武士道は、なぜ日本民族に絶対必要なのか。

私は日本民族の長所短所は、ほとんど「和の文化」に起因すると思っています。
1.阪神淡路大地震の時も千年に一度という東北地方の大地震と大津波の時も、日本人が秩序正しく、冷静に行動したというので世界から絶賛を浴びた。なぜ日本人は、大混乱した天変地変の時にあのように秩序正しく行動できるのか不思議がられたが、日本のマスコミは、明快な答えを表明していません。私にいわせれば、日本のマスコミは、バカかと言いたい。あの秩序正しい姿こそ、日本民族のDNAと染みこんでいる「和の文化」の究極の美点、長所なのだ。何故、世界に向かって「和の文化」こそ世界を平和へ導く文化なのだと堂々と誇らないのかと言いたい。日本のマスコミは、外国向けに祖国を批判しても祖国を自慢することはなにもできないのだ。また国内向けにはえらそうなことを主張しているが、世界に向かって何一つ主張できないのだ。皆さん、あんな天変地変の時に冷静に秩序正しく行動とれるのは、「和の文化」なくして考えられますか。

大地震、大津波、原発事故などで多くの外国人が日本を脱出した。そんな時にわざわざ日本に帰化し日本人になる決心をした外国人がいた。ご存知アメリカ人の日本文学研究者、ドナルド・キーン氏です。そのキーン氏が、NHKテレビの「クローズアップ・現代」に出演した。その時、私の大嫌いな国谷キャスターが、キーン氏に「日本人になる決心をした原因はなんですか」と質問した。その時キーン氏は、非常に難しい質問ですと答えることに躊躇していましたが、彼はこう言った。キーン氏は、一時期日本文学者が戦後直後に書いた日記を読み漁っていたそうだ。その中で高見順日記を読んでいた時、こういう文面に出合った。高見順が戦後直後混乱していた時に駅にいた。駅は大変な人出でごったがえしして大混雑だった。そんな戦後直後の混乱した時代でも、沢山の人が列を作って切符を買うために並んでいた。これを見た高見は、「私はあの人たちと一緒に死んでゆきたい」と書いてあった。この文面にキーン氏は、非常に感銘を受けたのだ。もう一つキーン氏に印象的だったのは、以前奈良だったか京都だったか旅行していた時、雨に降られた、その時あるおばあさんがキーン氏に傘を貸してくれた。その時キーン氏は、「今この傘かりても、あなたに返せないと思う」と言ったら,そのおばあさんは「どうぞお持ち帰り下さい」と言った。この二つの印象的なことがらが、私の帰化の理由かもしれませんと言っていました。キーン氏は「和の文化」の長所に惚れて日本人になったのではないでしょうか。

2.朝鮮人や支那人に言わせると、日本人は一対一の時は、おとなしくて弱いが二人、三人になると急に強くなると言う。彼らは、赤の他人など信用しません、信用するのは身内の肉親、その次が同郷の人です。ところが日本人には和の文化があるからすぐ赤の他人を信用する。お互い協力して頑張りましょうという言葉は、日本人にはすごく受け入れやすい言葉なのだ。そのため支那人、朝鮮人は組織を作るのに時間がかかるが、日本人には時間などかかりません、「お互い協力してがんばりましょう」と言って組織がすぐ出来上がります。だから日本人は組織作りがうまいのだ。団体のチームスポーツになると日本は組織で戦うのが上手です。なでしこジャパンも組織戦で戦って優勝した。ところがその組織が肥大し、硬直化して改革が必要になってくる。組織の硬直化とは、組織内にある種の秩序ができあがって、その秩序に合わない人や計画などはじきとばされてしまうのだ。こうなると日本人は、組織を改革することなど苦手になってしまうのだ。何故か。改革には人との軋轢を生むからです。「和の文化」を拠り所にしている日本人は、人との軋轢を好まず、避けようとします。また改革者は、人から嫌われます。これもまた「和の文化」を拠り所していますから、多くの人々から嫌われるのも非常に辛い。それでも企業は、利益を上げなければ倒産してしまいますから、組織の大改革を断行できる可能性があります。しかし役所の改革は、絶対と言っていいほど改革はできません。改革の必要性がわかっていながら。できないのです。「和の文化」が邪魔するからです。役所の組織が改革できないとどうなるか、その組織の自滅です。例を二つ挙げましょう。古くは国鉄改革があります。赤字がうなぎのぼりに増え、何十年間の間に幾度も改革が叫ばれ、改革が実行されたが、成功せず赤字は天文学的数字に達し、とうとう国鉄の民営化によって国鉄は解体された。最近では社会保険庁です。あの年金関係の書類管理の杜撰さ、でたらめすぎてあきれるばかりだ。結局解体され日本年金機構に組織替えされた。

日本の軍隊も大東亜戦争突入頃には、完全に組織が硬直し、抜擢人事はなくなり、それどころか大作戦に失敗した将校が、降格されるどころか、ほとぼりがさめると堂々と重要作戦に復帰してくるのだ。ところがアメリカは違った。大東亜戦争のターニングポイントになったミッドウェー海戦。この時アメリカの太平洋艦隊司令長官、ニミッツは、ハルゼー中将に指揮をとらせようとしたが、ハルゼーが急病のため入院することになった。そのハルゼーが自分の後釜として推薦したのがレイモンド・スプルーアンスだ。ニミッツは、これを聞いて仰天した。この時スプルーアンスは、ほとんど無名の一海軍少将に過ぎなかった。その上スプルーアンスは、空母での実戦どころか、空母に一度たりとも一日として空母に勤務したことがない。また彼はまだ若輩で他の指揮官の大部分よりも後輩なのです。
しかしハルゼーは、彼は空母での戦い方を知っていると強力に推薦、ハルゼーの信頼する参謀数人をつけて日本の機動部隊を迎え撃つアメリカの機動部隊の最高責任者に任命された。まさに数階級特進の大抜擢人事だ。スプルーアンスは、これに答えて見事に日本機動部隊を叩きのめし、ミッドウェー海戦後も日本海軍は、このスプルーアンスに痛い目に会わされた。日本海軍は、このスプルーアンスに敗れたようなものです。

私が驚くのは、ハルゼーは、当然スプルーアンスの能力をよく知っていたからでしょうが、それでも一日たりとも空母に勤務したことが軍人に空母を率いる全機動部隊の指揮を取らせる、それに驚きながらも米太平洋艦隊司令長官、ニミッツがハルゼーの推薦を承認したことです。実績主義がはびこる日本の社会、特に役所の世界では到底考えられないからです。この日本社会の実績を重んじる風習に時々非常に腹が立ちます。柔道の谷亮子。オリンピックに何回か出場しています。谷は、あるオリンピック代表選手選考試合の決勝戦で負けた。しかし実績が重視され谷に勝った選手は代表に選ばれなかった。この実績重視は、下からはいあがってくる人間にはつらいものだ。オリンピック代表選手選考試合など、その試合に優勝した者が代表になるという徹底した原則を設けるべきだと思う。そうすれば下から這い上がってくる選手には、はげみになるし、一方自分の全盛期を向かえ、実績のある選手でも気をひきしめて試合をしなければならないから、両方に相乗効果を発揮しさらに強さが増すことが可能です。アメリカでは、オリンピック代表選手選考会で優勝した者が代表になる。それまでの実績は完全に無視されます。この実績尊重主義は、誰も納得する選び方をする「和の文化」の欠陥の一つでしょう。

3.「和の文化」は、平和の中から生まれた文化で闘争の中から生まれた文化ではないことは容易に想像できます。それだけに「和の文化」の特徴は、対外交渉の弱点になってしまうのです。その弱点になってしまう特徴をいくつか挙げてみましょう。
(1)自己主張が弱く討論が苦手。
私たち日本人は、徹底的に討論するのが苦手です。お互いけんかになってしまってその後の付き合いができなくなってしまうからです。
(2)信念を通すと軋轢が生じます。そのため自我が弱くなり妥協と迎合に走りやすい。
戦後の日本外交など謝罪と妥協と迎合以外のなにものでもない。
(3)「和の文化」には、こちらが誠意をつくせば、相手はそれを理解して誠意に応えてくれるはずだという前提がある。これを「和の文化」のない外国に平然と行う。戦前の幣原外相の軟弱外交は、幣原の支那に対する誠意に他ならない。しかしいくら誠意を尽しても全く悪用されるだけだった。戦後も日本は韓国、支那にどれだけ誠意を尽したことか。その誠意に応えるどころか全く理解されず、余計に居丈高になってなんでも要求してくる。「和の文化」は、日本人を対外的にお人好しにしているのだ。
(4)「和の文化」では決して論理的になれない論理的になると喧嘩になったりして、「和」が保てなくなくなる。そのために日本人は、論理的に考えるより情緒的に考える方を好みます。情緒的になるから騙されやすい。外国人や外国政府の好意的な行動や発言にすぐだまされる。その裏を読もうとはしないのだ。

4.このように「和の文化」というものは、ある島国の人の良い民族が持っている特有の文化で、その民族間では有効な文化だが、対外国となると全く役立たない、かえって弊害になる文化なのだ。その「和の文化」がDNAのように付着している日本民族が、幕末明治時代の弱肉強食の国際社会の荒波にもまれて白人国家の植民地になっておかしくなかった。なぜなら「和の文化」は、平和な文化であって争いとか、特に戦争に適さない文化であることは皆さん承知なはずです。それが植民地になるどころか独立を保ち、その上日露戦争では勝ち、アメリカという軍事超大国と戦争さえしたのです。なぜ「和の文化」の日本民族がそんなことができたのでしょうか。皆さん、その要因は、何だと思いますか。そうです。「武士道」ですよ。幕末まで日本では武家政権が700年ほど続きました。その700年間の間に武士道が形成された。その「武士道」が幕末明治時代の日本を救い、大国にしたのです。それではなぜ、「武士道」は日本を救うことができたのでしょうか。その要因はなんだと思いますか。それは「武士道」が「和の文化」の弱点を補完することができたからです。「和の文化」の最大の弱点は、信念の弱さだと思っています。信念が強いと軋轢を生む、信念が弱いから自己主張できない、迎合と妥協に走る。一方「武士道」の最大の長所は、何か。私は信念の強さだと考えています。「武士は食わねどたかようじ」の「誇り」と「名誉」、「武士に二言なし」の「誠」、義を見てせざるは勇なきなりの「義」と「勇」、「武士の情け」の「仁」、苦衷表現の名文句「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」、それでも忠を選ぶ「忠義」、その他「武士道」の徳目には、強烈な信念に裏打ちされたものでなければならないのです。その究極の表現が、「武士道とは死ぬことと見つけたり」です。特攻隊の人たちがこの言葉に全然影響受けなかったといったら、それはうそでしょう。この言葉の影響は隊員によって違うでしょうが、多少なりとも影響受けたればこそ、土壇場で見苦しい姿を見せることなく、静かに親、兄弟姉妹に別れを告げて散っていった。世界が尊敬の念を持って見ています。明治時代の政治家が立派だったのも、彼らのバックボーンに武士道があったからです。現在の政治家にはバックボーンなどなにもありません。国家意識もないどころか民主党の政治家など国を滅ぼすつもりなのだ。

5.戦後、日本を統治したアメリカ占領軍は、この武士道を忌み嫌い、ことごとく排斥した。その結果日本民族は、誇りを失い、アメリカ占領軍が作った憲法を独立回復後60年以上も後生大事にかかえ、憲法を廃棄するどころか何一つ改正さえもできず、アメリカの保護国に満足しきっている状態です。戦前のように「武士道」が尊敬されていれば「和の文化」の劣化にもブレーキがかかったでしょう。しかし「武士道」が無くなったため「和の文化」の劣化に拍車がかかった。「和の文化」の劣化とはなにか。「甘え」と「過保護」の充満です。自助努力を説こうものなら攻撃される世の中になってしまったのです。
一方戦後の日本外交を見てみましょう。国際社会は、幕末明治時代のようにすぐ戦争に訴えるような国際情勢でないことは確かです。しかし国際社会は、相変わらず弱肉強食の世界であることは間違いない。武士道をなくした日本は、弱肉強食の世界では不向きな「和の文化」で立ち向かっているのだ。そのため日本外交は、謝罪と妥協と迎合の繰り返し。ロシア、支那、韓国、朝鮮になめられっぱなし。これら4カ国となにか揉め事があると、自分一国で解決することができず、日本は、悲しいかなアメリカのそでにすがりたい一心なのだ。「武士道」を失った日本国家の哀れさが浮かび上がってきます。私は、日本の心ある保守政治家や指導者が何故「武士道」が日本民族にとってどれほど大事かという認識が出てこないのか不思議でなりません。来年から学校では日本武道、すなわち柔道や剣道が必須科目になるという。私は、そのことには賛成だが、特別に「武士道」を教える時間を必須科目にする方がもっと大事だと思います。武士道は本来、男性のために作られた教えです。そのために武士道が説く女性の理想像は著しく家庭的である。だからと言って弱い、なよなよした女性を求められてはいません。薙刀(なぎなた)を学び、成人した女性には「懐剣」と呼ばれる「短刀」をあたえられるのも、いざとなれば家族を守り自分の身を守る覚悟が要求されているからです。現代の女性像とはそぐわない面もあるでしょう。しかしだからと言って神話や古典を現在の時勢にあわせて学ぶことがないように武士道もそのまま男女共に学ぶ必須科目にすべきです。

明治32年に英文で武士道を書いた新渡戸稲造は、武士道に特別な徳目や教訓がサムライの階級だけに限られていたのではなかった。武士道の感化が日本人すべてにゆきわたっていた」と書いています。現在の日本では、アメリカ占領軍(GHQ)によって武士道は忘れられた存在になってしまいました。私たちは「和の文化」では世界では戦えません。戦前のように武士道をバックボーンにして戦うのです。武士道の復活なくして日本の復活はありません。新渡戸稲造は、「武士道は、不滅の教訓である」と書いています。日本復活のため、私たちは、武士道をバックボーンに持たなければなりません。和の文化では、世界で戦ってはいけません。

19 comments »

  1. 後藤隆逸 より:

    まつたく同感です。感無量です。

  2. えんだんじ より:

    後藤隆逸さん

    ブログへのコメントありがとうございます。
    すばやい好反応うれしいかぎりです。

  3. りんごあめ より:

    武士道復活!本当にそう思います。
    武士道の本がとても売れたようですが
    おっしゃる通り、教育の場でもぜひ採用すべきですね。

    武道が教育現場で必修になったとはいえ、
    例えば剣道などは防具類の関係で普及率は大変少ないそうです。
    また、ダンス選択の余地もあるようで、なんでダンス?と思ってしまいます。
    たぶん、武道復活の本来の意味が伝わらずにとりあえずということに
    なっているのでしょう。
    一歩前進とはいえ、ちょっと残念です。

    柔道少年が増えるのもとてもいいことだとは思いますが
    本来は剣道が一番、武士道精神を重視しているかもしれません。

    というのは、
    剣道の場合は、
    まず、構えや礼、身だしなみの点で厳しく、
    また、稽古の前には必ず、神前と先生に礼をします。

    また、勝敗を決める”一本”にするためには
    技だけではなく、気を込めて美しくないといけません。
    立ち会った瞬間に相手を威圧する精神的武装も
    かなり大きな効果をもたらすそうです。

    竹刀は帯刀と言われ、勝負は、真剣勝負。
    斬るか斬られるかなので、
    勝利したときにガッツポーズなどをすると負けになります。
    相手に敬意を持つ、そして勝敗がついたら相手の気持ちを慮るべしという
    教えがあるので、自分が勝ったことを相手を無視して喜ぶのは
    はしたないのです。
    そもそも武士が、ただの”あらくれもの”とけんかすると切腹・・つまり
    尊敬できる相手以外とは勝負をしてはならないという
    精神からくるものでもあると思います。

    しっかりとした指導者と武士道の復活で
    未来の子供たちの教育をしてもらいたいものです。

  4. えんだんじ より:

    りんごあめさん

    武道以外にダンスの選択肢もあるのですか。情けないです。
    全国に剣道少年がわんさと出て来るようになるとうれしいですね。
    野球の甲子園のように、剣道の甲子園で全国が盛り上がるの夢ですかね。

  5. terag3 より:

    えんだんじさん

    多忙にかまけてコメントが遅れて申し訳ありませんでした。
    全く仰る通りで同意同感です。

    来年4月から学校で日本武道を教えることになったというのをニュースで知りました。剣道、柔道に相撲だそうです。
    武士道なら剣道が一番ですね。柔道も良いのですが現段階では指導者が不足しており、また緊急事態発生時の体制が不十分だと言います。
    剣道は防具を着用していますが柔道は柔道着一枚ですから、投げられて頭部打撲、骨折あるいは締め落とされて失神するなど初心者には危険が一杯です。
    従来の指導ではそれらの危険を掻い潜って強くなるということでやっていますが部外の道場ならそれなりに対応できますが学校の教師では無理だと思います。それは今後の課題として十分に検討が必要だと思います。

    いずれにしても現在の日本を再生させるには自主憲法の制定と教育改革しか在りません。その中で「武士道」の復活はもっとも効果的だと思いますが、これこそ男女共学で女子にも教えなければ意味がありません。

    私は以前から杉山頴男(ひでお)ネット塾で「武士の女の品格」<武士の妻女からみた武士道>を定期的に配信してもらっておりますが武士は妻女と武士道によって固く結ばれていることを教えられました。
    それは封建的でも何でもない、まさに夫婦として感動的な在りようで目から鱗が落ちたとはこのことを言うと思いました。

    現代日本に武士道の復活を大いに期待したいと痛感しています。良いお話を有難うございました。

  6. えんだんじ より:

    terag3さん

    剣道が全国的もっと、もっと流行ってほしいです。
    現在の日本の社会で指導的立場のある人たちにとって共通の弱点が、日本人としての気概が全くない。情けないほどです。是非武士道を、必須科目にして男女に武士道を学ばせたいです。

  7. より:

    はじめまして!
    読ませていただきました!

    ほんとうにその通りですね!
    日本政府はなかなか「武士道」が大切だ
    とかはいわないと思うんです。
    ですが私はこれを読んで「武士道」の
    大切さがよくわかりました!

    私は高校1年生で日本人を動かす力など
    まったくないですが、
    このブログをみんなに見てもらって
    大切さを伝えたいです。

    私は恥ずかしながらまだ「武士道」
    を読んでいません(笑)
    読みたいんですが、
    司馬遼太郎さんの本とか読みたいんで
    時間がないんですww
    でも読んでみます!
    読みたくなりました!
    今すっごい読みたいです!ahaha

    ありがとうございました!
    えんだんじさんに出会えてよかったです!

  8. えんだんじ より:

    ゆさん

    ブログへのコメントありがとうございます。ゆさんのように若い、しかも高校生に読んでいただいて嬉しい限りです。できるだけ沢山の若い人に私のブログを読んでもらうのが目的だからです。ぜひお友達にもこのブログ紹介してください。
    私は、現在ミクシーの会員になっています。数年前ある女子高校生とマイミクになりました。以来彼女は、時々歴史(戦争)について質問してきました。彼女とはオフ会でもお会いしています。その彼女は、今大学で就活中です。彼女は、以来私のブログファンです。

    ゆさん、もしミクシーの会員でしたら、私をゆさんのマイミクにしていただけませんでしょうか。

  9. 名無子 より:

    教育学者の恒吉僚子は、阪神淡路大震災のような災害時に現代人が右往左往することがなかったのは、小学校から高校までの学校教育のなかで、班活動や清掃活動がしっかりと根づいていて、人々が充分に集団での行動ができるように訓練されていたからだと指摘しています。ちなみに、おもに小学校の教員を母体とする全国生活指導協議会は、「子ども集団を育てる」というスローガンをもとに活動を続けており、「教室にリーダーは必要か?」「いかに民主的な集団の活動を構築するか?」ということについても研究を進めています(ただし、革新的な活動をしているために、左寄りの集団とラベリングされ、日教組と間違われることも。そのために「子ども集団」をつくることを目標としているにもかかわらず、子どもをバラバラにする学級崩壊のクラスをつくるな!との右派からの批判を受けることもあります)。……また、日本の学校教育は、昭和27年の対日平和条約の発効から、徐々に改革を進めていますので、GHQの政策のまま、現代に引き続いているという訳ではありません(さらに言えば、戦前の日本にも、東北の綴方教育。児童の村小学校、小原國芳、野村芳兵衛など、いろいろな教育を構築していた人々がいましたから、戦前をひとくくりにもできません)。DNAだとか、民族性だとか、そういうハートの面だけに注目し、理論や系統、実証性を無視した主張ばかりして、いたずらに歴史や教育を語る論者が増えるのは困りものです。

  10. terag3 より:

    名無子さんへ

    貴方のコメントを読ませていただきましたがご自分でも<左寄りの集団とラベリングされ、日教組と間違われることも>あると仰っていることそしてさらに<DNAだとか、民族性だとか、そういうハートの面だけに注目し、理論や系統、実証性を無視した主張ばかりして、いたずらに歴史や教育を語る論者が増えるのは困りものです。>と言われますがこのことから見ますと貴方は保守派ではありませんね。

    日本人のDNA、大和魂、民族性などこれらを失っては絶対にだめなのです。貴方の主張はいわゆる進歩的文化人、知識人そのものの考え方だと思います。失礼ながらそれは、まさにGHQから引き継いだ日教組の戦後教育に洗脳された申し子そのものであると私は感じましたが違うでしょうか?もしそれが私の偏見でしたらお許し下さい。

  11. えんだんじ より:

    名無子さん
    ブログへのコメントありがとうございます。
    この問題で私と名無子さんといくら討論したところで二人が一致することはないでしょう。従って名無子さんのご意見は公表しますが、ご意見は聞かせていただくだけにしました。ありがとうございました。

    但し読者どうしの賛成、反対の討論は自由です。

  12. ショウ より:

    武士道。
    私の一生の課題として心得たいと思っています。

    剣道もそうですが、日本の武術、女性の礼儀作法は一流の人こそ年齢性別にかかわらず美しいですね。
    内面から出る美しさというものがやはりあると思います。

  13. 名無子 より:

    ブログへの拙い投稿を掲載していただき、ありがとうございます。いただいたご意見にご返信いたします。


    人間のDNAで国家の政治や教育が決まるわけではありません。また、民族性や「〜魂」というものは、自然に発生するわけではなく、それこそ、文化(たとえば学校文化)や慣習によって育まれるわけです。民族性や「〜魂」を失ってはいけないのならば、それを構築する、文化や慣習のうち、どれを失ってはいけないのかということを明確に意識しなければなりません。民族性や「〜魂」という、曖昧な主張では、迫力に欠けますよ。そもそも、民族性や「〜魂」は、民俗学や歴史学を相当やっておかないと説明できない概念です。

    私は教育学を専門にしていますが、戦前から(というよりも近代以前から)、議論や学問には、実証性や系統が必要となります。DNAや民族性という漠然としたもので議論を進めようとする方に対して私は批判をしたわけですが、それは日教組云々の問題ではありません。それに日教組は複雑かつ地域性のある集団で、すぐ彼らに責任を押し付けるような発想は浅はかです。

    ちなみに、私は保守が好きです。知人にも歴史学をやっている人が多いですし、私自身も歴史学をやって大学四年間を過ごしました。しかしながら、ろくに研究もせず、実証性も系統もない議論で歴史を語るエセ保守はだらしないので嫌いです。

  14. terag3 より:

    えんだんじさん

    私の知人で先輩の方からのコメントをご紹介いたします。とりあえずHNは「moo」さんからとしておきましょう。

    mooのコメント
       ↓
    「武士道はなぜ日本民族に絶対必要なのか」という「えんだんじのブログ」をしっかり読みました。
    私も武士道が忘れ去られている現状を大変残念に思っている一人ですが、えんだんじさんのブログは大変説得力のあるものでした。

    確かに日本人は争いよりは「和」を尊ぶ民族ですが、それだけでは今の世界情勢で生き残ることは出来ない。それには「武士道」が必要だという説には全く賛成です。
    沢山書くことがありますが、1つだけ書きますと、新渡戸稲造の名著「武士道」は英語で書かれたものですが、そのタイトルは「The soul of Japan」となっています。そうです、武士道は「日本精神」であり、日本人の魂、いわゆる「大和魂」であります。

    我々日本人が、これを忘れては絶対駄目なのです。これが私の一言所見です。ありがとうございました。

  15. えんだんじ より:

    ショウさん

    「内面から出る美しさ」というものは確かにあります。ところで話はちょっとそれますが、「内面から出る美しさ」という表現は、英語でなんと言うのでしょうか。
    字づらどおりに英語で言って白人に通じるのでしょうか。日本語には、そのまま英語で言っても通じない言葉がたくさんあるような気がします。それだけ日本の文化は、奥が深いような気がして日本を自慢したくなりますね。

  16. えんだんじ より:

    terag3さん

    mooさんのコメントの転送ありがとうございます。
    新渡戸稲造の武士道にも大和魂が書いてあります。大和魂を忘れてはいけませんね。

  17. ソードフィッシュ より:

    名無子さんへ
    名無子さんの指摘を読ませていただきました。

    私事ですが、以前、防災関係の仕事をしていまして、そのときに阪神・淡路大震災の
    当事者の方々や社会学をはじめとする様々な分野の専門家の方々からお話をお聞
    きすることも少なからずありました。
    ただ、教育学の研究者(教員は除く)に関しては、そのような覚えはなく、名無子さんの
    コメントを読ませていただきあらためて興味が沸いてきました。

    そこで、大変恐縮ですが、恒吉僚子先生とご関係があるようなのでお聞きしたいので
    すが、今回の災害をご覧になっても同様の見解を恒吉僚子先生はお持ちなのか教え
    ていただければと思います。

    私自身、被災地に住んでいますが、一応防災に関わった者からの視点で諸状況を視
    ても、今回の災害時の人々の行動を説明する「根源的な何か」が何であったのか見え
    てこないのです。
    一般の被災者の「行動」だけではありません。死ぬことが確実であったにも関わらず、
    任務を遂行した警察官や消防隊員・消防団などの方々の例もあります。
    もちろん、教育もその一要因だとは思いますが、体系化された学問がこの問題を説明
    しきれるか、とても興味があります。

    私も工学修士なので「理論や系統、実証性を無視する」ことは望みませんが、それでも
    説明の答えは「ハートの面」に大きく関係しているのではと思うようになっています。

    では、よろしくお願いします。


    えんだんじさんへ
    個人的な話でブログのスペースをお借りしてしまったことをお詫びします。

  18. Bruxelles より:

    はじめまして
    武士道に話題が集中していますが、「信念を通すと軋轢が生じます。そのため自我が弱くなり妥協と迎合に走りやすい。戦後の日本外交など謝罪と妥協と迎合以外のなにものでもない。」こっちの方の具体的対策、しかも早急に必要。武士道復活とは速度が違うようで、マイナスの修復が出来そうにないので、焦ってしまいます。

  19. えんだんじ より:

    Bruxellesさん

    ブログへのコメントありがとうございます。
    確かに武士道復活は、先の話なので貴殿の意見には同意します。謝罪と妥協と迎合の日本外交をどうするかは緊急の課題だと思います。お名前から判断して外国人の方のような気もしますが、日本の戦後教育は、日本人に国家意識など持たせない、国旗も掲揚しない、国家も歌わせませんでした。こんな教育が50年は続いたのです。そのため政治家ばかりだけでなく、多くの国民の国家意識が極端に薄くなってしまいました。

    従って謝罪、妥協、迎合の外交政策に対する特効薬は、ないような気がします。学校教育を変えねばなりません。武士道復活のように時間のかかる問題になってしまいました。いまのところ政治家に向かって国家意識を強く持てと忠告するくらいが関の山でしょう。

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