『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』



平成22年1月に「日中歴史共同研究第一期報告書」(以下『報告書』)が公表された。この日中歴史共同研究の構想は平成17年の小泉内閣の町村外相の時に始り、平成18年10月に安倍首相のシナ訪問中に胡錦濤国家主席と会談し、日中有識者による歴史共同研究を年内にたちあげることで一致。同年翌11月、APEC閣僚会議の際の日中外相会談において、歴史共同研究の実施枠組について合意。同年12月両国10名の委員の初会合が北京で行われた。この共同研究には、日本側は、日本国際問題研究所、シナ側は中国社会科学院近代史研究所にそれぞれ、事務局を設置し、(古代・中近世史)分化会と(近現代史)分化会とに分かれて、共同研究が開始された。この研究の「報告書」が平成22年1月に公表され、その報告書を基にしてタイトルにある『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』、「日中歴史共同研究(近現代史)を読む」という長いタイトルの本を平成22年12月に勉誠出版から出版したのが都留文科大学名誉教授、笠原十九司である。笠原は本書の中で自分の文章以外に下記8人の学者の文章を載せています。
1.石田勇治  1957年京都府生まれ、東京大学大学院総合文化研究科教授。
2.大日方 純夫 1950年長野県生まれ、早稲田大学文学学術院教授
3.川島真  1968年東京都生まれ、東大大学院総合文化研究科国際社会科学准教授    
4.北岡伸一 1948年奈良県生まれ、東京大学法学部教授
5.斎藤一晴 1975年山形県生まれ、明治大学、都留文科大学、関東学院大学講師
6.庄司潤一郎 1958年東京都生まれ 防衛研究所戦史部上席研究官
7.歩平 1948年 北京生まれ、中国社会科学院近代史研究所所長
8.毛利和子 2010年4月、早稲田大学名誉教授

この学者たちの生年月日を見ると一番若いのが斎藤一晴(大学講師)、1975年生まれ、まだ41歳です。これからは人生100年といわれ、人生90歳としても彼の今後の人生まだ50年もあるのだ。今から親シナ反日の歴史観にひたっていて、今後50年間も一党独裁のシナ政権が存続しているのだろうか、ソ連の一党独裁政権のように崩壊するのではないかという懸念もあるのです。斎藤一晴は、度胸のいい男か、バカな男かのどちらかでしょう。

日中共同研究の「報告書」が詳細に語られているこの本は、結論すれば、内容があまりにもバカバカしく、反論するには、これと同じ位厚い本を書かねばならなくなります。そこでシナ側の報告書の内容点検より、この本で考慮すべき問題点を挙げてみました。
AA.一党独裁政権、シナ政府の主張する近現代史はうそばかり。
共産党一党独裁のシナ政府(中華人民共和国)が建国したのが1949年10月10日、設立わずか67年。要するにシナ政府は、共産党政権の歴史や内幕を着飾る必要があるのだ、例えば「毛沢東は、人類史上最も多くの人間を虐殺した指導者」と言われています。このためこの種の話は公にすることはできません。そのせいもあるのでしょう、シナ政府はできるだけ外国政府、特に日本からいじめられたことを強調しなければなりません。それに加えてシナ民族特有の作り話があります。うそを平気ででっちあげる、そのために偽の資料を作るなど信用させるための状況、資料操作を平気で作り、必要であれば豪華な建造物まで(南京大虐殺記念館)など平気で建設するのだ。現在のシナ政権にとって、国際条約、国際司法裁判も、道理も、理屈もすべて関係なし、すべて自分勝手。また共産党一党独裁政権も今後50年続くかどうか誰も予測できない難しさがあります。それなのになぜ安倍政権は、日中間の近現代史の共同研究しようなどと呼びかけたのか全く理解できません。

BB。「報告書」を本に書いた笠原十九司。
(1)。笠原は都留文科大学教授を経て、1999年より南京師範大学南京大学虐殺研究センター客員教授、2000年より南開大学歴史学部の客員教授を務める。現在は韓国の東北アジア歴史財団やピースボードが主催する国際教科書会議の日本側代表として参加している。」彼は「南京事件」で写真誤用問題を起こしている。ウィキペディアを引用すると、
「1998年、笠原は、前年11月発行の著書「南京事件」三章の扉の写真として、米国のスタンフォード大学フーバー研究所東アジア文庫で閲覧した「日寇暴行実録」(中国国民政府軍事委員会政治部、1938)に掲載されていた写真を、「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性たち」のキャプションで掲載した。(原典のキャプションは「江南地方の農村婦女が、一群また一群と日本軍司令部まで押送されて行き、凌辱され、輪姦され、銃殺された」というものであった。しかし、この写真は実際には「アサヒグラフ」昭和12年11月10日号に掲載された「我が兵士(日本軍)に授けられて野良仕事より部落へかへる日の丸部落の女子供の群れ」という写真であることが秦郁彦氏より「産経新聞」ならびに「諸君!」において指摘された。笠原は、朝日新聞カメラマンが撮った写真を中国国民政府軍事委員会政治部が悪用したものであったことに気づかず自ら誤用したことについて、秦郁彦に謝意を表し、撮影者の故熊崎環カメラマン、朝日新聞、読者に謝罪した。これを受け、岩波書店も同じページに「読者の皆さまへ」と題した謝罪文を掲載して出品を一時停止し、笠原と相談の上で『村瀬守保写真集 私の従軍中国戦線』(日本機関紙出版センター、1987年)の日本兵に強姦されたという老婆の写真に差し替え、初版本の取り換えにも応じた。)
自虐史観を主張する学者やジャーナリストたちは、日本を貶める材料があれば、検証することもなく、なにでも飛びつき、日本を叩くことを生業にしているのだ。笠原十九司はその一人です。彼は信用ができないのだ。

(2)。その笠原が「戦争を知らない国民のための日中歴史認識」という本を書いているのだ。笑わせるではないか。この本の53頁で笠原は、こういう事を書いている。
「この歴史共同研究自体は2006年、当時の安倍首相から提起したことですが、その安倍氏は、公然と「新しい歴史教科書をつくる会」以下「つくる会」の中学校歴史教科書を支援して日本の侵略戦争を否定すると言う官民一体の運動を、憲法改正の動きと連動させて行った中心的な人物だったわけです。その結果、中国で抗議運動が起こりました。ところが
今回、安倍氏自身が提案した共同研究が、逆に安倍内閣が進めた教科書攻撃や『つくる会』教科書運動を否定する結果になったわけです。そういう意味でも、日本政府はもちろん、国民もこの共同研究の経緯と結果をきちんと受け止めておく必要があると思います。」

この最後の文章はうそです。私は「つくる会」のベテラン会員だから知っているのです。日中歴史共同研究の報告書は、中国側の学者の意見と日本側学者の意見を述べ合ったものです。どちらの意見も相手側政府や国民への拘束するものではありません。私は中国側の報告にも、日本側の報告にも猛反対です。安倍首相自身も中国側意見に反対なのです。証拠をお見せしましょう。平成23年とは、教科書採択戦の年でもあり、平成22年1月に「日中歴史共同研究」の報告書が公表された翌年のことです。その平成23年に安倍氏は、「つくる会」の機関紙『史』三月号に「つくる会」への支援メッセージを載せているのです。安倍氏の文章は長いので、鈴木敏明著「保守知識人を断罪す」(つくる会)苦闘の歴史」(総和社)P178-P181を参照してください。安倍氏のメッセージには、こういう文章もあるのです。
「政府の要職に就いて尚、学生時代に刷り込まれた自虐史観に拘泥する結果、中国や韓国の圧力に抗し得ず膝を屈した結果であり、亡国の判断に他なりません。改めて教育の重要性を認識させられる事象です。」
どうですか、笠原よ、あなたもシナや韓国の圧力に屈して亡国の判断をして、日本を貶めている人なのです。韓国やシナにシッポ振って、韓国やシナに忠実に貢献することが笠原の生業なのです。安倍氏の文章は、最後にこういう文章で終わらせています。
「長年に亘って地道に教科書の改善に取り組む「新しい歴史教科書をつくる会」の活動は大変有意義で感謝と敬意を表します。今後とも一層の成果をあげられますよう期待します。」
教科書問題にたいしては、安倍首相は、中国側の報告書など眼中にないのだ。

CC。日本歴史学協会の問題点
全国の歴史学会と個人会員からなる歴史学会を代表する組織が日本歴史学協会です。日本学術会議の史学委員会へ委員を出しています。この会に所属する会員たちは、ほとんど歴史の先生たちです。その先生たちに大きな二つの問題があるのです。
1.歴史の先生たちは、文章を書くのがへたなのだ。
私は定年後「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の原稿を書いていた。また地元の図書館では高校の歴史の先生をやっていた人の近現代史の講義を受けていた。当時の先生は、たしか拓殖大学の非常勤講師もしていた。講義の内容が面白いので長年参加し、時々受講者たちと先生との慰安旅行も参加し、先生とも懇意になった。そのうちに私は「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を出版し、その一冊を先生にさしあげた。先生は「いい本を書きましたね。」と私に言った、しかし他の受講生には何も言わなかった。先生は、これは先生が書いたものですと彼の二冊の歴史本をくれた。読んで私は驚いた、へたくそな文章、ねむくなる文章なのだ。自分びいきになって申し訳ないが、先生は私の「大東亜戦争は、アメリカは悪い」を読んで、その読み安さに驚いたのではないでしょうか。歴史を学んだこともない人間がいとも簡単な文章で書き上げてしまったのだ。私の先生が他の受講生に私の本について一言も語らなかったのはそのせいだと思った。其の後定年退職した歴史の先生たち数人にお会いしているが、自分は文章がへたなので本を書かない先生たちが多いいのを知った。歴史教科書の本は書けても、ほかの文章になるとダメなのだ。何故か?
歴史の先生たちは、先輩先生の論文などばかり読んでいるから、いつか自分の論文書くとき、無意識のうちに硬い文章になってしまうのだ。その上自分は知識人と思っているからかっこいい文章にしなければと思いこみ、難しい言葉を使い堅苦しい文章になってしまうのだ。ところが歴史を専門に学んでいない先生など、たとえば西尾幹二氏や渡部昇一氏など、沢山の歴史書を書いているが、沢山の読者に読まれています。二人の先生がたの文章が上手で読みやすいからです。歴史の先生たちの書く本は読みにくくてしょうがない。笠原十九司の書いたこの本、『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』(「日中歴史共同研究<近現代史>」を読む)は実に長たらしいタイトルで、しかも堅苦しい文章だ。せっかく多くの国民に読ませようと思って書いたのだが、笠原の文章では、ほとんど買手がつかないでしょう。

(2)日本歴史学協会は、新興宗教団体。
この会の特徴は、会員のほとんど自虐史観の人たちです。自虐史観の歴史家たちは、歴史家というより新興宗教の信者と言った方が的を射ていると思います。
読者の皆さん、彼らがどんな新興宗教を信じているのかご存知ですか。東京裁判史観を絶対視する「東京裁判教」のことです。彼らは「東京裁判教」をかたくなまでに絶対視しようと心に決めています。そのため、戦後しばらくしてから、東京裁判史観を批判する色々な歴史本や歴史関係の資料が出版されてきましたが、彼らはそれらを読もうともせず、読んでも読まないふりをしたりして無視しています。例えば「南京虐殺事件」、東中野修道、田中正明、鈴木明、冨澤繁信、阿羅健一、北村稔の諸氏らの日本側研究者が自らの命をかけるようにして調べ上げて東京裁判の判決を否定した。彼ら研究者は、その研究を本にして出版した。しかし日本歴史学協会は徹底して無視した。この『報告書』のなかでもシナ側は、「南京大虐殺」を徹底して主張したが、日本側は、シナ側の主張をそのまま認め、虐殺者数だけ異議を唱えるだけ。上記の南京事件研究者の功績は、一切無視です。外務省も同じ見解を内外に発表しています。大東亜戦争を世界史的視野で見てください。1492年コロンブスがアメリカ大陸発見以来以後500年間は、白人国家が世界の有色人種国家を次々と植民地化し、有色人種の人権を侵害し、殺戮した。日本もその危機に陥った。そして白人国家に抵抗し戦った。日本は敗戦後、世界を侵略続けた白人国家から侵略国と裁かれた。戦後は世界の有色人種国家が次々と独立した。日本のお蔭です。白人国家は、日本を裁けるのでしょうか。シナ人や朝鮮人は有色人種解放に一切役立たなかった。ところが日本歴史学協会は、その東京裁判史観に疑念を持たず、徹底して神聖化し、東京裁判史観以外の歴史観をかたくなに信じようとしないのだ。最近アメリカのバイデン副大統領が戦後の日本憲法はアメリカが作ったと公言しても、まだ日本が作ったものと主張している。ここまでくると新興宗教と同じでしょう。ここ数十年色々な歴史的資料が発掘され、戦後直後は出版されなかった歴史本が数多く出版された。現在は私のように、歴史を学ばなくても、これらの本が沢山読める、そのため自ら「近現代史研究家」と自称している人が沢山いる。ところが日本歴史学協会の人々は、これらの本を読まず、読んでも徹底して無視し、近現代史研究家を「歴史修正主義者」と呼び軽蔑しているのだ。なぜ「東京裁判教」を信じている歴史の先生たちが多いのか。その原因の多くは、外務省にあるのです。外務省のほとんどが「東京裁判教」の信者たちだからです。

DD。外務省は「害務省」
「日中歴史共同研究」の日本側の報告書の作成に関わったのが外務省の外郭団体である日本国際問題研究所です。外務省のOBが必ず理事長になる日本国際問題研究所(JIIA)は、The Japan Institute of International Affairs と言い、世界シンクタンクランキングでは 世界15位でアジアではトップというのだから、驚きのいたりだ。なにしろこの組織は外務省特有の「東京裁判教」の信者の集団なのだ。中曽根内閣時の国会答弁で、外務省の小和田恆は「日本外交は、東京裁判を背負っているハンディキャップ外交」と発言し世間を騒がせた。こういう発言をしてくれるから欧米諸国は、彼を平成21年に国際司法裁判所所長に任命した。日本人の所長は初めてです。外務省には国賊が目白押しにいるのだ。この小和田が日本国際問題研究所の理事長をやっていたのだ。
平成13年、「つくる会」は扶桑社から出版する「新しい歴史教科書」と「新しい公民教科書」で文科省の検定合格を取得した。その時、元外務官僚で元インド大使の野田英二郎は、当時日中友好会館副会長であり文科省教科用図書調査審議会委員であった。野田は「つくる会」の「新しい歴史教科書」は一発で不合格にすべきと各委員に迫ったことが産経新聞にスクープされ解任された。この事件により教科書検定審議会から外務省関係者が排除された。
このように外務省は、ほとんど売国奴、国賊、東京裁判教の信者の集まりなのだ。
東大法学部教授、北岡伸一は、日中歴史共同研究の日本側座長を務めた男です。笠原はこの本の中で北岡伸一が書いた『外交フォーラム』(261号、2010年4月)を引用しているが笠原の本の235頁にこう書いています。
「便衣隊についても、本来は兵士は軍服を着たまま降服すべきであるが、軍服を脱いで民衆に紛れようとしたから殺してもよいというのは、とんでもない論理の飛躍である。」
北岡はアホか、彼はハーグ陸戦法規を読んでいないのだ。まさか笠原も読んでいないのではないでしょうね。この北岡がJICA(ジャイカ)独立行政法人 国際協力機構の理事長なのだ。資本金7兆8771億円、2015年の予算執行額は1478億円、大組織の理事長です。たかが東大法学部教授の北岡のどこに理事長になる資格があるというのだ。彼は正真正銘の国賊です。こうした状況だから、日本歴史学協会の人たちは、かたくなに「東京裁判教」を信じるのです。そして定年前後になれば、先輩たちのはからいで大学や外務省関係の外郭団体にもぐりこんでいい思いをするという人生設計ができあがっているのです。
これに対して外務省にたいする私たち在野の保守陣営は、外務省に苦情をつけるどころか、ほとんど何もしません。デモさえめったにおしかけません。それどころか元外務官僚の講演をよく聞きに行き、出版物をよく読みます。私は外務省の一般職を退官した元役人に対して「つきあうな」などとは絶対に言いません。しかしエリートの外務官僚には、私たち在野の保守の人たちは、あまりにも甘すぎませんか。元外務官僚とは絶対「つきあうな」と言いたい。いくら保守的な考えだろうが関係ありません。彼らは現職のときには、外務省改革には爪の垢ほども役だっていないのです。外務官僚は退職したら、世間では保守陣営から全く相手にされないという恐怖感をあたえねば外務省の改革はありえません。私は元外務官僚の講演など一切聞きに行きません。私ひとりでは微力なので、みなさんもまねていただけたらと思っています。チャンネル桜の水島社長には、元外務官僚などテレビに登場させるなといいたい。 

EE。「南京虐殺事件」
「報告書」の個々の歴史問題については、ここでは反論しません。しかし「南京虐殺事件」では、両国とも詳細に書き、日本はシナの主張をそのまま認め、但し虐殺数だけははっきりしないというだけのバカげた反論しかしていません。私はここで「南京虐殺」は絶対なかった証拠を提供します。平成20年5月、シナの胡錦濤国家主席が訪日したおり、南京事件の真実を検証する会委員一同が胡錦濤国家主席に公開質問状を提供しています。

一。故毛沢東主席は生涯にただの一度も、「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後の延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。
30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?

二。南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300 回の記者会見を行い、参加した外国人記者、外国公館職員は平均35名と記録されています。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として、「南京で市民の虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになりますか。もし本当に大虐殺が行われたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?

三。南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939年に上海の英国系出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後ずっと20万人、占領一か月には25万人と記録されています。この記録からすると30万人虐殺など、到底あり得ないとしか考えられませんが、閣下はいかがお考えでしょうか?

四。さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?

五。南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研究(『南京事件の「証拠写真」を検
証』(東中野他・草思社)など)によって、ただの一点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことがあきらかになっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえでの検証させていただきたいと思います。
以上述べました五つの点は南京で大虐殺があったなどということを根本的に否定しているものとわれわれは考えざるを得ません。
上記五つの点につきまして、閣下のご見解を承ることができれば幸いです。この問題は多くの日中国民の関心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子々孫々までの日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。
平成20年5月5日 南京事件の真実を検証する会委員会一同。
(参照:「大東亜戦争は、アメリカが悪い」鈴木敏明著、勉誠社597頁―610頁)
上記の文章は和文ですがシナ語と英文の文章を送っていますが、いまだに返答はありません。

このブログのタイトルにあるこの本の著者は、学者の笠原十九司だが、ウイキペディアによると彼は「南京虐殺事件」に関する本を彼自身の著書と共著で10冊も書いているのだ。
笠原にはぜひこの公開質問状に答えてもらいたい。彼の住所がわかれば、このブログのコピーを郵送したいくらいです。
       


2 comments »

  1. 池田俊二 より:

    關野通夫さんとWGIP

    私の高校の同級生關野さんが、先月、WGIP發掘・研究の第二彈として、
    『いまなほ蔓延るWGIPの嘘』(自由社)を出版しました。
    私は贈呈を受けて、著者に感想文を書き送りました。そして、その一部を
    同窓會の文集に寄稿しました(掲載されるかどうか分りません)。それを、
    更に壓縮して、ここに投稿させていただきます。場違ひで、申し譯ありま
    せん。もつとも、えんだんじさんの歴史認識を匡さうといふ志には通じる
    ものがあるかもしれません。

    「あとがき」の「日本人の美點となる諸々の性
    格や振舞ひを殘しながら、國際的な舞臺で外國
    人に引けを取らない論理性や國際法の理解力
    を身につけた新しい型の國際人の出現が待ち
    望まれます」には同感です。
    ただ、私の考へを少し添へますと「新しい型の
    國際人」は、明治維新からその後の國家興隆に
    至る時期には豐富に存在したのではないか、否、
    さういふ人達(本來の日本人)が、あの輝かしい
    時代を齎したのだ。その人達が衰へ退場し始め
    てから、國は衰亡・亡國へと、今の道を歩みだし
    たのだといふことです。

    マッカーサーが、日露戰爭のときの日本の
    軍人と大東亞戰爭のときのそれを比較して「と
    ても同じ國の軍人とは思へない。前者は、たと
    へ教育のない者でも、肝腎な點はきちんと判斷
    するだけの常識があつた。それが後者には、ま
    るでない」と言つたのは有名ですが、明治以來
    の日本の歩みを象徴するやうな話です。私には、
    日本人・日本といふ國の大變化(墮落)が、そこ
    に如實に現はれてゐると思はれます。
    戰前に東北帝大で教鞭をとつた、ドイツの哲
    學者カール・レヴィットの「日本人は二階建ての
    家に住んでゐるやうなもので、階下では日本的
    に考へたり感じたりするし、二階にはプラトンか
    らハイデッカーに至るまでのヨーロッパの學問が
    紐に通したやうに竝べてある。そしてヨーロッパ
    人の教師は、これで二階と階下を往き來する梯
    子はどこにあるのだらうか、と疑問に思ふ」とい
    ふ言葉には、圖星を指された思ひがします。
    明治維新を成し遂げた世代にとつて、二階は
    お神樂ではあつても、その建て増し工事は自分
    が擔當したものだつたので、一階からの梯子の
    位置は勿論、全てが分つてゐた。日露戰爭當時
    の軍人は、普請には參加しなかつたものの、先
    代を通じて學んだり、見聞きしておほよその樣子
    は知つてゐたので、二階に上つても、大きく行動
    を誤ることはなかつた。ところが、大東亞戰爭の
    時の軍人は、工事に加はらず、先人の苦心をも
    見てゐないので、二階、一階の意識すらなくなつ
    てゐた。たまたま梯子をつかんで駈け上つても、
    二階については書物による知識しかなく、そ
    れも全て斷片的で、何がどこにあるかも頭に
    入れてゐないので、どう振舞ふべきか分らず、
    ひたすら周圍の動きに倣つて右往左往するだ
    けーーまあ、別の天體に紛れ込んだやうなもの
    でせう。 本來の日本人としての智慧や能力を
    一切發揮できなくなつてしまつたのです。

    御著の一節「 岸田外務大臣が稻田防衞大
    臣の靖國神社參拜を控へろと發言したさうです。
    この岸田といふ人は、東京裁判史觀に骨の髓
    まで冒され、靖國の英靈を冒涜する國賊です」
    には完全に同感です。國賊であり賣國奴であ
    るのは、外務大臣だけではありません。總理大
    臣、財務大臣・・・みな然りです。彼等は平氣で
    國を賣ります。なんど外國から瞞されても懲り
    ることがなくて、瞞されつづけます。二階に上
    げられたといふハンデに加へて、WGIPの猛
    毒を注射されたのですから、そのなれの果て
    の非・日本人が超低能なのは當然です。惡意
    で國を賣つてゐるわけではないのです。

    仰せの「日本人の瞞されやすい性格」「お
    人好しの日本人」「『和を以て貴しとなす』・・・
    は、和を第一にすると、原理原則を重んじな
    いことにつながります」「農耕民族の日本人は
    状況對處型」「政府を含む國民に論理性がな
    く、國際政治の場で外國と太刀打ちができな
    い」のすべてに同意します。さういふ要素が強
    かつたことは確實です。
    ただ、日清・日露などを調べると、「和を第
    一に」しながら、原理原則の徹底も完璧だつ
    たし、「状況對處」を主にしつつ、「状況作爲」
    においても支那や歐米に決して負けませんで
    した。日清に至る經緯などを見ると、かくも巧
    みに、ずる賢く立ち囘つたり、でつち上げた
    かと呆れ、これが本當に我等の先祖かと疑ひ
    たくなるほどです。陸奧外務大臣の交渉は、
    三百代言と言ひたくなるほどの猛烈な「論理
    性」をもつて、「外國」を壓倒しました。
    この外務大臣陸奧宗光は私にとつて、理
    想的日本人です(少々亂暴者ですが)。陸奧
    外務大臣→岸田外務大臣は日本人の消長・
    變質を典型的に示す存在ですね。ここまで墮
    ちたものを、元にもどすことは不可能に近い
    のではないでせうか。

    「成田や羽田のボーディングブリッジで、頭
    を『人間性善説』から『人間性惡説』に切り替
    へるやうにしてゐます」との仰せーー永年の
    經驗に基く、立派な智慧で、敬意を表します。
    たしかに「すべて嘘であるといふ前提で接す
    れば間違ひはありません」ね。ただ、陸奧外
    務大臣が外國に瞞されることなどあつたので
    せうか。この人には「切り替へ」は必要なかつ
    たやうな氣がします。「和を以て貴しとなす」と
    「和して同ぜず」は、本來の日本人の中では、
    矛盾なく兩立する、といふのが、私の持論で
    す。
    (追記)我々の頃の西高は當然WGIPの影響
    下にあつたのでせうが、世の中すべてがさうだ
    つたので、別に意識しませんでした。逆に、世
    間の風潮に(今から思へば、WGIPの政策に)
    反抗的だと感じさせられる先生が數人をられ
    ました。
    その一人が一年生の時の社會科の森島美之
    助先生。小太りのおぢいさん先生で、 温厚でし
    たが、生眞面目で一徹な氣性でした。教はつた
    中身は殆ど覺えてゐませんが、頑として縱書き
    を貫かれたのには強い印象を受けました。我
    々の世代は、小學校から、算數は勿論、理科
    も社會も全て横書きでしたが、先生の試驗問
    題は縱書き、我々の答案にも縱書きが求めら
    れました。日本語を横に書くなど言語道斷とい
    ふ、先生の信念とプロテストが感じられ、天邪
    鬼の自分は、先生に好意を持ちました。
    のちに私が仕事で關係した郵政省は、戰前
    は遞信省といつて、大藏、商工と竝ぶ一等官廳
    でしたが、森島先生がそこで、郵務局長といふ
    要職を務めた偉い人と知り、驚きました。
    關野通夫さんが小3の時、日本國憲法が戰
    時國際法違反であると知つてゐたと、數年前
    に聞いてびつくりしました。私が、中學で、前
    文や9條を暗唱させられた憲法に疑念を抱き
    始めたのは、多分西高生の時だと思ひますが、
    紙數が盡きたので、これで終りにします。

  2. 勇馬眞次郎 より:

    池田様
    西高の旧師のエピソードは森敦の小柄な恩師の傘が強風にびくともしなかったエピソードを想起し興味深く拝読しました。稲田氏には期待しておりましたが憂国の心優しい大和撫子に気骨までを期待するのは無理なのでしょうか。一方、蓮舫の厚顔無恥には辟易です。

    昨年3月に関野様の第一弾が出版されたとき心ある数人の知人に配布しました。人に本を贈ることは思想の押し付けになりますので普段はしない主義なのですが、このブックレットだけは例外でした。先著も勿論保守の立場ですが、立場はどうあれ、この事実を「知る」こと、押さえることが建設的、論理的議論の出発点であると信じたからです。アメリカが対日戦争勝利の後、占領期間中、日本民族の精神を改造するために実行した意図的、組織的、計画的な世界の歴史上最も悪辣な洗脳の謀略を我々は先ず認識し、自覚した上で、それを払拭し洗い落とす作業が戦後行われていない、逆に日本人自身が戦後利得者を通じて強化していることが戦後の最大の政治問題であると思いますが、これは一部の有識者だけにしか知られていないのが現状です。この情報を心ある人々に広く共有して貰うことが日本再生の鍵となりますので、この新著と併せ拡散する必要があります。以下は、この場を借り長くなって恐縮ですが、えんだんじ様には申し訳ありませんが、的外れがあるかもしれませんが、当時の先著への私の推薦(生意気な評価)です。

    関野通夫氏の新著、自由社ブックレット「日本人を狂わせた洗脳工作」は、70年安倍談話を控えたこの時期、きわめて貴重で画期的な出版であり、かつ現在日本の最大の政治課題である「戦後レジームからの脱却」に有力な援軍となる。

    1994年(平成2年)、文芸評論家・江藤淳が「閉ざされた言語空間」で摘発し、2011年(平成23年)、東北大・田中英道名誉教授が「戦後日本を狂わせたOSS日本計画」で告発した、OSS(第二次世界大戦中のアメリカ軍戦略諜報局でCIAの前身)とGHQ(戦勝国総司令部)の企画した対日War Guilt Information Program(WGIP)、すなわち「大東亜戦争の罪悪感を日本に浸透させるための教育・宣伝計画」または「日本人に戦争犯罪意識を刷り込む計画」は、これまでその存在は知られてきたが、それを証明する直接証拠=原物(原資料)を示すことができないでいた。

    関野氏は、ご出身のホンダの三現主義に拠って、ついに探り当て、本著でその文書の対訳を示した。これによって戦後絶え間なく続く、そして近年ますます悪辣になってきた日本近代史へのいわれなき誹謗を根絶させ、“慰安婦”や“南京虐殺”などの虚偽の歴史問題の根本的解決を期すという高い志と目標が達成されたことは御同慶の至りである。

    関野氏は現在「実務翻訳」に従事されていらっしゃるせいか、日本語が優れて的確であり、本質を巧みに表現されている。曰く、「GHQ民間情報教育局(Civil Information & Education Section)が、敗戦後の日本の脳内に、秘密裡に注入した猛毒(WGIP)は、日本人の脳細胞をむしばみ、分別と常識を狂わせた。この遅発性の劇薬はみごとに効能を発揮し、(昨年7月の)ジュネーブの国連人権委員会でも、なお効き目を保っていた。しかも人道主義や平和主義という、口当たりのいい糖衣錠仕立てでしたから、飲んでも苦くはないし、舌が痺れたりしない。それどころか、自分は世界平和を希求するヒューマニストだと、歓喜を伴う自己陶酔に浸れる。国家の存立を根底から危うくしているなのに、見えづらいという点では史上最大にして最も巧妙なというべきでしょう。」

    全くその通りである。国連人権委で暗躍する戸塚弁護士ら左翼勢力、朝日新聞などの反日日本人はみなこの遅発性危険ドラッグに侵された病人なのだ。これら麻薬に脳髄を侵された者どもが、米国、中国、韓国などの反日勢力と共同して、国連を動かし、「軍国主義で侵略国の日本」非難の国際世論を作り、戦後歴代の日本政権の謝罪声明、自虐談話、現在の外務省の愚劣なHPへとつながっている。

    彼らドラッグに侵され、確信犯化した反日集団の治癒や更生は至難であろう。しかし良識ある健全な一般国民は、このWGIPの存在がこの一事資料によって証明されたことを知れば歴史意識が変わり得る。現に紹介した知人(元商社マン)は変わり始めた。

    関野氏は、成田を一歩出る途端に心のスイッチを「性悪説」に切り替えるという。私自身も同じだった。普通の日本人なら心掛けるこの最小限の海外マナーを日本の政治家や外務省は身に着けていないためどれだけ日本の国益が喪われか。

    本著で紹介されたWGIP重要原資料7点(イロハニホヘト、p.25)はまさに私も探し求めていた文書である。WGIPという陰湿で執拗で巧妙な罠に嵌ったままの日本は、彼らの意図した通り、我々日本人の子々孫々に至るまで、永遠に、戦勝国側に謝罪し続けなければならない。この日本の現在の国際社会における惨めな境遇から脱却するには、WGIPの証拠資料が最も有効である。それを探し求めた関野氏の情熱には頭が下がる。

    「東京裁判・日本の弁明」のなかで小堀桂一郎氏はWGIPのもう一つの側面である日本分断の偽計を指摘されている。ポツダム宣言で採用されたのは、「日本の犯罪的軍閥(militarist regime)が日本国民(civilian population)を欺いて世界征服の侵略戦争(war of aggression)の過ちを侵させた」というロジックであり、つまり軍国主義的指導者=戦争犯罪人(war crimes)と一般国民を分断し、互に疎隔させ、国民の政府指導者を犯罪人に仕立て、彼らへの憎悪と怨念を煽り立て、占領政策の円滑な遂行を図る手の込んだ謀略的宣伝工作だったわけである。

    国民の多く、特に知識人がこの罠に引懸った。「君たちに罪はない。軍国主義の被害者だったのだ。」中国共産党が今も対日外交で愛用するこのロジックについていけば自分は免罪されるという誘惑に抗しきれない日本人の多くがこの「疑似餌」に釣上げられた。

    戦後レジームの超克などと声高に標榜しながら、「村山談話」を継承すると明言してきた安倍政権中枢の人々はこの本を読まねばならない。読めば安倍談話は決して村山を継承出来ないことを知るであろう。有権者がこのWGIPの存在を知れば、日本民族の陥っている実に飛んでもない、驚くべき事態を知って投票行動がいっぺんに変わるであろう。

    日本悪逆の真っ赤なウソを押し付けられて、そのウソを受け入れろと要求されながら、そのウソを跳ね返すどころか、有難がってきたのが日本政府であり外務省なのだ。洗脳の事実があり、その効果が至る所で、たとえば国連人権委、たとえば朝日の捏造記事、たとえば河野や村山などが確認される現在、緊急に為さねばならぬことは、この忌まわしい洗脳を洗い落とし、歴史認識に対する日本人の深層意識を変える逆洗脳である。この本をその起爆剤にしなければならない。関野氏の高い志に深く共感する。7年間の日本占領が終り独立を回復したならば真っ先にやるべきことがこの逆洗脳であり、憲法無効宣言であった筈である。

    これだけの価値をもつ本著は値がわずか500円。早速知人に紹介・配布したが、広く日本の有権者、青少年に浸透させなければならない。日本は血を流す戦争(1941年―1945年)に物量で敗北した後、密かに仕掛けられた、血を流さない卑劣な情報戦争(1945年―2015年)でも再び智慧のないために敗北していた。しかし情報戦争はネット社会の現在、たとえ政府が敗北しても民間有志が立ち上がって戦うことが可能である。

    最後に本著へのカイゼンを提案する。
    1. 重要原資料7点のうち(ロハニホ)の原文も掲載して頂きたい。
    2. 重要原資料7点のうち(ヘ)の原文(p.65)の活字が潰れて読みとれない。きれいな全文を掲載して頂きたい。
    3. p.72以降の清瀬弁護人の陳述は英語版の和訳になっているが、「東京裁判・日本の弁明」に日本語のオリジナルが掲載されている。こちらが引用としては優れるのではないか。

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