男の最高の美徳とは何か?



男の最高の美徳とは、何か?と問われたら若い男子は、答えることができるでしょうか。現在70歳前後以上の男性なら、いくつか答えることができるでしょう。現在50歳以下の男の人では答えられないのではないでしょうか。なぜ私がそう思うか、若い男の人には理解できますか。現在70歳前後以上の男の人たちは、子供の時から、男の子がメソメソいつまで泣いていると、「男のくせに、いつまで泣いているのか」とか、あるいは辛いことに愚痴を言うと、「男のくせに、そのくらいのことが、我慢できないのか」とか親に叱られます。要するに日常生活の中で「男のくせに」という言葉が日常茶飯事聞かされるわけです。男の子の子供心に「男」、「男たるもの」という自己意識が生まれてくるのです。日教組が誕生したのは、1947年です。終戦後2年目のことです。終戦時は、私は小学校一年ですから覚えていますが、終戦後10年間、私が中学校卒業ぐらいまでは、教育はまだ戦前の教育風土が完全に残っていました。特に先生の威厳というものは、生徒と父兄、そして世間一般の間では大変高いものがありました。私が在学していた戦後直後の横須賀の小学校など、ある日突然にタバコ所持、喫煙検査があったくらい教育環境は最悪、それでも学級崩壊することなかったのは、学校の先生皆威厳があって、恐いくらいだったからです。日教組の組織力が強くなるに連れて彼らが意識して、男女の性差をなくしたことです。男女同権、男女平等、当たり前のこととし、これは正しいことなのですが、さらに徹底して性差を感じさせない教育に邁進したことです。現在では、小中学校の新校舎では、トイレに男女の識別などありません。トイレに入るまで男子トイレだか女史トイレだかわからないのです。運動時間では、男女の更衣室は同じ、修学旅行では、旅館の寝室は男女同部屋。各教室には教壇がありません。先生が教壇の上に立って上から生徒を見下ろして教えている感じがよくないというのです。
もうここ50年くらい小中学校では、性差を意識させず、先生の威厳をさげることばかり懸命に追っているのです。

現在ではもう家庭でも小、中学校でも、男のくせにいつまでもメソメソするな、とか男がそんなつまらんことでクヨクヨしてどうするのか、などとことさら「男のくせに」という言葉も使われることもなく、ことさら「男」というものを意識させられることもなく成長していくのだ。だから最近では大人の男が人前で平気で涙を流すのです。私みたいに70歳すぎて年齢による涙もろさならともかく、10代、20代の男の子がスポーツに負けて平気で涙を流すのです。私などテレビでそういう画面を出くわすと男の女々しさに本当に腹がたってくるのです。(私のブログ記事:「男の涙の落ちぶれぶり」2012/8/18)

12,3年前、私の息子が結婚式を挙げた。その時息子の父親としてのスピーチがあった。その時、私は花嫁に向けてこう語った。
「この後、息子が出世して非常に裕福な暮らしができるかどうか不明です。しかし子供もでき家族をかかえてどんな貧乏になっても、家族を捨てて自分だけ自殺するような男では、絶対にないからそれだけは安心してください」と言いました。少し笑いがでましたが、私は本気で言ったのです。私には、息子の他に二人の娘がいますが、三人とも絶対にいじめに負けないように育てました。学力よりいじめにあうかあわないかを優先したような気さえします。現在では家庭で父親が、男たる者はどうあるべきかなどと男の子に教えないと、学校では教えてくれません。男女に性差があるのに、なにもないかのように教えるからです。

ところで現在70歳以上の男の人は、男の最高の美徳とは、なんだとお考えですか。いくつか答えは、違ってくるとは、思いますが、そんなに沢山の答えは出ないのではないでしょうか。これは私の意見ですが,「男の最高の美徳は、男の自己犠牲心」ではないでしょうか。現在70歳以上の男なら、私のこの意見に賛成する人もいるでしょう。50歳以下、それも特に若い20,30代の若い男の人には、男の自己犠牲心などわからないのが多いいのではないでしょうか。男の自己犠牲心を説明しやすい映画の名前を挙げましょう。映画「タイタニック」です。あの豪華客船が北海の海に沈没していきます。その惨劇の真っ最中に恋人を助けようと必死になって奮闘する俳優、ディカプリオは、まさに男の最高の美徳、自己犠牲心の象徴でしょう。あらゆる困難を乗り越えて彼女をやっとボートに乗せ、これで彼女は数人の生存者の仲間になれると知った彼は、ついに力尽きて、それも静かな海の波間にのみこまれて行ってしまうのです。それに引き換え、現在若い日本の若者は、妻子を残して、あるいは両親を残して、若いのにさっさと自殺していくのです。そして自殺者は同情されるが、批判、非難されることもないのです。

子供に自殺された親のインタビューをテレビで何回か見たことありますが、母親あるいは父親が、「私の子供教育が間違っていました」とはっきり答える親に出くわしたことがありません。そういう親は、テレビでうつされないのかもしれません。皆ほとんど学校のせい、社会のせい、国のせいなど誰かの責任にしてしまうのです。大阪市桜宮高校のバレーボール部の主将は体罰を理由に自殺した。昔から体罰のやり過ぎが問題になったことは数ほどある。ところが今回の体罰による自殺の取り扱い方は、あまりにも異常です。マスコミ、教育委員会があまりにも過剰に反応しているのではないでしょうか。現在のマスコミ、教育委員会は左翼です。選挙で自民大勝、民主党惨敗で意気消沈していた彼らは、この体罰自殺に飛びついたのです。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うが、左翼は戦前日本を特に憎んでいるから戦前日本の臭いや煙まで憎いのです。体罰は戦前の臭いがするのです。選挙で大敗してがっくりしていた時に体罰問題が起きたから、即とびついて過大なニュースに仕立て上げたのです。NHKなど体罰を過剰なまでにとりあげ、体罰反対者だけの意見をとりあげるだけです。自殺で死んだ主将は、主将更迭、二軍落ち、推薦進学もダメ、それでも健康で働ける体をもちながら、自殺しなければいけない状態でしょうか。要するに現在の若者は精神的に弱すぎるのです。皆さん、マスコミの過剰報道に気をつけてください。全国の市町村にある教育委員会。この教育委員会は左翼です。私が会員している「新しい歴史教科書をつくる会」の敵です。教育委員会は、ほとんどが日教組の会員や日教組関連の人たちで構成されていて、「つくる会」の歴史教科書や公民教科書が採用されないのは、教育委員会が大反対しているからなのです。簡単に言えば教育委員会は、左翼の集まりなのです。

アメリカ映画、「タイタニック」の数年後にアメリカ人監督、クリント・イーストウッドが硫黄島の映画の監督をした。硫黄島の日本兵は、アメリカ軍が上陸する前からアメリカ軍に勝てない事を知っていたし、日本軍にはどこからも援軍が来ないことを知っていた。負けることは最初からわかっていたのだ。しかし硫黄島がアメリカ軍の手にはいるとアメリカ軍の日本本土に対する空爆が容易になってしまうのだ。そこで日本軍は、徹底抗戦してアメリカ軍との戦いをできるだけ延ばし、それによって日本本土がアメリカ軍の空爆に耐えれるように、あるいは日本国民が空爆から逃れることができるように、最後の一兵まで抵抗つづけようと必死に戦ったのです。これぞ男の最高の美徳、自己犠牲心です。自己犠牲心は、おのれ自ら進んでひどい体罰を受けるようなものです。

2001年9月11日は、ご存知アメリカ同時多発テロ事件の日です。航空機を使った世界最大のテロ事件です。この時アメリカ国内の若者たちが沢山アメリカ軍隊に入隊志願をしているのです。アメリカが危機に陥るなら、自分の命を投げ出してもアメリカを守ろうとする自己犠牲心を発揮しようとする若者が沢山出たということです。アメリカにはいざアメリカが危機に陥れば国を救うために自己犠牲心を発揮して国を、守ろう、救おうとする若いアメリカ人が沢山いる証明です。
現在、尖閣諸島をめぐって日本シナ間で戦争が起こるとも言われています。毎日シナ船が日本の尖閣領海を出たり入ったりしているのです。いつ日シ間で衝突が起きてもおかしくないと言われています。尖閣領海で日本・シナ間で激しい武力衝突が起きた時、日本の多くの若者が自衛隊に志願するでしょうか。日教組に教えられた若者が自衛隊に志願するわけがない。北朝鮮の拉致家族問題など軍隊で救出作戦しなければ絶対解決できないものを拉致家族の話だけ聞いてもどうにもなりません。そして誰も軍隊で救出作戦ができるようにするにはどうしたら良いか提案する人もいません。横田夫妻初め拉致家族の顔を見ると、私は可哀そう過ぎてまともに見ることができません。現在の日本の若い男には、自己犠牲心など出るわけはないのです。国の為に戦おうともしない人間が、国の福祉だけは人並みに要求するのです。

いいですか若い皆さん、国は最大の福祉なのです。民主主義国家で独立国で経済的に強固な国でないと国民に充分な福祉が提供できないのです。他国に占領されて現在のような福祉が得られると思っているのですか、日本の国は自分で守らなきゃならないのです。ところが、日本が滅びてもいいという日本人がいるのです。我が女房が軽蔑しきっている男です。誰か。東大経済学部を出ている経済学者。自称経済アナリストの森永卓郎です。森永はこう言っているのです。
「仮に日本が中国に侵略されて、国がなくなっても、後世の教科書に『昔日本という心の美しい民族が居ました』と書かれればそれでいいじゃないか」と発言しているのです。東大経済学部を出て経済のことは語れても常識を語れない、かたわな人間というほかない、まさにバカ男です。こんな男が世間ではえらそうな講釈をしているのです。

私は、このブログで「男の最高の美徳とは何か」と書くつもりでいたのですが、つい興奮して少し横道にそれてしまいました。日本人男子の情けなさに目をおおうばかりです。40歳前後になっても嫁をもらうことすらできない男がわんさといるのです。経済的に結婚できないからだと言うが、それよりも俗にいう、女性を口説くとか女性をものにするとかという能力に問題があるのではないか疑っています。離婚してもよいから一度結婚してみろと言いたい。どうも現在の若者には、社会を生き抜いていくバイタリティーに欠けるような気がするのは、私だけでしょうか。日本全国から体罰をなくすことが現在の教育の目標ではありません。現在の教育の目的は、いかにして精神的にタフな子を育てるか、男ならいざという時に自己犠牲心を発揮できる子に育てあげることではないでしょうか。






10 comments »

  1. terag3 より:

    えんだんじさん

    男らしさ、女らしさを否定し、男女差を無くすこと教師と生徒という垣根も無くし、家庭でも
    父母と子供たちは友達のように付き合うなどと言う、戦後教育の弊害は現在、至る所に
    現れていますが、世間の人たちも、日教組の連中もそれに全く気付いていない。

    ここに戦後日本の悲劇があるのです。えんだんじさんが仰るように、男の美徳とは正に
    自己犠牲の精神です。
    結婚して家庭を、家族を守る。また外に出て他人の難儀を見付ければどんなにそれが
    危険で困難であっても勇気を持って自ら進んで行動に移すこと。
    それが逃げることだけを考えていれば、あの街中で起こった通り魔殺人事件のように
    被害者になって一巻の終わりになってしまうのです。

    現在の親たちは自分の子息が自衛隊に入隊しようとすると、戦死する危険性が有る
    から絶対に駄目だと止める人が多いそうです。国を守ろうとする意識が全く見られない
    のは本当に残念です。

    あの体罰による自殺した生徒にしても本当に他の仲間と一緒に厳しい練習に耐えて
    いてかつ自分だけが特別に厳しく体罰を受けたとしても、「俺がこれだけやられても
    仲間のみんながこれを見て発奮してチーム全体が強くなってくれれば良い」という
    自己犠牲の精神が有れば耐えられたはずで自殺することも無かったでしょう。
    勿論その体罰を下した顧問の教師は暴力であり論外ではありますが・・・・

    ところで<東大経済学部を出ている経済学者。自称経済アナリストの森永卓郎です>
    の話が出ましたが彼への評価は、えんだんじさんと全く同じです。

    東大は戦後GHQの差し金で戦時中にレッドパージされていた赤く染まった左翼教授
    が優先的に配置された結果、大学生達は学業をほっぽり出して、全学連を結成して
    安保反対などと言う学生運動を活発化させたのです。

    しかし当時は、マルクス主義に染まった学生も勉強するうちに次第に目が覚めてきて
    先日、惜しくも76歳で亡くなられた国際教養大学学長のような立派な方も居られます。

    如何に教育が大切であるか、日教組による教育が如何に間違いであるか、現代日本
    の現状を良く分析すれば歴然とするはずです。

  2. えんだんじ より:

    terag3さん

    全く同意同感です。私たちが死ぬまでに日本はまともな国にもどるのだろうか。

  3. terag3 より:

    えんだんじさん

    このたびのブログの趣旨は<日本全国から体罰をなくすことが現在の教育の目標では
    ありません。現在の教育の目的は、いかにして精神的にタフな子を育てるか、男なら
    いざという時に自己犠牲心を発揮できる子に育てあげることではないでしょうか>
    ・・・・と仰っているように、ここが最大のポイントなのです。

    このような若者の精神的な弱さは何処から来ているのでしょうか?
    それは現代の学校教育は勿論、家庭教育の欠陥でもある子供たちの権利を守る。
    あるいは子供たちの自主性を尊重するなどというところに端を発していると思います。

    何事も暴力反対と言って子供時代から遊びの中で、喧嘩もやっては駄目などと言う
    ように理想ごとを押し付けている。
    子供たちは遊び仲間との中で喧嘩もやりながら痛い思いも分かるようになって大人の
    社会に出て行って人間関係はどうあるべきか考え成長していくものなのですがその
    ような基本が出来ていないから、我慢も他人の痛みも分からずに、ぶち切れて途方も
    無い殺人事件まで起こすようになってしまうのです。

    実はこの問題に関しては「日本を護る会」のホームページにえんだんじさんの趣旨にも
    マッチする「愛の鞭」と「暴力」の違い、私の教育論という記事が掲載されていますので
    ご参考までに下記にURLを、ご紹介しますので、ご覧下さい。

               ↓
    http:defendjapan21.blog.fc2.com/

  4. 森 武蔵の守 より:

     男の最高の美学とは何か?これに端的に答えられる男は激減してしまいました。
     私もえんだんじさんと同じ思いと危機感を感じておりますが、このような風潮は意図的に仕組まれてきたことではないかと感じております。左翼・共産主義者の思想である、「愛国心の廃止」「家族制度の廃止」「君主制と全ての秩序ある政治の廃止」「私有財産の廃止」は「自由で平等であれ。さすれば汝らは世界主義者にして世界市民たるであろう。破壊こそが進歩であり、目的は手段を正当化する」につながる、恐るべき国家破壊・文化破壊の意思が深く、既に戦前から日本に働いていたと思います。
     その近年の象徴的な表れとして、「男女共同参画基本計画」がありますが、平成24年度会計6兆3271億7400万円。これに対する同年度の防衛費は陸海空3自衛隊の総額で4兆8764億円です。約1兆5000億円も上回り、年度によっては倍近い9兆円もの予算という異常さを示しています。この法律の虎の威を借りる、小左翼男女達が公共組織の現場を中心に跋扈しており、彼ら彼女らはその独特の思想性のためでしょうか、二次性徴が衰退しているように見受けられます。人類ばかりは、意図的に男らしく女らしくを意識して、互いに憧れを持ち分を守り、仕事を分業化し文化を発展させてきましたが、その人類の歴史性を否定して歩まんとすれば、そのように現象するものかと推察いたします。
     「夫婦別姓・ジェンダーフリー」「男女共同参画」等、どこが指示を出し、誰が受けるのか?アメリカ政府あるいは国際金融財閥の支配下にある国連から日本政府に指示があれば、審議会が開かれ有識者が選定されますが、彼ら彼女らは大体に若年の頃より欧米に留学し、日本の文化・歴史に対する愛情を持っておりません。日本の支配層のあらゆるところに、意図的に隠れ左翼が侵入していることは、先の「女系天皇制に対する諮問会議」の人選からも見て取れると思います。我々日本国民は愚民にならぬよう、国家主権者として巨大マスコミや浮薄なコメンテーター達に騙されぬよう、日本近現代史を中心に、自ら学び、この国の文化・伝統を守らねば、世界で最も悲惨な民となってしまいます。
     私の周りにも軽薄なフェミニストや、小左翼思想の持ち主たちがたくさんおりますが、残念ながら、多くが第一次ベビーブームの60台でございます。嗚呼っ!

  5. 森 武蔵の守 より:

    [
    えんだんじさま
    「男の最高の美徳」と書くところを「美学」と書いてしまいました。失礼致しました。
     書きながら特攻隊の方々や、靖国の英霊の方々の遺書を思いながら書いていたため、筆がすべり申し訳ございませんでした。
                 早々      森 武蔵の守 拝

  6. えんだんじ より:

    森 武蔵の守さん

    森さんの意見に同意同感。でもあきらめてはダメですね。時代が相変わらず遅いですが、少しづつ変わってきているような気がするのですが。
    とにかくあきらめたらいけません。がんばりましょう。

  7. 一斎 より:

    こんにちは。
    えんだんじさんならではのテーマ設定と思い、読ませていただきました。

    実は、私は、えんだんじさんよりも一世代下の人間です。
    思考回路は少し違いますが、私の場合は、家庭での父親の役割は何か、という視点で考え、それを子供たちに継承させようとしております。
    男子最高の美徳>父親の役割であることは、説明するまでもないことですが、要は、父親が、手抜きせず、国家、社会や企業のために働き、仕事の仕方のみならず生き方を手本として示し、第二の人生においてもえんだんじさんのような有意義な生活でない限り、「男子最高の美徳がわかる」子供が育たないということだと思います。
    私は、子供の就職祝いに、「武士道」の本をプレゼントしました。会社の退職に際しては、これはと思う部下に「武士道」の本をプレゼントしました。

    父親の役割を具体的に定義し、普段からそれに沿って行動していれば「男子最高の美徳は何かという問いかけ」は、難しい課題ではなくなるように思います。

    余談ですが、
    現在、「教育委員会の問題チェックの仕方」、「図書館の歴史コーナーにどんな本を配本すべきか」というテーマで出稿検討中ですが、なかなか明快な処方箋が見いだせない状況です。えんだんじさんのブログにて、後日ブログ等で教育委員会の具体的問題点などを問題提起いただけると、多くの人が注目し、問題教育委員会に対する全国的な監視活動が活発化するように思うのですが。

  8. えんだんじ より:

    一斎さん

    一斎さんは、すばらしいお父さんですね。心強く感じるものがあります。
    教育委員会への提言ですか。難しいですね。私は「つくる会」の会員ですので、教育委員会はじゃまな存在です。維新の会のように教育委員会を
    なくしてしまうのが目標です。

  9. 虎八 より:

    2014年1月11日 5:08 PM

     大分県の中学校で剣道部員が顧問から引きずり回され、壁にぶつけられる映像が出ました
     それが問題になっております

     これを肯定的に捉える方は
     「それでなにくそと云う闘志がわく」「限界を超えられる強い精神を生み出す」と
     云う話を聞いた事があります

     私の経験から皆様方に問いたいことがあります

     私の中学時代、強豪な運動部がありました
     そこにはその伝統があり、体罰を受け入れる土壌があり、
     信奉されている方は、それで良いともいえるのですが(と云う書き方をすると問題があるかも
     しれませんが)

     私は運動音痴で暴力的な雰囲気が嫌いだったので見学、仮入部の期間に辞退し、
     私の近所に居た同級生も「勉強する時間がない」「暴力的な雰囲気が嫌」と云う事で
     数か月在籍し退部しましたが、彼には部員は体罰を加え、
     顧問は部員に「関わるな 一切口を聞くな」と云っておりました。

     私も同級生の彼も「他で失礼な事をしてまで、顧問や先輩に絶対服従できない」と云うのが
     一番矛盾を感じた要因でした

     同級生でこの部に入り、見事にはまっていたものが居りました
     彼は粗暴で、血の気が多かったのです
     そして「男に成る」とか「男を磨く」と云う様な事を云っておりました

     彼は顧問や先輩からの体罰を有難いと受け入れ、部員やクラスの大人しい生徒等に
     「鍛えてやっている」と同じ事を行っておりました。
     彼はそれで感情をコントロールさせていたみたいです
     そして、彼は放課後街でも喧嘩をしたり、因縁をつけたりという行動をしておりました
     家でも「男に成れ」と暴力三昧で育っていたので、顧問や先輩の体罰やいじめまがいの事も
     「有難い」と受け入れておりました、「あの先生がいてくれたから、大荒れせずに済んだ、
     暴れたり、もっと酷いいじめや暴力をするエネルギーをあの競技に向けられ、鍛えられ、
     忍耐と処世術を学んだ、だから感謝している」と云う様な事でした

     私や退部した同級生も別にいじめや非行の問題は起こしませんでした
     暴れてみたい気持ちとかいじめたいと云う気持ちも無かったのです
     唯、顧問側の立場からすれば、やることはやるが闘志がなく覇気がない
     それを生み出すのが体罰である、だから後者の彼の様な形が理想で彼の様な生徒が自分の理想と する形にできるので良いと云う事なんだと思います。

     ご回答宜しくお願い致します
     (運動部が別に全てこうだとは申しません
     又この運動部が間違っているとも申しません、顧問も先輩も後述の同級生もそこには
     優しさがあり、鍛えられ強くなったと云う意義はあると思いますが、
     私は暴力的な感覚が受け入れられなかったのでその時点で彼らの立場から見ると
     軟弱者 問題児となるのでしょうか?)

  10. えんだんじ より:

    虎八さん
    男の子には、先天的というか環境的というか、そういうものによって極端に暴力や体罰をきらう子がいます。そういう子は、暴力や体罰がはびこるクラブを敬遠します。それはそれで自分の身にあった対処のしかたをしているのであって、軟弱者とか問題児とはいえません。問題は、男の子が幼児や子供の時に、父親に殴られるせずに育った場合です。自分がひ弱に育てられていることもわからないから、簡単に暴力や体罰の犠牲者になってしまうのです。親が子供を殴るのは暴力か?
    現在では暴力になっているのではないか。私は自分の息子を小学校入学前には何度か殴ったことがあります。善悪のけじめ、父親の威厳を示すためです。子供の小学校入学前の幼児教育は、非常に重要です。小学校に入ってからでは遅いのです。この点で現在共働きが当然になっているのは、子供幼児教育には欠点があるのです。クラブに入部して体罰がいやならやめればいいものをやめることもできず、体罰の犠牲者になっていくのです。簡単に言えば、子供やさしくそだてるよりも、厳しく育てる方が大事なのです。

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