鈴木宗男よ、前科者のくせに偉そうな口をきくな。



(えんだんじのブログ)で2016年11月5日に「安倍総理、プーチンにのめりこまないでください。」を発表した。その発表後に第二次橋本内閣(1997年)で北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官に任命された鈴木宗男氏(昭和23年生まれ、元自民党議員、以後宗男と称す)が週刊誌や月刊誌で「北方領土返還で二島返還だって大成功だよ。」などとの賜っているのを読んだ。今月15日にはプーチンが山口県長門市にやってくる。北方領土返還の話し合いは長い、それだけに歴史がある。宗男はこの北方領土返還等の話し合い食い物にして実刑判決を受け一年ほど刑務所暮らしをしてきた元政治家だ。その実態を簡単にのべて、二度とこういうことが起こらないことを願って書いてみました。
鈴木宗男事件
1.ムネオハウス事件
1999年、国後島のロシア人と日本人との友好の家(通称ムネオハウス)の工事に関する入札を意図的に地元建設業者5人と宗男の秘書と共謀して随意契約にさせた事件。この事件は2002年に共産党議員の国会質問によって世間に知れ渡った。
2.国後島ディーゼル発電施設事件
2000年3月に行われた国後島におけるディーゼル発電機事業の入札で宗男の意向によって三井物産に落札するように便宜をはかった。この事件の悪質なのは、事前の1998年にコンサルタント会社と東京電力がそれぞれ「新規設置は不要で、既存ディーゼル発電を改修すべきとの報告が外務省に提出されたが、宗男は強引に外務省へねじ込み、新設を決定させた。この件で外務官僚二人も有罪が確定された。
3.やまりん事件
1998年製材会社やまりんは、国有林無断伐採事件をおこした。そのため林野庁から国有林の公売などの入札参加資格7か月間停止。やまりんは当時内閣官房副長官の宗男を頼った。宗男は便宜をはかった。
4.島田建設事件
1997年から1998年、北海道開発局発注工事であった網走港の防波堤工事や紋別港の浚渫工事、島田建設が当時北海道開発長官だった宗男に受注の便宜を頼んだ見返りに600万円をわたした。
5.イスラエル学会事件
イスラエル関連の学会をめぐる外務省関連の事件。ロシア外交を展開していた宗男は、イスラエル学会がロシアと非常につながりが深かったため日本の対ロシア外交の一環として学会を重要視した。そのためイスラエル関連の学会をめぐって、外務省の決済を得て、外務省関連の国際機関の「支援委員会」から支出が行われていた。
6.政治資金規正法違反事件
宗男の資金管理団体「21世紀政策委員会」に虚偽報告があった。宗男の東京南青山の自宅建設費用約1億五千万のうち約3600万円を「21世紀政策研究会」の政治資金から流用。また政治資金の1億円の寄付収入を裏金にした。
7.モザンビーク共和国洪水災害国際緊急援助隊派遣介入事件。
宗男の発言で派遣が一週間遅れ、その間にモザンビークの被災者七人が亡くなった事件。宗男は偽証罪で有罪。

これらの事件のうち3.やまりん事件、4.島田建設事件、6.政治資金規正法違反、7.モザンビーク事件の4件が受託収賄、斡旋収賄、政治資金規正法違反、議院証言法違反で有罪。2004年11月宗男に懲役2年の実刑と追徴金1,000万円の判決がくだされた。
2009年、宗男の上告が棄却され、議員資格を失い、ちょうど一年間収監された。刑期満了から5年間公民権停止。上記3,4,6,7事件以外の件では宗男の秘書、外務官僚、業者が実刑判決を受けています、上記事件1から7まで無罪者が出ていません。
これらの事件中あるいは事件後に出た野党議員等のコメント、
辻本清美:鈴木議員は疑惑の総合商社
鳩山由紀夫:公共企業で私服を肥す鈴木宗男のような政治家が日本にいること自体が実にはずかしい。
小沢一郎:国民の税金を使う行使に乗じて色々な不正、不公平な問題を生じさせた鈴木議員
の政治家としての責任。
福島瑞穂:北方四島支援事業を食い物にしてきた鈴木議員は政官業の癒着そのもの。

国後島緊急避難所兼宿泊施設が「ムネオハウス」と呼ばれたことにちなみ宗男がからんだ建造物等について鈴木宗男の名称等をつけて通称でよばれるようになった。その例:
1.色丹島のプレハブ診療所、 「鈴木宗男診療所」
2.色丹島の四輪駆動車、 「ムネオ号」
3.色丹島の住民用自航式はしけ、 「ムネオ丸」
4.タンザニアの中学校講堂、 「スズキホール」
5.国後島のディーゼル発電施設、 「ムネ電」

北方四島には、戦後半世紀以上日本国民は、誰ひとりとして住んでいません。宗男はロシア島民のためにだけの便宜をはかるために国の税金を使っていたのだ。これも日本人文化の悪いくせ、こちらが誠意を尽くせば見返り(4島返還)に良い影響があるに違いないと勝手に思い込み行動に移すのだ。これらの施設に要したお金すべてムダ金に終わった。今回の安倍総理とプーチン会談でも色々の経済発展、協力の話し合いが行われているが、日本側に無駄使いの一銭も出ないように祈るばかりです。
その宗男が月刊誌「文芸春秋12月号」に「二島返還だって大成功だよ」のタイトルのもとに8頁にわたって書いている。たかが前科者が書いたこんな文章、よく文芸春秋が載せたものだ。宗男の記事には参考になるものは何もない。二島(歯舞、色丹)の面積は、四島全体の7%に過ぎないのだ。私は、国民の一人として宗男にはっきり言ってやる。「宗男よ、前科者のくせに偉そうな口をきくな。」

今月15日にプーチンが山口県長門市にやってきます。私は安倍総理に無理してプーチンとは合意を取り決めないでいただきたいと思っています。その理由は:
1.ロシアという国、またプーチンと言う人間をまったく信用できない。
2.安倍総理はプーチンと15回も会談しているが、プーチンが北方領土を返すとはっきり言ったことがない。
3.最近のペルーの会談では北方領土での共同経済活動が話し合われ、実現すれば現地でのビジネスはロシア法が適用されるとプーチンは語った。
4.国後・択捉に最近ロシアは地対艦ミサイルを配備した(産経新聞11月23日)。日本の真剣な交渉態度に平手打ちをくわせたようなもの。
5.シナに経済援助したら、日本の強敵を作ってしまった。ロシアに経済援助したらまた日本の強敵を作ることになる。

ここで日本が必要なことは、政治評論家、西村慎吾氏の主張するように「臥薪嘗胆」の手段をとる事です。
1.日本は経済大国を続けるべきこと。
2.日本は必ず核兵器保有国になること。
日本はこの二つを持つ強国にならなければ、領土返還のような重要な問題は、「ならず者国家」、ロシアもシナも核兵器もない日本をまともに相手にしようともしません。日本の誠意など必要ありません。必要なのは核兵器です。ソ連崩壊時、日本は黙って、ボケーッとしながらただ眺めていただけ、北方四島を買い取ろうという提案さえしなかった。現在のロシアは、プーチンの独裁主義国家、プーチンこけたらロシア国内は混乱するでしょう。今は日本は「臥薪嘗胆」すべき時なのです。勇気をもって一日も早く核兵器所有国家になりましょう。




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私のトランプ嫌悪感



このまま大統領選挙戦が終わると、トランプ氏が勝ってしまうと思い、2016年10月7日、(えんだんじのブログ)に「アメリカ国民よ、トランプ氏に投票しないで下さい。」を発表しました。この私でさえこのままでは、トランプは勝つかもしれないと思っていたのに、外務省は、ヒラリー勝利を予想するより、勝利を信じ切っていたと言うくらいだからお粗末このうえない。私のブログの呼びかけなど犬の遠吠えよりもはるかに劣るため、選挙情勢にはなんら変わりはないと思っていたが、思わず反射的にブログで呼びかけてしまった。一体私は、何に反射したのかというとトランプの人種差別宣言です。私はトランプに怒りを感じたのです。私の経歴は、私が血気盛んな20代から白人系外資系会社5社を渡り歩いて40年、ずっと白人たちと仕事して定年を迎えた。私の20代は、私の子供時代から続くアメリカの全盛期でした。その頃1ドル360円の固定相場が何十年と続いていた。その血気盛んな20代の頃に私は自分の仕事で人種差別、人種偏見を感じとっていたのです。そのころの私は英語も不十分、売り込める仕事の技術は何もなし、人種差別、人種偏見の怒りにまかせて仕事を辞めることもできず、もし仕事辞めたらまた臨時工に逆戻りだ。もう臨時工としては二度と働かないと決めたのではないかと自分で自分を叱咤激励していたのだ。「今に見ていろ」とじっと我慢をして働かざるを得なかった。私は小学校一年から横須賀に住んでいたが、確か私が小学校一年か二年生ごろ、アメリカ水兵がジープに乗って子供たちに10円札をばら撒いていた。沢山のこども達が、その米水兵のジープのまわりで10円札を拾おうとして群がっていた。私はその少年たちの一人だった。後年あの時私は10円札を拾えなくて良かったと思った。もし拾えて母親に渡していたら、大変後悔しただろうと思った。こういう経験をしているから、選挙戦で堂々と人種差別をするトランプに嫌悪感を抱いていたのです。

人種差別、人種偏見に耐えながらじっと我慢して働いていた私が27,8歳のころ、ついに我慢しきれずボスと大ゲンカした。私はまわりのスタッフにはっきり聞こえるように大声を出してどなったのだ。ボスももともと地声が大きいからひときわ大声でどなりかえしてきた。回りの人たちはびっくりして仲裁にはいった。私は、「これで、俺は首だな」と悟った。もともと首は覚悟しての喧嘩だった。翌日朝出勤した時すぐに、東京支社長室によばれ、トランプが語った言葉を言われた。

アメリカNBCテレビのリアリティ番組に「アプレンティス」(apprentice, 弟子とか徒弟の意)という番組があった。ホスト役がトランプだった。実業家として成功を夢見る若者たちから応募者を募り、審査で選ばれた16人がトランプの会社で様々な課題に挑み、最後に残った一人をトランプが採用するという番組だった。そのテレビの画面上でよく放ったトランプの言葉が「お前は首だ」と言う言葉だった。この「アプレンティス」という番組大変視聴率が高く超人気番組になった。それだけにトランプが放つ「お前は首だ」という言葉も人気用語になってしまった。この「アプレンティス」の成功が白人たちへのトランプの著名度や親近感を高めさせたことは間違いない。大統領選選挙結果を放映するNHKの夜の7時のニュースでもトランプが吐いた有名な言葉として「お前は首だ」を確か二夜連続してトランプが同じセリフを吐いたテレビ場面を放映した。

私が首になった時、トランプが言った「お前は首だ」と同じような言葉、「お前は今日で首だ」と言われた。私は少し虚を突かれた。首になるのは判っていたが、せめてあとひと月で首とか、今月いっぱいで首とか多少首まで余裕があると勝手に思い込んでいたのだ。私は、「わかりました」と言って支社長室をひきさがった。午前中に大声でスタッフ全員に聞こえるように、「自分は今日で首と言われましたのでやめます。いろいろお世話になりました。」と挨拶して帰った。ちょっと時間たって帰りの電車の中で、物凄く自分に腹がたってきた。なぜ一言も気の聞いたせりふも言い返せずに支社長室を去ったのか。「お前は今日で首だ」と言われたとき、渙発を入れず「サンキュー、あすから、これで俺は幸せになれる」の言葉ぐらいなら自分でも自由に英語で言えるのに、と思ったら急に自分に腹立ってきた。こんどはいきなりに首なったらこのセリフを言ってやろうと決めていたが、二度と首にあうようなことはなかった。首になった直後の話も面白いので、興味があったら私の自伝的小説、「えんだんじ・戦後昭和の一匹狼」(文芸社)を読んでみてください。

それではなぜ人種差別を堂々と宣言するだけではなく女性蔑視発言を繰り返し、その他トランプに対する良くない情報が流されてもトランプは、なぜ大統領に選ばれたのか?
驚くなかれ、最新のニュース、産経新聞11月16日の吉崎達彦氏(双日総合研究所チーフエコノミスト)によると民主党支持者の投票棄権が多かったからなのです。投票の詳細を見てみると、クリントンの総得票数:6104万票、トランプの総得票数:6037万票、得票数ではトランプが若干少ないが選挙人ではトランプが勝って大統領になった。ところが前回の6012年の選挙では挑戦者のロムニー共和党候補は総得票数:6093万票、現職のオバマ大統領の総得票数:6591万票。この四者の総得票数を比較すると驚くべきことがわかる。トランプ:6037万票、ロムニー:6093万票。テレビ番組「アプレンティス」の超人気で名前を上げ、人種差別や女性蔑視などで刺激的発言をして大騒ぎさせながら遊説したトランプとロムニーでは得票数はほとんど変わらない、いや正確に言えばロムニーの方が少し多いいのだ。6012年のオバマ大統領の総得票数6591万票、今回のクリントンは6104万票、およそ約500万票の差があります。すなわち民主党支持者500万人が棄権したためクリントンは敗れたことになる。クリントンは飽きられ、どうしても大統領にしたいという熱気がかけていたと言わざるを得ません。

選挙戦の結果を見ると、アメリカが分断されているのがよくわかります。トランプが正式に大統領と決まっても、トランプは、「not my President」と大声を張り上げてのデモ行進が選挙結果後4日経った後でものあちこちの大都市で行われています。一方異民族にたいするアメリカ白人のいやがらせが目立ってきていると報じられています。私は大統領選後もアメリカが分断状態になっているのを見るのは初めての経験です。分断状態にしたのはトランプのせいです。
トランプが選挙戦で一番言ってはならないことは、私は人種差別だと思っています。特にイスラム教徒のアメリカ入国「完全禁止」です。聞くところによるとアメリカ憲法では、宗教によって入国を禁止することは憲法違反というではないですか。
ヒトラーは選挙で選ばれ独裁者になった。トランプは独裁者になる恐れがあるかもしれない。それに対しニューズウイーク誌(2016・11・15)では、「議会や財界、軍、司法、その他すべてが強制収容所を建てることに賛成しない限り、アメリカが21世紀の第三帝国になることはない。」と書いているが、果たしてそうだろうか。そのようにならないことを願うばかりです。
人種差別でいけないことは、その民族の誇りを傷つけることです。それだけに差別された方は根に持つ。こういうことは苦労人ならわかるはずだが、トランプは何も苦労していない、親父の不動産業を受け継ぎ、舌先三寸で世間を上手にわたって来ただけ。私が心配して恐れているのは、大統領職四年間に暗殺されずにすむだろうかということです。また外国に住む民間アメリカ人が、トランプ発言の影響で理由もなく殺されることがないだろうかと心配しています。私は親米主義者だからトランプが暗殺されて快哉を叫ぶことは絶対にないが、同情は一切いたしません。  

ところで私もトランプ新大統領が日本に及ぼす影響、例えばTPP、安全保障などブログに書きたいのですが、それよりここで名著を紹介します。「金の切れ目で日本から本当に米軍がいなくなる」(講談社アルファー新書)、対談本で語り手、飯柴智亮、1973生まれ、元アメリカ陸軍大尉、聞き手小峯隆生、筑波大学非常勤講師。大統領選挙中にトランプが「日本は在日米軍駐留経費を出せ。出さないならば、撤退だ。」と発言した。この発言から生まれた本です。本の出版が2016年9月20日で最新の本です。自由社ブックレットと同じような形式の本で800円です。読みやすいので読んでみてください。ほとんど私と同じ考え方です。

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安倍総理、プーチンにのめりこまないでください。



       このブログの転載、拡散よろしくお願いいたします。
もう来月にはプーチンが山口にやってくる。北方領土、四島の返還交渉の山場を迎えるでしょう。安倍総理は何が何でもプーチンと決着をはかりたいみたいだが、ここでもう一度じっくり考えておくべき問題点を拾ってみました。
一.プーチンの人格形成
ウイキペディア等によると、プーチンは貧困家庭で育ち、少年期に生き抜くためにはKGB(ソ連国家保安委員会、俗に言う秘密警察)に入ることに決めていた。14歳のときKGB支部を訪問した。幸運にも応対してくれた職員が彼に貴重な情報をくれた。
1.KGBは自ら志願した者は、絶対に採用しない。自らKGBにコンタクトしてはだめ。
2.大学の専攻は法学部が有利。
3.言動や思想的に問題を起こさないこと。
4.スポーツの実績は、対象者の選考に有利。
プーチンは、この忠告を忠実に守り、レニングラード大学の法学部に入り、柔道に打ち込んだ。大学4年の時、KGBからスカウトされた。KGB職員になるためには、ソヴィエト共産党員なる必要があり、共産党党員になった。今でも彼はソヴィエト共産党員の証明書を大事に持っていると言う。諜報活動を行うためKGB赤旗大学で学び1985年東ドイツのドレスデンに派遣された。1990年KGBを辞め政界に進出。1991年共産党ソ連が崩壊。KGBもなくなり、その後継者FSB(ロシア連邦保安委員会)が誕生。1998年プーチンは、エリツィン大統領の後押しでこのFSBの会長になった。2000年にはロシア連邦二人目の大統領になるのですが、私が強調したいのは、プーチンの人格形成がKGB/FSB、いわゆる秘密警察で出来上がっているということです。一方安倍総理も、安倍総理を補佐する岸田外務大臣も二世議員、普通の議員以上に容易に首相、外相になれたのだ。これで安倍総理は冷徹プーチンと対等に渡り合えるでしょうか。心配性の私は、それが心配でしょうがない。大統領になってからのプーチンは、我々お人よし日本人の背筋の凍るような事をしでかしているのだ。

二。プーチン政権時の国内政敵落としのいくつかを紹介。
1.2000年に大統領になるや、彼が真っ先の着手したのがテレビの国有化。三大テレビがありましたが、一社は国有テレビですが二社は民間テレビ。その二人の社長、グシンスキーとベレゾフスキーは、あらゆるスキャンダルや疑いを仕掛けられ、グシンスキーは海外追放の憂き目に合い、ベレゾフスキーはロンドンに亡命、2013年には自ら命をたった。
2.ポリトコフスカヤ
ロシア内外で有名な女性新聞記者。彼女は徹底してプーチン、FBS、チェチェン戦争に反対していた。2006年10月彼女は、自宅のアパートのエレベイターの中で射殺されていたところを発見された。殺害の実行犯、元警察官は逮捕されたが、殺害を指示した男の名前はわかっているが、まだ逮捕されていません。
3.リトビネンコ
KGBの職員だったが、ソ連崩壊後FSBの職員になった。彼に四人のFSB職員暗殺の命令がくだされたが、拒否し暗殺内容を公表した。1999年拘置所に収監された。2000年にイギリスに亡命。2006年10月イギリスの市民権を得る。翌月の11月1日、リトビネンコはロンドンのピカデリーサーカス付近で人と会食後体調悪化。放射性物質中毒と分かる。11月23日中毒死、毒殺されたとわかった。
4.ネムツォフ
エリツィン政権時第一副首相。プーチン政権時、ロシア野党指導者、反プーチン派の政治家の中で最もプーチンに批判的でカリスマ性のある人物。2015年2月27日、愛人のウクライナのモデルとモスクワ市内のレストランで食事し帰宅途中ピストルで射殺される。ついでに一緒にいたモデルも射殺された。彼の追悼デモに7万人以上が参加したと言われています。現在のところ殺人者も捕まらず、殺人者名も未定です。

以上がプーチン政権時、明らかに反プーチンの意思を示した人たちの末路です。彼らは皆ロシア人で外国人となればもっと犠牲者は多い。多分プーチンは、殺人の実行者ではないのでしょう。しかし彼の意向を感じ取って実行に移す人間が多い事も事実のようです。これが独裁主義者の政治的行為なのでしょう。例えば上記3のリトビネンコの例を見てみましょう。彼はロンドンで毒殺されたのですが、彼と食事を一緒にした一人が元KGB職員のアンドレイ・ルゴボイです。英国政府はルゴボイをリトビネンコ毒殺の有力な容疑者とみなし、身柄引き渡しを求めた。ところがプーチン政権はその要請を拒否、それどころかルゴボイを下院議員に当選させ、不逮捕特権を与えたうえに勲章すら授けたのだ。これは世間的には、「俺の願望を確実に実行してくれたら、必ず報いてやるぞ」という意思表示になるでしょう。これが殺人の命令でなければ、誰もがこぞって期待に応えようとするのだ。その悪例の典型的な例がロシアのドーピング問題です。

三。ロシアのドーピング問題
2015年11月9日、WADA(世界反ドーピング機関)は、ロシアは、国ぐるみでドーピングを行っていると発表して、世界に衝撃を与えた。プーチンはアメリカ主体のグローバリズムに反対と言われているけど、彼の本当の狙いは全盛期の共産主義国家ソ連の再現です。その行為の一環がたまたま反グローバリズムに同意するだけです。五輪では、ロシアが獲得するメダル数を増やし、ロシアの国威発揚につなげたいとするプーチンの意をくんで、スポーツ省やFSBはその走狗と化した。ロシア選手のドーピングが単にスポーツ省ばかりでなく、FSBの監督、管理、指導下に遂行されたシステムを勇気をもってWADAは暴露し糾弾した。それではロシアの誰が暴露したのか。現役女子陸上選手のユリア・ステパノワ(30歳)です。ステパノワがどうやってドーピング情報を暴露していったのかを語ると興味ある一つのストーリーになり、長くなるのでやめておきます。結局彼女は、夫と一人息子の家族とともに、ドイツでの永住権を得、今ではアメリカに在住しています。亡命を覚悟しなければ、正義感など発揮できないロシアの世の中なのだ。プーチン大統領の報道官は彼女を裏切り者とののしっています。ここで驚くべきことは、ロシアという国家主導で恐るべき大罪を犯したにもかかわらず、プーチン大統領は、一切謝罪せず、これは欧米諸国がロシアを貶めるための行為だと言ったことです。ロシア選手がリオデジャネイロ五輪に参加できなければ人権侵害とまで言って平然としていることだ。またロシア国民もプーチンを批判していません。ドーピング選手も平然として悪びれた様子もしてもいない。これは完全にロシアの文化の反映です。日本国民は規則や法を律儀に守る。しかしロシアでは「規則とか法律は擦り抜けるのが生活の知恵」と心得、それらを律儀に守る者を愚か者扱いするのだ。だからこそロシアには法に関する民衆の諺が沢山ある。例えば、「法は馬車の長柄と同じ、御者が向けたい方向に勝手に向けられる」、「法のあるところ侮辱あり」、「法は蜘蛛の巣、クマバチと抜け蠅はかかる」、「神にはろうそくを、裁判官には包みを」等々。だからロシアという国は昔から、国際法、条約、国際機関などは、信用も尊重もしていない。政治学者も公然と「国際法は各国が有利なように解釈しており、その権利もある」として平然としていられるのだ。この国民性の違いがわからなかったためもあるのでしょう。私の年代の父親たちはソ連兵に辛酸をなめさせられたのだ。こういう国民から、日本の領土を返還させようというのだ。並大抵のことではない。まず絶対に騙されないということが肝要です。

四。忘れまじ、いわれなき理由で受けた日本兵の辛酸
1.大東亜戦争末期、日本軍敗色濃厚のころ、最後の拠り所はソ連だった。日ソ中立条約
を結んでいたからです。ソ連の仲介で日米間の休戦などの話し合いできないかと考えていたからです。しかしそれもうまくいかず、昭和21年8月15日、日本軍は降伏した。その日本軍降伏直前の8月9日ソ連軍はまだ有効であった日ソ中立条約を破って突如満州に攻め込んできた。日本軍は降伏後の翌日8月16日大本営は関東軍に武器を置く指令をだした。ソ連軍は日本軍の降服後も攻撃を続け8月末頃には満州全土、北朝鮮、樺太及び千島列島を占領してしまった。領土の占領だけではありません。治安維持も関東軍の力を借りずにすべてソ連兵自ら行ったのだ。このためソ連兵による日本人襲撃には目にあまるものがあった。略奪、暴行、強姦、殺人、なんでもあり。ソ連参戦時、満州各地に住んでいた民間人約155万人の一割強、約17万6千人が帰国を果たせず死亡した。運よく帰国できても、その体験談は、目を覆う悲惨さです。

さらなる悲惨さが日本軍人や一般人を待ち構えていた。スーターリンの指令の下、ソ連軍は、ソ連占領地域(満州、北朝鮮、樺太、千島など)の日本軍人、一部の民間人合わせて約60万人をシベリア、外蒙古、中央アジア、東ヨーロッパなど約1200ヵ所の捕虜強制労働収容所(ラーゲリ)に送り込んだ。恐ろしいほどの寒さ、貧しい食事、厳寒のなかの激しい重労働、この三重苦にさいなまれて抑留中死んだ者は、6万から7万と言われ、厚生省が身元確認できたのは2万4千人だけです。死者の多くが凍土の下で眠っているのだ。これはあきらかにソ連の国際法違反です。日本が受諾し、ソ連も承認したポツダム宣言第九条には、「日本国軍隊は完全に武装を解除せられたる後、各自の家庭に復帰し、平和的かつ生産的生活を営む機会を得しめられるべし」と規定してあるからです。先に筆者が触れましたようにロシアは、国際法や条約の中身など眼中にないのだ。一例を申し上げましょう。昭和30年(1955年)、自民党政治家は許されず、七名の日本社会党議員だけが869名収容されているはバロスク第21分所の見舞い訪問が許された。収容所のソ連管理側はあらゆる偽装工作を行って待っていた。
収容所内の窓にはカーテンをかけ、食卓は白布でおおわれ、花をかざり、売店にはトラックで高価な食料品、チョコレート、各種の缶詰など山のように運んで並べ、受刑者全員に新品の服を着せ、さらにソ連人の民衆に1時間1ルーブル20カペイカを払って集め、歓迎の盛大な拍手をさせた。朝鮮人、シナ人を使って何もないところに土を盛り上げた偽のお墓を作らせもした。収容者は日曜日にもかかわらず、健康な者は作業に借りだされ、重症患者は、他の病院に移され、残っているのは退院許可を待つ回復者だけにしてあった。そのため七名の社会党議員は、完全に騙されてしまった。社会党議員が帰ると、売店の食料品はもとより、カーテンもテーブルクロスも、花も持ち去られた。そしてソ連当局の筋書に反して最初の発言を敢行した尾崎清正中尉は、隔離収容所に連れ去られたのである。其の後尾崎中尉が帰国できたかどうか不明。(拙著「逆境に生きた日本人」展転社)

現在ロシア政府から約4万1千人の死亡者名簿が引き渡されている。ところがアメリカ人歴史研究家、ウイリアム・ニンモ著、「検証・シベリア抑留」(加藤隆訳、時事通信1991年)によれば、確認済み死亡者25万4千人、行方不明、推定死亡者9万3千名、事実上約34万人死亡としています。

2.北方領土を占領された後、昭和21年から平成19年12月現在、ソ連警備兵により拿捕された日本漁船1302艘、拿捕された日本漁民9023人。拿捕された日本人漁民は全員取り調べられ、船長は短くて3カ月、長いと4年も抑留された。船体、漁具など全て取り上げられることが多かった。すべて日本漁民の泣き寝入り。(北海道庁発表)

ここまでプーチン大統領とはどういう人間なのか、ロシア民族とどういう民族なのか、私たち日本人が決して忘れてはならないロシア人の私たちに対する扱い方など書いてきました。
さて来月からプーチンが山口にやってきます。北方領土返還の交渉が本格的に始まるでしょう。私たちは、北方領土が早く帰ってほしい気持ちでいっぱいです。こんな時私たちは期待こめすぎるのだ。そのためせっかく領土返還の話でムード良くなっているのに、ムードをぶちこわすようなことは言わないようにするのだ。日本人特異の気配り。この気配りが日本外交の弱点になっていて成功した試しがない、外務省の役人は何回いってもわからない。
ラブロフ露外相は、公に「日本は大戦の結果を認めない世界唯一の国だ」と堂々と対日批判しているのだ。モルグロフ露外務次官はインターフアックス通信のインタビューでこう言っているのだ。「日本とは領土問題で如何なる交渉も行っていない。この問題は70年前に解決されており、北方四島は第二次大戦の結果、合法的に我が国に移った。日本はこの客観的な歴史的事実を認めるのを拒否している」
この二人の発言はすべてつい最近の発言です。
2005年9月プーチンは、「南クリル(北方領土)は第二次世界大戦の結果ロシア領となり、国際法でも認められている」と発言しています。日本政府高官は、彼らの不当な発言に猛反発したのでしょうか。彼らは、この発言のうえさらに北方領土の軍事基地の強化、最近の産経新聞では島民に土地を売ろうとしています。私の予感では北方四島はこのままでは返ってきません。最近のウラジオストクの首脳会談で安倍総理は、「ロシアと日本が今日にいたるまで平和条約を締結していないのは、異常な事態だと言わざるを得ません。このままではあと何十年も、同じ議論を続けることになってしまいます。ウラジミール、私たちの世代が、勇気をもって、責任を果たしていこうではありませんか。私は、ウラジミール、あなたと一緒に、力の限り、日本とロシアの関係を前進させる覚悟です。」
安倍総理は、日本人得意の誠心誠意をこめて話したのだ。日本人の誠心誠意は、外交では全く通じません。しかもロシア人でましてKGB,FSBといった秘密警察で人格形成をしたてあげたプーチンに通じるのでしょうか?

ウラジオストク首脳会談の二日後プーチンは、記者会見で安倍首相の人物と熱意を次のように評価した。
「彼は立派な政治家で見事な話し手だ。しかしウラジオストクでの会談における彼の価値はそこにあるのではなく、彼が8項目の協力案とその実現について述べた。」ということだ。
安倍総理が誠心誠意をこめて述べたことなどはどうでもよかったのだ。彼が興味を示したのは安倍提案の8項目だけなのだ。その8項目とは、1.健康寿命の伸長、2.快適、清潔で活動しやすい都市作り、3.中小企業交流・協力の抜本的拡大、4.エネルギー、5.ロシアの産業多様化・生産性向上、6.極東の産業振興・輸出基地化、7.先端技術協力、8.人的交流の拡大。
これに対しロシア側が示した案の一つが、シベリア鉄道を延伸し、サハリンから北海道までつなぐ大陸横断鉄道の建設を求めてきた。シベリア鉄道の延伸は、アジア大陸からサハリン(樺太)間の間宮海峡(約7キロ)とサハリンから北海道・稚内間の宗谷海峡(約42キロ)に橋またはトンネルを建設する大構想です。

私は一介の定年サラリーマンながら安倍総理に意見を申しあげます。
1.領土返還は、すべて4島。2島返還とか共同統治などは問題外。全部4島返還で決着をつけてください。
2.4島返還に同意した場合のロシアの要求すべてを国民に公開すること。国民は外務省など信用していません。外務省のエリートは、頭は良いかもしれないが、けんかなどできない男のくずの集団。私は、安倍総理自ら公開してもらいたいと思っています。
3.ロシアが4島返還しない場合、日本は終戦直後にソ連に日本兵、民間人合わせて60万人をラーゲリにぶち込まれ重労働させられたことをユネスコに記憶遺産に登録すことを宣言すべきです。なぜ日本政府がこのことを言えないのか不思議でなりません。つまらぬ遠慮がロシアの国民やプーチンには何も役立たないのがわからないのではないでしょうか?1993年10月にエリツインが訪日したおりに、彼はシベリア抑留者問題を非人間的行為として口頭で謝罪した。日本政府はそれで終わりにして以後一言もいわぬが、あまりにもお人よし過ぎませんか?
4.もしロシアとの交渉がうまくいかず、北方4島が返ってこなくても、私はその方が良いとおもっています。幸い4島には日本人は誰一人住んでいません。私はシナの件を思い出すのです。日本は膨大な経済援助を提供しました。北京オリンピックが開けたのも、世界経済大国二位になれたのも日本のお蔭です。その友好的行為を感謝するどころか、今ではシナは、尖閣諸島は、シナのものと主張し、大嘘ついて南京大虐殺をユネスコも記憶遺産に登録、東シナ海の日本領海内で石油を盗掘しているのだ。シナはまるで日本の仮想敵国のような行動を取っているのです。ロシアが日本の経済援助受けて大発展してもロシアは日本の友好国になるでしょうか。そんなことは絶対にあり得ません。誠心誠意交渉は、外交には通じません。ましてやシナとロシアではなおさらです。シナ、ロシアは核大国です。それに北朝鮮が核大国に近づいています。安倍総理、日本にとって今一番大事な事は日本が核武装することです。特に領土返還交渉には核武装を備えていることが最も大事なことなのです。

国民の皆さんへ、日本のマスコミにとって、ソ連、シナ、北朝鮮は理想の国でした。そのせいか現在にいたっても上記三国への非難の記事が書きたくないのだ。強制収容されて死んだ沢山の日本兵が、いまだに極寒の凍土の中で骨のまま眠っていることを私たちは忘れてはなりません。日本の強力な経済援助なしに4島がもどっても当然な話なのです。

このブログの転載、拡散をよろしくお願いいたします。

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日米の歴史と文化を考える(3)



和の文化
西暦604年、日本最初の憲法、憲法17条が制定されました。その第一条の冒頭の文句はあまりにも有名です。その冒頭にはこう記されている。「和をもって貴しとなし」となっています。このあとにも文章は続くのですが、この冒頭の文句は、日本の「和」の文化を象徴するものとして非常に有名なので、あとの文章は知らなくても、この文句だけは覚えている人が圧倒的に多いいのではないでしょうか。それでは第一条全体の文章は、どう書かれているのか、現代文に訳されているものを見てみましょう。
第一条
「お互いの心がやわらいで協力することが尊いのであって、むやみに反抗することのないようにせよ。それが基本的態度でなければならない。ところが人にはそれぞれ党派心があって、大局を見通しているものは少ない。だから、主君や父に従わず、あるいは近隣の人々と争いを起こすようになる。しかしながら、人々が上も下も和らぎ、睦まじく話し合いができるなら、事柄はおのずから道理にかない、なにごとも成し遂げられないことはない。」

第十七条は、上記の第一条とも関連しているので全文を見て見ましょう。
「重大な事柄は一人で決定してはならない。必ず多くの人々とともに論議すべきである。小さな事柄はたいしたことはないから、必ずしも多くの人々と相談する必要はない。ただ、重要な事柄を議論するに当たっては、あるいはもしくは過失がありやしないかという疑いがある。だから多くの人々とともに論じ、是非をわきまえていくならば、その言葉が道理にかなうようになるのである。」
現在の日本社会でも7世紀初めに制定された憲法17条の1条と17条の理念、すなわち話し合い至上主義がまだ生きていることがわかります。話し合い至上主義は、民主主義のことだから、この時代に日本は民主主義だったのだと早合点してはいけません。故山本七平氏は面白い例を紹介しています。
宿題を忘れた生徒は教壇の前で裸にならなければいけないというルールを全員一致でつくって、第一回の適用で女の子が裸にされた。これはいいことなのでしょうか、悪いことなのでしょうか。
悪いことに決まっているのですが、どこが悪いのでしょうか、ということで先生がたが話しあったのですが、先生がたはどこが悪いのかということがはっきり言うことができなかった。
話し合い至上主義は、話し合いで決めたことは、すべて正しいことになってしまうから、先生方はどこが悪いのか判らなくなってしまうのです。民主主義は、キリスト教をバックボーンにしてできあがっています。キリスト教によると人間は神様によって作られたことになっています。神様によって作られた人間なんだから基本的な人権はあるはずだと考えます。だからいくら全員一致で決めたことでも、基本的人権は侵してはならないというルールができてくるわけです。話し合い至上主義は、決して民主主義ではないということをわかっていただけるのではないでしょうか。
現在では外国でも、日本は「和」を大事にする国であるという認識は広まっていますが、その「和」を大事にすることが今からほぼ1400年前の日本最初の憲法、その第一条に記載されていることまで知っているのは極端に少ないでしょう。日本人は「和」の大切さを憲法の条文だけで終わらすことなく、数百年かけて日本人は、一人一人が「和」の大切さを無意識に感じ、また「和」を保つための行動が無意識のうちにとれるという世界でも貴重な、何回でも書きます、世界でも非常に貴重な「和」の文化を完成させたのです。
それでは日本人が和を保つために無意識のうちにとれるようになった行動とは、どんな行動をいうのでしょうか。自己主張を強くしないこと、対立を避けること、気配りをすること、すぐ謝ることなど色々考えられますが、そういうものをひっくるめて一言で言い表すならそれは、「自己犠牲」をはらうという行動だと思います。日本人は、集団の「和」を保つために一人ひとりが無意識のうちに「自己犠牲」を払っているのです。
自己犠牲と言っても武士の切腹のような大きな「自己犠牲」ではなく小さな「自己犠牲」です。日本人は集団の和を保つために一生のうちいくつもの小さな「自己犠牲」を無意識のうちに払っているのです。この無意識のうちにと言うのが文化の良さでもあり恐ろしさでもあるのです。
それではその小さな「自己犠牲」とは、無数にあると思うのですが、具体的に説明するために二つの例を挙げてみました。
一つの例は、日本人はすぐ謝ることです。自分が犯した罪に対して謝るのは当然としても、日常生活用語のようにすぐ「すいません」という言葉が出てきます。これは無意識のうちに相手に対して敵対関係にありませんよと、すこしでも相手の気持ちを楽にしてあげようとするためにはらう小さな「自己犠牲」と言えるのではないでしょうか。
二つ目の例は私の友人の話です。彼の家の隣に80歳を過ぎたおばあさんが一人住んでいます。彼女は猫が好きですが、自分の家では飼っていません。おばあさんのご主人が数年前に亡くなってしばらくしてから、彼女は自分の家に近づく野良猫にえさをやり始めたのです。それからは彼女の家のまわりに3,4匹の野良猫がたむろするようになったのです。そのため友人の家の庭は、猫の糞の被害を時々受けるようになったのです。
友人は、おばあさんに文句を言って、野良猫にエサをあげるのをやめさせたいのですが、彼女は一人住まいになって寂しい思いをしているのだろうと同情を感じるし、また彼女のご主人が生存していたころから隣組同士の関係が良好なので、あえて文句を言ってお互い気まずい関係になるのもいやだしということで我慢しながら猫の糞をかたずけています。この程度の糞ならがまんできると友人は自分で決めているのです。この友人の行為は、対人関係のきまずさを避けるための自己犠牲と言っていいのではないでしょうか。ところが友人は自己犠牲などとおおげさに考えずほとんど無意識に行っているのです。このように日本人は、一人ひとりが色々な時に、色々な場所で対人関係では、気まずい思いをせず「和」を保てるように無意識に自己犠牲を払ってきたのではないでしょうか。
「和」を保つために無意識のうちに小さな「自己犠牲」を行うことが、日本社会独特の「居心地の良さ」を生んでいるのだと思います。国連や世界銀行などに勤める外国人は、定年退職すると多くの外国人はそのまま勤務地ないし勤務地が所在する国に住み続ける人が多いいと言われていますが、日本人の定年退職者の多くが日本に帰国するとも言われています。いくら外国に住み慣れてもやはり日本に帰りたくなるのは、和の文化によるこの「居心地の良さ」が原因だと思います。
日本が「自己犠牲」なら日本以外のほとんどの外国は「自己主張」です。この自己主張に対する日本人の考え方を語っている古い文献があります。それは、万葉集の歌集の中にあります。
「葦原(あしはら)の瑞穂(みずほ)の国は、神ながら 言挙げせぬ国 然れども 言挙げぞ我がする」
葦(あし)とはイネ科の植物で、瑞穂(みずほ)というのはみずみずしいイネの穂のことです。葦原の瑞穂の国と言うのは日本のことです。要するに稲作という言葉が同時に日本という国の意味になっているのです。数十年前、おコメの輸入自由化が日米間の貿易摩擦になりました。日本政府は、おコメの輸入自由化に必死に抵抗しました。その時ある政治家だか役人だかが「おコメは日本の文化だ」と言っていました。
たしかに万葉の時代から日本は「瑞穂の国」と言われていたことを考えれば、おコメは日本の文化と言えます。この歌の作者は、日本は神の国だから言挙げしない国だが自分はするぞと言っているのです。「言挙げ」とは、ことばに出していいたてること、すなわち自己主張のことです。
自分が自己主張するのをわざわざ歌に詠むくらいですから、万葉の時代から日本では自己主張が嫌われていた一つの証拠でしょう。
宗教の自己主張は、その宗教の教義、経典のことです。ところが日本の神道には、教義、経典などなにもありません。だから万葉集に、日本は神の国だから自己主張しない国などと詠まれた一つの理由でしょう。こじつけと言われればそれまでです。
キリスト教の教義、経典は、旧約聖書と新約聖書です。旧約聖書の創世記のところでゴッドはこう命令を下しています。
「子孫を増やし、大地を子孫で満たせ、そして大地を征服せよ。すべての魚、鳥そして大地に這うあらゆる動物を支配せよ」
どうですかゴッドのこの強烈な自己主張。現在はアメリカ・インディアン、アイヌ、アボリジニなど少数民族の権利、主張、文化などに光があてられています。かりに彼らの神だとか仏だとか彼らの信じる対象物が、キリスト教のゴッドのように強烈な自己主張を残していたら彼らは少数民族になりはてていただろうかと考えてしまいます。
万葉の時代から自己主張が嫌われていた日本では、どうしても自己主張したいときはどうしていたのでしょうか。その時は言いたいことを遠まわしにほのめかしたり、におわせたり、暗示したりしてきました。こういう自己主張の仕方を一千年以上経験してきた日本人は、相手の気持ちを「察する能力」がまるで五感の一部のようにたけて以心伝心となっていったのです。以心伝心は一夜の人間関係ではできません。ただ同一民族だから以心伝心ができると思ったら大間違いです。それなりの年数が必要だと思います。
アメリカ人は、非常に自己主張の強い民族です。そのためアメリカ人は、相手の気持ちを「察する能力」が日本人よりも劣るのです。自己主張の強さは我がままに通ずるものがあるからです。
サンフランシスコ州立大のディーン・バーランド教授は、アメリカに訪れていた作家の司馬遼太郎にこう語っています。
「相手の心を察する感覚は、日本人において強く、アメリカ人においては弱いのです。アメリカ人の場合、自己を表現するということを、母親や学校から徹底的に教えられます。まず第一に、自己を表現しなさい。第二は、自己が正しいと思っていることをやりなさい。そして自己表現はアーティキュレイト(明瞭)に、クリア(明晰)にやりなさい。また、相手に訴えるときはパーフェクト(完璧)にやりなさいということを教えつづけます。そのため、相手の心を察する感覚が弱くなっているのです。」
日本とはまるで逆ですね。日本人の親なら、自分の子供に「相手の気持ちを考えなさい」と小言を言うのは一度や二度でないでしょう。バーランド教授の話を聞いているとアメリカでは、子供に向かって「相手の気持ちを少しは考えろ」などと言うことは全くないみたいです。
相手の気持ちを「察する能力」にたける「和」の文化には大きな弱点があります。それは思い切った改革が必要なとき、なかなか改革ができないことです。改革は敵対関係が生まれ、不安が生じます。しかし敵対関係を避ける「和」の文化は、それが苦手です。
自己主張が強いと対立関係が生じやすいのでアメリカ人は、対立関係になれています。従って対立関係から生じる禍根はそれほど強くのこらないと思います。
日本人は対立関係に慣れていないから、ちょっとした対立でも禍根として強く残るものですから、改革が必要とわかっていても、なかなかできず、外圧に頼って改革するというなさけないはめになってしまいます。

戦後70年経た現在、日本社会では、自己主張は容認されたと言っていいでしょう。もっとも我がままを自己主張と勘違いされている部分も多いです。時と場合によっては、自己主張は歓迎されます。その反面相手の気持ちを「察する能力」が落ちてきてきたことは否定できません。そのため気の利かない、気配りのできない若者が増えていることも事実です。喜んでいいのか、悲しんでいいのか、私のような年寄りには複雑な気持ちです。
私が「喜んでいいのか」という意味は、外交交渉では「相手の気持ちを察する能力」とか「気配り」とか「気を利かす」などは、百害あって一利なしだと思うからです。
歴史の話をする時には、“もし”なになにだったらと、“もし”を使うのがは禁物と言われていますが、あえてつかって“もし”「和の文化」だけだったら、日本人は人の気持ちを“察する”能力にたけて人が良いだけで、対立することを苦手とする弱い民族になっていたのではないでしょうか。そのため日本は欧米の植民地になっていたと思います。それを救ったのは、日本の歴史において、シナや韓国や他のアジア諸国にみられない武士というものが登場し、そして武士としての人間形成と行動規範である武士道を生んだことだと思います。極限すれば武士道が日本の植民地化を救ったのです。

このブログをもって「えんだんじのブログ」の8年目が終わります。来月からは9年目に入ります。今後もご愛読のほどお願いいたします

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アメリカ国民よ、トランプ氏に投票しないでください。



私がこのブログで言うアメリカ国民とは、一般のアメリカ国民であって1パーセントの富裕者を除いています。なぜ1パーセントの富裕者を私は一般のアメリカ国民の扱いをしないのか。彼らは冷戦終結後強敵ソ連が消えたため、際限ない荒稼ぎをしてアメリカの富の90パーセントを握ってしまったのだ。彼らは誰がアメリカ大統領になろうとアメリカ経済がどうなろうと彼らの生活にほとんど影響しないのだ。しかし一般のアメリカ人は、そうわいかない。何故トランプに投票しないでくれと私が頼むのか、経済と外交の面からら語りま
す。
経済
アメリカ経済の状況を判断するには、フード・スタンプ(低所得者向け食糧費補助対策)の供給状況の推移を見るのが一番よい。
「歴史の教訓・・・・は断言する。いつまでも救済に頼ることは基本的に国力を破壊する、精神と倫理の破壊につながる。そんな形で救済を与えようとすれば、それは人間精神を麻痺させ、少しずつ破壊してゆくこととなる。」 
皆さん、一体これは誰の言葉だと思いますか。大恐慌時代、福祉に関連して発言されたこの言葉は、1935年のルーズベルト大統領の一般教書演説のなかの一節です。それからおよそ30年後の1964年、ジョンソン大統領のときフード・スタンプ法が制定され。その時のフード・スタンプの対象人数はおよそ35万人だった。1950年、1960年代は私の青春時代。当時のアメリカは、軍事力も経済も世界最大、誰もが羨望するアメリカの全盛期だった。
1969年ニクソンが大統領に就任すると、毎年二億七千万ドルの予算で300万人のアメリカ人がフード・スタンプを受け取ることになった。1974年ニクソンが去った時、毎年40億ドルかけて一千六百万人の国民を食べさせていた。2010年には四千百八十万の人口がフード・スタンプの対象となっている。2011年には、アメリカ人の七人に一人の四千四百二十万人がフード・スタンプの対象となった。ワシントンDCでは人口の五分の一がフード・スタンプをもらっています。現在では四千六百五十万人のアメリカ人がフード・スタンプの対象になっています。(「超大国の自殺」パトリック・ブキャナン、河内隆弥訳、幻冬舎)。アメリカの全盛期を知っている私は、現在のアメリカは世界最大の軍事大国でありながら、およそ五千万人のフード・スタンプ受給者がいるほどアメリカ経済が落ち込んでいるとはつい最近まで知りませんでした。
2010年、Education Trust(ワシントンDCに設立された教育の機会均等を目的とする財団)によると、「若者は体力にとぼしく、その犯罪を多発させ、高校の卒業もままならない状況。17歳から24歳まで、アメリカの若者の75%は軍の入隊試験すら受ける資格がない。」
もうとっくのまにアメリカン・ドリームは消え失せてしまったのだ。2010年の国勢調査によると、アメリカの白人は、2041年を持って少数派に転じるだろうと言っているのだ。2041年と言えばあと25年です。25年もすれば白人はマイナリティーになってしまうのだ。だからクリントンの競争相手、民主党のサンダースは、自ら称して「私は民主社会主義者」と公言して人気を博したし、共和党支持者が多い白人たちは、トランプの現政府にたいする傍若無人な反対意見に熱狂的に支持しているのだ。あの泡沫候補のトランプが本命、クリントンを脅かしているのだ。日本語に「貧すれば、鈍する」という言葉があるが、今のアメリカ国民は「貧すれば、鈍する」の状態で、いらいらして、落ち着きがなくなって正常な判断ができなくなっているのではないかというような気がします。だってそうでしょう。あのトランプ、どうみても、まともな大統領候補ではない。ニューヨーク・タイムズでは、実現できない公約を掲げているとし、「現代米国史上、最悪な主要政党の候補」と断じて、クリントン支持の記事を書いています。ブッシュ元大統領の父親ブッシュは、同じ共和党のトランプに投票せず、クリントンに投票するとまで公言しています。
トランプは、4パーセントの成長率を目標にすると言っていますが、どういう風に達成するか、手段も方法も語っていません。それどころか上位1%の富裕層を助ける政策を「大衆のための政策」と偽っていると主張する人もいます。

私は、トランプは自分の仕事に宣伝になると思って立候補したのだと思う。最初から当選するつもりはないのだ。だから口からでまかせ言いたいことポンポンを言ってきた。それが選挙民に気にいられて人気がでたので最近になって選挙戦に本腰になっただけ。私はアメリカ国民にお願いしたい、どうか冷静になっていただきたい。彼を大統領にしたら、アメリカの経済レベルはさらに悪化し、世界の平和に災いをもたらします。クリントンを大統領にすれば、ベストの大統領ではないが、可もなく不可もなく4年後に新しい大統領に繋ぎ渡すことができます。この4年間の間に新しい魅力ある政治家を作り出してください。決してトランプに投票しないようお願いします。

外交
1.トランプのビジネス外交
平成28年9月27日発行のニューズウイーク誌は、「トランプ大統領の黒い利権」と言う記事を出しているが、その出だしの文章は以下の通りです。
「もしアメリカ大統領になったら、ドナルド・トランプは自分の名前を外国企業に貸して甘い汁を吸うビジネスから潔く手を引くだろうか。それとも自分の会社の商売上の利益と、アメリカの安全保障上の利益をてんびんに掛けて(どちら重いか神のみぞ知る)行動する前代未聞の大統領兼CEOになるだろうか。」
トランプは親父の不動産会社(トランプ・オーガニゼーション)を継いだアメリカ国内の不動産会社だった。ところがこのトランプ・オーガニゼーションのビジネススタイルが代わり始めたのは2007年頃だ。テレビ番組「アプレンティス」の成功で国内外の知名度が急上昇すると、トランプは自らホテルやオフィスタワーを建設するのではなく、国外の開発業者が建設した建物に「トランプ」の名を冠する権利を売るようになった。今では世界中の提携先からライセンス料を徴収しているというのだ。取引の「ある」あるいは「あった」外国は、一、二ヶ国ではない、韓国、インド、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、リビア、アゼルバイジャン、ロシア、ウクライナなど8ケ国あまりだ。しかも一国一社と限らず、複数社の場合もあります。ニューズウイーク誌は、34頁から39頁まで詳細に報告しています。NW誌は、最後に次ぎの文章でまとめています。
「世界中で事業を展開するトランプ・オーガニゼーションが引き起こす利益相反の詳細は、本誌を全部使っても書ききれない。アメリカの同盟国や敵国とこれほど多くの金銭的関係
がある大統領候補は今までいなかったし、単独の企業がアメリカにこれほどの脅威をもたらすこともなかった。トランプが大統領に勝利した場合、彼の会社がすぐに閉鎖されるか、トランプ家から完全に切り離されるのでない限り、アメリカの外交政策は売りにだされたに等しい。」
NW記者が心配するのもあたりまえだ。トランプは大統領になれば、さっそく自分の仕事のため彼の名前を売り込むことでしょう。
私は、トランプが外国でもこんなに人気があるとは全然知らなかった。アメリカ国内でもテレビの芸能番組の超人気者なのだ。泡沫候補だったトランプが勝ち進んだのは米メディアが照明を当てすぎたからだ。トランプをテレビ画面にだせばそれだけで視聴率がとれるからだ。それに気を良くしたトランプは、暴言、非常識発言連発です。私が外交発言で異常と思ったのは、彼はオバマ大統領をけなし、プーチン大統領を褒めあげたことです。日本で選挙中に野党議員が安倍総理をけなして習近平を褒めあげるだろうか。彼は人種差別主義者と言われているが、私もそうだと思います。アメリカの大統領がたまたま黒人だったからオバマをけなし、プーチンを褒めあげたのだ。彼は間違いなく人種差別主義者でしょう。

2.アメリカにとっても、日本との同盟関係は超大事。
トランプ発言「日本は在日米軍駐留経費を出せ、出さないならば、撤退だ。」アメリカは、国土の広い大国だ。そのためでしょう、アメリカ国民は、貿易関係や海外関係の仕事でもしていなかぎり外国の知識はとぼしい、まして有色人の国に関してはなおさらだ。日本国民は同盟国アメリカの重要性は十分認識しているが、アメリカ人にとって同盟国日本の重要性をあまり認識されていません。トランプなど日本の重要性などなにも認識していないのだ。私はここでアメリカ国民にとって日本がいかに超大事な同盟国であるかを説明したい。日本は世界一誠実な国民です。その誠実さのため外交交渉はいつもへたくそで国益をそこなっているのだ。韓国の従軍慰安婦事件、シナの南京虐殺事件も両国の嘘で翻弄されているのだ。少し古い話を持ち出します。ルーズベルト大統領時代の1921年にワシントン会議が開かれました。アメリカの会議の目的の一つは、日英の軍事同盟を破棄させることでした。無論日英両国とも反対でした。当時に英国の首相、ロイド・ジョウジは、「アメリカとの友好協力は英帝国の政策の中枢なすものだと」いいながら、日本が戦時中(第一次大戦の事)日英同盟を忠実に守ったことを称賛し、「このよく試練された友情は保存されることが希望される」といって日英同盟破棄に反対した。チャーチル植民地相も反対。オーストラリアのヒューズ首相は、日英同盟はアメリカに適用されないと明記して日英同盟の存続を希望したのです。第一次大戦中、日本が日英同盟を忠実に守ったという、大きな事件があった。当時英国海軍は、駆逐艦の数が足りなかった。そのためドイツ海軍と苦戦を強いられ日本の駆逐艦を地中海に派遣してくれと英国からの依頼があった。それに応えて日本は駆逐艦を派遣した。その時大活躍したのが日本の駆逐艦だった。しかし59名の日本水兵が命を落とした。その59名全員の墓地がマルタ共和国のカルカラ海軍墓地の中にあります
結局日英同盟はアメリカの要求通り破棄され、そのかわり日米英仏の四か国条約を結ばされた。その後大東亜戦争が始まった。最終的に広島、長崎の原爆投下で戦争は終わった。核兵器投下という人類史上初の惨禍で日本国民の数十万人が死んだ。原爆投下後70年間、日本政府はアメリカ政府に原爆投下を非難しとこともなければ、謝罪を要求したこともなければ、被災者への治療も、お金も要求したこともありません。一切沈黙を押し通しています。これは諸外国を例にとれば極めて珍しい例です。これもアメリカが同盟国だからということで沈黙を押し通しているのです。日本の誠実さの証明です。終戦後以来今日まで、在日米軍が日本にあちこちの基地に駐留しています。
トランプは、「日本は在日米軍駐留経費を出せ、出さないならば、撤退だ」と言っているくらいだから、彼はアメリカ政府が在日米軍駐留経費の全額を負担していると思っているのでしょう。
平成28年5月30日、毎日新聞は、米軍は日本、韓国、ドイツ、イタリアに駐留していますが、各国がどのくらい在米軍の駐留費用を負担しているかを発表しています。それによると日本は全費用の約75%、韓国約40%、ドイツ約30%、イタリア約40%。「日本は世界一気前のいい同盟国」と揶揄されているくらいです。カーター大統領時代の大統領補佐官、ブレジンスキーは日本をprotectorate(保護国)と呼んだりしたこともあった。日本が同盟国として誠実に勤めているにもかかわらず、在日米軍が日本から撤退したり、尖閣諸島で日本、シナが戦争しているのに、米軍が日本軍を助けようとしなかったりしたら、たちどころに日本はシナに占領されるでしょう。アメリカは、最良で最強の同盟国を失い、アメリカは、シナに指導される日本軍と戦うことになります。
アメリカは、それでもいいのですか、またそれを歓迎するのですか?日本兵はホワイトハウスにシナの国旗を打ち立てようとします。それでいいのですか?あと25年も経たないうちアメリカの白人の人口は半分以下になるのです。アメリカ国家のジリ貧が続くのです。そんな時期に誠実な有色人種国家、日本の同盟を失うのです。それでもいいのでしょうか。

私が不思議に思うのは、大統領選での候補者は、過去の納税記録を公開するのが慣例だが、大統領選一か月前の現在でも公開もしなければ、出すように共和党支持者からの圧力もない。最近のニューヨーク・タイムズはトランプが19995年の提出した納税申告書類の一部入手し、トランプが同年に事業で約9億1600万ドル(約929億円)の損失を計上していたことがわかった。同紙のよるとトランプはこの巨額損失計上により、以後最長18年間は毎年5000万ドルの所得があっても、所得税を支払わずに済んでいた可能性があると産経新聞28年10月3日朝刊で報じていた。最新のニューズウイーク誌(2016/10/11)では、トランプはアメリカが経済制裁処置を敷いていたキューバでビジネスをしていた疑いがあると詳細に報じています。選挙当日までトランプに何がおこるかわからない状況です。

アメリカ国民の皆さん、このいかさま男、トランプ氏を圧倒的大差で落差させてください。
日米同盟堅持のためにも絶対必要だと思っています。

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『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』



平成22年1月に「日中歴史共同研究第一期報告書」(以下『報告書』)が公表された。この日中歴史共同研究の構想は平成17年の小泉内閣の町村外相の時に始り、平成18年10月に安倍首相のシナ訪問中に胡錦濤国家主席と会談し、日中有識者による歴史共同研究を年内にたちあげることで一致。同年翌11月、APEC閣僚会議の際の日中外相会談において、歴史共同研究の実施枠組について合意。同年12月両国10名の委員の初会合が北京で行われた。この共同研究には、日本側は、日本国際問題研究所、シナ側は中国社会科学院近代史研究所にそれぞれ、事務局を設置し、(古代・中近世史)分化会と(近現代史)分化会とに分かれて、共同研究が開始された。この研究の「報告書」が平成22年1月に公表され、その報告書を基にしてタイトルにある『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』、「日中歴史共同研究(近現代史)を読む」という長いタイトルの本を平成22年12月に勉誠出版から出版したのが都留文科大学名誉教授、笠原十九司である。笠原は本書の中で自分の文章以外に下記8人の学者の文章を載せています。
1.石田勇治  1957年京都府生まれ、東京大学大学院総合文化研究科教授。
2.大日方 純夫 1950年長野県生まれ、早稲田大学文学学術院教授
3.川島真  1968年東京都生まれ、東大大学院総合文化研究科国際社会科学准教授    
4.北岡伸一 1948年奈良県生まれ、東京大学法学部教授
5.斎藤一晴 1975年山形県生まれ、明治大学、都留文科大学、関東学院大学講師
6.庄司潤一郎 1958年東京都生まれ 防衛研究所戦史部上席研究官
7.歩平 1948年 北京生まれ、中国社会科学院近代史研究所所長
8.毛利和子 2010年4月、早稲田大学名誉教授

この学者たちの生年月日を見ると一番若いのが斎藤一晴(大学講師)、1975年生まれ、まだ41歳です。これからは人生100年といわれ、人生90歳としても彼の今後の人生まだ50年もあるのだ。今から親シナ反日の歴史観にひたっていて、今後50年間も一党独裁のシナ政権が存続しているのだろうか、ソ連の一党独裁政権のように崩壊するのではないかという懸念もあるのです。斎藤一晴は、度胸のいい男か、バカな男かのどちらかでしょう。

日中共同研究の「報告書」が詳細に語られているこの本は、結論すれば、内容があまりにもバカバカしく、反論するには、これと同じ位厚い本を書かねばならなくなります。そこでシナ側の報告書の内容点検より、この本で考慮すべき問題点を挙げてみました。
AA.一党独裁政権、シナ政府の主張する近現代史はうそばかり。
共産党一党独裁のシナ政府(中華人民共和国)が建国したのが1949年10月10日、設立わずか67年。要するにシナ政府は、共産党政権の歴史や内幕を着飾る必要があるのだ、例えば「毛沢東は、人類史上最も多くの人間を虐殺した指導者」と言われています。このためこの種の話は公にすることはできません。そのせいもあるのでしょう、シナ政府はできるだけ外国政府、特に日本からいじめられたことを強調しなければなりません。それに加えてシナ民族特有の作り話があります。うそを平気ででっちあげる、そのために偽の資料を作るなど信用させるための状況、資料操作を平気で作り、必要であれば豪華な建造物まで(南京大虐殺記念館)など平気で建設するのだ。現在のシナ政権にとって、国際条約、国際司法裁判も、道理も、理屈もすべて関係なし、すべて自分勝手。また共産党一党独裁政権も今後50年続くかどうか誰も予測できない難しさがあります。それなのになぜ安倍政権は、日中間の近現代史の共同研究しようなどと呼びかけたのか全く理解できません。

BB。「報告書」を本に書いた笠原十九司。
(1)。笠原は都留文科大学教授を経て、1999年より南京師範大学南京大学虐殺研究センター客員教授、2000年より南開大学歴史学部の客員教授を務める。現在は韓国の東北アジア歴史財団やピースボードが主催する国際教科書会議の日本側代表として参加している。」彼は「南京事件」で写真誤用問題を起こしている。ウィキペディアを引用すると、
「1998年、笠原は、前年11月発行の著書「南京事件」三章の扉の写真として、米国のスタンフォード大学フーバー研究所東アジア文庫で閲覧した「日寇暴行実録」(中国国民政府軍事委員会政治部、1938)に掲載されていた写真を、「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性たち」のキャプションで掲載した。(原典のキャプションは「江南地方の農村婦女が、一群また一群と日本軍司令部まで押送されて行き、凌辱され、輪姦され、銃殺された」というものであった。しかし、この写真は実際には「アサヒグラフ」昭和12年11月10日号に掲載された「我が兵士(日本軍)に授けられて野良仕事より部落へかへる日の丸部落の女子供の群れ」という写真であることが秦郁彦氏より「産経新聞」ならびに「諸君!」において指摘された。笠原は、朝日新聞カメラマンが撮った写真を中国国民政府軍事委員会政治部が悪用したものであったことに気づかず自ら誤用したことについて、秦郁彦に謝意を表し、撮影者の故熊崎環カメラマン、朝日新聞、読者に謝罪した。これを受け、岩波書店も同じページに「読者の皆さまへ」と題した謝罪文を掲載して出品を一時停止し、笠原と相談の上で『村瀬守保写真集 私の従軍中国戦線』(日本機関紙出版センター、1987年)の日本兵に強姦されたという老婆の写真に差し替え、初版本の取り換えにも応じた。)
自虐史観を主張する学者やジャーナリストたちは、日本を貶める材料があれば、検証することもなく、なにでも飛びつき、日本を叩くことを生業にしているのだ。笠原十九司はその一人です。彼は信用ができないのだ。

(2)。その笠原が「戦争を知らない国民のための日中歴史認識」という本を書いているのだ。笑わせるではないか。この本の53頁で笠原は、こういう事を書いている。
「この歴史共同研究自体は2006年、当時の安倍首相から提起したことですが、その安倍氏は、公然と「新しい歴史教科書をつくる会」以下「つくる会」の中学校歴史教科書を支援して日本の侵略戦争を否定すると言う官民一体の運動を、憲法改正の動きと連動させて行った中心的な人物だったわけです。その結果、中国で抗議運動が起こりました。ところが
今回、安倍氏自身が提案した共同研究が、逆に安倍内閣が進めた教科書攻撃や『つくる会』教科書運動を否定する結果になったわけです。そういう意味でも、日本政府はもちろん、国民もこの共同研究の経緯と結果をきちんと受け止めておく必要があると思います。」

この最後の文章はうそです。私は「つくる会」のベテラン会員だから知っているのです。日中歴史共同研究の報告書は、中国側の学者の意見と日本側学者の意見を述べ合ったものです。どちらの意見も相手側政府や国民への拘束するものではありません。私は中国側の報告にも、日本側の報告にも猛反対です。安倍首相自身も中国側意見に反対なのです。証拠をお見せしましょう。平成23年とは、教科書採択戦の年でもあり、平成22年1月に「日中歴史共同研究」の報告書が公表された翌年のことです。その平成23年に安倍氏は、「つくる会」の機関紙『史』三月号に「つくる会」への支援メッセージを載せているのです。安倍氏の文章は長いので、鈴木敏明著「保守知識人を断罪す」(つくる会)苦闘の歴史」(総和社)P178-P181を参照してください。安倍氏のメッセージには、こういう文章もあるのです。
「政府の要職に就いて尚、学生時代に刷り込まれた自虐史観に拘泥する結果、中国や韓国の圧力に抗し得ず膝を屈した結果であり、亡国の判断に他なりません。改めて教育の重要性を認識させられる事象です。」
どうですか、笠原よ、あなたもシナや韓国の圧力に屈して亡国の判断をして、日本を貶めている人なのです。韓国やシナにシッポ振って、韓国やシナに忠実に貢献することが笠原の生業なのです。安倍氏の文章は、最後にこういう文章で終わらせています。
「長年に亘って地道に教科書の改善に取り組む「新しい歴史教科書をつくる会」の活動は大変有意義で感謝と敬意を表します。今後とも一層の成果をあげられますよう期待します。」
教科書問題にたいしては、安倍首相は、中国側の報告書など眼中にないのだ。

CC。日本歴史学協会の問題点
全国の歴史学会と個人会員からなる歴史学会を代表する組織が日本歴史学協会です。日本学術会議の史学委員会へ委員を出しています。この会に所属する会員たちは、ほとんど歴史の先生たちです。その先生たちに大きな二つの問題があるのです。
1.歴史の先生たちは、文章を書くのがへたなのだ。
私は定年後「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の原稿を書いていた。また地元の図書館では高校の歴史の先生をやっていた人の近現代史の講義を受けていた。当時の先生は、たしか拓殖大学の非常勤講師もしていた。講義の内容が面白いので長年参加し、時々受講者たちと先生との慰安旅行も参加し、先生とも懇意になった。そのうちに私は「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を出版し、その一冊を先生にさしあげた。先生は「いい本を書きましたね。」と私に言った、しかし他の受講生には何も言わなかった。先生は、これは先生が書いたものですと彼の二冊の歴史本をくれた。読んで私は驚いた、へたくそな文章、ねむくなる文章なのだ。自分びいきになって申し訳ないが、先生は私の「大東亜戦争は、アメリカは悪い」を読んで、その読み安さに驚いたのではないでしょうか。歴史を学んだこともない人間がいとも簡単な文章で書き上げてしまったのだ。私の先生が他の受講生に私の本について一言も語らなかったのはそのせいだと思った。其の後定年退職した歴史の先生たち数人にお会いしているが、自分は文章がへたなので本を書かない先生たちが多いいのを知った。歴史教科書の本は書けても、ほかの文章になるとダメなのだ。何故か?
歴史の先生たちは、先輩先生の論文などばかり読んでいるから、いつか自分の論文書くとき、無意識のうちに硬い文章になってしまうのだ。その上自分は知識人と思っているからかっこいい文章にしなければと思いこみ、難しい言葉を使い堅苦しい文章になってしまうのだ。ところが歴史を専門に学んでいない先生など、たとえば西尾幹二氏や渡部昇一氏など、沢山の歴史書を書いているが、沢山の読者に読まれています。二人の先生がたの文章が上手で読みやすいからです。歴史の先生たちの書く本は読みにくくてしょうがない。笠原十九司の書いたこの本、『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』(「日中歴史共同研究<近現代史>」を読む)は実に長たらしいタイトルで、しかも堅苦しい文章だ。せっかく多くの国民に読ませようと思って書いたのだが、笠原の文章では、ほとんど買手がつかないでしょう。

(2)日本歴史学協会は、新興宗教団体。
この会の特徴は、会員のほとんど自虐史観の人たちです。自虐史観の歴史家たちは、歴史家というより新興宗教の信者と言った方が的を射ていると思います。
読者の皆さん、彼らがどんな新興宗教を信じているのかご存知ですか。東京裁判史観を絶対視する「東京裁判教」のことです。彼らは「東京裁判教」をかたくなまでに絶対視しようと心に決めています。そのため、戦後しばらくしてから、東京裁判史観を批判する色々な歴史本や歴史関係の資料が出版されてきましたが、彼らはそれらを読もうともせず、読んでも読まないふりをしたりして無視しています。例えば「南京虐殺事件」、東中野修道、田中正明、鈴木明、冨澤繁信、阿羅健一、北村稔の諸氏らの日本側研究者が自らの命をかけるようにして調べ上げて東京裁判の判決を否定した。彼ら研究者は、その研究を本にして出版した。しかし日本歴史学協会は徹底して無視した。この『報告書』のなかでもシナ側は、「南京大虐殺」を徹底して主張したが、日本側は、シナ側の主張をそのまま認め、虐殺者数だけ異議を唱えるだけ。上記の南京事件研究者の功績は、一切無視です。外務省も同じ見解を内外に発表しています。大東亜戦争を世界史的視野で見てください。1492年コロンブスがアメリカ大陸発見以来以後500年間は、白人国家が世界の有色人種国家を次々と植民地化し、有色人種の人権を侵害し、殺戮した。日本もその危機に陥った。そして白人国家に抵抗し戦った。日本は敗戦後、世界を侵略続けた白人国家から侵略国と裁かれた。戦後は世界の有色人種国家が次々と独立した。日本のお蔭です。白人国家は、日本を裁けるのでしょうか。シナ人や朝鮮人は有色人種解放に一切役立たなかった。ところが日本歴史学協会は、その東京裁判史観に疑念を持たず、徹底して神聖化し、東京裁判史観以外の歴史観をかたくなに信じようとしないのだ。最近アメリカのバイデン副大統領が戦後の日本憲法はアメリカが作ったと公言しても、まだ日本が作ったものと主張している。ここまでくると新興宗教と同じでしょう。ここ数十年色々な歴史的資料が発掘され、戦後直後は出版されなかった歴史本が数多く出版された。現在は私のように、歴史を学ばなくても、これらの本が沢山読める、そのため自ら「近現代史研究家」と自称している人が沢山いる。ところが日本歴史学協会の人々は、これらの本を読まず、読んでも徹底して無視し、近現代史研究家を「歴史修正主義者」と呼び軽蔑しているのだ。なぜ「東京裁判教」を信じている歴史の先生たちが多いのか。その原因の多くは、外務省にあるのです。外務省のほとんどが「東京裁判教」の信者たちだからです。

DD。外務省は「害務省」
「日中歴史共同研究」の日本側の報告書の作成に関わったのが外務省の外郭団体である日本国際問題研究所です。外務省のOBが必ず理事長になる日本国際問題研究所(JIIA)は、The Japan Institute of International Affairs と言い、世界シンクタンクランキングでは 世界15位でアジアではトップというのだから、驚きのいたりだ。なにしろこの組織は外務省特有の「東京裁判教」の信者の集団なのだ。中曽根内閣時の国会答弁で、外務省の小和田恆は「日本外交は、東京裁判を背負っているハンディキャップ外交」と発言し世間を騒がせた。こういう発言をしてくれるから欧米諸国は、彼を平成21年に国際司法裁判所所長に任命した。日本人の所長は初めてです。外務省には国賊が目白押しにいるのだ。この小和田が日本国際問題研究所の理事長をやっていたのだ。
平成13年、「つくる会」は扶桑社から出版する「新しい歴史教科書」と「新しい公民教科書」で文科省の検定合格を取得した。その時、元外務官僚で元インド大使の野田英二郎は、当時日中友好会館副会長であり文科省教科用図書調査審議会委員であった。野田は「つくる会」の「新しい歴史教科書」は一発で不合格にすべきと各委員に迫ったことが産経新聞にスクープされ解任された。この事件により教科書検定審議会から外務省関係者が排除された。
このように外務省は、ほとんど売国奴、国賊、東京裁判教の信者の集まりなのだ。
東大法学部教授、北岡伸一は、日中歴史共同研究の日本側座長を務めた男です。笠原はこの本の中で北岡伸一が書いた『外交フォーラム』(261号、2010年4月)を引用しているが笠原の本の235頁にこう書いています。
「便衣隊についても、本来は兵士は軍服を着たまま降服すべきであるが、軍服を脱いで民衆に紛れようとしたから殺してもよいというのは、とんでもない論理の飛躍である。」
北岡はアホか、彼はハーグ陸戦法規を読んでいないのだ。まさか笠原も読んでいないのではないでしょうね。この北岡がJICA(ジャイカ)独立行政法人 国際協力機構の理事長なのだ。資本金7兆8771億円、2015年の予算執行額は1478億円、大組織の理事長です。たかが東大法学部教授の北岡のどこに理事長になる資格があるというのだ。彼は正真正銘の国賊です。こうした状況だから、日本歴史学協会の人たちは、かたくなに「東京裁判教」を信じるのです。そして定年前後になれば、先輩たちのはからいで大学や外務省関係の外郭団体にもぐりこんでいい思いをするという人生設計ができあがっているのです。
これに対して外務省にたいする私たち在野の保守陣営は、外務省に苦情をつけるどころか、ほとんど何もしません。デモさえめったにおしかけません。それどころか元外務官僚の講演をよく聞きに行き、出版物をよく読みます。私は外務省の一般職を退官した元役人に対して「つきあうな」などとは絶対に言いません。しかしエリートの外務官僚には、私たち在野の保守の人たちは、あまりにも甘すぎませんか。元外務官僚とは絶対「つきあうな」と言いたい。いくら保守的な考えだろうが関係ありません。彼らは現職のときには、外務省改革には爪の垢ほども役だっていないのです。外務官僚は退職したら、世間では保守陣営から全く相手にされないという恐怖感をあたえねば外務省の改革はありえません。私は元外務官僚の講演など一切聞きに行きません。私ひとりでは微力なので、みなさんもまねていただけたらと思っています。チャンネル桜の水島社長には、元外務官僚などテレビに登場させるなといいたい。 

EE。「南京虐殺事件」
「報告書」の個々の歴史問題については、ここでは反論しません。しかし「南京虐殺事件」では、両国とも詳細に書き、日本はシナの主張をそのまま認め、但し虐殺数だけははっきりしないというだけのバカげた反論しかしていません。私はここで「南京虐殺」は絶対なかった証拠を提供します。平成20年5月、シナの胡錦濤国家主席が訪日したおり、南京事件の真実を検証する会委員一同が胡錦濤国家主席に公開質問状を提供しています。

一。故毛沢東主席は生涯にただの一度も、「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後の延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。
30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?

二。南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300 回の記者会見を行い、参加した外国人記者、外国公館職員は平均35名と記録されています。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として、「南京で市民の虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになりますか。もし本当に大虐殺が行われたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?

三。南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939年に上海の英国系出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後ずっと20万人、占領一か月には25万人と記録されています。この記録からすると30万人虐殺など、到底あり得ないとしか考えられませんが、閣下はいかがお考えでしょうか?

四。さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?

五。南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研究(『南京事件の「証拠写真」を検
証』(東中野他・草思社)など)によって、ただの一点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことがあきらかになっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえでの検証させていただきたいと思います。
以上述べました五つの点は南京で大虐殺があったなどということを根本的に否定しているものとわれわれは考えざるを得ません。
上記五つの点につきまして、閣下のご見解を承ることができれば幸いです。この問題は多くの日中国民の関心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子々孫々までの日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。
平成20年5月5日 南京事件の真実を検証する会委員会一同。
(参照:「大東亜戦争は、アメリカが悪い」鈴木敏明著、勉誠社597頁―610頁)
上記の文章は和文ですがシナ語と英文の文章を送っていますが、いまだに返答はありません。

このブログのタイトルにあるこの本の著者は、学者の笠原十九司だが、ウイキペディアによると彼は「南京虐殺事件」に関する本を彼自身の著書と共著で10冊も書いているのだ。
笠原にはぜひこの公開質問状に答えてもらいたい。彼の住所がわかれば、このブログのコピーを郵送したいくらいです。
       


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痛恨の極み!「嵌められた田母神俊雄元空爆長」



        このブログの転載、拡散をよろしくお願いいたします。
田母神俊雄氏と水島聡氏と大喧嘩だ。水島氏は私のことをほとんど知らないでしょうが、私とは関係が深い。私が自分勝手に私の師と呼ばせてもらっている西尾幹二氏と水島氏とは懇意の間柄だ。西尾先生はなんどもチャンネル桜に出演して水島氏と対談しています。その映像を西尾先生のブログでいままでに何回も見ています。また水島氏は西尾先生が主催する「坦々塾」でも講演しています。講演後の懇親会ではたまたま私は水島氏の隣席になり世間話をしました。水島氏と田母神氏が二人で度々デモを主宰し、私はそのデモに参加し、印象深い想い出があります。それはフジテレビデモの時です。フジテレビの本社ビルに掲げている日章旗が実にぼろくさい、見るからにみすぼらしいものだった。二人は本社前のデモ参加者の前で演説し、フジテレビの日章旗が実にきたならしく、一部ぼろきれのように切れている。本日真新し日章旗をもってきたから差し上げるから取りに来て、いま掛かっている汚い日章旗と取り換えてくれと演説した。フジテレビは取にこようとしないので水島、田母神両氏がフジテレビに乗り込んだ。取り換えを拒否されたとデモ参加者に伝えたところ、汚い日章旗が掲げられているそばにいた一部のデモ参加者がその汚い日章旗を引きずりおろし、真新しい日章旗を掲げてしまった。それを見たデモ隊全員が大歓声をあげての大拍手が出た。こういう光景に出あったデモは初めてなので今でも印象にのこっている。このように私は水島氏とは過去なにかと縁がある。

ところが田母神氏となるとほとんど縁がない。大分昔になると田母神氏が私の大作「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を読んでくれたことがある。その本の印象を田母神氏の元部下に語ってくれたのでしょう。その部下のかたが大作を読み、その読後感を私に送ってくれたことがあるのです。もしいますぐ私と田母神氏と会って、私は「大東亜戦争は。アメリカが悪い」の作者ですと言えば、田母神氏は思いだしてくれるでしょう。それくらい田母神氏と私とでは縁が薄いのです。その田母神氏が水島氏に告発され、東京地検に逮捕されたというのです。あれほど二人仲良く行動していたのに一体どうしたのでしょう。おそらく保守の方々全員そう思っているのではないでしょうか。田母神氏も水島氏も「つくる会」の支援者です。「つくる会」の会員の中には、不当にも東京地検に長期拘留されている田母神氏を支援するために「田母神俊雄を支援する会」を立ち上げたから参加してくれというメイルが入ってきました。私としては、いままでの水島氏との関係から、また水島氏は西尾先生初め有名な保守知識人たちにもよく知られた人です。何もせずただ黙って見ていれば、自然と水島氏支援のかたちになり、多分私にとっては良いことなのでしょう。しかし私自身、田母神氏がなぜ逮捕されたのかよくわからないのです。そこで私自身で調べあげ、その結果を自分のブログに発表しようと決めたのです。

話しの都合上大分前にさかのぼります。私の記憶が正ければ平成19年のある日、ある保守の団体から私宛にメイルが入りました。石川県の中小企業経営者、諸橋茂一氏が以前から村山富市元首相を裁判で訴えていたが、今度は河野洋平を裁判に訴えた。こんど東京地裁で裁判が開かれるから、諸橋氏応援のため裁判を傍聴してくれとの依頼だった。私は悪名高い、「村山談話」と「従軍慰安婦事件」の大元、村山や河野を裁判に訴えるとはたいしたものだ、称賛に値する男だと思い。喜んで裁判傍聴に参加した。この時私は初めて諸橋茂一氏にお会いした。同時に現在は高齢で鎌倉に隠居されている伊藤玲子先生に初めてお会いした。当時先生は日教組から天敵のように嫌われていると紹介された。最終的には諸橋氏は、裁判の目的は達することはできなかったが、私は確か合計三度裁判を傍聴したと思います。私と諸橋氏とのつきあいはこの時から始まっています。今では諸橋氏は「つくる会」の理事であり私は「つくる会」の会員です。現在では私は自分のブログを更新するときは、必ず諸橋氏に送っています。また諸橋氏は、毎月自社の社内報を私に送ってくれます。毎年「つくる会」の総会のとき、二人は出席しお互い挨拶をかわしています。

田母神氏は、石川県にある小松基地の司令官でもあったので諸橋氏との付き合い18年になるということです。その田母神氏が水島社長などに誘われて平成26年2月に都知事選に立候補しました。選対本部長に水島氏がなりました。そのとき諸橋氏は、社業は社長の息子に任せ、自分は東京のホテルに泊まり込み田母神氏を一身に支えました。その時私は、選挙の陣中見舞に田母神氏の選挙事務所に伺うことができなかった。私がごく軽い症状とはいえ脳梗塞になり入院し10日間点滴を受けていたからです。この選挙立候補時に諸橋氏が田母神氏のそばにいてくれたことが、田母神氏にとって不幸中の幸いでした。諸橋氏が最近本を出版しました。本のタイトルは、「日本が世界の植民地を解放した」です。高木書房から平成26年6月26日に1600円で発売されています。本のタイトルは都知事選と何も関係ないが、最後の方に「追記その1からその5」まで書いてあります。その1が「田母神俊雄元空幕長 不当逮捕の真実」です。実に詳細に且つ簡略に書かれています。しかしこの本はあまり読まれていないでしょう。保守の人たちは、田母神/水島事件をどう対処するかといえば、チャンネル桜を見るかネット情報を見ることでしょう。水島氏はチャンネル桜という自前のテレビ局を持っていますから、自らチャンネル桜で自分の主張、自分の弁護もできます。それがそのままユーチューブに流れますから、情報戦では圧倒的に水島氏が有利です。さらに第三者による水島援護があります。例えば、若手気鋭の経済評論家、三橋貴明氏です。今年4月15日の三橋氏のブログは、水島氏支持一辺倒です。三橋氏も「つくる会」を支援してくれていますから、あまり悪口いえないのですが、田母神氏をぼろくそです。チャンネル桜を応援した方が営業上得するからです。三橋氏も諸橋氏の本を読めば多少とも意見を変えるかもしれません。

事件が起きたのは、水島氏(都知事選当時の最高責任者、同選対本部長)が田母神氏を告発し(平成27年12月25日)、その結果平成28年4月14日、彼が東京地検に逮捕されたことです。其の逮捕理由は、平成26年度東京都知事選終了後、田母神俊雄氏が事務局長をしていた島本順光(のぶてる)氏と共謀して、「共同正犯」として、選挙時の複数の運動員の人たちに、お礼としてお金を配った容疑です。問題の八端は大概お金ですが、今回もお金です。田母神氏は都知事選用に献金を求めましたが、集まった金額1億2千万円ほど、選挙に使ったお金が6千万円ほど、結局残金として6千万円ほど残りました。この6千万円の使い道が問題になったわけです。ここからは、この問題に詳細について書いていくわけですが、色々な問題を書いていくと理解しにくくなる文章になるので、これからは箇条書きにしていきます。

一。島本順光(のぶてる)氏への疑問
都知事選の会計責任者。元航空自衛官、二等空佐で退官、自衛隊出身の岡村秀昭参議院議員の政策秘書を長くやり、その後一貫して政治家の秘書ですが、すべて小沢一郎系の議員です。彼は「元航空自衛官が20年国会議員秘書をやってみた。」(ワニブックplus新書)という本を出版しています。従って選挙のベテランのはずです。今回の選挙応援してくれるボランティアの人たちに選挙資金の剰余金を配るということが選挙違反になることがわかっていたはずです。わからなかったふりをしていたのでしょうか。選挙とは全く関係ありませんが、彼は韓国語がべらべらです。よくカラオケで韓国の歌を韓国語で歌っていたそうです。

二。水島氏への疑問
1.水島氏は、田母神氏を告発したとき、水島氏を含めて28人いたと言っています。全員の名前は、知りませんが、一人だけ知っている人がいます。軍事評論家の鍛冶俊樹氏で、彼は都知事選では広報部長をやっていた人です。告発者28人は選挙資金不正使用問題で不満を感じていた人もいるでしょう。しかし全員島本氏からお金をもらっていません。ということは、全員金銭的被害は何も受けてないのです。すなわち実害はなにもないのです。それなのにいきなり東京地検に告発というのは過激的ではないでしょう。二人の間で穏やかな和解方法があってもいいのではないでしょうか。

2.平成28年3月23日、田母神氏が釈明記者会見をした。この時水島氏が選挙で残った残金(6千万円)は「頑張れ日本行動委員会」の口座に移してくれと言ったと田母神氏が発言したが、水島氏はチャンネル桜の「頑張れ日本・・・」の口座の中にではなく、『・・・都民の会』の口座を作ったらどうかと言っただけです。」と釈明した。これに対し諸橋氏はこう書いています。
「君は、これまで、田母神俊雄氏の名声と信用を散々利用した挙句、田母神氏が君の言いなりにならなくなった事を「逆恨み」して、正に、「異常なくらい」に田母神氏に対する誹謗中傷を続けてきました。これまで、さも「憂国の士」気取りをしてきた君は、延べ13時間30分(平成28年3月23日現在)にも亘って、真の「憂国の士」である田母神俊雄氏を誹謗中傷してきた事を恥かしいと思わないのですか?」(「日本が世界の植民地を解放した」304頁)

3.「「南京の真実」三部作をつくると、水島氏が言って三億数千万円を集めた。そして、5,6千万円かけて第一部作だけを作った。残りの3億円はどうしたのですか?」と私(諸橋)が発言した事に対して)
「(南京の真実)第一部作を作るのに、5-6千万であの映画が作れるか!2億3千万かかった。こういうデマを平気で飛ばす。諸橋はありもしないことを言った。諸橋は、私(水島)を誹謗中傷したとんでもない人物」(本文307頁)。
私(筆者)には、映画「南京の真実」に思い出がある。この映画が私の住む横浜市青葉区の区民ホールで上映された。その日水島氏が会場に来られるというので、私の大作「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を水島氏に人をとうしてさしあげていたので、今度は彼に直接差し上げようと思い「逆境に生きた日本人」を差し上げた。私もこの映画を見て以後、南京に関する情報、例えば、献金はどのくらいあり、どのくらい使ったとか、第二部、第三部は何時ごろ制作されるのか、或は中止になったのか、中止になったその理由は何かなど、何も知らされなかった。水島氏は田母神氏の選挙資金剰余金の使い方に文句があるなら、自分の映画製作に献金をどのように使ったのか明細を私たちに示すべきではないでしょうか。

三。東京地検への疑問
「えんだんじのブログ」の常連読者なら、今年私は田中角栄の小説を書くと書いたのを覚えている方がいるでしょう。男は一人前になれば自分の家庭を持つ、ところが田中角栄は、三つの家庭を持っていのだ。そこで角栄の私生活を中心に小説を書いてみょうと思ったのだ。そこで角栄関係の本を読み漁っています。その中で一番仰天したのはロッキード事件の真相を扱った本です。今から40年前の事件です。裁判は公正に行われるなどとはとんでもないまやかしです。ロッキード事件当時の三木総理、稲葉法相、最高裁、検察庁、マスコミすべてアメリカの思惑通りに進んでいき、田中角栄は冤罪になった。最近では「郵便不正事件」で村木厚子氏の冤罪事件があります。彼女は「私は負けない『郵政不正事件』はこうして作られた」(中央公論新社)と言う本を書いています。私は田母神氏にこの本を読むことをお進めします。村木厚子氏がいかにして冤罪に嵌められ、454日間も検事たちと戦い抜いた実体験を書いています。私は、田母神逮捕の背景には何か得体の知れない、しかも非常に政治臭いところあると睨んでいます。
1.諸橋氏は、田母神氏逮捕後、水島氏に対する告訴状を何回も東京地検に出しています。こんなことはチャンネル桜ではふられません。諸橋氏が自分の本に書いているからわかるのです。
一回目の告訴状:
諸橋氏は水島氏に回答期限は28年4月8日として配達証明付き郵便・「通告書」を送った。水島氏から何も解答がありません。そこで諸橋氏は4月21日に東京地検に出向き、水島氏に対する告訴状を担当のH検事に提出した。しかしH検事はその告訴状を諸橋しに返却した。
二回目の告訴状:
諸橋氏は、自社の顧問弁護士と相談の上「水島氏に対する告訴状」の内容を修正して4月29日東京地検に「上申書」と一緒に書留速達で送付した。(自社の顧問弁護士の話では、東京地検は、告訴された事件は基本的に、受理しなくてはならないことになっているとのことです。)ところがその4月29日付けの「水島氏にたいする告訴状」と「上申書」も内容不十分として返却されてきた。
三回目の告訴状:
その後の5月14日付けで提出した「告訴状」と「上申書」も内容不十分として返却されてきた。
四回目の告訴状:
諸橋氏は、再再度、自社の顧問弁護士と相談の上平成28年5月18日付けで改めて、東京地検に「水島に対する告訴状」と「上申書」その3、並びにその4を提出した。その内容は次の通りです。(略、本文312頁)
その内容は実にくわしい報告書になっていて、東京地検そのものに歯に衣を着せず、徹底して論理的に厳しい批判をあびせています。この「告訴状」や「上申書」が東京地検によって受理されたのかどうか今のところ私にはわかりません。しかし水島氏は逮捕されていませんので受理されていないのでしょう。ネットによれば9月9日現在、田母神氏は、釈放されず拘留されたままです。

2.田母神氏の話によれば、田母神氏が、東京地検から取り調べを受けた初日に、取り調べを受けた検事から、「田母神さんクラスの人物を取り調べる時には、東京地検の独断ではできません。上の方の了承を得てやっています。」と言う趣旨の事を言われたそうです。私は東京地検に聞きたい。田中角栄の「ロッキード事件」は「国策操作」だが村木厚子の「郵政不正事件」は「検事の計画操作」です。田母神事件はどっちなのですか。

3.「共同正犯」は成り立たない
田母神氏が逮捕された理由は、都知事選時事務局長をしていた島本順光と共謀して、「共同正犯」として複数の運動員の人たちにお礼としてお金を配った容疑です。いわゆる公職選挙法違反です。諸橋氏(つくる会、理事)も岡野俊昭氏(つくる会、副会長)は、島本氏よりお金を受け取ってくれと電話があった。二人とも受け取りを断りました。お金のために選挙運動をやったわけではないからです。二人も田母神氏に島本からお金を受け取ってくれと電話があったことを話した。田母神氏は、ただ「あぁ、そうですか。」と言っただけです。田母神氏は、島本が二人にお金を受け取ってくれと話したことも知らなかった、また田母神氏は、二人に「そう言わずにお金受け取ってくれとも」話さなかったのです。これで「共同正犯」に成り立ちますか。都知事選が終わって2年以上経過してから「公職選挙法違反」で立件した事例が過去にあるのでしょうか?

四。「田母神新党」(ワニブックスPLUS新書)
田母神氏が書いたこの本は、都知事選とは全く関係ありません。この本が出版されたのは、都知事選後7カ月経った平成26年9月です。私はこの本を読んでみた。どういう政見構想の基に新党を樹立するのか気になったからです。新党名は日本真正保守党。「綱領」のバックボーンは、アメリカからの完全独立、しかしアメリカとシナとも仲良くやる。憲法改正より自主憲法制定、自衛隊を強化し国防軍創設、核武装配備、武器輸出・非核三原則の見直し、外国人に参政権を与えない、移民を最小限に抑える等々。私は全面的に賛成。しかし最初の項目、アメリカからの完全独立、自主憲法制定、国防軍創設、核武装配備などは現在の自民党政府の議員でも公然と主張する政治家が極端にすくない。アメリカ政府に激しく嫌われることを知っているからです。この本では水島氏をほめているので、この時点では二人はまだ喧嘩していなかった。しかしこの本が出版された同じ年の8月28日に水島氏はこの本をぼろくそにけなした。しかもけなしても政策をけなしたのではなく、「なぜ今頃こんな本を出版するのか、一人で出版せず相談すべき人もいたでしょう。チャンネル桜も水島もこの本とは一切に関係がない。」と宣言したのです。私は、ユーチューブでその光景を見たのです。その瞬間私は、次のようなことを想像した。

「あぁ、水島氏は、保守の間でよく言われる『アメリカのポチ』なんだな。いわゆる対米追随主義者。戦後70年間自民党政権は、アメリカ追随主義者だった。唯いつの例外が田中角栄だが、そのためキッシンジャーに殺されたのも同然だった。諸橋氏に「南京の真実のパート2,3、はどうなったと問い詰められると」、水島氏は感情的な反論しかできず、論理的に答えることはできなかった。もう水島氏は、二度と「南京の真実」を作らないでしょう。アメリカ側からもう作るなと命令されているのだ。東京裁判史観をあくまでも主張続けようとするアメリカは、「南京の真実」パート2,3が大ヒットするようなことがあると困るのだ。」
田母神氏のような政治思想と持った政治家が国民の大人気をうけて国会議員になることは、アメリカにとって大脅威なのだ。国会議員にならないうちにその芽を摘んでしまえと日米合作の逮捕事件とにらんでいます。皆さん、私の想像は大変馬鹿げているでしょうか?
結局田母神氏は、「日本真正保守党」を設立できず、衆議院選には次世代の党から立候補、落選した。

私は「田母神俊雄氏を支援する会」に入会します、皆さんも会に入会して支援してください。お願いいたします。宛先は、田母神俊雄氏を支援する会、会長 渡辺眞(つくる会 前理事)
携帯:090-1113-2061
アドレス: nabeshin4216@gmail.com

このブログの転載、拡散よろしくお願いいたします。

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日米の歴史と文化を語る。(2)



神様とゴッドの話
戦前、戦時中は、昭和天皇は現人神(あらひとがみ)と呼ばれ神様扱いでした。しかし天皇陛下を神様と呼んだのは、なにも昭和天皇が最初ではありません。大昔から天皇は神と呼ばれていた。天皇を神と呼んだ最も古い記録は、「万葉集」の中にあります。「万葉集」とは、5世紀に君臨した仁徳天皇が詠んだ歌から8世紀半ばごろまでに歌われた4,500首の和歌を集めたもので、全20巻からなる歌集です。作者は天皇を初めとする皇族、貴族から庶民にいたるまで幅広い層にわたっています。日本が誇る最古の歌集です。その中に7世紀の歌で天武天皇の皇居造営を賛美したものがあります。(大君は神にしませば赤駒のはらばう田井をみやことなしつ)。これがその歌です。これで古くから天皇が神と呼ばれていたことがわかります。ところが日本では天皇だけが神あるいは神様と呼ばれていたわけではないのです。八百万(やおろず)の神と言って文字通り八百万の神様がいるとは思いませんが、とにかく沢山の神様が日本にいるということなのです。神様が日本に合計何人いるか正確な数は誰も知らないのです。
太陽、風、雷、海、山、森など自然や自然現象などにはほとんど神様がいるのです。神馬などと言って動物にも神と呼ばれる動物や神様との仲介する動物がいます。七福神といって富をもたらす神もいれば、疫病神といって病をはやらす神もいます。また縁結びの神といって結婚の縁組を司る神もいます。人間が死ねば神様に祭り上げられる人もいます、特に戦争中では、戦場で非常に功績のあった軍人は死後、神様となって祭られました。日露戦争の時、日本海海戦の司令官だった東郷元帥は、死後軍神として東郷神社という社で祭られているのは有名です。このように日本には、数え切れないほどの神様がいるのです。すなわち日本は、二つや三つの神ではすまない数多くの多神教の国なのです。にもかかわらず元森喜郎首相が、何年か前に「日本は神の国」と言ったらマスコミはじめ色々な方面から非難が飛んだが、彼ら全員馬鹿なのだ。この多神教の神を、誰が最初に訳したのか知れませんが、ゴッドと訳してしまったのです。これは大変な間違いなのです。なぜなら英語のゴッドは、全知全能の神とか造物主とか言ってたった一人しかいないのです。日本に沢山いる神々とは似ても似つかぬ、全く異なった存在なのです。神をゴッドと訳したため、特に戦争中アメリカ人は、日本人は昭和天皇のことを彼らの言うところのゴッドと思っていると思いこんでいたのです。証拠があります。1945年9月27日、敗戦の翌月、昭和天皇は、アメリカ占領軍最高司令官マッカーサー元帥に会うためにアメリカ大使館を訪問しました、

その日が両者の初めての会見でした。マッカーサーの妻、ジーン夫人は、その日夫の指示に従って日本人の使用人全員をキッチンに集めて、午前中はどこにも行かせずここで銀器をみがいているよう命令したのです。理由はマッカーサーが、昭和天皇は神であり、傍に近ずくことすら許されない存在である。だからもしその天皇が自分の目の前に姿を現したなら、日本人の使用人は、きっと全員ショックで気絶してしまうだろうと思ったからなのです。このことはマッカーサー自身が、日本人は天皇をゴッドと思っていると信じていたのですから恐らく他のアメリカ人も同じ思いだったのでしょう。そのためアメリカ占領軍の意向により終戦の翌年、1946年の元旦に昭和天皇は、有名な「人間宣言」の詔書を発せさせられたのです。昭和天皇自身に神を否定させたGHQは、キリスト教を日本国内に流行らすために日本全国で国民の神社内での会合をさせないように、日本全国いたるところ公民館を建設させた。戦前、昭和天皇は現人神(あらひとがみ)と呼ばれていましたが、昭和天皇が人間でないと思った日本人はいないと言っていいでしょう。ところがこの「人間宣言」よって欧米人には、この「人間宣言」がはっせられるまで、日本人は昭和天皇をゴッドとして信じていたと確信させることになってしまったのです。同時に大東亜戦争で日本だけ徹底して非難してやまない反日日本人に「天皇の神格化の弊害」などと言って、日本批判の材料をあたえることになったのです。彼らは、日本の天皇が昔から神とよばれていたこと、神とゴッドの違いなど知らないのか、知らないふりをしているのです。これからは、神を安易にゴッドと訳さず絶対に「kami」として徹底して押し通すべきだと思います。「謝罪」、「迎合」、「主体性の欠如」と言う文化にどっぷりひたりがちな日本民象は、自分の主体性を世界にあまり主張することがない。特に大事な宗教に関しては、日本は「kami」の国の多神教だと、徹底して多神教であることを主張すべきだと思っています。

世界的には圧倒的に一神教の国が多く、日本みたいに日本古来の神道と外国から伝わった仏教がものの見事に融合しあっている多神教の国は世界でもめずらしいのです。世界が平和になるためには多神教を受け入れる国になるか、あるいは多神教を許容できる国になることが絶対に必要だと思っています。多神教の良さはその寛容性です。アメリカの最近の歴代大統領は、イスラエルとパレスチナの争いの仲介をとろうとして苦労を続けています。一年365日、たった一日で良いからイスラエル人は、イスラム教を、パレスチナ人はユダヤ教を礼拝する日をもうけたらどうだろうか。この提案を聞けば両国民は仰天し、無論反対するでしょう。アメリカの大統領も一神教だからこういう提案もできないでしょう。しかし日本人は多神教だからこの提案もできるし、また国民も実行できます。たまには日本の首相も、世界平和のために国連で多神教の寛容性についての演説をしてみたらどうですか。私に言わせれば、一神教の人間は、多神教の人間より頭が高い。多神教の人間の言うことよく耳を傾けろといいたい。







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「鳩山のバカ、アホ、ノータリーン」(その6)



鳩山由紀夫が首相時代、アメリカのワシントンポスト紙(2010年4月14日)では、loopy Japanese Prime Minister Yukio Hatoyamaと書かれたことは有名です。ルーピー(loopy)とは「愚か者」の意味です。このためこのルーピー鳩山が流行語のようによく使われたのを思いだします。彼の打ち出す政策、構想、発言に実にバカげた事案が多い、例えば、「日本列島は、日本人だけの物じゃない」等で、私は「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」というブログタイトルでシリーズをだしていましたが、鳩山の愚かさをワシントンポスト紙も証明してくれたわと喜んでいました。そのシリーズは(1)から(5)まであります。その日付けとブログタイトルの明細は次の通りです。
2009年9月20日 「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その1)
            国連での温室効果ガス排出削減
2009年10月2日 「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その2)
            核軍縮、核不拡散条約について
2009年10月10日「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その3)
            東京オリンピックについて
2010年4月10日 「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その4)
            子供手当と高校授業料無償化
2014年4月25日 「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その5)
            東アジア共同体構想

その後鳩山は、総理を止めたので、彼のバカサかげんが下火になったのだろうと思い「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」シリーズ(5)で終わっていた。しかし4年前に政界を引退したにもかかわらず、あいかわらず「バカ、アホ、ノータリン」をくりかえしているのだ。しかたなく今回「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その6)を出すことにした。
この「その6」は、下記の三つの事柄からなりたっています。
1.鳩山元首相は、ロシアのクリミア併合後にクリミアを訪問し、ロシアのクリミア併合容
認の発言をしたのだ。(ネットニュース 2015・3・15)
プーチンは「クリミア併合」問題で国連総会が非難決議を出しても歯牙にもかけなかった。なぜなら安保理でロシアは拒否権を有しているからだ。

2.鳩山は韓国訪問、日本統治時代の独立運動家が収監された西大門刑務所跡地を訪問し、その際靴を脱ぎ、土下座して「元日本の総理として心から申し訳なく思っている。」と謝罪した。(ネットニュース 2015・8・12)

3.シナ主導の国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)金立群総裁から「国際諮問委員会」の委員就任を打診されたことを鳩山由紀夫は明らかにし、就任の意欲をしめしたことを明らかにした。(産経新聞 2016・6・26)
AIIBの創設メンバーは57ヶ国で、24ヶ国が新たに加盟を希望しているが、日本と米国はガバナンス(統治)などへの懸念から参加を見送っている。AIIB側は日米などの要職経験者を招聘することで、国際的信認を高める狙いがあるとみられる。鳩山の意向は、日本政府の意向とは完全に違うのだ。鳩山は、またしても日本政府に弓を構えているようなものです。

私は読者の皆さんに時間があればぜひ読んでもらいたいのは、2010年4月25日の「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その5)の「東アジア共同体構想」です。この記事は、私が書いたのでなく、広島県の福山市に住む私のネット友人、中山善照氏がネット上に書いたものを、彼の了解をとり私のブログで転載したものです。中山氏は、私と同年生まれの同い年、最終学歴も私と同じ高卒です。彼は世界史、日本史、宗教史に造詣が深く、専門家顔負けの知識の深さです。世間には例え無名でも、ものすごい人物がいるものだということを実感させてくれる人物です。鳩山が首相時代に提案した東アジア共同体構想がいかに愚かな構想かを歴史的にわかりやすく説明しています。ぜひ中山氏の東アジア共同体構想の文章を読んでいただきたいと思っています。やさしく、分かり易く、それでいて軽妙洒脱に鳩山をからかうすばらしい文章です。私にはこういう文章は書けません。「えんだんじのブログ」の一頁目の左側に年月が縦にならんでいます。その中の2010年4月をクリックしてください。「鳩山のバカ、アホ、ノータリン」(その5)が現れます。ぜひ読んでみてください。

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自らの努力で美人に仕立てた女性(73歳)



私と同年代の男性でブログのタイトルに出ている73歳の女性の名前を知っているでしょうか?多分知らないのではないでしょうか。私もつい二、三カ月前までBSテレビで彼女へのインタビュー番組を見るまで全然知らなかった。女性、特に30代以降の女性は、彼女の名前を殆ど知っているでしょう。名前は佐伯チズ、日本のスキンケア界の代表的な美容アドバイザーです。彼女は、まだ大東亜戦争中の昭和18年に満州に生まれ現在73歳、私より5歳若い私と同年代です。無事満州から引き揚げ、15歳の時に見た映画で女優、オードリー・ヘップバーンを見て、「世の中にこんなに美しい女性がいるのか?」と美意識に目覚めたと言うのだ。何とか二重まぶたになりたく両手の指でまぶたを撫で続け、二重まぶたになることができた。ついでだが、戦後私の叔母は、年は20代前半だったが、やはり二重まぶたになりたくて、ひまさえあれば鏡の前でまぶたにヘアピンで線を描いていた。何年も一心不乱にやりつづけて見事な二重まぶたにしあげた。
女性というものは、生まれつきの容姿で美人、不美人は決まるが、しかし例え十人並でも本人の美意識に対する執念が美しくなるための行動を長続きさせることができ、美人に育てあげることができるのだ。私の叔母も佐伯チズもそうです。73歳の佐伯チズをテレビで見た時、私は彼女の顔、首まわり、手首など肌が直によく見える所をよく注意して見たが、実に若い、また容姿全体も眺めたが、背中がまっすぐ実に若々しいオーラをかもしだしているすばらしい女性、おばあさんという感じがまったくありません。

彼女の半生を追ってみると、24歳の時にプラネタリウム製造技術者と結婚。結婚後すぐにフランスの化粧品会社、ゲランに入社。昭和57年にクリスチャン・ディオールのインターナショナル トレーニング マネージャーに就任。昭和59年、彼女が41歳の時、夫が病死、子供はいず、以後独身を通す。彼女の化粧品業界の功績の一つは、ローションパックの先駆者でそのローションパックを広めたことでしょう。彼女の美容関係の著作もすごい。講談社15冊、大和書房13冊、計28冊。ほとんど美肌ケア、美肌ダイエット、美肌カウンセリング関係です。定年退職後の彼女の活躍もすばらしい。平成15年定年退職後、「アトリエ サエキ144」を主宰、エステティックサロン「サロン・ドール・マ・ポーテ」を開業、平成20年 佐伯式美肌塾「チャモロジースクール」を銀座にオープン。沢山のテレビ番組、CMに出演。
これだけの著作を出し、テレビに出れば、なにが何でも美しく、若々しくなければ宣伝にもなりません。自分自身を美しく見せる彼女の努力は大変なものだったでしょう。私の見たテレビインタビューの終わり頃、彼女が出かけるとき、いつも持ってゆくきれいな袋を見せ、その中から取り出したきれいな小箱を見せた。夫の死後の遺骨のいくつかが入っているのだ。その遺骨は取り出さなかったが、「これが夫の喉ちんこ、これが夫の体のどこの部分」とか説明していた。自宅の仏壇に全遺骨が置いてあり、私が死んだら私の遺骨と一緒に泥団子のようなものでいいから固めてどこかに埋めてほしい、絶対に別々にして埋めないでと親戚の者に言ってあるそうだ。本人が出かけて帰宅すると、その日何をしてきたのか、仏壇に向かって話しかけてあげるのだそうだ。できることなら、死んだ夫ともう一度結婚したいのよと語っていた。41歳で夫の死後、新しい伴侶に恵まれ再婚するのも素敵な話です。しかし佐伯チズのように夫の死後も再婚することなくたった一人の男を死ぬまで思い続けるというのは、まさに昭和生まれ、昭和育ちの女性には、日本の古き女性が持っていた美点のようなものを持っているのだと思っています。

私は今小説を書いています。数人の女性の生き様を書いた短編小説です。佐伯チズという女性を知って、その小説のタイトルを決めました。「戦後昭和の女性たち」です。全員昭和生まれ、昭和育ちの女性たちです。この女性たちの中には人生の土壇場で、日本の古き、良き女性の生き方を選ぶ女性がいるのです。ぜひ小説の完成を期待していてください。
私が何故小説を書いているか、気になるかたは、私のブログ「ベストセラー誕生作戦」4月16日をお読みください。






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