短編小説 「女のため息」



私は、拙著「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の英文版が出版され、またその初版の改訂版を書き上げたら本格的に小説を書きたいと思っているのですが、ひょんなことからあるアイデアが浮かび、短編小説を書いてみました。以下がその短編小説ですが、なにしろ生まれて初めて書いたので、できがいいのか悪いのかさっぱりわかりません。読者の皆さんは、どう思われますか。もしこんなもの読むほどの価値がないと思われた人がおりましたらひらにご容赦お願いいたします。

春江、34歳、独身。勤務先は有名なブランド名を持つ高級子供服メーカー。会社のお店はすべて一流デパート内にある。現在、銀座のデパート内にある会社のお店は、社内で最大の売り場面積を持ち、最高の売上高を誇るが、春江は最近その店長になったばかり。職種が職種だけに女子社員が多いいが、春江はその中でも最速の出世頭だ。高卒以来16年間でこの地位を得たことになる。春江の父はアル中、弟、博は軽度の知恵遅れ、生まれつき知能指数が少し低いのだ。家計は貧しく母一人がこまねずみのように働ききまわっていた。春江は一日でも早く本格的に働きたくて高卒を待ちわびるようにしていまの会社に就職した。そのため入社時から働く意欲、向上心、自立心は他の新入社員より並外れていた。要するに沢山お金をかせいで、キャリアウーマンとして成功したかったのだ。そのためにはあらゆる努力をおしまなかった。営業を選んだのも、自分の努力が売り上げの形ですぐに表れるからだ。自分が有能な女であることを他の社員にはっきり示す事もできる。衣料品のようにその場でお客が買うか買わないか決断するような営業は、やはり営業マンの能力や積極的なセールスが物を言います。それには春江は天性の如才なさと社交性があった。あまりにも如才なく八方美人的なので誰もが良い人という感じを受けてしまうのだ。本性はとてつもなく気が強く、春江がアル中の父がしらふの時にけんかする姿など、お客が偶然にも見てしまったら恐らく春江に興ざめしてしまうでしょう。もっとも春江にしてみれば、母を泣かし家族泣かす父を憎しみぬいているから無理もない面もある。如才なさと社交性が天性なら春江にもう二つ天性のものがある。彼女は声美人だ。誰もが認める美人がいるように彼女の声は、誰もが認める声美人なのだ。もう一つは彼女の手の指の美しさだ。白くふっくらした指。少し長めの指、つめの形もすばらしい。お客さんの目の前で子供服の見本みせたり、着せたり、脱がせたり、たたんだりするときに、お客さんは無意識に「きれいな手」と感じてしまうのだ。

春江の素顔は、決して美人ではない。十人並みです。しかし最近ではメーキャップ技術の向上で10人並の顔が、5,6人並になり、きれいと言われるようになっています。そしてその顔には春江の努力で得た魅力的な微笑みがある。春江は自分が美人でないことは充分知っていた。しかしセールスには、微笑みは欠かせない。鏡を前にして自分ができる色々な微笑を作ってみた。歯並びの良さを見せる微笑みがいい。その中で自分が気にいった微笑みを見つけると、その微笑を無意識に出せるように、それこそ何度も何度も鏡の前で練習した。今では必要な時、例えば実際の営業の時、写真を撮られる時など、いつでもその微笑を出せるようになっていた。春江の身長は165センチ、バスト、ウエスト、ヒップから足の線にかけてのスタイルは、まあまあです。とりたてて良いともいえないが、とりたてて悪いともいえない。人生を積極的に生きようとする春江には、はつらつとした印象をあたえるオーラもある。そのため春江の全体像を眺めて見れば、同姓にも異性にも充分魅力的であった。

春江のこれまでの出世街道は、社内では伝説的でさえあった。春江は、会社から数々のお店に派遣されたが、彼女が売り場に立つと、その売り場のこれまでの最高売り上げを必ず上回る成績を残すのだ。春江の上司も彼女のことだからある程度の成績を上げるだろうと予想していたが、その予想を上回る売上高にびっくりし、当然のごとく会社の経営陣に春江の名前が刻まれたのだ。現在では社内随一の売り場面積を持つ店の店長として営業をまかされているばかりでなく、入社シーズンになると営業職の新入女性社員向けに特別講義を受け持ち、また社内の子供服デザイン会議にはアドバイザーとして参加する重要な役をこなすようになっていた。春江は社内ばかりでなく、業界内でも非常なやり手ばかりでなく魅力的な女性としても知られるようになっていた。

春江が20歳のころ彼女は恋に落ちた。相手は当時26歳の不動産会社の営業マン、武だった。武は、彼女の好みである体のがっしりしたスポーツマンタイプで男らしさの雰囲気を多分に持った男だった。同じ営業職同士話が合い深いつきあいになり、春江は初めて男を知った。一年後ぐらいに武は春江にプロポーズした。春江はうれしかったが、彼女の心には、まだ結婚と言う準備が全くできていなかった。プロポーズされて春江は、初めて知恵おくれの弟、博の存在と武の実家との経済格差に不安を覚えた。彼女はこの知恵遅れの博を可愛がり、愛していた。二人でしょっちゅう色々な話をしている。時には母との会話より、博との会話の方がリラックスできる時もあった。当時、フォレスト・ガンプというアメリカ映画が上映されていた。フォレストとは人の名、ガンプとは、うすのろとかうすらバカとかいう意味だ。軽度の知恵遅れの主人公が努力と幸運に恵まれ成功する物語の映画だった。その年のアカデミィー賞をとっていた。春江は博を連れてこの映画を見た。映画終了後、春江は弟がどの程度映画を理解できたのかわからなかったが、こんな事を言った。
「お前も、映画の主人公のように、自分の人生を積極的に生きてほしい。例え失敗してもいいから積極的に生きてほしい。姉さんは、どんな時でも博の味方だよ。覚えていてね」
博は、はっきりと頷いた。春江は、博にとって絶大な信頼を寄せる存在だった。子供の頃ある日、博は三人の男の子にいじめにあった。それを偶然見とめた春江は、猛然と三人の男の子に戦いをいどんだ、気が狂ったように叫びながら戦った、これを見た博は、いじめというといつも逃げ回っていたのが本能に目覚めたのだろう怒りに狂って猛然と向かっていった。博は知恵遅れとはいえ体は大きいのだ。けんかしたら体格ではまけないのだ。姉と弟の気の狂ったような二人組みに圧倒され、三人は逃げるようにして消えていった。この時のけんかを博は、一生忘れないだろうと思っている。その日以来博からおどおどした態度が消えていった。その博を春江は、武に紹介した。武は、弟さんは二人の結婚になんら障害にならないと宣言した。春江は涙が出るほどうれしかったが、プロポーズの話はもう少しつきあってからと春江は返事を先のばしにした。それから一年ぐらいつきあっただろうか、武は春江のもとを去っていった。春江は泣いた、しかし立ち直るのも早かった。今では春江は、武のプロポーズは二人の付き合いの一時的燃え上がりの結果であり、武も冷静に考えれば、自分の女房に知恵遅れの子供ができるかもしれない恐ろしさに怖気づいたのだと考えていた。

武と別れた後は、これまで以上に仕事に精を出した。その結果が会社の中で売り場面積最大のお店の店長だった。仕事をいまところ順調にこなしているが、春江は、現在ひょっとして自分の人生の岐路にたっているのではないかと考えているのだ。なぜなら彼女は生まれて初めて自分は「女」であること、「女の性」を意識したのだ。現在はなにごとも男女平等、この男女平等が当たり前すぎて、「男女異質」がはっきり現存するのに、世間では無理に「男女異質」を無視しているような気がしてならないのだ。特に職業婦人として成功している女性たちほど男女異質をあまり口にしないような気がするのだ。

現在、春江には、男女異質をはっきり意識するものが二つある。一つはセックスであり、もう一つは仕事だ。春江には、今セックスフレンドがいる。今から10年ほど前、春江にプロポーズした武が彼女から去っていてしばらくした頃、アメリカのテレビドラマ,「セックス・アンド・ザ・シティー」(sex and the city)が大変人気だった。ニューヨークの仲のよい四人の独身キャリアウーマン、一人一人の仕事と恋とセックスと結婚と家庭でおりなす人生模様を描いたものだ。最近映画にもなって日本でも公開された。この人気ドラマは、アメリカの若い働く女性の生き方や価値観に大変な影響を与えたという。私もテレビドラマの一部と映画を見ましたが、私に言わせれば、女性に対する伝統的な役割や概念に対する挑戦、自由奔放なセックス、ファッションでなりたっているだけでそれほど面白いドラマでもなければ映画でもない。しかしこれは定年男の意見であって若い女性は別なのでしょう。向上心と自立精神旺盛な春江は、このテレビドラマが大好きでよくDVDを借りて見ていた。このドラマに刺激されたのか自分にもセックスフレンドがいてもいいと思ったのだ。男女平等の世界、ドラマに出てくるキャリアウーマンのように、男が自分好みの女の子と一夜を共に過ごすように、女が自分好みの男性と一夜を共に過ごす。そのため女は、その時のためにいつでもバッグにコンドームをしのばせておくのだ。春江は、コンドームこそバッグにしのばせなかったが、いずれその気になる男性が現れればセックスフレンドの関係も悪くないと考えたのだ。

しかし映画のように簡単にみつかるとも思っていなかった。一夜を共にするといっても誰でもいいはずはなく、相手にそれなりの信用もなければ恐くてセックスなどできるわけがない。春江自身そんな簡単に実現するはずがないと思っていた。ところがひょんな関係で簡単にセックスフレンドができてしまったのだ。彼の名前は大作。大作の容姿は当然春江好みの男だ。大作は春江が大分前働いていたお店があるデパートの外商部のスタッフだった。春江は当時大作には自分好みの男だから好意を持っていた。二人はある日偶然バッタリと赤坂で出くわした。喫茶店でよもやま話をし、別れ際に大作は春江を夕食に誘った。春江は0Kした。大作とは初のデイトだった。デイトを重ねるうちに自然な形でセックスフレンドになっていった。大作はけっこう遊び人であることがわかった。春江はセックスフレンドだからそれの方があとくされなくて良いと考えたのだ。最初のうちはほとんど誘うのは大作のほうで春江から誘うことはなかった。そんな関係が始まっていまでは三年目になるが、春江は自分の体の変化に驚いていた。

春江は大作が好きになったわけではなかった。ただのセックスフレンドだけの対等な関係であったはずだ。ところが今ではたまに自分から大作を誘うし、ある日など大作と食事している最中に彼の目を見つめた瞬間彼女の体に突然電気が走ったようにセックスらしきものに酔い息遣いが少し荒くなってくるのがわかった。春江は突然トイレに行ってくると席をはずし、トイレで息を整えていた。春江は惚れてもいない大作に自分の体がだんだん大作のものになっていくような恐ろしさを感じ始めていたのだ。変わったのは体だけではなかった。心理状態も変わった。最初からセックスフレンドとわりきっていたから、大作のプライベートのことなだまるっきり関心がなかった。彼には現在彼女がいるのか、それとも結婚しているのか、子供までいるのではないかとか気になりだしたのだ。だからといって春江は、大作と結婚したいなどと露ほども思わなかった。大作はプロポーズしてくれた武とは違った物の見方、考え方即ち価値観で春江とはまったく合わなかった。大作は運命論者でいくら努力しても人の一生は決まっているというのだ。だから大作には向上心などいっさいない。楽しく過ごせればそれでよい。要するに大作は、外見が春江の好みだけで、中身はきらいなタイプなのだ。しかしセックスフレンドなどと気安く言っているがセックスを重ねるうちに相手に情が移ってしまうのではないか。これは自分だけの変化なのか、他の女性もそうなるのかわからなかった。一方大作の方はこの三年ぐらいの間なにも変わらなかった。ベッドの中でも外でもまったく同じであった。春江は、対等なセックスフレンドとは言え、女性にとっては短い期間の方がベターだ、長くなると女性は情が移ってしまい決断力がにぶりそうだ。男女の体の構造が違うので、フリーセックスも男女異質を考えなければいけないのではないかと疑問を持つようなったのだ。

春江がもう一つ男女異質をはっきり認識したのは彼女の仕事だった。それだけに彼女にとって深刻だった。春江はこれまで仕事に熱中してきた。セックスフレンドがいたからと言って仕事の手抜きなど絶対しなかった。営業は百の講釈より売り上げがすべてだ。売り上げが高けりゃ、社内の発言権も強く、経営陣の覚えもいい。春江は売り上げを上げるために考えられるあらゆる努力した。自己主張をはっきりさせる春江は、自分の売り上げの高さを背景に思いきった意見を吐くこともある。それだけに他のスタッフからの妬みもかいやすい。そんなことを一々気にする春江ではなかった。春江は仕事に対しては絶対の自信があった。ところがここにきて彼女は、仕事に対する意欲が少し衰えたのだ。以前のような仕事に対するがむしゃらせいがなくなっていたのだ。原因は子供だった。女性には、適齢期が二つある。結婚適齢期と出産適齢期。結婚適齢期を失しても女性が結婚できるチャンスは大いにあります。しかし出産適齢期を失しるとその女性は、一生自分の子供を持つ機会なくなる恐れが多分にあるのだ。

春江は出産適齢期の上限に達しつつあるのだ。春江は人一倍子供が好きな女だ。だから毎日お店で子供と会えるのは、楽しみでもあり決して苦痛になることはなかった。春江は、ひょっとして弟のような知恵遅れの子供を生む恐れがあるかもしれないとは思うが、それより子供も一人も生めずに年をとり老後を一人で暮らすなどとっても耐えられないのだ。新しいお店の店長になったのはいいが、結婚しても、一生子供を生むこともなく人生を送るのではないかと考えると本当にゆうつになるのだ。今では毎日お店で子供に会うのが苦痛にさえなってきたのだ。また子供連れで買い物にくるお母さんをうらやましいと思うようになっていた。20代の時には、うらやましいなどと思ったこともなかったのに。

春江の仕事に対する意欲が多少落ちたことは間違いない。それがまた春江の心配になった。この時春江は、「男性はいいなぁ」とつくづく思った。男は40歳、50歳でも子供を作れるから、出産適齢期など心配しなくてもいいのだ。同じ職業人として女性がいかに不利か、世間では男女平等が当たり前で、ことさら男女異質など強調しないがとんでもない話だ。職業婦人として成功した女性達は、一様に男女異質など強調しません、春江に言わせれば、彼女達は偽善者なのだ。特に子持ちの職業婦人として成功した女性たち、子供は誰が世話してくれたと思っているのだと春江は言いたい。全部自分の母親でしょう。それなのに母親への感謝の言葉など聞いたことがほとんどない。自分一人で成功したと思っているのだ。有名人になればなるほどこの傾向が強い。

この時春江はセックスフレンドを持ったことに初めて後悔したのだ。男とセックスを楽しんでいる時間があれば、なぜ自分の伴侶を探す婚活をしてこなかったのか。セックスを楽しんでいる間に、自分の夫になるべき男性が天から降ってくるとも思ったのかと自分を責めた。いずれにして春江の仕事意欲の低下は、彼女の部下にも影響し、それがひいては売上高の減少につながる。仕事の意欲が低下しても逆に売上高が上がるなど絶対にあり得ないのだ。そのため春江は、自分自身にむちを当てるようにこのままではダメだとハッパをかけるようにして働いているこのごろだったのだ。そんな時、春江に朗報があった。ヘッドハンティングの声がかかったのだ。世界的有名なヨーロッパのブランドメーカーが東京に出店する。その店のブティック売り場の責任者なってくれないかという話だった。春江は喜んだ。子供服売り場で実績をつけてきた春江は、いつかブティック売り場で働きたいなとは思っていたのだ。春江はブティック売り場でも自分は絶対に成功するという自信があった。なぜなら高級子供服を売るのは、なにも子供に直接売り込むわけではない、その母親に売り込むことなのだ。その母親はほとんどが30代40代の経済的豊かな家庭の主婦だ、すなわち高級ブティックのお客さんにもなるのだ。彼女たちを相手にするのは慣れたものです。それにしてもヘッドハンティング会社がよく自分に声をかけてくれたものだ。確かに春江は、子供服業界では名前がうれていた。いずれ新会社に入社してみればわかるのだが、春江の会社の経営陣が誰か引き抜かれたのではないのか、そのため彼女を強力に推薦したのかもしれないとも考えた。年収も大幅にアップ。ある一定の売り上げを超えるとボーナスというボーナスインセンティブもあった。この大幅収入アップで彼女が思いついたのが最近雑誌で読んだ卵子の凍結です。

アメリカでは35-44歳の間に妊娠する女性は80年代の2倍近くに増えているのだ。女性が高等教育を受けて高給取りになることを優先させて出産を後回しするからだ。しかし女性には出産適齢期がある。30代過ぎると徐々に生殖能力が低下し始めるのは自然の摂理です。そこでキャリアウーマンに注目されているのが卵子凍結保存です。自分の卵子をいくつか取り出して液体窒素で凍結しておき、結婚する人が現れたら凍結していた卵子を取り出し彼氏の精子と体外受精させるのだ。卵子凍結治療費が15,000ドル、一ドル90円とすれば135万円、退職金でなんとかカバーできそうだ。保存の費用は、最初の一年が無料でその後は年間4、000ドル、36万円、毎月3万円。この程度の費用ならまったく問題ない。今の春江には充分な蓄財があるのだ。春江自身で借金してマンションは買えるし、また借りることもできる。しかし蓄財のため毎日父親の顔を見るのはいやなのだが自宅から通勤しているのだ。幸い春江には中学高校と同じだった幼なじみがニューヨークで日本の企業に勤めているので、もう少し卵子凍結の情報を仕入れて見よう。卵子凍結は、精子凍結よりむずかしいと言われているみたいだ。場合によっては新会社入社の一月前ぐらいに退社し、ニューヨークに行って幼なじみと一緒に卵子凍結サービス会社を訪問してもいいとも考えた。自分の子供を持つためにやるだけのことやっても自分の子供ができなかったら、施設育ちの子を養子にもらおうなどと考えながら、春江はいつもように携帯メイルをチェックしていた。久しぶりにセックスフレンドの大作から誘いがあった。春江は一瞬躊躇したが、「了解」と返答した。携帯を閉じながら春江は思わずため息をついていた。これまで大作から誘いがあった時、「都合が悪い」か「了解」のどちらかの返事であって、返事の後ため息などついたことなどなかった。今回はじめて思わずためいきをついていた。ところが春江にはそのことに気づいていなかった。


追記: このブログ記事の転載は一切厳禁とさせていただきます。













8 comments »

  1. より:

    「えんだんじ」さんから「女のため息」なんて小説が出てくるとは驚きでした、商社マンですから色々の所で色々の生活を見てこられたのを纏められたのでしょうが、これは女性も年を径て自分を見まわした時に初めて我に返る。

    男の場合は能動的ですから、刹那的にやって仕舞い後で苦労をする、しかし上手で利口な場合は適当に自分の「巣」に帰り何でもない様な顔をして普通に戻る。女性の場合は老後を考えると「ため息」も出るでしょうね。

  2. えんだんじ より:

    猪さん

    いずれ書くであろう本格的小説に備えてこれからもいくつか短編小説書こうと
    思っています。いつも堅い話ばかりなのでたまにはいいかなと考えております。凡作になってしまうでしょうが、こりずにご愛読のほど御願いします。

  3. terag3 より:

     春江のような生き方も一つの人生、しかしふと気づいた時に「ためいき」が出てしまう。それは何を目的に生きれば幸せになれるのかに思いが及んだからでしょう。男性は70歳を超えても子供を作ることはできるが女性は30過ぎれば非常に厳しくなる。会社勤めの20代の女性は給料も安く結婚して子供ができれば会社を辞めざるを得なくなる。
    その点、恵まれているのはきちんとした育児休暇や出産時の休職制度その他、男女平等の待遇が保障されている国家公務員、米海軍横須賀基地で働く日本女性たちも同様に子育てをしながら働ける環境にいるので恵まれています。
    しかし一般企業、特に中小企業で働いている女性たち、特にサービス業などの会社では、顧客に合わせるため朝早くから夜は24時ごろまで働くなどザラの状態、そんな環境では恋人も探せないし、気付いた時には春江のように34~35歳になってもまだ独身だったということになってしまう。
    経済発展一辺倒で目の色変えてやってきた日本の社会、それを維持するのは幸せな家庭であり家族の絆であることをもっと重視する社会制度があってしかるべきだと「女のため息」を読ませて頂き感じた次第です。

  4. えんだんじ より:

    terag3さん

    女性は出産適齢期までに子供を生むべきですね。また生める環境、制度を充実しなければ少子化はふせげないでしょう。

    しかし我々が若い頃からぼつぼつ共稼ぎが出てきましたが、その前は共稼ぎはめずらしかった。昔と現在とどっちが生活水準が高かったのかわかりませんね。

  5. terag3 より:

     えんだんじさん、それは言えていますね。確かに昭和30年~40年代には共稼ぎはあまりなかったようです。私なども42年に32歳で結婚しましたが家賃3千円位の安い長屋に住んでいて家内は独身時代から印刷会社に勤めていたので結婚後も暫くはいわゆる共働きでしたが子供ができてからは会社を辞めて家事専門職になりました。
    当時の給料は昭和44年の時点で4~5万円程度でした。それでも何とか子供3人育てながらやっていた訳です。それが出来たのは何故だったのか、えんだんじさんのご考察は如何なものでしょうか?

  6. より:

    女性に叱られるでしょうが、炊事・選択・掃除・子供の面倒で昔のお母さんは「精一杯」だったでしょう?洗濯板で洗濯、都市は別として田舎ではご飯炊きも「火」を作る事から、水道も無い井戸から水を汲み上げ浄化し飲み水にする、これは昭和の初めだけでなく疎開時代・戦後の洗濯機・炊飯器・冷蔵庫が出来るまでの状況を見ると生活環境が代わり、女性の持ち時間?が大幅に増えた事が、矢張り生活の向上を目指す家族の思い、将来の自分を見る目が女性に変化を持たらした。

    言われるように家族制度の見直しを男も女も共有して考える時期なのでしょうね。現在の男も哀れですよ、懸命に働くだけで携帯電話もある今、何処にいるのかすぐ判る。それでも「女性の探偵社」が伸びている、街の探偵社の看板見るたびに男が頼むのか?女性が頼むのか?決局「男」が頼むのが多いのかなあ・・・と「えんだいんじさん」の小説を読んでいると感じますが、振り返れば私の年代は疎開で田舎での原始的な時代・戦時の時代・爆撃、機銃掃射・戦後の混乱・高度成長・バブル経済といろんあモノを経験させて頂きました。携帯電話も無い「仕事」で全てを済ます、忙しい、で家庭を空ける。

    女性の生活に対する「知的水準」は昔の方が上でしょう。完全に男性が近寄り難い権力?家庭を守ると言う強力な武器を女性の方が持って居た気がします。生活水準が上がると人間は堕落する、日本も正にこの時期に遭遇して居るのではないでしょうかね?益々政治が小さな事に口を出す、人間は甘えが出る、下手な法案を「道徳教育」なしに「やみくも」に作る、何かが有れば「絆創膏で手当てする」根本的な解決には程遠い、国民の甘えに政治家が「応える」事で益々「窮地」に陥る、男女の関係まで政治が出しゃばる。人間も国家もおかしくなります。

  7. えんだんじ より:

    terag3さん

    私の年代の女房まで、すなわち母親までは、子供の犠牲になることは、当たり前のような感覚でしたが、現在の女性は、子供の犠牲になるより自分の人生の可能性を求める傾向が強いし、また実現できる世の中になっているから、子供の数はあまり多くならないのではとも思っています。

    その反面最近の世論調査では、若い女性の専業主婦願望が急に増えたとも云っています。若い女性も働く厳しさを実感し、働くばかりでは能がないと考える女性も出てきているみたいです。

  8. えんだんじ より:

    猪さん

    <生活水準が上がると人間は堕落する

    家が立派になると中身が腐るといいますからね。教育ばかりでなく、この面からも日本民族の劣化が始まっているのでしょう。私達が死ぬ頃まではなんとか日本は持ちこたえるでしょうが、その先は日本の自滅でしょうね。今の20代、30代の人たちはかわいそうですね。

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