉唱の時、一応全員起立した。それから君が代の歌入りのテープが流れ、生徒がそれに合わせて歌う式典でした。生徒たちは黙って聞いているか、テープにあわせて小さな声で口ごもっていました。直立不動の姿勢で大声をはりあげて歌う私の声が一際ひびきわたった。今年は、県立荏田高校の卒業式に出席した。この高校はピアノ伴奏で君が代を歌うことになっていました。しかし生徒たちは、義家参議院議員が言うように「君が代」の文句を知らないのです。この学校の卒業生320名、全員が歌えないのです。私や一部の人が大声あげて歌うものですから、我々の歌声の大きさが大変目立ちました。
神奈川県に関するかぎり公立学校の生徒は、高校卒業時でも国歌を歌える生徒はほとんどないのです。だから高校入学時、ほとんどの生徒が国歌を歌えないのも当然でしょう。国歌も歌えない、国に誇りを持たない、日本語にさえ誇りを持たない、そのうえ自虐史観を教え込まれている生徒にいくらエリート教育をほどこしたところで国家にはなんの役にも立ちません。
この新高校の校長、佐藤晴夫氏は、昭和44年の数学教師から神奈川県立の柏陽高校の校長になった経歴の持ち主です。要するに現場の教師をしていた時は、日章旗を掲げない、君が代は歌わないことにしていた時代なのです。その佐藤校長が、新高校の入学式の時には、日章旗を掲げ、君が代を歌わせたことは少し前進したことはたしかでしょう。しかし一昨年私は、横浜市立美し丘中学の卒業式を見学した時は、君が代の歌のテープが流れただけでした。少しずつ改善しているとはいえ、こと神奈川県の高校に関する限り、全校生徒全員が直立不動の姿勢のもとに大きな声で君が代斉唱できるまでにまだ時間がかかることはたしかです。
3.全館冷暖房付きのすばらしい校舎、最新の実験設備、現在各専門分野で活躍中の一流
の先生たち、このように恵まれた環境で勉強できるのですが、心配するのは生徒たちの精神面の教育はどうするのだろうかということです。私の年代の人たちは、若いとき国が貧乏だった、そのうえ私のように家が極貧状態だった家庭も多かった。そのために学校で特別に鍛えられなくても精神的に非常に鍛えられた。
しかし現在の若者は、恵まれて育ってきた。それだけに精神面に弱い面があります。若者の自殺や、秋葉原の通り魔事件などにみる刹那的暴力など精神面の弱さが目立ちます。めぐまれた環境の中でどうやって精神免を鍛えるか非常に重要な問題ではないでしょうか。ところがそんな討論がなされたことがないのではないでしょうか。
この選ばれたエリートの卵たちは、恵まれた環境だけで育てられるだけで、精神面を鍛えられることもなく卒業するなら、それまでに費やした時間とお金が浪費になる可能性が高い。プロのスポーツ選手になるとか、オリンピックに出る選手ならそれなりに精神的に鍛えられますが、一般学生は精神的に鍛えられることがない。どう精神的に鍛えるかが大変重要な問題なにの、教育者の間ですら考えようともしないのです。
大体現在の教育者自身がなんの苦労もなく勉強し、教師になる。教師になったら首になることがないから,実社会では精神的にタフであることの重要性など理解できないのです。国際社会で活躍できる人材の育成を目指していますが、その国際社会そのものが国内より激しい競争にさらされるのです。もし精神的に弱ければ、今まで学んできた力も発揮できずに終わってしまうのです。強い愛国心、強い精神、優秀な学業成績、この三つがそろっていてこそ、国際社会で、各国のエリートと対等に渡り合えるのです。学業成績優秀だけでは使い物になりません。
現在、高校卒まで義務教育になっているような状況です。この間、どうやって子どもたちの精神面を鍛えるかということが非常に重要な問題であることを一日も早く理解してもらいたいものです。
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8 comments »

  1. 陽山 より:

     皮肉的に表現すれば、外国崇拝は、我々日本人の劣等感の表れでしょう。奈良時代の唐物崇拝、明治時代の舶来品崇拝、戦後のアメリカ崇拝。外国崇拝は、日本人の骨髄に徹しているのでしょう。悲しい遺伝子ですかね。

  2. えんだんじ より:

    陽山様
    コメントありがとうございます。
    そう言えるかもしれませんね。
    また日本国民は、自国を自慢するより卑下する方を好みますから、それも原因になっているかもしれませんね。

  3. 陽山 より:

     この論文で思いましたが、オリンピックではジャパンで行進しますよね。日本はいつからジャパンになったのでしょうか? 世界にそんな国があるのでしょうか? 外国人の呼び方で、自国民を表現するなんて。侍ジャパン、.jp 情けないですわ。

  4. えんだんじ より:

    陽山様
    ほんとうですねぇ。侍日本とはいいませんね。
    日本という国がどんどん溶けていくような気がします。
    我々の死後は、日本の公用語は英語になるでしょうね。
    そんな時代を見ずに死ぬようなのでよかったですよ。

  5. たつや より:

    山本夏彦氏は「日本人はニセ毛唐」と喝破していました。商売人が気を引こうと「カタカナ商品の宣伝をする」のはまだましでした。
    日本語は最近では,「ホワイトカカラーエグゼンプション」などと,政治家・役人が意図的に使っています。
    日本語は日本の安全を高める攻防の意義も果たしています。日本人は日本の教育文化できょういくしろ。日本人は少学年からしっかりきょういくするためにあるのです。
    これに失敗したら,周りの国に食われて日本はなくなります,

  6. えんだんじ より:

    たつや様
    コメントありがとうございます。
    <日本語は日本の安全をたかめる攻防の意義も果たしています。
    本当にそうだと思います。だからこそ小学校の国語の時間から、立派な日本語があるのにわざわざ英語を使うなと教育してもらいたいものです。

  7. バックススター より:

    開校したばかりの学校を批判するのは
    如何なものだと思います。
    ところであなたは家には冷房はないですか?
    有ったったのは良いと思いますが

  8. えんだんじ より:

    バックススター様
    コメントありがとうございます。よく文章を読んでいただければ理解していただけると思いますが、私は学校そのものに反対しておりません。賛成です。但し、この学校だけでなく共通して言えることを三点をあげただけです。

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