「ある明治人の記録」



今年も自殺者3万人を越え12年連続3万人を越える自殺者数になり、日本が自殺大国の地位を守り続けている事になります。現在の日本は、世界的にみてそんなに暮らしにくい国なのでしょうか。私には全く理解できません。日本人がひ弱な民族になっている証明の一つではないのか。世間で自殺対策と考えられているのは、経済的援助とカウンセラーの充実だけ。精神的に強い人間を育てるにはどうすべきかなどという観点など考えないのだ。
そこで今回、参考になるかどうかわかりませんが、現在自殺を考えている若い人、あるいは現在非常に苦しい生活をしいられている若い人にはぜひ読んで欲しい本を紹介します。それは、石光真人編著「ある明治人の記録」(会津人柴五郎の遺書)です。中公新書なので全部で162頁の薄い本です。読書のきらいな人でも読みやすいでしょう。編者、石光真人の父、石光真清(まきよ)は、満州、シベリアの諜報活動に一生をささげた人物で膨大な手記を残している。息子の真人は、父の記録を整理し「石光真清の手記」を出版、これがNHKでテレビドラマ化されました。
「ある明治人の記録」の主人公、柴五郎は、私のブログ、「男の涙」(9月13日)でちょっと登場させています。彼は、大東亜戦争終結の年の12月に87歳で亡くなっています。死の三年前に彼の遺書が石光真人に手渡され、石光はその後数回柴五郎に会い直接話しを聞いて、彼の遺書に補足したりして読みやすく書いたのがこの本である。柴五郎は、会津生まれ、上級武士の五男であった。五郎の少年時代の体験はすざまじいの一言だ。私は終戦後7歳、小学校一年でした。そのころの体験もすさまじいから自著「ある凡人の自叙伝」に書いたが、考えてみれば年をとってなんのてらいもなく子供の頃の苦労を書けるというのは、たいした苦労ではないのだ、かえって読む人にとっては「俺はこういう苦労をしてきたのだ」と自慢話と受け取られる可能性もある。しかし五郎のようなものすごい悲惨な体験をすると、その悲惨さがあまりにも強烈なため思い出すことさえも拒否するようになるのでしょう。五郎が死ぬ三年前に遺書として子どものころの体験を初めて語ったという心境を多少苦労の苦の字ぐらい体験した私には理解できます。
会津戦争の時、柴五郎は10歳であった。柴家の血筋を絶やさないために母にだまされるようにして大叔母の家にあずけられ辛うじて死に遅れた。会津の鶴ヶ城攻防戦のさなか祖母、母、姉、七歳の妹まで自ら刃に伏した。後年柴五郎は、この時の様子を書き残そうとしているのですが、もう涙、涙で涙があふれて書くことができず、とうとう80歳を過ぎてしまったと書いていますが、わかりますねぇ。戦場で生き残った父と二人の兄と一緒に俘虜になり東京に送られ、解放後しばらく下僕としては働き、会津藩の下北半島移封とともに父、兄夫婦らといっしょにかの地に移った。下北半島の生活は悲惨だった。特に冬は、「餓死、凍死を免るるが精一杯なり」と記している。
早春の日、撃たれた犬の死骸をもらいうけ、柴五郎らは二十日間、これを食し続ける。住む家とてなく、いわんや塩、醤油があるわけではない。味付けなしの犬肉は最後には喉を通らなくなる。その時、父は五郎を叱った。
「武士の子たることを忘れしか。戦場にありて兵糧なければ、犬猫なりともこれを喰らいて戦うものだ。ことに今回は賊軍に追われて辺地にきたれるなり。会津の武士ども餓死して果てたるよと、薩長の下郎どもに笑わるるは、後の世までの恥辱なり」
十歳を超えたばかりの五郎は、歯を食いしばっての呑み下し、飢餓を乗り切った。
柴五郎に幸運がめぐってきた。ある人のつてで15歳の時に陸軍幼年学校に入学できたのだ。「余の生涯における最良の日」と記しています。衣食住の悩みから解放されるからです。五郎在学中の明治10年に西南戦争が起きた。西南戦争と聞いて五郎兄弟たちの喜びようがすごい。まさに敵討ちができる思いがかなうからだ。ところが五郎は在学中のため西南戦争に参加できず、兄たちが参加し無事帰還しています。西郷隆盛、大久保利通の非業の死も五郎は一切同情を感じていません。会津藩士の恨みとして当然でしょう。柴五郎が国際的に名を馳せたのは、明治33年の時に起きた北清事変(義和団の乱)です。この時柴五郎は北京の駐在武官であった。彼は日本軍の指揮をとり欧米列強の称賛を勝ち得たのだ。ところで五郎より一つ上の兄、四郎は、政治小説「佳人之奇遇」を書いた東海散士である。
柴五郎が生き抜くことができた精神的背景、すなわちバックボーンには武士道があることです。非常に辛い目に会った時、そこを生き抜くためには精神的に頼りにするバックボーンが必要ではないのではないでしょうか。前に触れましたが終戦後私は7歳、そのとき父は医者から見はなされていたほどの重病だった。終戦後の混乱した時代、母は夫の面倒見ながら私と妹二人を養うために獅子奮迅の働きをした。私は体が虚弱体質で中学校の時には、持病のある体の弱い者ばかりを集めたクラスにいれられた。それでも母の働きぶりをみて「負けてたまるかぁ!」、この言葉が私の一生のバックボーンになった。なにかつらい時、がんばらねばならない時、自然と「負けてたまるかぁ!」という気持ちがわいてきた。子どもの時に実生活で鍛えられたのだ。
しかし現在は子どもが実生活で鍛えられることがない平和な時代だ、だからこそ学校生活で精神面を鍛えておかなければいけないのではないでしょうか。ところが実際は過保護教育の一点ばりだ。日本には武士道というすばらしいものがある。武士道の精神を教えて男女とも精神的に強い日本人を育てる。これほどの自殺者が多く出ても精神的に鍛えようという考えすら出てこないのだ。
私は現在の若い人たちに言いたい。個人の艱難辛苦に埋没してしまい自殺するのではあまりにも情けない、それを乗り越えて生き抜くことに人生の意義を見いだしてほしい。古い言葉に「若い時の苦労は、金を出しても買え」という言葉があります。まさにこの言葉は名言です。なぜなら人間というものは、若い時期の経験から最も大きな教訓を学ぶと言われているからです。私も苦労して鍛えられた。今思い出しても若い時苦労してよかったとつくづく思う。これは負け惜しみでもなんでもない。心底そう思うのだ。だから若い諸君が苦労で打ちのめされそうになっても、まさに天が自分に与えた試練と堂々と立ち向かってほしい。ましてや妻子を残しての自殺など日本男子のやるべきことではありません。そんな男は最低、同情すべきではありません。この本を読んでもらって少しでも感じることがあったら幸いです。
お知らせ:
このブログを開いて一年目の10月末にも書きましたが、今回をもって毎週日曜日に更新してきたブログを終了とさせて頂きます。週刊誌のコラムを持ったような気分で毎週日曜日に更新してちょうど一年二ヶ月です。私にとっては非常に貴重な体験でした。このブログの毎週更新終了の主な理由は、やはりなんと言っても読書量の激減です。読書は、私にとって知識吸収の供給源です。それだけに読書量の激減は、今後の私にとっても致命傷です。まだまだ勉強しなければならい身です。しかしこのブログを完全に止めるわけではありません。毎週日曜日の更新をやめるだけです。
これから一月間の休み後、一月末ぐらいから毎月一回のブログ記事を提供しようかなと考えております。また同時にこれまでFC2のブログを利用してきましたが、今度は私専用のブログを開こうかなとも考えております。いずれにしましても来月末までには、このFC2のブログ上で結論をお知らせいたします。それでは皆様、一年と二ヶ月という長い間ご愛読していただきまして誠に有難うございました。皆様来年も良いお年をお迎えください。今後ともよろしく御願い申しあげます。

13 comments »

  1. より:

    プログを開かれていると一週間は短いでしょうね。
    加えて書く為の資料の整理を考えると「読書」の時間は減少して当然だと思います。
    私も今までは一週間で読めたものが半月も罹るのが当然の様に横着になってくるのです。
    色々勉強させて頂きました。今回の自殺に関しても自殺をしたいと考えた事が無いので判りませんが、死にたくなるのは、死にたいと考えるからで、死ぬまで何かをしてるか、次にやる事を考えていれば死ねない。
    従軍経験の有る中学の先生が言って居たのを思い出しました。
    武士道とは死ぬ事なり~公に死し、私を生きる。
    その先生は「克己自制」・「克己復礼」の「意味を解説して呉れたものです。
    公に死ぬのは恥ではないが、私に死ぬのは男として恥だよ。が口癖、余程戦時の経験が辛いものが有ったものと生徒はシーンと聞いていたものです。
    昔の先生は軍人生活を経験した人・戦闘を経験した人が教壇に立った人も居ましたので、戦死者の友人を見た人が生徒を教えてくれた。私の年代では戦時を経験して居ますので、先生が現在のように生徒・父兄に媚びる人もなく、叱る方法も、叩く方法も良く御存じの経験者が教育をされて居たのが今日との大きな違いが有ります。
    我々の時代が戦後教育の始まりの「幸せ世代」の最後かも判りません。現在は「経験」もなく大学を出て、すぐ生徒を見るのですから、人生経験もない、人生自体が判らない人が人を引き付ける事もないでしょうし、体罰は無理、生徒に迎合するしか、教える事は出来ないのではないかと思います。
    人生の厳しさを知らぬ先生が、生徒を教科書だけで教える。時代がそうさせるのでしょうが、それを補う「道徳教育」を抜いてしまったのですから、何を目的に生きたら良いのか判らないところで、人生の敗者の道を選ぶのでしょう。
    ホントに「窮屈」で「未来」が見えない人達が政権を取り、日本を何処へ引っ張郎としているのか?民主党議員だけが生き残れば、「日本」はどうにでもなる?と考えているのではないだろうかと考えると、背筋が薄ら寒い毎日です。又機会が有れば記事を書いて欲しいと願って居ります。良いお年を・・・・

  2. 西澤哲夫 より:

    毎回有意義なブログを読まさせていただきお世話になりました。
    この度は暫く休刊とのことで残念です。
    えんだんじの歴史街道と海外時評論の見識の広さと的確な時代把握に感服している次第であります。大変参考になりました。
    ブログの再開を鶴首いたしております。
    良いお年をお迎え下さい。

  3. えんだんじ より:

    猪様
    猪様には、毎ブログのたびにコメントをいただき誠にありがとうございました。来月末ぐらいから、今度は一月に一度という形式でブログを書こうと考えております。
    そのときまたご愛読のほど御願いします。
    お体を大切にしてよいお年をお迎えください。

  4. えんだんじ より:

    西澤哲夫様
    おほめのお言葉をいただきありがとうございます。
    来月末から今度は一月に一度の割合でブログを書く予定にしていますので、またご愛読のほどよろしく御願い申し上げます。
    西澤様も良いお年をお迎えください。

  5. 一読者 より:

    早速、「ある明治人の記録」を発注いたしました。
    読むのを楽しみにしています。
    良い本をご紹介いただき、ありがとうございました。
    読書と著作活動に専念され、一冊でも多く本を書いていただきたいです。

  6. えんだんじ より:

    一読者様
    私の推薦する本を発注してくれたのこと、うれしいかぎりです。
    <読書と著作活動に専念され、一冊でも多く本を書いて いただきたいです。
    励ましのお言葉もいただき、これまたうれしいかぎりです。
    良いお年をお迎えください。

  7. より:

    今年は色々勉強させて頂きました。良き新年を・・と言いたいのですが期待できませんので、近代日本・韓国史を纏めて見たいと思います。来年もよろしくお願いいたします。

  8. えんだんじ より:

    猪様
    こちらこそ毎ブログ記事の度にコメントいただきましてありがとうございます。来年は今年より悪い年になりそうです。本日の産経の記事には北海道日教組が竹島は、韓国の領土だと公表したとか。なにかも救いがたい世の中です。せめてお互い自分の体だけは大事にしていきましょう。こちらこそ来年もよろしく御願いいたします。

  9. 奥様 より:

    えんだんじ様
    明けましておめでとうございます。
    読書などのため、一ヶ月にいちどの更新になるのですね。完全になくなるのではないので、安心しました。
    今後とも、ご活躍ください。
    えんだんじさんのような、日本人がいるので、日本は絶対に大丈夫だと思います。勇気付けられます。

  10. えんだんじ より:

    奥様さん
    おめでとうございます。
    おほめの言葉をいただいて恐縮です。例え微力でも国のために尽して死んでゆきたいと思っています。これからもご支援のほどよろしく御願いします。

  11. より:

    本年もよろしくお願いします。
    韓国近代史もボツボツ終了に近つきましたが、細かいところの検証を足していきたいと頑張って居ります。
    鳩山政権も藤井氏の逃走でどうなるのでしょう?傲慢な独裁者に愛想が尽きたのでしょうか?馬鹿なマスコミが副大臣を呼んでしゃべらせていますが、自民党の反対をするのが、民主党の「政策」ですから国民は救われません。
    悪いのは「自民党」ではやらないで有ろう、外国人参政権を「悪法」と思わない神経、恐ろしい集団です。

  12. えんだんじ より:

    猪様
    おめでとうございます。
    <韓国近代史もボツボツ終了に近つきましたが、細かい ところの検証を足していきたいと頑張って居りま   す。
    もうすぐ完成ですね。本にされるのですか。ぜひ読みたいですね。

  13. 1 より:

    『朝鮮進駐軍』について知って下さい 
    今日本で起っている大変なことの意味がすべて分かります
    http://www.youtube.com/watch?v=uyMLaVq4ez0 
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-748.html
    そしてできたらどうか拡散して下さい

Leave a Comment

 

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)